グランドール事件
隊長達と別れてから、どれ程進んだだろうか。
俺と鉄は、『人形工房』施設の資材倉庫区画に近づいていた。
「・・・妙だな・・・」
俺は銃を構えて進みながら、低く呟いた。
「妙?敵が来ないのがか?」
俺の言葉に、隣を歩いていたテンガロンハットの女が反応した。
彼女の言う通り、ここに来るまでの間、人形の襲撃はおろか見張りの人形の姿すら無かった。
通路のあちこちに仕掛けられていた監視カメラに、わざと映りこんだりしたというのにだ。
まるで、こちらの動きを観察しているかのようにだ。
「まあ、敵が攻めてくるとは思わなかったとか、そういう理由で様子を見てるだけじゃねーの?」
「そんなわけ無いだろう」
「じゃあ何?」
「恐らくこれは、俺達を誘い込む罠だ」
鉄の楽観的な推測に、俺は推測を述べる。
「大方、重要施設まで誘い込んでから、一気に叩くつもりなのだろう」
「へぇ・・・だったらあの三人、危ねえな」
鉄の、明日は雨だろう、とでも言うような軽い予測に、俺は目を見開いた。
そう、仲間の三人は現在ゲート施設に向かっている。
重要施設の一つであるゲート施設にも、無論罠は張られている筈だ。
だとすれば、今すぐにでも陽動を始めて戦力をひきつけなければ、三人が危ない。
「糞、しまった・・・」
「どうする?今ここで暴れるか?」
どこか楽しげに、鉄は俺に向けて問いかけた。
「・・・駄目だ。ここでは相手への被害が小さすぎる」
ここはただの通路。今ここで銃を乱射したとしても、被害は小さく戦力をひきつけることは出来ないだろう。
そう判断して、小さく頭を左右に振った。
「ふーん・・・じゃあ、被害が馬鹿みたいにデカければいいんだな」
そう言いながら鉄は足を止めると、数メートル先の天井を指した。
人差し指を伸ばし、親指を立て、残る三本を丸めたピストルの形だ。
彼女の口元に浮かぶ、微かな笑みに言い知れぬ不安が生じる。
「待て・・・お前、何を・・・」
「まぁ見てなって」
彼女の口元が吊り上がり、凶悪な笑みが刻み込まれる。
「いま、人形どもを呼んでやるから・・・!」
瞬間、辺りが光に包まれた。
「!?」
強烈な光に目が眩み、前方から響いた爆音が耳を聾する。
そして数秒後、光に眩む目を無理矢理開いて前方に向けると、俺のぼやけた視界にとんでもない光景が飛び込んだ。
それは、天井に空いた大きな穴だった。
穴は数フロアの分の床と天井を貫き、山のような瓦礫と土埃を生み出していた。
「んー・・・こんなもん、かな・・・?」
懐から取り出したピルケースの錠剤を一粒口に放り込みながら、彼女はそう呟いた。
「こんなもんって・・・何をした!?」
気楽そうな鉄の様子に、俺は思わず声を荒げていた。
「いやー、ただあたしの能力を五発分まとめてぶっ放しただけだけど?」
「建物が崩れて俺達ごとつぶれてたら、どうするつもりだったんだ!?」
「そん時は・・・そん時さね、ヒヒヒ」
だが、彼女は激しい俺の語気をものともせず応えると、笑った。
どうやらこれ以上怒鳴ったところで無駄なようだ。
俺は短く溜息をつくと、手にしたAK74を構えなおした。
「とにかく、今ので山のように人形が来るはずだ。人形を相手にしながら資材倉庫へ移動する」
「じゃああたしが前の人形を相手にしていいか?」
「・・・分かった。俺が後ろを守る」
遠くから響いてきた幾つもの足音に、俺は彼女の提案を受け入れた。
高級な調度品が並ぶ一室に、禿頭の老人と青いドレスの女がいた。
女は手にアルバムを持ち、老人は無言のまま椅子に身を深く沈めている。
