魔を喰らいし者6




「……報告は以上です、マリアンヌ様」

 そう言うと、二又の赤い三つ編みが印象的なメイド――ジェラは、頭を下げて一礼してみせた。

 彼女が相対しているのは、柔和な笑みを顔に浮かべた女性だった。極めて整った顔立ちの持ち主だが、美人にありがちな冷たさはこれっぽっちも感じない。それどころか、どこか親しみやすさすら感じさせるほどだった。身に纏った白いドレスは華美な物ではないが、見る者が見れば上等な物だと理解できるだろう。人目を引く派手さはないが、どこか包容力を感じさせる美人。彼女を一目見た者が抱く感想は、大体そんな所だろうか。

 だが、ジェラは目の前の相手がただの女性ではない事をよく知っている。何故なら、彼女こそが他ならぬジェラの主であるからだ。

「ありがとうジェラ、中々興味深い報告だったわ。それにしても、クリスが男の子を家に連れてきたってのも驚いたけど……まさかその相手が、ねぇ……」

「そうですね……まさかサキュバスのように、翼と尻尾が生えた男性が存在するとは思いませんでした」

 通常、淫魔には女性型か両性型しか存在しない。だがあの甲斐村正という男は、人型の淫魔であるサキュバスが持つものと同じような翼と尻尾を備えていた。元々そうだったのか、あるいは何かきっかけがあってそうなったのかは知らないが……ともあれ、彼が雄生体の淫魔だというのはまず間違いがないだろう。まあ、限りなく信じがたい事ではあるのだが。

「……それでは、私は屋敷の方へ戻りますね。何か、御用はありますか?」

「そうね……今日の晩あたりにあっちの方へ戻るつもりだから、準備をしておいてもらえるかしら。報告にあった村正君って子の事も気になるしね」

「それは構いませんが……スケジュールの方は、大丈夫なのですか? マリアンヌ様も、色々と忙しいのでは……」

「まあ、少し時間を切り詰めればどうにかなるでしょう。それじゃ、お願いするわね」

「……かしこまりました。では、私はこれで失礼しますね」

 そう言い置くと、ジェラは部屋から退出した。後にはマリアンヌと呼ばれた女性だけが取り残される。

「インキュバス……人の身でありながら、魔の力を手にした者、か。本当に現れるなんてねぇ……どうやら、あの予言は本物だったようね」

 ふぅ、と溜息を吐き出し、物憂げな表情を浮かべるマリアンヌ。

「となると、魔界に大きな変革をもたらすというのも恐らくは本当なのだろうけど……一体どんな変化を起こすというのかしら?」

 彼女の呟きは誰の耳に届く事もなく、闇の中へと消えていった。







「おーい、アルベルティーネ。いるかー?」

「むっ、村正かっ!? ちょっ、ちょっと待っててくれ! 今すぐそっちに行くから!」

 研究所の前でアルベルティーネを呼ぶと、中から慌てているような声が返ってきた。その直後、ドタドタという足音がこちらに向かってやってきたかと思うと、勢いよく玄関の扉が開かれた。

「まっ、待たせてすまなかったな! ささっ、こんな所で立ち話も何だし、早く中に入るといい!」

「そ、それはいいんだが……お前、何をそんなに慌ててるんだ? ひょっとして中で何かやってたのか?」

「べっ、別に慌ててなんかいないし何もやっていないぞっ! さあさあ、早く早く!」

「…………?」

 妙に挙動不審なアルベルティーネ。不審には思ったものの、今はあまり追求しない方がいいと考えた俺はそれ以上詮索する事は止めておいた。この様子を見る限りでは、聞いても多分答えないだろうし。

「そっ、それにしても、随分と早く来たのだな」

「そうか? 五分前行動は社会人の常識だろ。まあ、確かにちょっと早く来すぎたかもしれないが……待たせるよりはいいだろうと思ってな」

「そ、そうか……まあ私の方は構わないが、村正の方は大丈夫なのか? その、他に用事とか……」

「ああ、俺の方の用事はもう済ませてきたから問題ない」

 ここに来る前に、式島総司令から必要な物資は既に受け取ってきた。ちなみに現在その物資は、クリスの協力で見つかりにくい場所に隠してある。魔術による隠蔽も施しておいたから、誰かに見つけられる事はまずないだろう。まだ試射はしていないが、それは後でも構わないしな。

「それでだ、昨日言っておいた事なんだが……」

「昨日言っていた事……淫魔の肉の代理購入と、村正の体を調べておきたい、だったな?」

「ああ、そうだ。とりあえず金は用意してきたから、確かめてくれ」

 持ってきておいた金を、アルベルティーネに手渡す。

「う、うむ……550万円、確かに受け取った。淫魔の肉は後で注文しておこう」

 やや緊張した面持ちで、うなずくアルベルティーネ。

「あー……そんなに緊張しなくてもいいぞ。別に取って喰ったりは……いや、ある意味取って喰ったりはしたか」

 ……主に、性的な意味の方で。

「あっ、あれはその……不可抗力というか、村正の特性がだな……」

「俺の特性? 何の話だ?」

「い、いや……その……」

 妙に口ごもるアルベルティーネ。心なしか頬も赤い。

「何の事を言ってるのかよくわからないが……気付いた事があるのなら、教えてもらえないか?」

「で、でもそんなに大した事じゃないかもしれないぞ?」

「そうかもしれないが、出来たら聞いておきたいんだ。ひょっとしたら何か有益な事に結びつくかもしれないからな」

「ま、まあそういう事なら……」

 少しの間躊躇っていたアルベルティーネだが、どうやら話してくれる気になったらしい。

「その、だな……村正の特性というのは、サキュバスのものと同じ物なのだ。気付いたのはあの後なのだが……私がミラの機能を使った時を覚えているか?」

「ミラの機能……ひょっとして、MFSとか言ってたやつか?」

「うむ。MFSはミラが責めに使う部位の表面に擬似的な魔力の力場を生成する機能でな、正式名称はMagic Field Systemというのだが……元々あれはサキュバスの特性を真似て作られたものなのだ。システムそのものを考案したのは私の父だがな」

 サキュバスの特性ね……そういや、クリスやジェラが相手の時も異常な程の快感があったが……それが原因なのだろうか?

