ゾンビ娘
エレベーターは、地下から研究所1階まで上がるためのものだった。
僕達は1階のホールに出て、周囲を見回す。
病院のような施設だが、内部は荒廃しきっていた。
電灯のほとんどは壊れていて、所内は薄暗い。
当然ながら、人影も全くない。
「これが、メインのエレベーターね。電源が来てないみたい」
沙亜羅は、かちゃかちゃと大型エレベーターのボタンを押す――が、まるで反応はない。
「困ったわね…… って、何してるの？」
「いや、グリーンハーブを見つけたから……」
廊下の隅にあった鉢植えの植物を道具ケースにねじ込む僕を見て、沙亜羅は眉を吊り上げた。
「そんなのは、もっとヒマな時にやりなさいよ！ このハーブフェチ！」
「非常事態だからこそ、ハーブが重要なんじゃないか…… これからもボス戦が何度か控えているだろうし」
「それより、どうするの？ エレベーター動かないわよ？」
「電源を復旧させるか、階段を上るか……」
僕は、こういう場合のセオリーを思い出した。
「とりあえず、階段を探してみよう。結局は電源復旧するハメになるとは思うけどね」
そういう訳で、壁に貼ってあった研究所の案内図を見ながら非常階段に向かった。
「これは…… 通れそうにないわね」
一目見て、ため息をつく沙亜羅。
非常階段は、怪しげな巨大植物が完全に塞いでいたのだ。
「どうする？ 焼いてみるか……？」
「無理ね。これだけの植物を焼却できる火器なんて持ってないわ」
沙亜羅は即断する。
たぶん全ての階の非常階段は、この植物を滅ぼさない限り使えないだろう。
結局、上の階に行くにはエレベーターを復旧させるしかないようだ。
僕は、さっきメモった研究所案内図をファイルから取り出した。
「一階には、電源室があるな……行ってみよう」
こうして、電源室に踏み込む僕と沙亜羅。
例によって部屋の中央には机があり、書類が乱雑に散らばっている。
相変わらず沙亜羅は書類を無視してメインパネルに向かい、僕は机上の書類を丹念にチェックした。
その中に、気になるメモを見つける。
『この研究所の主電源は、B-1A区画と1-B区画のレバーを同時に下ろしてからでないと入らねぇ。
エレベーターを動かすには、それからこの部屋のメインパネルを操作しなきゃならん。全く面倒な研究所だぜ……
P.S. どうも、逃げ出したノビスタドールが所内のどこかに巣を作ってるみたいだ。
ノビスタドールとは、H-ウィルスに適合した女と羽虫が融合した女性型クリーチャー。
ヤツは火に弱いらしく、所員は全員火炎放射器の携帯が義務づけられた…… って、重いな、オイ！』
「なるほど……」
「やっぱり、メインパネルは動かないわ」
僕がメモを読み終えるのと、沙亜羅がそう言うのとは同時。
「いや、作動の方法は分かったよ」
どこかで経験した事のあるやり取り――まあ、いいか。
「B-1A区画と1-B区画のレバーを同時に下げないと、メインの電源は入らないらしい」
僕は、研究所案内図のメモを広げた。
「1-B区画は、この階の西側だな。B-1A区画はさっきの地下1階にあるみたいだ。
ただ、同時にレバーを下ろすってのがクセモノだな……」
「同時にか…… タイミングを合わせなきゃいけないのよね」
「沙亜羅、トランシーバーか何か持ってないか？」
沙亜羅は軽く首を振った。
「完全に単独行動するつもりで来たから、連絡機器の類は持ってないわ。ここじゃ携帯電話も使えないし……」
「時刻を決めて、同時にレバーを下ろすしかないな」
僕は腕計を見た。
――現在、午後9時40分。
「余裕を持って、10時ちょうどにレバーを下ろそう。僕と沙亜羅の時計、ちゃんと時刻合ってるよね？」
僕は、沙亜羅の腕時計に秒針まで時刻を揃えた。
「私は、遠い方のB-1A区画に行くわ。1-B区画は優に任せる。気をつけてね」
「ああ、そっちこそ――」
言うが早いか、沙亜羅は素早く電源室から出て行った。
僕も見取り図を見ながら、1-B区画へ向かう。
約束の10時までは、たっぷりと時間があるはずだ。
途中の部屋を探索しながら、行くとしようか――
1-B区画への通路の両脇には、所員のプライベートルームが並んでいる。
その一つ一つに侵入し、僕は部屋を捜索していった。
中には所員のゾンビがいる事もあったが、いずれも男型だったので容赦なく退治する。
部屋を探索する中で、弾薬やハーブの他に所員のものらしき日記帳を見つけた。
『レイモンドの日記
10月1日
最近、アレクシス所長の様子がおかしい。
3階の集中処置室を占有し、他の所員を出入り禁止にしてしまった。
あんなところに閉じこもって、何をしてるんだろう……？
10月3日
そう言えば、最近アレクサンドラの姿を見ない。
男ばかりの研究所で、唯一の女性所員である彼女の存在は心のオアシスだったのに――
しかもアレクシス所長の娘だけあって、頭脳明晰ときている。
彼女は、どこへ行ってしまったのだろうか。
そう言えば、中央情報局に勤めているというアレクサンドラの妹も見なくなったな。
以前は、所長や姉に会いにちょくちょく来てたのに。
確か、サーラと言ったか。あの娘も可愛かった……
10月7日
アレクシス所長は、めっきり人前に姿を現さなくなった。
前に出くわした時は、鬼気迫る表情だったのが強く印象に残っている。
いったい、何があったのだろうか。心配でならない。
どうでもいいが、最近頭が重くて仕方がない。
10月9日
なんと、ノビスタドールが逃げたという連絡があった。
全員に火炎放射器の携帯が義務付けられたが、あんな重いものを本当に持ち歩いているバカなどいない。
おそらく、みんなロッカーにでも仕舞い込んでしまったのだろう――俺も含めて。
それにしても、クリーチャーの管理は厳重なはず。
独力で逃げたとは考えられない。誰かが――いや、そんな事があるはずないか。
10月11日
とんでもない噂を聞いた。
なんと、アレクサンドラがH-ウィルスに感染してしまったという話だ。
それが事実なら、彼女の突然の失踪も、血相を変えたアレクシス所長も、彼しか入れない集中処置室も――
全てが説明できてしまうのだ。さすがに、単なるヨタ話だろうが。
こんな噂が出回ることからしても、この研究所が奇妙な不安感に包まれているのは間違いない。
平穏な毎日が懐かしい。体調も改善せず、咳が止まらない。
10月14日
地下の廃棄物処理施設から、奇妙な目撃報告が相次いだ。
間違いない、ハンターγやリッカーなどが処理施設まで出ている。
行政には下水処理場として通っているため、非常にマズいようだ。
対処班が向かったが、どうなったのだろうか。
なんで、こんなにクリーチャーの脱走が相次いでるんだ？
こんな管理体制じゃ、H-ウィルスまで……そうなったら、この町は終わりだ。
平穏な毎日がつくづく懐かしい。
10月16日
どうも体調の悪い所員が多いらしい。
俺も、最近はメシの味がしなくなった。それなのに腹は減る。
この症状は、H-ウィルス――いや、まさかな。
平穏な毎日は戻ってくるはずさ。
10月23日
この1週間で、38人もの所員が死んだ。
H-ウィルスに感染した者、クリーチャーに殺された者――
