フェイスハガー娘


 

 「……すまないな、ロゼット。俺は戻る」

 「そう、ですか……」

 決意の揺るぎそうにない俺を目の当たりにして、ロゼットは説得を諦めたようだ。

 そして彼女は、無表情でその場に立ち尽くす――

 「命令だ、ロゼット。お前だけでも脱出しろ。いいな?」

 「――はい」

 本当に聞いているのかいないのか、夢うつつのような様子でロゼットは頷く。

 しかし、今は彼女に構っている余裕などない――俺はロゼットに背を向け、走り出していた。

 

 ひたすらに通路を駆け、動力ブロックへの道をひた走る。

 ブランデン――彼女は、クィーンを相手に一人で戦っている。

 誇り高い狩人である彼女は、おそらく助勢など望んではいない。

 それでも――たとえブランデンの意に反してでも、俺は彼女を救う気だった。

 エゴだと言われても、関係ない。誰にも文句は言わせない。

 惚れた女を助けることの、何が悪いというのか――

 

 「無事でいてくれ、ブランデン……!」

 ここまで深く、俺は他人を愛したことなどなかった。

 彼女は、どこか俺と同じ――そう直感していたのだ。

 向こうも、おそらく同じはず――近い匂いを感じ取っている。

 互いに背中を預け、大勢のシスティリアンを相手にした時の一体感――それは、何よりの証明だった。

 ブランデンと一緒なら、誰が相手でも戦える。

 ブランデンと一緒なら、どこでも生きていける。

 ブランデンと一緒なら、どんな困難でも乗り越えられる。

 だから。

 だから――

 

 「だから……! どうか、俺が行くまで無事でいてくれ……!」

 俺は懐に収めた円盤状の武器を掌で感じながら、通路をひた走っていた。

 これを返すまで、そして返した後も――ブランデンは死なせない。

 

 

 

             ※            ※            ※

 

 

 

 宇宙港地下、動力ブロック――

 その広大な空間で、一人の狩人と巨大な怪物が視線を交える。

 

 『狩人が妾の前に立つとは――実に愉悦』

 使い慣れたスピアを片手に、自身の数十倍の体躯を持つ巨敵の前に立つブランデン――

 その射竦めるような視線を受けながら、クィーン・システィリアは笑った。

 『お主のようなちっぽけな存在が、妾に挑む――その蛮勇、褒めてつかわそうぞ』

 「――――」

 ブランデンは、ただ無言。

 筋力、瞬発力、動体視力――狩人の目で、クィーンの身体能力を推し量る。

 外観や動作から、その肉体に秘められた力を緻密なまでに計算する。

 その上で、自身の狩りを組み立てる――

 

 「あは……」

 「うふっ、ふふふ……」

 ざわざわと、動力ブロックには多数のシスティリアン達が集まり始めた。

 女王を守るように、異形の女達はブランデンを取り囲む。

 『ふふ……心配するでない。下の者達には手出しはさせぬ。妾とそなたの一騎打ちぞ――』

 「――――」

 当然ながら、ブランデンは答えない。

 彼女は狩人。狩りの前に、獲物と語り合う狩人などいない――

 

 『さあ……参れ、狩人! 妾が相手を務めてくれようぞ!!』

 「――――!」

 ブランデンは地面を蹴り、空高く飛翔していた。

 それを追うように、巨体を覆うドレスから伸びる無数の触手――

 ブランデンはクィーンの腰の部分を蹴り、さらに高く跳ねる。

 その巨体の頭頂に達するほど高く飛翔し、両手でスピアを振り上げた――

 

 『ふふ……それしきか? 工夫のない手だのう』

 ひゅっ――とクィーンの背から一本の尻尾が伸びていた。

 大木のごとき巨大な尻尾が、ブランデンの胸を貫く――

 「――――」

 その瞬間にブランデンは胸を反らし、直撃を避けていた。

 胸甲だけが砕け、粉々になって空中に飛び散る。

 完全に隙だらけになった、クィーンの頭部――

 そのままブランデンは、落下速度によって倍加された一撃を敵の額へと叩き込んでいた。

 スピアはその肌にめり込み、腐った果汁のような粘液がぶしゅっと溢れ出る――

 

 『ほほう……やりおるわ』

 その額にスピアを突き立てられたまま、クィーンは涼しい笑みを見せた。

 『しかし、残念よのう……この程度の傷など、妾の肉体は簡単に再生する。

  つまり――徒労だったということだ、狩人よ!』

 額の傷口からはにゅるにゅると触手が這い出し、ブランデンに襲い掛かる――

 「――――!?」

 スピアをクィーンの額に残したまま、すかさず飛び退くブランデン。

 足に絡み付く触手を手甲のかぎ爪で切断し、その巨体から離れる――

 『もらったぞ、狩人……』

 ブランデンの細い体を、クィーンの巨大な右掌ががっしりと掴んでいた。

 その上に左掌が重ねられ、ぎゅぅっと力を込める。

 『くく……細くか弱き体よのう。その身で妾を狩ろうとは――笑わせよるわ!』

 「――――!」

 その両掌でみしみしと握り込まれ、ブランデンの顔が苦痛に歪む。

 みしみしと骨の砕ける感触が掌中に伝わり、クィーンは口の端を吊り上げた。

 『生きている感触が、妾の手の中で失われていく――たまらぬのう、それ!』

 ひとしきりブランデンの体を締め上げた後、クィーンは掌中の少女を床に向かって投げ付ける。

 そのまま、猛烈な勢いで足元の床に叩きつけられるブランデン。

 彼女は壊れた人形のように手足を投げ出し、力なく地へと転がってしまった。

 『ふふ……もう死んだか? あっけないのう』

 倒れ伏すブランデンに視線をやり、クィーンは目を細める。

 この場に詰めかけているシスティリアン達も、くすくすと笑い声をあげた――

 しかし少女の体は、ゆっくりと動き始めた。

 よろよろと体を起こし、痛んだ骨に鞭打って二本の足で立つ――

 かなりのダメージを受けながら、その目はいっさいの闘志も失っていなかった。

 

 『ほう……そうでなくてはな』

 ドレスの裾から無数の触手が這い出し、ブランデンへと襲い掛かる――

 「――――」

 ブランデンは懐から銃剣――ケージ・スドウから受け取ったもの――を取り出し、群れ寄る触手を素早く切り裂いた。

 そして、クィーンの頭部を目掛けて一直線に投げ付ける――

 それは狙い通り、クィーンの右目に突き立った。

 『くっ、貴様……!』

 その眼球からぶしゅりと粘液が溢れ、クィーンの顔が怒りに歪んだ。

 肉のスカートが横に大きく薙ぎ、ブランデンの体を弾き飛ばす。

 彼女の体は壁に叩きつけられて床に転がり、そのまま動かなくなってしまった――

 

