魔を喰らいし者5




「はい、村正様。あ〜ん」

「ぼ、ボクだって! カイ、あ〜ん!」

「……いや、普通に食べられるからな?」

 両側から伸ばされたスプーンをなるべく丁重に断り、目の前の皿に乗ったパンに手を伸ばす。その反応が気に入らなかったのか、クリスは不機嫌そうな表情になった。

「うう〜っ、カイの意地悪〜!」

「いや、そう言われても……」

「こうなったら、カイが食べてくれるまでやるからね! カイ、あ〜ん!」

「いや、だから……」

「あ〜ん!」

「その……」

「あ〜ん!」

「あのだな……」

「あ〜ん!」

「……あーん」

 根負けし、クリスの差し出したスプーンを口に含む。芳醇なスープの味が、口内に広がった。俺が『あーん』とやらに応じた事で機嫌を直したらしく、クリスの表情が明るいものへと変化する。

「ふふ、美味しい?」

「あ、ああ。それはともかく……」

「では今度は私の番ですね。村正様、あ〜ん」

 にっこりと微笑みながら、ジェラのスプーンが再び俺の前に差し出される。

「あのな、ジェラ……」

「あら……クリス様のは良くても、私のは駄目なのですか……? 私、悲しいです」

 よよよ、と泣き崩れる真似をするジェラ。明らかに演技とわかる動作だが、それでも男というやつは女の涙には弱いわけで。

「……ああもう、食べるよ! 食べればいいんだろ!」

「ふふ、ありがとうございます。では……あ〜ん」

「……あーん」

 敗北感を感じつつ、ジェラが差し出したスプーンに口を付ける。

「いかがですか?」

「アア、美味しいヨ……」

「次は、ボクの番だよ! ほらほらカイ、あ〜ん! あ〜ん!」

「あ、あーん……」

 反対側から伸ばされたクリスのスプーンを、口で咥える。

(全く……妙な事になったもんだ……)

 胸中で嘆息しながら、俺はこうなった経緯を思い出していた。







 風呂から上がった後、俺はクリスに連れられて厨房に向かった。クリスはそこで俺をジェラに紹介するつもりだったらしい。もっとも、ジェラとは既に風呂場で顔を合わせていたりするのだが。

「あら、クリス様。どうかなさいましたか?」

 俺達に気づくと、ジェラはこちらに向き直った。あの後ちゃんと着替えたらしく、ジェラが着ているメイド服が湿っている様子はない。

「ジェラ、ちょっと紹介したい人がいるんだけど……」

「あら……紹介したい人というのは、村正様の事でしょうか?」

「えっ? ジェラ、カイの事知ってるの?」

「はい、先程風呂場で背中を流して差し上げましたから」

(って、バラすの早っ!)

 ふふ、と微笑みながらそう答えるジェラ。それを聞いたクリスの機嫌が悪くなった様に見えたのは、気のせいだと思いたい。

「ふ、ふ〜ん。そうなんだ……」

「ええ。ああそうそう、村正様に伝えておくことがあったのを忘れてました」

「な、何だ?」

 激しく嫌な予感がする。何かジェラ、悪戯を思いついた子供みたいな目でこっちを見てるし。

「先程は私の体を洗っていただき、どうもありがとうございました。とっても気持ちよかったですよ」

 さらっと、爆弾発言をするジェラ。クリスは一瞬呆然としていたが、すぐに俺の方に向き直と、襟首を掴んでがくがくと揺さぶり始めた。

「かかかかかかかっ、カイ! どういう事っ!? ジェラの言ってる事って本当なのっ!?」

「くっ、クリス……揺さぶるの、止めて……くれ……」

「……あっ! ご、ごめんなさい……」

 ものすごい勢いで揺さぶられていたため気分が悪くなっていた俺に気づき、クリスは慌てて手を離した。けほけほと咳き込みながら、何とか呼吸を整える。

(ふぅ、シェイクされ過ぎて脳がジュースになるかとおもったぜ……)

「……それで、どういう事なの? ジェラの言ってる事、本当なの?」

「あー……まあ、前後の状況の一切合切を無視して事実だけを述べるなら、本当と言えなくもない」

 一応、嘘は言ってない。

「酷いですわ、村正様……あんなに激しく私を求めてくださったのは、嘘だと仰るのですか?」

「いや、激しくって……」

「『愛してるよジェラ、結婚しよう』『いけませんわ村正様、もしこんな所をクリス様にでも見られたりしたら……』『大丈夫、その時は二人の愛を見せ付けてやればいいさ』『ああ、村正様……』」

「いや、そんな事は一言も言ってなかっただろ!?」

 目の前で一人芝居を始めたジェラに、突っ込みを入れる俺。隣にいるクリスが険悪な雰囲気を発しているが、なるべく視界に入れないことにする。

「ジェラ……今回の事は、まあ五億歩くらい譲って許してあげる。けど今度カイに何かしたら、ただじゃおかないからね!」

「まあ怖い。ところでクリス様、何かとは具体的にはどのような事を指しているのですか?」

「えっちな事とか全部! いい、ちゃんと言ったからね!」

「あら、どうしてえっちな事は駄目なのですか?」

 猛然と食って掛かるクリスに対し、ジェラはからかうような声で尋ねる。

「駄目なものは駄目なの! カイはボクのお客さんなんだから、勝手にえっちな事したら駄目!」

「理由になってませんわね。クリス様の恋人だというのなら、まだ話はわかりますけど。村正様は、クリス様とお付き合いされているのですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 そう言われると、俺としてもこう答えるしかない。実際、クリスとは付き合っているというわけじゃないしな。付き合っているふりをするというのも考えはしたが、ここで嘘を吐くと後々問題になりそうだし。

「ふふ、村正様はこう仰ってますが?」

「うっ……たっ、確かにまだそういう関係じゃないのは確かだけど……」

「そうですか。では、まだ私にもチャンスがあるという事ですね」

(……何ですと?)

 思わず、ジェラの方へ目を向ける。ジェラは妖しく微笑みながら、クリスに見せ付けるように俺の腕に抱きついた。

「お、おい!?」

「ふふ……ねぇ、村正様。仕事ができて夜伽も上手なメイドはお嫌いですか?」

「じじじじじ、ジェラ! カイから離れて!」

「あら、どうして離れなければいけないんですか? 私が村正様とくっついていたら、クリス様にとって何か不都合な事でも?」

「いいから離れてっ! カイが困ってるでしょ!」

「そうなのですか、村正様?」

「いや、それはだな……」

 ここで面と向かってそう言えるなら、そもそもこんな状況に陥っていないわけで。

「まあクリス様がそう仰るのでしたら、今は引き下がるとしましょうか。でも、私はあきらめませんよ?」

「じぇ、ジェラなんかにカイは渡さないんだから!」

 そう言うと、クリスはジェラが抱きついているのとは反対側の腕にしがみついた。

「お、おい。二人とも……」

「あらあら、ライバル登場というわけですか?」

「まっ、負けないもん! 行こっ、カイ! ボクと一緒に、晩御飯食べよ!」

「ふふ……私の作った料理、たっぷり味わってくださいね」

「あー……」

 そのまま俺を引きずるようにして、クリスとジェラは夕食の場へと向かった。







 ……とまあ、そんな事があったわけで。

(まったく、ジェラのやつ……人をからかうのにも限度ってものがあるだろ……)

 何とか食事を終え、ため息を吐く。この事態を巻き起こした当の本人は、俺の隣の席でにこにこと笑顔を浮かべていた。何というか……クリスがジェラの事を苦手に思っている理由は、十二分に理解できた気がする。

 それはともかく、忘れない内にクリスに協力の話をしておかないとな。なるべく早目に話を進めておかないと、後々面倒な事になりそうだし。

「あー、クリス。あの時の話の続きをしたいんだが、いいかな?」

「あの時? ……ああ、ひょっとして協力の事?」

「そうそう。早いうちに聞いておきたい事がいくつかあるんだ。そういうわけなんでジェラ、ちょっと席を外してもらえないか?」

 ちらりとジェラの方へ視線を向ける。

「あら、二人だけでお話をなさるつもりですか? 私の事など、お気になさらずとも結構ですのに」

「いや、そう言われても……」

「それに、話の内容によっては私が力になれる事もあるかもしれませんよ。それでも、駄目なのですか?」

 ……むぅ。確かにジェラが協力してくれるのなら、それに越したことはないんだが……あんまりジェラに借りを作るのもな。とはいえ、あまり贅沢を言える立場ではないのも確かだ。ジェラが知っていてクリスが知らない事もあるかもしれないし、ここはやむを得ないか。

「……わかった。でも、この事は他の誰かに言ったりしないって約束してくれよ」

「ええ、わかりました。それで、どのようなお話をなさるつもりだったのですか?」

「そうだな……まず、二人は淫魔の肉って知ってるか?」

「淫魔の肉って……上級淫魔から精製する、淫魔の肉のこと?」

「ああ、そうだ。その淫魔の肉なんだが……どうにかして、手に入れる事はできないか? 直接仕入れるのが無理だったら、そういう物を仕入れる伝を持ってる人や、そういう人を知ってる人なんかを紹介してくれるとかでも構わないんだが……」

 マルガレーテが口にしていた、上級淫魔から精製するという搾精淫肉。マルガレーテやエミリアのような相手に対抗する為には、恐らくそれが必要になる。

 あの城から逃げ出す際には言霊を使えたおかげでどうにかなったが、次も同じ事が通用する保証などどこにもないのだ。ならば最低限、自力であの二人が扱う術に対抗するだけの備えが必要になるだろう。可能ならばあの二人と同等か、あるいは少し下程度の魔力は得ておきたい。

 だがクリスに教わって修行をしても、短期間であの二人に対抗できる魔力を得るのは難しいだろう。そこで、淫魔の肉が出てくるわけだ。

(俺は搾精肉床を口にして、淫魔の力を得た……淫魔の肉が上級淫魔より精製した物なら、下級淫魔から精製した搾精肉床よりも高い力を得る事ができるかもしれない)

 無論、あくまで希望的観測ではある。搾精肉床そのものに力があったのではなく、あくまで淫魔化の為のきっかけに過ぎなかったとしたら、すでに淫魔化を果たしている今では何の効果ももたらさないかもしれない。それどころか、下手をすれば思わぬ副作用が待っている事だってありうる。

 しかしそれでも、可能性はある。ならばここは、挑戦しておくべきだろう。幸い、まだ時間は二ヶ月ほどある。たとえ副作用の類があったとしても、それだけの期間があれば対処法も見つかるかもしれないしな。

「淫魔の肉かぁ……ちょっと難しいかな。あれって研究所とか、そういう伝でもないと手に入らないものらしいし……」

「そういう知り合い、クリスにはいないのか?」

「うん。ごめんね、カイ……ジェラの方はどうなの? 誰か、そういう伝のある人とかいない?」

「私ですか? うーん……」

 考え込む素振りを見せるジェラ。もしジェラもそういう伝を持った相手に心当たりがなければ、この話は終わりだ。実行できない手段は諦め、可能な手段でどうにかするしかない。

「……そうですね。一人だけ、可能性のある人物はいます」

「本当か!? それで、その相手には連絡を取れるのか?」

「今もご健在なら、多分大丈夫かと。生憎最後に会ったのが二十年前なので、確証はないのですが……」

「そうか……じゃあ、なるべく早めに連絡を取って欲しい」

「わかりました。では、明日にでも連絡を取っておきますね」

 望みは繋がった、か。なら、もう一つの事も頼んでおく必要があるな。

「それと、誰か生物学的な知識に詳しい人を紹介してもらいたいんだが……それもできれば、サキュバスと人間の両方に詳しい人がいい」

「生物学的な知識って、学者さんとか?」

「もしくは、医者とかだな。誰か、そういう人を知らないか?」

 実際に淫魔の肉を食べる前に、出来る事なら実験をしておきたい。その為には、生物学的な知識を持った専門家の存在が欠かせないだろう。

 また、俺自身の体についても出来るだけ調べておきたいというのもある。いざというときに、何かあったら困るしな。

「うーん……あんまりそういう人には心当たりがないなぁ……サキュバスって滅多に病気になったりしないから医者なんてほとんどいないし、ボク学者さんの知り合いとかはいないし……」

「それでしたら大丈夫です、村正様。先程心当たりがあると言った方が、その道の専門家ですので」

「そうなのか? それはずいぶんと都合がいいというか……」

 なんか、上手く行き過ぎてる気がしなくもないが……まあ、上手く行かないよりはいいだろう。

「じゃあ、頼むよジェラ」

「ええ、お任せください。では私は仕事がありますので、これで失礼させていただきますね」

 そう言うとジェラは優雅に一礼し、部屋から出て行った。

「うー……何かボク、全然カイの役に立ててない気が……」

「いや、そんなことはないぞ? ジェラに会えたのだって、元はと言えばクリスのおかげみたいなものなんだし。それに、クリスに手伝って欲しい事も他にあるしさ」

「手伝って欲しい事って、魔力の使い方とか魔界の事を教えて欲しいって事だよね?」

「そうそう。よろしく頼むな、クリス」

 クリスをなだめるように、頭を撫でてやる。クリスの方が年上だというのはこの際、気にしない。

「あっ……うんっ! ボク、頑張るね!」

「ああ、頼りにしてるぜ」

「えへへ……」

 もっと撫でてもらおうとでもいうのか、しきりに頭を俺の手の平に擦り付けてくるクリス。どうやら頭を撫でられるのが気に入ったらしい。まあ俺としてもクリスくらいに可愛い子を喜ばせるのに異存などあるはずもないので、そのまましばらくの間クリスの頭を撫で続ける事にした。

「……そうそう。それはそうと、明日の予定なんだが」

「……ふえ? 明日って……それはいいけど、何から始めればいいの? 魔力の使い方?」

 撫でられる体勢のまま、こちらを見上げるクリス。うーむ……こうしてみると、やはりクリスはすごく可愛い。クリスと比べたら人間界にいる女のほとんどは、道端に転がった石ころ程度の価値もないと断言できるくらいに。

