妖魔の城


 

 「あっ。こんなとこにいたんだ、優――」

 「え……? さ、沙亜羅……?」

 薄暗い地下道から、豪華な宮殿の廊下に出た僕。

 敷き詰められた赤絨毯、一定のスペースで並ぶ大理石の柱――

 そんな場所で僕は、探し求めていたはずの少女とまさかの邂逅を果たしていた。

 アステーラとかいうサキュバスに捕らえられたはずの沙亜羅が、唐突に姿を見せたのだ。

 「……どうなってるんだ? 捕まったんじゃなかったのか?」

 「うん……アステーラとかいう奴に捕まったんだけど……そいつ、隙だらけだったから。

  逆にブチのめして、なんとか脱出したのよ」

 余裕綽々の表情で、胸を張る沙亜羅。

 「……そうなのか?」

 「弱い奴だったから、助かったわ。さあ、とっとと先へ進みましょ」

 「……」

 訝しむ僕に対し、普段通りの態度で先を促す沙亜羅。

 しかし――僕は、妙な違和感を抱いていた。

 

 「……どうしたのよ、優。ぼんやりしてる場合じゃないでしょ? ここは敵地だってことを忘れてない?」

 沙亜羅は目をぱちくりさせ、怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな彼女に対し、僕は――

 

 無事に再開できたことを、安堵していた

 躊躇なく、沙亜羅に銃口を向けていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いくらなんでも、だまされるはずがないだろ――」

 沙亜羅の眼前へと、おもむろに銃口を突きつける僕。

 そのきょとんとした顔めがけて、そのまま発砲していた。

 「わっ……ちょっと!」

 身を反らして弾丸を避けつつ、沙亜羅は抗議の声を上げる。

 「いきなり、何するのよ! 殺す気なの、優!?」

 「……僕の名前まで知ってるってことは、外見だけ化けただけじゃないみたいだな」

 背後に飛び退く沙亜羅に対し、さらに銃弾を撃ち込む僕。

 しかし少女はバク転で身を避けながら、素早く距離を置いていた。

 その動きは、どこか野生じみたもの。

 沙亜羅の訓練された動きとは、全く違ったものだった。

 「ふふっ……」

 そして、着地と同時に浮かべた妖艶な笑み――これも、沙亜羅のものとは全く違う。

 沙亜羅の姿でありながら、そいつはサキュバス特有の嗜虐めいた笑みを浮かべたのだ。

 「……あら、あっさりバレちゃったんだ。せっかく、大切な娘の姿で楽しませてあげようと思ったのに……」

 「この広い城で、いきなり会えるなんて……そんな、うまい話があるわけないだろ」

 仮に沙亜羅が脱出に成功したとして、どうやって僕の居場所が分かるのか。

 この広い城で、こんなにあっさり合流できるわけがない。

 それよりも何よりも、本物の沙亜羅だったら、再開した瞬間にもっと文句を言うはずだ。

 助けが遅いとか、どこをほっつき歩いていた、とか――

 ここぞツンデレの本領発揮とばかりに、僕に発言を許さないくらい文句を並べるはず。

 いっさい憎まれ口を叩かない沙亜羅など、逆に気味が悪い。

 