 『しまったのう……もう事切れよったか。もう少し、嫐ってやるつもりだったのに――』

 顔を傷付けられた苛立ちで、つい渾身の一撃を食らわせてしまったクィーン――

 早々と玩具を壊してしまった己の迂闊さに、やや肩を落としそうになる。

 しかし数秒のちには、その考えが完全に誤っていたことを思い知った。

 あれだけの一撃を食らったブランデンは、よろよろと立ち上がったのだ。

 常人なら、骨も粉々になって即死する一撃だったというのに――

 

 『なんと――顔に似合わずしぶといよな。ならば――』

 クィーンは両手でブランデンの体を掴み上げ、雑巾を絞るかのように捻り上げた。

 『このまま、上半身と下半身をねじ切ってくれる――!』

 そして力を込めようとした次の瞬間――

 ぶしゅっ……とクィーンの手に突き刺すような痛みが走った。

 『うぐ……』

 とっさに、ブランデンの体を手から離してしまう。

 何か刃のようなものを、とっさに掌に突き立てたのだ。

 『なんと、往生際の悪いことよ――』

 その視線を足元の床に落とし――初めて、クィーンはそこにブランデンの姿がないことを知る。

 視界内から、ブランデンの姿は忽然と消えてしまったのだ。

 『どこだ? どこに隠れておる……?』

 まさか、逃げたのか――?

 クィーンも、この場のシスティリアン達も周囲を見回した――

 次の瞬間、クィーンのこめかみに鋭い痛みが走る。

 いつの間にか肩にまで登ってブランデンが、そのかぎ爪を突き立てたのだ。

 

 『き、貴様――!』

 腕を伸ばし、それを振り払おうとするクィーン――

 しかしその前にブランデンは跳躍し、クィーンの右眼に突き立ったままの銃剣に手を伸ばした。

 そのまま右眼から右頬に向かって体重を掛けながら斬り下ろす――

 どうせ、すぐに治る傷――それでも、顔を傷付けられたクィーンの怒りは激しかった。

 『おのれ、か弱き者の分際で!!』

 着地しようとするブランデンに、クィーンは拳での一撃を見舞う。

 とっさには避けきれず、その攻撃はブランデンの右脚を圧殺していた。

 「――――!」

 その骨は砕け、何トンもの機械でプレスしたかのように破壊される。

 『我が身を傷付けた罪……その身で償うが良い!!』

 さらにクィーンは、動けないブランデンに拳を振るった。

 駄々っ子のように右拳、左拳、また右拳と叩きつけ――さらにその足で踏みつける。

 その場に残されていたのは、糸の切れた人形のように転がったブランデンの体――

 『ふふ、あはは……! 死んだか! 死におったか!』

 高笑いを上げるクィーン。

 女王の愉悦は部屋中に伝染し、この場を取り囲むシスティリアン達もくすくすと笑う――

 そこで、クィーンは異常に気付いた。

 自分の右腕――その手首から先が、すっぱりと切断されて消失していたのだ。

 ちょうど、さっき切り落とした場所を――

 

 『な、いつの間に……!』

 表情を歪ませるクィーンを尻目に、ブランデンはまたも立ち上がっていた。

 一度目も二度目も、致命傷でもおかしくないほどのダメージ。

 さらに拳の乱打を浴びせてさえも死なない――この小さな体のどこに、そんな生命力があるというのか。

 『徒労だ、狩人……! いくら我が身を刺そうが、刻もうが、再生すると言ったろう!』

 消失した手首の先から、粘液まみれの右腕がゆっくりと這い出してくる。

 「――――」

 その様子を、ブランデンは刺すような眼で見据えていた。

 『ぐ……!』

 その視線に、僅かにたじろぐクィーン。

 気圧されたわけではない。おそらく、奴は今気付いたのだ。

 右手の再生速度が、最初に斬り落とされたよりも遅れていたことを――

 同じ箇所に受けたダメージは、再生に時間を要する――それを、この狩人は間違いなく気付いた。

 

 『うぐ……!』

 まるでかばうように、クィーンは無意識ながら右手を背面に回してしまう。

 その動作こそが、自身の弱点をありありと示していることにも気付かず――

 「――――」

 そしてブランデンは、クィーンの巨体に向かって跳躍していた。

 『く……このぉ!』

 ぶん、とハエを払うように周囲を薙ぎ払う左手。

 ここで、クィーンは誤った。ブランデンは、右手に集中攻撃を仕掛けてくると思っていたのだ――

 『違うのか……? これは――』

 しかしブランデンが跳躍した軌道は、右腕を狙ったものではない。

 それよりも、もっと高い軌道。奴の狙いは――

 

 『額、か――』

 気付いた時には、ブランデンはクィーンの頭頂に降り立っていた。

 そして額に突き立ったままのスピアを、より深く捻り込む――

 粘液がぶしゅりと飛び散り、その勢いでスピアが押し返された。

 『あぐ……! き、貴様ぁぁ!!』

 ずきり、と額に走る痛み。

 やはり、さっきより再生は遅い――そして痛い。

 怒りのこもった触手での一撃が、額に立つブランデンの体を弾き飛ばしていた。

 そのまま床に叩きつけられるブランデンに対して、さらに触手の連撃を食らわせる。

 周囲の壁面を破壊しながら触手を振るい続け、骨を砕き、ねじり、磨り潰す――我を忘れたような、容赦のない乱撃。

 その暴力の嵐が収まり――ブランデンの体はかろうじて五体を保ちながら、その場に横たわっていた。

 

 『手こずらせおって、ちっぽけな下等生物ごときが――』

 その言葉も終わらないうちに、ブランデンは立ち上がってくる。

 そして底の見えない眼で、クィーンを静かに見据えていた。

 『ば、馬鹿な……なぜ……』

 なぜ、死なない……?

 あれほどちっぽけな存在が、これだけのダメージを受けて、なぜ死なない?

 まさかあの小柄な体には、クィーンである自分をも上回る再生能力が備わっているのか……?

 ――いや、そんなものはない。

 折れた腕や足はまるで治ってなどいないし、受けたダメージはいっさい回復していないのだ。

 全く再生などしていない、それなのに――

 

 『それなのに、なぜ動ける――!!』

 まるで不可解だ。

 起きるはずもないことが、目の前で起きている。

 クィーンは信じられない現実を振り払うように、ブランデンに右腕を伸ばした――

 そこに、鋭い斬撃が一閃する。

 ブランデンのスピアが、不用意に伸ばされた腕をまたも寸断したのだ。

 これで、三度目――

 同じ箇所を短期間に三度も斬られれば、その再生能力は格段に落ちる。

 こいつは、それを狙っている。

 こいつは――

 

 『あ、ああぁぁぁ……!!』

 もはや駄々っ子のように、クィーンはブランデンに攻撃を仕掛けていた。

 その叫びは恐怖そのもので、女王の威厳など欠片もない。

 巨体を揺るがしながら、ただ自身の中に芽生えた恐怖の感情をねじ伏せるように――

 丸太のような尻尾でブランデンの体を一撃し、その骨を砕く。

 さらに左足を掴み、人形のように地面へと叩きつける。

 そしてもう一度、尻尾での一撃を――

 

 ――ない。

 尻尾は根本から寸断され、消失している。

 いつだ?

