百鬼夜行
ドンッ、という鈍い音を立て、尾が叩きつけられた。
体験したこともない猛烈な衝撃と共に、僕の体が宙を舞う。
1秒経たずの滞空時間であったが、そのときの僕には永遠と思えるほどの時間だった。
後方にあった壁に叩きつけられ、受身も取れず地面に転がる。
「――か、はぁッ」
息ができない。
アバラの何本かが確実に折れている。
もしかすると肺にも損傷があるかもしれない。
「ぐッ、あぁ」
なんとか呼吸しようともがくが、血痰が絡んだ喉は苦悶の吐息を吐き出すのみだ。
「ひッ――」
絶望的な状況を悟ったのか、視界の隅で青年が引きつった声を上げる。
もはや僕は助からない。ならばせめて――
「逃……げて、ください!」
残された力を振り絞り、怯える青年に叫ぶ。
「ッ!」
その声に弾かれたように青年が出口へと走る。
しかし、目の前の淫魔はそれを許すほど甘くなかった。
行く手を塞ぐかのように尾が駆け抜け、青年の体を一瞬で縛り上げた。
「や、やめて――お願い、助けて!」
青年の必死の叫び。
だが、致命傷を受けた僕に助ける力は残っておらず、理性を失った淫魔は言葉すら聞こえていない。
もっとも理性を失っていなくても助けてはくれないだろうが。
不意にボコリと、淫魔の腹の部分――人間と蛇の中間部が膨らんだ。
膨らみは次第に大きくなり、次に裂け目ができ、最後に円らな瞳が現れた。
それはまさしく蛇の頭であった。
頭は青年の体に1度舌なめずりをし、口を大きく開く。
「ひぃ――た、助けて、助けて助けて助ケテタスケテタスケテぇぇぇぇ!!」
なんとか逃れようと青年は必死にもがくが、強靭な尾の力に逆らえる筈がない。
小動物を飲み込む蛇そのものの動作で、淫魔は青年の胸から下を一口にくわえ込んだ。
「ああああぁぁぁァァァァァ!!」
絶叫が響く。
だが、それは恐怖ではなく、快楽による叫びであった。
「ひ、ああ、あああぁぁぁ」
ズルズルと青年の体が飲み込まれていく。
通常、淫魔の捕食行為は数十分から、長いものでは数年に亘って行われる。
しかし目の前の淫魔には獲物を嬲るほどの理性はない。
結果、短時間に膨大な快楽を与えられた青年の精神は破壊され、白痴のような形相で飲み込まれていく。
「う、あああぁぁ……」
青年の体が淫魔の口内に消えた。
同時に蛇の頭も元の腹部へと戻る。
所要時間は2分。
淫魔からしてみれば恐ろしいほどの早食いだった。
「ふ、ふふふ、あはははははははは」
淫魔の胸に開いた銃創が急速に塞がっていく。
青年の精気によって魔力を増したのだろう。瞳にも正気の色が戻っている。
「ずいぶんなことをしてくれたわね。すごく痛かったわよ」
もはや傷跡もない胸を撫で、指先に付いた血を舐めとる。
それはひどく蟲惑的な動作だった。
「……殺、せ」
立ち上がる力さえない今、そう言うことが僕にできる最後の抵抗だ。
だが、僕の言葉に淫魔はさらに高らかに嗤った。
「ええ、殺してあげるは。ただし――」
尾が僕の体に巻きついて宙に吊るし上げる。
「ぐ、あがぁぁぁぁッ!」
折れた胸骨が内臓に食い込み、僕は堪らず苦悶の叫びを上げた。
「私をここまで傷つけたんだもの。簡単に死ねると思わないことね」
そう言うと、淫魔は僕の首筋に噛みついた。
痛みはない。
だが毒牙を伝い、何かが体内に注ぎ込まれていく。
「何を……う、うああああぁぁぁぁぁ」
体を蝕んでいた痛みが消えた。
代わりに膨大な快感が僕の体中を駆け抜けていく。
「あ、あぐぅ……貴、様ッ! 一体何を――!?」
「ふふ、痛みすら快楽に変える特製の淫毒よ。気に入ってくれたかしら?」
巻きついた尾がさらに締まる。
普通なら激痛が奔るはずだが、今の僕が感じたのはさらなる快楽の奔流だった。
「あ、ああ、うああああぁぁぁ……」
「あら、ここもすっかり元気になったみたいね」
淫魔の指先が僕の股間を撫でる。
そこは信じられないほど硬く隆起し、脈打っていた。
「じゃあ、そろそろ頂こうかしら」
細い指が器用にズボンを脱がし、ペニスが外気に晒される。
「稀人を食べるのは初めて。だから楽しみだわ」
そう言い、淫魔は僕のペニスに舌を這わせた。
蛇特有の長い二股の舌がペニスに絡みつき、人間では不可能な動きで僕を責める。
「うあ、ああ、ああぁぁぁぁ……」
どくん、どくどくどく……!
