妖魔の城


 

 「淫魔化だって……? お前、まさか――」

 「……ええ。この沙亜羅様は、非常に優れた素質を持った方。

  あなたの精をもって、優秀な淫魔へと生まれ変わるでしょう」

 涼しげな顔で、恐ろしいことを平然と告げるエミリア。

 その間も彼女の指は艶めかしく動き、沙亜羅の陰部を刺激し続けている。

 「ん、んん……あぁぁぁ……!」

 その指の動きに翻弄され、びくんと震える沙亜羅の体。

 何度もまさぐられた膣口は、ひくひくと痙攣するように震えていた。

 「……」

 目の前で繰り広げられる淫靡な光景に、僕は目を奪われてしまう。

 沙亜羅を助けなければ――そう思いつつも、魔法に掛けられたように体が動かない。

 「いや……ぁ……あぁぁ……ん、んんん……!」

 汗だくになりながら快感に抗い、それでも抗いきれずに悶え喘ぐ沙亜羅。

 激しく身をよじり、体を跳ね上げる動作を強引に押さえ込み、エミリアは股間への愛撫を続ける。

 「深山優様が現れてから――途端に、感度が良くなりましたね。

  先ほどまでは必死に耐え、喘ぎ声を噛み殺していたというのに――」

 エミリアの人差し指と中指が、にゅるり……と膣内に滑り込んだ。

 その中を優しく掻き混ぜながら、もう一方の手はクリトリスを責める。

 つまむように、なでるように、陰核を優しくいじくり回す指先。

 同時に、膣内に潜り込んだ指が狂おしく出入りする――

 「あ、あ――やだ、やだぁ……」

 沙亜羅の目は、みるみる虚ろになり、そして――

 再び、びくん、びくんと跳ね上がる沙亜羅の体。

 またもエミリアの指によって、絶頂へと追いやられたのだ。

 「……とても淫らですね、この体は」

 ちゅぽん……と膣から指を抜き、エミリアは呟く。

 膣口と指先の間に、粘っこい糸が引いた。

 「絶頂する瞬間に膣内が激しく収縮し、締め付け――これでは、いかなる男も耐えきれません。

  自分がイった時には、必ず男を同時にイかせてしまう――なんて、負けず嫌いな膣なのでしょう」

 「……あ、ぁぁぁ……」

 余韻を味わうように、ひくひくと痙攣している膣口――

 その異様なまでの艶めかしさに、僕は思わず生唾を呑み込んでしまった。

 あそこに挿入したら、どれだけ気持ちがいいだろうか――

 

 「……準備が整いました。ではどうぞ、深山優様」

 エミリアの呼びかけに、僕はびくっと身を竦ませた。

 「そのたぎった男性器を、とろけた蜜壺の中にお入れ下さい。

  この中の心地よい感触を、ご自分のモノで味わいたくはないのですか?」

 そう囁きながら、エミリアは沙亜羅のクリトリスをこね回す。

 「あ……あぁぁ……ん……」

 ぱくぱくと、まるで口のように蠢く女性器。

 まるで、膣口で喘いでいるかのようだ。

 「この中へ精液を注ぎ込み――そして、淫魔への覚醒を促して下さい」

 「そ、そんなこと……」

 沙亜羅の膣口は、まるで僕を誘うようにぱくぱくと口を開けていた。

 この中に、挿入してみたい――そんな欲求が、ぞわりと頭をもたげる。

 「深山優様が挿入した後も、私の指は沙亜羅様を責め続けますので――

  快感に反応して甘く蠢く膣内の感触が、存分に堪能できますよ……」

 「ぐっ……! そんな――」

 僕は、沙亜羅の下半身から目が離せなくなっていた。

 膣は湯気が出るほどに火照った状態となり、妖しく濡れそぼっている。

 そこから立ち上る、淫らな香り。

 男の思考を麻痺させ、情欲へと誘う甘い香りだ。

 