 「私はマルガレーテ様の僕、アステーラ……カメレオン型の淫魔よ」

 沙亜羅の姿のまま、沙亜羅の口調でそいつは言った。

 アステーラ――やはり、沙亜羅を捕まえた奴の名前。

 「カメレオン型……つまり、変身能力か?」

 「ええ。私の能力は、擬態などといったチャチなものではないわ……」

 不意に、沙亜羅の姿がバチバチとノイズに包まれていく。

 その小さなシルエットが変化し、体格まで変わり――

 たちまちそいつは、メイド服姿の美女となっていた。

 長い緑色の髪に、成熟した女特有の色気。年齢は二十代の半ばほど、沙亜羅とは似ても似つかない豊満な美女だ。

 これがおそらく、アステーラとやらの本当の姿。

 「やっぱり、少し違和感があったかしら? 私の変身は、外見だけじゃなく性格や記憶まで似せられるのだけれど――

  本人からスキャンした時間が短かったから、外見以外のコピーは中途半端だったみたいね」

 その妖艶な舌が、ちろり……と唇を舐めた。

 色っぽい唇が、唾液でぬらぬらと光っている。

 男を誘うような、妖しい口許だ。

 「なるほど……口調も沙亜羅そっくりだったわけだ」

 つまり時間さえあれば、内面も完璧に化けられたということか。

 すると、沙亜羅は――

 「沙亜羅の身柄は、お前よりも偉い奴に引き渡されたってとこかな……?」

 「ええ……よく分かったわね。あなたの大切なあの子は、マルガレーテ様に御献上したわ。

  安心しなさい、マルガレーテ様は美しい者や輝ける才能を愛するお方。

  あの娘の身に、危害が加えられることはないはずよ」

 くすり……と妖しく微笑みながら、アステーラは告げる。

 「……」

 おそらく、それは事実だろう。

 沙亜羅の身に危険が迫っていることをほのめかして、僕の動揺を誘うのならともかく――

 こんな嘘を吐いても、アステーラには何のメリットもないのだ。

 馬鹿正直に、僕を安堵させてくれた――このサキュバスには、感謝しなければいけない。

 おかげで、焦りがちだった僕に平常心が戻ってきたのだ。

 

 「じゃあ……さっさとお前を片付けて、助けにいかないとな」

 すかさず、眼前のアステーラに発砲する僕。

 しかし彼女は軽く跳躍して銃撃を避け――そして、そのまま天井にぴたりと着地した。

 まるで両掌と両足に吸盤でもあるかのように、四肢をくっつけて天井に張り付いたのだ。

 そのまま、アステーラは唇を舌でチロチロと舐める。

 外見は人の姿をしていながら、いかにも野獣めいた動作だ。

 「そういうわけで、あの沙亜羅という娘の記憶を、少しばかりスキャンさせてもらったから……

  なんとかいう淫魔や男とは知り合ったばかり、その四人でここに乗り込んできたことも知っているわ。

  何も分からないのは、あなたの素性――詳しくは、あの娘も知らなかったみたいね」

 「……」

 「記憶を解析できたのは、この城に侵入する前後のやり取りだけなんだけど――

  それにしても、あなたの行動や言動はちぐはぐで不可解なのよ。

  元々あなたは、何をするつもりだったの? このノイエンドルフ城に忍び込むつもりだった?

  その割には、沙亜羅が入ることには反対してる。それでいながら、自身は潜入の準備を済ませている――どういうことかしら?」

 「……だから、何なんだ? 人間の個人的事情なんて、淫魔のお前に関係あるのか?」

 それにしても、よく喋る奴だ。

 ……まあ、実際のところ好都合なんだが。

 

 「私、人間観察が好きなのよ。特に、あなたみたいな変わった人間はね。

  私が思うに……あなたは、元々は一人でこの城に入るつもりじゃなかったのかしら?

  軽く周囲を偵察した後、適当に言いつくろって沙亜羅のみ帰らせるつもりだった。

  それから、自分だけで単独潜入する計画だったのではないかしら……?

  しかし余計な二人に会ったせいで予定が狂い、沙亜羅までこの城に潜入することになってしまった……」

 「……面白い推理だね。いっそ、サキュバス探偵なんて新ジャンルを開拓するのはどうかな?」

 僕の軽口には取り合わず、アステーラはなおも話を続ける。

 「結果的に、四人で乗り込むハメになったのだけれど……本来、あなたは一人で乗り込むつもりだった。

  この妖魔の城に、人間がたった一人で――そこまでする目的は、いったい何なのかしら?

  沙亜羅の記憶を、そのまま信じるのは難しいようねぇ。あなたは、相当に嘘吐きなようだから」

 「……別に。嘘は言ってないよ」

 ただ、言っていないことが多いだけだ。

 「ふふっ……とんだ狸ねぇ。私の想像では――おそらく、あなたは何らかの組織に属している。

  沙亜羅と一緒に、H-ウィルスとやらを破棄して世界を回りながら――あなたは、その組織のために働いている。

  H-ウィルスの駆除も、その組織の指示なのかしら……?」

 「……」

 驚くほど的を射た推測に、僕は黙り込んでしまった。

 こいつ、H-ウィルスのことも知っている。事情に詳しく、そして勘も鋭い――

 アステーラは単なる給仕ではなく、ヴェロニカ研究所とノイエンドルフ城との窓口的役割を担っているのかもしれない。

 

