乙女戦隊セリオン☆ファイブ


 

 「ふぅ、ただいまー」

 誰もいないアパートの一室に虚しく呼び掛けながら、僕は部屋の明かりを点けた。

 実はゾルゾムの給料は結構良く、僕のような年齢の一人暮らしにしては良い部屋だったりする。

 「ふぅ、なんたらファイブか。あんなのとは絶対に戦いたくないな、っと……」

 それなりに楽しい職場で、信頼できる上司がいて、給料も良い――

 それでも、流石に命を賭けて尽くすほどの義理はなかった。

 あんな連中と戦えなどという命令が下ったら、組織の脱走も考えなければならないだろう。

 「……にしても、今日はなんだ?」

 隣の部屋が、今日はやけに騒がしいようだ。

 「で、その店のプディングが美味しくてさぁ。ほっぺがとろけそうって感じかな!?」

 「では、今度みなで参りましょうか……?」

 「あら、それは楽しそう。そんな店に行くのは初めてなの」

 「私はパス、甘い物は苦手――」

 複数の若い女性のはしゃぎ声が、キャッキャッと響いている。

 確か隣の部屋の主は、同い年くらい――大学生の女の子のはず。

 僕と歳もほとんど変わらない、活発そうな子だったように記憶している。

 「……ところでさぁ、誰か男の人呼ぼうよぉ。女だけの酒盛りなんてムナしいよぉ」

 「そうねぇ。綾音さん、大学の友人でも紹介して下さらない?」

 人数は4人から5人程度。飲み会でもしているのだろうか、随分と盛り上がっている様子だ。

 「やれやれ、うるさいなぁ……」

 もう十時を回っているというのに、やかましいことこの上ない。

 ここは、文句の一つでも言ってやろうか……

 

 「……大学行ってられないくらい忙しいって、知ってるでしょう?」

 「ええ〜? こんな部屋に女が五人なんて、不健全だよう。バランス悪いよねぇ、沙雪ちゃん?」

 「別に、私はどちらでも構いませんが……」

 「確か隣の部屋に、若い男の人がいたはずだけど……ちょっと誘ってみる?」

 「ふふ……素敵じゃない」

 「じゃあ、声を掛けてくるわ」

 「あっあっ、私も行く〜♪」

 ――えっ?

 もしかして、これはラッキーチャンス!?

 さっきまで心の中で悪態を吐いていたのも忘れ、僕は思わず身構えていた。

 「すいませ〜ん!」

 「は、はい!」

 程なくしてドアがノックされ、僕は上擦った声で答える。

 そして慌ててドアを開けると――そこに立っていたのは、二人の若い女の子。

 一人は、何度か顔を合わせたことのある隣の女性。

 活発そうな感じでありながら、同時にどこか落ち着いた雰囲気も漂っている。

 確か、同じ大学に通っていたような――以前にキャンパスでも見掛けたような気がしたのだ。

 そしてもう一人は、くりくりした眼の可愛い少女。

 歳のほどは高校生程度だろうか。お隣さんの友達にしては少しだけ年の差があるようにも見える。

 髪型はツインテールで、綺麗と言うよりはとにかくキュートな少女だ。

 「すみません、隣で飲み会やってるんですけど……良かったら、参加しませんか?」

 可愛らしい少女は、愛嬌たっぷりに告げる。

 それに比べ、お隣の女性は幾分遠慮している感じだ。

 「……あ、迷惑じゃなかったらでいいんだけど。いつも夜遅いよね? こっちも無理強いは――」

 「いやいや、構わないよ」

 構わないどころか、こんな美味しいシチュエーションはそうそうない。

 どう考えても、文句を挟む余地のない状況だ。

 誘われるままに僕は部屋を出て、ドアに鍵を掛ける。

 そんな僕の腕を、ツインテールの少女はぐいっと引っ張った。

 「やった〜! じゃあ、こっちこっち♪」

 「ちょっとみどり、そんな失礼な……」

 「いや、別にいいよ」

 その一回りほど年下の少女の無邪気な態度に、僕の目尻は下がっていただろう。

 こうして僕は、隣の部屋へと招待されたのだった。

 

