フェイスハガー娘


 

 「いや、気にしなくていい――」

 「――――」

 ブランデンは項垂れたまま、ふるふると首を左右に振る。

 「正直、そんなに嫌じゃなかった。気にするな」

 ……むしろ、妙に意識してしまっているのはこちらの方だ。

 そしておもむろに立ち上がろうとしたブランデンだったが――

 「おい……!」

 その足元がふらつき、倒れ込みそうになる。

 俺はすかさず彼女の体を抱き留め、そして肩を貸していた。

 「……大丈夫か? もうしばらく休んだ方がいい」

 あの粘液を浴びた影響が残っているのか、まだ足取りは怪しいようだ。

 そのままブランデンを壁にもたれさせ、俺もその隣に腰を下ろす。

 二人並んで、三角座りで身を寄せ合う――それは、どこか牧歌的な気分。

 そして少女の、その横顔を眺める――見れば見るほど、彼女は綺麗だった。

 彼女の一挙一動からは高いプライドが伺え、大人しくしているとどこか神秘的な雰囲気さえ漂う。

 なんて不思議な少女なのだろう――

 

 一方、ブランデンは俺の膝頭に視線をやっていた。

 さっき彼女が爪を立てた場所で、ズボンが破けて鋭い引っ掻き傷ができていたのだ。

 僅かに血が滲み、ほんの少しだが痛みが伴っている――とは言え、大した傷ではないが。

 「――――」

 「ああ、大丈夫だ……ん?」

 ブランデンは、腰当てからコンパクトのような入れ物を取り出した。

 その中身は――塗り薬のようなクリーム。

 ブランデンはそれを人差し指ですくい、俺の膝へと塗りつける――

 「薬か……? あ、痛っ!」

 ずきっ、と傷口に刺すような痛み。

 染みたというよりも、痛みが瞬間的ながら数倍になって襲ってきたような感じ。

 しかしそれも一瞬で、痛みはみるみる退いていく。

 その後――なんと傷口は魔法のように塞がり、カサブタすら残らずに消え去っていた。

 その薬のあまりの効用に、俺は目を丸くする。

 「な、なんだ……その薬は?」

 彼女達の文明は、地球人よりも進んでいる。

 より優れた傷薬を所持していてもおかしくはないだろうが――

 「――――」

 ブランデンによれば、これは生物に備わっている自然治癒力を最大限に発揮させる薬。

 しかし一瞬で傷を治してしまう分、その代償も大きいのだという。

 例えば、全治一週間の傷をこの薬で治した場合、一週間分の苦痛を数秒程度の期間で味わってしまうのだ。

 さっきも、この膝の傷が完治するまでに受け続ける痛みを、一秒程度に凝縮されて味わったということ。

 大きい怪我であればあるほど、この薬で治す時の激痛は凄まじいということになる。

 使い方を誤れば、ショック死することさえあるという――

 

 「便利なんだか、便利じゃないんだか分からん薬だな……」

 「――――」

 微かに、ブランデンは同意するような表情を見せた。

 そして俺達の間には、どこかうち解けた雰囲気が去来していたのである。

 どこか似たもの同士が、共に体を休める――ほんの一時の安息感。

 「ブランデン、年はいくつなんだ?」

 「――――」

 少女は両掌を広げて見せ、そして次に右掌はパー、左手でチョキの形を作った。

 十と七――十七歳か。俺より二つ年下ということらしい。

 そのハンドジェスチャーは、何やら自分の年を聞かれた幼児みたいで可愛らしかった。

 「俺は十九だ。これでも軍人――おっと、もうクビになったか。

  ブランデンは、なんでこんな所で怪物狩りを……?」

 「――――」

 ブランデンの語る――と言っても、ハンドシグナルだが――によれば、彼女達は宇宙の狩人。

 有害な異種生命体が発生したところに赴き、それを滅ぼすことを生業としているらしい。

 

 「それは仕事なのか? もしくは、民族的な風習? それとも狩りを楽しんでいるのか……?」

 「――――」

 どうやら、その三つ全てが正解らしい。

 彼女達の種族は、太古の昔――二万年ほど前から、狩猟民族としての暮らしを送っていたようだ。

 それは科学が発達しても変わらず、狩猟の舞台が宇宙にまで広がったのである。

 しかし彼女達の種族には、決定的な弱みがあった。

 遺伝上の特質で、女性しか生まれないのである。

 ゆえに子孫を残すためには、他種属から男性を迎え入れる必要があったのだ。

 優れた遺伝子を持つ男を迎え、交わることで子を増やしていく――種族を存続させるには、そうするしかない。

 娼婦の民――そう呼ばれるようになるまで、ほとんど時間は掛からなかったのだという。

 時には他種属の攻撃を受け、雌奴隷として扱われる屈辱さえ経験した――それが、八千年ほど前の話。

 