「というと、サキュバスは自分の体の表面に魔力の力場を生成する特性を持っているって事か?」

「そうだ。といっても、これはあくまで私の研究でわかった事なのだが……サキュバスが搾精を行う際、体表面を覆う魔力が対象の神経に作用しているようなのだ」

「……成る程。つまり同じ事をされるのでも、サキュバスにされるのと人間の女にされるのじゃ快感のレベルが変わるわけだな?」

「うむ。その際強い魔力を持つサキュバスほど、より深い快感を与えられる事がわかっている。またこの魔力は相手を感じやすくさせるだけでなく、自分が感じさせられるのを防ぐ働きもあるようでな……普通の人間が性技でサキュバスに敵わないというのも、そういう理由があるわけだ」

 そういえばクリスの話によると、普通の人間は魔力を持ってはいるが扱えないとの事だった。という事は……。

「それじゃ、魔力を扱える人間ならサキュバス相手でも性技で対抗できるって事か? 稀人ってのがいると聞いた事があるんだが……」

「まあ……稀人を相手にした事があるというサキュバスの話では、どうもそういう事らしい。恐らくお互いの体表面を覆う魔力が干渉しあって、快感に対する抵抗力を弱めるのだろう。実際に体験してみるまでは半信半疑だったが……まさか、あれほどとは……」

(……ああ、そういう事か)

 ようやくアルベルティーネが口ごもっていた理由がわかった。昨日俺が散々変態だの何だのと言った事を、恐らくは気にしていたのだろう。しかし、まさか俺にそんな特性が備わっていたとは……

「……けど、よくそんな事がわかったな」

「何でも私の父が色々なデータを集めて調べた結果、この結論に達したらしい。なんでも稀人との性交だの、サキュバス同士の交わりだのも調べたらしいが……」

「サキュバス同士って……そんなのもあるのか?」

「うむ。あくまで少数派ではあるがな……」

 まあ、人間界でもそういうのはあるが……サキュバス同士、ねぇ……。







 コンコンというノックの音の後、部屋の扉が開かれる。入ってきたのは、私の使用人の中で最も付き合いの長いサキュバス――エミリアだった。

「……失礼します、御主人様」

「あら……何か用かしら、エミリア。夕食の時間には、まだ早いと思うのだけれど」

「お話があります……あの男の事で」

 神妙な面持ちでそう切り出すエミリア。

「あの男、とは?」

「とぼけないでください。甲斐村正と名乗った、あの男の事です」

「ああ、『村正』の事ね。彼がどうかしたのかしら?」

 わざとからかうような口調で、そう言ってやる。エミリアがぴくりと眉を動かしたのを、私は見逃さなかった。

「僭越ながら……あの男は危険です。今からでも遅くはありません。追っ手を差し向けるべきです」

「あらあら……貴女ともあろうものが、随分とあの男を警戒しているのね。あの男は、中級淫魔程度の魔力しか持っていないというのに」

「……確かに、彼の魔力は私達のそれには遠く及びません。ですが……それだけの実力差があってなお、彼は私の淫香を無効化してのけたのです。警戒するなと言う方が無理な話ではありませんでしょうか?」

 まあ、もっともな話ではある。通常淫香を無効化するには、淫香を使った者の魔力に追随する程度の魔力が必要になる。しかしあの男は、エミリアには遠く及ばない魔力しか持たない身でありながら、エミリアの淫香を無効化してのけたのだ。

「それに……状況の判断や行動力といった点でも、彼は優れているといっていいでしょう。このまま放っておけば、ご主人様に災いをもたらすような事態を招くようなことにもなりかねません。無論、そんな事は万が一程度の確率でしょうが……それでも可能性があるのなら、その芽を未然に摘み取っておくに越した事はないと思います」

「確かにそうするのが一番なのだろうけど……仮にもノイエンドルフ家の当主ともあろう者が、一度した約束をそう簡単に違えると思うかしら?」

「それは……そうですが」

 返す言葉を失い、押し黙るエミリア。

「それにね……私は興味があるのよ。あの男が、この三ヶ月でどれほどの存在になるのか……ね」

「……随分と、あの男がお気に入りのようですね」

 少しだけ不機嫌そうな声音で、エミリアがそう漏らす。

「あらあら、ひょっとして妬いてるの?」

「なっ……!? だっ、誰がそんな……んむっ!?」

 顔を真っ赤にして反論しようとしたエミリアの唇を、自らのそれで塞ぐ。そしてそのまま舌を潜り込ませ、エミリアの口内を思う存分蹂躙する。十分な時間を掛けてその感触を堪能してから、ゆっくりと唇を離す。先程まで反論を口にしようとしていたエミリアの顔は、既に蕩けきった物へと変貌していた。

「んっ……ぷぁぁ……はぁぁ……ごしゅじん、さまぁ……」

「ふふ……安心なさい、エミリア。あの男の事を気に入ってるのは確かだけど、それはあくまで興味があるというだけの話。貴女に対する感情とは別物よ」

 そう口にしてから、エミリアの胸元に手を伸ばし、メイド服を脱がす。形の良い大きな胸が、目の前に現れた。双球に手を伸ばし、思いのままにこねくり回す。

「……それにしても、相変わらず大きな胸ねぇ。半分くらい分けてもらえないかしら?」

「ふぁぁっ!? やっ……もっ、もっと優しく……」

「だぁめ。主人に口答えした罰よ。たっぷりと可愛がってあげるから、覚悟しなさい」

 顔がにやけそうになるのを堪えながら、掌に伝わる感触を楽しむ。

「ごっ、ご主人、様ぁ……」

「あらあら、そんな顔しちゃって。そんなに気持ちいいのかしら?」

「は、はぃぃ……あひっ、ひゃっ、ひゃうううっ!?」

 ぺろり、と耳を舐めてやると、エミリアは大きく体を震わせた。

「ふふ……相変わらずここ、弱いのね」

「ふぁぁ……だっ、だめです……っ!」

「何が駄目なのかしら? ほら……貴女のここ、もうこんなになってるわよ?」

 スカートの中へ指を浸入させ、既にぐっしょりと濡れていた割れ目を掻き回してやる。ぐちゅぐちゅという音が辺りに響き、エミリアの口から漏れる嬌声はより大きなものへと変わった。

「……あはぁぁぁぁっ!? あふっ、ふぁぁぁぁん!?」

「ふふ、可愛い顔……貴女がそんな顔をするなんて、普段の貴女を知っている者なら誰も思わないでしょうね」

「ごっ、ごしゅじんさまぁ……こんなところぉ、人に見られでも、したらぁ……あっ、あふぅぅぅぅっ!?」

「大丈夫よ。この城には主の邪魔をするような不心得者はいないもの。それよりも……貴女の可愛らしい姿を見てたら、私も我慢できなくなってきちゃったわ。責任……取ってくれるわよね?」