なお、最近はアレクシス所長の姿を誰も見ていない。
悲観して自殺した――そんな噂までが囁かれている。
もう、平凡な日々は戻ってこないようだ。
みんなで笑いながら研究にいそしんだ、そんな日々が懐かしい。
10月28日
何が平穏な日々だ。何がみんなで楽しく研究だ。
俺は、この何十年にやってきた事の意味を思い知った。
俺達が、何を研究・開発してきたのかを思い知った。
平凡な日々なんて、最初からここにはなかった。
ただ、俺達が最初から狂っていただけだ。
体が人間外のモノに変わろうとしているのに、ここへ来て人間の心を取り戻す。
なんと滑稽なのだろう――』
「……」
終わりまで読んで、僕は静かに日記を閉じた。
この部屋のベッドには、拳銃で頭を撃ち抜かれた死体が横たわっていた。
僕がやったわけではなく、その死体にはしっかりと拳銃が握られている。
自分で、自分の頭を撃ち抜いたのだろう。
彼の胸のネームプレートには、レイモンドとあった。
その部屋のロッカーには、携帯用の火炎放射器があった。
僕は、彼の遺品を道具ケースに入れる。
現在の時刻は9時55分。約束の時間まであと少し――
1-B区画まで急がなければ。
1-B区画の小部屋に入り、レバーを発見する。
しばらく時計を凝視し、約束の時間である10時を確認した。
それと同時に、レバーをガチャンと下ろす。
独特の作動音が響き、小部屋に煌々と明かりが点った。
どうやら、主電源が動き始めたようだ。
廊下に出ると、薄暗かった所内はすっかり明るくなっている。
これで、エレベーターも……
ブゥゥゥ――ン……
不意に奇妙な羽音が聞こえた。
「……！？」
僕は、素早くマグナムを構えて周囲を見回す。
ブゥゥゥゥゥ――――ン……！！
排気ダクトから、人間大の虫が飛び出した。
基本的なスタイルは人間だが、腕や足は六本。
背中には、ハエのような大きな羽がある。
その顔は非常に妖艶な女性で、大きく柔らかそうな胸に目を奪われた。
女性型か――！！
こいつが、メモに出てたノビスタドール……！！
「しまった弾切れだぁ！」
マグナムの中には、なぜか一発も残弾が残っていなかった。
まだ一回も使っていないはずなのに……なんか不可解極まりない。
ブゥゥゥ――――ン……！
羽を小刻みに震わせて浮遊したまま、ノビスタドール娘は高速突進してきた。
そのスピードに反応できず、僕は彼女のタックルを受ける。
「くッ……！」
その衝撃で銃を落とし、弾き飛ばされる僕。
廊下に転がる僕を押さえつけるように、ノビスタドール娘はのしかかってくる。
両腕の手首を、六本足の中の両前足ががっしりと掴む。続けて両後ろ足で足首を掴まれた。
僕の四肢を封じて床に押し付け、そのままノビスタドール娘は足を曲げて屈んでくる。
彼女の青い髪がさらりと垂れ、僕の胸をくすぐった。
その綺麗な顔と、大きな乳房から目が離せない。
そして、乳房は僕の股間の真上に――
「ま、まさか……！」
僕が意識し始めた瞬間、ペニスがむくむくと大きくなっていく。
ノビスタドール娘はにやりと目を細め、豊満な胸と股間の距離を縮め始めた。
そして、彼女のピンクの乳首と僕のペニスの先端が、ぴとっと接する。
「あ、ああぁぁぁぁぁ……！！」
その突起の柔らかい感触に、僕は声を上げた。
六本足の中の空いている腕が僕のペニスを掴み、右側の乳房へ擦り付けられていく。
先走り液が、ぬめぬめと彼女の白い乳房に塗り付けられた。
「……」
ノビスタドール娘は無抵抗になった僕を見下ろし、口の端を歪ませる。
再び、キスをするように尿道口と乳首がくっつけられた。
たちまち、彼女の乳首は僕の先走り液でぬるぬるになる。
「ああ、ああぁぁぁぁッ……！」
乳首は僕の亀頭をつつき、擦り回した。
裏筋に沿って柔らかい乳首がつつつ……と這い、僕は快感で表情を歪める。
尿道口を乳首でいじくり回され、手足をじたばたさせてもがく僕。
さらに、愛撫は左側の乳房と乳首に移行した。
左右両方の乳の感触を味あわされる――いや、彼女が左右両方の乳でペニスの感触を味わっているのかもしれない。
にゅぐっ……
彼女の乳首に、僕のペニスが強く押し付けられた。
柔らかい乳首が、亀頭に密着して――
不意に、ペニスに甘く温かい感触が広がってきた。
乳房にめり込んだ部分から乳白色の液体がつつつ……と垂れ、ペニスの表面を伝って陰毛を塗らした。
これは――！？
すっ……と、ノビスタドール娘はペニスから乳首を離す。
僕の肉棒は、乳白色の液体が糸を引いてたっぷりと絡み付いていた。
これは、母乳――？
さらに左側の乳首からも、びちゃびちゃと乳液が迸る。
彼女に組み敷かれていた僕は全身にそのミルクを浴び、口内にまで入ってきた。
その甘美な味に、全身が震える。
に……とノビスタドール娘は笑うと、僕のペニスを左右から乳房で挟み込もうとしてきた。
空いている腕を乳房の左右に沿え、豊満な乳房が迫る――
「あ、ああぁぁぁぁぁッ！！」
僕は、その柔らかい感触に破滅的な恐怖と期待を覚えた。
――ずにゅっ！
僕のペニスは、その豊満な双丘に容赦なく挟み込まれてしまう。
左右からの圧迫感と、柔らかい感触、そして温かい体温――
「うあああぁぁぁッ！！」
むにゅっ、むにゅっ、むにゅっ……
さらにノビスタドール娘は、空いている真ん中の手で自らの乳房を掴んで激しく動かしてきた。
僕のペニスは、彼女の谷間の中でむにゅむにゅと弄ばれる。
「うあッ！ うあッ！ ああぁぁ……！」
きめ細やかな肌がペニスのあちこちに擦り付けられ、ぎゅっぎゅっと左右から挟み込まれていたぶられる。
もう、ダメだ。
このまま、イかされてしまう――
「……」
僕の必死の形相を見て、ノビスタドール娘は射精が近い事を見てとった。
乳房をぎゅっときつく左右から圧迫し、ペニスに圧力を加えてきたのだ。
「う、うぁぁぁぁぁぁ……ッ！！」
彼女の胸で締め付けられ、僕はたちまち限界を迎えた。
どくん、どく、どく、どく……
ノビスタドール娘の胸の谷間から、僕が発射した精液がどろどろと溢れ出す。
僕は最後の一滴までを出し切り、体を弛緩させた。
彼女の胸に、なすすべもなく精液を搾り取られてしまったのだ――
母乳にまみれた僕のペニスが固さを失い、びちゃりと太腿に頭を落とす。
僕の四肢を押さえつけたまま床に組み伏せていたノビスタドール娘は、不意に体勢を変えた。
僕の両手両足をしっかりと抱えたまま、ゴロンと後方に転がったのだ。
今度はノビスタドール娘の腰が床に着き、僕の体が持ち上げられる。
まるで、幼児が高い高いをされるみたいに――
「は、離せ……！」
僕はジタバタともがいた。
ノビスタドール娘は床にぺたんと座り、その六本足のうちの四本で僕の体を子供のように持ち上げているのだ。
そして、真ん中の腕は自らの乳房に沿えている。
僕は、真上からノビスタドール娘を見下ろす格好にされた。
そのまま、彼女は僕の体――いや、ペニスを再び胸に近づけていく。
「やめろぉ……！ あああ……ッ！」
むにゅっ、と異様な体勢で僕はペニスを挟み込まれた。
まるで、強引に彼女の胸部をまたがされているような――
