カードデュエリスト渚
「ふぁぁ……」
寝床から体を起こし、僕は大きく伸びをした。
あの双子との激戦から一晩が明け、空蒼くスズメのさえずる爽やかな朝。
今日は酒場の定休日なので、仕事もなく一日のんびりできる。
そして今日の昼、ラサイアさんの「言いたい事」と「見せたいモノ」があるという――
僕は僅かな緊張を抑えながら、午後の到来を待ったのだった。
時計の針は午後一時を回り、昼食を終え――
「じゃあ昨日言った通り、ちょっとだけ時間を貰うわね」
ソニアが自室へ戻った後、ラサイアさんは切り出してきた。
「は、はい……」
いったい、彼女はどんな重大な事を言うつもりなのだろうか。
僕は唾を呑み、続く言葉を待つ――
「言いたいことは、たった一言よ。君はこれから先、負けてはいけない――それだけ」
「えっ……?」
それだけの、そんな事なのか……?
最初から僕は、その気でいた。
負けを恐れてデュエルを控える気はさらさらないが、だからといって負けを覚悟で挑む気はない――当然の話だ。
どうせやるなら、絶対に勝ってみせる――僕はそんな気持ちで、双子とのデュエルにも応じたのである。
僕には、ラサイアさんの真意が掴めなかった。
「ど、どういうことですか……?」
「人間、いろいろなタイプがあるわ。負けを重ねて強くなっていくタイプ、着実な勝ち戦から学んでいくタイプ――
渚君は、明らかに後者よ。君、ほとんど負け慣れていないでしょう?」
「ええ……」
自慢ではないが、僕は他のタウンでは負け知らず。
小さい頃から大人相手に勝利を重ね、十五歳になった今でもほぼ無敗である。
当然、このF-タウンに来る以前のことだが――
「私が見たところ、君はたった一回の敗北で砕け散り、一気に燃え尽きてしまうタイプなのよ。
敗北の味を知ってしまうのは、かなり危険な事だと――それを肝に銘じておいて」
「はい……でも、僕はラサイアさんに負けているんですけど。でも燃え尽きたりせず、むしろ――」
「あれは君が全くルールを知らず、不意打ちに近かった……君自身、そう思っているでしょう?
負けても仕方ない勝負だった、と……実際にその通りだしね」
「……」
そういう感情を抱いていたというのも、嘘ではない。
確かに負けはしたが――完全に実力で負けたのとは違う、そんな気もしていた。
しばらくF-タウンで修行した上で再度挑めば、かなり結果は違ってくるはず――僕はそんな思いを抱いている。
当然ながら、それでもラサイアさんは強敵であることは疑いようもないが――
「ここから先、誰にも負けないことね。もし敗北を喫すれば――おそらく君は、負けの味に溺れてしまう」
「溺れるんですか……?」
「ええ。私の見たところ、君はマゾの素質があるから――
デュエルで女モンスターに犯される事の虜になってしまうわ、間違いなくね」
「は、はぁ……?」
マゾの素質――いきなり出て来た思いもしない単語に、僕は二の句が継げなくなった。
「敗北の味を覚えてしまい、デュエルにおいて女モンスターに犯される事しか考えられなくなった連中――
そんな男を何人も見てきたし、現に私自身もそういう男を何十人も増やしたわ。
そういう風になる男の多くは、渚君みたいなタイプ。外では常勝、自信に満ちたデュエリストなのよ。
それが女モンスターに嫐られて敗北の甘い味を知り、溺れてしまうの」
「でも……マゾの素質なんて、僕は――」
「渚君が自分で気付いてないだけ。君、イジめられて悦んでしまうタイプよ」
「……なぜ、そんな事が分かるんですか?」
「私、そういう男をイジめてあげるのが好きだからよ。ともかく――」
一瞬だけ妖艶な表情を浮かべた後、ラサイアさんは優しい顔に戻って言った。
「そういうわけで、君に敗北は許されない。覚えておきなさい、溺れたくなければね――」
「はい、良く覚えておきます……」
ラサイアさんが言うのなら、おそらくそれは事実。
現にあの双子との戦いで、快感に溺れそうになる自分を自覚してしまったのだ。
おそらく僕はいったん負ければ、後は堕ちるところまで堕ちてしまうだろう――
「言いたいことは、それだけ。これを分かってもらうまでは、君にデュエルをさせたくなかったのよ……」
そう言いながら、ラサイアさんはカウンター横の棚に手を伸ばした。
そこから取り出したのは、四枚のカードと一本のビデオテープである。
「それを理解してくれたなら、預かっていたカードを返しておくわ。
そして、見せたいモノというのはこのテープ。再生機はソニアの部屋にあるから、時間のある時に見てみなさい」
「はい……でも、何が映っているんですか?」
「このF-タウンで行われた、前大会の映像らしいわ。私は見てもいないし、見る気もないけど……勉強になるんじゃないかしら」
「……た、大会の映像ですか!?」
一般的に『大会』と言われるのは、各タウンで四年に一回行われているデュエル大会のことである。
それはすなわち、見るなと言われても見てみたいビデオテープ。
大会レベルのデュエルとは、まさに最高峰の実力者同士の戦いなのである。
「でも、そんなテープをどうやって手に入れたんですか?」
「知り合いが勝手に送ってきたのよ……さて、話は以上」
ラサイアさんはやや唐突に話を切り上げ、カウンターの上に帳簿を広げた。