 「さあ、愛する者とひとつになり……そして、より高い次元へ導いてあげて下さい。

  それが、沙亜羅様にとっても幸せなことなのですから。

  淫魔は老いることなく、その美しさを永遠に保つ至高の存在なのです――」

 まるで誘うように、そう囁いてくるエミリア。

 「ゆ、ゆぅ……ん、あぁぁ……」

 沙亜羅のすがるような目が僕をとらえ――そして、快楽に抗い身をよじる。

 僕の目の前で、妖しくうねる沙亜羅の裸身。

 まるで別の生物のように、ひくひくと蠢く膣口。

 それを前にして、僕は――

 

 誘惑に屈服し、沙亜羅に挿入する

 誘惑を拒絶し、エミリアに攻撃する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「沙亜羅にとっても幸せ……? 至高の存在……?」

 誘惑に揺らぎかけていた心を、僕は怒りで塗り替えていく。

 いきなり沙亜羅をこんな目に遭わせて、こいつは何をふざけた事を――

 「勝手に――人の女を化け物にするなっ!」

 懐から拳銃を抜き、その銃口を正面に向けた。

 それでも、まるで物怖じしないエミリア。

 僕はそのまま、頭部に照準を合わせて発砲する――

 

 「……」

 不意にエミリアは、空中で何かをつまみ取るような動作をした。

 「え……!?」

 その指先に挟まれていたのは――僕の放った銃弾。

 円錐状の弾丸は、エミリアの手にあったのだ。

 「銃弾を……止めた……!?」

 「乱戦ならともかく――このように対面した状態ならば、造作もないこと」

 「……ッ!」

 一目見たときから、その並外れた雰囲気は感じ取れた。

 しかし――発射直後の銃弾を掴むには、どれほどの動体視力と、それに追随する運動能力が必用だろうか。

 ここまでの化け物を相手にしたのは、流石に初めてだ――

 「――なら、ライフルならどうだ……!?」

 小銃弾の弾速は、拳銃弾のざっと二倍。

 僕は道具入れから小銃を取り出し、すかさず射撃体勢を取った。

 狙いは頭部、この距離なら外さない。

 僕は呼吸を整え、そのまま引き金を引いた――

 