 「なるほど……その屈辱を、二度と繰り返すわけにはいかなかったというわけか」

 「――――」

 ブランデンは、静かに頷いていた。

 千年ほども続いた、他種属による屈辱的な支配――

 それに反発するように、この女系一族は強さや勇気を求めるようになっていった。

 元々が狩猟民族であるために肉体的素質は極めて高く、その科学力は優れた武器を生み出した。

 狩人という基本に立ち返り、敵対種族や危険生物をひたすらに狩り――

 そして数千年ほど経った頃には、彼女達を「娼婦」と蔑む者はいなくなっていた。

 狩人として恐れられ、極めて高い戦闘能力を誇る女系種族。

 戦士と認められる男を見付け、幸いにも生け捕ることが出来た時は、母船に連れ帰って精を提供させる――

 ――それが、ブランデンとその同胞達なのだという。

 

 「俺の親父も軍人で、俺が八歳の時に死んだ。その頃には、母もすでに死んでいた。

  英雄的な戦死だったから――孤児となった俺の身柄は軍が引き取り、かなり優遇されたように思う。

  俺の一族は代々軍人でな。腕っ節だけは強いのも遺伝だ。その割には出世できないのも遺伝なのかもしれないな……」

 「――――」

 いつしか、俺も自分のことを話していた。

 ブランデンは、そんな俺の話を静かに聞き入っている。

 「九歳の時には本格入隊し、オリファー少佐……当時は大尉だったな。あの人の率いる中隊に入った。

  オリファー少佐は俺の親父のかつての部下だったから、俺も色々と面倒を見てもらったよ。

  それからは、ひたすら軍務一筋だった。気が付いた時には、部下を率いる立場になっていたな……」

 ――そして、この星に派遣されてきた。

 陰謀ということを知らず、ヒヨコをたくさん背負わされて。

 何の因果かそこで異星の狩人と知り合い、今は――たぶん、彼女に特別な感情を抱いている。

 俺は、ようやくそれを自覚していた。

 

 「その部下達が、まだ奴等に捕まっているんだ。助けてやらないとな――」

 「――――」

 俺の話が終わり、休息も済んで――ブランデンは、ゆっくりと腰を上げた。

 これから、一族の誇りを懸けてクィーンを狩りに行くのだろう。

 「待て、俺も……!」

 同伴を告げようとする俺に、ブランデンはすっと掌を見せた。

 どのような獲物であろうとも、単体の相手には単体で挑むのが自分たちの流儀――

 そう、ブランデンはハンドシグナルで伝えてくる。

 「でも、俺は――」

 お前は、部下を助けるという仕事がある――

 ブランデンのそんな返答に、俺は何も言えなかった。

 

 「――――」

 「……ん?」

 おもむろにブランデンは、俺の愛用するパルスライフルに手を伸ばした。

 そして、その先端に備わっている銃剣を外して手に取る。

 「どうした、欲しいのか?」

 システィリアンは異常なまでの怪力を誇るので、接近戦を挑むのは下策。

 よって、今の俺に銃剣はほとんど必要ない武器だが――

 「――――」

 そしてブランデンは、俺に刃付きの円盤を手渡してきた。

 これは、彼女の愛用している武器のはず――

 「これを、俺に使え……と? 銃剣の代わりか?」

 「――――」

 ブランデンの語るところによれば、これは自分達の種族に伝わる習慣。

 戦地で男女が武器を交換し、そして戦い抜く。

 無事に二人が生き残った時、それぞれ交換していた武器を互いに返し、そして二人は――

 「結ばれる……ということか」

 ブランデンはハンドシグナルでそう伝え終え、そしてくるりと背を向けた。

 もはや何も言うこともなく、俺の方を振り向くこともない。

 後のことは――二人とも、無事に生き残ってからだ。

 俺の銃剣を腰当てにぶら下げ、そのまま少女は去っていく。

 クィーンの元へ――狩人は、ただ狩りへ向かうのみである。

 

