魔を喰らいし者6




 逡巡は一瞬。俺は翼を使うことにした。まずはジェラの動きを封じるのが先決。そう判断したのだ。

(チャンスは一回きり。絶対に外さない!)

 俺はジェラに気づかれないよう翼に力を込め、そして素早く翼を変形させてジェラの体に伸ばした。

「し、しまっ……くっ!?」

 慌てて回避しようとしたジェラだったが、快感で体の動きが鈍っていたらしく、あっさりと翼に拘束されてしまう。こうなればもはや勝ったも同然だ。とはいえ、最後まで気を抜くつもりはないが。

「さて……それじゃ、覚悟はいいか?

「ううっ……そ、その……優しく、してくださいね?」

 ……どう見てもそのセリフは逆効果です、本当にありがとうございました。

「ああ、わかってるわかってる。目一杯優しくするから、安心してくれ」

「そ、その顔はそんな事を考えているようには見えませんよっ!?」

 人聞きの悪い事を。確かにちょっとばかり邪悪な笑みを浮かべているように見えるかもしれないが、それはきっとジェラの目の錯覚だ。

「さぁーて、どこから責めようかなぁ?」

 手をわきわきと動かしながら、ゆっくりとジェラに迫る俺。

「……よし、まずはここだっ!」

 俺は、散々手を伸ばすのを我慢していたジェラの胸元へと、ボディーソープを塗り付けた手を伸ばした。そして胸全体にボディーソープを塗り拡げつつ、思う存分バストの感触を堪能する。

「んんっ!? やっ、ああっ? だっ、駄目です、村正様……ふぁぁっ!?」

「ははっ、やっぱりジェラは胸が弱いんだな。よし、このまま前みたいに、胸だけでイっちゃおうか」

「そ、そんなっ……んっ、あああっ!? やぁっ、だ、だめぇ……」

 すでに散々じらされたためか、ジェラの体はすでに出来上がっていた。そのせいか、俺の責めの一つ一つに対し、面白いように反応してくれる。

(こうまで反応がいいと、責めがいがあるよなぁ。ただでさえ美人でスタイルもいいんだし)

 などと考えつつも、責めの手は緩めない。

「……ふぁぁっ!? やっ……何で、そんな胸、ばっかり……んんっ!? 責めるんですっ、かぁ……ふぁぁん!?」

「いやあ、どうしても見たくなっちゃったんだよ……前みたいに、ジェラが胸だけでイっちゃうのを、さ」

「なっ……そ、そんなのっ……ああっ!? だ、だめですっ……ひゃうっ!?」

 ジェラの抗議を無視して、俺はそのままジェラの胸を責め続けた。指先を乳首の上に這わせたり、クニクニと摘まんで引っ張ったり、かと思えば胸全体を刺激したりと、変幻自在の責めでジェラを追い詰める。そして……

