淫魔の海のオデュッセイア




皆さんの通っていた小学校の図書室にも、子供の夢をかき立てるような何冊もの伝記が置いてあったのではないだろうか。僕はあれが大好きで、片っ端から何度も何度も読んだものだった。エジソン、ヘレン・ケラー、宮沢賢治、野口英世、・・・。どれも面白かったが、僕の心を一番強くとらえたのはシュリーマンの伝記。彼は、当時誰もが作り話に過ぎないと考えていた『イーリアス』を、事実であると信じてトロイアの遺跡を発掘したという。将来そういう男になりたい、と子供心に思ったものだ。今ではそのシュリーマンの逸話の信憑性は疑われているが、僕が小さい頃に「シュリーマン」から得た好奇心と冒険心が色あせることは無い。むしろ、あれから10年経って、ますます古代ギリシャの歴史や、ギリシャ神話に魅せられるようになった。

シュリーマンの影響を受けて、僕も『イーリアス』や、その続編の『オデュッセイア』を読みふけった。とりわけ『オデュッセイア』には様々な不思議な話が登場して興味深い。人を豚に変えてしまう魔女キルケ、歌で人を惑わす妖女セイレーン、獰猛な怪物スキュラ、・・・。もちろん、そんな人外の魔物が存在するわけが無い。しかし、単なる作り話として片付けていいものだろうか。恐らく、当時の人にとって怖れられていた自然現象か何かが、そのような魔物の伝承となったに違いないのだ。

・・・自然現象であれば、今でもその片鱗を見ることができるかもしれない。そう思って、何年も前からこの旅を準備していた。そして、待ちに待った大学3年の夏休み。この時を狙っていた。就活も始まってないし、卒論もまだ書かなくて良い。貯金もたまり、時間もたっぷりある。大きな旅をするならこの時をおいて他には無いだろう。

まずトロイアの遺跡に行き、その後『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスが彷徨った海を舟で辿り、伝説の背後にある事実をこの目で確かめる。

そんなことができるのかって?舐めちゃいけない。僕は舟も漕げるし、必要なら岩登りだってできる。ギリシャ語とトルコ語はマスターしているから、語学も問題ない。心配なのは天候くらいなものだ。まあ、地中海性気候の地域は夏は降水量が少ない、と大学受験の時に勉強したし、大丈夫だろう。

夏休みが始まると同時に早速トルコへ行き、トロイアの遺跡を見学。その後単身エーゲ海に乗り出した。





この旅行記は、航海が始まってからのことだけを記している。旅は驚きの連続だった。はっきり言って、非常に苦しい旅であった。冒険好きの僕でも、こんな凄い体験をしたのは初めてである。恐らく信じてもらえないだろうな、と思いつつも、皆さんにも楽しんでいただけることを期待し、書き進めたいと思う。





と言ってみたが、この旅行記が皆さんの手に届くことがあるのだろうか・・・というのは、今こうして執筆作業に励んでいるこの場所は、ちょっと予期していなかった場所で、果たして家に帰ることができるかどうか・・・





☆ ☆ ☆






トロイアの近くの漁村から舟を出すと、地元の人が笑顔と心配顔で見送ってくれた。あたたかい人たちだ。

行く先はギリシャの西海岸、イタケの島。島伝いに行けばそのうち着くだろうが、途中で様々な寄り道をしなければならない。参考書から切り抜いて来た、オデュッセウスの旅の推定ルートを取り出し、現在地と日付を書き込む。



さて、トロイアから帰還しようとしたオデュッセウス一行の長い旅で、最初のクライマックスと言ったら、一つ目の巨人、キュクロプス族のポリュフェーモスとの対決である。洞窟に入った彼らを次々に貪り喰ってしまう獰猛な巨人を、オデュッセウスはその明晰な頭脳によって打ち破る。僕の最も好きな場面の一つだ。