 まあ、顔だけならマルガレーテだってクリスと比べても何ら遜色のないレベルではあったが……あっちは性格がな。

「ああ、それもあるんだが……その前に一度人間界に戻って、やっておく事があるんだ。頼めるか?」

「うん、任せて!」

 よし、これでどうにか元の世界に戻れる目処はついたな。後は……。

「それともう一つ、できれば明日出かけるまでにやっておきたい事があるんだ。協力してもらえるか?」

「いいけど、何をすればいいの?」

「実はだな……魔界にしかいない生物を何匹か、捕まえておきたいんだ。流石に手ぶらで戻ったんじゃ、状況を説明しても信じてもらえそうにないしな」

 やむを得ない事情があるとはいえ、すでに三週間程無断欠勤しているのだ。マルガレーテと戦うのなら、恐らく銃火器の類が必要になる。その為には、まだ今の仕事をクビになるわけにはいかない。

「そっか……それじゃあ、屋敷の人に頼んで何匹か捕まえておいてもらうね」

「そ、そこまでしてもらっていいのか? 籠とかだけ用意してもらえば、捕まえるのは自分でやるつもりだったんだが……」

「ううん、気にしないで。ボクがカイの力になりたくて、やってる事なんだし」

「そうか、助かる」

 何とも有難い。そこまで言われてしまっては、断るのも無礼になるだろう。ここは好意を有難く受け取っておくことにした。

「ふわぁぁ……ん、もうこんな時間か」

 ふと、壁にかかった時計に目を向ける。時計の針は十二時近くを指していた。明日の事を考えると、そろそろ眠った方がいいだろう。つーか今日は散々抜かれまくったので、いい加減寝たい。

「カイ、眠いの?」

「ん、ああ……今日は色々あって疲れたからな……」

「そっか……じゃあ、お客さん用の部屋に案内してあげるね」

 そう言うと、クリスは俺を連れて歩き出した。屋敷の中はかなり広く、部屋が幾つもある。俺の実家は平均的な日本の家屋に比べると大きい方ではあったが、それでもここと比べると雲泥の差があった。そのせいか自分が場違いな所にいるような気がして、どうも落ち着かない。

「ここだよ、カイ」

 いくつもの部屋を通り過ぎた後、ようやくクリスは歩みを止める。そしてノブに手をかけ、扉を引いた。

「どれどれ……………………って、広っ!?」

 で、部屋を見た俺の口から出た第一声が、これ。別にお世辞でも誇張でも何でも無く……本当にその部屋は広かったのだ。どのくらい広いかと言うと……まず、旅館で宴会をするような部屋(朱雀の間とかそんなやつだ)を想像して欲しい。その広さと天井の高さを二倍にすれば、ちょうど今の光景に重なるだろうか。天井には豪華できらびやかなシャンデリアが、太陽かと思えるほどの光を放っている。部屋の装飾も見事なもので、成金趣味に見られがちな品の悪さなど欠片も見当たらない。これ、下手したらこの部屋だけで俺の実家より広いんじゃないだろうか?

「あはは、びっくりした? まあ、本来この部屋は特に大切なお客様をもてなしたりするのに使う部屋だしね」

「ど、通りですごいと思った……って、いいのか? 俺なんかがそんな部屋を使っても……」

 まあ、女王七淫魔とやらにもてなされる相手ともあれば、これくらいの部屋が用意されていても不思議ではないのかもしれない。とはいえ普段は1DKのアパートで暮らしている身分としては、どうもこう、足下がスースーするような感じがするというか……嗚呼、我ながら何という庶民っぷり。

「いいのいいの。どうせ、当分ここを使う予定なんかないんだし。さっ、入って入って」

「あ、ああ……」

 何となく罪悪感を覚えながら、部屋に足を踏み入れる。一瞬靴を脱いで入ろうかとも思ったが、クリスの手前流石にそれは止めておいた。

「ここにいる間はこの部屋、自由に使ってくれていいからね。それじゃ、おやすみカイ」

「あ、ああ……おやすみクリス…………はぁぁぁぁ〜」

 ちょっぴり顔の筋肉を強張らせつつも、何とか笑顔を形作る。クリスが部屋を出てしばらく経った後、俺はキングサイズよりも二回りくらい大きいベッドに倒れ込んで大きな溜息を吐いた。

「何というか……こういう世界って、現実にあるものなんだな……」

 ここはどこの銭湯だと言いたくなるくらいに広い浴槽や、何十人も同時に食事が出来そうな食卓なんかを見て多少は想定していたつもりだったが、それでもこうして目の当たりにすると正直圧倒される。とはいえ、これから俺が立ち向かおうとしている相手はこの城の主と同じ女王七淫魔の一人なのだ。いつまでも圧倒されているわけにもいくまい。

「まあ、いい機会だし。こういう雰囲気に慣れておくのも、悪くはないか……ふぁぁぁぁ……」

 っと、どうやら緊張感よりも眠気の方が勝っているようだ。寝る前に着替えて……いいや、このまま寝てしまおう。

「よし、そういうわけだからもう寝る。おやすみなさい……zzz……」

 そこが魔界の森の中だろうとふかふかのベッドの上だろうと、寝ると決めたらすぐに眠れるのが俺の特技でもある。俺の意識は瞬く間に闇の中へと消えていった。







 そして、次の日。

「甲斐村正、入りたまえ」

「はい、失礼します」

 一度だけ深呼吸してから、俺はドアノブに手を掛けた。扉の向こうには、偉そうな顔をした連中が雁首並べて座っている。最も、偉そうな、ではなく本当に偉い立場ではあるのだが。

(何せ、全員公安調査庁のお偉方ばかりだしな……)

 それに引き換え、自分は調査庁の統括する部署の一つである化け物狩りの日本支部、そこにあるチームの内の一つを任されている存在に過ぎない。ここに座っている連中の一人でも俺の事を気に入らないと思ったなら、今日中に辞表を書くような羽目にだってなりうるのだ。なるべく話し方には気をつけないと。

「さて……本日我々が集まったのは、他でもない君の話を聞く為だ。多忙な我々をわざわざ集まらせたからには、それ相応の話を聞かせてくれるのだろうね?」

「はい。何分、内容が内容なので公に話すべきではないと判断し、ここにおいでの方達だけに話させていただく事にした次第です。皆様方にはその為に時間を割いていただき、真に感謝しております」

 向こうのジャブを軽く受け流し、軽く一礼してみせる。

 そもそも単にクビにならない為だけなら、直属の上司にでも物証を出して事情を説明すれば済む。それをわざわざこんなお偉方を集めたのにはれっきとした理由があった。この後俺が提案する話を通す為に、上司の口からではなく俺自身の口から今回の件の顛末を伝えておく必要があったのだ。無論都合の悪い部分は脚色して話すつもりだが。

「世辞はその辺でいい。さっさと本題に入りたまえ」

「わかりました。ですがその前に……これから話す事はとても信じ難い事なので荒唐無稽な作り話だと思われる方もいらっしゃるでしょうが、紛れもない真実です。それを踏まえた上で皆様には、どうか最後まで聞いて頂きたいのです」

「……いいだろう。話したまえ」

「では……」

 目を閉じ、一回だけ深呼吸。

 ……よし、落ち着いた。

「まず、皆様方は魔界という世界の存在をご存知でしょうか?」

「……………………はぁ?」

「…………ッ!?」

 雁首並べていた連中のほとんどが、『何を言っているんだこいつ……頭がおかしいのか?』とでも言いたげな顔をこちらに向ける。だが俺は見逃さなかった。その中のただ一人――このメンバーの中で最も地位が高い男が、一瞬その表情を強張らせたのを。確か、あの男は……公安調査庁総司令官の式島国彦(しきしま くにひこ)……とかいう名前だった気がする。あんまり自信はないけど。

「あー……君、頭は大丈夫かね?」

「残念ながら、意識ははっきりしております。ところで……話の前に私は確か、これから話す内容は信じ難いものですが真実なので、最後まで聞いてくださるようお願いしたはずですが……」

「なっ……きっ、貴さm……」

 椅子から立ち上がり、俺に向かって怒鳴ろうとする男。確かこの男は公安調査庁総務部本部長の……いいや、面倒だしただのおっさんって事で。

「どうやら私の声が聞き取りづらかったようですね申し訳ありませんでした、なるべく皆様のお耳に入りやすいよう心がけますのでどうかお許しください」

「ぐっ……わ、わかればいい……」

 俺が即座に自分から謝罪の言葉をまくし立てたせいで振り上げた拳を下ろすきっかけを失い、心中穏やかならずといった感じで腰を下ろすおっさん。むろんこんなおっさんでも俺にとって見れば目上の相手。その機嫌を損ねるのはあまり良くはないが、それでもこれから話す事の一つ一つに茶々を入れられるよりははるかにマシだ。話が横道に入ってばかりでは、どんな話をしても説得力は半減してしまう。

「……最後まで聞いた上で、判断してほしいという事だったな。いいだろう、続きを話したまえ」

「ありがとうございます。それで何故こんな事を言い出したかと言いますと、実際に私がその魔界に行く事になった為です」

「ふむ……行く事になったという事は、自らの意思で行ったというわけではないという事か?」

 さっき強張った顔を見せていた男が、こちらに尋ねる。こちらとしても、その辺りの事情については話しても問題ないので素直に答える事にした。

「はい。具体的には魔界に住んでいる知的生命体がこちらに来た際、たまたま私を獲物として選んだようです。私は催眠剤のようなもので意識を奪われ、目を覚ました時にはすでに魔界に連れ込まれた後でした」

 一応、嘘は言っていない。

「誘拐された、というわけか。それで、その知的生命体とやらの外見はどのようなものだったのかね?」

「基本的な外見は人に酷似していました。ですが違う点として、蝙蝠のような羽と黒い尻尾があり、雄生体が存在しない事などが挙げられます。彼女達は自分達の事をサキュバスと呼んでいました」

「サキュバスって……君、漫画やアニメの見過ぎではないのかね?」

 列席者の一人が、馬鹿にしたような目をこちらに向ける。だが俺が何か言うよりも早く、この中で一番偉い男が口を開いた。

「高村。私は彼の話を最後まで聞くと言ったはずだが?」

「し、しかし式島総司令! この男の話はあまりに馬鹿げています。我々を馬鹿にしているとしか思えません!」

「それは、彼の話を最後まで聞いてから判断すればいい事だろう……ああ、気にせず話を続けたまえ」

「は、はぁ……」

(何だ、この男……妙に理解があり過ぎるぞ。ひょっとして、何か魔界について知っているのか?)

 胸中でいぶかしみながらも、とりあえずはそのまま話を続ける事にする。

「彼女が言うには、自分は性的な拷問が趣味で、私をさらったのもその為だという事でした。私は彼女の所有していた、『アイアン・メイデン』という名の拷問具の中に入れられました。幸い、すぐに抜け出すことができましたが」

「ふむふむ……ちなみにどうやって助かったのだね?」

「蝶番が弛んでいたので、内側から強引に蓋をこじ開けて脱出したのです。その後私は見つからないように注意して彼女の館から抜け出し、そこから離れた場所にある森林地帯の中に身を隠しました」

 この辺は少々事実を改変している。流石に淫魔化した事まで話すと、妙な研究の実験台にされかねないしな。

「……それで、その後は?」

「私はそこで三週間程の間、そこで生活を送りながら助けを探しました。そして昨日ようやく私を助けてくれるサキュバスと出会い、この世界に戻ってくる事ができたのです。これで、私の話は終わりです」

 そう話を締めくくり、並んだ顔ぶれに目を向ける。大半は俺の話を疑っているようだったが、ただ一人……式島総司令とやらだけは、真剣な表情で俺の方を見返していた。

「そうか……ところで、何か君の話を証明するものはあるかね?」

「はい。そう仰られると思い、証人と物証を持参して参りました……クリス、入ってくれ!」

「は〜い!」

 俺の声を聞くや否や、元気な声で挨拶しながらクリスが部屋に入ってくる。

「……彼女が、証人というわけかね?」

「ええ、そうです。彼女がその、私を助けてくれたサキュバスです」

「はじめまして、クリスティーナ・ラグドリアンです。よろしくお願いします」

 男なら誰でも魅了されてしまいそうな笑顔を浮かべながら、クリスが挨拶する。見れば、おっさんどものほとんどは惚けたような表情になっていた。流石は女王七淫魔の娘、恐るべし。

 そしてただ一人……やはりこの男だけは、その表情をいささかも崩していなかった。否、むしろ先程よりも険しくなった気すらする。その視線は、クリスが持ってきた物――荷台を白いシーツで覆った台車へと向けられていた。

「……それで、それが物証というわけか。中身は何なのだね?」

「今、お見せします」

 俺はおもむろに、荷台にかかっていたシーツを引っぺがした。中にあったのは、籠に詰められた魔界の生物達だ。その奇怪な姿を見て、クリスの笑顔に見惚れていたおっさんどもはぎょっとした顔になる。

「なっ、何だこの生き物達はっ!?」

「これらは全て、魔界にのみ生息する生物だそうです。彼女が協力してくれたおかげで、持って帰ってくる事ができました」

 ちなみにここにいる生物の全てを、俺は食べた事があったりする。搾精クラゲは焙るとスルメみたいな味わいで、搾精蛇の味や食感は普通の蛇肉とほとんど変わらなかった。他の生物も基本的に悪くない味ばかりだったが、全部語るとそれだけで日が暮れそうなのでこの辺にしておく。

「このクラゲは確か……CIAの資料で同じ物を見た事があるな」

「えっ!? それは本当ですか!?」

「うむ……確か二年ほど前に、数ヶ月の間失踪していたあるエージェントが持ち帰ったという生物の写真がこれと同じ物だった。彼も君と同じように『魔界に連れ去られていた』というような事を口にしていたらしい」

 そうか、魔界から戻った事のある人物は俺が最初というわけではないのか……ほっとしたような、残念なような。

「ちなみに……その人物はどうなったんですか?」

「そうだな……確か今は、米国の精神病院にいるはずだ。向こうの言い分では、『精神異常を起こしたエージェントが、たまたま新種の生物を発見しただけ』という事らしいがな」

「その言い方だと、CIAがその男の言っている事をあくまで『精神異常者の戯言』として片付けたがっているようにも聞こえますが」

「かもしれんな。私も何度かその人物に面会できないか打診してみた事があるのだが、向こうはその話題になるといつも天気の話しかしなくなる」

 流石自由の国、何ともフリーダムな対応だ。

「……で、私もその彼と同じ扱いを受ける事になるわけですか?」

「そういうわけにもいくまい。今の所君の話に矛盾はないし、君が精神異常を起こしているようには見えん以上、我々が君を拘束する理由はないのだからな」

 そう言うと、男は意味ありげに口の端を歪めて笑ってみせた。俺は人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、それに応じる。