「ああ…… やめてぇ……！」
胸の谷間に再びペニスをうずめさせられ、僕は快楽混じりに抗う。
そんな力も、彼女の乳房に揉み立てられるにつれてたちまち失った。
「き、気持ちいい……」
僕は、たちまち体を彼女に委ねてしまう。
むにゅ、むにゅ、むにゅ、むにゅ……
「あぁ…… もう、出る……！」
不意にノビスタドール娘は四本の足をぐっと伸ばし、胸からペニスを離した。
胸の谷間からペニスの先端に、母乳がねちゃぁ……と糸を引く。
「あ、あ……」
今にも、というところでお預けを食らい、僕は口をぱくぱくさせた。
ノビスタドール娘はにやりと笑い、右乳房に両手を添える。
その可愛らしい乳首が、ぐにぃぃぃぃ……と広がった。
「え……！？ な……！！」
まるで、膣のように広がったノビスタドール娘の乳首。
その中はひくひくと蠢き、乳白色の母乳がねっとりと絡んでいる。
まさか、この中に僕のペニスを――
「あ、あ、ああぁぁ……！」
そして僕のペニスが、ぐぱぁと口を開けた乳首に近づけられていった。
乳首は挿入を待ちわびるように、ひくひく、ひくひくと蠢いている。
そして、その内部では母乳がたっぷりと粘ついて――
「や、やめろぉ……！ やめろぉ……ッ！」
そして亀頭が、ちゅぷ、と乳首に触れた――
今にも、乳首に呑み込まれようとする僕のペニス――
だからこそ、この体勢が逆にチャンスだ。
「このぉぉぉぉッ！！」
僕は思いっきり頭を引き、そのまま頭突きを繰り出した。
その一撃は、ノビスタドール娘の鼻先を直撃する。
人間部分の肉体に食らったダメージ、やはり相当に痛かったのだろう。
左手の拘束が緩み、僕はすかさず懐から拳銃を抜き出した。
そして、彼女の顔面に発砲する――が、ノビスタドール娘はその足を駆使して拳銃弾を素早く弾いた。
恐るべきスピード、この距離でも当てるのは無理か。
おまけに、右手首、右足首、左足首はノビスタドール娘に掴まれたまま――
と思ったら、彼女は僕の体を投げ離した。
――チャンス！！
すかさず着地した僕がショットガンを構えた瞬間、彼女はすでに背後に回り込んでいた。
後ろからの爪の一薙ぎを、僕は前方に飛び退いてかわす。
そのまま、後方へショットガンを発砲――
ブゥゥゥ――――ン……！
ノビスタドール娘は素早く空中で軌道を変え、散弾をも避けた。
「ちぃッ！！」
僕はショットガンを乱射するものの、ことごとくかわされる。
やはり、あの小刻みに動いている羽を封じない事には……
だが、どうやって――！？
「そうか、アレが……！」
すかさず、僕は天井を見上げた。
電源が戻っているのなら、作動するはず――
目の前に迫る、ノビスタドール娘の爪。
僕はそれをなんとか避けながら、天井に向かって拳銃を発砲した。
天井に付いている火災探知機を狙って――
ジリリリリリリリリリリリ……！！
火災報知器が鳴り響き、ただちにスプリンクラーが作動する。
天井からは雨のように水が降り注ぎ、廊下はたちまち水浸しになった。
僕の体も、ノビスタドール娘の体もびしょ濡れになってしまう。
そして、彼女の羽も細かな水滴でぐっしょりと濡れて――
その瞬間、拳銃の先端部分が切り落とされた。
ノビスタドール娘の鋭い爪が一閃したのだ。
「……ッ！！」
さらに、爪での追撃。
反応が間に合わない。首を引き裂かれる――
銃声が轟き、僕に爪を突き立てようとしていたノビスタドール娘が吹っ飛んだ。
彼女の体は車に轢かれたように派手に吹っ飛び、ずしゃりと壁に激突する。
「大丈夫！？」
すかさず、廊下の向こうから駆け寄ってくる沙亜羅。
「ああ、危ないとこだったけど――」
その瞬間、ノビスタドール娘がしゅたっと起き上がった。
沙亜羅はすかさずショットガンを構える。
ノビスタドール娘はその場から飛び立ったが、先程までの機動力は見る影もない。
羽根が濡れて、1/3の速度も出ていないのだ。
ノビスタドール娘は沙亜羅の射線に捉えられ、散弾の直撃を受けた。
力を失って床に落下する妖女に、沙亜羅はとどめの数発を見舞う。
頭部や胸部を破壊され、ノビスタドール娘は絶命した。
「優が単独行動でまともに戦ってるとこ、初めて見た……」
沙亜羅は、顔を合わせるなり失礼な事を言う。
実は一回パイズリでヌかれてます、とは言えないな。
「とりあえず、これで主電源は動いたわね。後はエレベーターか」
「ああ。電源室へ戻ろう――の前に……」
僕はハーブをもしゃもしゃと食べながら、沙亜羅に切り出した。
「拳銃、余ってない？ さっきのヤツに潰されちゃったんで」
沙亜羅は懐から、一挺の拳銃を取り出した。
「グロックだけど、いい？」
「ああ、どうも」
僕は、沙亜羅からグロック17を受け取った。
強化プラスチックをふんだんに用いた扱いやすい優良拳銃だ。
安全性は賛否両論だが、まあ問題ないだろう。
「それと、これもあげる」
沙亜羅は、3つの手榴弾を僕に渡してくれた。
「こっちのが普通のヤツで、こっちのが火薬をかなり減らしてあるヤツ。こっちは火薬大増量の危険品。扱いには注意して」
「自決用？ ヤバくなったら、これで潔く――って訳か？」
「違うわよ。こっから先、どんな敵が出てくるか分からないでしょ」
沙亜羅はプイと横を向く。
これでも、心配してくれているのだ。
余りに可愛くて頭を撫でてやりたくなったが、間違いなく怒られるのでやめておく。
「――じゃあ、電源室へ戻ろうか」
電源室でエレベーターを呼び、そして大型エレベーターへ――
「この研究所は三階建てだけど…… 二階に行く？ 三階に行く？」
エレベーターに乗り、沙亜羅は尋ねてくる。
所員の日記によれば、アレクシス所長の父が閉じこもっていたという集中処置室は三階――
「まずは二階にしよう。下の方から探索するのがセオリーだからな」
「了解、二階ね」
僕の提案に素直に従い、沙亜羅は二階のスィッチを押した。
すぐに一階層上昇し、僕達は二階に立つ。
とりあえず、研究所案内図のメモを広げる僕。
「資料室が近いな、行ってみるか……」
「そうね、何か分かるかも」
こうして僕達は、すぐ近くにある資料室に向かった。
図書室のように、本がずらりと並んでいる部屋――
そういう難しそうな専門書は無視して、僕は机の上を物色した。
例によって、怪しいメモが見つかる。
「所長じきじきのメモか。プラントってのは、あの非常階段を塞いでた植物のオバケだろうな」
「……」
沙亜羅は僕を無視し、別の手記に見入っていた。
その目は見開き、肩がぶるぶると震えている。
「……沙亜羅？」
彼女の手にしている手記を、ひょいと後ろから覗き込む。
『アレクシスの日記
9月30日
アレクサンドラの全身がH-ウィルスに蝕まれ始めた。
今は外見に変化はないものの、彼女の体は遺伝子単位で人間外のものに作り変えられていく。
私は、どうすればいいのか。
10月7日
アレクサンドラは、もうかつての彼女ではない。
完全にH-ウィルスに蝕まれ、さらに逆に取り込んで制御下においてしまった。
ゾンビや、女性型クリーチャーなどとも全く違う存在。
私は、恐ろしい。
10月13日
もう、5人の所員がアレクサンドラに吸い殺された。
