魔を喰らいし者






「……ふう、ようやく今月の仕事も終わったか。五体満足でなによりだな」

 そう言いながら、俺は本部の建物を後にした。

 俺の名は甲斐村正(かい むらまさ)。親父いわく、妖刀として名高いあの村正からつけた名前だそうだ。家には俺も含め五人の兄弟(全員男だ)がいたが、皆何らかの刀の名前を与えられている。上から順に正宗、村正、長船、吉光、虎徹となっており、この一事を取っても親父の刀剣マニアっぷりがよくわかると思う。まあそれは語るとキリが無いので、この際置いておく事にしよう。

 この前二十歳になったばかりの俺の勤め先は、公安調査庁に連なる、『化け物』狩り専門の特殊部隊だ。そして今日は給料日。今月最後の仕事を終えた俺は近くのATMで五万程を引き出し、歓楽街へと向かう途中だった。

(……最近色々溜まってたからなぁ。今日はどこに行くか)

 化け物狩りという血生臭い仕事をしていると、肉体にだけではなく精神にも影響が出てくる。俺の場合、仕事の後も戦闘の高揚感が中々抜けないといったことが多々あった。そういう時は女でも抱いて発散するのが常だったが、ここの所妙に化け物共が発生しており、そんな暇も無かったのだ。

「しっかし、仕事帰りに風俗とは、我ながら寂しい人生だなぁ……うちの職場の連中は大半が男だし」

 ちなみに、俺は決してモテないわけではない。こう見えても昔はそれなりに女と付き合ったこともある。だが、今の職場は過酷な任務の為、女性の数は少ない。しかもその大半は、どう見てもお前が化け物だろうといいたくなるような容貌の持ち主だったりする。

(啓の所にいたマドカってやつは可愛かったけど、あれは啓に惚れてるみたいだし……まったく、羨ましいったらありゃしない)

 啓というのは、昔俺が訓練所時代にいた時からの友人だ。正式な名前は須藤啓(すどう けい)というらしい。訓練所では背の低く華奢な体格であるにも関わらず、総合成績では常にトップを誇っていた(ちなみに、俺はいつも二番手だった)。今では奴も俺も共に一小隊を任せられる身分だが、向こうにはマドカと呼ばれている可愛らしい女が一人(あとの二人はどちらも男なので、特に覚えてない)、こっちはゴリラのようなむさ苦しい連中ばかり。世の中実に不公平である。確か奴は今任務で出かけていたはずだ。美人といっしょに任務が出来るなんて、羨ましいったらありゃしない。

(……まっ、奴は奴、俺は俺だ。あんまり気にしすぎてハゲるのは嫌だし、気にしないことにしておこう)

 そうと決まれば話は早い。俺は足を進め――ようとして、ぴたりと止まった。

「……何だ、あれ?」

 思わず、俺はそう洩らしていた。視線の先にある路地裏に、一人の女が立っていたのだ。それもただの女ではない。どこか寂しげな雰囲気を漂わせてはいたが、とんでもない美人だ。スタイルも抜群で、本物のモデルだとしてもおかしくないほどのレベルである。どういうわけかは知らないが、彼女はメイド服に身を包んでいた。そして、こちらに向かって手招きしている。

(……新手の風俗か?)

 そう思いながら、俺は興味本位でそちらへ一歩近づいた。その瞬間、かちりという音とともに全身が妙な煙に包まれ、体から力が抜けていく。

「なっ、なんだ……くっ……」

 膝から崩れ落ちそうになりながらも、必至で耐えようとする俺。だが視界はぐにゃぐにゃと歪み始め、意識も徐々に遠退いていく。そして数秒も経たぬ内に、俺は地面に倒れこんで意識を失った……。







「んっ……ここは……どこ、だ……?」

 少し、頭が重く感じる。どうも俺は何か面倒ごとに巻き込まれたようだ。今の自分が置かれた状況を確認してみるか。

「くっ……動けないな……しかも何故か裸みたいだし」

 身体を動かそうとしたが、首以外は何かで拘束されているらしく、全く動かせなかった。だが何か直方体の箱に近い物――棺かもしれない――に押し込まれているのがわかる。他にわかったことでは、少なくとも気を失う前までは服を着ていたはずだが、今は布切れ一枚すら身に付けていなかった。寝ぼけて脱いだとは思えない。とすれば、恐らく何者かによって脱がされたと考えるのが妥当だろう。