休みと言えども、店主である彼女には仕事があるのだろう。
これで、用件は全て終わりらしい。
「そういうわけで、見ておきなさい。たぶん勉強になるから……それと、はい」
ラサイアさんが手渡してきたのは、箱入りのティッシュ。
「抜きどころがいっぱいだろうから、持っていくといいわ。あんまり床や壁を汚さないでね」
「はぁ、ありがとうございます……」
僕は空返事を返しながら、ティッシュ箱を受け取ったのだった。
「ソニア、いるかな……?」
今日は休みの日だが、外出はしていないはずだ。
ソニアの部屋に、このテープを再生できる機器があるという。
「はーい、なにー?」
気の抜けた声と共に、ソニアはドアを開けた。
「どうしたの、渚? 休日なのに遊ぶ相手もいない可哀想なソニアちゃんを、どこかに遊びに連れてってくれるの?」
「……いや、ビデオの再生機を貸してほしくて」
「……」
ソニアは僕の持っているビデオテープと、ティッシュの箱をまじまじと見据えた。
「いいけど……それ、何かいかがわしいビデオテープ?」
「そうじゃなくて……前大会で行われたデュエルが映ってるんだって」
F-タウンで行われたデュエルを撮影したビデオテープ――それは、十分にいかがわしいのかもしれない。
そこらのアダルトビデオよりは、よほど淫猥な内容が記録されているのだから。
「大会……? 私も見る見る〜♪」
少しはしゃぎながら、ソニアは僕を快く部屋に招き入れていた。
そう言えば彼女も、デュエリストの見習いなのだ。
「それにしても、なんでラサイアさんは前大会のテープなんて持ってるんだろ。
知り合いが送ってきたって言ってたけど、大会の撮影テープなんて関係者しか手に入らないはずなのに……」
当然ながら、大会を撮影した映像には参加者のデッキ構成も映ってしまうことになる。
それゆえ、どこのタウンの大会でも一般観戦者のデュエル撮影は禁止。
大会運営者側の記録者のみが撮影できるということになっている。
そして大会後半ともなると、関係者すらデュエルの撮影は禁じられてしまうのだ。
決勝進出レベルのデュエリストが決勝戦で用いるほどのデッキを、そう簡単に外の目にさらすわけにはいかない――
撮影制限は、デュエリストにとっても当然の措置なのである。
これは大会前半を撮影したビデオテープとはいえ、そうそう出回っていいものではないのだ。
「……実はラサイア姐さん、前々大会の優勝者なのよ」
「えっ……!?」
テープを再生機器にセットしながら、ソニアは驚愕の事実を口にしていた。
「前々大会って、八年前……?」
「うん。それも圧倒的な強さで、並居る強豪をあっけなく倒していった伝説のデュエリスト。
でも、その大会の優勝を最後に、ラサイア姐さんはデュエリストをやめたみたいなのよ」
「何があったんだ? 頂点を極めたから、虚しくなったのか……?」
「ううん、そういうのじゃないと思うんだけど――」
それは、僕も同感だ。
虚しさと言うよりも、幻滅――ラサイアさんから伺えた感情は、それに近い。
いったい、カードデュエルの何に幻滅したのかは良く分からないが。
「私がラサイア姐さんの元を訪れて、ここに下宿するようになったのは八年前――大会終了から一週間後のことなの。
初めて会った時には、すでにやる気をなくしてたみたいなのよ」
つまり、ソニアもその理由は分からないらしい。
おそらく、大会で何かがあったのだろうが――
「それで、なんで前大会のビデオテープが?」
「ラサイア姐さんをライバル視してる、フィーネっていう超有名な女性デュエリストがいるの。
八年前の大会の時点で、若干十三歳の天才だったんだけど……当時十七歳の姐さんに、決勝戦であっさり負けちゃったのよ。
それ以来フィーネはリベンジを誓って、四年間修行したんだけど――次の大会、つまり前大会には、ラサイア姐さんは出場しなかった。
そしてフィーネはあっさり優勝、前大会を制してしまったんだって」
「天才デュエリスト、フィーネか……なるほど」
だいたいのところ、事情が飲み込めてきた気がする。
前大会の優勝者フィーネ――かつて自分を破った相手が出ていない大会で、優勝したのだという。
デュエリストとしての魂を持っている者が、それをラッキーと喜ぶだろうか――
――いや、決してそんなはずはない。
大会に出るほどのデュエリストが、そんな優勝で喜ぶはずがない。
「でもフィーネは、ラサイア姐さんが大会に出場しなかったことで、大激怒しちゃって。
姐さんの出ない大会なんて優勝の価値がないって言って、表彰式にも出なかったって話よ。
そのフィーネが、たぶんビデオテープを送ってきたんだと思う。これを見て、やる気を出せって……」
「そうなのか。そんな事が――」
ラサイアさんは、前々大会の優勝者――それは、その名を知る者からは一目も二目も置かれるはずだ。
一度の大会のみに颯爽と出場し、並外れた力をもって優勝。
それ以後はデュエリストを廃業し、全く表舞台に姿を現わさない――伝説となって当然の人物。
このF-タウンを踏み入れ、最初にデュエルした相手がそんな人物だったとは――それは偶然か、必然か。
「……そうだったのか」
「別に、隠してたわけじゃないんだけどね……いや、隠してたのかな?