 いつ斬られた――?

 さっき、尻尾で一撃した時か?

 全身の骨を砕くほどの一撃を受けながら、その瞬間に尾を切断したというのか……?

 

 『ひ……!』

 そしてクィーンは、その一瞬の隙にブランデンの姿を見失っていた。

 『ど、どこだ……! 出てくるがいい!』

 焦りながら、周囲を見回すクィーン。

 いない。

 右にも、左にも、どこにも見当たらない――

 

 『ど、どこだ……ッ!』

 視界の上方に、一瞬だけ影が映った。

 ドーム状の天井を蹴り、一直線に頭頂へと襲い掛かるブランデン。

 真上からの奇襲、それはシスティリアンの得意技であるはず――

 

 『あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 その攻撃は、クィーンの額の傷を正確に貫いていた。

 二度も突き刺した額の傷に、全体重と落下の勢いを乗せて一撃する――

 いかに並外れた再生力を有するクィーンとて、無視できるようなダメージではない。

 『あぐ……! あぁぁぁぁぁ!!』

 その苦痛に、クィーンは地を揺るがせて咆哮していた。

 左腕でブランデンの体を掴み、そして床に叩き付け、踏みにじる。

 『はぁ、はぁ……』

 やはり、治りが非常に遅い。

 めまいにも似た苦痛が広がり、わずかに視界が霞む――

 そんなぼやけた目で捉えたのは、今までのように起き上がってくるブランデンの姿。

 その体はボロボロで、骨折も数カ所程度ではないはず。

 それなのに、それなのに――

 

 『なぜ……なぜ、死なないぃぃ!!』

 ――なぜだ。

 ――なぜだ。

 ――なぜだ。

 なぜ、不死に近い身であるはずの自分が再生不能なほどに追い込まれ――

 そして、再生能力すらないちっぽけな生命体がいつまで経っても死なないのだ。

 これは、なんだ?

 一体、目の前で何が起きているというのか……?

 

 「――――」

 じっと、クィーンを見据えるブランデンの眼。

 そこにあるのは怒りでも、苦痛でも、恐怖でもない。

 殺気にも似ているが、少し違う。

 あれは、紛れもなく狩人の眼。

 

 『ひ……!』

 もしかして、自分は思い違いをしていたのか?

 ちっぽけな生命体を女王自ら遊んでやる――とんでもない。

 互いの命を燃やす戦い――それも違う。

 これは、狩り――自分は、狩られる側の者だったとでも言うのか――?

 

 『な……何をしている、お前達! 女王の危機ぞ! 見ていないで助けよ!』

 クイーンは、その場に詰め掛けているシスティリアン達に号令を下していた。

 女王たる者が、前言を撤回する――それに思い至らないほど、クィーンは我を失っていたのだ。

 「ふふ……」

 「くすくす……」

 「あははははは……!」

 女王の号令を受け、怪物達が一斉にブランデンへと飛び掛かる。

 数多くのシスティリアン、フェイスハガー娘――満身創痍の状態で、四方からその襲撃を受ける少女。

 彼女の手にしているスピアに、強い力がこもった――

 

 次の瞬間、辺りに派手な銃声が響き渡った。

 あらぬ方向から銃撃を受け、その身を破壊されて薙ぎ倒されるシスティリアン達。

 「――――!?」

 『な、何者ぞ……!?』

 一同の目が、その場に現れた男の方に集中する――

 そこには、パルスライフルを構えた海兵隊大尉――ケージ・スドウが立っていた。

 

 

 

             ※            ※            ※

 

 

 

 「ブランデン……!」

 立ち尽くす少女の元に、俺はすかさず走り寄る。

 彼女はすでに満身創痍、立っているのも不思議なくらいだ。

 「――――」

 それでいながら、ブランデンが俺に向けた視線はむしろ批難に近かった。

 なぜ割り込んだのか――そう言っている。

 「分かってる……クィーンはお前に任せる。俺は、周囲に手は出させないだけさ」

 「――――」

 やれやれ……といった風にブランデンは苦笑し、そしてクィーンの方へと向き直った。

 「あはは……」

 「くすくす……!」

 そんなブランデンに飛び掛かってくるシスティリアン――そいつらを、俺は容赦なく撃ち落としていた。

 この戦いに、余計な手出しなどさせるものか。

 

 『おのれ、役立たずどもめ……! 妾は女王ぞ! クィーン・システィリアぞ……!!』

 クィーンは咆哮し、周囲360度に数百もの触手を乱舞していた。

 完全に我を見失っているのか、敵味方を全く区別しない無差別攻撃。

 幾多のシスティリアンが巻き込まれ、触手の嵐に体を引き裂かれていく。

 「ちっ、滅茶苦茶しやがって……!」

 その触手の間を縫いながら、必死で身をかわす俺。

 一方でブランデンのダメージは大きいのか、その動きは鈍い。

 このままでは、勝ち目はない――

 俺はブランデンの意志に反し、戦いに割り込もうと覚悟を決めた――その時だった。

 

 「……そこまでです、クィーン」

 

 動力ブロックに、女性の明瞭な声が響く。

 あれは――ロゼット。彼女まで、俺に続いて引き返してきたのだ。

 『機械人形が――何しに参った?』

 触手をしゅるしゅると引っ込め、クィーンは突然の闖入者に視線を向ける。

 それを無視し、ロゼットは俺に視線をやった。

 「ケージ。その少女を連れて、ここから離れて下さい――私はこれより、自爆します」

 

 「な、なんだと!?」

 『ふ、ふ、あははははははは!!』

 驚愕する俺の声と、哄笑するクィーンの思念が交差していた。

 ロゼットの動力は、体内に内蔵された超小型の核融合炉。

 しかしそれを、自らの意志で爆破させるなどできるものなのか――?