「つーか、ここは一体……?」

 周囲を見回してみる。今いる部屋は中々豪華な内装で、天井からぶら下がったシャンデリアが部屋の中を照らしていた。奇妙なことに、通風孔らしきものは見かけたものの、窓は一つも見当たらなかった。ひょっとしたら、ここは地下なのかもしれない。

「……ところで、誰だお前等?」

 今更ながら、俺は部屋に他の存在を見つけ、なるべく平静を装いながら声をかけた。一人は10代後半程度に見える、美しいというよりは可愛らしいという形容詞が似合う女性。もう一人は気を失う前に見た、あの美人なメイドだった。どちらからも、普通とは違う嫌な雰囲気を感じる。まるで、二人とも人間ではないかのような……そういった異質な雰囲気だ。

「もう少し眠っているかと思いましたが、意外ですわね。普通の人間より、耐魔性が高いのかしら? 中々面白い獲物を選んだわね、エミリア」

「ありがたきお言葉……感謝します」

 楽しそうにこちらを見る女性と、頭を下げるメイド。それを見て、俺はある程度の状況を察する。

(……どうやら、俺はこのメイドに拉致られたらしいな。気を失う前に変な音がしたのは、恐らく何らかの罠を仕掛けていたからだろう。あの辺りでわざわざ俺を待っていたというよりは、俺がたまたま彼女の張った罠にかかったと考えた方がいいか。となると、仕事の関係じゃなさそうだな……あの女が親玉なんだろうが、何の為にこんなことを?)

「……紹介が遅れたようですね。我は誇り高きノイエンドルフ家の当主、マルガレーテ。貴方の運命を手折る者よ」

「私はマルガレーテ様に仕える使用人、エミリアと申します。以後見知りお聞きを」

 にこりと笑う女と、恭しく一礼するメイド。それだけを見れば違和感は無いが、決してそれだけではない何かを、俺はしっかりと感じ取っていた。

「マルガレーテにエミリアか。中々変わった名前だな。ノイエンドルフ家とか言ったが、それはドイツ辺りの貴族か何かか?」

 半ば当てずっぽうでカマをかけてみる。こいつ等が何者なのかはよくわからないが、向こうにばかりペースを握らせるのは危険だと感じたためだ。それにできるだけ情報を得ておきたいということもある。

「貴族というのは正解です。が、どこの貴族かは……」

「構わないわエミリア、教えてあげなさい」

「……御主人様が、そうおっしゃるのでしたら」

 肝心な部分は隠そうとしたエミリアに、マルガレーテはそう言った。渋々といった感じで、エミリアは口を開く。

「御主人様は、魔界における貴族です」

「魔界、だと? お前達は、一体……?」

「私たちは……あなた方の世界で言うところの、サキュバスという存在です」

 サキュバス、という名前を聞いて俺が思い浮かべたのは、ゲームに良く出てくる蝙蝠のような羽を生やした、女のモンスターだった。確かに人間離れした美しさは、サキュバスであったとしても不思議ではない。だが、彼女に翼らしきものは見当たらなかった。

「サキュバスね……だが、悪魔に付き物の翼はないようだが?」

「翼を見たいの? それなら、特別に見せてあげるとしましょう」

 マルガレーテはそう言うと、背中に力を集中するような動きを見せた。直後、マルガレーテの背中に、前からでもはっきりとわかる大きさの翼が現れる。

「普段は何かと邪魔になるから、目立たない大きさにしているのだけど……お望みなら尻尾も見せてあげますよ」

「……いや、もういい」

 正直、ドッキリか何かだったらいいなぁと心の片隅で考えてはいたが、これでその可能性は無くなった。どう見ても、あの羽根は作り物には見えない。夢であるという可能性も確かめるため、頬の肉を噛んでみたが痛いだけだった。