 そう口にしてから、私は自分の下着を脱ぎ捨ててエミリアの上に跨った。そしてエミリアの秘裂と自身のそれを重ね合わせ、ゆっくりと腰を動かし始める。

「はっ、あはああああああんっ!? ふああああっ!?」

「……はぁぁ……覚悟は、いいかしら? たっぷりと……んっ……可愛がって、あげるわね……」

 より強い快感を求め、腰の動きを徐々に激しくしていく。それに比例するように、下から響く声も激しい物へと変化していった。

「ひゃっ、ひゃああああああん!? やっ、あああああああああっ!?」

「ふぁっ……んんっ!? はぁぁぁ……も、もっと激しく……ふぁぁん!?」

 そうこうする内に、私の口からも声が溢れ出る。いかに快感への耐性が高いサキュバスとはいえ、近いレベルの魔力を持つサキュバスが相手ならば、感じ乱れるのも当然といったところか。無論体の相性なども影響はするものだが……エミリアと私の相性が悪い事など、あろうはずがない。

「ふぁぁ……あはああああああっ!? ふっ、ふぁううううううっ!?」

「ひゃっ、あっ、ああああああっ!? ふぁぁっ、ふぁぁぁぁぁんっ!?」

 気付けば、私の口から漏れ出る声はエミリアのそれとほとんど変わらない程大きなものとなっていた。もはやどちらがどちらの声なのか、私自身にも判別がつかないくらいだ。

 だが――どんなものにも終わりは必ず訪れる。

「あっ、あああっ……あっ、ああああああああああ――――っ!?」

「あっ、はああっ、ふああああっ……ふあああああああああ――――っ!?」

 盛大に体を震わせ、私とエミリアは同時に達した。最も私が今日初めて達したのに対し、エミリアは既に何度か達していたようだったが。

「はぁぁぁぁ……ふふ、良かったわよ」

「はぁっ、はぁっ……あ、ありがとう、ございます……」

 にっこりと微笑んでやると、エミリアは息も絶え絶えになりながらもそう返す。その姿が実に可愛らしかったので、私は彼女に褒美をあげることにした。

「んっ……ちゅっ♪」

「あっ……ご主人、様……」

 突然の行動に驚くエミリアだったが、やがて意味を理解したらしく嬉しそうな表情を浮かべる。その表情に心を奪われでもしたのか、気付けば私は再びエミリアに覆いかぶさっていた。







「……で、だな……おい、聞いてるのか?」

「……ん? ああ、すまん。ちょっとボーっとしてた。それで、何の話だっけ?」

 いかんいかん、つい妙な妄想をしてしまった。全く、この癖はどうにかしないとな。

「おいおい……サキュバスや稀人と村正はどう違うのか、確かめようと言ったんだ。まずは村正の魔力を測定したいから、奥の部屋まで着いてきてもらえるか?」

「ああ、わかった。にしても、魔力の測定ね……具体的には、どんな事がわかるんだ?」

「測定できるのは瞬間最大魔力値と保有魔力量、潜在魔力量の三つだな。瞬間最大魔力値は一度に使用出来る魔力の最大値で、この値が大きいほど強力な魔術を短時間で扱う事が出来る。保有魔力量は今の状態で使う事が出来る魔力の量だ。この数値が高ければ、より多くの魔術を使用出来るわけだな。そして潜在魔力量は文字通り、潜在的に持っている魔力の量だ。基本的に保有魔力量は、現在の数値とこの数値を足したものまで伸びる可能性があるということになる」

 なるほど……RPGで例えるなら、瞬間最大魔力値は自分が使える最も強力な魔法の消費MP、保有魔力量は現在のMP、潜在魔力量はレベルを最大まで上げた時のMPから今のMPを引いた値って所か。

「ふむふむ……ちなみにその数値って、上級淫魔ならどのくらいとか、そういう基準はあるのか?」

「そうだな……瞬間最大魔力値や潜在魔力量は結構ばらつきがあるが、保有魔力量なら下級淫魔は1万MP以下、中級淫魔クラスが1万MPから10万MP、上級淫魔クラスは10万MP以上と言ったところかな。ちなみにMPというのは魔力量の単位だ」

「何つーか、この上なくわかりやすい単位だな……ところで、女王七淫魔達はどのくらいの魔力を持ってるかわかるか?」

 仮にもその一人に挑むつもりがある以上は、聞いておきたい所だ。自分と相手との実力差を把握しておかなければ、そもそも戦いにすらならないのだから。

「女王級か? あくまで推定値だが……大体500万MPから2000万MPの範囲にあると言われているな。後女王級の下に百八姫級というのもあるが、それは大体100万MPから300万MPの範囲にあると考えられている」

「……随分数値にバラつきがあるんだな」

「まあ、同じ格級でもピンからキリまであるからな……っと、着いたぞ。ここだ」

 アルベルティーネに案内されて辿り着いた場所は、大型の機械がずらずらと並んでいる部屋だった。その内の一つのスイッチを入れると、アルベルティーネは装置の傍にあった端子らしきものを拾い上げ、俺に手渡した。

「よし、まずは瞬間最大魔力値を測るぞ。その端子を軽く握ってみてくれ」

「わかった……こうか?」

「うむ。どれどれ……ふむふむ、瞬間最大魔力値は……2万9430か。中々高いな」

 そう言いながら、近くに置いてあったメモ用紙に『瞬間最大魔力量:29,430』と書き込むアルベルティーネ。

「そうなのか? そういや、瞬間最大魔力値の基準は聞いてなかったが……大体どのくらいが普通なんだ?」

「瞬間最大魔力値の基準か……こっちの方は保有魔力量以上にばらつきが多いからな。まあ一般的には、保有魔力量の3分の1程度の値になる事が多いと言われているが」

 3分の1か……となると、マルガレーテの奴は少なくとも170万MP以上の魔術を使えると考えておいた方がいいだろうな。それに対抗するとなれば、最低でもその半分程度の魔力は身につけておきたい。となると……現在の魔力の30倍近い魔力が必要というわけか。淫魔の肉でどれくらいパワーアップできるかが鍵になるな。

「次は保有魔力量だが……8万5560か。中級淫魔の上の方といった所だな」

「中級か……ちなみにアルベルティーネは、どのくらいの格級なんだ?」

「わ、私か!? 私はその……なんというか、あまり魔力は高くないから……」

 言いづらそうに口ごもるアルベルティーネ。反応から察するに、彼女は恐らく下級淫魔なのだろう。

「あー……余計な事聞いちまったみたいだな。すまん」

「い、いや……私の魔力が低いのは、仕方のない事だから……」

 申し訳なさそうな顔で、俯くアルベルティーネ。

 ……むぅ、こういう雰囲気はどうも苦手だな。話題を変えないと。

「と、とりあえず潜在魔力量ってのを測ってもらえるか? どのくらいか知っておきたいからさ」

「う、うむ。それじゃ、測定を始めるぞ」

 そう言うと、アルベルティーネは装置のスイッチを押した。

「えーと、村正の潜在魔力は……ん?」

「……どうしたんだ? 何かあったのか?」

「いや、どうも装置の様子が……むっ!?」

 突然、装置がけたたましい電子音を鳴らし始めた。装置の画面を覗き込むと、そこには『ERROR』の文字が画面全体に映し出されている。それだけではない。よく見ると、装置の上部から黒い煙が立ち上っていた。どうやら何かトラブルが発生したらしい。