「……式島総司令、彼の話を信じるというのですか?」

「少なくとも、彼がこの生物達が生息している場所に行ったというのは事実だろう。それが魔界とやらかどうかはともかくとして……これらの生物のほとんどが目撃例の無いものである事を考えると、彼が行った場所は通常人が訪れるような場所でないと予想が付く。となれば、わざわざ好き好んでそんな場所に出向いたとは考えにくい」

 実際、その通りなのだから理屈が通っているのは当然と言えば当然だ。まああれでも信用しないようだったら、クリスに頼んで翼と尻尾を見せてもらうつもりだったが……どうやらその必要はなさそうだ。

「……では、今回の件について彼の処罰はどうされます?」

「無断欠勤とはいえ、彼の話を聞いた限りでは特に過失があるというわけでもない。とはいえ周囲の目もある以上、全くお咎め無しというわけにもいかん。減俸一ヶ月といった処分が妥当だろうな」

 よし、この位の処分なら想定の範囲内だ。後はどうやって、あの話を切り出すかだが……。

「それでは、この生物達はどうされますか?」

「研究科の方に回して生態を観察させろ。それと……」

 と、そこで男は俺の方に顔を向けた。

「悪いが、彼と二人で話がしたい。皆、席を外してもらえないか?」

「は、はぁ……式島総司令がそう言われるのでしたら……」

 不承不承といった感じで、おっさんどもが部屋から出て行く。

「あー……そういう事だから、話が終わるまで一階で待っててもらっていいか?」

「うん、わかった……カイ、気を付けてね」

 心配そうな表情を顔に浮かべながら、部屋から出て行くクリス。それを見送ってから、俺は男に向き直った。元々こちらから話を持ちかけようと思っていたが、向こうから接近してくるとは好都合だ。この機会、利用させてもらうとしよう。

「……それで、私に話があるとの事でしたが?」

「うむ、君をさらったというサキュバスの話について聞きたいのだ。ひょっとして、そのサキュバスはマルガレーテという名前ではなかったかね?」

 ドクン、と心臓が跳ねた気がした。

「何故、その名前を……」

「そうか……あの女、まだ生きていたのか……」

 貴方が知っているのですか、と続けようとした俺の言葉を遮り、男は憎々しげに呟いた。

「まさか……貴方もあの女に?」

「うむ……もう大分昔の事だがな……」

 クリスはマルガレーテの屋敷から自力で脱出したのは俺が初めてだろうと言っていたが、それは言い換えれば『自力でなければ』脱出した事がある者もいたという事。恐らくこの男も、マルガレーテの拷問とやらを受けた事があるのだろう。

「今でもあの時の事はよく覚えている。三十六年前……私はあの女の部下のメイドにさらわれて、魔界とやらに連れて行かれた」

 三十六年前ねぇ……この男の外見から察するに、当時は二十代前半あたりだろうか。部下のメイドというのは多分エミリアの事だろう。

「……ちなみに、貴方はどうやって助かったのですか?」

「私に使われたのは、水責め器という道具だった。まああの女の拷問とやらを味わった事があるのなら、大体わかるだろうが……性的にこちらを嬲る類の物だった」

 性的に、ね……水責め器というネーミングから察するに、搾精淫肉のような機能を備えた粘体でも使うのだろう。趣味の悪さは三十六年前も変わらないようだ。

「その途中で……私は渾身の力を以って、自分の『アレ』を引き千切った」

「あ、『アレ』って……まさか、その……男なら誰でも一本は持っている、『アレ』ですか?」

「うむ、その『アレ』だ」

 うわ……何というか、ものすごく痛そうな話だ。だが『アレ』を千切って助かったって事は、責めを受けていたのは『アレ』だけだったという事か。俺の入れられたアイアン・メイデンとやらは全身を嬲るタイプの拷問具だったから、てっきり水槽の中に閉じ込められて全身にそういった粘体でも浴びせるのかと思っていたが……どうやら違うらしい。

「そこまでしてでも生き残ろうとした私の覚悟とやらが、よほど気に入ったらしい。私は治療を受けた上で、この世界に帰されたよ」

 自嘲気味な笑みを口の端に浮かべる男。蔑んでいるのはマルガレーテか、はたまたマルガレーテに見逃されて生き長らえた自分自身か……あるいは、その両方か。

 だが、この男がマルガレーテにさらわれた事があるという事実がある以上、多少作戦を切り替える必要がありそうだ。

「……一つだけ聞いてもよろしいでしょうか?」

「……何だ?」

「貴方はあの女……マルガレーテの事を、どう思っていますか?」

 もしこの男がマルガレーテに対して憎悪を抱いているのなら、それはこちらの目的に利用できるだろう。だが時として年月は感情を風化させる。今もマルガレーテの事を恨んでいるかどうか……それは、絶対に知っておかねばなるまい。

「あの女について、どう思っているかだって?」

「ええ。正直に申しますと、私は……あの女を一度は痛い目に遭わせてやりたいと思っています。だから、同じ目に遭った貴方がどう考えているのかを知りたいのです」

 さあ……どう出る?

「痛い目に、か……ふふっ、はははははははっ!」

 突然、男は大声を上げて笑い出した。意外な反応に正直面食らう俺。

「ずいぶんと優しいのだな君は……痛い目程度で済ましてやるとは」

「……では、貴方ならどうします?」

「そうだな……最低でもあの女の両手両足、それから翼と尻尾を使い物にならなくした後で、考えうる限りの責め苦を与えて徹底的に弱らせてから殺すぐらいはせねば気が済まんだろうな」

 ……いくら何でも根に持ち過ぎだろ、それ。まあいきなり誘拐された挙句、アレを引き千切らなければ助からないような拷問にかけられたというのだから、気持ちはわからないでもないが……。

 ともあれ、この男のマルガレーテに対する憎しみはかなりのもののようだ。年月を経て風化する所か、むしろより強いものになったらしい。

「……まあ、いくら復讐をしたいと願った所で、叶わぬ事だったがな。あの女を殺すどころか、未だに魔界とやらへの行き方もわからずじまいだった……今日君が、ここに来るまではな」

 言葉を止め、男が顔をこちらに向ける。その目はぎらぎらと輝いており、男の積もりに積もった憎しみが相当の物である事を容易に理解させた。

「……今でも、復讐を諦めてはいないんですね?」

「無論だ。この歳ではもう、自力での復讐は難しいだろうがな……だが、今の私は当時と違い地位がある。完全武装の兵士を一個大隊程度奴の城に送り込んでやる事ができれば、いかにあの女が化け物だろうと殺せぬ道理はない」

 ……まあ、物理的な戦闘力だけで考えるならそうだろう。マルガレーテの城で見たサキュバス達も、それほど荒事に向いているようには見えなかった。身体能力もせいぜい人間の女性並みか、それよりいくらか上程度……エミリアやマルガレーテなど一部のサキュバスを除くなら、一般人ならともかく訓練を受けた兵士達の敵ではあるまい。

 だがマルガレーテ達サキュバスの能力を考えると、果たしてそうそう上手くいくかどうか……淫魔化してパワーアップしたはずの俺でも、エミリアの淫香を受けて行動不能になりかけたぐらいだからな。他のサキュバス達もあれほどのものかどうかは知らないが、何らかの特殊能力を持っていると考えた方がいいだろう。となると、所詮はただの人間に過ぎない兵士達が、それと対峙して生き残れる確率は……恐らくは、限りなくゼロに近い。例えマルガレーテを倒す事に成功したとしても、その際の死傷者が相当数に上る事は想像に難くないだろう。

「だから、君が魔界からこの世界に戻ってきた方法を教えてもらいたい。まさか、嫌とは言わんだろうな?」

 断ればどうなるかわかっているだろうな、とでも言わんばかりにこちらに詰め寄ってくる男。だがここで、はいわかりましたと素直に答えるようなら、わざわざここに留まった意味はない。

「そんな事はありませんが……残念ながら、その手段を実行できるような物ではないと思われます」

「……どういう事だ?」

「まず、この世界と魔界とを行き来する手段についてですが……これは彼女達サキュバスが生まれつき持っている魔力を使って、一時的にこの世界と魔界とを繋げる事により可能となるそうです。ですがこれには相当の負担がかかるらしく、通常なら数人がかりでないと行えないとか。先程紹介した、私を助けてくれたサキュバスはかなり高位のサキュバスとの事でしたが……その彼女でも、一日に二、三回繋げるのが限界だそうです。一度に行き来出来る人数も二、三人程度に限られるそうですから、一個大隊を送り込む事は難しいでしょう」

 もっともらしく言ってはいるが、本当なのは最初の一つだけで後は全て大嘘である。クリス曰く、下級淫魔なら数人がかりで世界を繋げる場合もあるが、中級淫魔以上なら自力で二つの世界を行き来出来るそうだ。クリスのような上級淫魔ともなれば、ほとんど負担はないらしい。また、過去には人間界にあった都市をまるごと魔界に持ち込んだサキュバスもいたという。上級淫魔がその気になれば、それぐらいの事は造作もないという事だ。よって、一個大隊程度なら一度に行き来させる事は十分に可能なのである。

 だがそれを馬鹿正直に伝える程、俺も愚かではない。この男が今の今まで魔界と人間界を行き来する方法を知らなかったという事から、その方法を想像するとなれば自身の経験に頼るしかない。そしてマルガレーテの拷問の性質を考えると、一度に多くの獲物を集めるよりも、質の良い獲物を選んで一人一人集めたであろう事は明白である。ちょうど俺がそうやって連れて行かれたように。それは、恐らくこの男も同じであろう。だから、この男は多人数を同時に行き来させる事が出来る事はまだ知らないはずだ。そこに、俺の付け込む余地がある。

「だが、それなら数回に分けて送り込めば……」

「その間、最初に送り込んだ兵士達をどこで待機させるんです? 兵士達の食料の問題もありますし、長期間待たされれば兵士達の士気も下がるでしょう。何より長期に渡って兵士を動員する事になれば、彼等がいなくなった事に気付いた者達が必ず騒ぎ出します。上手く理由をこじつけた所で、中には納得しない者もいるでしょう。そうなればその部署の仕事も滞りますし、場合によっては上からの査察が入る事も有り得るかと。最悪、今の地位から追い落とされる事にもなりかねませんよ」

「ぐ、ぐぅ……」

 苦虫を噛み潰したような表情で呻く男。

「それに聞いた所によると、上位のサキュバスなら派手な魔術の使用は感知できるそうです。もちろんマルガレーテも例外ではないでしょう。あの女がそれを放っておくと思いますか?」

 これは半分本当で半分は嘘。クリスから聞いた話によると、上位のサキュバスが派手な魔術の使用を感知できるというのは本当だが、感知できる範囲には限りがあるということだ。それに、人間界と魔界とを行き来するサキュバスはかなり多いらしい。マルガレーテが女王七淫魔の一人だといっても、人間界と魔界とを行き来する者全てを把握しているわけではあるまい。まあひょっとしたら出来るのかもしれないが、流石にそこまであいつも暇じゃないだろうし。

「……ならば、どうしようもないというのか? いつか必ず、あの女に復讐する……それだけを願って今の地位まで上り詰めたというのに、その全ては無駄な努力に過ぎなかったというのか!?」

 血が滲みそうなほど拳をきつく握り締め、男は顔を怒りで歪ませる。復讐のためだけに努力を続けてきたのに、肝心の願いは叶わないとなればその怒りも当然だろう。

「同じ目に遭わされた者として、お怒りはよく理解できます。そこで、私から提案させていただきたい事があるのですが……」

「提案……? まあいい、言ってみろ」

「はい。あなたのその復讐心……私に託してはいただけませんか?」

「託す……?」

 言っている意味がわからないといった表情を顔に浮かべる男。

「ええ。ここだけの話……私は、マルガレーテを殺しうる手段に心当たりがあります」

「何!? それはどういうものだ、詳しく説明しろ!」

「慌てないでください、今順序立てて話します。少々長くなるかとは思いますが、構いませんか?」

 もちろん、男が断る筈はない。男が首を縦に振ったのを確認してから、俺は話を始めた。

「まず最初に、魔界におけるあの女の地位についてはご存知ですか?」

「確か、魔界における貴族だとは言っていたが……それがどうかしたのか?」

「ええ、大いに関係があることです。あの女は女王七淫魔と呼ばれる、魔界でも七人しかいないという有力者の一人です。奴の配下も、高い格を持つ者が多いとか。ですが、高い地位を占める者には当然敵も多いものです。例えば……同じ女王七淫魔にも彼女を良く思わないものはいるでしょう」

 時に真実を話し、時に嘘を織り交ぜる。それが交渉の極意というもの。その為には、相手がどの程度情報を持っているかを見極める事が肝心。この男が魔界の情報をそれほど持っていない以上、いくらでも騙しようはあるというわけだ。

「……なるほどな。それで?」

「幸運にも私は、その内の一人に繋がる人物と知り合う事が出来ました。先程紹介したサキュバスがそうです」

「彼女が、か……信用できるのか?」

「信用できないようなら、そもそもこの場に連れては来ませんよ。まあそれはともかく、話の続きといきましょうか」

 こほん、と咳払いをして、一呼吸置いてから再び口を開く。

「仮に、マルガレーテに敵意を抱くAという名の女王七淫魔がいたとしましょう。このAがマルガレーテを排除したいと考えるなら、その方法は大きく分けて二通り有ります。一つは何らかの弱みを見つけ、今の地位から追い落とす。いわゆる社会的な排除というやつですね。もう一つは……物理的な排除、つまりは……」

「暗殺、というわけか」

「ええ。ですが直接手を下した事が明らかになれば、自分に咎が及ぶ場合はどうします?」

「自分とは関係のない人材を利用して、襲撃させるという事か?」

「普通に考えるなら、そうなるでしょう。ですが先程申した通り、あの女もその部下達も、かなりの実力者ばかり。そこらの連中では犬死にするだけでしょう。かといって社会的に追い落とそうにも、奴が高い地位を占めている以上それも難しい……ですが、意外な所に落とし穴がありましたよ」