 いや、彼女ならばそれができるのだ。

 自分の意志で任務を破棄できる以上、自身の動力炉を暴走させることも可能なのである――

 

 『ふふ……自爆とな。やはりデク人形の思い付く事よ……そんな程度で、妾をどうにかできるとでも思ったか?』

 「女王を名乗る割には、状況認識能力に劣っていると見ました。この広間にある動力炉が誘爆する――それも分からないのですか?」

 まるでクィーンを挑発するかのように、ロゼットは言った。

 『それがどうしたのだ! 我が肉体に備わっている再生能力は、いったん体がバラバラになろうとも……!』

 「では尋ねますが……クィーン、貴女は宇宙空間に投げ出された状態でも、再生が可能なのでしょうか?」

 『……なんだと?』

 ロゼットはつかつかと歩み寄り、クィーンの前に立つ。

 「この爆発は当施設の隔壁を全て吹き飛ばし、宇宙空間に向けて開いている廃棄口まで直通させます。

  そうなると、貴女の体は宇宙空間に吸い出されるでしょう。宇宙空間においての肉体再組成は――不可能です」

 『くっ……! この、ガラクタ人形が……!』

 眼前の機械少女目掛けて振り下ろされた右腕を、ロゼットは素早く避けていた。

 続く追撃も紙一重でかわしつつ、ロゼットは俺に向かって叫ぶ。

 「そこのエレベーターの電力を回復させておきました。それに乗って地上まで出れば、爆発の余波は受けません」

 「何を言ってるんだ、ロゼット……! 自爆なんて許すか、これは命令だ!」

 そう叫ぶ俺の元にブランデンが駆け寄ってきて、肩をがっしりと掴んできた。

 ここを離れなければ危険だ――そう言っている。

 「その命令は拒否します。ケージ、早くここから離れて下さい――」

 『おのれ、させるか! 自爆する前に壊してくれる!』

 クィーンの繰り出す攻撃を、必死でかわすロゼット。

 俺がここでグズグズしていれば、彼女はいつまで経っても自爆できない――

 しかし――

 

 「ダメだ、ロゼット!! 自爆なんて……」

 「問題ありません――しょせん私は機械、感情も意志もありません。ゆえに私を喪失しても、貴方が悲しむ所以はありません。

  電化製品が壊れて、嘆き悲しむなど滑稽なだけ……」

 「嘘を吐くんじゃない、ロゼット!! お前は違うだろうが!!」

 アンドロイドは嘘を吐けない――だが、こいつは別なのだ。

 ロゼットは、違う。違うからこそ、ここで自分を犠牲にしてまで俺を――

 

 「――――」

 ブランデンが、不意に俺の体を掴んでいた。

 そのまま、どこにそんな力が残っていたのか分からないほどの脚力で跳躍する。

 地下吹き抜けになっているメインルームの四階あたりまで一跳びで到達し、俺と共にエレベータ内になだれこんだ。

 「……どうか、ケージを頼みます」

 「――――」

 ロゼットと、ブランデンの視線が一瞬だけ交差する――

 そして二人の間を断つように、無情にもエレベーターの扉が閉まった。

 そのまま地上に直通しているという昇降機は、一気に上昇を開始する。

 

 「ロゼットぉぉぉぉ!!」

 上昇するエレベーターの中で、俺は絶叫していた。

 その肩を、ブランデンがぎゅっと抱き締める。

 そしてエレベーターが地上に達し、扉が開く――と同時に、眼下から凄まじい爆音が響いた。

 「ぐっ……!」

 ぐらぐらと地震のような揺れがエレベーターを震動させ、俺とブランデンは外に投げ出されてしまう。

 地上に出てもなお、地面はしばらくグラグラと揺れていた――

 

 「ロゼット……」

 ようやく揺れが収まり、嘘のように周囲は静まり返る。

 立ち尽くす俺の肩へ、ブランデンは静かに手を置いた――

 ――と思ったら、そのまま少女の体は地へと倒れ伏せてしまった。

 「……ブ、ブランデン!?」

 あらためて見ると、目を覆いたくなるほどの満身創痍。

 いくら人間よりも丈夫とはいえ、生きているのが不思議なほどの重傷だ。

 いや――これは、もはや死に瀕していると言っても過言ではない。

 「そんな……すぐに応急治療を……!」

 無理だ、これはもう助からない――軍人としての経験が、俺にそう囁く。

 はっきり言って、彼女はもう半分ほど死んでいた。

 かろうじて心臓が動いているが、それも止まりつつある――そこまでの状態。

 すでに、意識も失われているようだ――

 

 「ふざけるな……! ロゼットの次に、お前まで死ぬっていうのか……!!」

 神という奴が存在するなら、なぜ俺の周囲の者を次々と奪っていくのか。

 彼女から預かった武器を返すまでは、死なせないと――そう誓ったはずなのに。

 せっかくここまで来て、助けられなかったなど、許せるはずがない。

 

 「そうだ、あの薬だ――」

 俺は、ブランデンの所持していた傷薬の存在を思い出していた。

 治癒力を促進し、怪我を瞬時に治してしまう優れた薬品。

 しかしその代償として、その傷が自然治癒したのと同じだけの苦痛を短期間に味わう――

 こんな重傷の状態でそれを使えば、ショック死してしまうこともあるという。

 それでも……使わなければ、このまま死ぬだけなのだ。

 

 「確か、ここに――」

 ブランデンの腰当ての中――用途の分からない器具が幾つか入っているが、薬の形状は覚えている。

 俺はコンパクトのようなケースを取り出し、その薬を手ですくい取った。

 「ブランデン……悪いな、脱がすぞ」

 そのままブランデンの装甲を外し、服を脱がして素肌を露わにする。

 「……ッ!」

 大量出血、打撲、内出血、骨折――あらためて見ると、絶対に助からない怪我であることが分かった。

 その傷に、掌ですくい取った薬をゆっくりと塗り込んでいく――

 「――――!」

 次の瞬間、ブランデンの体がびくんと跳ね上がった。その綺麗な顔が、みるみる苦痛で歪んでいく。

 「耐えてくれ、ブランデン……!」

 ブランデンの肩を抱き締めながら、全身の患部に薬を塗りつけていった。

 「――――!!」

 悶え苦しみ、激しく揺さぶられるブランデンの体。

 この苦しみを共有できるなら、してやりたい。

 引き受けられるものなら、引き受けてやりたい――

 しかし俺は、あまりに無力だった。

 苦痛に喘ぐブランデンを抱き締めてやることしかできないのだ――

 

 「――――!」

 波打つように痙攣していたブランデンの動きが、唐突に収まった。

 同時に、苦痛に歪んだ顔からふっと表情が消える。

 俺の腕の中で、その体がみるみる弛緩していく――

 「ブ、ブランデン……?」

 治癒したのか……?

 それとも、まさか――死――

 

 彼女の指が、ぴくりと動いた。

 そして少女はゆっくりと体を起こし、ぱちぱちと瞬きする。

 全身に広がっていた目を覆うほどの傷は、嘘のように消え失せていたのだ――

 

 「ブ、ブランデン……!」

 「――――」

 俺と少女が、互いの身に体を預けようとした次の瞬間――不意に、地面が揺らめいた。

 ずぶずぶじゅるじゅると、地下から何かが侵食してくる――

 「な、なんだ……!?」

 「――――!」

 まるで、地下水が染み出すかのように――その粘体と軟体の境界のような存在が姿を現していた。

 それは、巨大な肉の塊――クィーン・システィリア。

 上半身は、それでも人の形を保っている。

 ブロンドの髪や、美しい顔付きは動力ブロックで見た時のまま――

 しかし、胸から下はすっかり変わり果てていた。

 ナメクジ、もしくはヘドロ――下半身はほとんど液状化し、ドロドロの不気味な粘肉と化している。

 そんな粘肉の中には無数のシスティリアンが取り込まれ、生命エネルギーを吸い取っているようだ。

 ロゼットの自爆によって受けたダメージを、ああやって補っているのである――

 