大会優勝以来、ストーカーやらドローンやらが姐さんの周囲をウロつくようになったらしいから。
『貴女の触手で、ボクを嫐って下さい〜!』って……そんな連中が押し寄せてきたみたい」
「ドローン?」
「デュエル中に逆レイプされることにハマって、快楽目的にデュエルを繰り返す男のことよ」
「そうか、そんなのが――」
僕は、ラサイアさんの言っていた言葉を思い出していた。
敗北の味を覚えてしまえば、僕もそうなる可能性が高いのだという。
「そういう連中はもうデュエリストとは呼ばれないんだけど、ドローンに対する女性デュエリストの反応は様々。
ゴキブリみたいに嫌う人もいれば、そういう連中をいたぶるのが大好き、っていうSっ気の強い人もいるしね。
初心者の女性デュエリストにとっちゃ、カモそのものの存在だし――」
そう言いながら、ソニアは再生スイッチを押して僕の隣に腰を下ろした。
「有名な女性デュエリストには、いっぱいドローンがついて、カードを何枚も貢いでくれるそうよ。
そういう人達にたっぷり快感を与えて、カードをじっくり搾り取るの。いいなぁ、そういうサキュバスみたいなの。憧れちゃう――」
うっとりした表情で、ソニアは呟いていた。
「ところで、ソニアは……カード強いの?」
「……そういうドローン相手なら、勝てるくらい」
……まるでダメじゃないか。
ドローンってのは、最初から勝つ気のない連中なのだから。
「先週も私のカードテクで、ドローンを一人昇天させてあげたよ。
渚もシてほしかったら言ってね。私のデッキで、イかせてあげるから……♪」
「……」
少しだけ、自制心が緩んだのは内緒だ。
これでは、ドローンなんていう連中を馬鹿になど出来ない。
そうしているうちに――画面には、立派なコロシアムが映し出されていた。
その中心にあるリングで睨み合う男と女――
何回戦かは分からないが、これが前大会の映像。
女性はどこか影のある雰囲気を持つ、黒髪に黒衣の美女だった。
まるで彼女自身が、魔女系のモンスターのようだ。
男の方は――どうでも良さそうな、どこにでもいるような男。
「この女の人、『ネクロマンサー・ルシア』ってアダ名の有名なデュエリストよ。
前々大会では準決勝まで進んだけど、ラサイア姐さんに敗れたんじゃなかったっけ――」
ソニアは画面を眺めながら、そう呟いていた。
男を守るモンスターは華麗な上級種ハーピー一体のみで、もはや敗北は目前にも見える。
「召喚、『腐屍令嬢』――」
ルシアとやらが出したカードから、ゾンビ化した美しい令嬢が現れた。
元は水色だが、黄ばんでしまったドレスを纏った無表情の女性がその場に立つ。
「並びに『屍を統べるネクロマンサー』の特殊能力、集骸(コープス)化を発動――」
「な、なんだあれ……!?」
ルシアが場に出した『腐屍令嬢』は、不気味な巨大モンスターに取り込まれていった。
それは、女の屍ばかりを混ぜ合わせ、融け合わせたような異形の化け物。
アメーバ状の肉の塊から、美しい女性の顔や手足が突き出し、乳房や陰部などが幾つも幾つも備わっている。
「きもちわるっ……! 何、アレ……」
ソニアがそう呟くのも当然。
その屍アメーバは全長十メートルはあるだろう。
そんな粘肉の渦の中で女体が何重にも入り交じり、結合した化け物なのだ。
ピンク色の表面はぐちゅぐちゅと蠢き、手足や顔、胸や陰部もそれぞれが独自に動いている。
あまりにもおぞましいモンスターが、そこにいた。