 一旦、言葉を切り男の反応を伺う。

「その、落とし穴とは何だ?」

「種を明かせば簡単な事ですがね……サキュバス達は確かに魔力を扱えるという点では人間より優れていると言えますが、それゆえに科学技術を進歩させる必要がなかったのです。故に……扱う武器の類も、剣や槍などといった中世同様の物に過ぎないのですよ」

 これは本当の事だ。サキュバス達は魔力があれば大概の事が出来る為、技術の開発よりも魔術の研究の方が盛んらしい。クリス曰く「魔界での魔術の研究は人間界より三千年くらい進んでるけど、科学技術は人間界より二百年は遅れてるかな」だそうだ。

「……大体話の筋が読めてきたぞ。つまりそのサキュバス達に銃火器を与えて、あの女を殺させようというのだな?」

「そんな所です。人間一人分の重量となれば、結構な数の銃火器を運び込めますから。まあ、銃に慣れさせる為の訓練期間はある程度必要でしょうがね」

 もっとも、ここで話した内容はあくまで必要な銃火器をそろえる為の出任せに過ぎなかったりする。まあ魔界についてそれほど詳しい情報を持たないこの男が、この話の虚実を読み取る事は出来まい。世知辛いこの世の中で、情報というものは極めて重要なものなのである。

「だが……首尾良くあの女を殺せたとして、その後はどうする? そのサキュバス達に渡した銃が、こちらに向けられないという保証はあるのか?」

「その心配はありません。そもそも銃というのは弾丸とセットで効果を発揮するもの。弾丸を手出し出来ないよう管理さえしておけば、どうという事はありません。魔術による物質の複製は可能だそうですが、構造を詳しく知らない物の複製は出来ないそうですから問題はないでしょう。仮に……」

「銃を手に反旗を翻したとしても、弾薬が尽きればそれまで……というわけか」

 まあ、この辺の説明については予め練ってあるからな。そうそうボロが出る事はないといっていい。

「……話はわかった。ところで……この話の対価として、お前は何を求める? 地位か? それとも金か?」

「私が望むのはそのどちらでもありません。強いて言うならば……名誉といった所ですか」

「名誉? どういう事だ?」

 ……よし、ちゃんと食いついてきたな。こうなれば後は、逃がさないよう釣り上げるだけだ。

「実はですね……この話が終わった後で、やりたい事が一つあるのですよ。ですから成功の暁には、その話に協力していただきたいのです」

「協力だと? 一体何をしようというのだ?」

「端的に言ってしまいましょう。私がやりたいのは……魔界の調査です」

 満を持して、取って置きのカードを切る。

「魔界の、調査?」

「ええ。この件が上手くいけば、私はそのサキュバス達の信用を得る事が出来ます。そうすれば、魔界についてのより詳しい情報を得る事も出来るでしょう。無論様々な危険も予想されるでしょうが……それ相応の装備があるのなら、如何様にでも対処できるというものです」

「なるほど……名誉というのは、そういう事か」

「その通りです。魔界という今まで知られていなかった世界を調査できたとなれば、それにより得られる名声も相当のものになるでしょうから。最も、生きている間に評価がなされるとは限らないのが少々辛い所ですがね」

 最も、これは半分本音で半分は嘘。マルガレーテの件が済んだ後で魔界の調査をやるつもりなのは本当だが、それは別に名誉心によるものというわけではない。まあそういった考えが全くないと言えば嘘になるかもしれないが、どちらかというと好奇心の方がそれよりも強かったりする。

「それに我々人類はサキュバス達の住む世界の事を大して知ってはいませんが、彼女達は我々の世界の事を良く知っているそうです。それどころか、中にはこちらの世界に住み着いている者達もいるとか……この現状、少々無防備過ぎるとは思いませんか?」

「確かに……いつ何時、その者達が騒動を引き起こすかもしれんというのに、こちらは奴等の事をほとんど知らんというのだからな……」

「でしょう? 今後あの女のような存在が現れたとしても、こちらが魔界の事を知っているならいくらでも対策が取れるというもの。だからこそ、魔界の調査が必要なのです! 無論、調べ上げた情報はまとめてそちらにお渡しします。どうでしょう……この話、乗っていただけますでしょうか?」

 ここまで都合のいい話を用意してやったのだ。男の返答など、一つしかない。

「……いいだろう。その話、乗った。君が担当していた……確か、チーム・ガンマだったな。チーム・ガンマは、別な者を選任して引き継がせるとしよう。銃器に関しては、明日の昼頃には数を用意出来るよう、手を回しておく。何としてもあの女を殺せ」

 よし、上手くいった。口の端が歪みそうなのを堪え、胸中でほくそえむ俺。

「ありがとうございます。それと、もう一つお願いしたい事があるのですが……」

「何だ? 言ってみろ」

「実はですね……私の同僚の須藤啓という男を、その件に協力させたいのです。流石に私一人で全てをこなすというのは無理がありませんし、いざというときのバックアップをこなせる人物も必要ですから。その為にはその者が実力者で、尚且つ信頼できる人物である事が肝要である事は、式島総司令ならお分かりでしょう?」

 これくらいの内容なら、すんなりと受け入れられるはず。だがそんな俺の予想とは裏腹に、男の顔は渋いものだった。

「須藤啓……そうか、君は彼の知り合いなのか。残念ながら、その要求を叶えるのは少々難しいだろう」

「何故です? 業務命令という形なら、彼が逆らうとは思えませんが」

 あいつは基本的に真面目な奴だから、よほど無茶な命令でもない限り逆らうような事はないはずなんだが……それに、何故この男が啓の事を知っている? いくら訓練所を首席で卒業したとはいえ、この男からすれば雲の下の出来事に過ぎないだろうに……何かあったんだろうか。

「そうできればよかったのだが……もう辞めてしまった人間に、業務命令をするわけにもいかんだろう」

「辞めた!? 彼がですか?」

 馬鹿な、あいつが化け物狩りを辞めるはずがない! 俺は、あいつが化け物狩りに入った理由を聞いた事がある。あの時垣間見た、人ならざる者に対する憎しみ……あれは紛れもなく本物だった。その啓が、化け物狩りを辞めただって……一体何があったというんだ?

「うむ……といっても彼自身の意思によるものではなく、外的な要因によるものだがな」

「外的な要因……どこかから圧力でもかかったんですか?」

「詳しくは私もよく知らんが……上の話によると、米国のお偉方からの要求だそうだ。何でも政治家としては当の昔に一線を退いたが、今なお政界で強い影響力を持っている人物らしい」

「そんな大物が……一体どうして彼を?」

「これは私の考えに過ぎんのだが……この件にはサキュバスが関わっている可能性がある」

 サキュバスが関わっているって……まさか、マルガレーテが?

「それは一体、どういう事ですか?」

「彼が最後に書いた報告書を読んでみろ。そうすれば、私の言いたい事はわかるはずだ。許可は私の方から出しておく」

「わかりました……それと、その報告書はいつ書かれたものですか?」

「確か、三週間前だったな。ちょうど君が誘拐されたのと、同じくらいの時期のはずだ」

「ありがとうございます。では、また……」

 一礼し、俺は部屋を出て階下へ向かった。







「ふむふむ……なるほどな」

 啓の書いたという報告書に目を走らせながら、俺はそう呟きを漏らしていた。

(ぼかして書いてはあるが、啓が戦ったという植物型の敵……恐らくサキュバスと踏んで間違いないだろうな。精液を吸収するという特徴はサキュバスそのものだし、その手段については俺が経験したものとは少し違うが、サキュバスには人型以外の者も存在するとクリスは言ってた。その手段だって様々なものがあった所でおかしくはない)

 現に、クリスとジェラでは搾精の手段も異なるようだったからな。そこまではまあ問題ない。だが……

(この協力者のウェステンラ・ノイエンドルフって奴は一体何者だ? 少なくとも、マルガレーテと何らかの関係があるのは間違いないだろうが……)

 啓がこの報告書を書いた時刻には、俺はまだマルガレーテの城にいたはずだ。だから時系列で考えると、マルガレーテが俺に嫌がらせをするために啓をクビにさせたという可能性は恐らくないだろう。

 だが、それならこの協力者とやらは一体何者なのか?

(データではイギリスの退魔師となってるが、どこまで信用できたものやら……大体、マルガレーテと同じ姓ってのがな……)

 たまたまマルガレーテと同じ姓を持つ者が、たまたま俺の知り合いと接触したというのだろうか? まあ、その可能性は無くはないが……

(偶然か、必然か……それが問題だな)

 とりあえず、啓に話を聞いてみよう。そう考え、俺は携帯を取り出した。電話帳から啓の名前を選択し、電話をかける。数回のコール音の後、繋がった。

「……もしもし、須藤ですが?」

「よう、俺だ啓。元気にしてるか?」

「何だ、村正か。ここしばらく連絡が付かなかったけど、どうかしたのか?」

「ああ、ちょっと色々あってな。それはそうと、お前に聞きたい事があるんだが……」

『ん、何だ啓。誰かと電話してるのか?』

 電話の向こうから、女の声が聞こえてきた。それに対し、啓は『前の職場の同僚だ』とだけ説明する。

「ああ、すまない。それで、聞きたい事ってのは何だ?」

「実は、お前の報告書にあった協力者と話がしたいんだけどな……ひょっとして、今そっちにいるのがそうなのか?」

 クリスの話では、俺以外に男性型の淫魔は存在しないとの事だった。そしてマルガレーテと同じ姓を名乗っているとなれば、恐らくはサキュバスのはず。さらに言うと、奴が部屋に上げるほど親しい知り合いは、俺を除けばほとんどいない。ましてや、女性となれば尚更だ。

「……相変わらず勘が鋭いな。あいつと代わればいいのか?」

「ああ、頼む」

「わかった……おい、ウェステンラ。お前に話があるらしい」

『我にか? むぅ……』

 不承不承といった感じの声が、電話口から聞こえてくる。

「……はい、お電話代わりました。それで、私に話があるとお聞きしましたが?」

 電話口からの声を聞いていなければ思わず騙されてしまいそうな、猫を被った対応。声だけ聞いたなら、どこぞのお嬢様かと錯覚しても無理はあるまい。

 さて……いつまでその皮を被り続けられるか、見せてもらうとしようか。

「ああ、そうなんだ。単刀直入に言おうか……ウェステンラ・ノイエンドルフ、お前はサキュバスだな?」

「……ッ!?」

 向こう側で、彼女が息を呑んだのがわかった。やはり、そうだったか。

「あ、あの……何の事でしょうか? それに、サキュバスというのは……?」

「とぼけなくてもいい。ちゃんと調べはついてあるんだからな……あと、わざわざ猫を被る必要はないぜ? そういう話し方が嫌いってわけじゃないが、腹を割って話し合うには向かないだろう」

「……腹を割って話し合う、だと? 一体何をだ?」

 あっさりと皮を脱ぎ捨てるウェステンラ。中々に早い変わり身に内心舌を巻きながらも、それを表に出さず話を続ける。

「簡単な事だ。聞きたいのは三つ……一つはあんたが、マルガレーテ・ノイエンドルフとどういう関係なのかって事だ」

「……何故、お前はその名前を知っている?」

「おっと……それが聞きたいのなら、先に俺の質問に答えてもらおうか。まあ無理に答えろという気はないが……正直に答えた方が、後々の事を考えると有利になると思うぜ?」

 いざとなったらこちらは、あの男にウェステンラがマルガレーテと繋がりのあるサキュバスだという事をばらすという嫌がらせも出来る。ウェステンラがどの程度の力の持ち主かは知らないが、電話の向こう側にいる相手を今すぐどうこうするわけにはいくまい。

「……マルガレーテ・ノイエンドルフは……我の不肖の姉だ」

 やはりそうだったか。多分親戚か家族辺りだろうと思っていたが……となれば、次に聞いておく事は……。

「なるほどね……じゃあもう一つ。ウェステンラ、あんたはマルガレーテの事をどう思っている?」

「どう思っている、とは……?」

「好きか嫌いか、あるいは敵か味方か、という事だ。返答によっては、こちらとしても相応の対策を取らなければならないんでな……正直に答えてもらいたい」

 考えを口から出す事を躊躇っているのか、僅かな間ウェステンラは沈黙する。だが黙っていても仕方ないと判断したのか、ゆっくりと口を開いた。

「姉上の事は……そうだな。昔は好きではあったし、尊敬もしていた。あくまでも、二百年前までの話だがな……」

 二百年前……確か、マルガレーテが台頭してきた時期だったな。

「なら……今はそうではない、と?」

「……ああ、そうだ。姉上があのような真似を続けるのならば、いずれは倒さねばなるまい」

「そいつを聞いて安心したよ。少なくともあんたは、マルガレーテのやっている事が正しいとは思っていないんだな?」

 俺の問いかけに対し、ウェステンラは沈黙で答える。

「それじゃあ最後の質問といこうか……例の事件で、あんたは何故啓をクビにさせたんだ? 啓が何かを知ってしまったからクビにさせたのか、それとも何かの都合でクビにせざるを得なかったのか?」

「……先程から、痛い所ばかり突いてくるな。何か我に恨みでもあるのか?」

「そういうわけじゃないさ。問題点をつついたら、それがたまたまあんたの痛い所だったってだけだからな。それで、どうなんだ?」

「それについては、両方と答えておこう。啓をクビにしたのは我の目的に使うためだが、サキュバスについて様々な情報を知っていればよりその目的に叶いやすいという理由もあったのは事実だ」

 ふむ……まあ確かに、同じ能力の持ち主が二人いて、その中でどちらかを仲間に加えるなら、より情報を知っている者の方が事情を理解しやすいだろうからな。

「なるほどね……ちなみにその目的ってのは?」

「人に害をなす淫魔の退治といった所だ。我は荒事は好まぬが、下賎な淫魔は暴力に訴える事が多い。故に、戦闘能力に長けた者を必要としたわけだ」

 所謂ボディーガードのようなものか。そういや、啓の亡くなった親父さんはボディーガードをやっていたと聞いた事がある。妙な繋がりもあるものだ。

「さて……こちらからもいくつか質問させてもらうぞ」

「ああ、いいぜ。でも、スリーサイズは内緒だからな?」

「………………まず一つ目。お前は、どこで姉上と知り合った?」

 ……ちっ、スルーされたか。まあ冗談だし、どうでもいいけどな。

「何……ちょっと前にあいつに誘拐された事があってな。まあ、何とか抜け出す事は出来たんだが」

「抜け出しただと? まさか、自力でか?」

「一応はな。とはいえ、どうも俺はあいつに随分と気に入られたみたいでな……今の身分としては、仮釈放された囚人のようなものだ。おかげでこっちとしては、裁判の日までに対策を練らなきゃいけなくなった」