 「クィーン・システィリア――あの爆発で、宇宙空間に吸い出されたんじゃなかったのか?」

 俺は、パルスライフルを片手に言った。

 ブランデンも危機を察し、俺が脱がせた装甲を再度身に着けている。

 『お主達が、妾を救ってくれたのよ……』

 相応のダメージを受けた様子ながらも、クィーンの思念は確固とした様子で周囲に響いた。

 『あの機械人形は、お主達が昇降機で脱出してから自爆した。ゆえに、半身をダクトに滑り込ませる時間が妾にはあったのだ――』

 「そうか……なら、後片付けをしなきゃな」

 パルスライフルを構える俺を遮るように、ブランデンが進み出た。

 こいつは自分の獲物だと――そう、彼女は言っている。

 「あれを見ろ、ブランデン……」

 俺は、幾多のシスティリアンが埋まっているクィーンの下半身を指差した。

 その粘肉に囚われ、歓喜の表情を浮かべながらシスティリアン達は生命エネルギーを搾り取られている。

 「あいつは、あれだけのシスティリアンの力を糧にしているんだ。すなわち、奴は集合体――もはや単独の個体じゃない。

  相手が複数なら、二人で相手をしても問題ないはずだろう?」

 俺の強引な理論に、ブランデンは軽く息を吐いた。

 「……って解釈だが……苦しいか?」

 「――――」

 軽く肩をすくめ、ブランデンは俺の隣に立った。

 そしてスピアを構え、クィーンに向き直る――どうやら、納得したらしい。

 

 『ふふ……あはははははははは!!』

 山ほどの巨体を揺るがし、クィーンは哄笑した。

 こんなの相手に複数で戦って、どこが卑怯なことがあろうか。

 一個大隊で立ち向かっても足りないぐらいだ。

 ただし俺とブランデンの二人ならば、取るに足りない相手だが――

 

 『愚かよのう……妾に敵うと思うてか!』

 四方から、女王の触手が伸びてきた――

 「思ってるよ、怪物……!」

 「――――!」

 俺とブランデンは、同時に動いていた。

 四方から迫り来る触手に、次々と弾丸を叩き込んで破壊する俺。

 スピアと手甲に備わったかぎ爪で、触手を切り刻むブランデン――

 この少女と一緒に戦えば、敵などいない――俺はそう確信していた。

 今さらこんな怪物ごときが、相手になどなるものか――

 

 『くっ、ちょこざいな……!』

 しゅるしゅると、無数の触手が攻撃を仕掛けてくる。

 俺とブランデンは背中を合わせ、互いの死角をカバーしながらクィーンの攻撃をさばいていた。

 四方からの触手攻撃とて、指一本分さえ俺達の体には届かない。

 『おのれ、おのれぇぇ……!』

 「ヒステリーは美容に悪いぞ、女王陛下……!」

 触手での攻撃が緩む――その瞬間を見切り、俺とブランデンは示し合わせたわけでもないのにクィーンへと接近していた。

 ブランデンは高く跳躍し、俺は四方から迫ってくる触手を銃撃で薙ぎ倒していく。

 俺の体を掴もうとする右腕をも避け、その胸元へと狙いを付ける――その時、とうとう弾丸の残量がゼロになった。

 『ふはははははははははは! ここに来て弾切れか! 残念だったなぁ!』

 「馬鹿か、お前は……軍人たる者、残弾数ぐらい常にチェックしているに決まってるだろう……」

 俺が懐から抜き出したのは、ブランデンから受け取った円盤状の武器。

 その周囲に刃を突き出させ、クィーンの心臓目掛けて投げ付けていた。

 『ば、馬鹿な……!』

 内蔵された動力により円盤は空中で加速し、そのままクィーンの胸を突き破る。

 『あ、あぁぁぁぁぁ――!!』

 ぶしゃっ、と周囲に飛び散るグリーンの粘液。心臓を破壊し、背中側まで貫通する円盤――

 それを、あらかじめ跳躍していたブランデンが空中でキャッチしていた。

 「おいおい……それを受け取るのは、戦いが済んでからって約束だろ……?」

 「――――」

 つまり、もはや片付いたも同然――ということか。

 ブランデンは円盤の刃で、クィーンの首筋を一閃していた。

 

 『嘘だ――こんな』

 ぴたりと硬直し、そう呟くクィーン。

 その首に横一文字のラインが入り、頭部が首からずり落ちていく――

 『妾は女王なのだぞ……! わ、妾が……! そんなァァァァァァァ……!!』

 その生首は、びちゃりと地面に転がった。

 それはたちまちドロドロと液状化し、溶けていく――形を失うと同時に、今度はぶすぶすと気化していった。

 続けて、残されたクィーンの体もずるずると崩れ始める。

 山のような粘体はみるみる蒸発していき、嘘のように朽ち果て――そして、チリすら残さず消滅したのだった。

 

 「やったか……」

 「――――」

 クィーンを片付け、戦いの終わりを確信し――

 俺とブランデンは、自然にその身を寄せ合っていた。

 しっかりとその体を抱き締め、互いにその温もりを感じ合う。

 ひとしきり少女と抱き合い、そして体を離した。

 少女が手渡してきたのは、俺の持っていた銃剣。

 俺に渡された円盤状の武器は、とうにブランデンの手に戻っている。

 「ああ……確かに受け取った」

 無事に二人が生き残った時、それぞれ交換していた武器を互いに返す――

 そして男女は、結ばれるという――

 

 「な、なんだ……!?」

 不意に、不気味な重低音が周囲を揺るがしていた。

 まさか、クィーンが蘇ったのか――いや、ブランデンはまるで動揺の様子を見せていない。

 そして異音は、頭上から響いていたのだ――

 「こ、これは……!!」

 空を見上げ、俺は仰天するしかなかった。

 遥か頭上――そこには、直径百メートルはある巨大な円盤が浮遊していたのである。

 それは徐々に高度を下げ、呆気にとられる俺の間近にまで降りてきた。

 ブランデンの落ち着いた様子からして、これは彼女を迎えに来た宇宙船――

 そしてとうとう、その巨大な円盤は俺達の眼前へと着陸していた。

 

 「……」

 思わず、息を呑んでしまう俺。

 その眼前で宇宙船の前部が開き、階段状に変形する。

 船内から現れたのは、例のフェイスマスクを被った二人の人物――その体格から、二人とも若い女性のようだ。

 おそらく、ブランデンを迎えに現れたのだろう。

 そしてブランデンは、ゆっくりと円盤に歩み寄っていった。

 俺はというと、その場に呆然と立ち尽くすのみ。

 

 ……俺は、どうなるというのか。

 ブランデンは、しょせんは異星の住人なのである。

 違う世界の人間である俺が、共に暮らせるわけがない――

 