これ以上は、肉親の私ですら近寄るのが危険だ。
何もすることが出来ず、ただ集中処置室から距離を置く。
自分をこれほど無力だと感じたことはない。
10月23日
恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。
アレクサンドラは、完全に自我を取り戻した。
人間であったときの記憶を持ちながら、もう娘は以前の彼女ではない。
H-ウィルスをその身で育み、あらゆるクリーチャーの頂点に立つ搾精の女王だ。
私には、もう何も出来ない。ひたすらに恐ろしい』
「沙亜羅……」
僕は、わなわなと震える彼女に声を掛けた。
「何回かここに遊びに来たことがあるし、父さんから手紙ももらったんだ――」
少女は目に涙を溜めながら、くるりとこちらを向く。
どんなクリーチャーも倒してきた彼女が、ひどくか弱く見えた。
「一ヶ月前にも、手紙をもらったんだよ…… 父さんのミスで、姉さんがH-ウィルスに感染したって……
父さんは、命に替えても姉さんの体を治してみせるって……なのに、こんな……」
「沙亜羅……！」
僕は、沙亜羅の肩に手を回してぎゅっと抱き締めた。
少女は、僕の胸の中で震え続けている。
「ずっと、父さんは手紙で言ってたんだ。
自分の研究で、世界を平和にしてみせるって―― みんなが、楽しく暮らせる世界を作るって――」
そう呟きながら、僕の胸で泣き続ける少女。
「でも、父さんが研究してたのはこんなものだったなんて――」
「それでも、君の父さんは頑張ったんだよ。これが平和に繋がるって信じて……」
僕は、沙亜羅の両肩に掌を置いた。
「この手記は、君の父さんが戦った証なんだ――」
「でも、父さんは負けた。多分、もう生きてはいない。そして姉さんは……」
少女はすっと僕から離れると、涙を拭いた。
そして、普段の彼女の瞳に戻る。か弱い少女から、冷酷なエージェントの眼に――
「私は姉さんを――アレクサンドラを殺しに来たの」
「ああ、分かってる」
僕は頷いた。
「アレクサンドラは、ただH-ウィルスを撒き散らすだけの存在。人類にとっての害悪よ」
「ああ、そうなってしまったな」
僕は頷かざるを得ない。
「だから、殺さなきゃいけない――」
「……」
僕は黙り込んだ。
アレクシス所長の妻は、純粋な日本人女性だった。
つまり、アレクサンドラとサーラ――沙亜羅の姉妹は、日米のハーフである。
2人とも、優れた才能を持っていたのだろう。
姉はこの研究所に所員として入り、妹はアメリカ中央情報局（CIA）のエージェントとなった。
その姉と妹が、こんな残酷な運命に――
「兵器庫ってのもこの階でしょ？ そこへ行って弾薬を補給しない？」
平静さを取り戻し、沙亜羅は言った。
「ああ、なんかスゴい武器もあるみたいだしな」
僕も沙亜羅の提案に同意し、二人で兵器庫に向かう。
このまま、姉と妹に殺し合いをさせる訳にはいかない――そう、思いながら。
兵器庫は、まさに弾薬の倉庫だった。
大量の弾薬の中に、僕はとんでもない兵器を発見する。
おそらくこれが、アレクシス所長が用意したという対プラント用の兵器――
――M134『ミニガン』。
六本の銃身が束ねられた、バケモノのような回転式機関銃。
ミニというのは航空機搭載型のバルカン砲に比べてミニというだけで、その全長は1mに達している。
バイ○ハザード的に言えば、『無限ガトリングガン』とした方が通りが良いだろうか。
「これは流石に使えないわね……」
「そんな事ないさ。僕をナメちゃいけない」
僕は、ガトリングガンをよっこらせっと持ち上げた。
「ちょっと……！ 20kg近くある本体に弾丸の分まで合わせたら、どんな重さになるか分かってるの……！？」
「確かに、このままじゃ持ちきれないな。仕方ない、手持ちのハーブを幾つか捨てるか」
僕は持ち物袋から鉢植えのハーブを2つ取り出し、部屋の隅に投棄した。
そして、ガトリングガンを道具ケースにスルリと収める。
「ほら見ろ、持てたじゃないか」
「ちょっと、どうなってるの……！？ なんでこんな鉢植え2つ捨てただけで、ミニガン持てるようになるの……？」
「はっはっは。沙亜羅は、ロケットランチャーを屋内で使用したらどうたらとか、後方排気がどうたらとか言うタイプだろ？」
「何よそれ、意味わかんない…… 優、絶対おかしい……」
はっはっはと笑う僕に対し、沙亜羅はブルブルと首を左右に振った。
「まあいいわ。私もいいモノ見つけたしね」
なぜか誇らしげに、沙亜羅は狙撃銃のバケモノのようなライフルを見せた。
バレットM82――通称、バレットライフル。
人体破壊ではなく、装甲の破壊を目的とした現用最強クラスの破壊力を誇るスナイパーライフルである。
物理的に連続発射は不可能だが、コンクリートを紙キレのごとく貫いてしまう威力は脱帽の一言だ。
こんなモノを振り回すのも、ヒロインとしてどうかと思うが……
とにかく、僕も沙亜羅もこれで武器調達は済んだ。
僕は相変わらず、机の上や引き出しの中の書類をチェックする。
役に立ちそうなメモは、以下の内容が書かれたものだけだった。
『研究メモ No.16756
高等なクリーチャーになると、自らの体組織を自在にコントロールさせる事が可能となるようだ。
筋肉を肥大させたり、他の生物の器官を自らの肉体で再現するといった例がある。
そういう高等クリーチャーを駆除する場合、通常の手段で滅ぼす事は難しい。
肉を無限培養などされた場合、どれだけ体組織を破壊してもキリがないからだ。
そんな連中は、コアと呼ばれる体組織を制御する器官を持っている。
コアといっても人間型をしていて――要はクリーチャー本体だ。
それを破壊すれば滅ぼすことが可能なのだが、当然のごとくコアは厳重にガードされている。
結局、体組織を破壊してコアを引きずり出すしかないというジレンマを克服しなければならない。
現在対応策が協議されている大型プラントの場合、対応手段自体は比較的簡単だ。
焼却すれば体組織は簡単に破壊され、コアを露出させるだろう。
ただし自己防衛の意思を持ったプラントが、大人しく燃やされてくれるはずがない。
幾本ものツタを凶器にし、相当数の所員が死傷することが予想される。
一体、どうしたものだろうか……』
「コア、か……」
メモに目を通し、僕は呟いた。
特にプラント対策に関しては、しっかり頭に叩き込んでおく。
一方、銃器のメンテナンスを終えた沙亜羅は僕に視線をやった。
「で、これからどうするかよね。姉さん……いや、アレクサンドラがどこにいるかも分からないし」
やはり、沙亜羅とアレクサンドラを会わせる訳にはいかない。
「そうだな、地道に探していこう。まずは二階から……」
そう言って、部屋を出ようとした――その瞬間、僕の足にシュルシュルと何かが絡み付いてきた。
これは、植物のツタ――！？
さらに、足に絡んだツタは僕を廊下の向こうに引き込んでいく。
「ちょっと……！」
すかさず、助けに来ようとする沙亜羅。
「来るな！ たぶん、こいつがプラントだ！」
僕は彼女に叫んだ。
ずるずる、ずるずると床を引き摺られながら――