まるで女が老人と思い出を語り合っているかのようであったが、老人の目は虚空に向けられ、女も明後日の方向を見ていた。
そして、彼女は無言のまま耳のレシーバーから届く報告に、耳を傾けていた。
「・・・・・・分かりました。配置はそのままに、手の空いている者を現場へ向かわせなさい」
レシーバーの向こうに向け、短く命令する。
「動きがあれば、連絡するように・・・以上」
通信を切ると、青いドレスの女はアルバムを閉じ、机の上に積まれた数冊のアルバムの上に置いた。
「・・・・・・」
無言で椅子に身を沈める禿頭の老人の横顔を見つめながら、彼女はじっと何かを待っていた。
だが、老人はゆっくりと瞬きを繰り返すばかりで、何もしなかった。
「・・・・・・すみません。面倒なことが起こったらしいので、ちょっと見てきますね、あなた」
何かを振り払うと、女は椅子から立ち上がった。
走る走る走る。
駆け足で通路を進みながら、俺は時折背後を振り返った。
追って来るのは、何体もの人形だった。
女性型が多く、事務員姿や作業員姿、一糸纏わぬ者や所々骨格がむき出しになった者さえいる。
俺は先頭を走るショートカットの全裸の人形に狙いを定めると、手にした銃の引き金を引いた。
銃口から飛び出した弾丸が、狙い違わず俺たちを追う人形の膝に吸い込まれるように命中し、足を破壊する。
バランスを崩した人形が転倒し、後続の人形達を巻き込みながら遠ざかっていく。
「よし・・・」
これで、数秒は稼げる。
視線を前に戻すと、数歩先を鉄が走っていた。
右手をピストルの形に構え、前方で待ち構える人形達に向けて何かを放つ。
すると、人形達の一団が小規模な爆発によって吹き飛び、辺りに破片を散らばらせながら道を開けていった。
「さぁ退け退け!道を開けろ!ヒヒヒ・・・!」
左手に握ったピルケースから、時折錠剤を口に一粒ずつ放り込みながら彼女は笑っていた。
背後からその表情は窺えないが、恐らく笑っているだろう。
だが、俺には何となく彼女の笑声が乾いているように感じた。
「・・・・・・」
脳内から無駄な思考を追い払うと、俺は背後を向いて距離を詰めつつあった人形達に向け、再び引き金を引いた。
鉄が道を開き、俺が追っ手を退ける。
どれ程そうしていただろうか。俺たちは通路の角を幾つも曲がり、ようやく資材倉庫にたどり着いた。
開きっぱなしの通用口を潜り抜け、コンテナの並ぶ倉庫に飛び込む。
「あそこだ!登れ!」
俺はそう叫ぶと、並ぶコンテナの一つに寄せられたフォークリフトによじ登り、コンテナの上に立った。
ここからなら、倉庫の中の様子が一望できる。
それに、人形は基本的に銃器の扱いが出来ないよう設計されている。
だから、見通しのいい場所でも安全ということだ。
「あたしが人形を壊す!お前はよじ登ってくる人形を始末してろ!」
「分かった!」
鉄の指示に、俺は短く応じた。
そして先程よじ登ってきたフォークリフトに向き直ると、コンテナに登ろうとしていた人形向けて銃撃した。
肘や膝を破壊され、ある者はバランスを崩しある者は体重を支えきれず、床へと落ちていく。
「どうした!もっと来い!ヒヒヒヒヒ」
背後から、鉄の笑い声と爆音、そして幾つもの破片に分かれた何かが落ちていく音が響いてくる。
どうやら鉄は、着実に人形の数を減らしつつあるらしい。
「・・・なるほどな」
酒田大尉がなぜ鉄を連れて行くように言ったのか、良く分かった。
一発一発が手榴弾の炸裂に匹敵する威力の彼女の能力は、こんな一対多数戦に向いているのだ。