 「――――」

 ブランデンはこちらをふり返り、軽く手招きをした。

 どうした、来ないのか――? 彼女は、そう言っている。

 「い、いいのか――? お前はそれで良くても、他の仲間達は……」

 ブランデンは、ハンドシグナルで意志を伝えてきた。

 ――『我々の種族、勇者、尊敬する』。

 ――『強い者、同胞として、受け入れる』。

 つまりは、そういうことらしい――

 

 「そうなのか……行っても、いいんだな……?」

 安堵したような、狼狽したような、奇妙な気分だった。

 俺は、あくまで地球人。

 しかしあの船に乗ってしまえば、もう地球人としてのアイデンティティは捨てなければならない。

 この先は地球人として生きることなく、ブランデン達の種族の同胞として生きていくのである――

 

 とは言え、このまま残ったところで――俺は地球人として、どう生きていけばいいのか。

 軍籍は抹消された身――それは、単に職業上の話に留まらない。

 こんな事に巻き込まれ、ここまで知ってしまった俺を、軍上層部やヴェロニカ・ユカワ社が放置しておくだろうか――

 

 「狙われるな、間違いなく……」

 ――断言してもいい。

 俺は、もはや地球人としても普通には生きられない。

 それならばいっそ、地球人であることは捨ててしまった方がいいような気がする。

 彼女達の同胞となり、愛する者と共に狩猟の生活を送る――その方が良いし、俺の性にも合うだろう。

 そして、俺は決意した――

 

 ブランデンと共に生きることを決意し、宇宙船に乗る

 宇宙船には乗らず、ブランデンとここで別れる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでもいい、俺はブランデンと共に生きていく――

 おそらく、狩人としての生き方も性に合っているだろう。

 やはり俺は、戦いの中でしか生きられない不器用な人間なのだ。

 そんな日々を、愛する者と共に送る――こんな幸福なことがあろうか。

 

 俺は決心し、そして一歩を踏み出した。

 「――――」

 そんな俺を一瞥し、先に中へと入っていくブランデン。

 続けて俺も階段を上り、未知の宇宙船の中へと踏み込む。

 そこはやや暗く、非常に広い場所――ホールのようなものだろうか。

 ブランデンが真ん中に立ち、出迎えに来た二人の仲間がその左右に控える。

 そして二人は、ゆっくりとヘルメットを外した――まるで双子のように似通った、いかにも清楚な長髪の美少女。

 年齢は俺とほぼ同じくらいだろうか。まるで巫女のような、神秘的な雰囲気を携えている。

 

 「……勇者よ、我々の船にようこそ」

 「あなたの戦い振りは、この船から見ておりました」

 二人は、全く同じ声でそう言った。

 驚いたことに、俺にもはっきり分かる声、はっきり分かる言語で伝わってくる。

 「お前達は、喋れるのか……?」

 俺の質問に対し、二人は同時に頷いた。

 「我々の種族の声は非常に高音で、地球人の可聴領域外」

 「しかし私達は、異種との交渉役。幾多の音域、幾多の言語を自在に操ることができるのです」

 「そうなのか……」

 どうやら彼女達は、来客などに対応する役割らしい。

 やはり知的生物である以上、そういう役回りの者も共同体に必要なのだろう。

 

 「――――」

 ブランデンは軽く右腕を上げ、二人の従者に向けて何やらサインを出す。

 すると周囲の風景が切り替わり、さっきのホールより一回り以上も狭い空間に運ばれた。

 そこには机や椅子のようなものがあり、ベッドさえある――もしかして、ブランデンの部屋だろうか。

 どういう仕組みかは分からないが、ホールからここまで転送されたらしい。

 「ここは船内、ブランデン様の部屋」

 「この船は今、惑星プロロフィルを離れました」

 困惑する俺に対し、二人の従者は澄んだ声で告げる。

 顔も同じで、声も同じ――ひどく、奇妙な感じだ。

 「宇宙船はもう動いてるのか……全く揺れはないな」

 つまりは、もう戻れないということ。

 後悔はない、が……やはり不安はある。

 本当にブランデンの仲間は、俺を迎え入れてくれるのか。

 俺は本当に、文化も慣習も全く違うであろう連中と暮らしていけるのか――

 

 「いいのか……? 俺のような、別種族の人間が同胞になっても……」

 「我々は、強者を心より尊敬します。そして先も申した通り、あなたの戦い振りはこの船の全住民五十五名がつぶさに見ております」

 「我らが同胞、ファルツとザクスさえ命を落とした狩場。そこを生き延びたあなたの戦闘能力は保証されております」

 二人の従者は、声を揃えてそう告げる。

 ファルツ、ザクス――ブランデンと共にいた、二人の仲間のことか。

 「他種族を同胞として迎えるのも、前例がないことではありません」

 「我々の種族は女性しか産まれません。優れた種を提供して頂ける殿方を、拒む者などいないでしょう」

 従者二人は、いかにも意味ありげな笑みを浮かべた。

 どういうことなのか――何か、薄々分かるような気もする……

 

 「ともかく……色々、あんた達について聞きたいことがあるんだが」

 ブランデンから少しだけ話は聞いたが、まだ知らないことが多すぎる。

 まして、その仲間になるのだからなおさらだろう。

 「私は、トーリャ。自分が同胞となる一族について、聞きたいことがあるのは当然のこと」

 「私は、トーニャ。我々のことを、あなたに説明して差し上げましょう」

 「――――」

 ブランデンは椅子に座り、幾分落ち着いた表情を浮かべていた。

 そんな彼女の隣に座りながら、俺はトーリャとトーニャの説明を受けたのである。

 

 彼女達の種族に、自分達のことを表す特別な名称はない。

 ただ他種属からは、「捕食者の女達」という意味で「プレデター娘」と呼ばれているようだ。

 そして彼女達は、遊牧民にも似た生活を営んでいる。

 一つの宇宙船に住むのは、約五十名の住人――若い女性ばかり。

 これが一つの家族のような共同体であり、宇宙を流浪して狩猟生活を送っている。

 そういう宇宙船が千ほどあるが、互いの交流はほとんどないのだという。

 しかしそれらの行動を統括する母船が存在し、長老と呼ばれる者が存在するらしいが――

 母船は子船に、近隣における危険生物の発生場所――すなわち狩場を伝えるのみで、ほとんど各自の行動には関知しないらしい。

 よほどの事態でない限り、母船は放任主義を貫いているということのようだ。

 

 「そして、この船の住民は五十七名――でした。しかしファルツとザクスという精鋭を失い、今は五十五名」

 「あなたを含めると、五十六名。我々は一つの家族、強者の参入を心より歓迎します。まして、それが殿方ともなれば……」

 「あ、ああ……どうも」

 うすうす彼女達の言わんとすることが分かり、俺は微かに恐縮する。

 要は――子作りに関することだ。

 彼女達の種族には男が存在せず、外部の男性から精を供給する――そう、ブランデンも言っていたじゃないか。

 そうだとすると――そういうことだ。

 