「あの非常階段を塞いでたのも、こいつの一部だ！ 対策を立ててからじゃないと、多分こいつは……！」
みるみる小さくなっていく沙亜羅。
僕の体はずるずると廊下を引き摺られ、その先のホールに引き込まれた。
「こ、これは……！？」
かなり広いホールに引き込まれ、僕は嘆息した。
二階と三階が繋がっている吹き抜けのホールの中央に、10m以上の巨大植物が根を張っていたのだ。
幾本ものツタが周囲をうじゅるうじゅると這い回り、植物自体もにゅるにゅると蠢いている。
その植物の頂点には、子房のようなものが見えた。
「ちっ……！ また、とんでもないヤツだな……！」
僕は沙亜羅に貰ったばかりの拳銃を抜き、植物に向ける――と、いつものアレがやってきた。
「しまった弾切れだぁ！」
という事は、あの巨大植物も女性型――プラント娘か！
僕はすかさず、沙亜羅に渡された手榴弾を――
しゅるしゅるしゅる……！！
僕の体中に、幾本ものツタが巻き付いてきた。
そして、全身を締め上げながらゆっくりと僕の体を持ち上げていく。
「あぁ！ くぅぅぅ……ッ！！」
さらに、ペニスにもツタが絡み付いてきた。
そのツタは蠢きながら、僕のペニスを締め付けて扱き立ててくる。
にゅちゅ、にゅちゅ、にゅちゅ、にゅちゅ……
リズミカルな上下運動と手で握られているような締め付けで、たちまち僕のペニスは大きくなった。
「ああぁぁっ……！」
プラント娘のツタでペニスを嫐られ、僕は抵抗力を失う。
さらに僕の全身に絡み付いたツタも、にゅるにゅると体中を這い回りながら愛撫を開始した。
僕はプラント娘の愛撫でいいように感じさせられ、身をよじらせ続ける。
「あ、ああぁぁぁ……」
しゅるしゅる、くぱぁぁぁ……
不意に、ペニスを嫐っているツタの先端が口のように開いた。
そして、ずぶずぶと僕のペニスを飲み込んでくる。
「あ、あ、やめ……！」
――ちゅっぽん。
ツタは僕のペニスを根元まで咥え込み、うにうにと蠕動を開始した。
「あ、うぁ……！ ああぁぁぁぁッ！！」
まるでバイブレーションにも似た刺激にさらされ、僕のペニスは快感に打ち震える。
うにゅ、うにゅ、うにゅ、うにゅ……
さらに、ツタはペニス全体を激しく吸い立ててきた。
僕のペニスはその吸引を味わい、ずるずると啜られ続ける。
ずずずずずず…… うにゅ、うにゅ、ずずずずず……
「ああああぁぁぁ……！ 気持ちいい……！ もう……！」
射精感が腰全体に広がり、下半身が鈍く痺れてくる。
プラント娘は射精が近い事を察し、ますます淫らにペニスを嫐ってきた。
うにゅうにゅとツタが蠕動するたびに柔らかい内壁がカリを刺激し、その感触で僕は絶頂した。
「あああぁぁぁ！ はぁぁぁぁ……！！」
どくん、どくん、どく、どく……
ツタでペニスを貪られたまま、その内部にドクドクと精液を漏らす僕。
精液はじゅぷじゅぷと吸い上げられていき、ツタの内部を伝わってプラント娘の本体に吸収されていく。
ちゅぽ……とツタは股間から離れ、僕の体はみるみるプラント娘の元に運ばれていった。
その頂点の、子房の方へ――
「あ、ああぁぁぁぁぁ……！！」
拘束されたまま子房を見下ろし、僕は恐怖した。
プラント娘の子房の先はすぼまっており、その頂点に穴が開いていたのだ。
その穴はヒクヒクと蠢き、粘液を垂れ流している。
そしてプラント娘のツタは僕の体を子房の真上に配置し、うつぶせの形で大の字に広げた。
ペニスは下を向きながら屹立し、たらりと先走り液を垂らす。
その真下には、プラント娘の子房が――
このまま僕の体が下に降ろされるだけで、ペニスが子房に咥え込まれてしまう――
「や、やめろぉぉぉぉぉッ！！」
ツタは、ゆっくりと僕の体を降ろし始めた。
ペニスと子房の距離がみるみる縮まっていく。
子房の穴の中はにゅぐにゅぐに蠢き、挿入を待っているかのようだ。
今からあそこにペニスを食べられて、精液を搾り取られてしまう――
「……！！」
僕は覚悟を決めて、右腕に握っていたもののピンを抜いた。
沙亜羅にもらった手榴弾――火薬の一番少ないタイプだ。
手首がしっかり拘束されているので、投げつける事はできない。
これだけはやりたくなかったが、こんな植物に弄ばれるよりは――
手榴弾は、僕の右手に握られたまま爆発した。
破片が飛び散り、僕の腕は吹き飛ばないまでも大ダメージを受ける。
同時に、僕の右手首を束縛していたツタが千切れ飛んだ。
「……ッ！！」
僕は右手を襲う苦痛に耐えながら、そのズタズタの腕でマグナムを抜き出した。
そしてマグナムの銃口を、僕のペニスを咥え込もうとしていた子房の穴にねじ込む。
「お前には、このマグナムで十分だ――！！」
僕はそのまま、何度も引き金を引いた。
マグナム特有の凄まじい反動による衝撃で、腕がもげてしまいそうだ。
4発のマグナム弾を叩き込んだ直後、僕の体はツタによって投げ飛ばされた。
「……ぐッ！ かはッ！！」
僕の体は床に叩き付けられ、その場にぐったりと崩れる。
もう右手なんて千切れそうにブラブラしてるし、胴体なんてしたたかに打ち付けて感覚がない。
これ、もしかして致命傷なんじゃないか――！？
大ダメージを受けたのは、プラント娘も同様のようだ。
子房という無防備かつ重要な器官に4発ものマグナム弾を叩き込まれ、狂ったようにツタを振り回して暴れ回っている。
後の手順は確か……火炎放射器で外皮を焼却して、露出したコアにガトリングガンを食らわせれば――
プラントは狂ったようにツタを振り回しているものの、その動きは滅茶苦茶。
駄々っ子が両腕を振り回しているのと変わらない。
あれだったら、容易に近付いて焼却することが可能――
ただし、体が万全だったらの話。ぶっちゃけ、僕はもう死にそうなんだが。
プラント娘のツタが、勢いをつけて僕に迫ってくる。
まずい！ あと一発でも食らったら、僕は間違いなくあの世行き――
爆発音と共に、僕に振り下ろされようとしていたツタが千切れて吹き飛んだ。
さらに爆発音、同時にプラント娘の体の一部が爆砕する。
あの威力は、バレットライフル――
「ちょっと、大丈夫！？」
吹き抜けの三階から、沙亜羅が飛び降りてきた。
そして、倒れている僕の真横に着地する。
「……って！ 優、これ……！」
僕を一瞥して、沙亜羅はみるみる蒼褪めた。
分かってる、致命傷だ。
「僕の事より、プラント娘を焼き払え！ コアをガトリングガンで吹き飛ばすんだ！」
火炎放射器は、僕の道具ケースにある。
彼女はそれに手を伸ばしつつも、僕の方をちらちらと見た。
明らかに動揺し、心が乱れている。
「で、でも…… このままじゃ優、死んじゃう……」
震える声で呟く沙亜羅。
「君はプロだろう！ 目の前の危機を排除しろ！ 的確に行動を選別し、可能な事を優先するんだ！」
「うん……了解！」
瞬時にして、沙亜羅は少女からエージェントの目に戻る。
そして僕の道具ケースから火炎放射器とガトリングガンをするりと取り出し、同時に構えた。
――こうして客観的に見ると、僕の道具ケースはやっぱりおかしいのかもしれない。
火炎放射器によって周囲に炎が噴き散らされ、熱気が立ち込めた。