 仕方なく俺は現実逃避を諦め、情報を得るためにわざわざ俺をここに連れてきた理由を尋ねることにした。

「……で、そのサキュバスの貴族とやらが俺に何の用だ?」

「用ですか? そうですね……私の趣味に付き合っていただくために、といったところですか。ふふふ……」

 何やら意味深な笑みを浮かべるマルガレーテ。その表情に得体の知れない不気味さを感じ、俺の頬を一筋の汗が流れた。

「……その趣味ってのは、何だ?」

「ふふふ……私の趣味は、拷問なのですよ」

「ごっ、拷問だと!?」

 マルガレーテの口から飛び出したロクでもない単語に、思わず俺は大きな声を出していた。普段冷静沈着で通っている俺としては珍しいことだ。

「拷問といっても……人間が行うような、下卑た痛みが伴うようなものではありませんわ。もっとも……まあ、言わずともすぐにわかることになるでしょうけど」

「……あんた、悪趣味だな。そんなんじゃ、嫁の貰い手がないぜ?」

 動揺する心を必至で落ち着けながら、マルガレーテのペースを崩そうとする。だが、それを聞いてもマルガレーテは怪しげな笑みを浮かべていただけだった。

「面白いことを言うのね。でも、そうだとしても問題はないわ。必要なら、襲えばいいだけのこと。もっとも、そんな必要があるとは思えませんけど」

(ちっ、やっぱりそう簡単にはいかないか。怒ったりしてくれた方が扱いは楽になるんだがな……)

 全くもって厄介な相手だ。俺は胸中で舌打ちした。

「ふふ……では、この場はもう結構です。下がりなさい、エミリア」

「了解しました。失礼致します……」

 そう言うと、先程までマルガレーテの傍で控えていた彼女は恭しく頭を下げ、部屋から退出した。後には俺と、マルガレーテの二人だけが残される。

「さて、それでは……」

「ちょっと待った!」

 こちらへ歩み寄ろうとするマルガレーテを、強い口調で制する。ここだ、ここで勝負をかけるぞ!

「どうかしたのですか? 止めて欲しいと言うのなら、それは無理ですよ」

「そんなんじゃない。実は……さっきから裸だったせいか腹の調子が悪くなったんだ。悪いが便所を貸してくれ、つーか貸せ」

 さすがにこの返答は予想外だったらしく、マルガレーテの表情が一瞬固まる。

 無論、腹の調子が悪いというのは嘘だ。だが、こう言っておけばどんな相手も流石に毒気を抜かれ、機先を制されることになる(食事中の方、申し訳ありません)。

「ああ、無理だって言ったらこの場でするからな。ついでに小の方も一緒にしてやるぞ」

 反論される前に、そのまま畳み掛ける。無論俺もそんな露出プレイをしてやるつもりは無いが、言うだけならタダだ。嘘も方便という言葉もある。問題は、何も無い。

「どうする? 俺を便所に連れて行くか、このまま続けるか……選ぶのはマルガレーテ、お前だ」

 我ながら何て無茶な台詞だとは思うが、今の俺になりふり構ってる余裕などないのだ。マルガレーテが沈黙している間に、更に言葉を続ける。

「くっ、やばい……出そうだ! あまり余裕はない、早く決めろ! どっちだ!?」

「……くっ……あははははははは!」

 突然マルガレーテは笑い出した。一瞬気が触れたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。少しの間笑い転げていたが、やがてそれも収まったのか、再び悠然とした笑みを形作る。

「ふふ……貴方、面白い人間ね。この局面でそんなことを言えるなんて、大したものよ」

「……そこで、『その面白さに免じて、拷問するのは止めにしてあげる』って言ってくれれば助かるんだが」

「そうしてあげてもいいのだけど……ふふっ、やっぱり駄目。貴方がどんな表情で喘ぐのか、興味が湧いてきましたもの」

 どうやら、解放してくれる気はなさそうだ。だが、まだ終わってはいない。

「いいのか? このまま続けると、この部屋はクソまみれになるぞ! 洗っても臭いが染み付いて落ちないぞ。それでもいいのか!?」

「……ならば、貴方の望み通りにしてさしあげるとしましょう……エミリア!」

「はい、何か御用でしょうか?」

 いつの間にか、部屋から出て行ったはずのメイドはマルガレーテの傍まで戻っていた。扉を開ける音は聞こえなかったが……この場合、可能性は二つ。この女が俺に気配を悟らせないだけの力を持っているか、何らかの道具、あるいは力を使ったか。彼女がサキュバスだという事を考えれば後者の可能性が高いが、ただ立っているだけだというのに全く隙を見せない様子を見ると、前者の可能性も否定はできない。