「うああっ、やっ、はぁぁっ……も、もうだめぇ……」

「おやおや、もうイっちゃうのか? 胸だけでイっちゃうなんて、ジェラは本当えっちなんだなぁ」

「そ、そんな……ふぁっ!? わ、私……ひゃうううっ!?」

 傍目にも、ジェラの限界が近いのは明らかになっていた。このまま責めを続ければ、確実に達してしまうだろう。だが、それでは面白くない。

「だっ、駄目っ……ふぁぁぁっ、あふっ……も、もうイっちゃ……」

「……そうか、駄目なのか。なら仕方ないな」

 そう言うと、俺はジェラへの責めを中断してみせた。絶頂の寸前で刺激を失ったジェラが、戸惑いの表情を見せる。

「あっ……な、何で止めるん、ですか?」

「何を言ってるんだ? 駄目って言ったのはジェラの方だろ。それとも……本当は続けて欲しかったのか?」

「……っ!?」

 俺の意図に気づいたのか、顔を一瞬強張らせるジェラ。

「返事がないって事は、止めていいんだよな? いやあ残念、でもジェラがそうまで言うなら仕方ないなぁ」

「ち、違っ……それはそのっ……!」

「ん、違うってどういう事だ? ひょっとして、もっと胸を責められたかったのか?」

「そ、そんな事は……」

 羞恥に染まった表情を誤魔化すように、ジェラは顔を逸らす。だがその仕草はジェラの思惑とは反対に、俺の中の嗜虐心を大いに疼かせていた。

「違うのか? じゃあ、これでお終いにするか。ジェラはこれ以上、続きをしたくはないみたいだし、相手が嫌がっているのに無理に続けるのは、俺の主義に反するからなぁ」

「そ、そんなぁ……」

「……さっきからはっきりしないな。これじゃ、続けて欲しいのかどうかわからないじゃないか……そうだ」

 そう言いながら、俺はジェラの耳元に顔を近づけた。そして囁くように、次の言葉を口にする。

「どうしても続きをして欲しかったら、こう言えばいい。ジェラの体を、俺の好きなようにしていいってな」

「そ、そんな事……言えるはずが……」

「言えないのか? じゃあ、洗いっこはここまでだな。それじゃ、泡を洗い流すとしようか」

 俺はそのまま、ジェラに見えるようにシャワーのノズルへと手を伸ばしてみせた。

「ま、待ってください!」

「ん、何かな?」

 素知らぬ顔で、聞き返して見せる俺。

「そ、そのっ……わっ、私の……身体を……」

「ふむふむ、ジェラの身体を?」

「む、村正様の……お好きなように、してくださいっ……!」

 恥ずかしそうに俯きながら、声を絞り出すジェラ。だが、まだ駄目だ。もっともっと、ジェラが恥ずかしがる姿が見たい。そんな欲求に動かされるように、俺は更なる言葉を口に出した。

「おいおい、人に頼みごとをする時は『お願いします』だろ? ほら、ちゃんと言い直さないと」

「そ、そんなぁ……私、ちゃんと言ったのに……」

「何だ、嫌なのか? じゃあ仕方ないな。さて、シャワーを……」

「待ってください! 言います、言いますからぁ!」

 慌てて縋りつくようにそう口にするジェラ。

「おいおい、嫌なら無理にそう言わなくてもいいんだぞ? ジェラが望んでないのなら、俺も無理強いするつもりはないし」

「うっ、ううっ……」

「さて、それじゃ終わりにしようか」

 そう言いながら、ゆっくりとシャワーのノズルに手を伸ばす俺。

「まっ、待ってください……」

「何だ、またか? 言いたい事があるのなら、早くしてくれよ? 俺もそろそろ、シャワーで泡を洗い流したくなってきたからな」

「おっ、お願い……します。わっ、私の、身体を……むっ、村正様のお好きなように、してください……」

 消え入るような声で、再びそう口にするジェラ。しかし、それで終わったと思うのはまだ早い。

「んー、よく聞こえなかったな。悪いけど、もう一度言ってもらえないか?」

「なっ……!?」

「ああ、嫌ならいいんだぞ? ジェラが言いたくない事を、無理に言わせるつもりはないからなぁ」

 我ながら白々しいと思いながらも、そう言ってやる。ジェラは少しの間逡巡していたが、それも束の間。元より快楽に屈服する言葉を発していた彼女が、我慢などできようはずもなかったのだ。

「おっ……お願い、します! 私の、身体をっ……村正様のっ、お好きなように……して、ください!」

「おやおや、そんな風におねだりするなんて……ジェラってば、やーらしいんだー」

「むっ、村正様が言わせたんじゃないで……んっ、んむぅっ!?」

 抗議しようとしたジェラの口を、ねっとりとしたキスで塞ぐ。こういうキスは、俺の得意技だ。

「んっ……ちゅっ……んんっ……っふぅ……」

「んっ、んんっ……!? んむっ……んっ……っぷはぁ……はぁぁっ……」

 たっぷりとジェラの口内を舐り回した後、俺はようやくジェラの唇を解放した。ジェラはというと、まだキスの余韻が残っているらしく、とろんとした瞳をしている。

「悪い、ちょっと意地悪しすぎたな。ちゃんと続きはしてやるから、安心してくれ」

 そう前置きしてから、俺は再びジェラの双球へと手を伸ばした。少し間を挟んだ程度ではジェラの身体に付いた火は消えていなかったようで、俺がジェラの胸に執拗な責めを加えると、たちまちの内に彼女の口からは喘ぎ声が漏れ出してしまう。

