カードデュエリスト渚


 

 「……私達の負けです。あそこまで強力なコンボは、初めて目にしました」

 「お姉さん、強すぎるよ。でも……最初に『触手の呼び声』を引かなかったら、ボク達にも勝ち目はあったのになぁ」

 デュエルは終わり、双子は軽く息を吐く。

 「残念だけど、それはないわ。私のデッキには『触手の呼び声』が六枚入っているから――

  ファーストドロー三枚の時点で、九割方手札に入るのよ」

 ラサイアさんは、平気で恐ろしいことを口にしていた。

 「ろ、六枚……!?」

 この世の中に、レアリティAのカードは数枚しか存在しないはず。

 世界中の『触手の呼び声』は、全てラサイアさんが握っているのではないだろうか。

 まさに、最強の触手デッキだ――

 これには、流石の双子も仰天したようである。

 「『触手の呼び声』を、六枚も……いったい、どうやって集めたのですか……?」

 「お姉さん、ひょっとして大富豪の人?」

 「十代の頃は、真剣にカードを集めてたのよ……」

 ラサイアさんはため息混じりに呟いた後、腰に両腕をやった。

 「さて、カードの受け渡しのことだけど……君達はまだ子供だわ。四枚のカードを奪うというのも――」

 「……そういうのは優しさとは言いませんよ、お姉さん」

 「私達は誇りあるデュエリスト。敗北から逃げる気はありません――」

 アイリスとダリアは、まるで鏡映しのように揃った動きでそれぞれ自分のデッキを差し出した。

 「この六枚の中より二枚ずつ……」

 「好きなものを選んで持っていって下さい」

 「……」

 この幼い二人から、二枚ものカードを奪っていくのも可哀想な気がする。

 やはり、僕としても気が進まないが――

 「受け取りなさい、渚君。私が君に勝った時と同じよ。

  下手な情けは、二人のデュエリストとしての魂を踏みにじることになる」

 「……はい、そうですね」

 そうだ、ラサイアさんの言う通りなのだ。

 この二人は幼いながら、死力を尽くして戦った。

 ここでカードを受け取らないのは、二人の必死の戦いを、子供の遊びとみなして侮辱することになる。

 「まず、渚君が欲しいものを二枚ずつ選んでいって。その後に、私も二枚選ぶわ」

 「……いいんですか? 僕は、ほとんどデュエルに貢献しなかったのに――」

 「私は、カードなんて十分過ぎるくらい間に合ってるわ。でも、君は違うんでしょう?」

 「……はい」

 僕はラサイアさんの好意を素直に受け取り、アイリスとダリアのデッキからそれぞれ二枚ずつカードを選んだ。

 アイリスのデッキから選んだカードは、『陶酔のウツボカズラ』と『月夜のレディバンパイア』。

 『陶酔のウツボカズラ』は、モンスターを捕食するごとに巨大化、強化されるレアリティAのレアカード。

 そして『月夜のレディバンパイア』は、驚くべき反撃能力の高さを誇るレアリティBのカードだ。

 ダリアのデッキから選んだのは、『吸精の蛸』と『泡魔女レイリーン』。

 『吸精の蛸』は敵プレイヤーを直接攻撃でき、毎ターンダメージを与えるというレアリティAのレアカード。

 そして『泡魔女レイリーン』は、泡魔術という特殊な技を使う、攻撃能力の高いレアリティBのカードである。

 この強力な四枚が僕のデッキに加わり、全部で十枚――これで、一挙に強化された気がする。

 「……お? レベルアップしたカードがあるぞ!」

 僕の元から持っていたカードの中に、光に包まれたものがあった。

 デュエルを体験した後、まれにカード自体がレベルアップすることもあるのだ。

 激烈なデュエルであればあるほど、レベルアップの可能性も高まるのである。

 そして強化されたカードは――魔法カードの、『光の封陣』だった。

 「……あ、『極光の封陣』になってる……」

 『光の封陣』は、敵一体を1ターンの間動きを封じる魔法カード。

 『極光の封陣』も基本的には同じ効力だが、三回に一回くらいの割合で敵全体の動きを封じることができる。

 全体化はランダム性の高い効果であり、これに頼ることは危なっかしい。

 基本は単体封じとして用い、全体封印効果が出たらもうけもの――くらいの気持ちで構わないだろう。

 正直、そんなに嬉しいレベルアップでもなかった。

 