 「隣の人、呼んできたよー♪」

 「お、お邪魔します……」

 初めて足を踏み入れる、隣の女子大生の部屋。

 そこはあまり飾り気もなく、家具もインテリアも非常に質素。

 部屋の真ん中には大きなテーブルが置いてあり、缶チューハイやおつまみ、スナック菓子が乱雑に散らかっている。

 そして、テーブルを取り巻く数人の女性達の姿があった。

 「あら、これは……素敵な人」

 そう言って目を細めたのは、いかにも妖艶なソバージュの女性。

 彼女は明らかに僕や他の女性達よりも年上で、おそらく25歳前後。

 その女性の他にも、机を取り巻く二人の女性がいた。

 小柄で清楚そうな中学生ぐらいの少女と、部屋の隅で壁にもたれているロングヘアの女性。

 全部で五人、それも全員が美少女だったり美人だったり――

 もしかしたら今日が、僕の人生で最良の日かもしれない。

 「じゃあ、座って座って!」

 ツインテールの少女は座布団をたぐり寄せ、僕をテーブルに座らせた。

 そして、コップに缶チューハイをとぷとぷと注ぐ。

 「私は華園(はなぞの)みどり、よろしくね!」

 「あ、ありがとう」

 自己紹介と同時に酒を注がれ、僕は軽く頭を下げる。

 部屋の主である女子大生も、僕の向かいに腰を下ろしていた。

 「私は緋室綾音、よろしく」

 「ああ、よろしく。あの――同じ大学だよね。四月に、一度キャンパスで見たような……」

 「ってことは、キミも山春日大学? 何年生なの?」

 「一年生だよ、いちおう。ここ数ヶ月、大学には全く行ってないけどね」

 「私も同じ一年生。おまけに私も、最近は大学に顔出してないのよ……いろいろ忙しいから」

 コップに口を付け、緋室綾音はふぅとため息を吐いた。

 「忙しいって……バイトとか?」

 そう言う僕は、ゾルゾムの活動で忙しかったりするのだが。

 「まあ、そんなとこかな。でも残念。キミが真面目に授業出てたら、ノートとか借りれたのに――」

 「ちょっとちょっとー! 二人にしか分からない話は禁止ー!」

 頬を膨らませ、華園みどりが会話に割って入ってきた。

 「まだ全員の自己紹介も済んでないんだから、世間話はあとあと!」

 確かに、その通りだ。

 「でも、楽しそうねぇ。大学か、一度は行ってみたかったかも――」

 そう艶やかに微笑んだのは、最年長と思われるソバージュのお姉さん。

 「私は橘美景(たちばな みかげ)。平安時代の貴族のような名前でしょう?」

 「あ……綺麗な名前だと思います」

 そう言いつつも、僕は彼女のスタイルに完全に目を奪われていた。

 引き締まるところは引き締まり、主張する箇所は主張している――

 まるでモデルのような肢体を誇る、妖艶な女性なのである。

 「あ、なんかやらしい目〜」

 そんな僕の様子を目敏く捉え、華園みどりはくすくすと笑った。

 「いや、そんな、僕は……」

 「うふふ……」

 慌てる僕に対し、橘美景さんは嫌な顔一つ見せずに柔らかな笑みを浮かべる。

 その春の日差しのような笑みに、僕は気恥ずかしくなってしまった。

 赤面を悟られぬよう、目を逸らす僕――座布団の上にちょこんと正座している、可愛い少女と目が合う。

 そのあどけない顔付きは、どう見ても中学生。落ち着いた態度はここにいる誰よりも大人びて見えるが。

 飲んでいるのは当然ながらお酒ではなく、緑茶のようだ。

 なんとも、渋い――

 僕と目が合ったその少女は、にっこりと目を細めた。

 「私は白川沙雪。以後、お見知りおきを――」

 まるでお見合いの席のようにうやうやしく頭を下げる、小柄で可愛い少女。

 おかっぱで、いかにも清楚。雰囲気は間違いなく和風。

 まるで、ざしきわらしのよう――もっとも、僕はざしきわらしなどに会ったことはないが。

 「あ、どうも……」

 釣られて僕もコップを置き、深く頭を下げていた。

 これで、紹介を受けたのは四人。残る一人は――

 「おーい、渚ちゃーん」

 華園みどりは、部屋の隅で壁にもたれかかっている女性に声を掛けていた。

 「自己紹介済んでないの、渚ちゃんだけだよ?」

 「……面倒臭い。勝手にやってて」

 とことん冷めた表情の女性は、ぼそりと呟く。