 「あら? もう軽口は叩かないの? もしかして、かなり図星だったのかしら……?」

 アステーラは、にやりと笑う。

 「もう一つ、核心を突いてあげるわ。あなたの任務、この城に来た目的――それは女王七淫魔の一人、マルガレーテ様の暗殺ね」

 「……!」

 正確には、城主の名前など聞いていなかった。

 それは任務を行使する上で、特に必要のない情報だからだ。

 しかし、任務の内容は的中。

 人間界に災厄をもたらす存在、ノイエンドルフ城の城主を暗殺すること――それが、今回の僕の仕事。

 人類の叡智をもって、人外の女王を消す――それが使命。

 「ふふっ、私には分かるわ……あなたは、何か切り札を持っているようね。

  マルガレーテ様を暗殺するため、持ち込んだ切り札……いったい、何なのかしら?」

 「……」

 こいつ、本当に勘が鋭い。

 おそらく、この城に潜入してからの戦いを遠隔視能力か何かで見ていたのだ。

 そして僕の様子から、まだ『何か』を隠しているのに気付いた――

 「……安心しなよ、お前程度には使わないから」

 僕は、そう言うのがやっとだった。

 「……ええ、そう言うと思ったわ。あなたがこの城に来てから、何度か相当に追い詰められたけど――

  それでも、その『切り札』を使わなかったものね。もしかしたら、一度しか使えないようなものなのかしら?

  ちっぽけな人間が手にした、強力な毒針……それが何か、すっごく興味があるわ。ぜひ、見せてくれないかしら?」

 「……興味本位で見たがるのはオススメしないよ。『あれ』を使ったら最後、お前ごとき一瞬で消し炭だ」

 それは、女王クラスの淫魔を抹殺するための切り札――こんな下っ端に使うわけにはいかないのだ。

 「それは凄いわねぇ。なんらかの魔術道具かしら……その割には、あなたからは魔法の匂いはしない。

  ふふ……意地でも見せてもらうわよ。あなたを追い詰めてね……!」

 天井に張り付いたまま、アステーラは口を開け――不意にその口内から、舌が鞭のように飛び出してきた。

 「……!」

 伸びるというよりは、発射されるといった方が相応しい舌先。

 一瞬の隙をついて沙亜羅を捕らえた、あの舌での攻撃だ。

 しかし、油断していたならまだしも――こんな直線的な攻撃を、まともに食らってしまう僕ではない。

 その舌の軌道を読みながら、僕は――

 

 腕で軽く受け止めた

 触れるのは危険、素早く身を避けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ッ!」

 その舌先を、僕は素早く避けていた。

 直線的な動作なので、回避は非常に簡単だ。

 「あら、かわしたのね。それでも……私の舌は、あなたを追い続けるわ」

 「ああ、そう……」

 避けた僕を追うように、舌の軌道が変わった。

 まるで追尾するかのように、しゅるしゅると僕に迫ってくるのだ。

 どうやら、アステーラの舌は伸縮が自在らしい。

 身を翻して回避する僕を、舌先がしつこく追いかけてくる。

 

 「ほーら、ほらほら……捕まってしまうわよ……」

 天井に張り付いたまま、舌を伸ばして余裕綽々のアステーラ。

 柱の間を縫い、廊下を駆けても――それでも、舌はしつこく追ってくる。

 そして、逃げる一方の僕――いや、ただ逃げているだけで良かったのだ。

 「ふふっ……そうやって、いつまで逃げ続けているつもり?

  確かあなたは、ここに来るまでに随分とスタミナを消費していたはずよねぇ……?」

 「いや――さっきの長話の間に、ずいぶんと体を休めたんだけどね。

  こんなのんびりしたペースでいいなら、あと二時間は逃げ続けられるよ」

 ……やはり、こいつは馬鹿だ。

 何のために、あの長話に付き合ってやったとでも思っているのか。

 おまけに、この直線的で読みやすい攻撃――

 五条すばるの化け物めいた動きに比べれば、あくびが出てしまいそうだ。

 

 「ああもう……早く捕まってしまいなさい。ぱっくり食べてあげるから……」

 焦れてきたのか、アステーラの余裕はあっという間に消え失せた。

 その舌は伸びに伸び、周囲一面に広がる勢い。

 しかも柱の間を縫って逃げる僕を単純に追い続けたから、舌が徐々に絡まり始める。

 「ちょ、ちょっと……ああ、もう……」

 舌を周囲一面に絡ませながら、いかにも動きづらそうなアステーラ。

 複数の柱の間で舌が絡まり、目茶苦茶にもつれ合い、収拾の取れない状態だ。

 