「くぅぅん……ふぁぁっ、はぁぁぁん!? あああっ、ふあああああっ!?」

「それにしても、ジェラって感じやすいんだな。胸を弄られただけで、乳首をこんなにコリコリにさせて感じちゃうんだもんなぁ」

「やっ、やああああっ!? い、言わないでぇ……あふっ、ひぅっ、ひゃあああん!?」

 ジェラが快感の声を上げる度に、背筋がゾクゾクするような暗い喜びを俺は感じていた。もっとジェラを啼かせてみたい。もっとジェラの感じる顔が見たい。そんな感情に後押しされるように、俺は一心不乱にジェラを責め続ける。そして……。

「むっ、村正様……ふぁぁあああっ!? わっ、わたしぃ……あふぅぅん!? ふあああっ、ああああっ!?」

「そうか、もうイきそうなんだな? いいぜ、イっちゃえよ。ジェラがイく時の顔、しっかり見ててやるからな」

「ふああああん!? そ、そんなのっ……ああああああっ!? だっ、駄目なのにぃ……はぅっ、あああああっ……ふあっ、ああああっ、ああああああああ――っ!?」

 風呂場に響き渡るような声を上げて、絶頂に達するジェラ。羞恥と解放感の入り乱れたその表情を前に、俺も興奮を隠しきれないでいた。

「やっぱりジェラは胸が弱いんだな。それじゃ……こっちの方はどうかな、と」

「……ふああああっ!? そっ、そこは……はぅぅっ!?」

 ジェラが放心している隙を見計らい、ジェラの股間へと手を滑り込ませる俺。そこは既に愛液でぐっしょりと濡れており、指先を蠢かせると再びジェラの口からは喘ぎ声があふれ出した。

「ははっ、どうやらこっちの方も敏感みたいだな。けど少し弄っただけでこの有様じゃ、激しくしたらどうなるんだろうな?」

「はっ、はぅぅ……で、できれば優しく……ひぃん!?」

「んー、どうしよっかな〜?」

 にやにやしながら、ジェラの股間を指で弄くり回す。といっても、どうするかは既に決まっているのだが。

「そうだな……指じゃ激しすぎるみたいだし、別の方法でやるとしようか」

「べ、別の方法って……ふぁぁっ!?」

「何、すぐにわかるさ」

 言うが早いか、俺は翼で拘束したジェラの身体を持ち上げ、脚を開かせた格好にした。ちょうどジェラの割れ目の部分が俺の顔の高さにくるように上手く調節し、そのままそこへ舌を這わせる。ジェラのそこは人の女性のそれとは違い、ほのかに甘い味がした。

「ふにゃああっ!? やっ、むっ、村正様ぁ!?」

「んー、どうしたジェラ? ジェラの言う通り、優しくしてるはずだけど?」

「こっ、こんなの恥ずかし過ぎます! これならまだ、さっきの方が……」

 顔を真っ赤にしながら、そう口にするジェラ。サキュバスでも秘部をまじまじと覗きこまれるようなこの格好は恥ずかしいのだろうか? まあ、止めるつもりはないけどね。

「えっ、さっきみたいに指でも弄って欲しいって? そうか、ジェラがそう言うのなら仕方ないな」

「なっ……そ、そんなことは一言も……ひゃああうっ!?」

 ジェラが抗議するよりも先に、俺はジェラのクレバスを舌でなぞりながら、同時に陰核を指先で摘まんだ。そしてそのまま硬くなった豆のようなそれを指で転がしながら、ジェラを舌で責め続ける。時折奥の方に舌をねじ込むようにしてやると、ジェラの声が一オクターブほど上がるのが無性に楽しい。

「やっ、やぁぁ……ふぁぁぁぁっ!? ひゃぅっ……ふっ、あはぁぁぁんっ!?」

「んっ……ジェラのえっちな汁、甘くて美味しいな。もっと飲ませてよ」

「なっ、舐めちゃ駄目ぇ……あふぅぅっ!?」

 時に言葉を交え、時には肉体を責め立てて、再びジェラを高みへと昇り詰めさせていく。ジェラも必死で快楽を堪えようとはしていたが、それでどうにかなるのなら苦労はしない。