キュクロプス族だけではなく、物語の始めにはライストリュゴネス族という巨人族も現れる。島が見える度に、巨人の姿でも見えやしないか、と双眼鏡を向けてしまう。



順調に始まったかに見えた航海だが、船出の数日後、一番怖れていたことが起った。突然の暴風雨だ。海の神ポセイドンが怒っているのだろうか。ようやく晴れ間が見えてきたところで、現在地がすっかりわからなくなってしまった。周りを見渡すと、遠くに島が見える。人が住んでいてもおかしくないくらいの大きさだ。上陸してみようか。



島に接近。人の気配は感じられない。

とりあえず上陸。誰もいないのだろうか。ちょっと探検してみよう。

深い森が続いている。その向こうには岩山がある。いかにも巨人たちが出てきそうな雰囲気だ。しかし、普通の人間がいるような雰囲気はない。

もうしばらく歩いていくと、目の前に巨大な洞窟が現れた。暗くて奥が見えない。相当深く続いているに違いない。



1. よし、探険してみよう

2. まあ、人が住んでいる感じではないし、舟の近くに戻ってテントでも立てて休もうか





















































舟の場所まで戻る。この島はいったいどこの島だろう?エーゲ海の地図を見るが、いまいちわからない。トロイアからそう離れてはいないはずだ。

ん?

遠くから何か声が聞こえたような気がする。よく耳を澄ましてみる。

・・・叫び声だ。男の声だ。この島にも人が住んでいるのか。



「助けてくれ!!!」



猛獣にでも襲われているのだろうか。だんだんこっちに近付いてくる。ということは、その猛獣もこっちに接近している可能性がある。念のため、舟に避難しておこう。

若い男が走って来た。それを追いかけ回しているのは・・・何だあれは!?身長は普通の人間の4倍もあろうか。しかし明らかに人間の形をしている。巨人だ。物語に出て来る巨人たちは生きていたのである。一つ目ではないことから考えると、キュクロプス族ではなく、ライストリュゴネス族であろうか。

よく見ると、この巨人は胸が大きい。普通の人間の基準で考えれば、かなりセクシーな女性である。

いや、そんなことを考えている場合ではない。逃げるしかない。急いで舟を陸から遠ざけた。

え?助けを求めている人間を助けないのかって?

今考えれば、この判断が正しかったのか、誤っていたのかはわからない。助けることができるのに助けなかったのならば、当然責められるべきだろう。しかし、無理に助けに行って、自分までも犠牲になるのは、格好はいいかもしれないが、必ずしも正しい判断とは言えないだろう。



充分に離れたところで、僕は振り返り、島の様子を伺うべく双眼鏡を向けた。そこで見た光景は凄まじかった。

既に男はその「女」に捕まっていた。男の服は引き裂かれ、仰向けに寝かせられている。「女」はその上に覆いかぶさるような体勢だ。これからセックスをしようというのであろうか。

男は必死に首を振って嫌がっている。

「女」の口から赤いものが垂れてきた。あれは何だろう?



!!!!!



舌だ!何て長くて太い舌だろう。「女」は、その舌で男の体を舐め始めたのである。

初めは抵抗していた男だが、だんだんと抵抗を諦め、その愛撫を受け入れるようになる。恐らく興奮しているのではなかろうか。

「女」はまるで掃除をするかのように男の全身を舐め回した。

そして、恍惚のあまり、かどうかはわからないが、男は動かなくなる。

「女」は男の体を起こし、その男の頭を巨大な口の中にほおばった。

まさか・・・。

やがて男は「女」の一部となった。

「女」がべろりと舌なめずりをしたのを見て、僕はさらに急いで舟を漕ぎ出した。





☆ ☆ ☆






一週間ほど漂流していたようだ。やっと島が見えてきた。

もはやここがどこなのかはさっぱりわからない。地中海のどこかであるはずだが、あのような人外の魔物を見せられた後では、ここが現実世界なのかどうかすら怪しくなってくる。

この島にだって、どんな魔物が棲んでいるかわかったものではない。島に降り立った僕は、慎重にあたりを見回し、耳をそばだてた。

あれ?