「この方をトイレに案内して頂戴。終わったら、彼を連れてここに戻ってらっしゃいな」

「了解しました。では……」

 エミリアは俺の傍まで来てかがみこむと、俺の体をひょいと持ち上げて肩に担ぎ上げた。

「うおっ!」

「ふふ……ちゃんと手伝ってあげなさい、エミリア」

「かしこまりました、御主人様」

「こら、放せ!」

 エミリアに担がれたままじたばたと暴れるが、如何せん体が拘束されているために逃れる事はできそうにない。

 俺はエミリアに担がれ、部屋を後にした……。







 ――数十分後。

「……ただ今戻りました」

「ご苦労様、エミリア」

「くっ……まさか魔界で、こんな羞恥プレイをされることがあろうとは……」

 敗北感に打ちひしがれながら、俺は再び棺(?)の中へ戻された。何があったのかは、勝手に想像しておいてくれ。

「ふふ……どんな事をされたのかは後でエミリアに聞くとして、拷問を再開しましょうか。エミリア、貴女は下がっていいわ」

「では……」

 一礼すると、エミリアは再び部屋から出て行った。

「さて……まず、貴方が今入っているモノについて、説明するとしましょうか」

「……つくづく悪趣味だな。俺の反応を見て楽しもうってわけか」

「ふふ、ご想像にお任せしますわ」

 むかつくぐらいに綺麗な顔で微笑みながら、マルガレーテは説明を続ける。

「貴方の入っているのは、鉄の処女(アイアン・メイデン)と呼ばれるモノです。人間界でも有名ですから、名前くらいは聞いたことがあるでしょう?」

「アイアン・メイデン……確か、中に入れられた者が無数の刃に貫かれる拷問道具の一種だったな。考案者はハンガリーの貴族エリザベート・バートリー。処女六百人以上を殺し、その生き血で入浴していたという人物だ。事件が発覚したのは1610年の11月……」

 と、そこまで言った所でマルガレーテの視線に気付き、言葉を止める。

「……随分詳しいのね。ひょっとして、そういう趣味が?」

「お前と一緒にするな。昔、捕虜に対する拷問術って授業で聞いただけだ」

 少なくとも、俺はそんなはた迷惑な趣味を持った覚えは無い。必修の教科でなければ、わざわざあんな授業を受ける事もなかっただろうしな。

「……しかし、さっき痛みは伴わないとか言ってなかったか? それとも、あれはただの嘘か?」

 こめかみの辺りを、じとりとした汗が流れる。俺は刃に刺されて喜ぶようなドMじゃないので、痛いのは正直勘弁してもらいたいのだが。

「嘘ではありません。なぜなら……このアイアン・メイデンには、刃などという無粋な物は付いてませんから」

「刃が付いてない? じゃあ、一体何の為に……」

 怪訝な顔を浮かべる俺に対し、マルガレーテはアイアン・メイデンの蓋に手を掛けた。そしてそのままゆっくりと手前に引いて、こちらに蓋の裏が見えるようにする。

「なっ……何だ、これ……」

 蓋の裏に付いていたものを見て、俺は思わず息を呑んだ。そこには、肌と同じ色をした、軟体状の物体がみっしりと貼り付いていた。その物体はひくひくと蠢いており、表面はざわざわと波打っている。そして顔の高さの辺りには小窓が付いていた。こちらは恐らく、中に入れられた者の様子を観察する為の物だろう。だが、この奇妙な物体については、よくわからなかった。

(これは、肉? それとも生物か? しかしこんな生物は見たことが……ひょっとして、魔界に特有の生命体とかなのか? どうしてこんな物がここに……)

「ふふ……これは搾夢肉床と呼ばれる、意思を持った肉床」

「意思を持った肉床……だと?」

「ええ。この肉は貴方のおちんちんを包み込み、精液を吸い尽くすのですよ。気持ちよさそうでしょう?」

 一瞬、マルガレーテの言った事が理解できずに戸惑う。だがすぐにその意味に気付き、思わずその光景を想像していた。

「どうしました? 顔が赤くなっていますよ」

「ああ、それは生まれつきだ」

 きっぱりと大嘘を言い切る。向こうにも嘘だというのはわかっているらしく、マルガレーテはくすくすと笑っていたが。

「説明の続きといきましょうか。この蓋を閉めると、搾夢肉床は貴方の全身ににゅるにゅると絡み付いて責め立てます。すぐに、貴方はおちんちんを膨らませてしまうでしょうね」