「合体系のモンスターなのか……さっきのゾンビ系モンスターも、取り込まれてたな」
「うん……取り込めば取り込むほど強くなるモンスターみたい」
そのコープスに取り込まれ、『腐屍令嬢』もすっかり屍アメーバの一部と化してしまったようだ。
おそらくあんな風に、場に出したアンデッドモンスターを次々と取り込み、あのような巨大モンスターを造り出したのだ。
「ひっ……!」
コープスの巨体を前に、対戦相手の男も逃げ腰。
それも当然、あんなおぞましいモンスターに犯されるなど――身の毛もよだつ。
「では――『屍を取り込むコープス』、『ハイ・ハーピー』を攻撃――」
『……』
異形のコープスはナメクジのようにズルズルと地面を這い、ハーピーに迫っていった。
逃げようとするハーピーの足を掴んだのは、異形から突き出した女性の腕。
さらにアメーバ状のボディから無数の細い腕が伸び、ハーピーの全身をわしわしと拘束していく。
そのまま哀れな鳥妖は、コープスの肉の中へと引きずり込まれていった。
『ひ……あ、あぁぁ……!!』
ずぶずぶと腐肉に引き込まれ、ハーピーの首から下が肉の沼にずっぽりと埋まってしまう。
ぐちゅぐちゅぐちゅと不気味な音が響き、ハーピーの顔がみるみる愉悦に染まっていった――
「うわ、あれでも気持ちいいんだ。全身愛撫だもんね……」
「……」
どこか呑気なソニアの感想に、僕はコメントできない。
ハーピーは泣き笑いのような顔で表情を歪め――そして、腐肉のなかに沈み込んでいった。
おそらく絶頂に導かれ、撃破されてしまったのだろう。
これで、男を守るモンスターはもはや存在しない――
「続けて『屍を取り込むコープス』、敵プレイヤーを攻撃――」
なんと、ルシアは行動を終えたはずの『屍を取り込むコープス』に、再度命令を出していた。
それに従い、ズルズルと這い出すコープス。
一体のモンスターが一ターンに動ける回数は、一回のみのはずなのに――
「なんだ、どうなってるんだ……?」
「もしかしたら……取り込んだゾンビ系モンスターの数だけ、行動できるとか……」
「なるほど……」
多分、ソニアの言う通りだ。
だとすると、こいつはとんでもない性能のモンスターということになる。
「ひぃ……!」
迫り来る屍アメーバの前に、対戦相手の男は恐怖の呻きを漏らすしかなかった。
無理もない、相手は余りにも異形すぎる。
「お、俺の負けだ! だから――!」
「……降参は認めません。屍に陵辱され、魂なき肉に精を注ぎなさい――」
「あ、うぁぁぁぁぁぁ――!!」
コープスのアメーバ状ボディから無数の腕がわきわきと伸び、男の全身を拘束してしまった。
そのまま引き摺られるように、異形の中へと引き込まれていく。
悲鳴を上げ、もがきながらもコープスに取り込まれていく男の姿は無惨そのもの。
そして彼の首から下が腐肉に埋まり――全身を肉に捕われ、ぐちゅぐちゅと嫐られ始めた。
「は、う、あっ……! あぁぁぁ……! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
みるみる男の表情が緩み、嫌悪から恍惚へと変化していく。
恐怖の声を漏らしていた口からは、悲鳴の代わりに唾液がたらたらと垂れていた。
「あ〜あ、かわいそう……」
ソニアは、それを見てため息を吐いていた。
「中で、どんな事されてるんだろうね。たくさんの手で体中いじくり回されてるのかな?