 「では……これより、古式にのっとり婚礼の儀を行います」

 「歓迎の宴はその後となります」

 「婚礼……? 誰が?」

 俺の言葉に、トーリャとトーニャは顔を見合わせた。

 「あなたとブランデン様の他に、誰がおりますでしょうか? 我々姉妹と貴方ですか?」

 「私達は――それでも構いませんけれど」

 トーリャとトーニャは、くすりと笑う。

 「では、婚礼の儀を行いましょう。そこの寝台の上へ」

 「検分は、私達姉妹が務めさせて頂きます」

 「ちょっと待ってくれ。古式にのっとるって言われても……俺は、そんな式のやり方なんて……」

 「難しいことはありません。あなたは、寝転がっていればいいのですから」

 「どうぞ、体を委ねてください――」

 「ちょっと待て、おい……」

 トーリャとトーニャは俺の左右の腕を掴み、半ば強制的に寝台の上に転がしていた。

 続けて二人も寝台に上がり、俺の頭の下に膝を入れ込みながら腕を握ってくる。

 俺はトーリャとトーニャの二人に膝枕され、それぞれ片手ずつ抱え込まれる体勢にされてしまった。

 そして呆気にとられる俺の服をも、全て剥ぎ取ってしまう。

 

 「では、ブランデン様――」

 「準備が整いました――」

 「――――」

 ブランデンは立ち上がり、ぱさぱさと無造作に服を脱ぎ捨てていった。

 そして、一糸纏わぬ姿で俺の前に立つ。

 その白い裸体は息を呑むほど綺麗で、改めて見ると意外に胸も大きい。

 そんな少女と、これから婚礼の儀式とやらを――

 「あら、もう……」

 「裸を見るだけで、こうなってしまうなんて……」

 「……っ!」

 たちまち勃起してしまう俺のペニス。

 ブランデンはゆっくりと股間に顔を近付け、大きくなった肉棒を覗き込む。

 そして――ちろり、と先端に舌を這わせてきた。

 「あぐ……!」

 敏感な亀頭を、優しく舐めるその感触。

 ちろ、ちろ、ちろ……とブランデンは先端を清めるように舐めていく。

 微かにザラついた舌先が、敏感な箇所をくすぐる感触に俺は身悶えしていた。

 「あ、あぁぁ……!」

 「婚礼の儀――まずは新婦の口内に、夫となる者の精を捧げてください」

 「ブランデン様の極上の口技、しかと味わってくださいね――」

 

 ちゅぷっ……、くちゅくちゅ……

 

 ブランデンは亀頭全体を口に含み、もぐもぐと口内を動かす。

 舌先が尿道口を撫で、亀頭全体がちゅっ、ちゅっと吸い付かれ――

 それは非常に静かなフェラながら、驚くほど心地が良かった。

 

 「あ、ぅぅぅ……」

 「まあ、これしきでお声を上げられるなんて……」

 「どうやら、こちらの方はお強くないのですね……」

 トーリャとトーニャは、俺を膝枕したままクスクスと笑う。

 「――――」

 ブランデンは俺の顔を伺った後、一気に顔を沈めてきた。

 そのヌルヌルの口内にペニスが包まれ、ちゅぽちゅぽと上下の刺激を受ける。

 それも、舌をペニス全体に這い回らせながら――

 「あ、ああぁぁ……!!」

 その口技に、俺は腰を震わせていた。

 上下のピストンを与えられながら、尿道や裏筋部分を舌先でぐりぐりされる快感。

 それはいかにもブランデンらしく、全く容赦がない――

 「あっ、もう出る……!」

 俺は早くも、ブランデンの口技で絶頂寸前にまで追い詰められていた。

 

 「あら……もう漏れてしまいそうなのですね」

 「もっと楽しめばよいのに……気の早いこと」

 にこやかに告げるトーリャとトーニャ。

 彼女達は儀式の検分役なのか、言葉責め要員なのか――

 ともかく俺は、とうとうブランデンの温かい口内で限界を迎えてしまった。

 「あ、あぁぁぁぁぁ……」

 柔らかな口の中に、ドクドクと精液を溢れさせてしまう――

 ブランデンは軽く吸い付き、白濁を吸い上げると喉を鳴らして飲み干してしまったのである。

 

 「さて、次は――」

 「心臓に最も近い位置――胸に精液を捧げて頂きます」

 なんだ、それは。どういう儀式なんだ――

 俺が呆気にとられている間に、ブランデンは素早く体位を変えていた。

 正座の体勢で俺の尻の下に両膝を割りこませ、強引に腰を浮かせる。

 たちまち、ブランデンの膝の上に股間がさらされた状態になる――そのまま、ふにょっとペニスを乳房で挟んできた。

 「あぁ……!」

 弾力に満ちた、たまらない柔らかさ。

 またその谷間は汗で湿り、蒸れたような熱気を放っている。

 「柔らかく、張りがある……素敵でしょう、ブランデン様の胸は……」

 「埋もれてしまいましたね、あなたのペニス――ふかふかで、いい気持ちでしょう?」

 トーリャとトーニャは目を細める。

 ブランデンは左右からぎゅむと胸に手を添え、ペニスを絞るような乳圧を加えてきた。

 柔らかい弾力がペニスを締め付け、とろけるような感触を伝えてくる。

 

 「ああ……気持ちいいよ、ブランデン……」

 「――――」

 ブランデンは澄んだ眼でじっと俺を見上げ、様子を伺うように胸を上下させてきた。

 右と左を交互に上下させ、擦り合わせるようにむにむにと動かす。

 その動作に巻き込まれた俺のペニスは、甘い感触を味わわされていた。

 早くも、こみ上げてくるものを抑えきれなくなる――

 「す、すごい……もう、出そう……」

 ブランデンの胸の谷間で、俺のモノが先走りの涙を流す。

 この少女が胸で挟んでくれているという興奮だけで、たちまち絶頂してしまいそうだ。

 「あら、もう? 本当に……楽しむ余裕もないんですね」

 「こっちの方は、これから鍛えていかねばなりませんね。ふふ……」

 呻く俺に対し、二人は柔らかに微笑みかけてくる。

 そんな二人の視線を受けながら、俺はブランデンの胸の温もりと柔らかさに追い詰められていった――

 

 「あぁぁ……! ブランデン、もう……!」

 俺の限界を察知し、ブランデンはぎゅっと胸を強く押し付けてきた。

 左右から柔らかなおっぱいにプレスされ、俺はとどめを刺されてしまう――

 「うう……! あ、あぁぁぁぁぁぁ……!!」

 俺は腰を突き上げながら、柔らかい胸の谷間で果てていた。

 びゅくびゅくと噴き出した精液が胸の谷間を満たし、顎の方にまで飛び散ってしまう。

 「――――」

 ブランデンはぎゅっとぎゅっと胸を締め付け、射精中のペニスをたっぷりと弄んだ。

 「うぅぅぅぅ……!」

 柔らかい肉の刺激を受けながら、俺は最後の一滴まで精液を出したのである。

 そして射精が終わり、胸の谷間からペニスを解放するブランデン。

 豊かな双丘の間に、白濁がぬるりと糸を引いていた――

 