 「――失礼」

 ひょい、といとも簡単に首をかしげるエミリア。

 その背後で、壁にぴしりと亀裂が入った。

 目標を失ったライフル弾が、後方の壁面にめり込んだのだ。

 「さ、避けた……だって……?」

 「流石にライフルともなると、目で見てから避けるのは困難ではありますが――

  あなたの視線が、撃つよりも前に狙いを告げております。

  いかに弾速が速かろうが、射線さえ分かれば回避は容易いことでしょう」

 「ぐ……!」

 怪物――そんな言葉が、ありありと浮かんだ。

 「抵抗は済みましたか? それでは、続きを――」

 「相手が怪物なら――!」

 怪物を片付けるのは、コレと相場が決まっている――

 僕が道具入れから取り出したのは、携帯型のロケットランチャーだった。

 『切り札』を除いて、とっておきの手持ち武器――いや、兵器だ。

 「これならどうだ、エミリア……!」

 「失礼ながら――その位置から発射すれば、あなたの大切な人を巻き込んでしまうと思われますが」

 「……それなら心配無用。どうせあんたは、沙亜羅から離れてくれるだろう?」

 素早く照準を合わせながら、僕は言った。

 「主人の命令で、沙亜羅を調教していると言ったね。

  なら――その沙亜羅に何かあったら、まずいのはお前も同じだろう?」

 「なるほど……流石、ここまで来られただけのことはありますね」

 エミリアは沙亜羅から離れ、悠々と室内を横断した。

 部屋の中央から、窓際まで――優雅な足取りでそこまで歩み、そして立ち止まる。

 「……ここなら、爆風も沙亜羅様までは届かないでしょう」

 「ふざけるな――!」

 照準をエミリアに合わせ、そのまま僕はロケットを打ち込んでいた。

 放たれた弾頭は、白煙を吹きながらエミリアへと突っ込み――

 「ッ……!」

 着弾の瞬間――なんとエミリアは、両手で弾頭を止めた。

 ロケットの推進を両掌で押さえ込み、そのまま――

 白煙を吹き出す弾頭を、窓の方へと放り投げたのだ。

 弾頭は窓ガラスを割って、城外へと投げ出され――

 「え――!?」

 その直後、周囲を揺るがすような爆音が響いていた。

 城の外へと投げ出された弾頭が、起爆したのだ。

 爆風が窓を揺らし、爆音が聴覚を麻痺させる。

 そんな中――あまりに怪物めいたエミリアの行動に、僕は呆然と立ち尽くすしかなかった。

 

 「……さて、以上で抵抗は終わりでしょうか?」

 手に付いたススを軽く払いながら、涼しい顔で告げるエミリア。

 「そ、そんな……」

 美女の姿をした怪物を前にして、僕は頭をフル回転させる。

 これでは、手持ちの火器は何も通用しない。

 では、近接戦闘か――

 ――いや。銃弾を止めるほどの運動能力を持つ相手に近接戦闘なんて、自殺以外の何でもない。

 じゃあ、どうする……?

 『切り札』を使うか……?

 いや――ここで使ったら、マルガレーテ相手にどうすればいいのだ。

 何より、こんな場所で使えば沙亜羅まで消し炭だ。

 なら、どうする?

 どうする?

 どうする?

 どうする――?

 

 「……本当に、もう打つ手はないようですね」

 エミリアは悠々と僕の前を横切り、再び沙亜羅の背後に回り込んだ。

 その体を再び羽根で抱え込み、下半身へと指を這わせる。

 「やだぁ……もう……あぁぁぁぁぁぁ……」

 エミリアの指が陰部を妖しくつまびくたびに、沙亜羅は身を揺らし、甘い声を漏らした。

 首を左右に振り、連続で襲い来る快感に泣きじゃくりながら――

 

 「抵抗が無駄であることは理解されたでしょう。

  これ以上渋るようなら、無理にでも沙亜羅様と交わって頂きますが――」

 「ぐ……!」

 エミリアの冷たく輝く瞳に見据えられ、何も出来ない。

 僕は絶望に支配され、半ば観念した気持ちで立ち尽くすしかなかった。

 「ん、あぁぁぁぁぁ……ゆ、ゆぅ……」

 沙亜羅のすがる声が、微かに聞こえたような気がした。

 

 

            ※            ※            ※

 

 

 「やだ、やだぁ……! あ、あぁぁぁぁぁ――!!」

 津波のように襲い来る快感に、沙亜羅はただ翻弄されるしかなかった。

 エミリアの指は甘い魔法のように、快楽を生み出す箇所を刺激していく。

 むずむずしたところを優しくほぐし、撫でさすり、高みへと導いていく――

 自分の体を、自分以上に知っている指使い。

 抵抗もできないまま、その快感に乱されていく――

 優が、目の前にいるというのに。

 

 「ふぁぁ……やめてぇ……ん、あぁぁぁぁぁぁ――!!」

 頭の中で、バチバチと火花が弾ける。

 体が勝手にうねり、弾かれたように跳ね上がる。

 荒馬が暴れるように、全身が言うことを聞かなくなる。

 心を溶かし、体を狂わせる悪魔の快感。

 

 「あ、ぁぁぁぁぁ……」

 まるでショートするかのように、視界が明滅し始めた。

 現実から隔絶し、切り離されていくかのよう。

 甘くて深い眠りに落ちていくような、そんな快感。

 優は――立ちすくみ、絶望しているのが分かった。

 

 「んん……」

 ――もう、いい。

 もう、溺れてしまおう。

 優と一緒に、堕ちていこう。

 優と一緒なら――

 

 『……情けないわねぇ』

 

 唐突に、誰かが語りかけてきた。

 誰かが――いる。

 誰かが、私を見ている。

 

 『この程度で諦めてしまうなんて……やはりあなたは、駄目な子ね』

 