ドロドロの肉で、おちんちんとかグチョグチョにされてるのかな? 渚も、ああいうコトされてみたい?」
「いや……」
ソニアの質問に、僕はそう答えるしかなかった。
ちょっといいかも――と思ったのは内緒だ。
やはり、僕はドローンとなってしまう素質十分らしい。
「はう……あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
そして男は快楽の呻きを漏らしながら、びくびくと身を震わせて射精したのだった。
なんとも無惨な、屍肉から生命を吸われるかのような絶頂だった――
「やっぱり、すっごく気持ちよかったんだね。あの人、すぐにイっちゃった。
あんな強いカード、欲しいなぁ。あれで、渚とかイジめ尽くしたいなぁ……」
「……なんで、僕なんだ?」
「だって、イジめたくなる顔してるから……あっ、画面が切り替わったね」
ルシアのデュエルはそこで途切れ、別のデュエルへと画面は切り替わっていた。
その対決ももはや終盤、ここまでの展開は良く分からない。
「ラストばっかりだな。最初から映してくれた方が嬉しいんだけど……」
「これ、プロモーションビデオみたいなものじゃないの?」
ソニアの指摘に、僕は納得していた。
宣伝用に、ハイライトシーンのみを集めたようなものか。
今度の対戦も、やはり女と男。
大会では男同士が戦わないように考慮されている――ということで、序盤は男女での戦いが多くなるのだろう。
女の側は、いかにも清楚そうな紫髪の美女。
まるで大和撫子のような、吹けば飛ぶような雰囲気の女性である。
その周囲には、彼女が召喚した無数のモンスターが控えていた。
それは、全てラミア系の蛇女型モンスター。
色とりどりの蛇女が、リングの上を埋めている。
それに取り囲まれた男は、もはや全てのモンスターを撃破されてしまったようだ。
「ふふ……ハーレムね。嬉しいでしょう? この子達が、一斉に貴方を嫐るのよ?」
「ぐっ……ひと思いにやれ……!」
対戦者の言葉に対し、女性は妖艶な笑みを浮かべた。
その外見の清楚さとはアンバランスな口調と態度に、僕は面食らってしまう。
「さて、どうしようかしら……?」
もはや勝敗は決まっているのに、女性はくすくすと笑うのみ――
「わっ、『蛇使いナイル』だ……」
ソニアの口ぶりからして、おそらく有名なデュエリストなのだろう。
「……ナイル? どんなデュエリストなんだ?」
「前大会の準決勝まで進出した、サディストのデュエリストよ。
ドローン達からも絶大な人気があって、そのシモベも数知れずなんだって――」
ソニアは、そう呟いていた。
確かに、それは大いに分かる気がする。
こんな清楚そうな美女にイジめてもらえるなんて――ゾクゾクするほどだ。
「じゃあ、天国を味わいなさい。全員、敵プレイヤーを攻撃――」
ナイルとやらの指示と同時に、十体を超えるラミアが一斉に男へと襲い掛かっていた。
その下半身の蛇体を男の腕や足、胴に絡め、じっくりと締め上げる――
「あ、あぐぅッ……!」
きつく締められているのだろうか、男は苦悶の声を漏らしていた。
それを眺め、ナイルはくすくすと笑っている。
「ふふ、どうかしら? ラミア達のとぐろで締め上げられた気分は……
最高の気分じゃない? いつまでも、こうやって嫐ってあげようか?」
「う、ぐっ……」
多くのラミアに密着され、その体を蛇体で締め上げられ――男は呻き声を漏らすのみ。
その股間は、もはや限界まで大きくなっている。
「ふふっ、大きくなったわね……ここもいたぶられたい?」
ナイルが指を鳴らすと、ラミアの一匹が男のズボンと下着をずり降ろした。
そして露出するペニスを見て、ナイルは目を細める。
「あらあら、皮被り……『レッドラミア』、剥いてあげなさい」
赤い蛇体を備えた勝ち気そうなラミアが、男のペニスに手を伸ばしていた。
そして、その皮をゆっくりと剥き降ろす――露わになったのは、ピンク色の亀頭。
「ふふ……敏感そうね。イジめがいがあるわ……」
ナイルが笑みを見せると同時に、五体のラミアがペニスを囲むように顔を寄せてきた。
それぞれの口から、先の割れた蛇そのものの舌が現れ――ゆっくりと、ピンク色の亀頭部に伸びていく。
「あ、あああぁぁぁぁ……!」
「舐めてほしい? 想像してみて。この蛇の舌が、ちろちろと貴方の亀頭を這い回るのよ?」
そう囁きかけるナイル。
男の尿道口からは、まだ舌が触れていないにもかかわらず先走り液が垂れる。
「ふふ、もうヨダレを垂らして……『グリーンラミア』、舐め取ってあげなさい」
……ちろっ!
緑の蛇体を持つラミアの舌が、ほんの一瞬だけ男の亀頭を這った。
尿道に浮かぶ先走りの雫を、素早い舌さばきで舐め取ってしまったのだ。
「あうっ……!」
一瞬だけ敏感な箇所に触れた舌の刺激に、男はびくっと体を震わせる。
「ふふっ、気持ちよかった? 次に私が合図をすれば――その敏感な亀頭が、ベロベロに舐められてしまうの。
これだけのラミア達が、亀頭をねちっこく集中攻撃するのよ。貴方はたちまち昇天してしまうわ」
「あ、あぁぁぁ……」
たらり……と、またもや尿道口から雫が垂れる。
「普段のデュエルなら、もっと焦らして嫐って弄んであげるところだけれど――これは大会。ここらでトドメを刺してあげるわ」
嗜虐的な笑みを浮かべ、ナイルは指を鳴らした。
「……みんな、亀頭を舐めてあげて」
「あ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」
じゅるるるる……
びちゃ、ぴちゃぴちゃぴちゃ……!