 「じゃあ私は、これを貰おうかしら――」

 ラサイアさんはそれぞれ二枚ずつを抜き出したあと、デッキを二人に返した。

 すっかり薄くなってしまったデッキを手に取り、双子揃って寂しそうな表情を浮かべる。

 「溜めていたお金で、ウツボカズラ買い直しです……」

 「ボクも、タコ買わないと……」

 「あんまり特定のカードに頼ったデッキ構築は良くないわよ。私のデッキも、決して良い例とは言えないけど」

 ラサイアさんは双子にそうアドバイスし――そして、僕に顔を向けた。

 「ところで渚君、私に感謝しているかしら?」

 「あっ……はい! 当然です!」

 「なら、私の言うことを一つだけ聞いてくれるかしら?」

 「はい、もちろんです!」

 一つと言わずに、幾つでも――

 ラサイアさんには、どれだけ感謝しても足りないくらいなのだ。

 「じゃあ……君に言っておきたい事と見せたいモノがあるの。

  ちょうど明日は店が休みだから、明日の昼――ね。それまでは、誰ともデュエルしないと約束してほしいのよ」

 「え……あ、はい」

 その不思議な申し出に、僕は頷いていた。

 言いたい事と、見せたいモノ――いったい何なのだろうか。

 それまでデュエルを禁じるということは、カード絡みであることは間違いないだろうが……

 「その証として……ここで獲得した四枚のカード、明日まで私が預かってもいいかしら?

  君を信用していない訳じゃないけど、渚君は本能的にデュエルに応じてしまいそうだから」

 「あ、はい。それなら、どうぞ――」

 アイリスとダリアから得た四枚のカードを取り出し、僕はラサイアさんに渡していた。

 そもそも彼女の助けがなければ僕は負けていたし、ラサイアさんはほとんど独力で双子に勝利したのだ。

 この四枚のカードは、ラサイアさんが獲得したようなもの。

 少しの期間ばかり彼女に預けることになっても、僕には一切の異論などなかった。

 「確かに受け取ったわ。明日の昼には返すから」

 「ええ、分かりました――ラサイアさん」

 彼女を信頼し、深く頷く僕。

 「ラ、ラサイアさん……!?」

 「そんな、まさか――」

 そして双子は、その名に激しく反応していた。

 「お姉さん……本当に、あのラサイアなのですか!?」

 「人違い、じゃないよね……?」

 「……」

 血相を変えた双子の態度を前に、ラサイアさんは軽くため息を吐き――

 「……ええ、本人よ。八年前とは髪型が違うし、あの頃はまだ十代の小娘だったから、分からなかったかもしれないけど」

 「いえ……確かに、面影が……」

 「そんな……まさか、まだF-タウンにいたなんて。新しい世界に旅立ったと思ってた――」

 「新しい世界、って何よ。私は伝説の勇者か何かかしら……?」

 ダリアの言葉に対し、ラサイアさんは力のない笑みを浮かべていた。

 「いいえ、貴女はこのF-タウンでは伝説の存在――」

 「そんな人とデュエルできるなんて、感激です……」

 アイリスとダリアの視線は、まさに尊敬する人物に対するものだった。

 ラサイアさんは、そこまで有名なデュエリストなのだろうか――

 しかし双子の熱い眼差しに応えるラサイアさんの顔は、なぜか醒めきっていた。

 「私は、もうデュエリストなんて廃業したわ。たまのデュエルは、ただの小遣い稼ぎよ――」

 「……」

 明らかに突き放したような言葉に、双子は呆然としたような表情を浮かべる。

 尊敬しているサッカー選手に、偶然出会ったサッカー少年。

 その選手の口から、「サッカーなんてつまらない」――そう聞かされたような顔そのものだったのである。

 「さあ、帰るわよ。渚君――」

 「あ、はい……」

 呆然とした様子の双子を尻目に、すたすたと歩き出すラサイアさん。

 僕は立ち呆けるアイリスとダリアをその場に残し、彼女の背中に従うしかなかった。

 