遠くから何か物音が聞こえてきたような気がする。もう一度耳を澄ます。

確かに聞こえた。あれは豚の鳴き声だ。家畜がいるということは、人が住んでいるということ。食料も少なくなって来たことだし、行ってみるとするか。

30分ほど歩くと、一軒の家が見えてきた。鳴き声は豚だけではない。羊や鷄もいるようだ。新鮮な肉にありつけるに違いない。迷わずノックする。中から出てきたのは・・・



「あら、東洋人ね、珍しい・・・中にいらっしゃい」



とてつもない美女だ。これは明らかに怪しい。というか妖しい。

さっきの家畜はもしや・・・

『オデュッセイア』中では、キルケという魔女の魔法のせいでオデュッセウスの部下の何人かが豚に変えられている。目の前にいるのは・・・



「気付いてしまったようね。そう、私はキルケ。あなたも、人間のまま無事帰りたいなら、私の言うことを聞くことね」



僕は観念した。無事に旅を終えるためなら、何でもしよう。キルケの要求には全て答えよう。



「あなた、いい体をしているわね。私と・・・してくれるわよね?」



ペロリ、と指を舐めながらキルケがそう言った。

してくれる・・・する・・・って、つまり、あれをするんだよな。こんな美女とできるなんて・・・いや、こんな魔女とするなんて、どんなことになるやら・・・しかし、これは受け入れざるを得ない。受け入れなければ無事に旅を続けることができない。というか、既に勃ってしまっている。



「でも、その前に、夕ご飯でもいかが?」



期待に膨らんでいた僕の一物は萎んでいく。その代わりに、僕の胃袋が期待を始めた。

キルケは、ちょっと待ってね、と言ってつかつかと別の部屋に入っていく。

数秒後、部屋に戻ってきたキルケは、美しい少女を連れてきていた。キルケだけじゃなくて、こんな可愛い女の子と夕飯をご一緒できるのか。

はじめまして・・・と声をかけた瞬間、キルケがパチン、と指を鳴らす。

なんと、少女は瞬く間にかわいい子豚に姿を変えてしまったのだ。

唖然とする僕をよそに、キルケは子豚を撫でながら言った。



「長旅、疲れたでしょう。とびきり新鮮な肉をあげるわ」



え?

新鮮な肉って、目の前にいる豚の肉のことか?豚というか・・・この豚は、さっきまで人間だったのだ。人間を食べろというのか?いくら何でもそんなことはできない。死んでもできるものか。

