フェイスハガー娘


 

 「分かったよ、ロゼット――」

 彼女をしっかりと抱き締めながら、俺は頷いていた。

 「ここを脱出しよう……一緒に」

 「ええ……! ありがとう、ケージ……!」

 ぱっと明るい表情を浮かべ、俺を先導するかのように駆け出すロゼット。

 「……」

 俺は彼女の後に続きつつも、ほんの少しだけ後ろ髪を引かれるような思いがしていた。

 

 決して、ブランデンを見捨てたわけではない。

 そもそも俺とブランデンは、それぞれ交わるはずもない別々の戦いに赴いていたのだ。

 それがほんの一時だけ交差したというだけで、そもそもは全く別の世界の者同士。

 そして俺が行ったとて、ブランデンは絶対に助太刀を認めないだろう――

 彼女の戦いに、俺が横合いから手を出す資格などない。

 

 「やれやれ、勝手な言い分だな……」

 それも、結局は自己弁護に過ぎない――そう思いながらも、俺はロゼットの後に続いて階段を駆け上がっていた。

 今の俺はブランデンよりも、ロゼットの方に惹かれている――それが、正直な俺の気持ち。

 思えば俺は、彼女にどれだけの勝手を強いただろうか。

 一方的に糾弾し、罵り、苛立ちをぶつけ――決してなんらかの責任があるわけではないロゼットを、敵視しさえした。

 それにも関わらず彼女は俺を慕い、任務を蹴ってまで助けてくれたのだ――

 そんなロゼットの一途さに、俺も惹かれ始めていたのである。

 

 「発着口には、燃料の搭載された小型宇宙艇が確かに確認されています。それに乗っての脱出は可能――」

  俺を先導するロゼットは、おずおずと言った。

 「それは確かだな? なら、それで脱出しよう――二人で」

 「ええ、二人で――」

 ロゼットは俺の方へと振り返り、そして再び階段を駆け上がる。

 俺は軍籍を抹消された身、そしてロゼットは脱走兵――いや、脱走した備品か。

 ほとんど逃避行も同然の身の上――それでも、俺は構わなかった。

 ロゼットと、どこまでも逃げ切ってやるさ――

 

 「一階ターミナル、生体反応なし。このまま発着口まで走り抜けます――」

 「もう少しか。気を抜くなよ!」

 とうとう、俺達は半壊したターミナルまで到着した。

 発着口にある小型宇宙艇まで、あと少し――

 

 

 

             ※            ※            ※

 

 

 

 宇宙港地下、動力ブロック――

 その広大な空間で、一人の狩人と巨大な怪物が視線を交える。

 

 『狩人が妾の前に立つとは――実に愉悦』

 使い慣れたスピアを片手に、自身の数十倍の体躯を持つ巨敵の前に立つブランデン――

 その射竦めるような視線を受けながら、クィーン・システィリアは笑った。

 『お主のようなちっぽけな存在が、妾に挑む――その蛮勇、褒めてつかわそうぞ』

 「――――」

 ブランデンは、ただ無言。

 筋力、瞬発力、動体視力――狩人の目で、クィーンの身体能力を推し量る。

 外観や動作から、その肉体に秘められた力を緻密なまでに計算する。

 その上で、自身の狩りを組み立てる――

 

 「あは……」

 「うふっ、ふふふ……」

 ざわざわと、動力ブロックには多数のシスティリアン達が集まり始めた。

 女王を守るように、異形の女達はブランデンを取り囲む。

 『ふふ……心配するでない。下の者達には手出しはさせぬ。妾とそなたの一騎打ちぞ――』

 「――――」

 当然ながら、ブランデンは答えない。

 彼女は狩人。狩りの前に、獲物と語り合う狩人などいない――

 

 『さあ……参れ、狩人! 妾が相手を務めてくれようぞ!!』

 「――――!」

 ブランデンは地面を蹴り、空高く飛翔していた。

 それを追うように、巨体を覆うドレスから伸びる無数の触手――

 ブランデンはクィーンの腰の部分を蹴り、さらに高く跳ねる。

 その巨体の頭頂に達するほど高く飛翔し、両手でスピアを振り上げた――

 

 『ふふ……それしきか? 工夫のない手だのう』

 ひゅっ――とクィーンの背から一本の尻尾が伸びていた。

 大木のごとき巨大な尻尾が、ブランデンの胸を貫く――

 「――――」

 その瞬間にブランデンは胸を反らし、直撃を避けていた。

 胸甲だけが砕け、粉々になって空中に飛び散る。

 完全に隙だらけになった、クィーンの頭部――

 そのままブランデンは、落下速度によって倍加された一撃を敵の額へと叩き込んでいた。

 スピアはその肌にめり込み、腐った果汁のような粘液がぶしゅっと溢れ出る――

 

 『ほほう……やりおるわ』

 その額にスピアを突き立てられたまま、クィーンは涼しい笑みを見せた。

 『しかし、残念よのう……この程度の傷など、妾の肉体は簡単に再生する。

  つまり――徒労だったということだ、狩人よ!』

 額の傷口からはにゅるにゅると触手が這い出し、ブランデンに襲い掛かる――

 「――――!?」

 スピアをクィーンの額に残したまま、すかさず飛び退くブランデン。

 足に絡み付く触手を手甲のかぎ爪で切断し、その巨体から離れる――

 『もらったぞ、狩人……』

 ブランデンの細い体を、クィーンの巨大な右掌ががっしりと掴んでいた。

 その上に左掌が重ねられ、ぎゅぅっと力を込める。

 『くく……細くか弱き体よのう。その身で妾を狩ろうとは――笑わせよるわ!』

 「――――!」

 その両掌でみしみしと握り込まれ、ブランデンの顔が苦痛に歪む。

 みしみしと骨の砕ける感触が掌中に伝わり、クィーンは口の端を吊り上げた。

 『生きている感触が、妾の手の中で失われていく――たまらぬのう、それ!』

 ひとしきりブランデンの体を締め上げた後、クィーンは掌中の少女を床に向かって投げ付ける。

 そのまま、猛烈な勢いで足元の床に叩きつけられるブランデン。

 彼女は壊れた人形のように手足を投げ出し、力なく地へと転がってしまった。

 『ふふ……もう死んだか? あっけないのう』

 倒れ伏すブランデンに視線をやり、クィーンは目を細める。

 この場に詰めかけているシスティリアン達も、くすくすと笑い声をあげた――

 しかし少女の体は、ゆっくりと動き始めた。

 よろよろと体を起こし、痛んだ骨に鞭打って二本の足で立つ――

 かなりのダメージを受けながら、その目はいっさいの闘志も失っていなかった。

 