たちまちプラント娘の体は炎に包まれ、ツタを無軌道に振り回しながら奇妙な悲鳴を上げる。
その根元を守っていた外皮がぶすぶすと焼け、中から緑髪の少女の姿が露出した。
彼女は体育座りで目を瞑り、ただ静かに座っている――
「あれが本体…… コアね――！」
沙亜羅はすかさずガトリングガンを構えると、コア目掛けて掃射した。
形容しようのない、つんざくような銃声。
掃射を受けた少女は肉塊となり、残る巨大植物部分も断末魔の悲鳴を上げて死に絶えた。
プラント娘を倒したのだ――
「ちょっと……ねぇ、優！ 死なないでよぉ……！」
沙亜羅は勝利の喜びどころではなく、ガトリングガンを投げ捨てて僕にすがりついてきた。
「ねぇ…… お願いだから、こんなところで……」
「ハーブを……」
僕は沙亜羅に訴えた。
「道具ケースに緑と赤を調合したハーブが入っているから、それを僕に……」
「何言ってるのよ、優…… 死の間際までハーブ……？」
沙亜羅は涙をこぼしながらも、道具ケースからハーブを取り出す。
もうどうにでもなれという表情で、それを僕の口に押し込んだ。
「これでいいの？ これで満足……？」
そう言いながら、沙亜羅は涙をポロポロとこぼす。
「う、うう……」
僕はハーブをむしゃむしゃと咀嚼し、そのまま飲み込んだ。
「……危ない危ない、マジで死ぬとこだったよ」
たちまち全快した僕は、むっくり起き上がる。
「え……！？」
瞳をうるうるさせながら泣きじゃくっていた沙亜羅は、一瞬にして目を丸くさせた。
「どうしたんだ？ 死人が生き返ったみたいな顔して……」
僕はゆっくりと起き上がり、右腕をぐるぐると回す。
動きにも問題はない、ばっちり治っているようだ。
「ゆ、優…… あなた、確かに死に掛けて……」
「だから、瀕死で危なかったって。でも、緑＋赤のハーブは全回復だろ」
「み、右腕なんて千切れかけてたじゃない……」
「だから、全回復のハーブだから……」
沙亜羅の肩がふるふると震える。
「何それ、意味わかんない…… 貴方が変なの？ 私がおかしいの？ 分かんなくなってきちゃった……」
「絶対、沙亜羅の方が変だって。なんで長い間CIAにいて、ハーブの事を教わってないんだ？」
「知らないわよ、そんなの！ 百歩譲っても、日本だけの風習でしょ！！」
今度は、僕に食って掛かる沙亜羅。
泣いたり、硬直したり、怒ったり、いろいろ忙しい少女だ。
「まあ、厄介そうなのもやっつけたし、良かったじゃないか……」
僕は彼女をなだめた。
「そうね、なんか大変だったけど――どうしたの？」
沙亜羅は、僕の眉がぴくっと吊り上ったのを見逃さなかった。
僕は、押し殺した声で少女に告げる。
「沙亜羅、ちょっと地下のB-1A区画に行ってもらえないか？」
「B-1A区画って、あのエレベーターのレバーがあったとこ？」
「ああ。ここで派手に暴れたから緊急システムが作動して、電力供給がストップする可能性がある。
エレベーターの動くうちに、もう一回レバーを下げてきてくれないか？」
「そうなの……？ うん、分かった」
彼女は、素直に僕の言葉を信じてくれた。
「じゃあ、行ってくるね――」
「待った、その前にバレットライフルを貸してくれないか？ 代わりに、火炎放射器あげるから」
「武器の交換？ 別にいいけど……なんで？」
僕はバレットライフルを受け取り、その代わりに火炎放射器を渡す。
「僕は、沙亜羅ほど火器の扱いが上手くないから。火炎放射器なんか使ったら、そこらへん火の海だよ」
ぶすぶすと焦げているプラント娘に視線をやる僕。
沙亜羅は、周囲に延焼しないようにしながらヤツを焼却したのだ。
「確かにそうね。優、弱いから」
「弾切れさえなけりゃ、僕も結構やるんだって……」
沙亜羅があっさりと納得した事で、僕は逆に落ち込んだ。
僕、そんなにひ弱そうに見えるのかな？
確かに、女性型にはメチャクチャ弱いんだけど……
自分では、結構やる方だと思ってるんだが。
「じゃあ、B-1A区画に行ってくる。すぐ戻ってくるから、ここで大人しくしてて」
「ああ、そっちこそ気をつけろよ」
「……女性型クリーチャーとエッチしてちゃ駄目だからね」
そう言い残して、沙亜羅はホールから走り去っていった。
「ふぅ……」
沙亜羅が完全に去った後で、僕はため息をついた。
あんなに簡単に人の言う事を信じてたんじゃ、エージェントなんて勤まらないだろうに。
CIAも落ちたもんだ。あの少女の戦闘の腕は超一流だが、エージェントとしての手腕は三流以下……
いや、年齢を考えれば余りに酷な評価か。
それでも、僕と2〜3歳ほどしか変わらないんだけどなぁ……
僕は思考を打ち切って、吹き抜けの三階に呼び掛けた。
「さて、いつまで隠れているつもりです？ アレクシス所長――」
「別に、隠れていたわけではないよ。君達の動向が面白かったものでね」
こつこつと靴音を響かせ、白衣の男が階段を下りてくる。
この男が、アレクシス・ハイゼンベルク。
沙亜羅の父親であり、H-ウィルスを開発した男――
「わざわざサーラをここから追い払ったね」
アレクシスは、僕の前で立ち止まった。
「ええ、いくつか貴方に質問したい事があったもんで。沙亜羅には聞かせたくないし――」
そう言いながら僕は拳銃を抜き、アレクシスに銃口を向ける。
「無粋だね、そんなモノを突きつけないと話もできないのかい？ どこのエージェントだね……？」
そう言いながら、僕をじろじろと眺め回すアレクシス。
「共産圏の人間じゃなさそうだな。日本の公安とも匂いが違うね。――そうか、君もCIAか」
「……ええ」
僕は素直に認めた。
「任務は何だね？ この研究所の破壊かい？ クリーチャーの掃討かい？」
「僕は対クリーチャー戦の訓練なんて受けちゃいない。任務は前者ですよ。
楽裏市警に浸透してから、ここに潜り込むつもりだったのに――」
軽くため息をつく僕。
本当に、なんでこんな事になったのか……
「こんなにクリーチャーが溢れ返ってるって分かってたら、僕みたいな専門外が一人で派遣されてませんよ。
ｸﾘｰﾁｬｰ･ﾊﾝﾄ
本国から、グリーンベレーの『化け物狩り』部隊が一個中隊で出張って来るはずでしょう」
「確かにそうだね。君には迷惑を掛けたみたいだ」
アレクシスは他人事のように言った。
いや、彼にとっては正真正銘の他人事なのだろう。
「僕からも、質問があります」
おもむろに、僕は話を切り出す。
「なぜ、本国の指示を無視してまで研究を続行したんです？」
「やはり君は無粋だね。登山家に、なぜ山に登るかを聞くのかい？」
平然と答えるアレクシス。
「それに君も知っていると思うが、H-ウィルスの研究所はここだけではないよ。
アトランタにある疫病管理予防センター、ロシアのイワノフスキー研究所…… まだまだある。
なぜ、中止の指示を出してきたはずのアメリカ国内でも研究を続けていたのかね？ 君なら、その欺瞞に気付いているだろう？」
僕はアレクシスの言葉を無視し、次の質問を切り出した。
「あんなものを創って、良心が何も痛まなかったんですか？
貴方のミスで娘がウィルスの犠牲になったのに、何とも思わなかったんですか？」