いや、しかし、自分が生きるためには仕方ないことなのかもしれない。ここで逆らったら何をされるかわからない。

人間としての尊厳を選ぶべきか、非人間的行為に加担してでも生き延びる方を選ぶべきか・・・



1. ・・・やっぱりそれはできない。人間を食べるなんて、僕にはできない。

2. ・・・いただきます。





















































ごめん。心の中でつぶやいた。僕は生きたいんだ。たとえどんな過ちを犯そうとも、何よりも大切な自分の命を失いたくないんだ。

その後のことは思い出したくない。豚の断末魔の叫び声。食卓に並んだあまりにもジューシーな肉片。豚肉とは思えないその食感。

嫌だ、嫌だと思いながらも口に運ばなければならない、拷問のような時間が終わりに近付いて来る頃、僕はあることに気付いた。

自分のある部分が非常に元気になっている。

情けなくて涙が出てきた。少女の肉を食べて勃起するなんて。こんな人間、死んだ方がマシだ。

目の前にいるキルケは、それに気付いていたのかどうかはわからないが、突然指を鳴らす。すると、目の前にあった食べ物は全て消えてしまった。



「シャワーを浴びましょう」



卑劣な悪魔とこれから性行為をしなければならない。生きるためには仕方ない。

僕はフラフラとキルケに着いて行く。



「脱ぎなさい」



キルケは、自らも服を脱ぎながら僕に指示した。僕は何も言わずに指示に従う。

キルケの体は予想以上に肉感的だった。長旅のため溜まっていたのか、その体が目に入っただけで、僕の一物の先端からは液体が漏れ始めていた。



「もう我慢できないようね。でもまだダメ。シャワーを浴びてからね」



シャワーから温かいお湯が出てくる。キルケが僕の体を熱心に洗い始めた。認めたくはないが、僕の性的興奮はますます高揚してきている。

突然、キルケが後ろから抱きついてきた。背中にあたる2つの大きな胸の感触がますます僕を絶頂に近付ける。

すると・・・



どく・・・どく・・・どく・・・



情けないことに、どんどん精液が漏れてきてしまったのである。こんな早漏だっただろうか。

キルケはくすくすと笑いながら言った。



「あらあら、もう出ちゃったのね・・・まだ触ってもいないのに・・・」



豊満な胸がスポンジのように僕のことを洗い始める。

射精がなかなかとまらない僕を見て、キルケは苦笑いをした。



「あなたの尊敬するオデュッセウスは、もっとたくましかったわ」



ギリシャの英雄と比べないでくれよ。僕は一般人なんだ。



「もう、仕方ないわね」



キルケは諦めた様子で指を鳴らす。すると、さっきまでシャワー室だった部屋が、突然寝室に変わった。



「今挿入したら、あなたの身が持たないわ。今夜は手でいいかしら」



どう答えて良いかわからない。言われるままにするしかない。



「最終的には挿れさせてあげるわ。それまでは、練習ね」



一晩で帰してくれるわけではないらしい。

いつになったら出発できるんだろう。



「挿入して、私をイカせてくれたら、もう出発していいわ」



先は長そうだ。



この夜は手で何度か絶頂に導かれた。

その後、3日で手コキは卒業。

しかし、太もも、胸、口などを卒業し、陰部でイカせてもらえるようになるまでには8ヶ月の歳月を要した。



そして、1年ほど経ったある夜・・・



「あああああ!!!」



キルケがイッた。



キルケは、力つきてぐったりとした僕に優しく告げた。



「この先に、何があるかは・・・わかっているわよね。あなたはこれから、歌声で旅人を惑わせ、誘惑し、食べてしまうセイレーンたちの島の近くを通らなければいけないの。無事通り抜けられた舟は少ないわ。そこを突破したら、最大の難所。スキュラとカリュブディスが棲んでいる2つの岩の間を通り抜けなければならない。あなたにできるかしら・・・」



そう言ってキルケは、難所を通り抜ける方法を教えてくれた。

非常に難しいが、避けて通ることはできないのだから、仕方ない。

キルケに別れを告げ、僕は島を後にした。





☆ ☆ ☆






もはや日にちの感覚がなくなってきており、どれくらい漂流したかわからない。無論、現在地もよくわからない。双眼鏡で周りを見渡すと、遠くの方にうっすらと島影が見える。あの島がセイレーンのいる島に違いない。キルケの助言に従い、持ってきていたイヤホンでロックをガンガンに鳴らし、耳を塞ぐ。

その姿を見たいなら、なるべく島から離れて、双眼鏡で様子を観察すること。島が見えなくなるまでは、決してイヤホンを外さないこと。セイレーンの歌声が耳に入らなければ大丈夫。島の外では彼女たちは決して人間を食べない。どんなことがあっても、耳は塞がなければダメ。命が惜しかったら、必ずそれを守りなさい。キルケの言葉を頭の中で何度も繰り返した。



さて、僕には大きな疑問があった。それは、セイレーンの姿である。神話を描いた画家は多いが、ある者はセイレーンを鳥のように描き、ある者は人魚のように描いている。真の姿はどちらなのだろうか。島から充分に距離を置きながら、双眼鏡を覗いた。

浜辺はまるで雪が降ったかのように白かった。地中海の暖かい島で雪なんて降るのだろうか。それとも白い花でも咲いているのだろうか。もっと近付かなければわからない。

島に舟が近付くにつれて、その状況が明らかになってくる。

・・・あれは骨だ。きっとセイレーンに喰われた残骸なのだろう。



僕は2つの気持ちの中で揺れ動いた。もっとよく観察して、セイレーンの姿を見つけたい。しかし、これ以上近付くと、自分もあの骨の山の一部になってしまうかもしれない。双眼鏡を覗きながら思案に暮れた。