 『ほう……そうでなくてはな』

 ドレスの裾から無数の触手が這い出し、ブランデンへと襲い掛かる――

 「――――」

 ブランデンは懐から銃剣――ケージ・スドウから受け取ったもの――を取り出し、群れ寄る触手を素早く切り裂いた。

 そして、クィーンの頭部を目掛けて一直線に投げ付ける――

 それは狙い通り、クィーンの右目に突き立った。

 『くっ、貴様……!』

 その眼球からぶしゅりと粘液が溢れ、クィーンの顔が怒りに歪んだ。

 肉のスカートが横に大きく薙ぎ、ブランデンの体を弾き飛ばす。

 彼女の体は壁に叩きつけられて床に転がり、そのまま動かなくなってしまった――

 

 『しまったのう……もう事切れよったか。もう少し、嫐ってやるつもりだったのに――』

 顔を傷付けられた苛立ちで、つい渾身の一撃を食らわせてしまったクィーン――

 早々と玩具を壊してしまった己の迂闊さに、やや肩を落としそうになる。

 しかし数秒のちには、その考えが完全に誤っていたことを思い知った。

 あれだけの一撃を食らったブランデンは、よろよろと立ち上がったのだ。

 常人なら、骨も粉々になって即死する一撃だったというのに――

 

 『なんと――顔に似合わずしぶといよな。ならば――』

 クィーンは両手でブランデンの体を掴み上げ、雑巾を絞るかのように捻り上げた。

 『このまま、上半身と下半身をねじ切ってくれる――!』

 そして力を込めようとした次の瞬間――

 ぶしゅっ……とクィーンの手に突き刺すような痛みが走った。

 『うぐ……』

 とっさに、ブランデンの体を手から離してしまう。

 何か刃のようなものを、とっさに掌に突き立てたのだ。

 『なんと、往生際の悪いことよ――』

 その視線を足元の床に落とし――初めて、クィーンはそこにブランデンの姿がないことを知る。

 視界内から、ブランデンの姿は忽然と消えてしまったのだ。

 『どこだ? どこに隠れておる……?』

 まさか、逃げたのか――?

 クィーンも、この場のシスティリアン達も周囲を見回した――

 次の瞬間、クィーンのこめかみに鋭い痛みが走る。

 いつの間にか肩にまで登ってブランデンが、そのかぎ爪を突き立てたのだ。

 

 『き、貴様――!』

 腕を伸ばし、それを振り払おうとするクィーン――

 しかしその前にブランデンは跳躍し、クィーンの右眼に突き立ったままの銃剣に手を伸ばした。

 そのまま右眼から右頬に向かって体重を掛けながら斬り下ろす――

 どうせ、すぐに治る傷――それでも、顔を傷付けられたクィーンの怒りは激しかった。

 『おのれ、か弱き者の分際で!!』

 着地しようとするブランデンに、クィーンは拳での一撃を見舞う。

 とっさには避けきれず、その攻撃はブランデンの右脚を圧殺していた。

 「――――!」

 その骨は砕け、何トンもの機械でプレスしたかのように破壊される。

 『我が身を傷付けた罪……その身で償うが良い!!』

 さらにクィーンは、動けないブランデンに拳を振るった。

 駄々っ子のように右拳、左拳、また右拳と叩きつけ――さらにその足で踏みつける。

 その場に残されていたのは、糸の切れた人形のように転がったブランデンの体――

 『ふふ、あはは……! 死んだか! 死におったか!』

 高笑いを上げるクィーン。

 女王の愉悦は部屋中に伝染し、この場を取り囲むシスティリアン達もくすくすと笑う――

 そこで、クィーンは異常に気付いた。

 自分の右腕――その手首から先が、すっぱりと切断されて消失していたのだ。

 ちょうど、さっき切り落とした場所を――

 

 『な、いつの間に……!』

 表情を歪ませるクィーンを尻目に、ブランデンはまたも立ち上がっていた。

 一度目も二度目も、致命傷でもおかしくないほどのダメージ。

 さらに拳の乱打を浴びせてさえも死なない――この小さな体のどこに、そんな生命力があるというのか。

 『徒労だ、狩人……! いくら我が身を刺そうが、刻もうが、再生すると言ったろう!』

 消失した手首の先から、粘液まみれの右腕がゆっくりと這い出してくる。

 「――――」

 その様子を、ブランデンは刺すような眼で見据えていた。

 『ぐ……!』

 その視線に、僅かにたじろぐクィーン。

 気圧されたわけではない。おそらく、奴は今気付いたのだ。

 右手の再生速度が、最初に斬り落とされたよりも遅れていたことを――

 同じ箇所に受けたダメージは、再生に時間を要する――それを、この狩人は間違いなく気付いた。

 

 『うぐ……!』

 まるでかばうように、クィーンは無意識ながら右手を背面に回してしまう。

 その動作こそが、自身の弱点をありありと示していることにも気付かず――

 「――――」

 そしてブランデンは、クィーンの巨体に向かって跳躍していた。

 『く……このぉ!』

 ぶん、とハエを払うように周囲を薙ぎ払う左手。

 ここで、クィーンは誤った。ブランデンは、右手に集中攻撃を仕掛けてくると思っていたのだ――

 『違うのか……? これは――』

 しかしブランデンが跳躍した軌道は、右腕を狙ったものではない。

 それよりも、もっと高い軌道。奴の狙いは――

 

 『額、か――』

 気付いた時には、ブランデンはクィーンの頭頂に降り立っていた。

 そして額に突き立ったままのスピアを、より深く捻り込む――

 粘液がぶしゅりと飛び散り、その勢いでスピアが押し返された。

 『あぐ……! き、貴様ぁぁ!!』

 ずきり、と額に走る痛み。

 やはり、さっきより再生は遅い――そして痛い。

 怒りのこもった触手での一撃が、額に立つブランデンの体を弾き飛ばしていた。

 そのまま床に叩きつけられるブランデンに対して、さらに触手の連撃を食らわせる。

 周囲の壁面を破壊しながら触手を振るい続け、骨を砕き、ねじり、磨り潰す――我を忘れたような、容赦のない乱撃。

 その暴力の嵐が収まり――ブランデンの体はかろうじて五体を保ちながら、その場に横たわっていた。

 

 『手こずらせおって、ちっぽけな下等生物ごときが――』

 その言葉も終わらないうちに、ブランデンは立ち上がってくる。

 そして底の見えない眼で、クィーンを静かに見据えていた。

 『ば、馬鹿な……なぜ……』

 なぜ、死なない……?

 あれほどちっぽけな存在が、これだけのダメージを受けて、なぜ死なない?

 まさかあの小柄な体には、クィーンである自分をも上回る再生能力が備わっているのか……?