「だっ、だめなのにぃ……あっ、あああっ、ふぁぁぁっ……はぁぁっ、ふぁああああああああ――――っ!?」

 大きな声を上げ、本日二度目となる絶頂に達するジェラ。だがそれでも俺は、責めの手を止めはしない。そのまま舌先で陰核を舐り回し、膣内を指で蹂躙し続ける。

「うぁぁっ、ああああああっ!? やっ、あはああああああっ!?」

 イったばかりにも関わらず責めを続けられ、半狂乱といった有様を示すジェラ。もはや、彼女の頭からはまともな思考は消え失せている事だろう。

「……さて、と。準備も整ったようだし、今度は俺も楽しませてもらおうかな」

「あぁぁ、うぁぁぁ……?」

 散々ジェラを喘がせたあと、俺はようやく彼女の秘部から顔を離した。あまりに激しい快感を味わったためか、ジェラの表情は半ば虚ろなものになりかけている。そんな彼女に構うことなく、俺は躊躇うことなく自身の猛り狂ったモノをジェラの秘裂にあてがい、そのまま一気に貫いた。

「ふああああああっ!?」

「ぐっ……動かす、ぞっ!」

 口から涎を垂らし、身体を大きく仰け反らせるジェラ。だがこちらも、先程までの余裕は既に消え失せていた。ただでさえジェラの責めで性感を高められていたというのに、その状態のまま今の今までお預けが続いていたのだ。その上ジェラの中は腰が蕩けそうな感触で、俺のモノをぐにゅぐにゅと包み込んでくる。気を抜けばすぐにでも出してしまいそうだった。

「くっ、あっ……くぅぅっ!?」

「あふぁぁぁぁっ!? ふああっ、はぁぁぁぁぁん!? あっ、あはああああああああ――――っ!?」

 脳髄を刺激するかのようなジェラの喘ぎ声をBGMに、俺はひたすらジェラの膣内を犯し続ける。半ば狂ったように腰を打ちつけ、溜まりきったモノを吐き出そうと俺は必死に足掻いていた。その間にもジェラは、幾度か絶頂に達していた。そして……。

「あぐっ……くっ、うあっ……ああああああああ――――っ!?」

「ふああああああっ、ああっ、ひゃあああああん!? あふっ、あはあああああっ、ああああああああああ――――――っ!?」

 ジェラが幾度目かの絶頂に達するとほぼ同時に、俺も限界に達していた。最後の一撃を奥深くに叩き込み、そのまま白濁をジェラの中に注ぎ込む。

「はぁっ、はぁっ、はあっ……」

「ふぁぁぁぁ……」

 あまりにも壮絶な快楽の余韻がまだ残っているのか、ジェラは蕩け切った表情を浮かべていた。そんな彼女と繋がったまま、折り重なるように倒れこむ俺。たった一度しか射精していないというのに、恐ろしい程に消耗していた。

 しばらくの間、俺とジェラは互いの体温を感じながら横になっていた。







 村正が風呂場でジェラと交わっていたのとほぼ同時刻、マルガレーテは部下からの報告を受けていた。

「なるほど……あの男は今、ラグドリアン城にいるというわけね」

「ええ。向こうに送り込んでいる者が、マリアンヌの娘が彼を連れ込むのを目撃したとの事です。その後の動向については詳しくわかっていませんが、現在はラグドリアン城に滞在しているものと思われます」

「そう……わかったわ、下がりなさい」

「はい、それでは失礼します……」

 一礼し、報告を終えたメイドは部屋から出て行った。後には玉座に腰掛けているマルガレーテと、その傍らに控えていたエミリアだけが残される。

「……やはり、あの男は生きていたようですね」

「そのようね。それにしても……随分と運のいい事。よりにもよって、あの女の領地に辿り着くなんて」

 女王七淫魔が一人、マリアンヌ・ラグドリアン。彼女は最も人に優しい淫魔とも称されており、人と淫魔との共存を唱え各地で様々な活動を行っている。人の脅威を知るマルガレーテにとって、いわば犬猿の仲とでも言うべき存在であった。