「あの城から自力で……少々信じがたいな……」

 そう言われても、実際その通りなのだから仕方ない。

「それで、他に質問はあるか?」

「そうだな……お前は、啓とどういう関係だ?」

「どういう関係も何も……ただの元同僚だが?」

 わざわざ啓が言っていた事を、聞く必要があるとは思えないんだが……正直質問の意図が掴みかねる。

「そ、そうか……だがそれにしては、随分打ち解けて話していたように見えたが?」

「そりゃまあ、結構付き合いも長いしな……あ、ひょっとしてあんた、啓の事が好……」

「なななななななっ、何を言おうとしているかっ!?」

 ……図星か。わかりやすいなオイ。

「……まあ、質問の意図は飲み込めた。しかし、恋人の友人に嫉妬するなんて、中々可愛らしい所もあるじゃないか」

「だっ、誰が啓と貴様の関係に嫉妬などしているかっ! そ、それに、我と啓が、こここっ、恋人などとっ……!」

「おや? 俺は啓と俺の話だなんて一言も言ってないぜ? それにあんたが啓の恋人だとも言ってないが?」

「ぐっ……!」

 ふっ、勝ったな……まあ、だからなんだと言われればそれまでなんだが。

「とっ、ともかくっ! 我と啓とは何でもないのだから、そういった下種な勘繰りはよしてもらおうかっ!」

「わかったわかった。照れくさがり屋なんだなウェステンラは。それが今流行のツンデレってやつか?」

「こっ、このっ……!」

 ……おっと、流石にこれ以上怒らせるのは不味そうだ。話題を変えるとするか。

「まあこの話は脇に置いておくとして……他に何か質問はあるか?」

「ふん……もういい。大体の事はわかった」

 ありゃま、随分とヘソを曲げてしまったようだ。まあ必要以上の質問を避ける為、意識的にそうやった部分もあるんだがな。

「ああそうそう、もう一つだけ聞いておきたい事があった。あんたは近い内に、マルガレーテと会う予定はあるか?」

「……それが、どうかしたのか?」

「いや……もし俺より先に会う事があったら、伝言を伝えてもらいたいと思ってね。あいつに会ったら、『近い内に甲斐村正がそちらに行く。首を洗って待ってろよ、五百歳オーバーの拷問狂』とでも言っておいてくれ」

「……何だ、その伝言は」

「そう伝えてくれれば、多分わかるだろうさ。それじゃ、啓によろしく言っておいてくれ」

「……わかった。では切るぞ」

 ぷつん、と電話が切られる。

「どうやら、取り越し苦労だったか……」

 あの様子から判断する限り、ウェステンラが口にしていた言葉に嘘はなさそうだった。となれば、この件はあくまで偶然と考えた方がいいだろう。

「っと、もうこんな時間か……そろそろクリスを迎えに行かないとな」

 俺は携帯を仕舞い込み、クリスの元へと向かった。







 携帯を啓に返し、盛大に溜息を吐き出す。

「どうした? 随分と不機嫌そうな顔じゃないか」

「不機嫌にもなるわ。何だ、あの男は?」

 内心の苛立ちを隠すことなく、啓にぶつけてやる。全く……あれだけ終始に渡って話のペースを握り続けられたのは久しぶりだ。あの男は、かなりの交渉上手らしい。

「何だと言われてもな……何か、村正に言われたのか?」

「言われたも何も……っ!」

 思わず口にしかけた言葉を、寸での所で押し止める。危ない危ない、思わず奴に言われた言葉をそのまま口にしてしまう所だったではないか。我と啓が……その……こ、恋人だなどと……。

「……何だ? 急に黙り込んで……」

「なっ、何でもないっ!」

 慌てて手をぶんぶんと振り、追求を遮る。

「とっ、ともかく……我はあの村正という男について話を聞きておきたい。奴がどんな男なのか、詳しく聞かせてもらうぞ」

「詳しくね……あいつと知り合ったのは訓練所に入ってすぐの頃だったから、それ以降の話でよければ構わないが」

「それでいい。ともかく、話を聞かせてもらおうか」

 こちらばかりが情報を知られている現状は甚だ不利であるし、何より非常に面白くない。次に交渉を行う機会があった時のためにも、村正という男の情報を仕入れておいた方がいいだろう。まあ、そんな機会が本当にあるかどうかはわからないが。

「そうだな……あいつと知り合ったのは訓練所にいた頃だ。あそこにいた時俺はずっと首席だったが、その一つ下に村正はいつもいた」

「という事は、貴様の方が奴より成績は良かったという事か」

「総合成績はな。だが筆記試験はいつも互角だったし、格闘やサバイバル、それにチーム戦ではあいつの方が優秀だった。まあ、射撃やその他幾つかの訓練では俺の方が優秀だったとは思うが……あいつがまともにやっていたなら、下手をすると首席の座を奪われていたかもしれない」

 意外な反応だった。啓が訓練所で首席だったという事はデータで知っていたが、その一つ下に奴がいたとは。しかも啓の言い方では、奴の方が優れているかのようではないか。

「というと、奴はそれほど熱心ではなかったという事か?」

「努力家ではあったがな……あいつは万能型ではあるが、一つの事を極めようとするタイプじゃない。訓練所にいた時も、ドイツ語で書かれた医学書だの精神分析学の本だの、おおよそ任務には関係なさそうな本ばかり読んでいたからな。後はこっちの理由の方が大きいかもしれないが……あいつは自由奔放で型に嵌る事を嫌うタイプでもあった。だから下や同期の連中とは仲が良かったが、教官達には睨まれてたからな。それがなかったら、首席になっていたのはあいつだったかもしれない。少なくとも口の上手さや状況の判断力では、あいつの方が上だと断言できる」

「ふむ……まあその辺は、何となくわかる気はするな」

 この辺りの情報は、奴と会話して感じた印象とほぼ合致する。

「それで……奴は信用できる男なのか?」

「こちらが誠実に対応する限りではな。何しろあいつの家の家訓には、『誠意には誠意を、敵意には敵意を、悪意には悪意を、そして殺意には殺意を』というのがあるらしい」

「どこのハムラビ法典だ、それは……だがまあ我としては、奴が首席でなくてよかったといった所か」

 元々、我が探していたのは実戦経験が豊富で高い戦闘能力を持つ者だった。とある筋から手に入れたデータの中で啓を選んだのは、啓がその中で最も高い評価の持ち主であったからでもある。無論我と上手くやっていける人物かどうか、実際に会って確認はしたが……もし村正という男が首席だったなら、今頃はその男と共に行動する事になっていたかもしれない。実力はあるのかもしれないが、我としては人にからかわれるのは好きではないからな。

(まあ正直、啓がこれほど気になる存在になるとは思いもしなかったがな……って、何を考えているのだ我は! ち、違うぞこれは! あくまで啓に対するこの感情は、その……人間が猫などの愛玩動物に対して抱くようなものであって、決して、こ、恋人同士などという浮付いたものでは……っ!)

 思わず頭をブンブンと振って、余計な考えを打ち払う。

「……さっきからどうしたんだ? 赤くなったかと思えば、突然変な行動も始めるし……何か変だぞ、今日のお前」

「なっ、何でもない! 何でもないから、この話はもういい!」

「……まあ、お前がそういうなら止めはしないけどな」

 そう言うと、啓はあっさりと引き下がった。追求されなかった事にほっと胸を撫で下ろす。

(しかし……あの男、妙な事を言っていたな。近いうちに姉上の元へ行くだとか……何か当てでもあるのか?)

 ただの人間が、人間界と魔界とを頻繁に行き来できるとは思えない。となれば、誰かサキュバスの協力者でもいるのだろうか?

(さっきの電話で、聞いておけばよかったか……とはいえ、今更だが)

 今からかけ直すのは少々不自然だし、何よりまた何らかの情報を聞き出される事になるかもしれない。それを考えると、迂闊に電話をするのは躊躇われた。

(……いや、待てよ? あれは確か……)

 ふと、ある事が頭に思い浮かぶ。それを確かめるために自分の鞄に手を伸ばし、そこから一冊の手帳を取り出してページをめくった。

(……これだ! ノイエンドルフ城が一年に一回、人間界に姿を現す日……恐らく奴はこの情報を掴んでいるに違いない! だから奴は近い内にそちらに行くと言ったのだろう)

 手帳に示された日付は、ちょうど一週間後。

(……今から準備をすれば、必要な物を揃えるのは十分可能か。どうせ、いずれは戦わねばならぬ相手。ならば……このチャンスを逃す手はないな)

 恐らく啓に頼ませれば、それなりの協力を得る事も可能だろう。いざとなれば奴に敵を引き付けさせ、我と啓で姉上を暗殺するという手もある。

 よし、そうと決まれば話は早い。まずは啓の予定を聞いておくか。

「ところで啓、一週間後に何か予定は入っているか?」

「俺の予定か? ……特に予定はないが」

 よし、好都合だ。まあ仮に予定があったところで、キャンセルさせるだけだがな。

「ならば空けておけ。その日、いつもの仕事をしてもらう。もっとも、今度の相手はかなりの大物だがな」

「わかった、空けておこう。こちらとしても、いつもどおり化け物を狩れるのなら文句はないからな」

 そう言うと、啓は台所の方に向かった。

「それはそうと、今日の夕食は何だ? 」

「お前の好物のスパゲッティだ。まあ、ソースはレトルトだが」

「むぅ……たまにはソースくらい、作っても罰は当たらんだろう」

「そういわれても、俺はそんなに料理が上手いわけじゃないからな……村正なら出来るかもしれないが。あいつ、料理とか得意だし」

「そうなのか? ふむ……」

 いいことを聞いた。今度機会があれば、作らせるとしよう。

「まあ、今日はそれで我慢するとしよう。そら、さっさと作るがいい」

「あのな……せめて食器の用意くらいは手伝ったらどうなんだ?」

「ほう、雇い主に向かってそのような事を言うのはこの口か?」

 後ろから手を伸ばし、口元に指を引っ掛けて横に広げる。

「……ひほのふぁほへあほふふぁ」

「んー、何を言っているのか聞こえんなぁ?」

「……人の顔で遊ぶなと言ったんだ。全く……」

 口元にかかっていた我の指を引き剥がし、呆れたような表情を顔に浮かべる啓。

(まあ、今しばらくはこんな時間を楽しむのも悪くはないか……)

 そんな事を考えながら、我はしばらくの間啓をからかって遊んでいた。







「……お待たせ、クリス」

「も〜、遅いよカイ。ボク待ちくたびれちゃうかと思っちゃった」

「悪い悪い。ちょっと用事が長引いてな……」

 頭を下げて謝る俺。傍目から見れば少々格好悪いかもしれないが、この際それは気にしない事にする。

「それで、これからどうするの?」

「まずは、一旦魔界に戻りたいな。ジェラに頼んだ事が上手くいったかどうかも聞いておきたいし、出来れば時間がある内に魔術の事も教えてもらいたいし」

 何せ、後二ヶ月と一週間程度しかないのだ。出来る事はなるべく早く済ませておくに越した事はない。

「そっか……それじゃ、この辺りで人目につかないような場所ってある? 流石に魔術を使う所を、人に見られるとまずいし……」

「人目につかないような場所か……それならこっちの方の路地の奥に行けば、大丈夫だと思うぞ」

「じゃあ、そこまで案内お願いするね」

 任された、とばかりにクリスを連れて目的の場所へと向かう。二、三分程歩き、人の気配が完全に無いのを確認してから俺はクリスに声をかけた。

「よし、大丈夫だ。じゃあクリス、頼む」

「おっけ〜い! それじゃ……」

 集中するように目を瞑り、両手を前へと突き出すクリス。

「……開け!」

 かっと目を見開き、クリスは両の手を左右に広げる。次の瞬間、クリスの前の空間に、人がすっぽり入れそうなサイズの黒い穴が開いていた。

「……うん、いいよ。それじゃ、行こっか」

「ああ」

 人間界に戻る前に一度潜っているので、今更怖気づいたりはしない。俺はクリスと共に、黒い穴へと飛び込んだ。立ち眩みのような感覚に襲われ、一瞬視界がぐらつく。クリス曰く、これは人間界で言う所の『軽い乗り物酔い』のようなものらしい。何回かやっていれば慣れるとは聞いたが、流石に一回や二回で慣れるというわけにはいかないようだ。

 とりあえず顔面に手の平を当てて視界を遮り、うろたえている眼球を落ち着かせる。数秒でそれに成功し手の平を離すと、既にクリスの実家であるラグドリアン城の前に辿り着いていた。

「着いたよー。カイ、大丈夫?」

「ああ、ちょっと眩暈がしたけどもう平気だ。何ともない」

 そう言って体を軽く動かし、健在をアピールしてみせる。

 さて……ジェラは上手くやってくれただろうか?