彼の手記には、自らの行動を悔いる言葉は全く無かった。
「……ん？ 娘はウィルスの犠牲になどなってはおらんよ。そうか、君はサーラへの手紙から情報を得たんだな」
アレクシスは静かに腕を組む。
――やはりそうか。
アレクシスが平然と生きているという事は、類推できる事実はたった一つ。
この男が、意図的に――
「あの手紙では伏せていたがね――アレクサンドラには、私がわざとH-ウィルスに感染させたんだよ」
アレクシスはそう告げた。
悪鬼の所業を、まるで誇らしい事のように。
「事前の検査で、あの娘の適応力は格段に高いことが判明したんだ。
だから、予防接種と偽ってウィルスを注入したんだよ。その効果は覿面だった――」
アレクシスは、まるで独演のように自らの研究を語り始めた。
僕は、あの手記を思い出す。
手記を見て、肩を震わせていた沙亜羅の事を思い出す――
『9月30日
アレクサンドラの全身がH-ウィルスに蝕まれ始めた。
今は外見に変化はないものの、彼女の体は遺伝子単位で人間外のものに作り変えられていく。
私は、どうすればいいのか』
「――私は、もうどうすればいいのか分からなかったよ。恐ろしい速さでウィルスと適合していくんだ。
まさに、神の与えてくれた機会だ。これで、実験は完成に大きく近付く――」
『10月7日
アレクサンドラは、もうかつての彼女ではない。
完全にH-ウィルスに蝕まれ、さらに逆に取り込んで制御下においてしまった。
ゾンビや、女性型クリーチャーなどとも全く違う存在。
私は、恐ろしい』
「――アレクサンドラは、人間外の生命体に変貌した。ゾンビや下等なクリーチャーなんてレベルじゃない。
そいつらを支配する、上位の存在だ。怖い、私は怖いよ。この偉大なる研究の成果がね――」
『10月13日
もう、5人の所員がアレクサンドラに吸い殺された。
これ以上は、肉親の私ですら近寄るのが危険だ。
何もすることが出来ず、ただ集中処置室から距離を置く。
自分をこれほど無力だと感じたことはない』
「――ほんの僅かな期間に、彼女は成長を続けた。所員を何人か与えたら、あっという間に吸い尽くしたよ。
でも、新たな問題が生じた。私の身すら危険で、彼女に近付けなくなったんだ。
私は無力感にさいなまれたよ。人類史を覆す研究が完成しようとしているのに、何もする事ができないなんて――」
『10月23日
恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。
アレクサンドラは、完全に自我を取り戻した。
人間であったときの記憶を持ちながら、もう娘は以前の彼女ではない。
H-ウィルスをその身で育み、あらゆるクリーチャーの頂点に立つ搾精の女王だ。
私には、もう何も出来ない。ひたすらに恐ろしい』
「――もう、ひたすらに震えたよ。私の研究成果が、世界を変える。
コペルニクスもニュートンもアインシュタインも、怖かったんじゃないかな？ 自分の発見が。
自分の研究が世界を塗り替えるなんて……！ 私は余りの愉悦に怯えていたよ！
それでいて、実にもどかしいんだ！ もう、彼女の動向を見守ることしかできないんだから――！」
「――もういい。気分が悪くなる」
僕は嫌悪感を覚えた。そんなに、自分の所業が誇らしいか。
「それで、研究成就のお祝いにH-ウィルスをバラ撒いたんですか？」
「いやいやいや…… 適合者を見つける、いい方法を考え付いたんだよ。
アレクサンドラに白羽の矢を立てた時のような、遺伝子検査では手間が掛かりすぎるからね……」
「……ッ！」
全てを理解した僕は、思わず唇を噛んだ。
この男は――！
「だから、私は思いついた。いっその事、自然淘汰に任せてみるんだ。
大々的にH-ウィルスを撒き、周囲の住民達に感染させてみるんだよ」
アレクシスは両手を大きく広げ、観衆たる僕に講演を続ける。
「適合しない者はウィルスによって淘汰され、中途半端な適合者は完全な適合者に淘汰される。
より優れた適合者だけが残っていくシステムさ。いやいや、自然ってのは上手くできてる――」
僕は唇を噛みつつ、狂気の男に質問を続けた。
「沙亜羅への手紙に書いてたのは何です？ 『自分の研究で、世界を平和にしてみせる』んじゃなかったんですか？」
「平和にしてみせるさ、嘘じゃないよ。黒人と黄色人種、それにユダヤ人を生物兵器で根絶やしにすればいい。
1978年、南アフリカのローデシアでの実験はその意味でも有意義だった。ほら、ニガー共が随分と死んだだろう？」
「『みんなが、楽しく暮らせる世界を作る』んじゃなかったんですか？」
「ああ…… 適合者のみんながね。非適合者は適合者の糧となるんだ。実に合理的だろう？」
「……」
僕は、拳銃の引き金を引いた。
発射された拳銃弾が、アレクシスの眉間を撃ち抜く。
彼の体は、後方に三歩ほどよろけた。
「すまないが……それ位じゃ倒れてはやれないね。私、実はもう人間じゃないんだよ……」
「最初から、誰もあんたを人間だと思っちゃいないさ――」
僕は素早くマグナムに持ち替え、アレクシスの頭部にマグナム弾を叩き込む。
「――とっくの昔から人間じゃないですよ、あんたは」
「そうかね。それは恐れ入る」
マグナム弾の直撃を受け、頭部を爆砕させるアレクシス。
それでも、彼は平然と喋り続けている。
僕は、そのままマグナムを連射した。
この男を、沙亜羅に会わせる訳にはいかない――
「……それでは無理だよ、全然ダメだ」
右肩にマグナム弾を受けて血飛沫が弾け、右手が吹き飛ぶ。
左足への銃弾は左太腿のほとんどを飛散させ、左足がべちゃりと千切れて床に落ちた。
それでも、アレクシスは倒れない。
「無理だと言っているのに…… 実証しなければ気が済まないかね？ 君も科学者向きかもしれないな」
腹に大穴が開き、内臓を飛び散らせるアレクシス。
僕は、ひたすらに弾丸を叩き込む。
マガジンを入れ替え、何発も何発も――
アレクシスの体は血まみれのボロ雑巾のようになり、ずしゃりと床に崩れ落ちた。
「君のおかげで、人間の体はもうダメだな。こっちに着替えようか――」
どくん、どくん、どくん……
奇妙な心音と共に、脈動するアレクシスの屍。
その体が、徐々に肥大していく。
めりめりと人間の皮を突き破り、その下から化け物の筋肉が現れる。
その体は、アレクシスの元々の身長や体格を完全に超越して膨れ上がった。
10m以上、この吹き抜けホールの天井に頭が届くほどの勢いで――
「どうだ……？ アレクサンドラに完全な適合能力があった以上、遺伝子が近い私にもある程度の適合力はあるのだよ……！」
筋肉の塊――ゴリラのような頑強な体格。
そして、大地から響くかのような声。
その体のあちこちに、30を越える無数の眼がぱちぱちと開く。
「見たまえ、これが生物としての完成形だ！ 頑強な筋肉の鎧は、いかなる火器でもキズ一つ付ける事は不可能！」
「……醜悪だよ」
僕はアレクシスの頭部にマグナムの銃口を向け、引き金を引く。
確かに眉間に命中したはずなのに、アレクシスは身じろぎすらしない。
「そして、生物としての頂点を極めたパワー！！」
アレクシスは右拳を振り上げ、そのまま僕に叩きつけてきた。