「残念だったな。俺、実は……インポなんだ」

 再び嘘を吐く。マルガレーテは一瞬動きを止めたものの、すぐに説明を再開した。

「……その後、搾夢肉床は貴方の大きくなったおちんちんにねっとりと絡み付いてくるんです」

「……スルーかよ。ちょっと傷ついたぞ」

「だって、話を聞いてるだけでおちんちんをそんなにしてたら、誰でも嘘だってわかるでしょう?」

 そう言われて、俺は自分が勃起していることにようやく気がついた。マルガレーテはそれを無遠慮に見つめながら、淫靡な笑みを浮かべている。

「ふふ、中々立派なモノをお持ちなのですね」

「……そいつはどーも」

 正直、こんな時にそんなことを言われてもあんまり嬉しくない。

「搾夢肉床は、おちんちんだけじゃなくあらゆる性感帯を包み込んで愛撫してきます。ぐにゅぐにゅ、うにうにと全身を揉み立て、天国を味あわせてもらえますよ。おちんちんは特に優しく可愛がられ、たちまち貴方は絶頂へと導かれるでしょうね……ふふ」

「……さっきから聞いてる限りじゃ、ただのプレイにしか聞こえないんだが。それのどこが拷問なんだ?」

「ふふふ……勘のいい貴方なら、もうわかっているでしょう?」

「悪いが全然わかんねー」

 いや、本当は大体想像は付いているのだが。それを言ってあっさり肯定されるのは嫌なので、ここはあえてとぼけることにした。。

「なら説明して差し上げますわ。この搾夢肉床は、貴方がドクドク出した精液を全て吸い上げて貴方を責め続けます」

「ほうほう」

「……そしてこの蓋を閉めている限り、貴方がどれだけ泣き叫んでも責め嫐られ続けられるのですよ。その命が尽きるまで、貴方はアイアン・メイデンに精を搾り取られ続ける……どう? ゾクゾクするでしょう?」

「いや、全然」

「…………」

 ふっ、ミスター天邪鬼となった俺に、呆れて物も言えなくなったらしいな。まあ、天邪鬼なのは元からなんだが。

「先程から思っていたのだけど……貴方は自殺願望でもあるのかしら?」

「あるわけないだろ。何言ってるんだ?」

 心底不思議そうな顔で、そう言い返す。最も、それも所詮演技でしかないのだが。

「ならばわかるように言ってあげましょうか。貴方の命は今、私の手に委ねられている。生かすも殺すも、私次第。それぐらいはわかるでしょう?」

「いいや、わかんねー」

 あくまでも反抗的な態度を取り続ける俺。本能はこの女が自分より――いや、人間より生物として上位の存在である事を告げていたが、だからといってそれに従ってやらねばならないという道理はない。

「……少しは、命乞いでもしてみようかとは思わないの?」

「なら、命乞いしたら助けてくれるのか? どうせ、お前はそんなもの聞かないだろう。従順にしてても殺されるのなら、反抗した方がいいに決まってる。そんな事もわからないほど頭が悪いのか?」

 悪態全開モードでまくし立てる。こうなった俺を止められる者など、この世には二人――クソ兄貴こと甲斐正宗(かい まさむね)と戦友の須藤啓――しか存在しない! お前に俺を止めれるものなら止めてみやがれ!

「そうか、趣味だけじゃなくて頭も悪かったのか。そいつはお気の毒だったな。性格もひん曲がってるし、救いようがないとはこのことだな。おっと、そういや胸も小さかったな。いやあ、こうして見るとお前って欠点の塊みたいな存在だな」

「なっ……」

「どうした、怒ったのか? ああ、ひょっとして胸が小さいの気にしてたのか。悪い悪い。あんまりにも小さすぎたもんで、ついうっかり口に出ちまったよ。決してお前のこと『サキュバス? その胸のサイズで何言ってんの?(笑)』何て思ってないから安心してくれ」

 マルガレーテは決して貧乳という訳ではないが、だからといって巨乳というほどでもない。精々Cカップといったところだろう。どちらかと言うと、胸のサイズではあのメイドの方がはるかに勝っていた。

