カードデュエリスト渚


 

 「……『ねこまた』、防御だ」

 『……ふにゃ』

 ねこまたはスフィンクスのように前足を揃えて屈み込み、こうしてターンを終了させた。

 場に出ている僕のモンスターは『風刃のシルフ』と『ねこまた』の二体。

 アイリスのモンスターは、『月夜のレディバンパイア』一体のみ――そこで、アイリスのターン。

 

 「慎重なのは良いですが、防御ばかりでは勝てませんよ?」

 アイリスはデッキに手を伸ばし、一枚を引き――そして、くすくすと笑った。

 「切り札を引いてしまいました。これで勝負は決まりですね――」

 「え……?」

 そしてアイリスは、引き当てたばかりのカード――切り札とやらを場に出す。

 「『陶酔のウツボカズラ』、召喚です――」

 「こ、これは……!?」

 そして場に現れたのは、緑色のツボ状植物――食虫植物で有名な、ウツボカズラ。

 そのサイズは小さく、ちょうど握り拳を二つ合わせたぐらいだろうか。

 不気味な壷状ボディの中には、琥珀色の粘液が満たされているようだが――

 この奇妙なカードが、アイリスの切り札だという。

 こんな小さなサイズで、いったいどういった攻撃を繰り出してくるのだろうか。

 

 「では『陶酔のウツボカズラ』、『風刃のシルフ』を攻撃――」

 「え……?」

 そのウツボカズラはしゅるしゅると複数のツタを延ばし、たちまち無数のシルフ達を絡め取っていった。

 不思議なことに、あれだけ俊敏に空を舞っていたはずの彼女達の動きは鈍い。

 ほとんど逃げる様子もなく、シルフ達はツタに捕まっていき――

 そのまま彼女達は、次々と粘液の満たされたツボの中に引き込まれていったのだ。

 それは、なんともおぞましい光景。ツボの中に引きずり込まれたシルフは、もがく様子さえ見せていないのだ。

 そして風の精達は、次々とウツボカズラの中に沈んでいく――そのまま、再び姿を現わすことはなかった。

 一体残らず、シルフ達はウツボカズラに呑み込まれてしまったのだ。

 「撃破された、のか……?」

 「ふふ、溶かしてしまったんですよ……」

 アイリスは、くすくすと笑った。

 少女特有のあどけない表情とは裏腹に、その笑顔からは不気味な残酷性が伺えた。

 彼女はウツボカズラに捕えられていくシルフを眺め、愉しそうに目を細めていたのだ。

 「捕えた相手を陶酔に浸らせ、絶頂させながら溶かして、養分にしてしまうんです。

  一番最初は、小型のモンスターしか捕獲できませんが――」

 不意にウツボカズラの体が、ぐにょぐにょと蠢き始めた。

 まるで、中に閉じこめたシルフ達を咀嚼しているかのように――

 「そ、そんな……!?」

 そして蠢きが収まった次の瞬間、ウツボカズラは一回り肥大していた。

 さっきまでは握り拳二つ分の大きさだったのが、人間の胴体ほどに膨らんでしまったのだ。

 その余りのおぞましさに、身の毛がよだつ思いだった。

 ああして他のモンスターを捕え、養分にして大きくなっていくのか……?

 

 「これがレアリティAのレアカード、『陶酔のウツボカズラ』の特殊能力。

  第三段階になると、人間をも呑み込めるサイズになるのですよ……」

 くすくすと笑いながら、アイリスは目を細める。

 「『月夜のレディバンパイア』は、防御のまま――これでターンエンド。お兄さんのターンですよ」

 「え……?」

 おそらく、『ねこまた』をも撃破できたであろうカード――

 『月夜のレディバンパイア』をまたも防御させたまま、アイリスはターンを終えていた。

 これが、向こうのミスや読み違えであるはずがない。

 おそらく、わざと『ねこまた』を生かした――その理由は一つ、『陶酔のウツボカズラ』のエサにするため。

 まだまだウツボカズラは人間の胴体ほどのサイズ、その成長は完全ではないのだ。

 最終的には、プレイヤーである僕を呑み込んで溶かしてしまう気だ――アイリスの狙いを悟り、僕は背筋に震えを感じていた。

 デュエルフィールドで受けた傷やダメージは、デュエル終了後には元通りになっている。

 ウツボカズラに閉じこめられて、溶かされているというのもこのデュエル中だけだろうが――それでも、たまらなく恐ろしい。

 

 「くっ、ドローだ!」

 気力を奮い立たせ、僕はデッキからカードをドローした。

 引いたカードは――『光の封陣』。

 一ターンの間、敵一体を行動不能にする魔法カードだ。

 さて――手札には『光の封陣』、場に出ている僕のモンスターは『ねこまた』のみ。

 一方、相手のカードは『月夜のレディバンパイア』と『陶酔のウツボカズラ』。

 どいつの動きを封じ、どいつに攻撃するか――その判断を誤れば、ここで勝負は決まってしまう。

 「……」

 まず、『ねこまた』で『月夜のレディバンパイア』を攻撃するのは論外だ。

 間違いなく反撃で逆に葬られるので、選択肢としてはありえない。

 だから『ねこまた』は『陶酔のウツボカズラ』を攻撃――例え撃破できなくても、反撃で逆にやられるということはないはず。

 ここまでは、問題ない。

 さて……悩むのは、『光の封陣』でどちらを封じるかだ。

 『月夜のレディバンパイア』の動きを封じるか、『陶酔のウツボカズラ』の動きを封じるか。

 この『光の封陣』は、自分のモンスターに行動を指示する前に発動させなければならない、ターン開始時発動の魔法カード。

 『ねこまた』を動かすよりも先に、『光の封陣』で行動停止対象を指定しなければいけないのである。

 

 「随分と長考ですね……それもそのはず。ここで誤れば、お兄さんは――ウツボカズラに溶かされてしまうのですから」

 くすくす笑うアイリスを思考の外に置き、僕は頭を回転させる。

 『月夜のレディバンパイア』を封じて、『ねこまた』が『陶酔のウツボカズラ』を撃破する――これが理想的なパターン。

 だが『ねこまた』が『陶酔のウツボカズラ』を撃破できなかった場合、次のアイリスのターンで『陶酔のウツボカズラ』が再び動く。

 こうなれば、かなり悲惨な事態だ。

 『陶酔のウツボカズラ』の動きを封じ、なおかつ『ねこまた』で攻撃――これなら、ウツボカズラを撃破できなくても一ターンの間は安全。

 『月夜のレディバンパイア』が野放しということになるが、おそらくアイリスはこのモンスターを防御したままにしておくはず。

 『陶酔のウツボカズラ』は、アイリスの戦略の中核となるカード。

 その動きを乱すような指示を、出してくるはずはない――

 これは甘い期待ではなく、論理から導き出された妥当な推論である。

 それに対し、『月夜のレディバンパイア』の動きを封じるという選択肢の方は、それこそ甘い期待だろう。

 『ねこまた』が『陶酔のウツボカズラ』を撃破できるという確証のない仮定の下に、全てが成り立っているのだ。

 ここで取り得る選択は、もはや明らかだった――

 

 『陶酔のウツボカズラ』の動きを封じ、なおかつ『ねこまた』で攻撃

 『月夜のレディバンパイア』の動きを封じ、『ねこまた』で『陶酔のウツボカズラ』を攻撃

 



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