「何だ、この煙は……まさか! 村正、今すぐそれを手放してくれ!」

「わ、わかった!」

 慌てて手に握っていた端子を手放し、床に放り出す。するとまるでそれが合図でもあったかのように、先ほどまで喧しく鳴り響いていた音が消え去った。装置から立ち上っていた黒い煙も、しばらくするとおさまった。

「ふう、ちょっと驚いたぞ……しかし、今のは一体何だったんだ?」

「ちょっと待ってくれ、今確かめるから。えーと、工具は確かこの辺に……あったあった」

 アルベルティーネは近くの棚にあった工具箱を取り出すと、装置の傍まで運んだ。そして中から数本のドライバーとレンチを取り出し、装置の分解を始める。

「ふむ……やはりそうだったか」

 しばらくの後、装置の内部をのぞきこんでいたアルベルティーネはそう口にした。

「……何かわかったのか?」

「うむ、どうやら配線が焼き切れてしまっているようだ。どうも測定の際、負荷がかかりすぎたらしい」

「負荷って……ひょっとして、俺のせいなのか?」

「恐らくはな。この装置の測定限界は100万MPだから、村正の潜在魔力がそれ以上だったとすれば配線が焼き切れてもおかしくはないが……しかし、だとすると困ったな……」

 要するに、俺の潜在魔力が高過ぎたせいで回線がショートしたってわけか。しかし、これはいい情報でもある。少なくとも、搾精肉床で目覚めた能力よりも潜在能力の方が高いとわかったのだから。まだまだパワーアップの余地が残されているのなら、マルガレーテに対抗できるくらいにまで成長できる可能性もあるというわけだ。

「困ったって……何か問題があるのか?」

「それがだな……この研究所には、この装置より測定限界が高い装置は置いてないんだ。だから、ここでは村正の潜在魔力を測れそうにない」

「むぅ……それは困ったな」

 俺の潜在魔力が100万MPを超えているというのはわかったが、正確な値がわからないのでは困る。もし俺の潜在能力が100万MPより少し高い程度だったとすれば、マルガレーテには到底及ばないのだから。

「何か、他に測定する方法はないのか?」

「うむ……ない事はないが、今日中には難しいな。この装置の修理もせねばならんし……とりあえず、明日また来てくれないか?」

「明日だな、わかった。そうそう、淫魔の肉もちゃんと注文しておいてくれよ」

「う、うむ。ま、まかせておいてくれ……ふぅ」

「……?」

 何故か少しだけ、ほっとしたような表情を浮かべるアルベルティーネ。そんなアルベルティーネの態度を訝しみながらも、俺は研究所を後にした。







「ふぅ……ようやく見えてきたか」

 ラグドリアン城が見えてきた辺りで、俺はようやく一息吐いた。翼を使って飛べば大した時間はかからなかっただろうが、下手に目撃されると厄介なのでわざわざ歩いてきたのだ。それも、他のサキュバスが通らないような回り道を。

 クリス曰く、この辺りは彼女の母親の領土なのであまり無茶な真似をするサキュバスはいないそうだが、それでも俺がインキュバスであるという事実が漏れるのは避けたいし、他のサキュバスと接触するのも必要がない限りは遠慮したい。必ずしもこの辺りにいるのが信頼できる連中ばかりとは限らないし、マルガレーテなら他の女王七淫魔が相手でも、スパイを送り込んでいるくらいの事はやりかねないからな。

 そういうわけで、なるべくサキュバスに見つからないような道を通って来たのだ。おかげで少々時間がかかってしまった。サキュバスは他のサキュバスの獲物には基本的に手を出さないそうなので、クリスかジェラが一緒ならこんな回り道をする必要もなかったんだが……生憎今日は二人とも用事があるらしく、他のサキュバスに頼もうにも、今日に限って城のメイドは忙しそうにしていたため、行きも帰りも俺一人というわけだ。

「まっ、所詮居候させてらっている身だ。この上我儘を言ってたら罰が当たる」

 そう結論付け、重い腰を上げて城へと向かう俺。

「よーし、到着……ん? ジェラ、帰ってたのか。ただいま」

「あら、村正様。おかえりなさいませ」

 玄関で俺を待っていたかのように立っていたジェラに声をかける俺。ジェラはいつものようににこにことほほ笑みながら、返事を返した。

「今朝は何か忙しそうにしてたみたいだけど、もう用事は済んだのか?」

「ええ、用事は終わりましたよ。といっても、ここに戻って来れたのは少し前ですけれど。それはそうと村正様、実は村正様に会っていただきたい方がいるのですが……」

 ふむ、会っていただきたい方がいると来たか。となると恐らく、その相手は……。

「……その会って欲しい相手ってのは、ひょっとしてクリスのお母さんか?」

「そうです。クリス様から村正様の事を聞いて興味を持たれたそうで、是非会って話がしたいとのことです」

 クリスのお母さんが、俺に興味を……ねぇ。

(……クリスが自分からこういう事を言うようなタイプとは思えないし、多分その前にジェラが報告してたんだろうな。それでクリスが説明する羽目になったと考えるのが妥当か)

 そう考えれば、今朝からクリスが用事があると言っていた理由もわかる。だからといって、俺にジェラを責めるつもりは毛頭ないが。

(ジェラの立場から考えれば、俺の事を報告するのは当然だろうからな。むしろ、報告しない事を期待する方がどうかしてる)

「わかった。いずれはこちらから挨拶しなきゃいけないと思ってた所だ。ちょうどいい。案内してもらえるか?」

「ええ、もちろんです。では村正様、私に付いてきてくださいね」

 そう言うと、ジェラは俺に背を向けて歩き出した。俺はその後を、少し離れて付いていく。

(しかし、クリスのお母さんか……一体どんな人なんだ?クリスからは女王七淫魔の一人で、マルガレーテと対立してるって事は聞いてるけど……)

 以前クリスが話していた事から、クリスがお母さんに頭が上がらないだろうという事は推測できる。となると、結構厳しい人なのだろうか?

(うーん、あんまり厳しい人じゃないといいんだが……まあ、あれこれ考えても仕方がないか)

 どうせ、実際に会ってみればわかる話だ。そんなことを考えている内に、ジェラがある部屋の前で歩みを止める。どうやらここらしい。

「……着きましたよ、村正様。マリアンヌ様、村正様をお連れしました」

「待っていたわ。さあ、入ってもらって頂戴」

「わかりました……村正様、どうぞ」

「ああ、わかった」

 内から聞こえてきた声は、若々しいものだった。この声の主――マリアンヌというのが、クリスの母親らしい。一体どんな人物なのだろうか?