 ――いや、そんなものはない。

 折れた腕や足はまるで治ってなどいないし、受けたダメージはいっさい回復していないのだ。

 全く再生などしていない、それなのに――

 

 『それなのに、なぜ動ける――!!』

 まるで不可解だ。

 起きるはずもないことが、目の前で起きている。

 クィーンは信じられない現実を振り払うように、ブランデンに右腕を伸ばした――

 そこに、鋭い斬撃が一閃する。

 ブランデンのスピアが、不用意に伸ばされた腕をまたも寸断したのだ。

 これで、三度目――

 同じ箇所を短期間に三度も斬られれば、その再生能力は格段に落ちる。

 こいつは、それを狙っている。

 こいつは――

 

 『あ、ああぁぁぁ……!!』

 もはや駄々っ子のように、クィーンはブランデンに攻撃を仕掛けていた。

 その叫びは恐怖そのもので、女王の威厳など欠片もない。

 巨体を揺るがしながら、ただ自身の中に芽生えた恐怖の感情をねじ伏せるように――

 丸太のような尻尾でブランデンの体を一撃し、その骨を砕く。

 さらに左足を掴み、人形のように地面へと叩きつける。

 そしてもう一度、尻尾での一撃を――

 

 ――ない。

 尻尾は根本から寸断され、消失している。

 いつだ?

 いつ斬られた――?

 さっき、尻尾で一撃した時か?

 全身の骨を砕くほどの一撃を受けながら、その瞬間に尾を切断したというのか……?

 

 『ひ……!』

 そしてクィーンは、その一瞬の隙にブランデンの姿を見失っていた。

 『ど、どこだ……! 出てくるがいい!』

 焦りながら、周囲を見回すクィーン。

 いない。

 右にも、左にも、どこにも見当たらない――

 

 『ど、どこだ……ッ!』

 視界の上方に、一瞬だけ影が映った。

 ドーム状の天井を蹴り、一直線に頭頂へと襲い掛かるブランデン。

 真上からの奇襲、それはシスティリアンの得意技であるはず――

 

 『あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 その攻撃は、クィーンの額の傷を正確に貫いていた。

 二度も突き刺した額の傷に、全体重と落下の勢いを乗せて一撃する――

 いかに並外れた再生力を有するクィーンとて、無視できるようなダメージではない。

 『あぐ……! あぁぁぁぁぁ!!』

 その苦痛に、クィーンは地を揺るがせて咆哮していた。

 左腕でブランデンの体を掴み、そして床に叩き付け、踏みにじる。

 『はぁ、はぁ……』

 やはり、治りが非常に遅い。

 めまいにも似た苦痛が広がり、わずかに視界が霞む――

 そんなぼやけた目で捉えたのは、今までのように起き上がってくるブランデンの姿。

 その体はボロボロで、骨折も数カ所程度ではないはず。

 それなのに、それなのに――

 

 『なぜ……なぜ、死なないぃぃ!!』

 ――なぜだ。

 ――なぜだ。

 ――なぜだ。

 なぜ、不死に近い身であるはずの自分が再生不能なほどに追い込まれ――

 そして、再生能力すらないちっぽけな生命体がいつまで経っても死なないのだ。

 これは、なんだ?

 一体、目の前で何が起きているというのか……?

 

 「――――」

 じっと、クィーンを見据えるブランデンの眼。

 そこにあるのは怒りでも、苦痛でも、恐怖でもない。

 殺気にも似ているが、少し違う。

 あれは、紛れもなく狩人の眼。

 

 『ひ……!』

 もしかして、自分は思い違いをしていたのか?

 ちっぽけな生命体を女王自ら遊んでやる――とんでもない。

 互いの命を燃やす戦い――それも違う。

 これは、狩り――自分は、狩られる側の者だったとでも言うのか――?

 

 『な……何をしている、お前達! 女王の危機ぞ! 見ていないで助けよ!』

 クイーンは、その場に詰め掛けているシスティリアン達に号令を下していた。

 女王たる者が、前言を撤回する――それに思い至らないほど、クィーンは我を失っていたのだ。

 「ふふ……」

 「くすくす……」

 「あははははは……!」

 女王の号令を受け、怪物達が一斉にブランデンへと飛び掛かる。

 数多くのシスティリアン、フェイスハガー娘――満身創痍の状態で、四方からその襲撃を受ける少女。

 彼女の手にしているスピアに、強い力がこもった――

 直後、少女は周囲から押し寄せるシスティリアン達の群れに呑み込まれてしまった。

 『あはははははは! 狩人よ、さすがにこの数相手ではどうにもなるまい!』

 クィーンの哄笑が、周囲に轟く――その直後に、それを掻き消すような音が響いてきた。

 

 ざく、ざく、ざしゅっ……!

 

 システィリアンの群れの中から聞こえてくる、肉を刻むような音。

 疾風のような人影が群れの中を駆け抜け、次々にシスティリアンを刈り取っていく――

 

 『そんな、そんな馬鹿な……』

 ありえない。

 こんな事はありえない。

 女王たる自分が、追い詰められるなど――

 

 『こんな、馬鹿な事が……』

 あれだけの数のシスティリアンは、たちまち撫で斬られていた。

 当然、あの数を相手にして無事でいられるはずがない。

 狩人は爪や尻尾での攻撃をその身に受け、立っているのがやっとの状態。

 なのに。

 なのに――

 

 『そんな……! そんな、馬鹿なぁぁぁ!!』

 それでも、ブランデンは倒れなかった。

 それどころか、スピアを片手にゆっくりと歩み寄ってくる。

 整った顔に、狩人そのものの眼光を携えて――

 

 そんな――

 そんな馬鹿な話があるか――

 女王たる自分が、ここで狩られてしまうなど――

 

 『く、来るなぁぁ……!』

 ぶんぶんと振りかざした左腕は、根本から簡単に切断されてしまった。

 そして、確かな殺意を示しながらゆっくりとにじり寄る狩人――

 『ひ、ひぃぃぃぃぃぃ……!!』

 クィーンの叫びが、システィリアンの巣である動力ブロック――いや、狩場に響いていた。

 

 狩られる。

 狩られる狩られる。

 狩られる狩られる狩られる狩られる狩られる狩られる狩られる狩られる――

 

 もはや逃げることもできず、生理的恐怖のみに女王の体は支配される。

 獲物としての本能が全身を麻痺させ、動けなくなってしまったのだ。

 ――やはり、自分は間違っていた。

 ――自分は、狩られる側だった。

 ――いかに強靱でも、生命力に溢れていても、獲物は獲物。

 ――狩人とは、全く別の存在なのだ。

 

 『あ、あぁぁぁぁぁぁぁ……!!』

 「――……」

 そして、クィーンの眼前まで至り――ふと、ブランデンが足を止めた。

 少女はそのままずしゃりと膝を着き、前のめりに床へと倒れてしまう。

 そして、倒れ伏したままぴくりとも動かなくなってしまった。

 

 『え――?』

 呆然とした表情で、その光景を眺めるクィーン。

 地に伏した狩人は、指一本とて動かない……どうなっているのだ?