 「ブランデン、どうか無事で……」

 彼女から受け取った円盤状の武器は、未知の金属でできているらしくほとんど重みはない。

 刃を折りたためば、懐になんとか収まるサイズだ。

 ――これを返すために、俺は生き延びる。

 そんな誓いを胸に、俺もロッカールームを出たのだった。

 

 

 

 

 

 「ちっ、どこにいるんだ……」

 ブランデンと違い、俺に明白な目的地はない。

 捕まっている部下達を探して、一部屋一部屋を見て回るしかないのだ。

 部下の姿を求めつつ、警戒しながら廊下を進む俺――

 ふと、背筋をぞわぞわと這う悪寒があった。

 

 「……ッ!」

 続けて、俺の視界――天井付近に黒い尻尾が映る。

 俺は素早く身を翻し、その場から飛び退いて尻尾の一撃を避けていた。

 この奇襲を見るのも、もはや三度目だ――

 「お前は――!」

 天井に貼り付いていたシスティリアン、やはりそいつの顔には見覚えがあった。

 軍駐留所で散々に苦戦させられた異形の女――レアリスティヌ。

 長いブロンドに、美しい顔、豊満な肉体。

 千切れ飛んだはずの腕は、すっかり再生しているようだ。

 異形の女は、初めて会った時のように逆さまになって天井に立っていた。

 

 「生きてたのか……ゴキブリのようにしぶとい女だ」

 「貴方こそ……こんなところまで来るなんて。惚れ直したわ……」

 「そうか、それは光栄だな――!」

 俺はパルスライフルを天井に向け、遠慮無くぶっ放す。

 それを素早く避け、レアリスティヌは通路に着地していた。

 「私、あれからずっと考えたの。なぜ私の方が肉体能力は優れているのに、貴方に攻撃を当てられないか――

  そして、その答えは見つかったわ……」

 「なんだと――?」

 ――その次の瞬間。

 じゅるり、とナメクジのようなものが俺の頬を這った。

 それは、たっぷりと唾液の乗ったレアリスティヌの舌。

 そのあまりの速度に、触れてくるまで反応できなかった――

 

 「ちっ……!」

 俺は素早く手を伸ばし、頬を這う舌を引き剥がす。

 それは、ひゅるひゅるとレアリスティヌの口内に引っ込んでいった。

 そして、異形の女はくすり……と笑う。

 「どう? 反応できなかったでしょう?

  なぜなら、今のは単に貴方の頬を舐めてあげるだけのつもりだったから。そして――」

 

 しゅっ、と再び奴の舌が翻った。

 それは、明確な殺意を帯びた攻撃――

 「……ッ!」

 俺は体をのけぞらせ、その舌での突きを素早く避ける。

 

 「でも、今のはかわされる……その違いは、殺気があるかないかだと思うの」

  俺の反応を見て、レアリスティヌは自信満々の笑みを浮かべていた。

 「貴方たちの体は、私達システィリアンとは違ってひ弱で脆弱。だからこそ敵の殺意には、敏感に反応する――

  こちらの攻撃に潜む殺意を読み取り、ほとんど本能的に攻撃を避けてしまう――それが貴方の強さの秘密。

  鍛え抜いた人間は、肉体の脆弱さをカバーするためにそういう技術を体得しているみたいね。

  殺気に反応するというか、見切るというか――そういうモノ」

 「ふん……ずいぶんと勉強したもんだな、化け物の分際で」

 「ええ、本当に勉強したのよ……冗談ではなくね」

 レアリスティヌの尻尾が翻り、その先端の穴が口のようにぱくぱくと蠢いた。

 「食べた相手の知識を吸収して、色々なことを学んだわ……今の私は、システィリアンの中でも一番の物知りよ」

 「貴様――」

 もしかして、その捕食された者の中に俺の部下がいたのではなかろうか。

 そうだとすると、俺は――

 

 「俺の部下が世話になっているようだな……お前やクィーンを片付けて、返してもらう!」

 「貴方の部下……? 残念だけど、心当たりはないわ。そんな美味しそうな獲物、放っておくはずがないんだけれど」

 ぬけぬけと、レアリスティヌはそう口にした。

 「とぼけるな! お前達がさらったんだろう! あの、異星揚陸艦からな!」

 「さて……知らないわ、本当よ。そんなのがいるのなら、貴方の目の前でたっぷり嫐ってあげるところなのに」

 「なんだと……?」

 本当に、知らない――のか?