「……！！」
とっさに後方に飛び退く僕。
コンクリートの床は紙細工のように砕け、階下への大穴が開いた。
「どうだ！？ これが生物の頂点だ！！ H-ウィルスに適合した者のみが到達できる至高の肉体だ！！」
そのまま、アレクシスはぶんぶんと両腕を振り回した。
壁が崩れ、天井が壊れる。
僕は素早く階段の陰に飛び込み、アレクシスの顔面にマグナム弾を叩き込んだ。
その直後、僕が隠れた階段が拳の一撃で粉砕される。
「はははァ！ 無駄だと行ってるだろう！ そらそら、逃げろ逃げろ……」
遮蔽物から遮蔽物へと移動しながら、アレクシスの巨体を狙い撃つ僕。
しかしアレクシスに何のダメージもないどころか、素早く僕の居場所を捕捉してくる。
アレクシスの全身に開いた眼がぎょろりと動き、僕の位置を把握してくるのだ。
「ふふはははははァ！ この眼が、飾りだとでも思ったかァ――！！」
アレクシスは拳を横に薙ぎ、僕の隠れていた柱を砕いた。
「ほら、どうしたぁ！？ 隠れる場所が無くなっていくぞォ！！」
――やはり、この男は馬鹿だ。
科学者としては天才だったかもしれないが、戦闘に関しては素人以下だ。
例え頂点の肉体だろうが、それでも生物を超越などしちゃいないのだから――
僕は沙亜羅から譲り受けたバレットライフルを構え、アレクシスの右肩に開く眼を正確に狙撃した。
びちゃっ！と血が飛び散り、右肩部分の眼が潰れる。
「な…… 何だとォッ！？」
「その眼は飾りじゃないんでしょう？ 自分で言っていたんじゃないですか」
僕は素早く位置を変え、なおもバレットライフルの銃口をアレクシスに向ける。
次は、背中にある眼――
いかなる生物であろうとも、眼を防護する事は不可能だ。
眼に装甲が入ってしまえば、それだけで『眼』の役割を果たす事は不可能。
『眼』が『眼』である限り、そこはどうしても弱点になってしまう。
そしてこの男は、愚かにも自分からその弱点を増やしたのだ。
やはりこいつは、野生動物だけを主眼に研究してきた男。
人間相手に戦うというのが、どういう事なのかまるで分かっていない――
「ぐ……！ がぁぁぁぁぁぁッ！！」
背中の眼、ついで右太腿の眼を潰され、アレクシスは絶叫した。
筋肉の鎧は確かに強力だが、その鎧は隙間だらけなのだ。
眼を潰したバレットライフルの規格外の弾丸は、そのまま眼穴から皮下に入り込んで体組織を潰していく。
さらに僕は、アレクシスの巨体に並ぶ眼に次々と弾丸を叩き込んだ。
「ぐっ…… このぉ…… 小虫がァァァァッ！！」
先程より遥かに鈍い動きで、アレクシスは僕を握り潰そうと手を伸ばしてくる。
「まさか、体の大小で優劣が決まるとでも？
野生動物やクリーチャー相手ならともかく、僕は知識を持った人間なんですよ？」
かなりのダメージを受けているので、アレクシスの敏捷性は完全に失われている。
それこそ、蝿を相手に巨象が鼻を振り回すようなものだ。
僕はその一撃を軽く避け、隙だらけになったアレクシスの右腕――そこにぎょろりと開いている眼に、ずぶりと右手を突き入れた。
「ぐッ……！ 何をッ……！？」
僕の右腕に握られているのは、沙亜羅から受け取った火薬大増量の手榴弾。
それをアレクシスの右腕内部にねじ込み、そのままピンを引き抜く。
僕は素早く後方に飛び退き、柱の陰に飛び込んだ。
「な……！？ がぁぁぁぁぁぁッ！！」
大爆音が響き、アレクシスの右腕が派手に爆砕する。
ヤツの右肘から下が消失し、粘性の高い血液がどろどろと溢れ出した。
いかに鎧のような筋肉を誇ろうが、内部から破壊されてはどうしようもない。
「ぐ、ぐがぁぁぁぁぁぁ！ ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ！！」
消失した右腕を振り回し、狂ったように暴れ回るアレクシス。
その胸がめりめりと裂け、にゅるんと人影が飛び出した。
化け物の血に汚れている人影――それは、人間形態のアレクシスそのものだった。
「着ぐるみの劣化が激しくなって、それ以上着ていられなくなりましたか？」
僕は、床にぺたんとへたばるアレクシスに拳銃を向ける。
これが、この生物の頂点と自称したクリーチャーのコア――アレクシスの本体。
「ひ、ひぃぃぃぃッ！」
頭に突きつけられている拳銃を見据え、小動物のように怯えの色を浮かべるアレクシス。
その反応からして、この本体の強度は人間と何も変わらない事が明白。
アレクシスが散々に誇った頑強な肉体は、このコアの背後で抜けガラとなって横たわっている。
「な、なぁ…… 命だけは助けてくれないか！？」
アレクシスは、僕の足元にすがり付いてくる。
「そうだ、君にも無敵の肉体をやろう。沙亜羅も君にあげよう。だから、命だけは……！」
――良かった。
やっぱり、この期に及んでもこいつは人間じゃない。
これで、心置きなく殺せる。
「言ったでしょう、あんたを沙亜羅と会わす訳にはいかない――」
僕は、そのまま拳銃の引き金を引いた。
パン、という乾いた銃声が響く。
弾丸がアレクシスの脳の貫通し、彼はずしゃりと横たわった。
「――彼女は、まだあんたを人間だと信じているんだから」
アレクシスの屍は床に横たわり、そしてぶすぶすと気化していった。
こうして、狂気の科学者はチリに還る。
こんな男でも、人の親だっただろうに――
「ちょっと…… レバー下がってなかったよ？」
アレクシスを殺して間もなく、沙亜羅はホールに戻ってきた。
……結構ギリギリだったな。
沙亜羅はホールに転がる10m以上の巨体に視線をやり、仰天した。
「な、なに…… これ……！？」
「ああ、ただの化け物だよ。もうやっつけたけど」
僕はあっさりと答える。
「か、怪獣……？ あなた弱っちいのに、よくこんなの倒したわね……」
「ひどいなぁ。弾切れさえなけりゃ、これでも結構やる方なんだぜ」
そう言いながら、僕はハーブをもしゃもしゃと食べる。
本当にしつこいが、僕の下半身は警察署からずっと露出したままだ。
「またハーブ……！ そんなに好きなの？」
「好きっていうか、ボス戦後の体力回復だよ」
そう言いながら、沙亜羅に緑×3の配合ハーブを渡す。
「ほら、沙亜羅も持ってた方がいい」
「私は食べないわよ、こんなの！」
「僕にとっての、もしもの為だよ。さっきのプラント娘戦みたいに僕が大ダメージを受けた時、食わせてくれ」
「分かったけど…… 私は絶対に食べないからね」
沙亜羅は嫌そうに言った。
「あと、アレクサンドラの居場所が分かったわ。三階の集中処置室よ」
沙亜羅は、所員の手記をピラピラと示す。
「そうか、三階か……」
ここまで来れば、隠し通す事はできないだろう。
三階、集中処置室で待つアレクサンドラ――彼女は、僕達の接近も知っているはずだ。
彼女は、あらゆるH-ウィルスに感染したクリーチャーを従える女王なのだから。
「じゃあ、行くか……」
「うん、行こうか」
気負いを感じない応答――それでいながら、互いの緊張は隠しきれない。
僕と沙亜羅はホールを出て、三階の集中処置室に向かった。
沙亜羅の姉――そして、全てのクリーチャーを統括する女王の元へ。