カードデュエリスト渚


 

 「さて、どうしようか……」

 『深紅の女騎士ヴァルキリアス』の奪還を誓ったはいいが、現実的なことも考えていかなければならない。

 とりあえず、デッキを整えて――いや、それよりもまず宿泊先の確保だ。

 デュエルの戦利品として得たカードを売って滞在費用にしようと思っていたが、そう甘い状況でもないらしい。

 それどころか、金を払ってカードを買い足すことすら考えなければいけない有様なのだ。

 とりあえず、宿とバイト先を探すとするか――

 

 「う〜ん……」

 人の流れに沿ってあてもなく大通りを進みながら、僕はうなり声を上げていた。

 格好の良いことを散々に言いながらも、デュエリストからデュエルを取ったらただの社会不適合者。

 僕も十五歳だから仕方ないかもしれないが、多少のバイト経験しかない。

 こんな僕が、働ける所となると――カードショップか、酒場。

 カードショップは、当然ながらカードの知識や経験が物を言う。

 ……とは言え、このF-タウンのカードは、知識どころかルールさえ把握していない僕だった。

 そして酒場にはデュエリストが集う以上、同じようなデュエル経験者が店員として向いている。

 問題は、まだ十五歳の僕が酒場で雇ってもらえるか――

 まあデュエリストの中には未成年も多いし、交流のために酒場へ出入りしている少年少女さえいる。

 アルコールは厳禁だが、酒場で情報を集める未成年デュエリストだって珍しいものではないのだ。

 

 「……と、酒場か」

 ちょうど都合良く、酒場の看板が目に付いた。

 店名は『BAR 神薙』、カンナギ――と読むのだろうか。意味は分からないし、大した意味もないのだろう。

 しかも――都合の良いことに、店員募集の報せが壁に貼ってあった。

 さらに都合の良いことに、「流れのデュエリスト歓迎。住み込み部屋も支給」とある。

 これは、行ってみるしかあるまい――ということで、まだ開店していない酒場のドアを開ける僕だった。

 それにしても、バイトの面接はなぜこんなに緊張するのだろうか。

 デュエル大会の決勝戦の方がまだマシなくらいだ――

 

 カラカラと鈴が鳴るドアを押し開けると、まさに内装は場末の酒場。

 丸椅子が五つほど並ぶカウンター席の後ろに、大きなテーブルが三つ。

 二十人程度が入れるくらいの、そう大きくもない酒場だ。

 そしてカウンター内でコップを磨いていたのは、店主らしき若い女性――

 