 

 

 そして酒場に戻り、しばらく自室で過ごした後に営業時間が訪れる。

 

 「カシスオレンジひとつ〜!」

 「君に会いに、また来ちゃったよ。遊んで、遊んで〜!」

 「最近暴れ回ってた双子が、誰かに倒されたらしいぞ」

 「あ、渚! 二番テーブルにこれ、よろしく」

 「ねえ、ボク。お酌して、お酌……」

 「今年の夏は、四年に一度の大会が開かれる。そろそろデュエリストも殺気だってきたな……」

 「チューしよ、チュー♪」

 「渚君、倉庫から砂糖一袋お願い。」

 「『いたずらピクシー』と『いたずらインプ』、あと一匹……なんだっけ。いたずら何とかの三体連携は、なかなか強力らしい」

 「あー! また、注文違うー!」

 「うふ♪ かえりたくなーい!」

 「今日『吸精ヒル』をゲットしたけど、これ男にしか通用しないみたいなのよ。私、男をいたぶる趣味はないのになぁ」

 「『天より授かりし男根』で、女でもフタナリ化させればいいじゃない」

 「そんなAランクのレアカード、簡単に手に入ったら苦労はないわよ」

 「うぃー! もういっぱい!」

 

 ――そんなこんなで、閉店時間の零時。

 なかなか疲れるが、有益な情報がたくさん得られるのも嬉しいところ。

 「あんまり、仕事中にデレデレしないでよね……」

 昨日ほど不機嫌そうではないが、少し拗ねたようなそう呟くソニア。

 そして片付けが終わり、僕は部屋に戻ったのだった。

 

 

 

 「うん、あれは凄いな……」

 僕は布団の上であぐらをかきながら、ラサイアさんのデッキを思い返していた。

 最初は、めちゃくちゃ極端なデッキ構成だと思ったが――

 あのデッキは、思い返せば思い返すほどに合理的なのである。

 『触手の呼び声』が六枚も入っている以上、最初のターンに至る四枚で手札に入るのはほぼ間違いない。

 だからよほど運が悪くない限り、最初のターンで四体もの触手モンスターが呼び出せるのだ。

 後はその四体を壁にしてターンを費やしつつ、手札に『失われし触手の継承』と『大地を埋める触手』が揃うのを待つのみ。

 この二枚が揃った頃には、雑魚の触手モンスターはあらかたやられ、コンボの舞台は整っているのである。

 実に恐ろしいデッキ、ラサイアさんがこの町で名を馳せているのも頷ける。

 

 「それにしても……どういう意味なんだろ、ラサイアさん」

 彼女は、デュエリストなど廃業したと口にしていた。

 今は、小遣い稼ぎにやっているにすぎない――確かに、そう言った。

 あの双子の言葉からして、間違いなくラサイアさんはF-タウンで名を馳せたデュエリスト。

 そんな彼女が、なぜそんな事を言うのだろうか。

 では、最初に僕にデュエルを申し込んできた時も小遣い稼ぎのつもりだったのだろうか?

 ……いや、違う。彼女からは、確かにデュエリストとしての魂を感じた。

 彼女が見せた行動も、デュエリストそのものなのに――いったい、なぜなのか。

 あの時のラサイアさんの口調からは、カードやデュエルに対する絶望や幻滅が伺えたのである。

 彼女ほどのデュエリストが、なぜそうなってしまったのか――

 「まあ、とにかく明日だな……」

 酒場の定休日――明日の昼、ラサイアさんが言いたい事と見せたいモノがあるという。

 それが、彼女の過去と関係あるのかどうかは分からないが――

 

 ともかく、今日獲得したカードは多い。

 うち双子から得たカード四枚はラサイアさんに預けてしまったが、ショップで買った新顔が三枚。

 そして昼のデュエルでレベルアップした『極光の封陣』も、いちおう新しいカードと言える。

 さて――新しいカードの能力を見極めるのもデュエリストのつとめ。

 僕は沸き上がる期待感を抑えながら、ズボンと下着を降ろしていた。

 

 『ねこまた』を試す

 『いたずらピクシー』を試す

 『オクトパスレディ』を試す

 『極光の封陣』を試す

 

 

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