 まさか、死んだ?

 ここに至り、あと一歩で――力尽きてしまったのか?

 あれだけ蓄積したダメージが、ようやくこの狩人の命を奪っていった、のか……?

 

 『あは、あはははははははは……!!』

 クィーンの中に、じんわりと押し寄せてくる安堵感。

 助かった。

 狩られずに済んだ。

 なんとか、命だけは助かったのだ。

 助かった、助かった、助かった、助かった、助かった――

 

 『……』

 ひとしきり広がった安堵はみるみる消え失せ、身を焦がすような怒りにすり替わっていった。

 狩人の前でさらした、自分の醜態と狼狽。

 追い詰められ、焦り、そして自分は獲物であることさえ自覚したのだ。

 それは女王にとって、言い知れない恥辱そのもの――

 

 『なんという屈辱を、この妾にぃぃぃぃ……』

 クィーンの肉のあちこちが、ドロドロと崩れ始めた。

 煮えたぎる怒りは高熱となり、体中の肉をぐつぐつと溶かしていく。

 その身を覆う肉のドレスはクィーンの体躯と入り交じり、一体化していく。

 スカートに隠された足が、そして下半身が、ひとかたまりの軟体となって巨大なナメクジ状に変化していく――

 その異常は、額に激しいダメージを受けて肉体の制御ができなくなっていることも関係していた。

 

 『許さん……! 我が怒りは、生けとし生ける者全てが平等に受けるがいい……!』

 この星の至る所に伸びたクィーンの肉が、生ある者の動きを探る。

 そして――宇宙港ターミナルに立つ二人の存在を捉えていた。

 『見付けたぞ……! 逃がさん……!』

 まるでヘドロのように崩れる肉体を引き摺りながら、クィーンの巨体がずるずると這い出す。

 上半身はまだ女性の形を保っているが、下半身はもはや肉の海と化していた。

 それは周囲に侵食していき、システィリアンの屍やブランデンの体が取り込まれていく――

 『全て……全て、我が糧となるがいい……!』

 そしてクィーンは、怒りのままに動力ブロックから這い出していた。

 地下には洪水のようにクィーンの肉が溢れ、まだ生きているシスティリアン達をも呑み込んでいく。

 クィーンはその身でじわじわと地下を侵食しながら、地上――発着口の方へと赴いたのだった。

 

 

 

             ※            ※            ※

 

 

 

 俺とロゼットは、宇宙港の発着口に辿り着いていた。

 いくつか打ち上げ式の小型艇が並んでいるが、そのほとんどは発射準備が整っていない。

 この中に、燃料が満載した小型艇があるというか――

 

 「あれです、ケージ!」

 ロゼットの指差す先には、五人乗りの小型宇宙艇があった。

 ブースターロックは解除され、打ち上げ作業の途中で捨て置かれたような様子だ。

 「発射準備はほぼ完了、作業時間十五分での打ち上げが可能です」

 「よし、さっそく打ち上げの準備を――」

 俺がそう言いかけた時、ロゼットが不意に硬直した。

 そしてその視線を、足元の床に下とす。

 「……ケージ、地下から何かが近付いてきます」

 「何か……とは何だ?」

 「これは……クィーン? 進行上のシスティリアン達を呑み込みながら、ここへ――!」

 「くっ……ここに向かっているのか?」

 まずい、打ち上げまでに航路入力や最終整備など十五分程度の作業は必要だ。

 つまり、クィーンを放置したまま脱出するのは不可能――

 

 「迎え撃つぞ、ロゼット……!」

 「了解。貴方と一緒ならば、相手が誰であろうと戦えます」

 ロゼットは腕に仕込まれた銃器を軽く調整しながら、そう告げる。

 「ああ、期待してるぞ――」

 俺とロゼットが、視線を絡めて頷き合った瞬間――不意に、地面が揺らめいた。

 ずぶずぶじゅるじゅると、地下から何かが侵食してくる――

 「こ、これは……!?」

 「クィーンに間違いありません。全身の制御ができなくなっている模様――」

 まるで、地下水が染み出すかのように――その粘体と軟体の境界のような存在が姿を現していた。

 それは、巨大な肉の塊――クィーン・システィリア。

 上半身は、それでも人の形を保っている。

 ブロンドの髪や、美しい顔付きは動力ブロックで見た時のまま――

 しかし、胸から下はすっかり変わり果てていた。

 ナメクジ、もしくはヘドロ――下半身はほとんど液状化し、ドロドロの不気味な粘肉と化している。

 そんな粘肉の中には無数のシスティリアンが取り込まれ、生命エネルギーを吸い取っているようだ。

 ブランデンとの戦いによって受けたダメージを、ああやって補っているのである――

 

 「ブランデンは、どうなったんだ――?」

 「不明です。しかし、クィーンがここにいることを考えると――」

 ロゼットはその巨体を見上げながら、言葉を切った。

 「くっ……!」

 こいつを片付ける理由が、もう一つ増えたようだ。

 『逃がさぬぞ――! 主らも、我が糧とせん!!』

 そう咆哮しながら、クィーンは全身からしゅるしゅると無数の触手を伸ばしてきた。

 それは各々が独自の意志を持っているかのように、俺とロゼットに襲い掛かってくる。

 「ちっ……! なりふり構わないってわけか!」

 「以前に相対した時と比べ、余裕と自負を失っています――!」

 俺とロゼットは、すかさず身をかわしながら武器を構える。

 つまり、それだけブランデンに追い詰められたという事か――

 

 「食らえ……!」

 「対象確認――攻撃開始!」

 俺の放った銃弾やロゼットの砲弾が、クィーンの肉体に浴びせられる。

 しかしそれは、軟体に呑み込まれて全く効果を発揮しない。

 まるで、沼の中に銃弾を叩き込んだようなものだ。

 「これは、通常の弾薬では歯が立ちません。重火器の使用を――」

 「待て、ロゼット! あれは――!」

 クィーンの下半身に広がる粘体の中に、俺はブランデンの姿を発見していた。

 システィリアン達に混じって、ブランデンもあの中に取り込まれているのだ。

 「くそ、ブランデン……!」

 少女の体はぴくりとも動かず、生きているか死んでいるかも分からない。

 俺はすかさずクィーンに接近し、ブランデンが埋め込まれている箇所に走り寄った。

 そのままブランデンの体を掴み、引きずり出そうとする――

 「く、くそ……!」

 当然の成り行きといったところか、俺の行動は冷静さを欠いていた。

 クィーンの粘液に、俺の脚までがズブズブと沈み込み始めたのだ。

 『自分から埋もれに来るとは――妾に吸ってほしいのか?』

 「ぐうっ……!」

 渾身の力を込め、俺はなんとかブランデンの体をクィーンの粘体から引き剥がした。

 そして、ブランデンの体は地面に転がる――その代わり、俺の体は腰までクィーンに呑み込まれてしまった。

 さらにパルスライフルまでが、クィーンの体内に沈み込んでしまう。

 「ケージ!!」

 俺の方に気を取られたロゼットの背後から、無数の触手が迫っていた――

 「ロゼット、後ろだ!」

 「えっ……!?」

 素早く身を翻そうとしたロゼットだったが、すでに遅かった。

 彼女の体に触手が絡み、たちまち巻き上げられてしまったのである。

 