 「わた……しは……」

 この嫌らしい口調は、うんざりするほど聞き覚えがあった。

 これ以上ないほどに見下しきった、あの口振り。

 私は、幼い頃から『彼女』と比べられた。

 何でも出来の良い『彼女』に比べ、自分は常に劣等生だった。

 

 私は、そんな『彼女』が大嫌いだった。

 だから、自分は『彼女』と違う道を選んだのだ。

 比べられたくないから。

 『彼女』のいないところに行きたかったから――

 

 『これだから……私がいないと駄目なのよ、サーラ』

 

 そして『彼女』はひとしきり私を馬鹿にした後で、助けてくれたのだ。

 学校の課題に追われていた時も――

 ハイスクールで、しつこい男に付きまとわれていた時も――

 火器取り扱い資格を得るための受験勉強の時も――

 特殊部隊入りを反対する母への説得の時も――

 『彼女』は、いつも最後は自分を助け、守ってくれたのだ。

 

 私は、そんな『彼女』が大好きだった。

 だから、自分は『彼女』と違う道を選んだのだ。

 『彼女』の世話にばかりなりたくないから。

 立派な『彼女』の妹だと、胸を張って言えるようになりたかったから――

 

 『しばらく休みなさい。後は私が替わってあげるわ』

 

 これは――大嫌いで、大好きだった『彼女』の声。

 『彼女』は、もうこの世にいないはずの――

 

 『後は任せなさい――サーラ』

 

 ――姉さん。

 

 

            ※            ※            ※

 

 

 「……!?」

 その刹那――エミリアは、異様な雰囲気を察知した。

 自分の指技にとろけ、屈服しきっていた沙亜羅――その唇の端が、不意に歪んだのだ。

 にやり……と、確かに笑った。

 人間では抵抗できないレベルの快感を与えているはずなのに――

 唐突に、まるで人が変わったかのように――

 

 「……何が――」

 エミリアの言葉は、そこで途切れた。

 拘束していたはずの沙亜羅の体が、一気に天井付近まで跳ね上がったのだ。

 手足を封じられたまま、背筋だけで何メートルも飛び上がる――これは、人間の可能な動作ではなかった。

 「くっ――!」

 とっさに、背後に飛び退こうとするエミリア――その足に、何かがぐにゃりと絡む。

 これは――床から染み出した、粘液状の肉。

 まるでエミリアの足を封じるように、絡みついてきたのだ。

 

 そして、次の瞬間――エミリアは、床に叩きつけられていた。

 動きが封じられた一瞬の隙を突き、沙亜羅が空中から躍り掛かったのだ。

 頭部を狙った蹴りをガードしたものの、その勢いで床に蹴り倒された――

 とうてい人間ではありえない、凄まじい力で。

 「さっきから……頭が高いわよ、給仕」

 床に倒れるエミリアの頭を、沙亜羅の足が踏みつけにした。

 まるで、これまでの借りを返すかのように。

 「貴女は、いったい――」

 床に這い、頭を踏まれたまま、エミリアはその女を見上げていた。

 ――この女は、沙亜羅ではない。

 その姿は沙亜羅と同一だが、先ほどまでとは別の存在だ。

 口調も違えば、中身も違う。そして――何より、その肉体は人間のものではない。

 

 「まさか……!?」

 エミリアは、そこでようやく思い至った。

 当主の間で、主のマルガレーテと沙亜羅が対面した際。

 沙亜羅の瞳を覗き込み、マルガレーテはこう言ったのではないか。

 「この私でさえ、読み違えそうになった」――と。

 では、何を読み違えそうになったのか?