 「さあ、そろそろかな……?」

 舌の追尾も止まり――僕は余裕を持って、道具入れからグレネードランチャーを取り出した。

 ――五条すばるの言った通り、こいつはまるで大したことのない相手。しかも馬鹿だ。

 そのまま弾薬を装填し、安全装置を解除。

 そして、その銃口を天井に張り付いたままうろたえるアステーラに向ける。

 「ちょっと……卑怯よ、こんなの――」

 「なにが卑怯だ、ただの自滅だろ?」

 弾薬は装填したばかり、弾切れは起きない。

 そのまま僕は、躊躇なく引き金を引いた。

 ぼしゅっ……という音と共に、火炎榴弾が発射される。

 それは白煙を引きながら、アステーラの張り付いている天井へと着弾し――

 「あ……きゃぁぁぁぁぁぁッ!!」

 その体が、ぼわっと炎に包まれた。

 そのままアステーラは、殺虫剤を食らったゴキブリのように天井から床へと落ちてしまう。

 「あぁ……熱、あつ……ぁぁぁぁぁぁ……!」

 炎にくるまれながら、悲鳴を上げてゴロゴロと転がるアステーラ。

 それでも、さすがは人間以上の肉体を持つ淫魔。

 ぶすぶすと身を焦がされながらも、死には至らなかったようだ。

 見苦しく廊下を転がり、何とか火を消し止め――アステーラは、ふらふらと立ち上がろうとした。

 「……しぶといな」

 明らかにダメージは大きく、隙だらけのアステーラ――そんな彼女に、僕は再び銃口を向ける。

 「あ……ひぃぃぃぃっ!!!」

 その刹那、彼女のつんざくような悲鳴が響き渡った。

 頬や額が焦げついた顔は恐怖に染まり、へなへなとその場にへたり込んでしまう。

 無様に尻餅をつきながら、アステーラはずるずると後ずさった。

 「や、やめて……た、たすけて、命だけは……」

 「……」

 僕を油断させようとする演技か――?

 いや、目を見れば分かる。

 この目は、怯えきった負け犬の目だ。

 卑屈ともいえる態度で全面恭順を表し、己の生命保持をはかる態度そのもの。

 先ほどまでの余裕は嘘のように消え失せ、ただ懇願するような目で僕を見上げている。

 僕は溜め息を吐き、グレネードランチャーを下ろした。

 その瞬間、アステーラの表情に安堵が広がる。

 それは隙を見出した狩人の顔ではなく、命を拾った負け犬の顔だった。

 

 「沙亜羅が今、どこにいるか分かるか?」

 「……し、知らないわ」

 「あっ、そう……じゃあ、さよなら」

 あらためて、アステーラにグレネードランチャーを向ける僕。

 たちまち、彼女の表情が強張った。

 「ま、待って……本当に知らないの! マルガレーテ様に差し上げてから、どこへ連れて行かれたのか……

  で、でも……マルガレーテ様に捧げられた上質の獲物は、遊覧の間へ運ばれることになっているのよ。

  だからたぶん、そこでじっくりと愛でられているはず……」

 「遊覧の間……それは、どこにあるんだ?」

 「そこの扉から出た先に大階段があるから、それを上がって大広間を右手よ……」

 いかにも卑屈な眼差しで、必死に説明するアステーラ。

 そこに、本当に沙亜羅がいるのか定かではないが――彼女とて、これ以上は知らないようだ。

 「お願い……これだけ喋ったんだから、命だけは助けて……

  もう、あなたの邪魔はしないからぁ……ねぇ、お願い……」

 僕の足下で卑屈にひれ伏しながら、必死で命乞いをするアステーラ。

 なんだか、彼女が哀れになってしまった。

 「……次に邪魔をしてきたら、殺すから。いいね?」

 そう言って、僕は彼女へと背を向けた。

 後ろを見せているにもかかわらず、アステーラに攻撃してくる気配はない。

 殺気や怒り、屈辱などは全く伝わってこず、ただ命だけは助かったという安堵のみ。

 こいつは、たったあれだけの戦いで心に恐怖を刻み込んでしまったのだ。

 軽い気持ちで戦いに臨み、言葉通り大火傷を負わされたという鮮烈な体験。

 もう彼女は、僕に抵抗するようなことなどないだろう――

 「……」

 怯えきったアステーラを放置し、僕はその場を後にしていた。

 

 

 

 大階段を上がると、そこはダンスパーティができるほど広大で華美な大広間だった。

 そしてアステーラの言った通り、右手には大きな扉がある。

 「ここだな……」

 これが、遊覧の間へと続く扉。

 この向こうに、もしかしたら沙亜羅がいるかもしれない。

 僕は、その取っ手へと手を掛けていた――

 

 「……!?」

 不意に、ぞわぞわと背筋がざわめく。

 扉に触れた瞬間の、凄まじい悪寒。

 この向こうに、とんでもない化け物がいるとでもいうような――

 「まさか……マルガレーテが……?」

 この扉の向こうに、この城の主がいてもおかしくない――

 いや、アステーラの話からすれば、マルガレーテが沙亜羅と一緒にいて当然なのだ。

 「……ッ!」

 僕は覚悟を決め、遊覧の間の扉を開けた――

 

