百鬼夜行




ガンッ、という轟音を立て、蛇の尾が叩きつけられた。



――ただし、僕にではなく背後にあった壁にだ。



「えッ――!?」

先ほど助けた青年が驚きの声を上げる。

一般人の彼が僕のような『稀人』を見る機会なんてないだろうし、当然の反応だろう。

だが正気を失った蛇女はそんなことを気にした様子はなかった。

5度、6度と攻撃を連打する。

しかし当たらない、すべての攻撃が僕をすり抜けていく。

青年と淫魔、2人が冷静であったならば、気づいたであろう。

僕の体越しに反対側の壁が見える。

つまり僕の体が半透明になっているということに。



透過能力――それが僕の持つ稀人としての能力だ。

この能力が発動すると僕に対するすべての物理攻撃が無効となる。

短時間しか維持できない欠点を除けば、ある意味最高の盾の一つと言える能力である。



「シャアアアァァァァ――!!」

打撃が効かないとようやく理解したらしく、蛇女の尾が今度は僕に巻きつこうとする。

だが結果はやはり無駄。

当然のように巻きつこうとした尾を通過すると、蛇女の喉に手刀を放つ。

攻撃が当たる瞬間に能力を解除したため、僕の攻撃は狙い通りに叩き込まれ、激しく咳き込みながら蛇女が仰け反る。

その隙を逃さず僕は再びホルスターから拳銃――ソーコムピストルを抜き放つ。

サイレンサーを通した10発の銃声。

肝臓、膵臓、脾臓、肺、そして頭部に2発ずつ弾丸が撃ち込まれる。

「――――」

再び声も無く倒れる淫魔。

しかし再度立ち上がることはもはや無いだろう。

空になった弾倉に新たな弾丸を込め、再び青年に向き直る。

「ひッ――」

青年が小さな悲鳴を漏らす。

「早く南へ! 退路は別の隊員が確保しています――さあ、早く!!」

僕が叫ぶと、青年は弾かれたように走り出した。

淫魔だけでなく、僕にまで恐怖を感じたのだろう。

無理もないことだ。

初めて今の部隊に入ったとき、僕も多くの隊員に対して同じ感情を抱いたのだから。



『ヴァンピール』

それが僕の所属する組織だ。

数ある魔族殲滅部隊の中でも、特に異質な軍団。

隊員全員に渾名(コードネーム)が定められており、他の組織と比べても高い任務成功率を誇る集団――

稀人と呼ばれる僕のような特殊能力者や魔族との混血など、様々な異端で形成された特殊部隊である。



「こちらレイス。HQ(司令部)応答をお願いします」

ゴーグルに備え付けてある通信機に話しかける。

返事はすぐにあった。

『こちらHQ部長の高峰だ。市役所エリアの殲滅は完了したか?』

「肯定です。残る殲滅ポイントはどこですか?」

『残りは警察署エリアだが、そちらは別の隊員が向かった。君は術式の設置後、味方陣地に帰還したまえ』

「警察署エリアの応援には行かなくてもいいんですか?」

『その必要はない。そちらには『ジーク』が向かった、彼1人で十分だ』

「ジークって……まさかSランク指定“不死者(ノスフェラトゥ)”ジークですか!?」

僕は思わず驚愕した。



現在すべての魔族殲滅部隊は『特別人類保全総司令部』、通称『特総(とくそう)』という秘密機関によって管理されている。

特総から各部隊にいる隊員達に与えられるモノは2つある。

1つは渾名。

そして2つ目はランクだ。

ランクは全部で8段階あり、GからSまでのアルファベットで表されている。

一番格下がGランク。

これは基礎訓練中の見習いに与えられるランクである。

次がFランク。

訓練終え任務に参加できる最低限の能力を備えた隊員に与えられるランクだ。

そして年に3回あるランク査定で能力を再評価されることによって、さらに上のランクが与えられるのである。

ちなみにレイスはBランク指定。

上級隊員として扱われ、隊長として任務に就くこともあるランクである。

そしてSランク。

精鋭中の精鋭であり、世界でも一千人ほどしかいないAランク指定者達をも超える存在。

人でありながら人を超えた存在。

神話クラスの魔獣や女王クラスの淫魔に対抗する存在。

特総から2つ目の渾名と特殊な兵装を与えられた、世界に5人しかいない正真正銘の化け物達である。

確かに今回の占拠事件は近年稀にみる規模だ、しかし彼ほどの人間が出てくる必要はない。



つまり――

「この事件、我々の知らない何かがあると?」

『そうだ。君もそこで淫魔を斃したのだろ? なら、その死体をよく見てみるといい』

司令の言葉に従い、レイスは淫魔の死体をあらためて観察し――思わず背筋を震わせた。

淫魔の体が徐々に砂へと変貌していたのだ。

確かに吸血鬼のように死後、灰となる種族もいる。

だが、それはあくまで一部の例外だ。

人間界で受肉している以上、死ねば死体が残るのだ。

心なし周囲の気温がドッと下がったような気がした。

『繰り返し言う。術式の設置を行い、味方陣地に帰還しろ』

「……わかりました」

そう言って通信を切ると、僕は手早く術式の準備に取り掛かった。



村1つを乗っ取るほど、大量で多種多様な淫魔の発生。

そして死後の異様な変貌。

まったく前例のない出来事を前に、僕は不安を抱かずにはいられなかった。





続く




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