 ロゼットは確かに、システィリアンに何人かさらわれたと言っていたが……

 

 ――そんなの、いません。

 ロゼットは、そう撤回したんじゃなかったか?

 そっちの方が本当だったのか?

 すると、ロゼットは何かを誤認したのか?

 それとも――意図的に虚偽を言ったのか?

 アンドロイドは本能的に嘘を吐けない――そうプログラムされているはずなのに。

 

 「まさか……本当にいないのか? 最初から、さらわれてなどいなかったなんて……」

 ロゼットの言葉が虚偽だったとすると、部下は全てフェイスハガー娘の犠牲になったことになる。

 「貴方の事情は知らないけれど――私に、そんな嘘を吐くメリットがあると思う?」

 そう、その通りだ。

 もし本当にこいつらが部下を捕らえているのだったら、ここぞとばかりに俺の前に引き出して嫐るはず。

 すると、嘘を吐いていたのは――

 

 「くっ……!」

 俺はパルスライフルを構え、避けられると分かっていながら発砲していた。

 どいういことなのか、さっぱり意味が分からない。

 そんな戸惑いを振り払うように、俺は戦闘態勢に入る。

 「当たらないわ……私の方が速いんだから」

 その銃撃を、生来の敏捷性をもって避けるレアリスティヌ――

 ねろり……と、俺の股間に温かい感触が這った。

 しゅるりと伸びた舌が、ズボンの上から股間を舐め上げてきたのだ。

 

 「何をする、貴様……!」

 「どう? 反応できなかったでしょ……殺気なんてない、舐めてあげるだけのつもりだったんだから」

 にぃ……とレアリスティヌは妖艶な笑みを見せた。

 「練達した人間は、殺気を伺わせずに必殺の攻撃を繰り出せるみたいだけど――私には無理みたい。

  だから、こうやって可愛がってあげることにしたわ……」

 れろっ……と、またしても生温かい舌が股間に這った。

 そして俺が反応した瞬間には、ひゅるっと離れていく。

 「くっ……」

 「これから、貴方のおチンチンを舐め回してあげる。殺気さえこもっていなければ、貴方の反応は遅れてしまうのだから……

  ふふ、どこまで耐えられるかしら……?」

 「この……!」

 前方に放った銃撃を、レアリスティヌは飛び退いて避ける――

 その次の瞬間には、ねろりと再び股間に舌が這わされていた。

 三度も舐め上げられ、唾液をなすりつけられ――ズボンの股間部分は、じっとりと湿り始めている。

 

 「気持ちいいでしょ……? 降参すれば、直に舐めてあげるわよ……?」

 「ふざけるな、誰が……!」

 銃撃を避け、そして舌を振るってくるレアリスティヌ。

 れろ、れろ、れろ……と俺の股間はねっとりと舐め回される――

 「くっ……」

 その舌に攻撃を加えようとした時には、するすると引っ込んでいく。

 この陰湿な攻撃は、随分と厄介だった。

 レアリスティヌの前で情欲に流されることは、すなわち敗北を意味しているのだから――

 

 「ふふ、もうズボンもよだれでドロドロね。気持ち悪いだろうから、脱いでしまえば……?」

 「うるさい……!」

 反発混じりに乱射した銃弾も、あっさりとかわされてしまう。

 そしてレロレロと舌が這い、股間のみを執拗に狙ってきた――

 「うぐっ……」

 男の急所を痺れさせる責め――

 このままそれを味わいたいという気持ちを抑えながら、股間に取り付いた舌を振り払う。

 「あらあら、どうしたの……? 反応が徐々に遅くなってきているわ。

  もっと舐め回してほしいんじゃないの……?」

 そう囁きながら、レアリスティヌはなおも舌での執拗な股間舐めを繰り返してきた。

 まるで体力の消耗を狙うかのように、ねっとりと――

 その甘い舐め責めに、俺は身を任せてしまいそうになってしまう。

 

 闘志を奮い立たせる

 身を任せてしまう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「くそ……!」

 俺は雑念を振り払い、闘志を奮い立たせる。

 そして、懐に収めている円盤状の武器に触れていた。

 これをブランデンに返すまでは、屈するわけにはいかない――

 

 「頑張るわね、ふふ……」

 必死で距離を取ろうとする俺に対し、レアリスティヌは妖艶な笑みを向ける。

 「お前ごときにやられるわけにはいかないんでな……」

 「あら、そう。でも、いつまで強情を張っていられるかしら……?」

 その淫靡な口許から舌が伸び、俺の方へと向かう――

 