しかし、この優位もこちらが上に立っているという前提の下に成り立っている。
四方八方から人形が押し寄せ、彼女の背後を取られれば、この状況は容易に崩れ去る。
敵を引き付けるという目的のためにも、この優位は保つ必要があった。
数体の人形がまとめて転げ落ちたところに、手榴弾を放り込む。炸裂と共に数秒の隙が生じた。
「鉄!フォークリフトを!」
「オーケイっ!」
鉄のピンと伸ばされた人差し指がフォークリフトに向けられ、指先から渦巻く透明な何かが放たれた。
轟音と共にフォークリフトがひしゃげ、床を転がっていく。
これでこのコンテナへの侵入路と退路は絶たれたわけだ。
「次は・・・」
弾倉を交換しながら、俺は次の人形達の侵入路を考えた。
基本の基本で、組体操のように互いの身体を足場にしてよじ登る。
これは時間も掛かる上、すぐに俺や鉄の目に留まるだろう。
次に天井。視線を上に向けてみるが、何も見えない。
そして最後は、離れたコンテナからの跳躍。
天井に上げていた視線を降ろすと、ちょうど数メートル先のコンテナの屋根を走る人形の姿が見えた。
銃口をその人形の額に向け、引き金を引く。
すると人形は額を銃弾に穿たれ、バランスを崩して転倒しながら床へ落ちていった。
「よし・・・」
辺りのコンテナに目を巡らせ、他の人形の動向を探る。
すると、とあるコンテナの上で俺の目が人形の姿を捕らえた。
短い金髪に、豊満な胴を装甲で覆った人形だった。戦闘に特化させるためかその両脚はネコ科の動物のようである。
しかし、その人形はこちらに走り寄るわけではなく、ただコンテナの天井に立ち、こちらを見つめていただけだった。
いや、見つめているだけではなかった。人形は俺と目が合うと、口を薄く開き桃色の舌で軽く唇を舐め、薄く笑ったのだ。
ただ、唇を舐めるだけの動作が、酷く扇情的だった。
時間にすれば、ほんの一秒にも満たないことだったが、その光景は俺の両目を釘付けにした。
そして、俺は―
もう少し見つめていたい、という欲求をねじ伏せると、俺は身を反転させた。
すると、一体の人形がこちらのコンテナへ飛び移ろうとしているところだった。
鉄は床にいる人形達の相手で、まだ気が付いていない。
俺は銃の照準を合わせ、引き金を引いた。
放たれた弾丸が跳躍した人形に命中し、バランスを崩して落下させた。
「っ!?」
「上は任せておけ!床の人形を頼む!」
不意の銃声に驚愕の表情を浮かべる鉄にそう告げると、俺は囮役だった人形を銃撃した。
すると、猫足の人形は跳躍しながら退いて弾丸をかわすと、コンテナを降りていった。
止めを刺しておきたいが、探す暇は無い。
視線を上げ、周囲にめぐらせ、コンテナの屋根に上る人形を的確に銃撃していく。
既に床の上には破損した人形が数十体は転がっており、立っている者についてもほとんどが何らかのダメージを受けている。
しかし、問題はここからだ。
倉庫で侵入者が暴れており、多大な損害が生じている。
通常ならば増援を送り込んで、侵入者をどうにかしてねじ伏せようとするだろう。
だが、相手にある程度知恵があれば、これがただの陽動だと見抜かれ増援は来ない。
「・・・・・・来るか・・・・・・?」
コンテナに登る人形を始末しながら、俺は低く呟いた。
瞬間、小さな電子音が俺の耳を打った。
視線を向けると、倉庫の奥に設けられた貨物用エレベーターの扉が、左右に開きつつあるところだった。
そして、扉の隙間からは何体もの人形が覗いていた。
(掛かった・・・!)