どうやら、少々悩み過ぎたようだ。周りの状況の変化に気付いていなかった。耳が塞がっていたせいもある。

後ろに人の気配がする、と思って振り返ると、美しい女性がいるではないか。ただし、胸より下は猛禽のようだ。ああ、これがセイレーンか。

突然、視界の下で、バシャッと水がはねた。大きな魚がいるようだ。と思ったら、水中から顔を出したのは、これまた美しい女性だ。ただし、下半身は魚のようだ。こっちがセイレーンか?

猛禽の方は恐らく必死に歌っているのだろう。馬鹿め。イヤホンをしらないんだな。耳の中に響くドラムの音の方が、お前の歌声なんかよりもずっと大きいんだ。

人魚の方は・・・というと、胸を強調し、誘惑の体勢に入っている。ほう、そういうことか。なるほど。だが、そんな程度の誘惑に引っかかる気はしないな。あいにく、キルケのとてつもない体を相手にしていたせいで、もう慣れているんだよね。

僕は余裕綽々で舟を漕ぐ。諦めたのか、2匹とも舟から去って行った。

どうやらセイレーンには2種類いるらしい。急ぎメモをする。

いい加減耳が疲れてきた。鼓膜が破れそうな音量でを鳴らしているのだから、無理もない。後ろを振り向き、



1. 島が見えなくなったのを確認して、イヤホンを外した。

2. 島が見えなくなったのを確認したが、念のためにもう少し先に行ってからイヤホンを外すことにした。





















































セイレーンの島を通り抜けたら、最後にして最大の難所が待っている。『オデュッセイア』にも書かれていたし、キルケにも随分と注意された。

この先には2つの大きな岩があり、その間を舟で通らなければならないという。

問題は、岩に潜んでいる残忍な怪物たちである。右側の岩にはスキュラ、左側の岩にはカリュブディスという妖女が潜んでいるというのだ。

スキュラは、元は美しい女性だったという。だが、その美しさゆえ、キルケの恋を邪魔してしまうこととなり、妬んだキルケにより醜い怪物に変えられてしまった。その姿は、上半身は生前のままだが、下半身は獰猛な6匹の犬と、12本の足が生えている、というまさに異形のもの。船が通りかかるとその6匹の犬が襲いかかり、あっという間に6人の乗組員を食べてしまう、というのだから恐ろしい。

もっと恐ろしいのは、カリュブディス。こちらももとは美しい女性だったが、貪欲な性格ゆえ、その貪欲さを具現化したような姿に変えられてしまった。よくわからないが、船が通りかかると、海水ごと呑み込んでしまうというのである。袋のような形でもしているのだろうか。ちょっと想像がつかない。

とりあえず、どちらに襲われても100%助からない。

では、どうすればいいのか。

真ん中を通れば・・・キルケはそう言っていた。

右の岩に近ければスキュラの餌食になる。左の岩に近ければカリュブディスの餌食となる。だから、ちょうど間を抜けていけば、どちらも手を出せないはずだ、あるいは手を出そうとしてもギリギリセーフなはずだ、というのである。

あなたには難しいかもね、無理しないで私のものになる?

とキルケに言われたが、今や、行かなくてはいけない、行くしかない、という信念が心を支配していた。

この難所を突破して、無事帰らなければならない。生きて帰らなければ、冒険をしたことにはならないのだ。



さて、その2つの岩が見えて来た。精神を統一して、岩と岩のちょうど真ん中に狙いを定める。

ここで迷いが生じた。真ん中から外れないように慎重に漕いで行くべきだろうか。それとも、真ん中に狙いを定めて全速力で一気に通り抜けるべきだろうか・・・



1. 一気に通り抜ける

2. 慎重に漕いで行く





















































ここで焦っても仕方ない。慎重に、慎重に、ちょうど岩と岩の中間地点を通って行くのがより良いに決まっている。

岩が近付いて来た。

左側の海面には渦潮のようなものがある。カリュブディスはあそこに棲んでいるのか。近付いたら、あれが僕を呑み込むに違いない。

近付けば近付くほど渦潮が大きくなってくる。恐ろしいが、今自分が取っている進路が、正確な進路である。少しでも右側に舵をとったら、スキュラに喰われてしまう。慎重に、慎重に・・・