ちろちろちろちろ……!!
無数の先割れの舌が、ピンク色の敏感そうな亀頭へと襲い掛かる。
それは凄まじい早さでちろちろと表面を這い、舐め回し、嫐り尽くし――
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
そして男は、その強烈な刺激に絶えきれずに絶頂していた。
複数のラミアの舌責めを受けている尿道からびゅくびゅくと精液が迸り、出るのと同じスピードで舐め取られていく。
見てるだけのこちらまでイってしまいそうな、凄まじすぎる責めだ。
「不完全燃焼ね……もっと嫐りたかったわ」
そう呟きながら、ナイルは男の股間にぺっと唾を吐いた。
その泡の浮かぶ唾液の塊は、男の亀頭部にびちゃりと粘りついてしまう――
「うわー、すごいサド。渚も、あんな風にいたぶられてみたい?」
「……」
ソニアの質問に、僕は一瞬だけ黙り込んでしまった。
一度でいいから、あんなことをされてみたい――その心境を見透かしたのか、ただの無邪気な質問なのか。
「……僕はデュエリストだから、快感に屈したくはないよ」
「わっ、模範解答。ホントかなー? すごく羨ましそうな顔してたけど?」
ソニアは、可笑しそうに笑っていた。
「渚を私のカードテクでメチャクチャになるまでいたぶって、ドローンにしてあげようかな?
私のデッキで嫐られることしか考えられない、私専用のドローンに……」
本気なのか冗談なのか、クスクスと笑うソニア。
下半身が反応しないようにつとめるのが大変だ。
そして画面は切り替わり、またも別のデュエルが映し出されていた。
男は例によってどうでもいい顔、女の方は十代後半程度だろうか。いかにも育ちの良さそうな令嬢だ。
やや気が強そうではあるが、申し分のない美女である。
「あっ、この人がフィーネよ。ラサイア姐さんをライバル視してるヒト」
「この女性が、例の――?」
そして彼女が、このビデオテープの送り主。
前々大会では決勝戦でラサイアさんに敗れ、前大会では優勝したデュエリスト――
これは四年前の映像なので、現在は二十歳ちょうどというところか。
「大貿易商の一人娘、フィーネ。スライム使いの天才デュエリストよ」
「スライム使い、か――」
場はもはや勝負は決まり、異様な雰囲気だった。
対戦者である男が召喚したモンスター達、ピクシーや魔女達はあちこちで粘液に絡め取られているのだ。
色とりどりの無数のスライムがフィールドに散らばり、敵モンスターを包んで嫐っている――
そして男自身も、下半身をグリーンの粘体に包み込まれていたのだ。
あれはおそらく、『吸精の蛸』のようにプレイヤーを直接攻撃、毎ターン嫐り続けるタイプのモンスターだろう。
「うぁ、ぐ……!」
剥き出しになった男の肉棒は勃起し、スライムの中に包まれてぐちゅぐちゅと揉み込まれていた。
男を取り込んでいるスライムの中には女性の上半身が浮き、にやにやとサディスティックな笑みを浮かべている。
「さて、勝負は決まりましたね……」
相対する、スライム使いの天才デュエリスト――フィーネは、静かに口を開いていた。
「F-タウンのデュエルにおいて、いっさいの降参は認められていません。なぜだか分かりますか?」
「あ、う……ぐぅ……!」
フィーネの声が聞こえているのかいないのか、男は肉棒をスライムで責め続けられながら必死で射精をこらえている。
「敗者は勝者の目の前で絶頂し、その哀れな敗北の姿をさらさなければならないからです。
さあ、私の前で白濁を――惨めな敗北の証を、漏らしてしまいなさい」
他のモンスターを溶かしていたスライム達が、それぞれ女性の姿を取りながら一斉に男へと群れ寄ってきた。
そして彼女達は男の体に次々としがみつき、その体をドロドロと粘体に変える。
「あ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
無数のスライムに全身を取り付かれ、一斉に嫐りたてられ――あっという間に、男は絶頂していた。
グリーンのスライムに包まれたペニスから、ドクドクと精液が溢れ出すのが分かる。
「す、すごい……」
その羨ましさに――じゃない、恐ろしさに僕は唾を呑み込んでいた。
なんとも恐ろしい、実に強烈で熾烈な攻撃。
あんなの、耐えられるはずがない――これが、大会レベルのデュエル。
「このフィーネっていう女性が、前大会で優勝したんだよな……」
「うん。それも、余裕で――」
ソニアがそう頷く――その次の瞬間に、画面は切り替わっていた。
闘技場からうって変わって、大写しになる女性の姿。
それは先の女性デュエリスト、フィーネだった。
やはり時が経っているので、天才少女デュエリストも二十代前半の美女となっている。
いかにも令嬢といった上品そうな雰囲気と、気の強そうな眼差しが印象的だ。
「この人が、前大会の優勝者……」
「――私は、以前の大会で優勝などしていません」
「え……?」
まるで、僕の言葉に答えたかのようなタイミング――しかし、それはただの偶然。
これは、以前に録画された映像なのである。
画面の向こうで、録画されたフィーネの映像は言葉を続けていた。
「ラサイア……貴女の出ていない大会での優勝など、優勝とは言えないのです。
貴女を破って初めて、私は優勝者としての待遇を受けると――そう誓いました」
フィーネは、画面の向こうから僕達に語りかけてくる。
もっとも――それは、ラサイアさんに向けてのメッセージ。
これを受けるべき本人はそれを見ようともせず、僕にテープを渡したのだ。
「これを見て、少しはやる気が出ましたか? それとも、まだ絶望したままですか?