 『ふふふ、他愛ないのう……』

 体を拘束されてしまった俺とロゼットに対し、クィーンは不敵な笑みを見せた。

 チェックメイトの状態にまで敵を追い詰め、やっと女王は平静を取り戻したのだろう。

 『さあ、降参するがいい。妾に忠誠を誓えば、オスの快楽を存分に味わわせてやろうぞ――』

 「ぐっ……!」

 俺の下半身は完全に粘体に埋まり込み、とても自力では出られそうにない。

 「ケージ……」

 力ない声でそう呻くロゼットも、触手の拘束で全く体が動かせないようだ。

 『むぅ? これは……』

 クィーンの巨大な顔がゆっくりと動き、ロゼットの方にその視線が向く。

 『面白いのう、この木偶人形……ヒトと同じく、『魂』を持ち合わせておるようだ。

  主もたっぷり悦ばせてくれよう。メスの快楽が良いか? それとも、オスの快楽が良いか……?』

 クィーンの触手が、じわじわとロゼットの股間に伸びていく。

 しかしスカートの上から秘部をさすられても、ロゼットは全くの無反応だった。

 「私には、感覚神経など存在しません。ゆえに、快楽を与えることなど不可能です」

 毅然と告げるロゼット――しかし返ってきたのは、周囲を揺るがすようなクィーンの哄笑。

 『はははははは! 実に浅はかよのう……妾は、他者の肉体すら自在に再構成できるのだ。

  魂ある者なら、我がこしらえた性器に神経を繋ぎ、快楽を教え込めことさえできる――』

 ひとしきり笑った後、クィーンの視線が俺の方に向いた。

 『お主、この木偶人形に惚れていよう。こやつの乱れる姿、見たくはないか……?』

 「なんだと……?」

 唐突に投げ掛けられたクィーンの言葉に対し、俺は――

 

 ふざけるな

 見てみたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「誰が観念するか、化け物……!」

 『そうか。しかし、嫌がる男を無理やり嫐るのも乙なもの――』

 俺とロゼットの体に、無数の触手が迫ったその時だった。

 クィーンの動きが、唐突にぴたりと止まってしまったのだ。

 

 「……?」

 そして、呆けたように後方の一点を凝視するクィーン――

 『き、貴様は――!』

 その視線の先には、一人の少女の姿があった。

 もはや死んでいてもおかしくないほどの重傷――それすら感じさせず、狩人はそこにいた。

 ブランデン――彼女が、スピアを片手に立っていたのである。

 

 『ひ、ひぃぃぃぃぃぃ――!!』

 周囲に響く、クィーンの恐怖の咆哮――と同時に、ブランデンは地面を蹴って跳躍する。

 宙を舞う狩人の姿は、息を呑むほどに美しかった――

 クィーンの首筋に一閃するスピア。そして、着地する狩人。

 まるで時間が凍り付いたかのように、重い沈黙が訪れる――

 

 『嘘だ――こんな』

 その沈黙を破り、そう呟くクィーン。

 その首に横一文字のラインが入り、頭部が首からずり落ちていく――

 『妾は女王なのだぞ……! わ、妾が……! そんなァァァァァァァ……!!』

 その生首は、びちゃりと地面に転がった。

 それはたちまちドロドロと液状化し、溶けていく――形を失うと同時に、今度はぶすぶすと気化していった。

 続けて、残されたクィーンの体もずるずると崩れ始める。

 山のような粘体はみるみる蒸発していき、嘘のように朽ち果て――そして、チリすら残さず消滅したのだった。

 

 「……!」

 クィーンの体が消滅し、絡め取られていた俺とロゼットの体も解放される。

 何よりもまず、俺はブランデンの方に走り寄っていた。

 着地したはずの少女は、その直後にどさりと倒れ伏してしまったのである――

 

 「ブランデン!」

 俺は少女の元に駆け寄り、その体を抱き起こしていた。

 眼をしっかりと閉じ、静かな表情で――まるで眠っているかのよう。

 そして――脈は、すでに失われていた。

 「心肺停止状態です。蘇生の可能性はありません……」

 ロゼットは俺の背後で、そう静かに告げた。

 「くそっ……!!」

 ブランデンの小さな屍にすがりつき、俺は無力感と悲しみで涙を流していた。

 まだ、彼女から受け取った武器を返していないのに――

 まだ、彼女から俺の銃剣を返してもらっていないのに――

 「なんで先に逝ってしまうんだ、ブランデン……!!」

 「……」

 悲嘆に暮れる俺を、静かに見守るロゼット。

 そして――

 

 「ケージ、上空から巨大な質量が至近にまで接近中……!」

 不意にロゼットは、上擦った声を漏らした。

 俺は静かにブランデンの体を地に横たえさせ、涙を拭いて気を引き締める。

 「巨大……? どの程度の大きさだ?」

 「とにかく、巨大――三十万トンを超過、測定不能! 該当艦は登録対象に存在せず!」

 ロゼットはそう報告しながら、静かに頭上を見上げる。

 「視認距離に接近されるまで、感知できなかったなんて――! ステルス性の極めて高い戦闘艦と類推します!」

 「さ、三十万トン以上だと……?」

 異星揚陸艦など問題外、宙空母艦をも遙かに上回る大きさ――そんなバケモノのような艦を、俺達地球人が造れるはずがない。

 だとすれば、それは――

 

 そして、不気味な重低音が周囲を揺るがし始めた。

 頭上から響く異音に、俺とロゼットは呆然と視線を真上に向けるのみ。

 「こ、これは……!!」

 その光景に、俺は仰天するしかなかった。

 遥か頭上――そこには、直径百メートルはある巨大な円盤が浮遊していたのである。

 それは徐々に高度を下げ、呆気にとられる俺の間近にまで降りてきた。

 「まさか、ブランデンの――」

 状況を推測するに、これは彼女を迎えに来た宇宙船――

 そしてとうとう、その巨大な円盤は俺達の眼前に着陸していた。

 