「失礼します……えっ!?」

 思わず、俺の口から驚きの声が漏れる。というのも、目の前に座っていたのはクリスとよく似た外見の女性だったからだ。クリスがあと三、四年分成長したとするなら、ちょうど今の姿に重なるだろうか。

 ……もっとも、胸の方は三、四年程度では到底追いつけそうにはないほどのサイズだったが。つーか、このサイズは正直反則だと思う。何これ、スイカか何か?

「あら、私の顔に何か付いているのかしら?」

「あ、いや、その……あんまりにも若々しいので、てっきりクリスのお姉さんかと」

 見てたのは顔だけじゃなく胸もです……とは、流石の俺も口には出さない。

「まあ、お上手ね。でも、たまにはそんなお世辞を言われるのも悪い気分じゃないわ」

 そう言うと、彼女は柔和な笑みを顔に浮かべて見せた。

 いや、お世辞じゃなくて本当にそうとしか思えないんだが……からかわれてるわけじゃない……よな?

「え、ええと、クリスのお母さん……なんですよね? ジェラから聞いた話では、そういう事でしたけど」

「ええ、そうよ。はじめまして、村正君。私の名はマリアンヌ。このラグドリアン城の主にして、正真正銘あの子の母親よ」

「そ、そうですか……あ、申し遅れました。甲斐村正です。ええと……クリスには色々とお世話になってます」

 何とはなしに気圧されるようなものを感じながら、とりあえず自己紹介を済ませる。同じ女王七淫魔のはずだが、俺はマルガレーテと相対した時とは比べ物にならない位のプレッシャーを感じていた。

「ふふ……よろしくね、村正君」

「あ、はい。ええと……マリアンヌさん、で構わないんですよね?」

「マリアでいいわ、村正君」

 そう言ってにっこりとほほ笑むマリアさん。俺も微笑み返したつもりだが、少々ぎこちなかったかもしれない。

「じ、じゃあ、マリアさんと呼ばせてもらいます。しかし……マリアって名前を聞くと、キリスト教の聖母マリアを思い出しますね。ひょっとして、何か関係あったりします? なーんちゃっ……」

「ああ……あれ、私よ」

「へぇ、そうなんですか……って、ええっ!?」

 今の、聞き間違いじゃないよな? じゃあ……目の前にいるこの人が、あの聖母マリア本人なのか!?

「あらあら、どうしたの? そんな驚いたような顔をしちゃって」

「いや、普通驚きますよ!」

 聖母マリアが、実はサキュバスだった……キリスト教の信者達が知ったら、確実に卒倒するだろうな。

「ちょっと待てよ……ということは、イエス・キリストって……」

「ええ、正真正銘私の息子よ。巷で言われてるように、処女懐胎なんてものはしてはいないけれどね」

 あ、やっぱりあれ嘘だったんだ。そりゃそうだよな。

「じゃあ、父親はヨセフさんなんですか?」

「そういう事。まあ、ヤコブ君やヨハネ君達が色々と触れ回ってたから、人間界では神の子って事になってるみたいだけど」

 ヤコブにヨハネって……確か、十二使徒の中にそんな名前があったよな。そいつらが色々と触れ回ってたということは……。

「やっぱり……キリストの伝承って、十二使徒によって作られたものなんですか?」

「……全部が全部ってわけじゃないんだけどね。あの子は稀人だったから、ちょっとした奇跡くらいなら起こせたもの。まあ、復活は流石に……ね」

 ふむ……稀人って確か、魔力を扱える人間の事だったな。そういう事なら、キリストが起こした奇跡ってのも満更出鱈目ばかりというわけじゃないのか。ん……待てよ?

「……ひょっとして、昔には稀人って結構いたんですか?」

「あら、どうしてそう思ったの?」

「いや……よく考えてみたら、キリスト教が成立する前にもそれらしい話はあったので。モーゼの奇跡とかもそうですし、ひょっとしたら神話や伝承に出てくる登場人物の中にも、今でいう稀人がいたんじゃないかって思いまして」

 かつての英雄達や神々の中に稀人がいた……もしそうだったとしたら、神話や伝承の中にもいくらかは真実が含まれているということになる。あくまで可能性にすぎないが。

「まあ、遥か昔――神代の時代と呼ばれた頃には、今よりも多くの稀人がいたそうよ。といっても、人類全体でいえばあくまで少数派だったのでしょうけど。その中には、村正君が知っているような名前もあるかもしれないわね」

「神代の時代……それって大体、何年くらい前の話なんですか?」

「少なくとも、6500万年前よりも昔と言われているわ。もっとも、その時代の記録や資料はまず残っていないでしょうけど」

 むぅ、残念。もし残っていたら、新たな事実がわかったかもしれないのに。

「……さて、そろそろ私から質問をさせてもらっても構わないかしら?」

「あっ、はい。すみません、なんかこっちばかり質問してたみたいで」

「いえいえ、おかげであなたがどんな人間なのか、少しは理解できたと思うから。それじゃあ……何から聞いたものかしらね」

 胸の前で腕を組み、考え込むそぶりを見せるマリアさん。正直胸が強調されてたまらない光景だが、そこは理性をフル動員してなんとか堪える。

「そうね、まずは……村正君、あなたはマルガレーテ・ノイエンドルフの城から逃げてきたと聞いているのだけど……間違いはないのね?」

「ええ、その通りです」

「じゃあ、どうやって逃げてきたのかを詳しく教えてもらっても構わないかしら?」

 ……まあ、そこはやっぱり聞かれるだろうな。ジェラやクリスから話を聞いているであろうことを考えると、下手に嘘を吐くのはまずいだろう。少なくともクリスやジェラが知っていることは、既に聞いていると考えた方がいい。となると、ここは正直に話すのが吉か。

「はい。彼女が所有していた拷問具……アイアン・メイデンという棺のような物の中に俺は入れられたんですが、その中で幸運にも淫魔と同じ力に目覚める事が出来まして」

「淫魔と同じ力、ね……その時に、翼と尻尾が生えたというわけかしら?」

「……ええ、そうです」

「そこで力に目覚めるまでは、ただの人間だった……そう考えていいのね?」

「多分、それで大丈夫だと思います。少なくとも、以前は翼も尻尾もありませんでしたし」

 まあ、親父やクソ兄貴はある意味化け物以上なんだが。少なくとも片方の能力は修練の賜物のようだし、親父の方は多分血は繋がってないだろうから大丈夫だろう。つーかあれと血が繋がってるなら、俺がここまで弱いはずがない。何せあの親父、デコピン一発で地形を変えたことがあるくらいだからな。あの二人はたとえ女王七淫魔が相手だろうとも、普通に勝てそうだから困る。