 「まだ開店前よ。それとも、就職希望かしら……あら?」

 カウンター内で顔を上げた姉御肌の女性――それは、なんとラサイアだった。

 最初にデュエルを挑み、レアカードを奪い去っていったデュエリスト――何の偶然か、彼女と思わぬ形で再会したのである。

 「君は……早くも『深紅の女騎士ヴァルキリアス』を取り返しに来たようには見えないわね。

  やっぱり……就職希望なのかしら?」

 「は、はい……そうです」

 僕は思わぬ偶然に驚きつつも、こくりと頷いていた。

 「そう――じゃあ採用よ」

 そして、あっさりと告げてしまうラサイア。

 僕は拍子抜けし、ぽかんと口を開けてしまった。

 「えっ……? まだ、面接も何も……」

 「ここは、デュエリストの集まる酒場。カードを愛していること、デュエリストの誇りを持っていることが従業員の条件よ。

  この二つを、面接するまでもなくクリアしているのは分かっているわ」

 「ど、どうも……」

 つまり……さっきのデュエルが、面接代わりの役割を果たしたというわけか。

 あのデュエルで、僕は『深紅の女騎士ヴァルキリアス』を失った。

 失ったものは確かに大きい――が、得たものもまた大きかったのだ。

 奪還にかけた深い闘志と、そしてラサイアの信頼を得ていたのである。

 「部屋はうちのを間借りする? それとも、別にアテがあるのかしら?」

 「いえ、お借りさせて頂きます……」

 願ってもいない待遇。

 これは単なる親切ではなく――デュエリスト同士、確かに心を通わせ合ったからだ。

 だからこそラサイアは、僕を全面的に信頼することに決めたのだろう。

 あそこでレアカードを惜しんでいたなら――おそらくラサイアは、僕をデュエリストとして認めなかったはず。

 「じゃあ、まず荷物置いてきて。そこにある階段を上がると、左手に二つドアが並んでるわ。

  その左側が君の新しい部屋ね。ちなみに右側は、同じくここに間借りしてるバイトの部屋。今は遊びに行ってるけどね」

 なるほど……どうやら、僕以外にもう一人バイトが居るようだ。

 果たしてどんな人物なのだろうか、親しみやすい人だったらいいのだが――

 「店主の私と、住み込みバイトのその娘と――開店してから八年、ずっと二人でやってきたんだけどね。

  最近は客も多くなって、二人じゃきつくなってきたのよ。ところで、君の名前は?」

 「はい……秋雨渚です」

 僕は名前を告げた後、荷物を置きに自室へと向かったのだった。

 こうして僕は、『BAR 神薙』という働き先と宿泊先を同時に手に入れたのである。

 これも、デュエルが繋いだ人の縁と言えるだろう。

 

 

 

 「……まあ、だいたい覚えてもらいたいのはこんなところ。雑用ばかりだけど、最初のうちはこの程度ね」

 「……はい、分かりました」

 皿洗いや、テーブルの拭き方――そういう、下働きの技術を一通り教わる僕。

 カクテルの作り方などは、まだまだ先の話のようだ。

 「開店時間は午後六時、準備はその十分前までに済ませること――」

 そう言いながら、ラサイア――いや、勤め先の店主である以上、呼び捨てのわけにはいくまい。

 ラサイアさんは、壁に掛けている時計をちらりと見た。

 現在時刻は午後五時、開店まで一時間近く間がある。

 「さてと……このF-タウンでのカードデュエルの話を聞きたい?」

 「は、はい……!」

 僕は思わず、カウンターテーブルの上に身を乗り出しそうになってた。

 「じゃあ、まず……君の手持ちのカードを見せて」

 「はい、これで全部ですけど……」

 愛用デッキから一枚失った十二枚と、予備の十枚。

 それを、ラサイアさんに手渡す。

 「これもレアリティAね。これもA、Bもこんなに――やっぱり渚君、相当のデュエリストね。でも……」

 一枚一枚に視線をやりながら、ラサイアさんはカードの束の中から三枚のカードを抜き出した。

 『癒しと安らぎのアルラウネ』、『風刃のシルフ』、そして魔法カードの『光の封陣』の三枚。

 この抜き出された三枚のカードが何を意味しているか、僕はすぐに悟っていた。

 「……君の手持ちの中で、F-タウンでも使えるのは、この三枚だけだわ」

 「こ、これだけですか……」

 『癒しと安らぎのアルラウネ』と『風刃のシルフ』のレアリティはC、いわゆるノーマルの中級カードだ。

 『光の封陣』はモンスター召喚カードではなく補助効果を備えた魔法カードで、レアリティはD、下級にあたる。

 強い弱い以前に、手持ちが三枚ではデュエルを行うことは不可能だ。

 通常デュエルで十三枚、簡易デュエルでも六枚が必要なのである。

 「このF-タウンじゃ六枚の簡易デュエルも盛んだから、まずそれだけ揃えないと」

 「……じゃあ、あと三枚手に入れなければいけませんね」

 そもそも枚数不足でデュエルが出来ない以上、買い足すより他に方法はない。

 カードは高値で売ることができ、腕のいいデュエリストはそれだけで暮らすことも出来る以上――買値も、相応に高いのだ。

 しばらくは、このお店で働いてお金を貯めなければいけないようだ。

 