 「……」

 思わず、息を呑んでしまう俺。

 その眼前で宇宙船の前部が開き、階段状に変形する。

 船内から現れたのは、例のフェイスマスクを被った二人の人物――その体格から、二人とも若い女性のようだ。

 「お前達は……」

 「――――」

 二人は俺に視線を送った後、ブランデンの亡骸に歩み寄った。

 そして一人が上半身、一人が下半身に腕を回し、ゆっくりと持ち上げる。

 その動作の中にも、戦士への尊敬がありありと伺えた。

 そして二人は、ブランデンの亡骸を円盤へと運び込んでいく――

 その様子を、俺とロゼットは葬列を見守るように眺めていた。

 

 「これも――」

 俺は、ブランデンから受け取った円盤状の武器を懐から取り出していた。

 これも、所有者の元に返さなければならないのだ。

 「――――」

 ブランデンの仲間は、静かに掌を見せる――それは、拒絶を意味していた。

 これは、果たされなかった約束。自分達が受け取る資格はない――

 狩人達が、そういう意図を持っていたのがはっきりと分かった。

 「分かった……」

 俺は頷き、再び円盤を懐にしまっていた。

 そして二人は背中を向け、そのまま宇宙船内に消えてしまう。

 その後、円盤の階段部がゆっくりと閉じていく――

 「……」

 俺は静かに、その光景を見据えていた。

 ブランデンは、最期の瞬間まで戦い抜いたのだ。

 ぐだぐだと泣きじゃくるよりも、今はただ敬意を払うのみ――

 誇り高き狩人を見送るには、そんな態度が一番のような気がした。

 

 円盤はゆっくりと浮遊し、そして俺達の前から姿を消してしまう。

 狩人は、還っていった――しかし、俺達にはまだ為すべきことがある。

 「俺達も戻ろうか、ロゼット――」

 「……ええ」

 静かに頷くロゼットを連れて、俺達は小型宇宙艇に向かうのだった。

 俺は、決して忘れることがないだろう。最後まで孤高に戦い抜いた戦士がいたことを――

 彼女と一時期とはいえ背中を合わせて戦ったことを、悲しみの記憶としてではなく栄誉の記憶として心に刻んだのである。

 

 

 

 「大丈夫、燃料は十分に足りているな……」

 とりあえずロゼットと二人の作業で、発着の準備は整った。

 この小型艇でも、大気圏の離脱は十分に可能。多少の航行なら全く問題はない。

 「諸元入力完了。いつでも発進は可能です――」

 操縦席の椅子に座り、ロゼットは俺の方を伺った。

 詳細な航行路はロゼットがすでに入力したので、いったん打ち上げてしまえば後は自動操縦だ。

 

 「ふぅ……いよいよ脱出だな」

 「ええ――」

 良かった――とは決して言えない。

 状況が状況だったとは言え、部下は全滅――生き残りは俺一人。

 その俺とて、こうして脱出できたことは奇蹟に近いのである。

 色々な感慨を胸に抱えながら、俺はロゼットに視線をやった。

 「じゃあロゼット……発進してくれ」

 「了解、小型艇の打ち上げを敢行します」

 ロゼットはレバーを引き下げる――と同時に、船体が軽く振動した。

 内部重力保持も上手くいっているのか、ほとんど衝撃はない。

 窓の外の光景からは、猛烈な速度で上昇していく様子が伺える。

 雲を突き抜け、さらに高空を越えて――

 

 「高度10000、15000、20000――機体制御に問題なし」

 次の瞬間、軽く船体が揺れた。

 その直後に外の風景が真っ暗になり、揺れがみるみる収まっていく――

 「大気圏離脱――軌道安定しました。航行に問題はありません」

 「そうか……よくやってくれた、ロゼット」

 俺は軽く息を吐き、ロゼットの肩に手を置いた。

 そうなると、後はもう予定ポイントへの到達まで――三日の間、何もすることはない。

 まあ、休める時は徹底的に休むのが軍人稼業というものだ。

 

 俺はあらためて、狭い小型宇宙艇内を見回した。

 それは、まるで宇宙を駆ける3LDK。

 ソファーに机、テレビに台所用具、トイレに風呂とだいたいの物は揃っている。

 俺はダブルベッドの上にごろりと寝転がり、リラックスした状態で上体を起こした。

 「ロゼットは……どうなんだ? 感情が備わっているということは、退屈したりもするのか?」

 「どうなのでしょう、良く分かりません――」

 「したい事とか、そういうのは?」

 「少しでも、ケージの役に立ちたい。ケージを喜ばせてあげたい――そう思います」

 ロゼットはベッドに上がり、俺の隣へと静かに腰を下ろした。

 「それと……ケージのことを色々と知りたいです。

  また、ケージにも私のことを知ってほしい……そういう感情が、今の私に働いています」

 「そうか……」

 要は、恋する少女そのものということらしい。

 俺はどこか、気恥ずかしいような気分に陥っていた。

 

 「……だからケージ、私のことを知って下さい。ロゼットR-7000シリーズの特性や新機能を紹介しましょうか?」

 「ああ、頼もうか」

 ロゼットはベッドの上で正座をし、そしてプレビューモードに入っていた。

 これはロゼットシリーズの機能を自身で紹介、解説する、販売用の宣伝モードのようなものだ。

 彼女達は、あくまでヴェロニカ・ユカワ社の製品。自身をアピールする機能もプログラムされているのである。

 

 「では説明します。ロゼットR-7000は疑似ニューロンを搭載、人間が有する脳の生化学的反応を再現――」

 ここで商品紹介か――と、少し肩の力が抜けたのもまた事実。

 しかしロゼットは、まだまだ自身の感情を整理できていないのだ。

 自分のことを知ってほしいという欲求が、短絡的に宣伝モードへと結びついてしまったのだろう。

 そういう未熟なところも、色々と経験を積むにつれて洗練されていくのかもしれない。

 「――それは一つの心と言ってもよいほどの精度であり、ロゼットR-7000は一人一人が自分の頭で考える、次世代のアンドロイドと言えるでしょう」

 「ふむ……」

 心を持ち、感情が存在するアンドロイド――

 彼女は、人間を愛することさえできてしまったというわけだ。

 ロゼットの本質は、あくまでも兵器。開発者にとっては、それもバグに近い挙動なのだろう――

 

 「その戦闘機能も、疑似ニューロンに直結した火器管制システムを存分に生かし――」

 ロゼットは、自身の戦闘能力の高さをアピールしていく。

 そして搭載兵器のスペックや特徴を並べた後、その他の補佐機能に説明を移した。

 「さらに認識できる命令は数を増やし、前タイプのR-6000シリーズより7000パターンもの新動作を実行可能です。

  医師や看護師から後方支援、兵器操作、電子戦、直接戦闘まで多彩な軍務に対応。

  また兵員達の日常生活をもサポートし、医療や衛生面でのケアもより充実するようになりました。例えば――」

 ロゼットは俺に顔を近付け、顎に優しく手を添えて口をぱっくりと開けさせた。

 「日々の雑多な軍務に追われ、歯磨きが雑になっていることはありませんか?