「確かにその通りですね。ここからなら、向かった先が魔王や妲己の領土であったとしてもおかしくはなかったでしょうに」

 マルガレーテの支配する領土は、大きく分けて三つの勢力圏と接している。その中でも魔王ベルゼブブと妲己は、マルガレーテと同様お世辞にも人に優しいとは言えない存在なのだ。そんな彼女達の元に村正が訪れていたなら、どうなっていたかは想像に難くない。

「しかし、同じ女王七淫魔の元にいるとなれば、こちらからの手出しは難しいですね。場合によっては、女王七淫魔同士の戦いに発展する恐れもありますから」

 マリアンヌ・ラグドリアンは、同じ女王七淫魔である竜宮神楽乙姫、そしてネフェルシェプスとも親交がある。彼女らは人間界に居を構えており、少なくともここ数百年は魔界に現れた事はない。たとえマリアンヌと交戦状態になったとしても彼女達が出てくるかどうかは微妙な所ではあるが、それでも可能性が全くないとは言えない以上、あまり無茶な真似をするわけにもいかない。彼女が村正一人のためだけに動くとは思わないが、自分の娘が巻き込まれる事態となれば、彼女が介入する事は大いにありうるのだから。

「ふふ……まあ、それならそれでやりようはあるわ。といっても、その為には下準備が必要だけど。それで、あの男についての情報集めの方はどうなったかしら?」

「既に集められるだけの情報は収集し終えました。こちらがその詳細になります」

 そう言うと、エミリアはどこからともなく取りだしたファイルをマルガレーテに手渡した。それを受け取り、内容に目を通すマルガレーテ。

「……なるほど。化け物狩りにおけるチーム・ガンマの隊長、ね……実戦経験は豊富、といった所かしら」

 化け物狩りとは、カーネル・ガブリエラという名の女性軍人の元、各国の腕利きが集められた国際組織である。各国政府の後ろ盾の元、最新鋭の武装をもって化け物を狩る近代組織――そのチームの一つを率いる隊長ともなれば、この城で見せた身のこなしも納得できるというものだ。

「ええ、恐らくは。しかし、化け物狩りとは……残念ながら、こちらには圧力をかけられそうな伝はありませんね」

「そうね……とはいえ、それについては問題ないわ。圧力をかける先は一つだけというわけではないのだから。それはそうと……」

 と、そこでマルガレーテは手にしていたファイルから視線を上げ、横にいたエミリアへと顔を向けた。

「エミリア。貴女はあの男の事をどう見るかしら?」

「私見を述べさせていただくならば……純粋な戦闘能力は私には及ばないでしょうが、その戦術や機転、そして判断力といった点では目を見張るものがありました。正直、敵に回せば非常に厄介な相手といえるでしょう。可能であるのなら、今すぐにでも始末しておくべきかと」

 思い返せば、あの時エミリア達はあの男に完全に踊らされていた。アイアンメイデンから逃れる事ができた際、普通ならそのまま逃亡しようとするだろう。仮にそうしたとしても、よく知らない場所で誰に出くわすかもわからない状況では、到底逃げ切れなかっただろうが。

 だがあの男はそれをせず、あえてエミリア達が戻ってくるのを待っていた。事前の会話でマルガレーテに興味を抱かせ、殺すのではなく捕まえるように仕向けるために。エミリア達はあの男を追い込もうとしていたが、結果としてはあの男を出口まで案内したようなものだ。もしあれがその後の展開まで見越した上での行動だったとすれば、その頭の切れは恐るべきものであるという他あるまい。

 それに、メイドの一人であるマイを人質に取った時もそうだ。このノイエンドルフ城には中級や上級淫魔も数多く存在する。その中で、あまり直接的な戦闘に長けていないマイを狙ったのは偶然とは思えない。恐らくは、追われる中で最も与しやすそうな相手を見定めていたのだろう。その後の会話もそうだ。あの状況でエミリアが行動に出ていたならば、幾人かの犠牲は出ただろうが、あの男を捕まえる事自体は可能だっただろう。しかしあの男は事前の会話で、話を聞いていたメイド達全員にイメージを植え付けた。すなわち、自分達はマルガレーテの命令一つで、捨て駒扱いされる可能性もあるという事をだ。ことさら「上司」という言葉を持ち出したのも、その為としか思えない。