「だとするなら、ただの人間だった貴方が淫魔の力を手に入れたのにはなにか理由があったと思うのだけど……何か、心当たりはない?」

「心当たり、ですか……そうですね。多分これだというものなら、一つあります」

「その心当たり、というのは?」

 内容的に隠しておいた方がいいかとも思ったが、ここは正直に言っておいた方がいいだろう。もし後でわかるような事があれば、色々問題になりそうだし。

「拷問から逃れるために、アイアン・メイデンの中にあった搾夢肉床を食べたんです。流石に消化してしまえば、搾夢肉床とやらに襲われることもないと思ったので。サキュバスのマリアさんにとっては、あまり気分のいい話じゃないから黙っていようかとも思ったんですが……やはり、正直に話しておいた方がいいかと思って」

「それはまた……思い切った手を打ったのね。それで、翼や尻尾が生えた以外に、変わった事はあるの?」

「他に変わった事ですか……強いて言えば魔力を扱えるようになったくらいですが、まともに魔術らしいものを使えるようになったのはここ最近の話ですから。後は……少し体が丈夫になった事くらいですか」

 本当はもう一つあるが、流石にこれはな。性欲が強くなったかもしれないなんて、あんまり人に言うような事じゃないし。

「なるほど……けれど、一つ妙な点があるわね」

「妙な点、ですか?」

「ええ。こう言っては気分を悪くするかもしれないけど、貴方の力だけではマルガレーテから逃れられるとは思えない。どうやったのか、もう少し詳しくお願いできないかしら?」

 まあ、そこは当然疑問に思うだろうな。俺がどの程度の魔力を持っているかは、相手にも大体わかってるだろうし。

「まず、搾夢肉床を食べ終えた後、俺は周囲に人の気配がない事を確認してから、アイアン・メイデンの扉を内側から強引に開けたんです。翼と尻尾の事は、その時に知りました」

「ふむふむ……それから、どうしたのかしら?」

「……とりあえず、翼や尻尾がどの程度使えるのか、確かめてみました。その後こっそりと脱出しようかとも思ったんですが、地の利が向こうにある以上それは難しいと考えて、扉のへこんだ部分を直してからアイアン・メイデンの中に戻りました」

 ちなみにその際、『ひょっとして爪を伸ばしたりもできるんじゃね?』と考えて試してみたら、本当に伸ばせて驚いたのは内緒だ。

「なるほど……マルガレーテ達を利用して、安全に脱出しようとしたのね?」

「ええ。まずマルガレーテが戻ってくるのを待ってから、シャンデリアを落として不意を突き、その隙に部屋から脱出したんです。その後こちらを追ってきたサキュバスの一人を人質に取って交渉し、何とか脱出することができました」

「そう……けれど、あのマルガレーテがそうやすやすと貴方を見逃がすとは考えにくいわ。何か、条件でも付けられたんじゃない?」

 ……そこまでわかるか。この人、かなりできるな。

「……お察しの通り、解放の際に条件を付けられました。三ヶ月以内に、彼女の屋敷に戻ってくるようにと」

「やっぱりね……それで、そう言われてからどれくらい経ったのかしら?」

「大体、三週間くらいです」

「三週間、か……となると、後二ヶ月と少しで戻らなくてはいけない、というわけね」

 その通りだ。幸いその前に、マルガレーテに対抗するための手段を得ることはできそうなので一安心といった所か。

「それで、貴方はどうするつもり? マルガレーテに従うのかしら? それとも……」

「決まってます。勝手に人を誘拐して拷問するような輩は、できるだけ痛い目に遭わせてやれというのがうちの家訓ですから」

「……なるほど、マルガレーテと戦うつもりなのね。けど、勝算はあるの? 少なくとも今のままでは、マルガレーテはおろか、その配下にもかなわないと思うわよ」

「勝算なんて、無ければ作るだけの話ですよ。まあ、厳しい戦いになるかもしれませんが……準備さえ十分に出来たなら、マルガレーテを倒す事は不可能じゃないと思ってます」

 そもそも勝負というものは、事前の準備で九割方勝敗が決するものなのだ。ならばたとえ相手が神様だろうと、倒すのに必要な戦力をそろえる事さえ出来れば、勝てぬ道理などどこにも存在しない。

「そう……ところで、一つ聞いておきたいのだけれど」

「聞いておきたい事、ですか?」

「ええ。貴方の勝算の内には……私やクリスの事も、入っているのかしら?」

 ……雰囲気が、変わった。どうやらこれが本題というわけか。

「聞いているかもしれないけど、私はマルガレーテと対立しているわ。けれど私とマルガレーテの間で、本格的な戦闘はまだ行われていない。何故だかわかる?」

「人間との共存を望むサキュバスと、共存を望まないサキュバスとの全面戦争に陥りかねないから……ですか?」

「正解。私とマルガレーテが直接争う事になれば、それは魔界全てを巻き込んだ戦争に発展しかねない。魔界では共存派が主流ではあるものの、マルガレーテが台頭してからは両者の差は以前ほど大きなものでは無くなっているわ」

 ……つまり、表立って協力するような事は出来ないという事だ。

「ご心配なく。これでも一応、自力で何とかするつもりです。まあ……もしマリアさんの力を貸していただけるというのなら、是非お願いしたいとは思いますが」

「……力になれなくてごめんなさいね。代わりと言っては何だけど、ここにいる間は客としてもてなすよう、メイド達に伝えておくわ。それと、しばらくあの部屋を使う予定もないから、貴方の好きに使ってもらっていいわよ」

「それは助かります。今の俺じゃ自力で魔界と人間界を行き来する事も出来ないもので、もし今ここから追い出されたらどうしようかと思ってましたから」

 一応人間界にある俺のアパートを拠点にするという手はあるが、それだとクリスとの連絡が取りづらいからな。中級淫魔以上なら自力で人間界と魔界を行き来できる魔術を使えるらしいから、そのうち習得しようとは思っているけど。

「さて、と……それじゃ私は用事があるから、これで失礼させてもらうわね」

「そうですか……ひょっとして、忙しいのにわざわざ時間を割いてくれたんですか? だったらすみません、本来ならこちらから出向くべきだったのに」

「気にしないでちょうだい。私も貴方と一度、話してみたいと思っていたのだから。それじゃ……またね」

 そう言うと、マリアさんは俺に背を向けて部屋から出て行った。足音が遠ざかるのを確認してから、俺は大きな息を吐きだした。

「はぁぁぁぁ……緊張したぁ……」

 会話を交わしていたのは時間にして十数分程度だったのだろうが、俺には何十時間にも感じられた。本人の前では出来るだけそんな素振りを見せないように振舞えたとは思うが……いやはや、流石は女王七淫魔と呼ばれるだけのことはある。特に、最後のプレッシャーはすさまじいものだった。あそこで「もちろんそれも、勝算の内に入ってます」なんて言おうものなら、一体どうなっていたことやら。

