メデューサ


 

 「ち、違います!!」

 僕の口から出た言葉は、自分でも驚くほどに強い語気だった。

 珍しく御咲先輩の無表情が崩れ、きょとんとした表情を覗かせる。

 「そんなんじゃなくて、僕は……!」

 

 ――僕は、何なんだ?

 何と言葉を続けるんだ?

 

 「その……先輩がそういう事してるってのは驚いたけど、その――」

 

 ――僕は何を言っているんだ?

 普通ならシチュエーション的に、慌てるべきは御咲先輩の方。

 なぜ僕がパニックになっているのか、さっぱり分からない。

 

 「それでも先輩を嫌いになったりはしないっていうか、その――」

 

 ――もうメチャクチャだ。

 なんで僕自身の気持ちを語っているのか、自分でも分からない。

 そもそも、そういう話じゃなかったはずなのに。

 

 「その、御咲先輩……! 好き……です」

 

 ――やってしまった。

 意味の分からない、最も似つかわしくない状況での告白。

 頬どころか、体全体が蒸されているように熱い。

 今の僕は、茹でタコ以上に真っ赤な顔をしているだろう。

 

 「……参ったな。そんなに真摯な気持ちを正面からぶつけられては、適当な嘘で誤魔化すこともできん」

 しかし御咲先輩は僕を嘲笑いもせず、不快の念すら表さなかった。

 「そもそも君は思い違いをしているようだが、昨日の行為は厳密に言えば売春ではない」

 「えっ、じゃあ……!?」

 御咲先輩は、僕の疑念をあっさりと否定していた。

 例え誰が見ても、あの行為は売春にしか見えない――普通に聞けば、単なる誤魔化しとしか思えない。

 しかし僕にとっては、そうであってほしくないという気持ちもあってか、御咲先輩の言葉を鵜呑みにしていた。

 あれは単に道を尋ねられただけだ、と言われても僕は信じきっていただろう。

 しかし次の言葉は、僕を闇の中に叩き落としていた。

 「だが――君の想いには応えられない」

 「あ……そうで、すか」

 我ながら、なんとも間抜けな応答。

 目の前がぐらりと揺れ、真っ暗になっていく感覚――

 「私は、君の想いに応えられるような女ではない」

 「御咲先輩、それは――」

 それはつまり、あの売春の事を言っているのか?

 でも、あれは違うって言っていたじゃないか。

 もしそうでも、僕は――

 

 「私が得たのは金銭ではなく、男性の精なんだ」

 「え――?」

 その言葉の意味が、僕には理解できなかった。

 男性のせい?

 聖? いや――精?

 

 「私は、人の精を餌にする妖魔――人間ではない」

 「そんな、何を言ってるんです……?」

 「金銭と引き替えにこの身を売っていたなどとは、君に誤解されたくない――」

 その次の瞬間、先輩は思いもしない行動に出ていた。

 スカートの腰元に手をやり、そして――ふぁさ、と御咲先輩のスカートが床に落ちた。

 飾り気のない白い下着と、そして優雅な脚線美があらわになる。

 僕はその光景にしばし目を奪われ、そして動揺していた。

 「せ、先輩……! いきなり、何を……!」

 目のやり場に困り、ひたすらに慌てる僕。

 さらに御咲先輩は、僕にとっては暴挙とも言える行動に出た。

 自らの下着に指を掛け、ゆっくりとずり下ろしたのだ。

 僕の前に、下半身に一糸まとわぬ御咲先輩が立っている――

 

 「ちょ、ちょっと……! 何してるんですか……?」

 目のやり場に困る、見てはいけない、でも見たい。

 ちらりと、御咲先輩の陰部に視線をやってしまう――

 「え……!? そ、そんな……!?」

 ドギマギした戸惑いの感情は、一瞬で心臓を鷲掴みにされたような驚愕にすり替わっていた。

 御咲先輩の脚線美が徐々に崩れていき、白い太股や足がグリーンのような色彩に染まっていく。

 その二本の足は連結し、しゅるりと伸び――まるで、大蛇の尾のようになってしまったのだ。

 下腹部あたりまでは人間そのもの、しかし腰から下は大蛇――まるで、ラミアとかいう怪物のようだ。

 その大蛇の尾は10メートル以上に伸び、御咲先輩の背でとぐろを巻いていた。

 「え……? え……?」

 いや、御咲先輩の身に起きた変化はそれだけではない。

 彼女の美しい黒髪がしゅるしゅると伸び、その一房一房の先端が蠢く紐状の生物と化す。

 あれは――蛇だ。

 御咲先輩の黒髪は、中程から無数の蛇へと変わっていたのである。

 そんな異形の姿と化した先輩が、僕の目の前に立っていた。

 「驚いたか……? これが、偽らざる本当の私。蛇と化した髪で人の精を貪る――私は、そんな妖魔なんだ」

 メデューサ――ギリシア神話に登場する妖魔の名は、僕ですら知っている。

 頭髪は無数の蛇、下半身は大蛇――そんな御咲先輩の姿は、なぜか息を呑むほどに美しかった。

 「……分かっただろう? 私は、君の純粋な想いに応えられるような存在ではないと」

 哀しそうな表情を浮かべる御咲先輩、その頭髪の蛇達がざわざわと蠢く。

 そんな先輩に対し、僕の口から出た言葉は――

 

 妖魔でも構わない

 寄るな、化け物!

 


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