百鬼夜行




――13ヶ月前――



関東地方のある萎びた山村。

この村に住む老人はいつもどおりの朝を迎えていた。

いつものように日の出と共に目覚め、届いたばかりの新聞を読み、散歩に出かける。

もう20年以上続けてきた彼の日課。

しかし、この日はいつもと少し違っていた。

いつもの散歩道が工事のため通れなくなっていたのだ。

数日前に見た看板で工事のことは知っていたが、まさか今日だったとは。

自分の間抜け具合に小さく苦笑しながら、老人は脇道から河川敷へと降りた。

少し遠回りになるが、今日はこの道から帰ろう。

そう考え、川のせせらぎに耳を澄ませながら帰路につく。

その途中、老人はそれを見つけた――否、見つけてしまったのだ。

それは一見ただの石だった。

しかし、なぜかその石が視界に入った瞬間、老人は無意識に石を手に取っていた。

大きさは片手で握りこめる程度。無骨な形の白い石である。

何の変哲もない、どこにでもあるような石。

だが、なぜか老人はその石から目が離せなかった。

結果、その石は老人の家へ持ち帰られ、貴重品用の金庫へとしまわれた。



――翌月――



老人のもとに信じられないような来客が現れた。

10年前に家を飛び出して以来、何の音沙汰のなかった実の娘。

彼女が老人の家を訪れたのだ。

――精悍そうな男と、生まれたばかりの赤子を連れて。

驚きながらも3人を家に迎え入れると、娘はまず家を飛び出したことを詫び、次いで2人のことを紹介した。

自分の夫と、先日生まれたばかりの息子のことを。

その日、老人は生まれたばかりの孫を抱きしめ、その確かな重さと暖かさに涙を流した。

娘夫婦と共にささやかな酒宴を開き、夜通し語り合い、笑い合った。

数年前に妻を亡くし、心寂しい日々を送っていた老人にとって、それは何よりも喜ばしい出来事であった。

翌日、娘夫婦を名残惜しみながら見送った老人は、おもむろに金庫から石を取り出した。

思えばこの石を拾って以来、老人には幸運な出来事ばかりが訪れているのだ。

もしかすると、これは幸運を呼ぶ素晴らしい石かもしれない。

老人は愛おし気に石の表面を一撫でし、再び石を金庫に戻した。

重ねて言おう、石を拾って以来、老人は幸運に包まれていたのだ。



その翌月――



自宅に忍び入った空き巣に刺され、不幸な死を遂げるまでは。



ぐちゅぐちゅという淫猥な音が響く。

僅かな月明かりが差し込む薄暗い室内に、2人の姿はあった。

騎乗位で交わる若い男女の姿が。



「うふ、うふふふふふふ――」

「うあぁぁ、やめ、て」

少女に跨られながら、青年は息も絶え絶えに懇願した。

遠目に見れば、男女の睦み合いに見えるかもしれないが、それにはいくつもの不自然さがあった。

一方的な快楽を与えられながらも、青年はやめてくれと必死に懇願している。

青年の顔は重病者のようにやつれ、声も力尽きそうなほどか細い。

そして何より――

女の背にある蝙蝠のような羽と、腰についた槍形の尾。

それは最もオーソドックスな淫魔の姿であった。



「ふふ、かわいい声。お姉さんにもっと聞かせて……」

腰の動きが早くなる。

「ぐ、あああぁぁぁぁ――ッ」

青年の腰がびくびくと痙攣したかのように震え、淫魔の膣内に精を吐き出す。

だが、女は動きを止めることなく、さらに青年から精を搾り取っていく。

「やめ、やめて、うあああぁぁぁぁ……」

止まらない快感と射精感に青年が身悶える。

その姿に気を良くした淫魔は、さらに激しく腰を振る。

「あははは、まだよ。もっともっと吐き出しなさい」

「……ちょっと、少し休ませてあげたらどう?」

見かねたように、傍らにいた女が声を掛けた。

こちらは青年に跨る淫魔とは違い、下半身が大蛇の亜種である。

「大丈夫、まだ元気も残ってるみたいだし、このまま半刻ぐらいは続けられるわよ」

「……さっき子を吸い殺したときも、同じこと言ってたでしょう」

呆れたように言うも、彼女に本格的に止める気がないのは明白だ。

何しろ彼女自身、今日だけで5人も喰らっているのだから。

「この建物に残ってるの、その子で最後なんだからね。外の仲間に貰いに行くの面倒でしょ」

つまり、それが本音なのだ。

数時間前まで市役所だった建物。

そこは今、彼女らの食べカスが点在する、陰惨な死体置き場と化していた。



「もう、せっかく村ごと乗っ取ったんだから、思う存分食べないと――え?」

不意に女の声が途切れた。

女は呆けたように自らの胸を見下ろし――

そこに開いた銃創から鮮血を噴き出しながら、青年にしなだれかかるようにして息絶えた。

「なにッ!?」

慌てて蛇の女が振り向こうとするが、それすら叶わなかった。

パシュ――

小さな発射音と僅かなマズルフラッシュ。

そのあまりにも呆気ない音を最後に、彼女の意識は闇に沈んでいった。

 

「大丈夫ですか?」

2人の淫魔を瞬く間に斃した男は、銃をホルスターに納めると青年に手を差し出した。

その幼さを残す声に唖然としながらも、青年はその手を取り、淫魔の死体の下から抜け出す。

「あの……助けてくれてありがとうございました。ええっと、あなたは一体……?」

立ち上がって初めて気づいたが、男の背丈は青年より小さかった。

夜闇のような漆黒のタクティカルベストと、顔の半分近くを覆う無骨なゴーグル。

その装備のせいで分からなかったが、もしかすると青年より年下なのかもしれない。

「僕らは……まあ、一種の救助隊です。僕のことは『レイス』と呼んでください」

レイスと名乗る少年は床に投げ出された服を拾い集め、青年に渡す。

「それを着たらすぐに南に向かってください。そこに仲間の車両が止まっていますので――ッ!」

言葉を突如切り、その場に伏せるレイス。

次の瞬間、先ほどまで上体があった空間を丸太のような蛇の尾が薙いだ。

振り向くと先ほど心臓を撃抜いたはずの蛇女が憤怒の形相でレイスを睨みつけていた。

「……流石は蛇というところですかね。凄まじい生命力だ」

そう呟いてみたが、蛇女に聞いている様子はない。

濁った瞳に正気の色はなく、撃たれた怒りとショックによって正気を失ったのだろう。

ゴウ、と再び迫る尾を危ういところでかわす。

咄嗟に後腰に手を回し、そこにある銃を抜こうとするが――すぐさま取り止めた。

今は隠密行動中だ。コレはまだ使ってはいけない。



ゴウ――唸りを上げる3度目の攻撃に身を捻ってかわす。

だが無理な体勢でかわしたため、体のバランスが大きく崩れてしまう。

1秒にも満たない隙だが、それでも致命的なまでの隙だ。

レイスの眼前に4度目の攻撃が迫る。

それに対してレイスは――



選択肢1:能力を発動させた。

選択肢2:何もできなかった。




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