内心の喝采を押さえ込みながら、俺は叫ぶ。
「鉄!エレベーターを!」
「分かってる!」
ピルケースの錠剤を一粒飲むと、彼女は指先をエレベーターに向けた。
「耳、塞いどけよ!」
短い警告と同時に、彼女の指先で練り上げられていた魔力が、エレベーターに撃ち込まれた。
閃光と轟音が辺りを満たす。
「っ!?」
とっさに耳をふさいだ掌の向こうから轟音が轟き、強く閉ざした目蓋を透かして閃光が目を貫く。
廊下の時よりも圧倒的な威力の魔力弾が、エレベーターとその中身を跡形も無く破壊した。
眩さに目がちかちかし、キーンという音が耳を満たしていた。やがて、耳鳴りが止んだ。
やがて視力が元に戻り、倉庫の惨状が俺の目に入った。
貨物用エレベーターの扉は内側からめくれ、中には何かの部品のようなものぐらいしか残っていなかった。
そして倉庫の床には、人形達が転がっていた。
エレベーターに近ければ近いほど損壊は大きく、離れた場所でも爆風で飛んだ人形の部品に身体を貫かれた者が転がっていた。
まだ機能を停止していない人形もいたが、多くはまともに動くことも出来ないだろう。
「・・・こんなものか・・・」
「やりすぎだ!」
いきなり飛び込んだ鉄の独白に、俺は思わず怒鳴っていた。
「俺はエレベーターから出てくる奴らを相手しろ、という意味で言ったんだ!」
「あん?でもエレベーターは止まるし、人形の方も一掃できるしで一石二鳥だろ」
「敵を引き付けてなきゃいけないのに、相手の侵入路塞いでどうする!」
「でもまあ、これで相手も本気になるんじゃねえの?」
俺の怒りをかわしながら、彼女は資材倉庫への通路の一つを示して見せた。
見ると、先程コンテナの上にいた猫足の人形が複数体入ってくるところだった。
「・・・まぁいい、続けるぞ」
「りょーかい」
俺は銃を構えると、よろよろと身を起こしつつある損壊した人形に照準を定めた。
その時だった。
ザァ・・・ザ・・・
『ご・・・どう・・・!』
俺が身につけていた無線機が、微かなノイズと共に音声を吐き出した。
途切れ途切れだが、梅宮の声だと分かった。
「梅宮?」
俺の呼びかけに、無線機の向こうから返事は無かった。
代わりに、途切れ途切れの声で彼は続けた。
『はつ・・・でんしせ・・・つ・・・でんき、を・・・』
『GU-01、侵入者との交信を確認。直ちに対処する』
梅宮の声に、高く平坦な女の声が続く。
そして何かがぶつかるような大きな音を最後に、無線機は沈黙した。
「・・・っ!梅宮!」
呼びかけるが返答は無い。どうやら梅宮の無線機は破壊されてしまったようだった。
「糞・・・!」
短く呟きながら、俺は身を起こす人形達に銃撃を続けた。
隊長たちのことも気になるが、こちらの安全が確保出来ていない以上心配する余裕は無い。
ここは隙を見て資材倉庫を脱出し、梅宮の通信の内容について吟味すべきだろう。
俺はそう判断した。
「鉄!とりあえず一旦ここを離れるぞ!」
俺は背後にいる鉄に、そう告げた。
「だから退路を確保し・・・」
続けようとした言葉は、俺の内部で膨れ上がった違和感に完全に押し潰されてしまった。
聞こえるはずの、鉄が攻撃する音が全く聞こえないのだ。
とっさに振り向くと、彼女は変わらぬ位置で立ち尽くし、ぶるぶると震えていた。
「・・・あ・・・あぁ・・・」
がたがたと揺れる肩の向こうから、彼女の微かな声が届いてきた。
「・・・鉄・・・?」
「あたしのせい・・・また・・・あたしのせい・・・」
顔を覗き込んでみると、彼女の両目は焦点が合っておらず、熱に浮かされたようにうわ言を繰り返していた。
「おい、鉄!」
「・・・また・・・」
震える彼女の肩を掴み強く揺する。だが、彼女の焦点は合わない。
「えぇい・・・!」
彼女から視線を引き剥がすと、猫足の人形達がいる辺りに手榴弾を一つ放り投げ、立ち上がった半壊の人形達を銃撃した。
鉄が戦力にならない以上、正気に返るまでこの場を守らねば。