 「では次は、ブランデン様の足に精液を捧げていただきます」

 「少し刺激が激しいですので、お覚悟を……」

 「え……?」

 ブランデンは立ち上がり、俺の両足を掴み上げて脇の下で挟んでいた。

 そして、その形の良い素足で俺のモノを踏みつける――

 ――と同時に、その右脚を激しく震わせ始めた。

 足の裏でグリグリと踏み躙りながら、激しい振動を与えられる――

 それは尿まで漏らしてしまいそうな強い刺激となって、俺の体を襲う。

 

 「あぐ、ああああぁぁぁぁぁ……!!」

 「浮気をすれば、こうなる――それを教え込むのが、この儀礼の起源とか」

 「しかしこれでは、殿方は喜んで浮気をしてしまうのでは……?」

 二人がそう言っている間にも、俺はブランデンの電気按摩で追い詰められていった。

 ブランデンは膝を激しく震わせ、猛烈な震動の刺激を股間に与え続ける。

 ペニスを素足で踏みにじられ、ぐりぐりと弄ばれる――そんな快感に、耐えられるはずがなかった。

 「ひぃ、あぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 その強烈な快感に体が震え、じんわりと熱いものが股間に広がっていく――

 

 「大切なモノを足蹴にされ、そんなに悶えてるなんて……病み付きになってしまわれたのですか?」

 「この快感を再度味わわんがため、わざと浮気をしてしまうかもしれませんね……」

 トーリャとトーニャは悶絶する俺を見下ろし、くすくすと笑った。

 「その時は、ぜひ私達姉妹を浮気相手にお選び下さいね」

 「あなたが失禁してしまうほど、いっぱい踏んであげますから……」

 「――――!」

 不意に、ブランデンの脚の動きが激しくなった。

 ねじる動き去え加わり、ペニスを踏みにじり、揉みしだく。

 明らかに、彼女はトーリャとトーニャと言葉に反応していた――

 「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ……! で、出る……!」

 そして股間に渦巻くものを抑えきれず、腰からじんわりと力が抜けていく――

 どくん、どくん、どくん……とペニスが脈動し、精液を吐き出していた。

 足での震動刺激に耐えきれず、そのまま射精してしまったのだ。

 「ブ、ブランデン……! もう、やめ……!」

 「――――」

 それでもなお、ブランデンは脚をぐりぐりと動かし続ける。

 精液を出し切るまで、少女は電気按摩での刺激を止めなかったのだ。

 俺は、ブランデンの足裏をたっぷりと精液で汚してしまった――

 

 「では、儀式もこれで最後。お二人には、いよいよ交わって頂きます」

 「我々の性の交わりは、獲物をじわじわと弱らせてとどめを刺すようなもの」

 トーリャとトーニャは、柔らかな笑みを浮かべて恐ろしいことを言った。

 「我々の攻撃的な気性が、女性器の機能にも影響したのかもしれませんね」

 「そんな蜜壷の悦楽、たっぷりと味わい下さい」

 「あまり楽しむ時間もなく、あっさりと終わらされてしまうのでしょうが――」

 「くすくす……」

 「うふふ……」

 声を揃え、トーリャとトーニャの二人は静かに笑う。

 それほどまでの快感――俺は、ごくりと唾を飲んでいた。

 そしてブランデンは、ゆっくりと俺の腰に跨ってくる。

 萎えたペニスを軽くさすり、そして自らの秘所にあてがい――

 そこはすでに湿り、そのぬめり気や温もりだけで肉棒は硬度を取り戻していた。

 そしてブランデンは、一気に腰を沈めてくる――

 

 ぬぷぬぷ、ずちゅっ……

 

 俺のペニスはブランデンの温かい体内に咥え込まれ、その膣肉にくるみ込まれた。

 「う、うぅぅぅ……!」

 絡み込むように、ぬるりと食らいついてくるブランデンの蜜壷。

 それは獲物を捕らえ、弱らせるかのようにペニスを嫐ってきた。

 ぐに、ぐに、ぐにと肉棒を揉みしだき、にゅくにゅくと蠢いて中に引き込んでいく。

 まるで、ペニスを捕えてしまう別の生物のように――

 

 「あ、あぁぁぁ……!」

 「あら……まだ入ったばかりなのに、お声を上げられて……」

 「これは婚礼の儀。普通に殿方を犯す際には、決して行わない……

  正式な夫のみが味わえる技を、しかと受けて下さいませ」

 トーリャとトーニャが、そう囁く――次の瞬間に、ブランデンの内部に異変が起きた。

 亀頭部に、にゅるにゅるしたもう一つの口のようなモノが吸い付いてきたのだ。

 まるで、亀頭にかぶさってくる吸盤。

 それは敏感な亀頭粘膜全体を覆い、ちゅぷちゅぷと吸い上げてくるのである。

 まるで、母の乳を吸う赤子のように――

 その感触は異様なほど穏やかで、安らぎにさえ満ちていた。

 

 「ああ、気持ちいい……なに、これ……」

 「ふふ、そんなにうっとりされて……可愛らしい」

 「それは、ブランデン様の子宮。その中に、愛情と屈服の証である精液を注ぎ込むのです」

 「あ、あぁぁぁぁ……」

 「――――」

 ブランデンは俺のペニスをその子宮で愛しながら、無表情のまま見下ろしてくる。

 しかしその眼には、狩りの際は見せなかった優しい光が伺えた。

 「あ……もう、出そう……」

 そのぬるま湯のように穏やかな快感は、みるみる俺を絶頂へと押し上げていく。

 その中は狭く、ぴっちりと亀頭部を包んで締め付け、吸い付いてくるのだ。

 ブランデンの子宮へと精液を注ぎ込む――その本能的欲求を、我慢することはできなかった。

 もう、射精してしまう――

 

 「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」

 肉棒をびくびくと震わせ、俺はブランデンの子宮内で果てていた。

 温かいものが、じんわりと広がっていくのが分かる。

 まるでペニスをドロドロに溶かされるかのような、甘い甘い射精だった。

 ブランデンの小さな体に、一滴残らず注ぎ込んでしまったのだ――

 「ブランデン――」

 「――――」

 俺の腰に跨っていた少女は、こちらに倒れ込んで抱き付いてくる。

 そして俺の首に腕を絡め、唇を深く重ね合わせたのだった。

 

 「……では、婚礼の儀は終了です」

 「これであなた――いえ、ケージは我々の家族。以後もよろしくお願いします」

 トーリャとトーニャは、微笑みながら頭を下げていた。

 こうして、婚礼の儀式は終了した――

 俺はとうとう、正式にブランデン達の同胞となったのである。

 

 

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