貴女がいったい、前々大会の優勝パーティーで何を見たのかは知らないけれど――」
……前々大会の優勝パーティー?
そこで、ラサイアさんに何かあったのか?
その優勝パーティーで起きた何かが原因で、ラサイアさんはデュエリストであることを止めたのか?
「私の調べたところによれば、今年の大会にも幾多の新顔の強豪が集まるそうです。
妖精系のデッキを使いこなす者、植物モンスターの使い手、残酷なる蜘蛛使い――などなど。
そんな強者の足音を聞いてなお、貴女の魂には何も響かないのですか?」
フィーネは、ラサイアさんに語りかけを続ける。
しかしその本人は、このビデオを見てもいないのだ。
それを知ったら、フィーネは怒るだろうか。それとも、諦めるだろうか。
戦いに応じようとしないライバルを追い続ける、虚しいデュエリストの姿がそこにはあった。
「今年の大会、当然ながら私も出場します。これは、私からの挑戦状。
この映像を見て、貴女がかつての闘志を取り戻すことを期待しています――では」
そして、画面はぷつっと消えた。
それ以降は、何も映っていない――
おそらくラサイアさんはただ前大会の映像とだけ聞かされ、このメッセージのことは知らなかったのだろう。
「……ラサイアさん、やっぱり大会には出ないのかな」
「出る気はない……って言ってたよ。馬鹿馬鹿しいから出ないって……」
馬鹿馬鹿しい……か。
ラサイアさんは、かつてはカードを愛していたはずだ。
そうでなければ、そこまで強くなれたはずがない。
そして今でも、彼女は確かにデュエリストとしての魂を覗かせるのだ。
フィーネの話では、前々大会の優勝パーティーに出てからラサイアさんの様子が変わったらしいが――
「ソニア……優勝パーティーって、どういうことするのか知ってるか?」
「具体的なことは分からないけど……まず表彰式があって、優勝トロフィーと特別カードが贈られるって話。
その後に、カード協会の会長も同席して優勝パーティーが行われるんだって」
「なるほど……」
優勝記念の特別カードが贈られるのは、どのタウンの大会でも共通。
『深紅の女騎士ヴァルキリアス』も、僕がかつてソードナイト・タウンの大会で優勝した時に贈られたものだ。
これらは例外なくタウン特有の限定レアカードで、非常に強力な力を秘めている。
カード協会の会長が同席してのパーティーというのは――初耳だ。
世界のカード流通や大会運営を取り仕切っているのはカード協会だが、その会長はこのF-タウンにいたのか。
会長自身が優勝パーティーに顔を見せるというのは、このF-タウンを特別視しているせいだろうか。
「そのパーティーの後、ラサイアさんの様子が変になっちゃったんだって。
それで家に戻ったら、大会で使ってた愛用デッキを封印しちゃって――」
「デッキを封印……? じゃあ、ラサイアさんが今使ってるデッキは……?」
「今やってるデュエルはお遊びって言ってるから、やっぱりお遊び用のデッキじゃないの?」
「……!!」
双子をも瞬殺した、あの強力デッキがお遊び用……?
だとすると、大会を勝ち抜いた愛用デッキとはどんなに凄まじいものなんだ……?
そして、その愛用デッキを封印してしまった理由とは――
「ラサイアさんに、何があったんだろうな……」
「う〜ん……」
ソニアはしばし悩んだ後、腕をぽんと叩いた。
「分かった、これは悲しき恋の物語よ。私の想像だけど、ラサイア姐さんには将来を誓った恋人がいたの。
でもその恋人はデュエルで負けるのにハマっちゃって、ドローンになっちゃったのよ。
変わり果てた恋人を前にして、姐さんは絶望。カードを棄ててしまったのよ!」
「……ラサイアさんなら、ドローンになっちゃうような男の方をとっとと棄てそうだけどな」
「うん、私もそんな気がする……」
僕よりも遙かにラサイアさんとの付き合いが長いソニアは、早急に自説を引っ込めた。
「じゃあ、これはどうかな! パーティーで同席したカード協会会長が、若き日のラサイア姐さんに超セクハラ!