投擲から数秒で手榴弾が炸裂し、溢れた煙が辺りの視界をふさいだ。
やがて煙が薄くなると、猫足の人形の姿は消えていた。
手榴弾で粉微塵になった?そんなわけが無い。
「くっ・・・!」
視線をめぐらすと、コンテナに向けて接近する三つの影が入った。
一つは床を低姿勢で。
もう一つは天井にまで飛び上がって。
最後の一つは俺の左手方向から回り込むようにして。
戦闘用に改良されているためか、猫足の人形の動きは速かった。
俺は天井近くまで跳躍した人形の脚に狙いを定めると、銃弾を撃ち込んだ。
身体の末端にかかった銃弾のエネルギーが、滞空する人形の身体を回転させ、バランスを崩す。
跳躍した人形の行く末を見届ける間もなく、俺は銃口を下ろし、真正面から接近する人形の目に狙いをつけた。
一瞬俺と人形の視線が交錯するが、ためらうことなく引き金を引く。
放たれた弾丸が回転しながら人形の光学センサを抉り、破壊しながら奥へ進み、重要回路にダメージを与えた。
前のめりに倒れ始めた人形から視線を引き剥がし、最後の一体に向ける。
既に人形は床から跳躍し、コンテナの縁に着地したところだった。
猫の足を模した人形の足が曲がり、関節に力を込める。
跳躍の姿勢をとる人形に向けて、俺は照準を定め、撃つ。
人形向けて、二発の弾丸が飛んでいった。
一発が人形の目を抉り、その奥の回路を破壊して機能を停止させる。そしてもう一発が人形の膝を破壊し、中途半端に蓄積された力を暴発させた。
回路を砕かれ、機能を停止させながら、人形があらぬ方向へ飛んでいった。
がしゃん
どこか遠くの床に激突する人形の破砕音を聞き遂げると、俺は全身から力を抜いた。
全滅、とはいえないがまともに動ける人形は全て壊したはずだ。
一つ息をつくと、俺はいつの間にかその場にうずくまっていた淫魔に視線を下ろした。
「・・・鉄・・・」
「・・・また・・・まただ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
コンテナの天板を見下ろしたまま、ぶつぶつと何事かを呟き、身を震わせる鉄。
「・・・あたしが・・・選んで・・・ごめんなさい・・・」
「鉄」
もう一度彼女の名を呼ぶと、俺は震える彼女の方に手を伸ばした。
その瞬間だった。
背中から胸に向けて鋭い衝撃が俺の背中を貫き、身体を吹き飛ばした。
コンテナの天板を数度バウンドし、縁から床へ向けて落下する。
「がっ・・・!」
短い叫び声を上げながら、俺はとっさに受身を取って衝撃を和らげた。
だが、落下の衝撃よりも最初の背中への一撃が大きかったせいか、身体が思うように動かない。
「GU-02、侵入者二体の無力化を確認」
コンテナの縁から、高い平坦な声と共に金髪の人形が顔を覗かせた。
コンテナの天板を踏みしめるのは、すらりとした猫科の動物を思わせる脚。
そして胸元を覆う装甲の上には、整った顔が乗っていた。
先程倒した三体の人形と変わらぬ顔だったが、俺は本能的に悟っていた。
こいつは、俺をコンテナの上から誘って見せた人形だ、と。
「く・・・」
手の中にあったはずのカラシニコフはいつの間にか消えており、腰の拳銃に手を伸ばそうにも、激痛に身体が痺れて動かなかった。
やがて、痛みが意識を侵し、視界が暗くなっていった。
目を覚ますと、煌々と輝く蛍光灯が目に入った。
蛍光灯が取り付けてあるのは、何の飾り気も無いコンクリート製の天井だ。
顔を横に向けると台の上に固定された俺の手と、その向こうで同じように拘束されている鉄の姿が目に入った。
鉄は両目を閉ざしており、気を失っているらしい。
腕を揺すってみるが、拘束具の許す範囲でしか腕は動かなかった。足も試してみるが、どうやら両脚とも固定されているようだ。
「・・・くそ」
「お目覚めのようね」
平坦な調子の声と共に、俺の視界に青いドレスを纏った金髪の女が顔を覗かせた。
ドレスの襟は高く、白く滑らかな質感の肌に包まれた首下を覆っており、その背後には数体の人形が直立不動の姿勢をとっていた。