 「ところで、F-タウンでのルールのことだけど。一般的なルールと違っている部分が多いのは痛感したわね?」

 「はい……」

 それは、大いに実感したことだった。

 最初にデュエルを行ったのが、ラサイアさんであったことが幸い。

 モラルのない初心者狩りのような連中が相手だったら、目も当てられないような事態になっていただろう。

 「ここと他のタウンで共通するルールのうち、最も重要なのは何だと思う?」

 僕にカードを返しながら、そう尋ねてくるラサイアさん。

 まるで、面接を受けているような気分だ。

 「場に敵モンスターが召喚されている場合は、まずそれを片付けないと敵プレイヤーを攻撃できない――ですかね」

 少し考え、僕は答える。

 逆に言えば、こちらも場に出ている召喚モンスターがやられたらプレイヤーが直に狙われるのだ。

 「……うん、良いところに目を付けたわね」

 「でもここのルールだと、自分のモンスターが倒された時のダメージはプレイヤーのライフポイントを削らない。だから……」

 そもそも、ライフポイントという概念がないのだ。

 敵モンスターは相手モンスターを攻撃して、イかせて、それで終わり。

 それだけでは、プレイヤーにはなんらダメージを与えられない。

 「まず敵モンスターを片付けた後で、プレイヤーに直接攻撃するしか勝利する方法はないということですね」

 「その通り、良く分かってるわね。

  一般的なルールみたいに、敵モンスターを撃破したダメージで敵プレイヤーのポイントを削るというシステムはないの。

  とにかく敵モンスターを片付けて、敵プレイヤーを直接狙っていくという流れになるのよ」

 「なるほど……」

 「そして、一般ルールと全く異なる点――ここでは、攻撃力と防御力の概念はないの。

  各カードには、一回の攻撃につきどれだけの時間、どんな愛撫を繰り出すかが設定されているのよ。例えば――」

 ラサイアは、腰のホルスターから一枚のカードを取り出した。

 『ダークスキュラ』――さっきのデュエルで、僕をイかせたカードだ。

 「この『ダークスキュラ』だと、一回の攻撃につき30秒の間、触手愛撫を繰り出すのよ。

  渚君とのデュエル時は『レディローパー』の触手を受け継いだ強化状態だったから、より心地よい触手愛撫が45秒間ね」

 「なるほど……」

 つまりあの時に射精を45秒こらえることができたら、ラサイアさんのターンエンドとなって僕にターンが回ってきたわけだ。

 あれを45秒間――そんなの、耐えられるわけがないが。

 「そして、この『深紅の女騎士ヴァルキリアス』だと――」

 ラサイアさんは、『深紅の女騎士ヴァルキリアス』のカードを取り出した。

 「さっき自分に試してみたんだけど、しなやかな手技で2分も全身をまさぐられたわ。

  あまりの上手さに、もう何回イったか分からないくらい。さっき汚れた下着を替えたところよ……」

 「じ、自分に……」

 ラサイアさんの艶めかしい口調に、僕は思わず唾を呑み込んでしまった。

 つい、下半身は反応を始めてしまう。

 「……あら、失礼。はしたない発言だったわね。

  こういうタウンにずっといると、そこらへんに無頓着になってしまうの」

 ラサイアは軽く息を吐き、話を続けた。

 「まあ、そういうF-タウン特有の攻撃システムは理解したかしら?