 もしあの状況であの男を捕まえようとしたならば、メイド達は当然エミリアに、ひいてはエミリアに命令を下したマルガレーテに不満を抱くことになる。そうなれば、ノイエンドルフ城の管理にも支障をきたしていたことだろう。誰が自分達を捨て駒に使うような主に仕え続けたいと思うだろうか。実際の所はどうあれ、そうした意志を見せれば当然下の者は離れてゆく。そんな事態に陥るのを防ぐためには、マルガレーテが自身の態度でそれを否定してみせるしか方法がなかった。そうでなければ、私情で部下を切り捨てたと言うようなものだからだ。

 そしてメイド達は、マルガレーテと村正の約束の立会人としても利用されたわけだ。もしあの場にいたのがマルガレーテと村正だけであれば、どんな約束を取り付けたとしてもそれはマルガレーテの気分次第で反故にされる程度のものでしかなかっただろう。しかしマルガレーテの部下達の前で結ばれたそれは、もはやマルガレーテの気分一つで破る事の出来るものではなくなってしまった。それをすれば、マルガレーテは他者との約束を簡単に裏切るような主であると皆に言うようなものだからだ。これもまた、部下達が離れていく原因となりうるものだろう。

 もし村正との約束を破るとすれば、それには何らかの大義名分が必要となる。だが現状では、十分な理由となるだけの大義などありはしない。結局は村正の目論見通り、少なくとも三ヶ月の間は直接手出しをする事は出来ないというわけだ。エミリアがマルガレーテの立場であれば、怒り心頭に達していたとしてもおかしくはない。

「あらあら、物騒ねぇ」

 しかしマルガレーテはそんな態度など欠片も示さず、くすくすと笑って見せた。その表情からは彼に対する怒りはほとんど感じられず、むしろ楽しんですらいるようにも見える。

「……随分と楽しそうですね、御主人様」

「ふふ……そうかもしれないわね。何しろ、あれだけ出来る人間は初めてだもの」

(それに、精もこれまで味わった事がない程美味しかったし)

 エミリアに答えを返しながら、胸中でそう呟くマルガレーテ。通常人間の持つ精が上質であるか否かは、その者が潜在的に有している魔力に影響を受ける。すなわちそれは、高い潜在魔力を持つ者程上質の精を有するという事。無論淫魔と精の相性等もあるにはあるが、基本的には精は上質であればあるほど良いとされている。

 妖魔貴族であるマルガレーテはこれまで極めて上質とされる精を数多く味わってきたが、村正の精はそのどれよりもはるかに上質のものであった。正直、下手をすれば中毒になってしまうのではないかと思えるほどに。それは詰まる所、村正が極めて高い潜在魔力を持っている事の証左であった。マルガレーテの見立てでは、少なく見積もっても百八姫級、多い場合では自分と同等かそれ以上といった所だろうか。

 マルガレーテが興味を抱いた理由は他にもある。マルガレーテは人の心を読む能力を持っていたが、村正に対してはその効き目が鈍かったのだ。それでも彼が淫魔化するまではまだいくらか心を読む事が出来ていたのだが、インキュバスとなった後ではほとんど心を読む事が出来なかった。その為村正の不意を突いた攻撃に咄嗟に対応出来ず、最終的に彼を見逃がすことになってしまったのだ。ある程度以上の力を持つ淫魔であればマルガレーテに心を読ませない事も可能だが、淫魔化したとはいえ人間の男に能力が通じなかったのは初めての経験だった。そして心を読む事が出来ないという事は、何をしでかすかわからないという事でもある。マルガレーテは村正の持つ未知の可能性というものに、途轍もなく惹き付けられていたのかもしれない。

(ふふ……あの男が戻ってくる日が待ち遠しいわね。その時は、どんな風に相手してあげようかしら?)

 微笑を浮かべながら、あれこれと想像を巡らせるマルガレーテ。その表情は、まるで恋する乙女のようだった。                     (魔を喰らいし者7へ続く)





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