彼女の顔には見覚えがあった。作戦説明の際の資料に彼女の写真があった。
「お前は・・・アリシア・エーフェルディ・・・」
「の、人形よ。正確に言えば」
俺の言葉を訂正すると、彼女は続けた。
「この度は『人形工房』へようこそ。『人形工房』副団長として歓迎・・・したいところですけど、お行儀の悪い方はお客様とは認めませんので」
「一方的な交通の断絶が『大図書館』への招待状だと思っていたんだがな」
「なるほど・・・でもお客様といえども、施設や備品を破壊するのはいかがなものかと思いますが?」
飼料に寄れば彼女は人形だそうだが、ごく自然に言葉を返す彼女は、とても人形だとは思えなかった。
「それで・・・お客様でもない二人の下へ、『人形工房』の副団長様がわざわざ顔を出したのは、どういうわけだ?今回の封鎖の首謀者だからか?」
「・・・数多くの人形と施設に大きなダメージを与えた二人が気になったから、といったところでしょうか」
俺の問いに、首謀者かどうかという点を濁しながら彼女は答えた。
そして、俺の側を離れ鉄のほうへと歩み寄りながら続けた。
「それに、何か隠し玉があるかもしれませんから・・・ね」
鉄のジャケットの懐に、アリシア人形は白い手袋に包まれた手を差し入れると、ピルケースを取り出して見せた。
「ふふ、やっぱり・・・精製剤を持ち込んでいましたね・・・」
ケースの中の錠剤を確認しながら、彼女は笑みを浮かべた。
精製剤とは、淫魔用に開発された簡単に魔力を補給できる補助食品のことだ。
おそらく、鉄の力の源はこれだったのだろう。
「全く、教えておかないと気が付かないんだから・・・」
俺の銃器を奪い、頼みの綱であった鉄の魔力の源さえも没収すると、アリシア人形は改めて俺に向き直った。
「それでは、私はこれで失礼させていただきます。後のことは、人形に任せておきますので」
恭しく一礼すると、彼女は部屋の出口から出て行った。
そして、アリシア人形を追う様に、壁際に並んでいた人形達が鉄を固定する台を押して、部屋を後にした。
そして部屋には俺と、茶色の髪をショートカットにした女の人形が取り残された。
「どうも、はじめまして。わたくしは事務用人形97-6型の、通称ルーシーです」
「・・・・・・」
人形の名乗りに対し、俺は仏頂面と無言で応じた。
「貴方は侵入者として『人形工房』により身柄を拘束されており、現在執行準備中です」
ルーシーは淡々と俺の状況について、アリシアの説明を補うように解説を続けた。
「本来ならば貴方の身柄は、貴方を捕獲したGU-02に一時間引き渡され、然る後に第一魔力供給室へ移送されます。
ですが、貴方ともう一人の侵入者による『人形工房』への被害は大きく、修復に多大なコストを要します」
「そうか、それは良かった」
それなりのダメージを与えられたことに、俺は微かな小気味よさを覚えていた。
ルーシーは俺の言葉に反応することなく、にこやかに微笑んでいた。
「新たに人形を生産するには時間が足りず、人形を修理するにしてもパーツが足りません。
そのため、貴方と同行していた侵入者から生体パーツを取り出し、一時的な補修に用います。
ですので、人形の修復に用いる淫魔の生体パーツ生産のため、貴方の精液を採取させていただきます」
「何・・・?」
俺の疑問の声を無視し、彼女は俺の目の前に小型モニターを掲げた。
液晶画像を結び、幾つもの写真が表示される。
「貴方の精液採取には、『人形工房』が精液採取、及び性的奉仕用に開発された専用の人形を用います。
ラミア型、アラクネ型、植物型、スライム型、人型」
彼女の言葉にあわせ、扇情的なポーズをとる異形の人形の画像が画面に表示されていく。
「貴方のお好みの人形があれば、どうぞお申し付け下さい」
笑みを浮かべたまま、彼女は言葉を止めた。
どうやら、俺の返答待ちのようだ。
笑顔を向けるルーシーに、俺は―