僕は自分に言い聞かせる。行ける、行ける、生きるんだ。

すると、突然・・・



グワッ!!!



右手から巨大な怪物が大きな口を開けて迫ってきたのだ。スキュラだ!

予期はしていたが、さすがに驚いた。

ちょうど真ん中を通っているのだから、その口は僕には届かないはずだった。しかし僕は思わず舟を左寄りに動かしてしまったのだ。

今度は、左手の海面に変化が起こる。渦潮が一気に巨大化し、僕の舟は瞬く間にそれに巻き込まれる。

僕は舟から投げ出され、海中に呑み込まれて行った・・・



もの凄いスピードで回転しながら落ちていくのを感じた。

どこまで落ちるんだろう?

落ちれば落ちるほど、回転が遅くなっていく。落ちる速度が遅くなっていく。

螺旋の半径はだんだん小さくなっていく。一緒に落ちていった舟や食料は既にどこかに消えてしまっている。

この螺旋の一番下はどうなっているんだろう?



突然、螺旋が消え、ストン、と地面に落ちた。

地面?海底?よくわからないが、普通に息を吸うこともできる。というか、海の中ではないようだ。

目の前には女がいる。カリュブディス・・・?。思わず僕はつぶやいていた。



「あら、私のこと、知ってるの?」



この一見華奢な女が、どうやってあの凄まじい渦潮を作ったのだろう。

カリュブディスとはもっと巨大な怪物なのかと思っていた。予想もしていなかった姿に驚いた。

絶世の美女、というわけではないが、どこか妖艶な雰囲気。病的なほど真っ白な肌に、毒々しいほど真っ赤な唇。

一糸まとわぬその裸体をじろじろと眺める僕に、カリュブディスは呆れたような声で言った。



「まあ、いいわ。それより、お腹がすいたの。食べていい?」



どうやらこいつは俺を食べる気らしい。どうやって食べるのかがよくわからないが、どうにかしないと命がない。生きるためには戦って勝つしかない。問題は、どんな動きをする怪物なのか皆目見当がつかない、ということだ。

まずは距離を置こう。ゆっくり迫ってくるカリュブディスを横目で見ながら素早く移動した・・・はずだった。

次の瞬間、カリュブディスが口を大きく開けたのが見えた。そして息を大きく吸うような素振りをすると同時に・・・



うわぁあああああああああああ



僕は、今まで感じたことのないほどの恐怖に襲われた。

カリュブディスの口の中に向かって凄まじい空気の流れが生じ、僕の体も、まるでブラックホールに吸い込まれるかのように口の方へと引き寄せられたのである。逃げようとしても、地面に這いつくばっても、まるで歯が立たない。

僕を足下まで引き寄せたところで、カリュブディスは吸い込むのをやめた。



「私の力を理解していなかったようね・・・この洞窟に来てしまった以上は、もうどこにも逃げられない。どこに行っても、私に吸い込まれてしまうの」



どうやらこの女には勝てないようだ。

しかし、待てよ。いくら吸い込むっていったって、体のサイズは人間と同じ。口のサイズも人間と同じ。人間を吸い込むなんて物理的に不可能だ。

その時・・・



「あら、また獲物が来たようね・・・」



カリュブディスはそう言って大きく深呼吸をして、息を吸い込み始めた。すると、またそのブラックホールのような口の中に向かって逆さの竜巻が生じる。その竜巻はどこまでも上に続いているように見えた。これから何が起るのだろう。