「例の件ですが……良いニュースと悪いニュースが一つずつあります。どちらから聞かれますか?」

 既に帰ってきていたジェラに頼んでいた件はどうなったかを尋ねた所、そんな返事が返ってきた。

「あー……じゃあ、まずは悪い方から」

「はい、実は昨日心当たりがあると言った人物なのですが……四年ほど前に亡くなられたそうです」

「え……」

 何てこった、順調かと思いきやいきなり暗礁に乗り上げるとは。おのれ神め、俺に対する嫌がらせのつもりか。

「そ、それで良いニュースってのは?」

「良いニュースですか? 先程亡くなられた方には娘の方がおられまして、彼女はその道でも有名な科学者だそうです。ですから、村正様の仰られた条件を満たすのではないかと」

 嗚呼すまない神様、さっきは酷い事を言ってしまったね。でも俺は知らなかったんだ、貴方がこんなサプライズを用意しているなんて。ありがとう、神様……などという戯言は置いておいて。

「そうか、じゃあその人に連絡を取ってもらえないかな? 出来れば会って話をしたいんだが……」

「わかりました。では、その様に伝えますね」

 そう言うと、ジェラはその場を立ち去った。よし、とりあえずこちらの方も何とかなりそうだな。

「さて……となると、しばらくの間暇になるわけか。そうだクリス、今の間に魔術を教えてもらえないか?」

「いいよ。ここじゃなんだし……中庭の方に案内するね」

 クリスに手を引かれ、俺は中庭の方へと向かう。長い廊下をかなり歩いた後、中庭に出た。

「さて、と……とりあえず、何から教えたらいいのかな?」

「基礎から頼む。正直、魔術の事なんてロクに知らないからな」

 手から小さな火の玉が出せるようになったのも、マルガレーテの城にいたメイド達がテレパシーらしきもので会話してるのを感じたので、『そういやあいつら、何か変な感じに会話してたな。あれって魔術とかそういうやつじゃないか? じゃあひょっとして俺もああいうの使えたりする? よし、せっかくだから火とか出せないか試してみるか。このクラゲ、焼いて食った方が美味そうだし』とかでやってみたら本当に出来ただけだったりするし。

「んー、基礎かぁ……じゃあまずは、魔術がどんなものなのかから説明するね」

「よし、頼む」

「うん、任せて!」

 そう言うと、クリスは近くに生えていた木の枝を一本折り取り、地面を黒板代わりに書きつけ始めた。

「魔術ってのはね……基本的には、自分もしくはそれ以外の所から魔力を調達して、それを元に何らかの変化を起こすための手段なんだ。魔力の保有量やその最大値には個人差があって、多い人もいれば少ない人もいるんだよ。魔力自体はサキュバスだけじゃなくて、人間も持ってるものなんだけど、普通の人間はそれを使えたりしないんだ。例えるなら魔力を水とすると、肉体が貯水槽で、サキュバスには水を出せる蛇口が付いてるけど人間には付いてないって所かな」

 地面に人型を二つ描き、その内の一つに一対の羽と蛇口を付け加えるクリス。

「なるほど、貯水槽の内容量や中に入ってる水の量には個人差があるってわけか……ん? 普通の人間は使えないって事は……魔力を扱える人間もいるって事か?」

「うん。稀にだけど生まれつき蛇口が付いてる人とか、成長と共に体に蛇口が出来ていく人とかもいるよ。まあ貯水槽だけでなく、蛇口の性能にも個人差はあるみたいだけどね。後は……修行して自分の体に蛇口を作ったりとか、何かの事故に遭った拍子に蛇口を手に入れたりして後天的に魔力を使えるようになった人とかもいるよ。そういう人達は一般的に『稀人』って呼ばれてるね。カイなんかは最後のケースじゃないかな?」

「まあ、確かにそうかもしれないな……」

 つまり俺にとっては、あの『搾精肉床』が『蛇口』を手に入れるきっかけだったというわけか。

「話を戻すね。それで魔術は、大きく分けて三つに分けられるんだ。一つは『強化』。これは物の強度や運動能力なんかを高めたり、場合によっては下げたりするものなんだ。厳密な定義としては、魔力を使って対象の持つ能力の数値を変動させるって事になってるかな。例えば……この木の枝の強度を仮に100とすると、それに自分の魔力を加えて200にしたり、場合によっては10に落としたりって事が出来るんだよ」

 実際にやってみるね、とクリスは手にした木の枝を軽く地面に突き立ててみた。一回目は浅く突き刺さり、強化したらしい二回目は一回目に比べ大分深く突き刺さる。三回目は突き刺さるどころかゴムのように、ぐにゃりと曲がった。

「なるほどね……ところで、変動させられるのは物理的な能力だけなのか?」

「そうでもないよ。例えば魅了の魔術なんかは、相手の中にある自分への『好意』を『強化』するものだし。基本的に使い手が『強化』したいと思った物なら、大抵の物に影響を与える事ができるんじゃないかな」

 ふむ……物理的な能力だけじゃなくて精神的な事象にも影響を与える事が出来るわけか。

「で、次が『発現』。これは魔力を別の何かに作り変えて、表に出すやり方なんだ。カイが言ってた、炎を出したりってのもこれに該当するね。基本的に『発現』は他の二つに比べると、魔力の消費が大きいのが特徴かな」

「……ちなみに、具体例としてはどんなのがあるんだ?」

「んー……色々あるよ。例えば物質の動きを操る操作の魔術なんかは、『発現』で推進力を生み出して動きを操るものだし。剣を作り出したりとかも、魔力を剣の構成材料に変えて『発現』させる事で可能になるから。まあ基本的に、自分が詳しく知らない物は作れないけどね。例えばこの枝と全く同じ物を作ろうとしたら、この枝の正確な形だけでなく木の種類なんかも知ってないといけないんだ。外見を真似るだけなら簡単なんだけど、それだって完全に同じってわけにはいかないし……だから現実的には、魔術で全く同じ物を作るのは難しいかな」

 まあ確かに、原子配列や構造欠陥まで考えて全く同じ物を作るなんてのは無理がある話だからな。

「それで、最後が『変換』。これは『何か』を、魔力を使って『別の何か』に変えるやり方で……例えばこの木の枝を金属製の物に変えたり、形を変えたりなんて事も出来るんだ」

「……それって、金とかダイヤモンドとかにも変えれるのか?」

「可能ではあるけど……その重量や性質なんかもちゃんと理解してないと、不完全な物しか出来ないと思うよ。それにそういうやり方で作り出した物は、どうしても天然の物に比べると偽物っぽくなるらしいし」

 ……ちっ、残念。せっかく『今こそリアルな錬金術を実践する絶好のチャンスだ。よし、まずは金塊を5tほど!』とか考えたのに。

「こんな所かな。魔術はこの三つが基本になってるけど、複数を組み合わせた魔術もあるんだ」

「ふむふむ……というと?」

「例えば、カイがよく切れる剣が欲しいと思ったとするね。その場合、最初から剣そのものを『発現』で作り出すやり方もあるけど、それだと魔力の消費が激しいんだ。こういう場合、カイならどうする?」

 むぅ……確かにクリスは『発現』は『強化』や『変換』に比べると魔力の消費が大きいと言ってたな……という事は。

「……適当な物を『変換』して剣を作り出して、剣の切れ味を『強化』するかな」

「うん、正解! やっぱりカイ、頭良いんだね」

「ははっ、ありがとな」

 複数を組み合わせるとは、そういう事か。こういう具体例があるとわかりやすいな。

「他にも『発現』で作り出した剣の形を『変換』で整えて、それから剣の強度を『強化』するなんて事もできるね。まあ人によっては向き不向きもあるし、そもそも魔力が足りてなければ無理な話なんだけど」

「なるほど……それで、肝心の使い方はどうすればいいんだ?」

「起こしたい現象と、その過程を強くイメージして、魔力を放出すればいいんだよ。自分の中にある魔力を必要なだけ取り出して、それを適切なやり方で使う事さえ忘れなければ大丈夫だから」

 ふむ……言われてみれば、起こしたい現象のイメージは抱いていたとは思うが、その過程までは詳しく考えていなかったかもしれない。上手く魔術が使えなかったのは、この辺に原因があったのかもな。

「必要なだけ取り出して、適切なやり方で使う、か……あれ? そういやクリスは人間界と魔界を繋ぐ時に『開け』って言ってたけど、ああいう掛け声みたいなのは必要ないのか?」

「ああ、言葉そのものは必要は無いけど……呪文を唱えたり声を出したりした方が、明確なイメージを持ちやすいから。まあ、無くても魔術は使えるんだけどね……」

 要は別に『アブダカダブラ』だろうが『開けゴマ』だろうが、起こしたい現象とその過程の正確なイメージさえ抱けるなら問題は無いって事らしい。

「まあ言葉はあくまでイメージを補助する助けに過ぎないっていうから。カイが好きな言葉とかでも、起こしたい現象をそのまま口にするとかでも問題ないと思うよ」

「ふむ……それはそうと、魔力を放出するのはどうやったらいいんだ?」

「うーん……それは人によるけど、自分の内にある魔力を外に取り出すイメージを思い浮かべればいいんじゃないかな。ちなみにボクは魔力を水のようなイメージで捉えてるから、蛇口を捻って水を出すイメージを思い浮かべてるよ」

 自分の内にある魔力を、外に取り出すイメージか……。

「ふーむ……よし、大体わかった。早速試してみる」

「何から試すの?」

「まあ……とりあえずは強化で、その次に発現だな。それで、最後に変換を練習するつもりだ」

 手っ取り早く身に付けるとしたら、まずはその二つだろう。変換を実戦で使うには、ちょっと慣れが入りそうだしな。

「そっか、じゃあ的になるものでも用意しようか?」

「ああ、頼む。標的があった方が、何かとやりやすそうだからな」

「じゃあ、作るね……現れろ!」

 クリスが声を発すると、それに応じるようにして目の前に数十体の顔の無い人形が直立した状態で現れた。人形のサイズはちょうど人一人と同じ位だ。これだけの物体を易々と生み出せるとは……流石はクリス、女王七淫魔の娘というだけの事はあるといった所か。

「ありがとな、クリス。さて……始めるか!」

 目を閉じて、クリスに言われたようにイメージを思い浮かべる。俺が思い浮かべたイメージは、大きな海だ。そこから水を汲み上げ、それを自分の手に集めるようにイメージする。

(右手から指先に……そして爪の先へ……)

 長く伸ばした爪に魔力を行き渡らせ、『強化』を行う。そして……。

「……はああっ!」

 目の前の標的に向かって、爪を一閃。人形の胴体に斜めの線が走り……ずるり、と上半身が崩れ落ちる。

「よし、上手くいったな……ちょっと時間がかかりすぎだけど」

「まあ、それは練習すればすぐに使えるようになると思うよ。頑張ってね、カイ」

「おう!」

 クリスの応援に応え、俺は二体目の標的に向かった。







「……燃えろっ!」

 轟、という音と共に、火炎放射器でも使ったのかと錯覚してしまいそうな規模の炎が、俺の掌から飛び出して標的を焼き払う。

「うん、大分早く出せるようになったね。これならもう免許皆伝かな?」

「はは、まだ初歩の段階だけどな」

 クリスの講義を受けて練習に勤しんだ結果、肉体機能の強化や簡単な発現なら大体上手くいくようになった。この調子なら、マルガレーテ達の魔術に対抗する事も夢ではないかもしれない。

 ……まあその為には、『貯水槽』の容量と『蛇口』の性能を上げる必要もあるだろうが。

「ここにいらっしゃいましたか、村正様」

 とりあえず一休みしていた所で、ジェラが姿を現した。

「ジェラか。どうだった?」

「はい。先方の話では、今日会いたいのなら午後六時以降でとの事でした」

「六時か……ここからその人がいる場所までは、どのくらいかかるんだ?」

「片道で、歩いて二十分程度の距離かと」

 二十分か……今の時刻は四時四十七分だから、もう少し練習するか。

「それじゃ悪いんだけど、五時半になったら呼びに来てもらえないか? それまでの間俺は、ここで魔術の練習をしてるから」

「そうですか……わかりました。では先方にも、六時頃にそちらに向かうと伝えておきますね」

 嫌な顔一つ見せずに俺の頼みを承諾すると、ジェラはそこから去っていった。

「さて……それじゃそろそろ再開するか」

 そろそろ変換にも挑戦してみるか。そう考え、俺は立ち上がった。







 そして、午後六時……俺はジェラに連れられて、先方が住んでいるという場所まで来ていた。

「……ここ、なのか?」

「ええ。ここが先方がいらっしゃる、ローゼンクロイツ研究所です」

 目の前にそびえ立つのは、病院を連想させるコンクリートの大型建造物だった。高さから推測するに、恐らくは四階建てといった所だろうか。

 俺が研究所を眺めている間に、ジェラは呼び鈴を押していた。聞き慣れたドアホンの音が響き、中からドタドタという足音がこちらに近づいてくる。

「……どちら様ですか?」

 中からかけられた声は、少女特有の物だった。まあ少女といってもこの声の主がサキュバスなら、クリスやマルガレーテのように俺の数十倍の年齢である可能性もあるわけだが。

「面会の約束をしていたジェラです。今、お時間は大丈夫でしょうか?」

「うむ。今玄関を開けるから、入るがいい」

 内側から扉が開かれる。中から現れたのは、白衣に身を包んだ中学生くらいの少女だった。日本人形を思わせる長い黒髪と、若干釣り目気味ではあるが大きな瞳が印象的な少女だ。

「紹介しますね、村正様。この方がこの研究所の所長である、アルベルティーネ・ローゼンクロイツ様です。アルベルティーネ様、こちらは私の主の客人で、今回の依頼主でもある甲斐村正様です」

「アルベルティーネ・ローゼンクロイツだ。私の事はアルベルティーネと呼んでくれ」

「甲斐村正だ。甲斐でも村正でも、好きな方で呼んでくれて構わない」

 とりあえず、まずはお互い自己紹介をする。

「さて……お互い紹介も済んだ事ですし、私は一旦屋敷の方に戻りますね。後でまた終わった頃に迎えに参りますので、ご安心を」

「ああ、仕事があるもんな。ありがとう、ジェラ」

「いえ。では、私はこれで失礼します」

 ぺこり、と頭を下げてその場を離れるジェラ。

「……まあ、立ち話もなんだ。とりあえずは中に入って話そうじゃないか」

「それじゃ、お邪魔させてもらうとしようか」

 アルベルティーネの後に続き、俺は研究所の中に入る。照明が切れかけている為か中はやや暗く、人気がまるでない。コンクリートの無機質な壁が不気味な印象を助長しており、まるで今にも何かが出てきそうな雰囲気だ。

「ちょっと聞きたいんだが……ここ、所員とかいないのか?」

「あー……八年前に色々あってな……」

 明後日の方向に目を剃らすアルベルティーネ。

「八年前って事は、西暦でいうと2000年……って、まさか2000年問題か!?」

「う、うむ……人間界から仕入れたコンピューターを使っていたのが裏目に出てな。研究所内に有毒ガスが充満し、非常用シャッターも開かず所員全員が研究所に閉じ込められる事態になった」