 『待つのだ、レアリスティヌ。その獲物、なんとも興味深いことよ――』

 

 「……!?」

 「……クィーン?」

 不意に、俺の頭の中に女性の声が響いてきた。

 静かだが、深い威厳と艶やかさに満ちた声。

 それは音声として伝わってきたのではなく、直に頭の中に送られてきたような感覚。

 そしてレアリスティヌも、その動きを止めている。

 

 『ここで壊すには惜しい。妾(わらわ)が元に連れて参れ――』

 

 「誰だ!? どこに――」

 俺が周囲を見回した瞬間、壁や床にへばりついた軟肉がぐにぐにと蠢いた。

 壁から、床から、天井から、無数の触手が伸びてくる――

 「くっ……!」

 いきなり四方から伸びてきた触手に、俺は完全に不意を突かれてしまった。

 それは柔らかながら強靱で、たちまち俺の四肢に絡んで動きを封じてしまう。

 

 「クィーン……お力添え、ありがとうございます」

 レアリスティヌは静かに呟くと、触手に絡まれ動けない俺の前に立った。

 「この星の建設物を包んでいる軟肉は、全てクィーンのもの。あの方のご意志で、自在に動かすことができるのよ……」

 「くっ、離せ……!」

 俺は身をよじったものの、その束縛から逃れることは出来ない。

 今まで見てきた軟肉は、全てクィーンのもの――つまり俺は、ずっとその体内にいたようなものだったのか。

 

 『さあレアリスティヌ、その者を妾の前に連れて参れ……』

 

 そんなクィーンの声が、直接的に頭の中へと伝わってくる。

 「かしこまりました、クィーン……」

 レアリスティヌはおずおずと告げると、動けない俺のズボンに手を伸ばす。

 そして下半身を覆う衣服を全て破り、股間を剥き出しにさせてしまった。

 「クィーンにお相手にして頂けるなんて……貴方は、この世でもっとも幸運なオスね」

 「く、くそっ……!」

 俺は首を左右に振り乱すが、何の抵抗にもならない。

 パルスライフルは床に落ち、下半身は剥き出しにされ、手足は全く動かせない――絶望的な状況。

 無力の俺を眺め、システィリアはひときわ淫靡に目を細めた。

 「では行きましょうか。私達の母親にして女王、クィーン・システィリア様の元へ――」

 

 

 

 

 

 宇宙港地下の最奥部、動力ブロック。

 そこは野球場を思わせるほど巨大なドームで、その中央には巨大動力炉が鎮座していた。

 この都市の発電所も兼ねており、いわば惑星プロロフィルの心臓である。

 しかしグリーンの粘体や体組織が壁や床一面に包み込み、そこはまるで肉洞のよう。

 この星の最重要区画は、いまや奴等の巨大な巣穴と化していたのである。

 そして現在、ここにはクィーンが君臨しているのだ――

 

 「クィーン・システィリア、最高級の獲物をお連れしました」

 俺を引き立て、レアリスティヌはうやうやしくかしづく。

 目の前には、ピンク色の不気味な肉壁。それはなだらかな山のように、眼前に裾野を広げていた。

 「……?」

 最初は、レアリスティヌが何に向かって喋っているのかさえ分からなかった。

 前方には、巨大で薄気味悪い肉の幕が広がっているだけなのに――

 

 「そ、そんな……馬鹿な……」

 そして徐々に視線を上げていった俺は、思わず驚愕の声を漏らしていた。

 目の前にあったのは、ただの肉の幕ではなかった――なんとそれは、ピンク色をした肉のドレス。

 俺の見上げた先には、巨人が鎮座していた。

 その身長は50メートルほどあるだろうか。俺の体など、その掌で掴んでしまえるほどの巨体。

 奴等の親玉だけあり、驚くほどに美しい女性の姿。

 その圧倒的な巨体と、異様なまでの美貌はなんともアンバランスである――

 