 この少女に多大な才能が眠っていることなど、アステーラでさえ一目で判明した事実。

 主人マルガレーテさえ読み違えそうになったとは、もっと別のことであるはずだったのだ。

 すなわち――この沙亜羅の中には、もうすでに別の淫魔が棲んでいた――

 だとしたら――淫魔化の調教など、とんだ茶番。

 主人の言葉も望みもまるで理解せず、自分はなんという失態を演じてしまったのか。

 自分は、なんと愚かだったのか――

 

 「ふふ……あはははははは……!」

 エミリアの頭を足蹴にしたまま、沙亜羅は――いや、その中に潜んでいた淫魔は笑う。

 ずぶずぶ、じゅるじゅると……床から粘液状の肉が溢れ、周囲に広がっていく。

 「妹が世話になったわね、給仕。私が搾精の女王――アレクサンドラよ」

 

 

            ※            ※            ※

 

 

 「そんな、馬鹿な……」

 あたりを埋め尽くしていく肉の渦を前に、僕は呆然とたたずむしかなかった。

 目の前には、エミリアの頭を踏みつけたまま高らかに笑う女。

 その体つきも、いつしか少女のものではなく、ふくよかに成熟したものになっている。

 まるで、沙亜羅が妖艶な美女に成長したような姿。

 忘れもしない、こいつは――

 「お前、死んだはずじゃ――」

 「深山優……礼を言うわ。よく今まで、サーラを守ってくれたわね」

 肉の粘液を従えるように床を浸しながら、アレクサンドラは僕に視線をやる。

 「確かにあの時、私は滅びた――けれど、肉体の一部がサーラの体に潜り込んで再生を図っていたのよ」

 「そんな、馬鹿な――」

 決戦の場は確か、アレクサンドラの中と言ってもいい領域。

 死に際に、沙亜羅の中へと潜り込む機会はいくらでもあったのだ。

 「サーラと私の、肉体的親和性の高さ。そして、サーラの秘めたる素質――

  このどちらかでも欠けていたら、私は再生できないまま滅びていたわ。

  でも私は、幸運だった。長時間を掛け、ようやく外に出てこられるまでになった――」

 「……お前、沙亜羅を――」

 僕は、アレクサンドラに銃口を向けていた。

 まさか、沙亜羅はこいつに取り込まれて――

 「ふ……心配は無用よ、深山優。私はもはや、サーラと一つになってしまったの。

  一つの肉体に、二つの精神――こうなってしまえば、共存していくしかないわ。

  今まで私がサーラの中で眠っていたように、今はサーラが私の中で眠っているだけよ」

 「それは、つまり――」

 つまりは、二重人格に近い状態というわけか。

 こんな、厄介なことが――

 

 「……え!?」

 不意に――背筋に、ぞくりと寒気が伝った。

 アレクサンドラに踏みつけにされたまま、思い詰めたように動かなかったエミリア。

 その目が不意に見開き――そして、その右腕が静かに動いたのだ。

 まるで、自分の腰元をさするように――

 その静かな動作には、血も凍るほどの殺気が伴っていた。

 

 その刹那――

 エミリアの頭に乗せられていたアレクサンドラの足が、太股の根本から斬り飛ばされて宙を舞っていた。

 くるくると回転し、血を飛び散らせながら――分断された右脚は、後方の床へと転がる。

 それを目で追い、信じられないようなものを見る目で眺めるアレクサンドラ。

 ただ、呆然と立ち竦む僕。

 アレクサンドラの右太股断面から、ぶしゃりと血が飛び散る。

 いったい、何が起きたのか――エミリアが、何をやったのかは分からない。

 まるで時が止まったかのようなこの場で、エミリアはゆらりと起き上がった。

 

 「なるほど……確かに、大した力と思われます。

  しかし、人間界ならともかく――魔界で女王を名乗るには、あまりに不足かと」

 「言ってくれるわね、給仕の分際で――」

 部屋に溢れていた肉の粘液が、アレクサンドラの右太股にじゅるりと絡みついていく。

 それはゆっくりと脚の形状をなし、元通りに再生してしまった。

 「私は……愚かでした。主人の命を誤り、このような事態を招いてしまった罪――

  ならば貴女を葬り、その上でマルガレーテ様から罰を受けます」

 「罰を与えるのは私よ。よくも、サーラを散々にいたぶってくれたわね……!」

 アレクサンドラは、右腕を静かに掲げ――

 「女王が命ずる。その者を誅せ――!!」

 そして――静かに振り下ろした。

 その瞬間、周囲に溢れていた肉の粘液から無数の異形が現れる。

 蜘蛛型の妖女、スライム型の妖女、下半身がタコ型の妖女――その他、様々なクリーチャー。

 二十体を越える妖女は女王の指示を受け、一斉にエミリアへと襲い掛かった。

 糸を吐き、粘液を撒き散らし、触手を伸ばし――

 