 「さ、沙亜羅――!?」

 そこにいたのは、沙亜羅と――そして彼女を背後から抱きすくめる、メイド姿の綺麗なサキュバスだった。

 赤絨毯の敷き詰められた、そう広くない部屋。

 拷問用具らしいあやしげな器具や、用途の分からない機械――それらの真ん中に、二人はいた。

 メイド姿の綺麗なサキュバスが椅子に座り、その膝の上に沙亜羅を座らせている。

 しかも沙亜羅の下半身は一糸まとわぬ姿にされ、サキュバスの翼によってM字に広げられていた。

 そして淫魔の細い両手は、沙亜羅の陰部を淫らにまさぐっているのだ。

 「ゆ、優……?」

 精も根も尽き果てた表情で、沙亜羅はゆっくりと僕の方を見る。

 夢うつつのような、上気しきった表情だ。

 視線をやるのがやっと――というほど脱力し、その体は汗だく。

 そして沙亜羅の股間は、大量の愛液でドロドロになっていた。

 おそらく、あのサキュバスの愛撫で、何度も何度も強制的に絶頂させられたらしい。

 「やだ、見ないで……んん……」

 サキュバスの手がなまめかしく動き、沙亜羅の言葉を掠れさせる。

 あまりに淫らな光景、そして部屋にこもった甘い女の匂い――

 僕は、魂を奪われたかのように立ち竦んでしまった。

 

 「な、何を――」

 「……お待ちしておりました、深山優様ですね――」

 沙亜羅の肩越しに、メイド服姿の淫魔は呼び掛けてきた。

 非常に整った容姿、それでいてどこか無表情な――そんな、不思議なサキュバスだ。

 待っていた――ということは、僕がここに辿り着くのは織り込み済みだったということか。

 「ようこそ、ノイエンドルフ城へ。私はメイド長のエミリアと申します」

 エミリア――五条すばるから聞いた、その名前。

 絶対に戦わず、会ったら逃げろと言われた上級淫魔。

 しかし――目の前で沙亜羅が嫐られ、そんな忠告は吹っ飛んでしまった。

 「お前……沙亜羅に何をした!?」

 「主の御命令で、調教の前準備を……」

 不意に、エミリアの両手がなまめかしく動き出した。

 右手の人差し指と親指が、沙亜羅のクリトリスを優しくつまむ。

 そのまま、くりくりと揉むように動かしながら――左手の人差し指と中指が、ぬるりと膣内に侵入した。

 「ひゃ……ン」

 沙亜羅はびくっと体を震わせ、力なくイヤイヤと首を振る。

 「やだぁ……あんたなんかに、イかされたく……ない……」

 「強情ですね。すでに、何十回と女の悦びを体験させて差し上げたというのに――」

 エミリアの手が滑らかに動き、沙亜羅の陰部を繊細に刺激していく。

 執拗にクリトリスをこね、膣内を刺激し――ぬちゅぬちゅという淫らな音が、室内に響いた。

 それは、驚くほど滑らかで淫らな指の動き――まさに、魔法の指だ。

 「や、やだぁ……もう……ふぁぁぁぁぁ……」

 沙亜羅は、最初は歯を食いしばって耐えていたが――その表情も徐々に緩み、とろけていく。

 屈辱も羞恥も、快感に押し負けてしまい――

 必死に耐えようとしていた気丈な表情は、ほんの十秒ほどで甘い表情に上書きされてしまった。

 「あ、あぁぁ……やだ、やだぁ……んんん……」

 泣き笑いにも似た恍惚の表情で、びくっ、びくっ、と体を震わす沙亜羅。

 その膣内から、どろりと大量の愛液がこぼれる。

 エミリアのなまめかしい指愛撫で、絶頂してしまったのだ。

 おそらく僕がここに来るまで、これを何十回と繰り返されたのだろう――

 

 「や、やめろ……」

 そう言いながらも、僕はその場に立ちすくんだまま動けなかった。

 この場の淫らな空気に呑まれたのか、このエミリアという淫魔に気圧されているのか――

 そんな僕をどこか冷めた視線で見据えながら、エミリアは沙亜羅の陰部を愛撫し続ける。

 びくん、びくんと震える体を翼で押さえ込み、強制的に甘い快楽を与えながら――

 「……では、そろそろ本格的に調教を始めましょう。

  優れた人間女性を淫魔化するにあたり、男性の精液は非常に重要……特に、愛する男性の精ならば。

  そこで、貴方にもお手伝いして頂きます、深山優様――」

 涼しい顔のまま、表情一つ変えず――エミリアは、そう告げたのだった。

 

 

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