 「冗談だろ、こんな……」

 目鼻立ちは整い、まさに女王にふさわしい高貴な美貌。

 髪は綺麗なブロンドで、まるで滝のような美しさを醸しながら、頭部から腰へと流れている。

 そして女王は、常に全裸でいる他のシスティリアンとは格が違うらしい。

 その豊満で肉感的な巨体に、不気味な肉の衣を纏っていたのだ。

 ぐちゅぐちゅと蠢くピンク色の肉や不気味な触手が、まるでロングドレスのように織り成されている。

 それはクィーンの肩から下を覆い、豊満な胸を隠してその身を包んでいた。

 スカート部はまるで巨山のように広がり、肉の裾野が延々と動力ブロック内に広がっている。

 その表面には何重にも重なり、ぐにぐにと不気味に蠢いている肉のフリル。

 スカーフやショールなどの装飾具も、触手と粘膜を織り成して形作られていた。

 肉と粘膜の触手のドレスを纏ったシスティリアンの女王――それが、俺の前にそびえ立っていたのである。

 

 『素晴らしき精の香り――』

 頭の中に、艶やかな女性の声が響いてきた。

 クィーンは、自らの意思を直接相手の脳へと伝えるようだ。

 それを受けているだけでも、じんわりと脳が犯されているような気分に陥ってしまう――

 『妾がこの世に生を受けて一ヶ月……その間に数万のヒトの精を吸ったが、その中で最も上物ぞ。

  これほど質の良い獲物は、我が数千年の寿命尽きるまでに、あと何度手に入ろうか……』

 「お喜び頂いて幸いです、クィーン・システィリア。どうぞお好みのままにお召し上がり下さい」

 レアリスティヌは、深くかしづいたまま告げる。

 俺の体にはすでに拘束はなく、クィーンの前に立たされているに過ぎないが――

 システィリアンの淫香をたっぷりと嗅がされ、この身には力が入らない。

 その場に倒れないようにするだけで精一杯という無様な有様。

 これでは、戦うこともできはしない――

 

 『ではヒトの子よ――妾がこの身でオスの蜜を搾ってくれよう。

  どこが好みぞ? この口唇か? 乳か? あるいは衣で愛してくれようか?

  それともやはり――女陰で精を吸い尽くされたかろう?』

 クィーンは淫猥な視線を俺に浴びせ、そんな思念を送ってきた。

 そして、にゅるにゅるにゅる……と蠢くクィーンの股間周辺のスカート。

 まるで道を空けるように、その女陰の部分だけを解放したのである。

 それに対する、俺の答えは――

 

 冗談じゃない

 口で

 おっぱいで

 肉のドレスで

 女陰で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「冗談言うな。誰が、お前のような化け物に――」

 俺は、クィーンに対してそう吐き捨てた。

 立っているのがやっとという有様でありながら、挑戦的な台詞を叩き付ける――

 しかし今の俺は、クィーンに対してあまりに無力だった。

 

 『体は快楽への期待に震え、心で抗うか――』

 クィーンの右手が俺に迫り――そして、俺の体はむんずと掴まれた。

 その右掌が俺の体をぎゅっと握り込み、そしてクィーンに掴み上げられてしまう。

 『では、無理矢理に啜るとしよう――』

 「く、くそ……」

 俺は人形のように掴み上げられたまま、力なく身をよじることしかできない。

 そのまま、クィーンの眼前に引き寄せられていく――

 

 その刹那、真上から一つの影が躍り出た。

 あれは――ブランデン。

 彼女はスピアを振りかざし、俺の体を握り締めていたクィーンの手首を一撃で斬り飛ばす。

 「うおっ……!」

 クィーンの掌から放たれ、空中に投げ出される俺の体――それをブランデンは抱きかかえ、華麗に着地した。

 今まで静かに控えていたレアリスティヌが、その眉を吊り上げる。

 「控えなさい、クィーンの御前よ……!」

 「――――」

 左手を熊手のように変形させ、ブランデンに飛び掛かろうとするレアリスティヌ――

 ブランデンが手甲のかぎ爪を構える前に、その体は弾き飛ばされていた。

 まるで、あらぬ方向から衝撃を受けたかのように――

 「くうっ、何が……!? まるで気配を感じさせずに、攻撃してくるなんて――!」

 空中で身を翻し、素早く着地するレアリスティヌ。

 その視線の先には――武器の満載された右腕を構えた、ロゼットの姿があった。

 

 「陽動を中断し、救援に参りました。スドウ大尉、お怪我はありませんか……?」

 「ロ、ロゼット……」

 彼女は例によって無表情で、淡々と告げる。

 『面白い、こうも沢山の来客とは――たっぷりもてなしてやらねばなるまい。のう、レアリスティヌ?』

 その場に響く、クィーンの思念。

 ブランデンに斬り落とされたはずの右手は、すでに再生している。

 「その通りです、クィーン。特にこの狩人は、ぜひとも私にお任せを。仲間の元に送ってやりましょう」

 にこやかに微笑み、不敵に呟くレアリスティヌ。

 ブランデンは、ぴくりと眉を動かしていた。

 彼女の同胞は二人とも、このレアリスティヌに殺られているのだ――

 