しばらくすると、一匹の人魚が、ストン、と落ちて来た。数日前に見たセイレーンの一味だろうか。

人魚はカリュブディスの姿を認めると、もの凄い目つきで睨みつけ、鋭いサメの歯をかざした。こうなると、カリュブディスも下手に吸い寄せられない。却って自分が切り刻まれてしまう可能性がある。

人魚は自分の優勢を悟ったのか、じりじりと近寄っていく。

カリュブディスは、にたにたと笑いながら言った。



「海中ならともかく、ここであなたがどうやって私に勝つというの?」



人魚はそれに対し、返答する代わりに尾の一撃を繰り出した。カリュブディスは素早く逃げる。間髪を入れずに人魚は、尾とサメの歯を用いて次々に攻撃を繰り出す。カリュブディスは身軽にかわし続ける。

立つことができない人魚の攻撃は、素早いとはいえ単調であり、すっかり読み切られている。カリュブディスは岩に飛び乗り、馬鹿にしたように言う。



「あなたの尻尾はここまで届かないでしょう?お馬鹿さん」



言い終わらないうちに人魚はその岩に尻尾を叩き付ける。たちまち岩は粉々に砕けた。もの凄い力だ。しかし、それよりも一瞬早くカリュブディスは逃げた。



人魚とカリュブディスのおいかけごっこは延々と続いた。激しい攻撃を繰り出す人魚。せせら笑うかのように逃げるカリュブディス。

そして・・・



「あなたも意外と頑張ったわね。でも、もう、力は残っていないはずよ。人魚の力なんて、所詮その程度」



「黙れっ!」



人魚は叫び、最後の力を振り絞るかのように尾の一撃を繰り出した。カリュブディスはそれを片手で防ぐと、尾びれの付け根をつかんで片手で人魚の体を持ち上げて放り投げる。

地面に叩き付けられた人魚は、立ち上がって今度はサメの歯で切り掛かる。しかし、これもカリュブディスに押さえつけられ、サメの歯を取り上げられてしまう。



「可愛い子ね・・・こんなもので勝てると思ってたの?」



人魚は弱々しく尾をカリュブディスの足にぶつけるが、また地面に叩き付けられてしまった。

傷だらけになった人魚は、うずくまりながらも、どうにか両手をついて立ち上がろうとする。

すると・・・

カリュブディスは人魚を蹴って仰向けに転がしてから、人魚の両脇を両手で支えて立ち上がらせた。人魚の豊満な胸が、ぷるん、と揺れる。



「柔らかくておいしそう・・・」



舌なめずりをするカリュブディス。

人魚は諦めたかのように天を仰いだ。

カリュブディスは人魚を抱き寄せ、その美しい首筋に唇を近付ける。

二度、三度と舐めた後、大きく口を開いて首筋に噛み付いた。

その次の瞬間、人魚の、断末魔の叫び声が聞こえた。

カリュブディスのもの凄い吸引力により、人魚の体の柔らかい部分はどんどん口の中に吸い込まれ、一分と経たぬうちに人魚は骨だけになってしまったのである。

ややお腹の大きくなったカリュブディスは、満足そうに舌なめずりをした。そして、次はお前の番だぞ、と言わんばかりに、こっちに向けて口の中を見せつけてきた。

あの口に、吸い込まれて死ぬのか・・・

すっかり腰が抜けてしまった僕は何もすることができない。



「このお口、すごいでしょ。あなたも、今の人魚みたいに、私に食べられてしまうのよ・・・」



カリュブディスは、大きくなったお腹を何度かさすった。みるみるうちにお腹の膨らみは消え、もとの痩せた体に戻った。完全に吸収されてしまったようだ。



「お腹がすいたわ」



え?今食べたばかりじゃないか。



「私は呪われているの。どんなに食べても、お腹がすいたまま。・・・もう我慢できないわ」



いきなりカリュブディスの顔が目の前に来た。

抵抗する間もなく、カリュブディスに唇を奪われる。

逃げようとしたが、がっちりと抱きとめられてしまっているため、どうすることもできない。

僕の唇と重なったカリュブディスの唇がゆっくりと開き始める。



喰われる・・・



このまま食べられてしまうのがわかっていて、何もできないでいる。