 「失礼ながら……このような下等淫魔など塵芥同然かと」

 エミリアはその腕の振りで妖女達を薙ぎ倒し、引き裂く。

 その蹴りで爆砕させ、攻撃どころか返り血も浴びないまま群れを蹂躙する。

 「雑魚にかまけて――女王から目を逸らすなど無礼よ、給仕!」

 アレクサンドラの背から、アゲハ蝶のように美しい羽根が生え――

 ジェットのような推進力で、エミリア目掛けて突っ込んでいった。

 クリーチャーの群れごと、一気に突き崩すかのように――

 「ぐっ……!」

 そのままもつれ合い、壁を崩して隣の部屋へと突っ込んでいくエミリアとアレクサンドラ。

 直後に爆発音が響き、フロア全体がグラグラと揺らぐ。

 「うわっ……!」

 続いて巻き起こる破壊音の連続。

 それは徐々に遠ざかり――二人の戦いの場は、ここから離れていっているようだ。

 僕は、ただその場に立ち尽くすのみ――

 

 「……今のうちよ。移動するわ、深山優」

 「えっ……?」

 唐突に部屋の隅から聞こえてきたのは、沙亜羅――いや、アレクサンドラの声だった。

 「な……これは……?」

 エミリアに切断され、片隅に転がっていたアレクサンドラの右脚――

 そこから腰が生え、左足が伸び、腹や胸が出てきて――あっという間に、アレクサンドラの姿になったのだ。

 右脚から、全身が再生する――その異様さに、僕はたじろぐのみだった。

 

 「ぶ、分身……?」

 「そう――あっちがね。あの給仕を引き付けた方が分身、こっちが本体よ。

  切断された瞬間、脚の方に本体を移したの。分身の方は、私の1/6程度かしら……?」

 あまりにも異形じみた所作に、僕は戦慄するしかなかった。

 沙亜羅の肉体で、こいつは何ということをするのか――

 「でも……なぜ、分身を?」

 「あの給仕は、そう簡単に倒せる相手じゃないわ――私が出てこられる時間が限られている以上、余計にね」

 「え……?」

 アレクサンドラが、すっと右腕を上げると――僕の体は、たちまち粘液の肉に包まれた。

 「あいつが気付いて戻ってくる前に、場所を移すわ……」

 「う、うわっ……!」

 僕を包んだ肉の粘液が、高速で移動し始めたのが分かる。

 おそらく球状となって廊下を滑り、壁をぶち破り――

 そして数十秒後、僕はだだっ広い廊下に投げ出されていた。

 

 「う……ここは……」

 がらっと変わった風景に、僕は戸惑いを隠せなかった。

 さっきの部屋より、かなり離れた場所――当主の間に近付いたのだろうか。

 「っ……! 思ったより、出られる時間は短いようね……」

 傍らに立っていたアレクサンドラは、がくりと片膝を着いた。

 「仕方ない……しばらく体をサーラに返すわ。でも、その前に――少し養分補給をさせてもらうわよ」

 「え……!?」

 アレクサンドラの口許が、嗜虐的に歪む。

 同時に――ぬらり……と、肉の粘液が僕の足に絡みついてきた。

 「ま、まさか……」

 「淫魔の養分補給が、その『まさか』の他に何かあって……?

  安心しなさい。取って食おうというわけじゃないわ。

  サーラのお気に入りだし……私だって、あなた嫌いじゃないの」

 アレクサンドラの前で、僕の下半身は妖しい粘肉に包まれていく。

 「や、やめろ――おい――!」

 「ふふっ。女王の搾精、謹んで受けなさい――」

 

 

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