  具体的な数値は、特に設定されていないのよ。カード同士の相性も大きく関わってくるしね」

 「相性、ですか……」

 それを知るためには、やはり経験を積まなければ始まらないのだろう。

 「他にも、場に出ている複数のモンスターが一体のターゲットを連携攻撃するということもできるの。

  連携を行うモンスター同士の相性が良かった場合、より強力な連携攻撃が繰り出せるわ。

  この連携攻撃も考えてデッキを構築する、というのも覚えておいて」

 「はい……」

 二体や三体がかりで、一体の敵を襲う――これも、他のタウンでは聞いたこともないルールだ。

 これを上手く使えば、より上位のカードを下位のカードの組み合わせで破ることもできるだろう。

 逆に言えば、上位のカードも下位のカードに食われてしまうということもあるのだ――

 「このタウンでも、カードのレベルアップはあるんですか?」

 「ええ、それはどこのタウンでも同じね」

 このカードは、不思議な魔力のこもったカード。

 デュエルの経験を積ませていると、カード自身もより上位種のモンスターにレベルアップすることがあるのだ。

 激戦であればあるほどレベルアップする可能性も高まり、大会などでは一戦ごとに強化される例も珍しくない。

 だから負けて一枚を失っても、他のカードがレベルアップして結果的に戦力増強になったということさえある。

 このタウンでもカードの成長があるということは、やはりデュエルを繰り返す意義は高いということだ。

 

 「ま……だいたいそんなところかしら。カードの方も、店での仕事と同じく下積みからね。とにかく経験を重ねることが重要だわ」

 「ええ、そうですね……」

 「とは言え、ちゃんと相手は選びなさい。明らかに手強そうな相手とは、絶対に戦わないこと。

  自分が初心者であることを忘れないようにね」

 「はい……」

 強い者から逃げるというのは気が進まないが、今の僕はシロウト同然なのだ。

 ここはとにかく簡易デュエルを行えるだけのカードを買い揃え、後はひたすら特訓――

 と――唐突に、カラカラ音を立ててドアが開いた。

 まだ時刻は五時半、開店前のはず――ということは、もう一人のバイトだろうか。

 「あれ……まだ、開店前だよね?」

 僕の姿を認め、現れた少女はきょとんとした表情を浮かべていた。

 おそらく僕と同年代、セミショートの可愛らしい女の子だ。

 いかにも元気溌剌そうな、健康的な雰囲気の少女である。

 「今日からこの店で働くことになった、秋雨渚君よ」

 「えっ、同僚……?」

 少女は僕の前にすたすたと小走りで歩み寄り、にっこり微笑んだ。

 「私、ソニア。よろしくね」

 「うん、よろしく……」

 同僚のバイトとは、どんな人物なのか――今まで抱いていた不安は、一気に吹き飛んでしまった。

 店主のラサイアさんは優しくて立派な女性、同僚の女の子も可愛く親しみやすそうだ。

 これで住み込み――文句なく、素晴らしい職場である。

 多少仕事がキツいとしても、これなら我慢できるだろう。

 

 「ソニア。渚君も、デュエリストなのよ」

 「えっ、そうなの……?」

 ソニアの明るい顔が、さらにぱっと明るくなった。

 「私もラサイア姐さんに憧れて、デュエリストになったの。時間あるから、さっそくデュエルしようよ――」

 「それが、その……枚数が足りなくて……」

 楽しそうなソニアに対し、僕は浮かない返答をするしかなかった。

 「デュエリストなのに、枚数が足りないの? どういうこと?」

 「実は彼、このタウンに来たばっかりなの。それで――」

 ラサイアさんは、ソニアにこれまでのいきさつを説明する。

 「ふ〜ん、災難だったね。いや、ラッキーだったのかな?」

 ソニアは、軽く首を斜めにさせる。

 明らかに、幸運だっただろう。最初にデュエルを行ったのがラサイアさんでなかったら、どうなっていたか分からない。

 「……ラサイア姐さんの触手責め、気持ちよかったでしょ?」

 ソニアは僕の耳元に唇を寄せ、そっと囁いてきた。

 「え、あ……!?」

 「枚数が揃ったら、私ともデュエルしようね!」

 動揺する僕にそう言い残し、ソニアはぱたぱたと自室に戻っていった。

 もうそろそろ開店時間も近い、着替えなどの準備があるのだろう。

 