「ま、まさか全員死んだ、のか?」

 だとしたら、ここの不気味な雰囲気も納得できるというものだ。

「いや、所員は全員魔族だから死者は出なかった。だがその一件が原因で、全ての研究員が辞めてしまってな……」

 まあ、そりゃ辞めるだろうな。

 しかし……大丈夫なのかこの研究所? 何かちょっと不安になってきたぞ。

「所員が全員辞めたって……研究とか大丈夫なのか?」

「その点は問題ない。私一人でも研究は続けられるし、何より私は天才だからな」

 えっへん、と薄い胸を反らすアルベルティーネ。正直彼女が本当に天才なのかは疑問だが、現状ではそんな彼女に頼るしかないのだ。ここは素直に彼女の言を信じておくとしよう。

「……っと、応接室に着いたな。まあ、そこに掛けてくれ。今コーヒーを入れてくる」

 言われるがままに部屋の中に入り、ソファーに座る。

(ふむ……中々いいソファーだな。見た所掃除は行き届いているようだし、部屋の趣味も悪くはないようだ)

 部屋の中をさり気無く見回し、こっそりと評価する。少なくとも、客を迎える場所を汚くしておく程無能でないのは確かなようだ。

「コーヒーが入ったぞ。砂糖はいくついる?」

「あ、じゃあ二つ入れてくれ」

「わかった、二つだな」

 そう言うとアルベルティーネは、ポットから角砂糖を二つ取り出してコーヒーの入ったカップに入れた。それを俺の前に置き、自分のカップには角砂糖を三つ入れてスプーンでかき混ぜる。

「……それで、ジェラから聞いた話によれば淫魔の肉を手に入れたいとの事だったな」

「あと、生物学的な知識に詳しい人を紹介して欲しいって事は聞いてないか?」

「そちらの方は問題ない。研究の内容上、私はそういう方面には詳しいからな」

 ふむ……どんな研究なのかはともかく、そういう事なら好都合だ。

「しかし……一体どうしてあのようなものを求めるのだ? それに、生物学的な知識に詳しい者を紹介して欲しいとも言っていたが……それはどのような理由なのだ?」

 やはり、質問されるだろうな……まあここは素直に答えるしかないが。

「そうだな……アルベルティーネは、マルガレーテ・ノイエンドルフって奴を知ってるか?」

「知っているとも。拷問狂のマルガレーテといえば、知らぬサキュバスなどほとんどおらんだろう。それがどうかしたのか?」

「いや……実は三週間くらい前に、そいつにさらわれてな。どうにか自力で脱出はしたんだが、その際に色々とあって……どうした?」

 あっけに取られたような表情になっているアルベルティーネに、思わず尋ねかける。

「あのマルガレーテの城から自力で脱出しただと……馬鹿な、ただの人間にそんな事が出来るわけがないだろう!」

「まあ、今でもただの人間かどうかはちょっと疑わしいんだが……この辺は実際に見てもらった方がわかりやすいか」

 ソファーから腰を上げ、背面に意識を集中し翼を尻尾を出現させる。

「なっ……馬鹿な! 雄生体の、サキュバス……だと」

「さしずめ、インキュバスってところかな。ご覧の通り、ただの人間とは言いがたい状態になったわけだ」

「信じられん……一体どうしてそんな事に?」

 大きな目を丸くして、俺の尻尾と翼に視線を向けるアルベルティーネ。

「そうだな……搾精肉床ってのは知ってるか? 何でも下級淫魔から精製したものらしいんだが、それを食べたらこんな事になってな」

「なっ……あ、あれを食べたというのか?」

「ああ。おかげでマルガレーテの奴にも興味を持たれて、三ヶ月以内に帰ってくるのを条件に逃げ出す約束を取り付ける事が出来たわけだ。まあ、もうすぐ一ヶ月が経つわけだが」

 約束の期間が過ぎても俺が戻らなければ、恐らく俺の元にはマルガレーテからの刺客が差し向けられる事になるのは想像するに難くない。例えその間にマルガレーテに対抗するだけの力を手に入れる事が出来なかったとしても、最低限刺客を退ける程度の力は身に付けておく必要がある。その為の手段の一つとして淫魔の肉を食べる事を考えているが、その際には何らかの危険性がある事も予測される。だから自分の体についても調べておきたいし、淫魔の肉を食べた時にどのような影響があるのかも調べておきたい。そういった内容を、アルベルティーネにわかりやすい言葉で伝える。

「……なるほど、話はよくわかった。そういう事ならば、協力するのにやぶさかではない」

「本当か!? ありがとう、助かる。それでだな……淫魔の肉ってのはいくらくらいするものなんだ? 出来れば日本円に換算して教えてもらえると助かるんだが」

「そうだな……日本円でなら、キロ当たり五百万といった所か」

「げ、そんなにするのか。霜降り牛が安く思える値段だな……まあ、一キロだけなら何とか払えない事もないか」

 こう見えても俺は、それなりに貯金はしているのだ。まあ今回淫魔の肉を購入すればその貯金も、ほとんどがなくなってしまうわけだが。

「まあそれはともかく、こちらとしてもただ働きというわけにはいかん。仲介手数料と研究にかかる費用で……そうだな、淫魔の肉の費用とは別に百万円ほどもらおうか」

「百万、か……ちょっと厳しいな。まけてくれないか?」

「しかしこちらとしてもその間、それなりに時間を拘束される事になるからな。実験の為の機材なんかも、最近は高くなってるし……ちなみに、いくらまでなら払える?」

「……五十万までなら、何とか。それ以上になると、今すぐにはちょっと難しいな」

 口座に入っていた額を思い出し、そう答える。

「ふむ……ならば、こういうのはどうだ? 足りない分は、こちらで働いてもらうというのは」

「バイトって事か? それは構わないが……どんな事をやればいいんだ? あんまり無茶な実験に使われたりなんてのはごめんだぞ?」

「……まあ、最低限死なないようには努力しよう」

「……という事は、下手したら死ぬかもしれないって事か?」

 しまった、とばかりに口元を押さえるアルベルティーネ。だがそんな事をしたところで、もう遅い。

「おい……一体ここでは、どんな研究をやっているんだ?」

「べ、別に怪しい事をしているわけではないぞ? あくまでここでやっている事は、上級淫魔をも凌駕する究極の人造女性器を作り上げる為に必要な事であってだな……」

 そう言いつつ、俺から目を反らすアルベルティーネ。怪しい、実に怪しい。

「へぇ……それで具体的には、何をやっているんだ?」

「うむ、主に搾精機械の開発と実験だ。最近は中々実験台になってくれる若い男がいなくて……って、どうして逃げようとする!?」

「逃げるに決まってるだろ! そんなものはマルガレーテの城で体験したやつだけで十分だ!」

 逃がすまいと俺の腕を掴むアルベルティーネの手を振り払い、距離を取る。とそこで、下に落ちていた一枚の紙に気付いた。

「ん、何だこれ?」

「あっ、それは!」

 無造作に拾い上げたそれを、奪い返そうとするアルベルティーネ。だが身長差があるため、持ち上げてしまえばアルベルティーネの手が届く事はない。

「どれどれ、一体何が……げっ」

 内容に目を通し、俺は思わずそう口にしていた。書かれていた内容は過去の実験体の記録だったが、七件の記録の内四件が衰弱死で、ショック死及び発狂、そして溶解されて捕食されたというものが一件ずつになっている。

「おい……どこが死なせないようにだ! ほとんど死んでるんじゃねえか!」

「い、いや……これでも最大限死なせないように努力はしたのだぞ? でも、ヒューマンエラーや事故なんかは全くゼロにするというわけにはいかなくてな……」

「だからって……いくらなんでも死にすぎだろ! 一体今まで何人死んだんだ?」

「あ、あははは……それはその……き、企業秘密?」

 嫌な予感、的中。

「……悪い、他を当たる事にするわ」

「まっ、待て!」

「待てるかぁ!」

 振り向かずに、全力で出口に向かって駆け出す。

「くっ……止むをえん。これはあまり使いたくはなかったのだが……」

 ぽち、という何かのスイッチを押す音が俺の耳に届いた。瞬間、天井から複数のマジックハンドが飛び出して俺の体を掴む。

「なっ……このっ、離せ!」

 振り払おうとするが、マジックハンドはがっちりと俺の体を掴んでおり、そう簡単には外せそうにない。

「ふっふっふ、見たか我が発明の力を! これこそ『非常口から逃げようとした獲物を捕まえ、実験用寝台へ寝かせ機』を改良して作った『玄関から逃げようとした獲物を捕まえ、実験用寝台へ寝かせ機』だ!」

「非常口から玄関に場所が変わっただけじゃねえか! しかも、無茶苦茶用途が狭い上名前がそのまんま過ぎるだろ!」

「こっ、細かい事は気にするな!」

 ……一応自覚はあるんだな。まあ、だからどうしたって話だが。

「雄生体の淫魔などという珍しい存在に、みすみす逃げられてたまるものか。ふふ……何としても実験させてもらうぞ」

 マッドサイエンティストの如き酷薄な笑みを浮かべるアルベルティーネ。

 そうこうするうちに、俺の体は実験用寝台とやらに乗せられて手足を拘束されてしまった。しかも着ていた服も脱がされ、全裸にされてしまうという嬉しくないおまけ付きだ。

「くそっ……俺をどうするつもりだ!?」

「そうだな……とりあえずは、最近バージョンアップに成功した搾精アンドロイドの相手でもしてもらおうか」

「搾精アンドロイドぉ? 何だそりゃ?」

 聞き慣れない単語に、思わずそう尋ね返す。そんな俺に対し、アルベルティーネは得意げな表情を浮かべる。

「ふっふっふ……あれこそは我が技術の粋をつぎ込んだ、偉大なる大発明……さあ、待ちに待った起動の時だ! ミラよ! 今こそ束縛から解き放たれ、目覚めるがいい!」

 そう言うと、アルベルティーネは壁に付いていたレバーをおもむろに引き下ろした。するとレバーの傍の壁が音を立てて動き始め、その奥から無数の鎖に繋がれた、メイド服姿の女性が姿を現した。彼女は流れるような金髪に整った顔立ちと、優れたスタイルの持ち主だった。恐らく彼女を見て美人でないと思う男は、同性愛者かマニアックな趣味の持ち主だけだろう。ミラというのは、彼女の名前だろうか。

(あれは、人間か? いや……違うな。あれは人間じゃない)

 一瞬人間かとも思ったが、よく見ると細部に違和感があった。具体的には間接部。その造形はよく似せてはあるが、自然な物と比べるとどこか違う。恐らくはこれがアルベルティーネの言う『搾精アンドロイド』とやらなのだろう。

「命令を確認しました。これより、起動を開始します……」

 どこか無機質な感じがする女性の声が、ミラの口から発せられる。それとほぼ同時にその体が大きく揺れ、その周囲に激しい稲光が巻き起こった。その眩しさに、思わず俺は目を背ける。

「……………………起動を完了しました。これより適応体制に移行します」

 声や間接部などの節々を見れば不自然さが目に付きはするものの、それでも人間界にある人型ロボットよりは随分と人間らしく見える。アルベルティーネは自分の事を天才と言っていたが、こんなものを作り上げたというのならそれも満更嘘というわけでもないらしい。

「全システムの正常起動を確認しました。第三種拘束を解除します――!」

 瞬間、激しい光が部屋中を満たし、ミラを拘束していた全ての鎖が弾け飛んだ。そしてミラはその場で直立し、こちらに視線を向ける。

「よし、問題なく起動したな」

「……まて、これは一体どこの最終兵器なんだ」

「人聞きの悪い。どこからどう見てもただのダッチワイフだろうが」

「こんな物騒なダッチワイフが存在してたまるかぁ!」

 少なくとも、通常のダッチワイフはぶっとい鎖を容易く引きちぎったりはしないだろう。というか、そんなダッチワイフは嫌過ぎる。

「まあ、これの性能については実際に体験してもらえばわかるだろう」

「待て、まさかその最終兵器を俺に使うつもりか!?」

「ミラはダッチワイフだと言っておるだろうが。まあ、私の趣味で幾つかの兵装を搭載してはいるがな」

「どんな趣味だよ……」

 きっと、ダッチワイフとしての機能の方がオマケのようなものに違いあるまい。

「とにかく! そんな物騒な物の実験台になんてされてたまるか! 俺は帰るぞ!」

「ほう、いいのか? お前は淫魔の肉が必要なのだろう?」

 ぐっ……こいつ、痛い所を……。

 だが、ここで弱みを見せれば付け込まれるだけだ。あくまで毅然とした態度で断るように見せかけて、アルベルティーネから譲歩を引き出さないと……。

「それにジェラから聞いた話では、今の所他に淫魔の肉を入手できる当てはないそうじゃないか。なら、私の機嫌を取っておいた方がいいんじゃないのか?」

「じ、ジェラの奴、余計な事を……」

「ふふ……まあ、例え他に当てがあったとしても、私から入手するより安く手に入れられるとは思えないがな」

 うっすらと顔に笑みを浮かべるアルベルティーネ。くそっ、こんな所でジェラに足を引っ張られるとは……まさか、昨日の仕返しのつもりか?

 ……止むを得ない、ここは大人しく従う他無さそうだ。犬に噛まれたとでも思って、諦めるとしよう。

「……実験に付き合えば、五十万で仕事を受けてくれるんだな?」

「ふむ、随分と素直になったな……まあ、どうしてもというのなら考えてやらん事もないが」

「……頼む。俺にはどうしても、淫魔の肉が必要なんだ」

 高々二ヶ月程度修行をした所で、魔術でマルガレーテ達に勝てるとは思えない。それでも最低限、あいつらに対抗できるだけの魔力は手に入れておく必要がある。その為には、一時の恥も我慢するしかあるまい。

「仕方がないな。そうまで言うのであれば、その条件で引き受けてやるとしよう」

 上手くいったとばかりに、にんまりと笑うアルベルティーネ。

「ではまず、既存のプログラムから試してみるか。ミラ、プログラム015を実行しろ。対象はあの男だ」

「了解しました。プロジェクト015――目標を消し炭になるまで完全焼却します」

「待て待て待て待てぇい! いきなり殺す気かぁ!」

 消し炭になるまで完全焼却って……いくら俺がインキュバスでも死ぬだろ! 何を考えてるんだこいつは!