  虫歯は、軍人にとって笑い事では済まない病気。スドウ大尉の口内にも、雑菌は多々生息しているようです」

 「確かに、ずっと戦いずくめだったからな……歯磨きどころじゃなかっただろうが」

 「そういう貴方のために、ロゼットR-7000シリーズは口内のブラッシング機能を搭載。口周りの衛生環境を整えます」

 「歯磨きを手伝ってくれるって……俺は子供か?」

 「では――失礼」

 不意にロゼットは顔を近付けてきて……いきなり、唇をちゅぷっと重ねてきた。

 そして俺の口内にロゼットの舌がぬるん、と侵入してしまう。

 「お、おい……んんん!」

 そんな俺の声も掻き消され、ロゼットは舌を激しく動かしてきた。

 前歯を包むように舌で撫で回し、歯茎の肉をぬらぬらとマッサージする。

 上唇と歯の間に舌が差し込まれ、何度も何度もその隙間を往復する。

 それが終わると、今度は下唇と歯の隙間に舌を移し、唾液をしたたらせながら何度も舐め上げた。

 そして、歯の表面をもれろれろと舌先で舐め回す。

 まるで歯ブラシのごとく、舌を器用に扱っているのだ――

 

 「ん、ん……」

 「うう……」

 その感覚に、俺はうっとりとした気分に浸ってしまった。

 歯垢をこそぎ取るかのように、口の中を這い回るロゼットの舌。

 それは、どんなキスよりも情熱的な口腔粘膜の接触だった。

 さらにロゼットは、舌同士をれろりと絡めてくる。

 「僅かながら、舌苔が付着しているようです――」

 「ほ、ほへっほ……」

 舌が舐め回されているせいで、満足に言葉を発することもできない。

 俺はロゼットの舌で口内を蹂躙され、恍惚にも似た感覚を味わったのだった。

 まるで、ロゼットに口を犯されているかのような気分だ――

 

 「うう……」

 ようやく歯磨きとやらが終わり、口が離され――

 脱力感のままに、俺はベッドの上に倒れ込んでしまった。

 「心地よかったですか? 喜んでいただけて幸いです」

 ロゼットは俺の顔、そして股間に視線を落とす――そこは、興奮によって大きく膨らんでいた。

 「では、陰部洗浄を実行しますね……」

 そのまま、俺のズボンや下着をいそいそと脱がせてくるロゼット。

 さっきの「歯磨き」で恍惚に浸らされた俺は、抵抗できないまま下半身を丸裸にされる。

 「では、失礼します……」

 自身のタイトスカートを捲り上げ、下着をずらして跨ってくるロゼット。

 その股間に内蔵されている陰部洗浄筒に、俺の肉棒を沈み込ませてしまう。

 

 「ロゼットR-7000シリーズには、陰部洗浄の際の新機能が搭載されています。

  洗浄筒内部の映像を提示し、肉茎が洗われていく様子を見て頂けるようになりました」

 ロゼットは俺に跨りながら、ベッドの脇に備え付けられているTVのコードをたぐり寄せた。

 そのコードを自身の首元にある端子に繋ぐ――すると、画面には卑猥な光景が映し出された。

 ロゼットの膣内――いや、洗浄筒内のリアルタイム映像。

 そのピンク色の肉洞に、俺のモノが埋まっているのがはっきりと見える。

 「いや、そんなもの見せるな……恥ずかしいだろ」

 「どうか、そう言わず……では、泡を満たしますね」

 

 ぷくぷくぷく……

 

 肉壁からぬめらかな泡が分泌され、たちまち中に満たされる。

 俺のモノは、すっかり泡まみれにされてしまった。

 ペニスの隅々にまで泡が吹き付けられる感触は、なんとも気持ちがいい――

 「これだけで、射精してしまう方もおられます」

 ロゼットは俺に跨って見下ろしたまま、無表情にそう告げた。

 

 ぶくぶくぶく……

 

 「おい、ロゼット……?」

 泡はぶくぶくと溢れ続け、とうとう交接部から外にだらだらと漏れ始めてしまっている。

 それでもロゼットは、洗浄筒内の泡の噴出を止める気配はない。

 水流にも似た緩やかな刺激が、泡特有のぬめり気を帯びてくすぐってくる感触――

 それは、とても心地よいが……

 「どうした、ロゼット。次の段階に移らないのか……?」

 画面に映る洗浄筒内の映像も、俺のペニスは泡まみれになって肌の部分は見えないほど。

 それでも、次から次へと泡が吹き付けられ続ける。

 「もう少し、この感触を味わってもらおうかと――」

 「おい、まさか……」

 まさか、イくまで続ける気じゃないだろうな――

 そんな予感は、どうやら当たっていた。

 俺のペニスは噴出する泡にさらされ続け、むず痒いような感触が広がっていく――

 それは不思議な心地よさになり、みるみる射精感が沸き上がってきたのである。

 

 「ロゼット、もう――」

 「我慢できなければ、そのままお出し下さい」

 我慢できなければ――そう口では言いながら、ロゼットは意図的に俺を追い詰めていく。

 「やめてくれ、おい……! もう……! あ、うぅぅぅぅぅ……!」

 そして泡の感触の中、俺はうかつにも絶頂してしまった。

 泡にまみれた亀頭の先端から、びゅくびゅくと精液が吹き出るのが画面にしっかりと映し出されている。

 「ぐ、あぁぁぁ……」

 それを見せられた俺は、言い知れない敗北感を与えられてしまったのである。

 

 「……耐えられませんでしたね。泡にまみれた射精はいかがだったでしょうか?」

 ロゼットはぬけぬけと言いながら、その淫らな洗浄を続行する。

 「では、擦り洗いに移行します――」

 

 しゅこっ、しゅこっ、しゅこっ……!