 ちなみに、別に俺は巨乳好きだというわけではない。あくまでマルガレーテをからかう為に胸のサイズを持ち出しただけである。そこの所は誤解しないで欲しい。念のため。

「大丈夫。そんな程度のサイズでも、需要はあるから! まあ需要って言っても、マニアックな連中ばっかだけどな! ははははははははっ、ご愁傷様〜!」

 嘲笑としか表しようがない感じで、俺はマルガレーテを思い切り笑い飛ばしてやる。流石に言われっぱなしで怒ったのか、マルガレーテは肩をぶるぶると震わせていた。

「ああそうそう、小さいのは胸だけじゃなくて全体だったな。そんなに小さいと小学生と間違われて変態に誘拐されかねないな。自分でもそう思わないか、マセガキ……おっと間違えた、マルガレーテ。悪いな、同じ『マ』で始まる言葉だからつい間違えちゃったよ、マセガキ……じゃなかった、マセガキ。おっといけない、また間違えた。それにしても似てるよな、マセガキとマルガレーテって。俺うっかり間違えてお前のことマセガキって呼んじゃいそうだよ」

 マセガキ、のガキの部分を特に強調して、何度も繰り返してやる。無論、マルガレーテはそこまで幼くは見えない。実際の外見は高校生くらいで、幼く見えたとしても精々中学生あたりが限界だろう。

 だが人間、言われて一番傷つくのは身体的特徴である。多分、サキュバスでもそれはあまり変わらないだろう。そして身体的特徴というのは比較対象があって成立するものである。こいつの傍にいた存在は今のところエミリアだけしか見ていないが、彼女はマルガレーテよりも背が高く、大きな胸の持ち主だった。正直俺の好みのタイプ……おっといけない、脱線した。

 ともかく、そういう存在が近くにいるなら、気にしているのはそこだろうと踏んだわけだ。そしてどうやらそれは的中したらしい。顔をうつむかせたまま、肩を震わせるマルガレーテを見ればそのくらいはわかる。

「おや、どうしたんだマセガキ。おっといけない、マセガキじゃなくてマルガレーテだったな。でもマセガキとマルガレーテって似てるからこの際どっちでもいいか。なあマセガキ……おい、どうしたマセガ……」

「……五月蝿い! さっきからマセガキマセガキって何度も何度も……」

「そんなに怒るなよ、マセガキ〜」

 怒りを露にしたマルガレーテに対し、更にからかいの言葉を発する。

 ……なお、どう考えても似てないとかいう突っ込みは一切受け付けない。

「ふふ……ふふふふ……」

「何笑ってるんだ、マセガ……」

「……えい」

 マルガレーテは暗い笑顔を浮かべ、俺の台詞を遮るようにして思いっきりアイアン・メイデンの蓋を閉めた。それと同時に、どういう仕組みなのかは知らないが、俺を拘束していた何かの感触が無くなり、四肢が自由になる。

 だがそれだけではない。拘束から解放された俺の体に、搾夢肉床とやらがまとわり付いてきたのだ。未だかつて味わったことの無いほどの快感が、俺の体を襲う。

「くぅっ……うあああああっ!?」

「あらあら、先程までの威勢はどうしたのかしら?」

 快感に身悶えし、思わず声が漏れ出る。そんな俺の様子を、マルガレーテは小窓から覗き込んで笑っていた。

「くっ、くあああああっ! こ、このっ……ふあっ! だ、出せ……ああっ!?」

「ふふ……ちゃんと出してあげますわ。屍になった後に、ね……」

 酷薄な笑みを浮かべるマルガレーテ。罵詈雑言を束にして叩きつけてやりたいところだが、全身に浴びせられる甘美な刺激の前にそんな余裕は無かった。気付けば、勃起した俺のモノは搾夢肉床に飲み込まれ、にゅるにゅるぐちゃぐちゃとこねくり回されていた。その執拗なまでの責めに、俺はアイアン・メイデンの中で、快楽に毒された声を上げ続ける。