「……とりあえず、風呂にでも入ってさっぱりするか」

 ここで掻いた冷や汗は、一刻も早く洗い流してしまいたい。そんな思いを抱きながら、俺は風呂場へと向かった。







「…………」

「あら、村正様。偶然ですわね」

「いや……待ち伏せしてたんだから、どう考えても必然だろ……」

 風呂場でメイド服姿のまま、俺を待ちかまえるかのように正座しているジェラ。そんな彼女を前に、俺は頭を軽く押さえながらそう答えた。

 ……つーか、仕事はどうしたメイド長。

「あー……何か、俺に用でもあるのか?」

「いやですわ村正様。その言い方だと、まるで私が村正様を待ちかまえていたみたいじゃありませんか」

「どう考えても、実際にそうだっただろ……用が無いのなら、風呂に入りたいからちょっと出てもらえないか?」

「あらあら、せっかちですわね村正様。勿論用はあるので、安心してくださいな」

 やれやれ……さて、一体どんな用があるのやら。

「それはそうと村正様。この容器、覚えてますか?」

 そう言うとジェラは、懐から見覚えのある容器を取り出してみせた。

「そ、それは……一昨日使った、あのボディーソープ! ってことは、まさか……」

「ええ。それでは先日お約束した通り、村正様の体を洗って差し上げますね」

「いやいや、そんな約束はしてないから!」

 覚悟しておいてくださいと言われた事はあったが、それを約束というのはいくらなんでも一方的過ぎるんじゃないだろうか。

「もう、こういう時は素直に従ってくださいな。据え膳食わぬは男の恥というでしょう?」

「据え膳は冷めないうちにいただく派だが、そんな俺にも遠慮したくなる時だってあるんだよ!」

 正直、また吸い尽くされるのは御免被りたい。いや、気持ち良くないと言えば嘘になるが、良過ぎてキツイんだよアレ。もうちょっとマイルドにやってくれるというのなら歓迎するんだが。

「村正様……そんなに私の事がお嫌いなのですか?」

「べ、別に嫌いってわけじゃあ……って、近い近い! そんなにくっつくなって!」

「あらあら、村正様は照れ屋さんなんですね」

 照れ屋とかそういう問題じゃないっての。つーか体を押し当てるのは止め……いや、気持ちいいからこれは止めさせなくてもいいか。

 だが、こっそりとボディーソープを背中に塗りつけようとしていた左手は見逃さない。背中にジェラの手が回る前に、手首を掴んで阻止する。

「……あら、残念」

「あら残念、じゃないっての! 頼むから、こういうのは勘弁してくれ!」

 そう言うと俺は、素早くジェラを振りほどいて風呂場から逃げ出そうとした。だがジェラは背後から俺に抱きつき、脱出を阻止する。

「駄目ですよ村正様、ちゃんと体を洗ってから出ないと」

「うう……どうしてもやる気なのか……?」

「ええ。観念してくれましたか?」

 にこにこと微笑みつつ、ボディーソープを塗りつけようとするジェラ。先ほどとは違いがっちりとホールドされているため、そう簡単には振りほどけそうにない。身体能力を強化して強引に振りほどく事は可能かもしれないが、それだとジェラに怪我をさせかねない。それは後々の事を考えると、避けておきたい所だ。

(くっ、一体どうしたら……そ、そうだ!)

 一瞬の逡巡の後、俺は妙案を思い付いた。ジェラが行動を起こす前に、すぐさまそれを口に出す。

「そうだジェラ! どうしてもというのなら、条件付きでOKしてもいいぞ!」

「……条件? それはどんなものですか?」

「条件は……俺にもジェラの体を洗わせる事だ!」

 きっぱりと言い切る俺。名付けて『目には目を、歯には歯を』作戦である。

「……つまり、洗いっこというわけですか」

「そうそう。ほら、俺ばっかり洗われるのは不公平だろ? 洗いっこなら、お互い手を出せるわけだから公平だし」

 今日知ったばかりの事だが、サキュバスは快感を与える特性と同時に、快感を防ぐ特性も備えているらしい。そのため、通常の人間相手ならばまず感じるような事はないとか。それならば、相手を責める術には長けていても、相手の責めを防ぐ事はあまり得意ではないはず。現にジェラも、一昨日の時は俺の責めで随分と乱れていたからな。つまりサキュバスの特性を無効化できる俺のような人間ならば、サキュバスが相手でもこちらがペースを握ることさえ出来れば、性技で勝つという事も不可能ではないということだ。こう見えても俺は人間の女性相手の経験はそれなりにある方だし、そうそう引けを取る事もないだろう。ジェラが断るならば、それを盾にこちらもジェラの要求を退けることができるし、もしジェラが承諾したとしても、五分の立場でやりあえるのなら問題はないはずだ。

 ……なお、やましい考えはこれっぽっちしか存在しないと付け加えておく。

「洗いっこですか……うーん、どうしましょうかねぇ?」

「あー、嫌ならいいんだぞ? その代わり、ジェラが俺を洗うのも無しな」

「そうですねぇ……ちょっと考えさせてください」

 顎に手を当て、考え込むような素振りを見せるジェラ。そして少しの時間の後、彼女は微笑を顔に浮かべて答えた。

「……わかりました。では、洗いっこしちゃいましょうか」







 ぷちぷちと服のボタンを外し、メイド服の前をはだけていくジェラ。どうやら今日はブラは付けていなかったようで、大きな胸が露わになる。俺の視線に気づいたのか、悪戯っぽい笑みをこちらに向けた。

「……ふふっ、そんなに私の胸が気になりますか?」

「いや、そりゃ気にするなっていう方が無理だろ。むしろそんな立派なおっぱいは、舐めるようにじっくりと見つめるのが礼儀ってものだ」

 え、それはセクハラだって? 大丈夫、時と場所と相手を考えて発言してるから問題ない……はずだ、多分。

「あはっ、村正様ったらえっちなんですね」

「おーおー、男がえっちで何が悪い」

 半ば開き直ったように、そう口にする。こういうのは照れた方が負けだ。

「あはは、別に悪いなんて言ってませんよ。でも……村正様は、そんなに大きな胸が好きなんですか?」

「ま、まあ、そりゃあ人並みにはな」

 正直そこまで巨乳にこだわりがあるというわけではないが、それでもやはり目の前にあると視線が引き寄せられるのは確かだ。まあこれは、健全な男子諸君なら理解できるのではないだろうか。

 ……特殊な趣味の方についてはこの際、言及しないことにする。

「うふふっ……じゃあ、こんなのはどうです?」

 そういうと、ジェラは露わになった胸元に俺の頭を抱き寄せた。俺が息苦しくなく、かつ逃げられない程度の絶妙な力加減だ。必然、俺の視界はジェラの胸で満たされる事になる。