あまりの快楽に数秒と持たずに射精してしまった。
放たれた精液は長い舌に絡みとられ、淫魔の口内へと運ばれる。
「これは……聞いていた以上ね」
驚きもあらわに、淫魔が呟く。
「今まで食べてきた中でも最高だわ。まさに至高の味ね」
再びペニスに舌が絡みつく。
先ほどよりも激しいフェラチオ。
舌先がカリ首を嬲り、舌全体でサオをしごく。
2度目の射精に至るまで大した時間は掛からなかった。
びくびくと腰が痙攣し、ペニスが白濁した液体を吐き出す。
「あはは、本当に病みつきになりそう。じゃあ、次は下の口でいただこうかしら」
僕の眼前に尾の先端が突きつけられる。
尾の先端が徐々に末端がへこみ、次第に小さな穴へと変化していく。
無数のヒダを備えた肉穴。
それは女性器そのものであった。
「ッ! まさ、か――!?」
戦慄する僕に淫魔は妖艶な笑みを返し、見せつけるようにゆっくりと尾をペニスへと近づけていき――
「いただきます」
無情な宣言と共に、ペニスが飲み込まれた。
「あ、ああ、ああああぁぁぁぁ……」
もはや喘ぎ声しか出なかった。
粘液にぬめった肉壷。
まだ挿入されただけで動いていないというのに、無数のヒダが僕のモノを締めつけてくる。
経験したこともない快楽を前に、僕は堪らず射精した。
「どうかしら私の中は?」
「う、あああぁぁぁ……」
「ふふ、もう喋ることすらできないみたいね」
淫魔はそう嘲笑うと、ゆっくりと尾を上下させ始めた。
ヒダが無数の舌となってペニスをなぞる。
「ぐ、あぐあああああぁぁ」
なんとか耐えようと、懸命に歯を食い縛る。
だが淫魔の執拗な攻めに、僕の射精感は高まる一方だ。
「その必死に耐える表情、堪らなくかわいいわねぇ。でもそんなことしても無駄」
毒牙が再び首筋に刺さる。
さらに注入された淫毒によって、快楽が倍増した。
どくん、どくどくどく……!
1秒すら耐えることができなかった。
ペニスから精液が放たれ、尾の中へと飲み込まれていく。
「おいしい……。もっとよ、もっと注ぎ込んで、あなたの濃くてネバネバした精を、私の膣に……」
恍惚とした表情で尾を激しく上下させる。
もはや耐えることなどできなかった。
ペニスはイキっぱなしの状態となり、淫魔に精を与え続ける。
「あ、ああ、あああぁぁぁぁ……」
体から生命力が失われていく。
徐々に闇に閉ざされていく視界。その片隅に吸い尽くされた死体たちが写った。
もしかしたら僕や彼らは幸せなのかもしれない。
なにせ、こんな素晴らしい快楽の中で死ねるのだから。
そんなことをぼんやりと思いながら、僕は目を閉じた。
奈落の底へと落ちていくような、緩やかな浮遊感。
そこに恐怖はなかった。
こんな快楽の中で死ねるのだ、きっと行き着く先も快楽に満ちた素晴らしい世界だろう。
ゆっくりと鈍くなっていく思考。
それが完全に停止する刹那――
「ごちそうさま」
という声が聞こえた気がした。
―BAD END―
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