恐怖のあまり、僕としたことが、涙がボロボロとこぼれ落ちている。

しかしカリュブディスは、僕を吸い込む代わりに、舌を入れて来た。ディープキスだ。このままどうする気だろう。

その気になれば僕を一気に食べてしまうこともできるこの絶対者に、もう、されるがままになるしかないのである。



・・・こんなキス、はじめてだ。



恐怖の一方で、僕は異常な快感を覚えていた。吸い込まれるようなキス、と言うべきだろうか。それとも、呑み込まれるようなキス、というべきだろうか。カリュブディスは明らかに僕とキスをしながら僕の何かを吸い込んでいる。

このまま喰い殺されてしまうかもしれない。生と死の狭間でのキスは、あまりにも甘美であった。

僕の股間部分に変化が訪れたことに気付くと、カリュブディスは素早く僕のズボンを降ろす。そして、慣れた手つきで堅くなった一物を手に取り、ペロリと舐めてきた。この口でフェラしてあげるの、と言わんばかりに大きく口を開いた。一度に恐怖心と高揚感が襲ってくる。こんな口で舐められたら、どうなってしまうんだろう。



かぷ。



カリュブディスのフェラチオが始まった。

ところが・・・



じゅるじゅるじゅる・・・



え?これはおかしい・・・



カリュブディスの口の中に、僕の精液が、どんどん流れ出ている・・・

まだ絶頂に達していないのに、どんどん吸い出されている・・・



無理矢理に精液が吸い出されることによって快感が生じ、ますます精液が勢いを増す。

まず快感によって射精がもたらされるのではなく、射精によって快感がもたらされる。

その快感によって絶頂に追いつめられ、吸い出される精液の流れがますます激しくなり、快感が増していく。

僕の体から放出される精液の流れは留まるところを知らない。

いや、カリュブディスが吸い出している液体が、本当に精液だけなのかどうかすら怪しいものだ。

僕の体そのものがカリュブディスに吸われているような気がする。



ごくん、ごくん、・・・



カリュブディスはまるでストローからジュースを飲むような調子で、僕のことを飲んでいる。

絶頂がずっと続くようなこの快感。



ごくん、ごくん、・・・



自分の体積が少し減ったような気がする。気のせいではないだろう。さっきまで僕の体の中に流れていたものが、目の前にいる妖女の喉を通って、真っ白なお腹の中に流れ込んでしまっているのだから。



ごくん、ごくん、ぺろり。



カリュブディスは僕のペニスから口を外し、右手で口を拭った。

永遠に続くかと思われた快感が突然終わる。

物足りなさそうな顔をした僕に、カリュブディスは言う。



「もっと飲んで欲しかった?ダメよ。これ以上飲んだら、あなた、死んじゃうわ」



え?じゃあ、殺さないでくれるのか?



「・・・私は、生きたままの新鮮なお肉が食べたいの」



やっぱり助からないんだ。今度こそ食べられるんだ。

逃げなくては、と思ったが、足が立たない。僕はずいぶんと弱ってしまっているようだ。

カリュブディスの口が迫ってくる。

さっき喰われた人魚を思い浮かべた。僕もああいうふうに食べられるんだ。

僕の全身の肉がこの妖艶な怪物に喰いつくされ、あっという間に消化されてしまうんだ。



カリュブディスの口が僕の首筋に触れる。



ああ、もうダメだ・・・



カリュブディスが僕の首筋に歯を立てるのを感じた。





☆ ☆ ☆






気がつくと僕は冥界にいた。

オデュッセウスも旅の途中で一度は冥界を訪れている。可能ならいつかここから抜け出して、旅の続きをしてみたいものだ。というより、今冥界にいるのも、旅の一場面に過ぎないと思っている。

冥界でもいろいろな体験ができるだろう。それについても、そのうち報告したい。

では、その日まで。





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