「すまん、今のはプログラム005の間違いだった。ミラ、命令をプログラム005に変更する」

「いきなり間違うなよ……本当に大丈夫なんだろうな、これ?」

 というか、何でそんな命令があるんだよ。絶対これ、兵器としての性能の方を優先して作っただろ。

「任務修正、プロジェクト005――手での奉仕を開始します。アタッチメントH-02を装着――」

 不安に思う俺を尻目に、ミラの両手首から先が機械音と共に折りたたまれていき、下腕に収納されていく。そしてそこから新たに、薄いピンク色をした、女性特有の細くしなやかな手が現れた。

「ふむふむ……データリンクよし、快感度の測定調整よし、圧力と摩擦をオールタイムリンク……っと」

 アルベルティーネは安物の椅子に腰掛けると、慣れた手付きで近くのキーボードを叩き始めた。

「よし、これで問題ないな」

「入力内容確認――オールクリア。これよりフェイズ1を開始します」

 ミラはそう言うと、ローションのような粘液に塗れた掌を俺の肉棒に伸ばした。そしてそのままやんわりと握り込み、そのまま右手を上下に動かし始める。

「む……」

(気持ちいい……のは確かなんだが……何か物足りないなぁ……)

 いきなり逸物を握りつぶされたりはしなかった事に内心ほっと胸を撫で下ろしながら、冷静に分析を開始する。

(無表情で見つめられたまま扱かれるっていうこの状況も、ギャップがあっていいものだとは思うけど……)

 やはり、昨日クリスとジェラを相手にした後だからだろうか。人間であった時ならそれでも気持ちよかったのだろうが、淫魔化して快感への耐性が上がった事もあり、この程度の刺激では満足できそうにない。

「ふむ、快感への耐性は通常の人間より高めのようだな……ではフェイズ2を試してみるか。ミラ、フェイズ2だ」

「了解しました。フェイズ2に移行します」

 俺の反応からそれほど快感を得ていないのを感じ取ったのか、アルベルティーネは手淫を続けるミラにそう命じた。するとミラはそれまで続けていた右手の動きを中止し、両の掌で陰茎を挟み込むようにして擦り立て始めたではないか。

「くっ、これは中々……」

 くちゅくちゅという粘り気のある音が、部屋中に響く。先程のような単調な動きと比べると、受ける快感は段違いのものだった。

 ……だがそれでも、どこか物足りない気がする。何だろう、このもどかしさは。

「むぅ……そんなに気持ちよくないのか? どうも先程から反応が鈍いというか、随分と余裕があるように見えるが……」

「いや、そんな事はないんだが……」

「普通の人間なら、みっともなく悶えるしかないレベルの快感を味わっているはずなのだがな……少し早いが、フェイズ3を試すか。ミラ、フェイズ3だ」

「了解しました。フェイズ3に移行します」

 アルベルティーネの命令に反応し、ミラは左手を俺のモノから離した。そして右手でペニスを握りこんで上下に扱きながら、右手からはみ出した亀頭部分に左の掌を押し当て、撫で回すようにして弄ぶ。

「くぉっ! これはっ、流石に……っ!」

 左手で亀頭をぐにゅぐにゅと包み込んで刺激しながら、右手でサオの根元からカリの部分までを擦り上げるミラ。細く長い十本の指はそれぞればらばらに動き、カリ首や亀頭、時には玉の方にまでランダムな刺激を与える。右手の動きもフェイズ1の時のように単調な物ではなく、時折ねじるような動きを加えたりもしていた。その気持ちよさといったら、思わず声が抑えきれなくなる程だ。

 ……だがそれでも、俺は精を放出する事が出来ずにいた。気持ちいいのは確かなのだが、何かが足りないのだ。

「くぅっ……おっ、おい! うあっ……ひょっとしてこれは、生殺し用とか、なのか?」

「いや、そんな事はないが……しかしフェイズ3でも射精しないとは、相当の耐性があるようだな。ちょうどいい、あれを試すとするか。ミラ、MFSを使うぞ」

「了解しました。MFS、発動――」

「え、MFS? 何だそ……ぐっ、ぐおおおおおっ!?」

 何だそれは、と問い返すよりも早く、俺の体を凄まじい快感が襲った。先程とは段違いの快感に、俺は悶絶する。

「うあっ、ひっ、ぐっ、あああああっ!?」

「……なるほど、どうやら快感への耐性はサキュバスと同じシステムのようだな。後で魔力値の測定もしておくか」

「やっ、止めっ……かはっ、はぅっ、うっ、うああああああっ!?」

 俺の反応を冷静に観察しながら、脇に置いたメモにペンを滑らせるアルベルティーネ。その間にも、ミラは俺の逸物を両の手で嬲り続けていた。あまりの快感の前に、俺は情けない声を上げることしか出来ない。

「どうだ、MFSを使用したミラの責めは中々強烈だろう? これを使うと、快楽レベルが上級淫魔レベルにまで跳ね上がるからな。普通の人間なら十秒と経たずに精神が崩壊するので、まともに試せる相手がいないのが難点だったが……君相手ならちょうどいいようだな」

「そっ、そんなも……ぐっ、があああっ!? 人にっ、あぐっ、うぐああああっ!?」

 そんな物を人に使うなと言おうとしたが、ミラから与えられる出鱈目な快楽のせいでまともに声にならない。

 そうこうするうちに、放出の時が近づき始めた。

「うくっ、くっ、あああああっ!? もっ、もうっ……!」

「ん? もう出るのか?」

「ひっ、うぁっ……あっ、ああっ……あああああああ――――っ!?」

 アルベルティーネの好奇に満ちた視線を受けながら、俺は盛大に白濁液を撒き散らしていた。ピンク色だったミラの手が、俺のモノから出た精液で白く染め上げられていく。

「射精を確認しました。続いて、搾り出し動作を実行します」

「あっ、あふっ!? やっ、やめっ……くううううっ!?」

 だが俺が射精しても、ミラは手の動きを止めはしなかった。最後の一滴までも搾り出そうとするかのように、陰茎を嬲り尽くされる。それは、筆舌に尽くしがたい快感だった。

「……対象の射精終了を確認しました。プロジェクト005及びMFSを終了します」

「はぁ、はぁ、はぁ……や、やっと終わったか……」

 息も絶え絶えに、俺はそう呟く。

「お疲れ様。君のおかげで中々興味深いデータが取れたぞ」

「ああ、それは良かったな……」

「うむ……そうだ! 今君が出した精液も、調べておいた方がいいな。お疲れの所悪いが、採取させてもらうぞ」

 そう言うと、アルベルティーネはスポイトと試験管を手にこちらへやってきた。そしてミラの手から垂れつつある精液にスポイトを当てて吸引し、試験管の中に入れていく。

「ふむ、大体こんなものだな……せっかくだから少し味見しておくか。雄生体の淫魔の精がどのような味なのかも興味はあるしな」

「待て、それは止めろ」

 明らかにそれは『しまった、味見のつもりが全部食べてしまった! まあいい、もう一度出させるか』的な展開のフラグだ。

「ケチケチするな。これだけあるんだ、少しぐらいはいいだろう……むっ、むふぉぉぉぉっ!? こっ、これはっ!」

 精液の付いた指を口に含んだ途端、アルベルティーネの表情が瞬時に恍惚としたものに変貌する。

「すっ……素晴らしい! 何という美味い精なのだ! これが、雄生体の淫魔の精……も、もう一口だけ……」

「だから、止めろと言ってるだろうが!」

「ふっ、ふわぁぁぁ……美味しいぃ……こんなに美味しい精は初めてだぁ……あ、後一口くらいなら……」

 駄目だ、まるで聞いちゃいない。

「……はっ! しまった、味見のつもりが全部食べてしまったではないか!」

「……だから言っただろうが」

「……まあいい、もう一度出させれば問題あるまい」

 やっぱりそうなったか……何というお約束的展開。

「幸い、試したい機能はまだ残っているしな……」

「って、おい! さっきので終わりじゃないのか!?」

「今日は一回だけのつもりではあったが……どの道データを取るためには、君の精液を採取しておく必要があるからな。それに私は、一回だけで終わりにすると言った覚えはないぞ?」

 こ、こいつは……っ!

「いい加減にしろ! 大体そんなすぐに復活するわけがないだろうが!」

「ほう? だがそのわりには、ここは既に硬くなっているようだが?」

「ぐっ……!」

 ……まあ目の前で美少女が自分の出したモノを、恍惚とした顔で口に運んでいる様子を見せ付けられたら硬くもなるよな。だが愚息よ、今くらいは自重しろ。つーかしてくれ、頼むから。

「む、まだ少し精がこびりついているな……もったいない」

「こっ、こら……あっ、くっ!」

 躊躇うことなく俺の肉棒に顔を近づけ、僅かに残った精を舐め取り始めるアルベルティーネ。鈴口を這う舌の感触に、思わず背筋が震える。

「ふぅ……さて、綺麗になった所でもう一度出してもらうとするか。ミラ、その男にプロジェクト004を実行しろ」

「了解しました。プロジェクト004――対象を完全破壊します」

「ちょっと待てぇぇい!」

 完全破壊って……何が悲しくてダッチワイフに完全破壊されなきゃいけないんだ。

「すまん、また間違える所だった。ミラ、今のはプロジェクト006の間違いだ」

「任務修正、プロジェクト006――胸での奉仕を開始します。アタッチメントB-02を装着――」

 ミラの着ていたメイド服の胸元がはだけられ、手と同じピンク色の胸が露になる。ミラはその双球を俺のモノに近づけ、谷間に挟んで上下に揺すり始めた。にゅるにゅるとした感触に、軽く呻き声が漏れる。

「くぅっ……だが、この程度の刺激なら……」

「ミラ、MFSだ」

「了解しました。MFS、発動――」

「くぅおおおおおっ!?」

 再び、絶叫のような喘ぎ声が口から漏れ出る。MFSとやらが一体どんな物なのかはよくわからないが、随分と厄介な物であるのは間違いないようだ。

「よし、せっかくだから他のプロジェクトとの併用も試しておこう。ミラ、プロジェクト007を追加するぞ」

「了解しました。プロジェクト007――口での奉仕を追加で実行します。アタッチメントM-01を装着――」

「うぐっ……くふっ、ふほぉぉぉぉっ!?」

 機械音を立てた後、ミラはその顔を谷間からはみ出した俺の肉棒の先端に近づけ、亀頭を口に含む。ぬめりとした口内の感触と鈴口を這いまわる舌の感触に、俺は喉の奥から迸る喘ぎ声を抑えることが出来ずにいた。

「よし、いいぞ。その調子だミラ」

「ぐっ、あがああああっ!? あひっ、ひぃああああっ!?」

 まるで神経系統そのものを犯されているのではないかと思われる程の刺激に、のた打ち回る事しかできない俺。

 そうこうする内に、二回目の放出が近づいてきた。

「あっ、くぅぅぅぅっ!? でっ、出る……っ!」

「ふふ、出すのか? 出すんだな?」

 何故か、期待に満ちた目で俺を眺めるアルベルティーネ。そんなアルベルティーネの視線を受けながら、俺は……。

「あふっ、くっ……ぐっ、ああああああああ――――っ!?」

 本日二回目となる絶頂を迎えていた。体内から放出された精液が、ミラの口内へと注ぎ込まれていく。だが射精中もミラの責めは止まず、なおも貪欲に俺から精を搾り取ろうとする。

「あぐっ、うあああっ!? 止めっ……いぎっ、うぐぁぁぁぁっ!?」

 射精直後で敏感になっているペニスを胸と口で弄ばれ、みっともなく悶える俺。

「……対象の射精終了を確認しました。プロジェクト006、プロジェクト007及びMFSを終了します」

 そんな永遠とも思われる時間の後……ようやくミラは責めの手を止めた。ミラの苛烈な性技から解放された俺は、荒い呼吸を何とか整えようとする。

「よし、これで実験用の精液は確保できたな……後はせっかくだから、君が何回出せるかもチェックしておくか」

「ま、まだやるつもり……なのか……」

「うむ。幸いミラには、射精地獄モードも備え付けてあるからな。いずれ生殺しモードも追加する予定だが……君が相手なら、こちらの方が有効だろう」

 ミラの口内にスポイトを差し入れて精液を試験管に集めながら、絶望的な言葉を口にするアルベルティーネ。

「い、いくら、なんでも……今日は、もう……」

「ふむ……流石に立て続けに二度出した後では、少々勃ちも悪くなるか」

 連続で出した事もあり、俺のモノは半勃ちの状態になっていた。というか昨日クリスとジェラ相手にあれだけ出したというのに、まだ半勃ちとは……我ながら恐ろしい程の回復力だな。

「だが安心しろ。私は天才だからな、ちゃんとこういった状況にも備えてある……ミラ、プロジェクト008だ。ちゃんとMFSも使うのだぞ」

「了解しました。MFS使用の上で、プロジェクト008――前立腺への刺激を開始します。アタッチメントF-01を装着――」

「ぜ、前立腺への刺激って、まさか……!」

「ふふふ……そのまさかだとも」

 ある行為を連想させる単語に、さっと血の気が引く。そんな俺の様子を、楽しむような目で眺めるアルベルティーネ。

「そっ、それはちょっと心の準備が……つーか、ストップストップ!」

「残念だが、それは出来んなぁ……まあ私のミラはテクニシャンだから、精々気持ちよくしてもらうといい」

「やっ、止めっ……うくっ!?」

 粘液でぬめるミラの指先が、入り口部分に触れる。そしてそのまま、ずるりと奥に滑り込んだ。

「ぐっ……あがあああっ!?」

 脳天まで突き抜けるような衝撃に、自然に声が迸る。だがミラは容赦なく指を曲げ、俺の内部を責め始めた。前立腺を刺激される刺激の前に、俺はみっともなく悶える事しか出来ない。

「ふふ……どうだ、ミラの指の感触は。よく効くだろう?」

「あぐっ、ひっ、うくぅぅぅぅっ!?」

 や、やばい……このままじゃ干乾びるまで、搾り取られかねない……だが、ここで逃げたら淫魔の肉が……。

 ここは……





淫魔の肉を手に入れる為には仕方ない、我慢しよう

身の安全を確保するのが先決だ、拘束を破壊して抵抗する








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