 「……見て分かる通り、悪い子じゃないわ。

  このタウンで育ったから、そういう面での恥じらいがないけどね……」

 ソニアが二階へと消えた後、ラサイアさんはしみじみとため息を吐いた。

 「ソニアの、デュエリストとしての腕前は……まあ、頑張っているのは認めるわ」

 つまりは――あんまり強くないということか。

 かくいう僕もこのF-タウンでは初心者、決して偉そうなことは言えないが。

 「……あ、そうか。だから最初に男のデュエリストに勝負を挑んだ時、デュエルを拒絶されたんだ」

 僕はあらためて、その理由に思い至っていた。

 男同士のデュエルは、あまり精神的に心地よい光景ではない。

 「そんな事があったのね。このタウンでは、男同士のデュエルはごく一部の例外を除いて行われない。

  大会の時でも、男同士が対戦することのないようよう組み合わせに配慮がなされているのよ」

 「なるほど……それでも、限界がありませんか?

  初戦のうちは男女を上手く振り分けても、勝ち上がった男同士がぶつかることもあるでしょう」

 「……ここで一つ、渚君には辛い事実を教えないといけないわね」

 ラサイアさんはそう前置きし、ゆっくりと言葉を続けた。

 「男性は、ほとんどF-タウンでの大会を勝ち抜けない。過去最高記録でも、準々決勝進出――だったかしら?」

 「えっ!? なぜ、そんな……」

 「男と女では、絶頂への道筋が違う――男性の方が、明らかにイきやすいの。

  男性と女性がデュエルする時点で、最初から対等な勝負じゃないのよ。この理屈、分かるよね?」

 「は、はい……」

 僕は、頷かざるをえなかった。

 女性が絶頂を我慢するよりも、男性が絶頂を我慢する方が遙かに困難だろう。

 「そういうわけで、男性デュエリストは重いハンデを背負っているわ。

  カードの中にも、男性のみに高い効果を発揮するモンスターや魔法も少なくないのよ」

 「……」

 衝撃の事実――だが、全て納得はいく。

 そして、これを聞かされた程度で萎えてしまう者はデュエリストとは言えない。

 「……じゃあ、僕がF-タウンで最初の大会優勝者になってみせます」

 「ええ、その意気は立派。そのためにも、一歩一歩着実に進んでいきなさい」

 微笑んで頷きながら、ラサイアさんは僕にエプロンを差し出した。

 もうすぐ午後五時、開店時間――そういうことだ。

 こうして、僕の初仕事が始まるのである。

 

 

 

 「きゃ〜! マスター、この子新顔? 可愛い〜♪」

 「お持ち帰りした〜い! お持ち帰り〜!」

 「レイア、うちの従業員を勝手に持ち帰らないでくれる? 渚君、これ2番テーブル」

 「私、酔っぱらっちゃった……チューしてあげる」

 「君もデュエリストか、少年。ならば良いことを教えてやろう。全体攻撃が行えるカードも存在するという話だ」

 「あ、太腿にお酒こぼしちゃった。ボク、拭いてくれるかな……?」

 「まだ年若い双子のデュエリストが、この界隈に現れるらしいわよ。かなりの腕みたいね」

 「ボク、デュエリストなの? お姉さんとデュエルしようか、うふふ……」

 「渚君、ちょっとこの布巾洗ってきて」

 「このタウンでの大会は、他のタウンと同じく四年に一回開催されるの。前回は四年前――そして、今年は大会が開かれる年なのよ」

 「その歳で社会勉強か……感心感心。どれ、チップをやろう」

 「ねえ君、今度の日曜ヒマ? 私と遊びに行こうか?」

 「前大会の準決勝まで進んだ『蛇使いのナイル』が、獲物を求めているらしいぞ」

 「あれ? これ注文と違うよ?」

 「ねぇ、ボウヤ……私を家まで送っていってくれない? あら、仕事中なんだ」

 「カードをこつこつ育てていくとなれば、やっぱり妖精系だな。最初は弱くても、成長度が段違いだ」

 「今日は飲むぞー! 君も付き合ってよ。ジュースでいいからさ」

 