「ひうっ!? こ、こんな……あああああっ!」

「ふふ……おちんちん、可愛がられているようですね。気持ちいいですか?」

「だ、誰が……ひあああっ!?」

「ふうん。でも……そんなに可愛い声を上げている状態じゃ、説得力はまるで無いわね」

 そう言いながら、マルガレーテは愉悦を露にしていた。先程まで反抗していた俺が、ただ快楽に身もだえするしかないその姿がよほど痛快なのだろう。

「くうっ、うあああっ……だっ、出せぇ……ひゃあうっ!?」

「ふふ、もう出そうなのかしら? いいわ、イきなさい。貴方の可愛い顔、しっかり見ていてあげますから」

「そんなっ……うあっ、くっ……くああああああ――――っ!?」

 マルガレーテの視線を感じながら、俺は搾夢肉床の中に白濁液を撒き散らしていた。搾夢肉床は射精している間も絡み付いて、一滴残らず精液を吸い上げようとする。その感触に、思わず俺は腰が砕けそうになった。

「ふふふ……少々早かったようですが、ひょっとして溜まっていたのですか?」

「そ、そんなこと……うああっ!? ま、また……くっ、あああっ!?」

「……どうやら、図星だったようですわね」

 射精したばかりだというのに、搾夢肉床は動きを止めずに肉茎を責め立てる。いや、それだけではない。搾夢肉床は玉袋にまで絡み付いて、ねっとりと責め嫐ってきた。まるで下半身が溶かされているかのような快感に、俺はろくに身動きが取れなくなっていた。

 気付けば、俺の目からは涙が流れていた。

「ふふ……悔しいのかしら? それとも気持ちいい?」

「こっ、この……うああっ! くっ、クソアマ……ぐああああっ!?」

「うふふ、残念ねぇ。アイアン・メイデンの中身が上級淫魔から精製した『淫魔の肉』なら、恥ずかしさを味わう時間も短くてすんだのでしょうけど……」

 意地悪そうに微笑みながら、小窓から手を伸ばし、頬を撫でるマルガレーテ。その白く冷たい手で撫でられているだけで、頬に甘美な感触が走る。

「搾夢肉床は下級淫魔から精製したもの。そう簡単には死ねないわ」

「ぐうううっ……!」

 快楽に流されぬよう、怒りを込めた視線でマルガレーテを睨み付ける。だがマルガレーテは何の痛痒も感じていないようだった。

「ふふふ、本当に残念ねぇ……痛っ!?」

 マルガレーテが苦痛の声を上げる。俺がマルガレーテの指に噛み付いたからだ。

「こっ、この……離しなさい!」

「ふぁれふぁ、ふぁふぁふふぁ! んっ、んむぅぅぅっ!?」

 誰が離すか、とは言ったものの、搾夢肉床から与えられる快感で一瞬顎の力が弛んでしまった。その隙に、マルガレーテは指を引き抜く。

「くっ……よくも、やってくれたわね!」

「ふあああっ! うあああっ、ひうっ、かはぁっ!? くっ、あああっ!?」

 今のは流石に痛かったらしく、マルガレーテが怒りを露にする。だが俺はというと、快感に晒され続けていてそれに気付く余裕すらなかった。

 先程出したばかりだというのに、俺はもう達しそうになっていた。体に力を込めて射精を堪えようとするが、そんな抵抗も長くは続かない。

「くっ……あっ、ああああああ――――っ!?」

 亀頭をぐにゅぐにゅと揉み込まれ、尿道口を嫐り回され、玉袋を責められ……ありとあらゆる性感帯を責められ、俺は達していた。そんな俺の姿を見て溜飲を下げたのか、マルガレーテは再び笑顔に戻る。

「ふふ、無様な姿……後はアイアン・メイデンに可愛がってもらうのね」

 そう言うと、マルガレーテは小窓を閉じてしまった。光が閉ざされ、アイアン・メイデンの中は闇に包まれる。

「貴方はどれくらい持つのかしらね? 一日? 二日? それとももっと長くかしら? 精々楽しませて頂戴ね」

「ふっ、ふざけ……うああっ!」

 勝手な言葉に憤るが、与え続けられる快感のせいでロクに話せない。

「それじゃ、さようなら。貴方が屍になった後、また会いましょうね」

 マルガレーテの足音が徐々に遠ざかり、扉が開閉される音が聞こえた。どうやらこの部屋から出て行ったらしい。

「くっ、うあああっ!?」

 その間にも、搾夢肉床は俺の体を嬲り続ける。

 不味い! 早くこの状態をどうにかしないと、いつかは体力が尽きてしまう……だが、どうやって?



選択肢1:内側から力で破ろうとする

選択肢2:他の方法を考える




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