 「――――」

 そしてブランデンは、俺の体を強く突き飛ばしていた。

 「ぐっ……!」

 俺のよろけた先には、ロゼットの体。

 「スドウ大尉……!」

 そのままロゼットは、俺の体をがっしりと抱き留める――

 ――と同時に、ブランデンとレアリスティヌが動いた。

 

 「さあ、逝ってしまいなさい! お仲間も寂しいでしょう!!」

 「――――」

 大きく腕を振りかぶり、飛び掛かるレアリスティヌ。

 ブランデンは滑り込むように、その脇をすり抜ける。

 「え……?」

 すれ違いざまに、ブランデンはその胴を一閃していた。

 レアリスティヌの腹部からグリーンの粘液が飛び散り、上半身と下半身が分断される――

 「そんな、この私が――」

 ずしゃり、とレアリスティヌは地面に倒れ伏していた。

 色々な事を学んだと自負していた異形の女が、最期に学んだことは「慢心」らしい。

 

 「――――」

 一撃の下にレアリスティヌを葬り去ったブランデンは、俺とロゼットに背を向けた。

 その相対する先は、クィーンの巨体。

 『ほう……下等生物の分際でやりおるわ。仕方ない、妾が相手をしてくれよう――』

 クィーンの纏う肉のドレスから、しゅるしゅると触手が這い出した。

 ブランデンはクィーンを見上げたまま、静かにスピアを構える――

 

 「この場から脱出します、スドウ大尉――」

 「おい、待て! まだブランデンが……!」

 そんな抗議に聞く耳を持たず、俺の体を抱えたまま身を翻す。

 相対するクィーンとブランデンに背を向け、猛然と疾走する――向かう先は、この動力ブロックの非常口。

 そのドアに銃撃を食らわして突き破り、ロゼットは俺を抱えたまま地下通路へと躍り出た。

 クィーンと相対し、最後の戦いを挑もうとする狩人の少女――

 それも視界から消え、俺は不本意のまま動力ブロックの外まで運び出されてしまう。

 

 「待てロゼット、まだブランデンが戦ってるんだ! 引き返せ、これは命令だ!」

 「拒否します、スドウ大尉! 今は貴方の身を優先します――!」

 ロゼットは鋭く告げながら、俺を抱えて通路を駆ける。

 その道を邪魔するように、立ち塞がる三匹のシスティリアン――

 「敵対反応、三。脅威度E、掃討します」

 瞬時にロゼットは銃弾の雨を叩き込み、足を止めることなく片付けていた。

 そのまま通路を抜け、上へと続く非常階段に差し掛かる。

 これを上がったら、半壊したターミナル。

 そのロビーを抜ければ、小型艇が準備してあるという発着口だが――

 

 「降ろしてくれ、ロゼット……もう大丈夫だ……」

 「……」

 ロゼットは足を止め、どこか不服そうに俺を降ろしていた。

 少しよろけながらも、なんとか自分の足で立つことができるようだ。

 しばらく動いていれば、元通り回復するだろう。

 「武器は……武器はないか……?」

 「貴方の使っていた小銃です。地下三階の通路に落ちていました」

 ロゼットが手渡してきたのは、俺がレアリスティヌに捕まった時に取り落としたパルスライフル。

 これには発信器が内蔵されており、持ち主の脈拍などの情報をリアルタイムで送信するようになっている。

 ロゼットはそれによって異常が起きたのを察知し、地下まで来たのだろう。

 そして床に落ちていたパルスライフルを発見し、俺がクィーンに捕まったことを察したのだ。

 陽動役をやらせた挙げ句に、ミスって捕まった俺の尻ぬぐい――ロゼットにも、散々に迷惑を掛けたようだ。

 