『カード協会会長がこんな人だったなんて……!』ってことで、カードデュエル自体にも幻滅したとか……」
「ラサイアさんなら、そのセクハラ会長を叩きのめして話は終わるだろ」
「うん、私もそんな気がする……ってか、カード協会会長って確か、女の人だったっけ」
またしても、あっけなく自説を引っ込めるソニア。
「そうだ、分かった! 優勝記念に贈られた特別カードが、信じられないほどショボかったのよ。それで姐さん、腹を立てて――」
「そんなわけないだろ。ラサイアさん、どれだけ心が狭いんだよ……」
それにあの人ほどのデュエリストなら、むしろ逆だ。
馬鹿馬鹿しくなるほど強力なカードを貰ったのなら、やる気が削がれることもあるだろうが――
「……?」
今、心の中で思ったことが最も答えに近いような気がする。
それでも、核心に近いだけで正解ではないだろう。
これからのデュエルでは、その強力カードを使わなければいいだけの話だ。
なにかもっと深い、カードそのものに絶望する理由があったのである――
「……渚は、大会に出る気なの?」
「そりゃ、当然出たいけど……」
ラサイアさんに打ち勝って『深紅の女騎士ヴァルキリアス』を取り戻すと共に、大会に優勝するのも僕の目的の一つ。
大会には特別な参加資格はない――カード十三枚を含んだデッキさえあれば、誰でも出場できるのだ。
「今年は、私も出てみようかな? カードも足りてるしね」
「……おいおい」
大会は遊びじゃないんだぞ――と言おうとして、やめた。
かく言う僕は十三枚もカードが揃っておらず、このF-タウンのルールではソニアの方が先輩なのである。
「そうと決まれば、さっそくデュエルしよっかな。渚、相手してみる?」
「……遠慮しておくよ」
「じゃあ、ちょっと外に出掛けてくるね。弱そうなヤツ見付けて、デュエル挑んでこよっと」
弱そうな奴じゃダメだろう、強そうな奴に挑まないと――と言うのもやめておいた。
そのままソニアはぱたぱたと部屋から出て行き、たちまち室内は静かになる。
主のいない部屋に残っていても仕方がないので、僕もテープ片手にソニアの部屋を後にしたのだった。
「ありがとうございます、勉強になりました――」
店内のカウンターではラサイアさんが帳簿を付けていたので、僕はビデオテープを返していた。
「そう、それなら良かった。君ももっと強いカードを収集して、腕を磨くことね」
「あの……ソニアから、ラサイアさんの事も聞きました」
「……」
ラサイアさんはペンを握る手を止め、静かにノートから顔を上げる。
「……昔の事よ。一時期、デュエルに熱中した時期があったってだけ」
「何があったんですか!? その大会の優勝パーティーとやらで――」
「そりゃ……あんなもの見せられたら、やる気も失せるわ」
ラサイアさんは静かにそう呟き、そして黙り込んでしまった。
「テープには、フィーネという人からのメッセージが入っていました。
ラサイアさんにも、ぜひ大会に参加してほしいって……」
「馬鹿馬鹿しい……大会なんて出ないわ」
全てを撥ね付けるように、ぴしゃりとラサイアさんは言った。
……矛盾している。
本人はお遊びと言っているが、今でもたまにデュエルを行い――そのおかげで僕は彼女と会ったのだ。
そしてラサイアさんは何かと僕に手を差し伸べ、導いてくれている。
カードデュエルを下らないと思うのならば、馬鹿馬鹿しいと思うのならば、そんなことはしないだろう。
だが――
「渚君も大会に出るのなら、私に構っていないで自身の腕を磨きなさい。
今の君の実力では、一回戦での敗退は間違いないわ」
「……はい」
全ての追求を退けるようなラサイアさんの態度の前に、引き下がらざるを得なかった。
そして僕は、すごすごとその場を後にしたのである。
そして、夜――
今日は仕事もないので、早い時刻に寝ることができる。
しかし、その前に――ラサイアさんに預けていた四枚のカードが、僕の手許へと戻ってきたのだ。
アイリスとダリアから獲得した、レアリティAを含む強力なカード四枚。
さっそくお楽しみタイム……じゃなかった、カードの性能を自分の身で試さなければ。
僕は、いそいそと下着を脱いでいた。
To Be Continued...
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