「んむっ……こっ、これは……」

「ふふっ……私のおっぱい、どうですか? とっても気持ちがいいでしょう?」

(確かに、気持ちいい……それに、何か甘い匂いも……けど、このままされっぱなしはまずいよな……)

 ジェラの胸の谷間で息を吸い込んでしまったせいか、思考にぼんやりと靄がかかったような状態になってしまう。だが、このままジェラにされるがままでいるのは危険と感じ、俺は攻勢に出ることにした。ジェラに後頭部を両手でがっちりとホールドされたままの体勢で、舌を伸ばしてジェラの胸を責める。

「んっ、ふぁっ……も、もう! おいたは駄目ですよ?」

 快感を堪えながらも、俺の頭をより強く抱きしめる事で抵抗を封じようとするジェラ。だが、それは俺にとって狙い通りの事態だった。俺は拘束されていない尻尾をジェラの死角から通し、ジェラの股間へと滑り込ませる。そしてそのまま尻尾の先でくすぐるように、女陰を責め立てた。ジェラの口から漏れ出る声が、若干高い物へと変わる。

「んんっ!? むっ、村正様がそう来るのなら、私だって!」

 そう言うとジェラは、左腕だけで俺の頭を抱え込むようにして、残った右手を俺の逸物へと伸ばした。だがその手が届く前に、俺はホールドが甘くなったのを見逃さずに素早く頭を引き抜いた。そして素早くジェラから距離を取る。

「……ふふ、流石に手ごわいですね。普通の人間でしたら、最初の責めで終わっている所ですよ?」

「いやいや、ジェラこそやるじゃないか。これは俺も、気を抜けそうにないな」

 こめかみを一筋の汗が伝うのを感じながらも、俺とジェラは笑みを浮かべていた。

「だが、あくまで俺たちがするのは『洗いっこ』だ。勝ち負けを決めるにしても、そのままでするわけにはいかないだろう?」

「そういえばまだ、着替えの途中でしたね。それじゃあ、服を脱ぎ終わるまで待っていてくださいな」

 そう口にすると、ジェラは再び服を脱ぎ始めた。俺に見せ付けるように、やけに艶めかしく、一枚一枚メイド服を脱いでいくジェラ。悪友のリチャード辺りが見たら、鼻血を出して喜びそうな光景だ。

 ……いや、奴の場合なら「メイドさんのメイド服を脱がせるとは何事だ! 村正、貴様暗黒面に落ちたか!」って怒るかもしれんが。あいつの影響でメイド好きになった俺から見ても、奴の言動は理解できない事がままあるからな。

「……お待たせしました、村正様」

 そしてついに、ジェラは生まれたままの姿に……って、あれ?

「あー……ちょっと聞いていいか?」

「何でしょう?」

「いや……頭のそれは、外さないのか? 確か、ヘッドドレスとかいったっけ?」

「ああ、これですか? んー……村正様がどうしてもとおっしゃるのなら、外しますけど?」

「……いや、ジェラの好きにしていいけどさ」

 これがメイド故のこだわりってやつなんだろうか? 正直、俺にはよく理解できないが。

「さて……それじゃ、始めましょうか」

「あ、ああ」

 そんな考えは脇において、俺はボディーソープの容器を手に取った。そして掌の上に中身を垂らし、それをジェラの肌へと塗りつける。

「ひゃんっ!? も、もう! 優しくしてくれないと、駄目ですよ?」

 そう口にしながら、自分の手にボディーソープを垂らして俺の体へと塗り拡げるジェラ。ジェラの手が蠢く度に、背筋がゾクゾクするような快感が俺の身を襲う。

「そっ、そうだな! くっ……な、なるべく優しくするよう、努力はするよ」

 快感を堪えつつ、ジェラの体に泡まみれの手を這わせる。俺の手がジェラの上を滑る度に、快感を堪えるような表情を浮かべるのが見て取れる。だが、まだ胸やアソコといった敏感な場所には手を伸ばさない。それは俺を責めるジェラも同様だった。性感帯を直接責めれば快感を与えるのは容易だが、一度大きな快感を与えてしまえば、その後の展開に苦労することになる。それをお互いに理解しているからこそ、このような状況になっているわけだ。

 とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかないのだが……この状況で迂闊に相手の性感帯を責めようとすれば、相手に反撃を受ける可能性が高い。そのため攻勢に移るとするならば、相手が我慢できずに攻勢に出た瞬間か、あるいは何か隙を見せた時に限られる。

「んんっ……はぁっ、む、村正様……そ、そろそろ……ふぁっ!? む。胸の方も、洗って、いただけませんか?」

「くっ……い、いや、この辺りはもうちょっと……くぅぅっ!? ね、念入りに洗った方が、いいかと……うっ、お、思ってだな……」

 抑えきれない喘ぎ声を口から漏らしつつ、互いの体を洗い続ける俺とジェラ。傍から見ればお互い我慢しているのが丸わかりだっただろうが、それでもお互い負けず嫌いなのか、今現在責めている場所から手を放そうとはしなかった。

「くっ、あっ……!? そ、そういうジェラこそっ、もっと他の……くぁぁっ!? ばっ、場所を、洗ってくれても、構わないん、だぞ?」

「んんっ!? いっ、いえ、私は……あぅっ!? まっ、まだまだこの辺りを……ふぁぁん!? あっ、洗いたいと、思いまして!」

 お互い強がりを言いながら、相手の首元や背中、腕や脚といった、性感帯を外した場所にのみ手を伸ばす。

「くっ、うぁっ……あっ、あぅっ……」

「ふっ、ああっ……あくっ、ふぅぅっ……」

 そうこうするうちに、互いの口数は少なくなっていった。風呂場では俺とジェラの口から漏れ出る喘ぎ声だけが、反響して響いている。

(こっ、このまま続けてたら、変になる……っ! 何とかして、ジェラの隙を作る事を考えないと……!)

 全身を襲う快感に耐えながら、なんとかこの状況を打開する策を考えようとする俺。

 方法は、全くないというわけではない。今はまだ使っていない、翼と尻尾。これを上手く活用すれば、ジェラの隙を作る事も可能なはずだ。だが、俺はまだ尻尾と翼で同時に攻撃できるほど器用ではない。やるならば、翼でジェラを拘束するか、あるいは尻尾でジェラの体勢を崩し、その上で一気呵成に責め立てるのがベストだろう。

 最も、それがジェラに予想されていないとは限らない。翼も尻尾も、以前ジェラには使っているのだから。ここは慎重に選ばないとな。

 さて……どちらで責めるべきか?



翼でジェラの動きを封じる

尻尾でジェラの体勢を崩す





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