 「すまなかったな、ロゼット……さっきも辛く当たりすぎたようだ」

 そう言いながら来た道を戻ろうとする俺の肩を、ロゼットは静かに掴んだ。

 「スドウ大尉、どこへ行くつもりです!?」

 「動力ブロックに戻る。ブランデンを助けないと――」

 よろよろと通路を戻ろうとする俺の前に、ロゼットが立ちはだかった。

 「危険すぎます。行かせません」

 「ロゼット……お前は、いったい何なんだ?」

 一連の意味不明なロゼットの言動について、俺は問い質さざるを得なかった。

 彼女の行動は、どうにも不可解に過ぎるのだ。

 「クィーンの元にさらわれた部下なんていなかった――嘘を吐いたのか?」

 「その通りです。スドウ大尉に虚偽の報告を行いました。

  貴方がクィーンの元に出向き、自分から獲物になりにいくよう仕向けたのです」

 あっさりと嘘を認め、ロゼットは静かに頷いた。

 「例の計画……俺と、システィリアンを交配させるためか……?」

 「その通りです」

 「だとしたら、何で……!」

 なんで、こいつはわざわざ俺を救いに来た?

 ロゼットのやることなすこと、矛盾だらけだ。

 機械の判断とは思えないほど、その行動に筋が通っていない――

 

 「……私は、特別なアンドロイドです。

  自分の意志でものを考え、感情や意識をも持たされている試作型なのです」

 俺の方にまっすぐな視線を送り、唐突にロゼットは言った。

 「なんだと……?」

 機械が、感情や意識を持っている……?

 XR-7000というナンバーからして、彼女はおそらく極秘段階の最新式ロゼット。

 アンドロイドの進化は、とうとう感情や意志を持たされる段階にまで進んだというのか――

 

 「私は、自分の判断で任務すらプログラムし直すことが可能なのです。

  ゆえに、今回の命令――スドウ大尉とシスティリアンを交配させるという任務を、自己判断で破棄しました」

 「まさか……そんなことが出来るのか?」

 「開発者側の観点からすれば、自身の判断で命令すら破棄できてしまうのはエラーの範疇でしょう。

  量産の際は、見直しの余地があります」

 「……そりゃ、そうだろうな」

 自身の判断で命令を破棄してしまう軍用アンドロイドなど――そんなもの、使い物にならない。

 自分の意志で考え、他者の命令より自己判断を重視する機械――それは明らかに欠陥品だ。

 そんな欠陥品が、俺の目の前にいるのだ。

 

 「信じられないが……納得はできるな」

 確かに、まるで感情があるようだとずっと思ってた。

 しかし、まさか本当にそうだったとは――

 「それで、何のつもりなんだ? いったんクィーンに捧げようとした俺を、なぜ助けた?

  なぜ、途中でお前の行動目的は180度転換したんだ?」

 「分かりません。私にも分からない……」

 ロゼットはしばしうつむいた後、不意に俺に抱き付いてきた。

 人工の産物でありながら、柔らかく温もりに満ちた体が俺をしっかりと抱き留める。

 「おい、ロゼット……!」

 「……お願いします。どうか、私と脱出して下さい!

  そうでなければ、私は――現在の私の存在目的は――!」

 「……」

 ロゼットの温もりを感じながら、俺はただ困惑するしかなかった。

 彼女が見せた、整合性のない一連の行動――与えられた任務と、自身の感情の間で揺れ動いていたのだ。

 そんな葛藤の中で、ロゼットはとうとう任務を放棄し、自身の感情を優先することにした――

 ――そして、本来は犠牲に供するはずだった俺を救いに来たのだ。

 そこまで彼女を変えた、その感情の正体。それは――

 

 「スドウ大尉……どうか、私と脱出を……」

 ロゼットは俺を離し、すがるような視線を送ってきた。

 「俺は、もう大尉じゃない……軍籍などない、ただのケージ・スドウだ」

 「ケージ……お願いです、どうか脱出を……」

 ロゼットは俺の肩を掴み、そして泣きすがっていた。

 今の彼女の言葉に、もう嘘はない。

 俺の存在が、現在のロゼットのアイデンティティを保証しているのだ。

 この星に墜落してしばらくはグラついていた、ロゼットの芽生えたばかりの感情――

 それが、俺の存在を中心軸にして組み上がってしまったのである。

 そして彼女は、あれだけ邪険に扱われながらも、俺に尽くしてくれた――

 

 「……」

 ブランデンは今、たった一人でクィーンをと戦っている。

 そしてロゼットは、俺と脱出することを「心」の底から望んでいた。

 そんな板挟みの状況で、俺の決断は――

 

 ブランデンを助けに戻る(ブランデンルート)

 ロゼットと共に脱出する(ロゼットルート)

  ※この選択によってストーリーが分岐します

 


一覧に戻る