 ――そんなこんなで、閉店時間の零時。

 初仕事は非常に疲れたが、決して不快ではなかった。

 客層は、九割方が若いお姉さん。残る一割は、いかにもデュエリストといった風貌の男性達。

 他のタウンでは彼らが酒場の主役なのだが、このタウンではなんとも肩身が狭そうだ。

 ともかく、幾つかの有益な情報も得ることが出来たのである――

 

 

 

 「なによ、デレデレしちゃって……」

 閉店後の後片付け中――

 開店前の明るい雰囲気とは打って変わり、ソニアはなぜか不機嫌そうだ。

 「あんなにデレデレしてたら、仕事にならないんだから」

 そう言い残して片付けを終え、ソニアは足早に自室へと戻ってしまったのである。

 僕はぽかんとした表情を浮かべながら、ラサイアさんと共にカウンター内に残された。

 もしかして、これは陰湿な同僚いびりなのだろうか――

 「同僚いじめ、なんでしょうか……」

 「どう見てもフラグじゃない。渚君、カード以外のことにはまるで無頓着なのね」

 訳の分からないことを呟き、ラサイアさんは深く息を吐いたのだった。

 

 「じゃあ、おやすみなさい――」

 後片付けも済み、僕はラサイアさんに告げる。

 閉店の片付けに三十分、もうすっかり遅い。

 「別に今日すぐとは言わないけれど、手持ちのカードの特質をチェックしておきなさいね。

  自分のカードの攻撃方法を知らないと、勝てるデュエルも勝てないわ。」

 「チェック、というと……?」

 「自分に対してカードを使用し、その攻撃を受けてみるのよ」

 ラサイアさんは、驚くべき事をさらりと言った。

 それは、つまり――

 「まあ、ゆっくり楽しみなさい。あまりのめり込まないようにね……」

 くすくすと笑いながら、ラサイアさんはカウンターに座ってノートを取り出した。

 店主である彼女には、まだまだ幾つか仕事があるのだろう。

 「は、はい……おやすみなさい……」

 「ご苦労様、ゆっくり休んでね」

 僕はそう挨拶を交わし、自室に戻ったのだった。

 

 

 

 さて――

 借り部屋の布団の上で、僕はあぐらをかいていた。

 目の前に並べたのは三枚のカード、『癒しと安らぎのアルラウネ』、『風刃のシルフ』、そして魔法カードの『光の封陣』。

 『光の封陣』は一ターンの間、敵モンスター一体を行動不能にする魔法カード。

 そして、『癒しと安らぎのアルラウネ』と『風刃のシルフ』はモンスター召喚カードである。

 この二枚のカードの特質をチェックしておけと、そうラサイアさんは言ったのだ。

 モンスターの攻撃を自身に受けてみるとは――つまり、そういうことだ。

 そう言えばラサイアさんは、入手した『深紅の女騎士ヴァルキリアス』のカードもさっそく試したと言っていた。

 このF-タウンにおいては、自分の身でカードの攻撃を受け、その攻撃技能を確かめておくのは基本なのだろう。

 

 「……そりゃそうだよな。デュエリストたるもの、カードの性質は知っておかないと。断じて邪な気持ちじゃないぞ、うん……」

 沸き上がる胸の高鳴りを抑えながら、僕はズボンと下着をそそくさと脱ぐ。

 こうして準備を整え――そして、手持ちのカードを自分に対して使用することにしたのだった。

 

 『癒しと安らぎのアルラウネ』を試す

 『風刃のシルフ』を試す

 『光の封陣』を試す

 

 

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