 

 洗浄筒の内壁がペニスにきつく密着し、スポンジで擦り回すように激しく上下する。

 泡にまみれた肉棒が擦り立てられ、俺は腰も砕けそうな感触を味わっていた。

 それは、上下のピストン運動そのものなのである。

 カリの部分がぬめった肉壁ににゅくにゅくと刺激され、腰が震えてしまう。

 「ケージのペニスが、ひくひく震えています。ほら――」

 ロゼットは、画面に大映しにされた俺の肉棒を指し示す。

 上下の刺激を受けながら、泡まみれで扱かれている自身のペニス――

 快感に耐えかねるように、ひくひくと傘の部分が震えていた。

 それは、男にとって非常に羞恥的な光景――

 

 「あ、ううううっ……!」

 俺はいつしかロゼットの腰にしがみつき、快楽を必死でこらえていた。

 無表情ながら、ロゼットはどこかそれを楽しんでいるようにも見える。

 普段ならすぐに終わる上下の摩擦刺激を、なかなかやめようとしないのだ。

 「ロゼット……そろそろ、次へ……」

 「ケージの射精を確認するまで続けようかと――」

 「な……!」

 驚愕をよそに、肉体は屈服し始める。

 扱かれる刺激に翻弄され、精液が漏れそうになってきている。

 男茎を洗うための機能が、男への責めに用いられているのだ。

 腰がじんわりと痺れ、温もりのような疼きが広がり始めた――

 

 しゅこっ、しゅこっ、しゅこっ……!

 

 「あっ……! ロゼット、出る……!」

 「どうぞ、そのままお出しを」

 ロゼットは、まるで扱き責めを緩めようとしない。

 それも当然、このままイかせるつもりなのだから――

 そんなロゼットの意図に抗えないまま、俺は快感への屈服を余儀なくされた。

 「あぐ、うぅぅぅぅ……!!」

 どく、どく、どく……と精液がロゼットの体内に溢れ出てしまう。

 俺は射精しながらも扱かれ続け、たまらない刺激を味わわされたのである――

 

 「この刺激で射精してしまう方も多いです。今回は特に、念入りに洗浄しましたので――」

 そう言われたところで、なんともいえない屈服感が晴れたわけではなかった。

 さらに、洗浄過程も終わったわけではない――ロゼットは、俺を徹底的に悦ばせるつもりのようだ。

 「では、ブラシで汚れをこそぎ取ります――」

 どうせ、イくまで続ける気だ――そう思いながら、俺は身構える。

 

 しゃかしゃか、こしゅこしゅこしゅ……

 

 無数の柔らかなブラシが、その毛先をペニスのあちこちに這い回らせてきた。

 特に今回は、その光景をモニターを通じて見せられているのが屈辱的。

 カリの溝の部分に、しゃこしゃことブラシが這い――そしてなぞり上げられ、俺は声を漏らしていた。

 「あぐ、ううぅぅ……!」

 「男性は、先端付近が弱いのですね。このブラシ洗浄では、85%の方が声を上げられます」

 「そんな、先ばっかり――あぅぅ!」

 俺の抗議の声は、ペニスへのブラシ刺激で遮られた。

 傘のように膨らんだ亀頭部分をたっぷりと撫で回され、裏筋の箇所をなぞりあげられる。

 尿道はくすぐられるような刺激を受け続け――それは、いかにも執拗なブラシ責めそのもの。

 泡のぬめりを、じっくりとペニスに塗りたくる――そんな、どこか意地悪な刺激。

 

 「なお……いかに心地よくても、今は射精を我慢されることをお勧めします。

  今、漏らしてしまうと、精液は汚れと認識されてしまいますので――

  射精中の尿道や亀頭付近に、ブラシが激しく作動する結果になります。男性にとって、きつい刺激でしょう」

 ロゼットは俺を見下ろしながら、平然と理不尽な事を言った。

 口ではそう言いながら、射精させる気満々でいるくせに――

 「あ、あぁぁ……」

 亀頭周りをねちっこくブラシで嫐られ、俺は限界を感じ始めていた。

 画面には四方からブラシ責めに合う肉棒が映し出され、とても淫靡。

 それはまるで、車両などの高圧洗浄。

 四方から泡を吹き付けられ、ブラシの這い回る空間に囚われ――

 もはや俺は、射精することしか許されていないのだ。

 

 「あ……、ロゼット……!」

 俺は彼女の腰にしがみつき、ガクガクと体を揺すりながら果てていた。

 「絶頂してしまったのですね。漏らせば、先端が激しいブラシ責めに合うと警告したのに――」

 

 しゃこ、こしゅこしゅこしゅこしゅこしゅこしゅこしゅこしゅこしゅ……!

 

 「あ、あぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――!!」

 亀頭付近に密集し、一気に作動するブラシ。

 ドクドクと溢れ出した精液も、瞬く間にブラシで掃き清められてしまう。

 それだけでは許してもらえず、汚れた尿道や亀頭も執拗にブラシで責められ――

 射精によって脈動している亀頭を撫で回されるのは、息が止まりそうなほどの快感だった。

 「あ、あ、あ……! あがぁぁぁぁぁぁ――!!」

 こうして俺は、射精中の亀頭ブラシ責めと射精直後の亀頭責めを執拗に味わわされたのである。

 なにやら、嗜虐的とも言えるロゼットの態度。

 俺は何か、ロゼットを怒らせるようなことをしてしまったのだろうか――

 と、自問自答するまでもない。最初から最後まで、俺の勝手な行動はロゼットを振り回してばかりだ。

 この一連の責めは、ロゼットのささやかな意趣返しなのだろうか――

 

 「では、これより揉み洗いを行います。亀頭部を揉み洗われれば、男性の95%は10秒以内に射精に至ります――」

 ロゼットは俺を見下ろしたまま、無表情でそう告げる。

 「そういうわけですので……10秒で射精させますから、お覚悟を」

 「や、やめてくれ……」

 連続射精によって弱っている俺には、力なく懇願するしか術はない。

 しかし無情にも、洗浄の仕上げとなる揉み洗いが行われようとしていた。

 ブラシが引っ込んだと思ったら、亀頭の部分が両側から握り込まれるように圧迫され――

 そして、ぐちゅぐちゅと揉み洗いが始まったのである。

 

 ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅ……

 ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ……

 ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ――!

 

 「あ! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」

 そのあまりにも容赦ない刺激に、俺は体をびくん、と震わせていた。

 亀頭を包み込まれ、ひたすらに揉みしだかれる甘い刺激。

 それに耐えることなどできず、腰には全く力が入らない――

 「あうぅぅぅぅ……! あ、あああぁぁぁぁぁ……!!」

 

 どくん、どくどくどくん……

 

 ほとんど強制的に、あっけなく終わらされていた。

 ロゼットい凄まじい快感を与えられ、ひとたまりもなく絶頂させられたのである。

 俺は精液をドクドクとロゼットの中に放出しながら、深い敗北感を植え付けられてしまった――

 

 「以上、綺麗になりました――楽しんで頂けましたか?」

 俺の精液を吸い終え、ロゼットは無表情ながら満足そうに告げる。

 彼女に跨られた体勢のまま、俺は失神寸前の状態でへばっていたのだった。

 目標ポイント到着まで、あと三日。

 こうした日々が続くであろう事は、もはや明らかなのである――

 

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