 歳のほどは、緋室綾音と同じくらい。非常に端整な顔に、流れるようなロングヘア。

 どこか人を寄せ付けない雰囲気だが、美女であることには間違いない。

 「海月渚(かいげつ なぎさ)、よ」

 心の底から面倒そうに視線を向け、彼女はそう吐き捨てた。

 その涼やかな顔は、まるで作り物のように整っている。

 端整な顔付きと、人を寄せ付けない態度――それは絶妙にマッチしていた。

 「海の月って書いて『くらげ』って読むけれど、私の苗字は『かいげつ』。それだけ」

 「ど、どうも……」

 無愛想に告げる海月渚に、僕はおずおずと頭を下げた。

 これで、この場で自己紹介していないのは僕ひとり。

 「っと……神宮龍一です。よろしく」

 名前だけは勇ましい――いつもそう言われる。

 とにかくこれで、この場の全員が自己紹介を終えたわけだ。

 「よろしくね、龍ちゃん♪」

 いきなり、馴れ馴れしい呼び方をしてくる華園みどり。

 まあ悪い気がするわけではないが――

 「あ、うん……よろしく、華園さん」

 「やだなぁ、みどりでいいよぉ」

 「ああ……分かったよ、みどりちゃん」

 人懐っこさ全開で、みどりちゃんは矢継ぎ早に話し掛けてきた。

 「ねぇね、趣味はなに? どんな音楽聞くの? 恋人とか、いる……?」

 「迷惑ですよ、みどりさん。龍一様が戸惑っていらっしゃるではないですか」

 そんなみどりちゃんを諫める、白川沙雪。

 むしろ、龍一様という馬鹿丁寧な呼び方に、僕は大いに戸惑ってしまう。

 「さ、様付けは勘弁して貰えないかな、白川さん……」

 「そのような他人行儀な呼び方ではなく、『沙雪』と下の名前でお呼び下さい、龍一様」

 どうやらこちらの要求は無視し、自分の要求のみを押し通すつもりのようだ。

 「分かったよ、沙雪ちゃん……」

 僕は結局、彼女の要求を受け入れてしまう。

 「どうしたの、沙雪ちゃん。男の人に対して人懐っこいって、珍しいね。好みのタイプ?」

 目を丸くするみどりちゃんに対し、沙雪ちゃんは眉を寄せた。

 「ち、違います! そんな――!」

 そう声を張り上げかけ、沙雪ちゃんはぱっと口を押さえた。

 「あ……失礼。私が不快感を示したのは、すぐ色恋沙汰に結びつけるみどりちゃんの思考回路。

  決して、龍一様の魅力を否定しようとしたわけではありません」

 「いやいや、そんなに改まらなくてもいいよ」

 どうやらこの娘は、非常に真面目で礼儀正しいらしい。

 確かにその清楚な外見も、良家の令嬢と呼ばれるにふさわしいようだ。

 「やけにその人に懐いてるじゃない、沙雪。あなたに限っては、色目使ってるわけでもないでしょ?」

 そう口にしたのは、壁にもたれている海月渚。

 「そんなんじゃありません。龍一様は善の人ですので、心が許せるだけです」

 沙雪ちゃんは、妙なことを言った。

 「あれ? 沙雪ちゃんと龍ちゃんって知り合いだったの?」

 「いいえ、私の方が勝手に覚えていただけなのです。

  以前、電車の中で……龍一様は、ご老人に席をお譲りしていましたよね?」

 「そう言えば、そんなこともあったっけか……」

 特別に感慨深い思い出でもないが、そんな事もあった気がする。

 沙雪ちゃんはそれをたまたま目にし、僕に好感を抱いたということらしい。

 悪の組織に所属する身だが、善行もやってみるものだ。

 「そういうわけで、龍一様が悪ではないことが良く分かりました」

 「あ、悪……?」

 またしても、沙雪ちゃんは妙な事を口にしていた。

 このあどけない少女が口にするには、余りに不釣り合いな言葉だ。

 「あは、ごめんね〜龍ちゃん。この子、ちょっと真面目すぎるというか何というか……」

 目を白黒させる僕に対し、みどりちゃんは取りなすように告げる。

 「善悪に潔癖なのよ、沙雪ちゃんは。まだまだ子供だしねぇ……」

 そう言ってほがらかに笑ったのは、橘美景さん。

 「……私が潔癖なのではなく、皆様が悪に対して鈍感なのです」

 沙雪ちゃんは、憮然とした表情を浮かべていた。

 かといって本気で気分を害した風でもなく、いつもこんな感じでからかわれている事がうかがえる。

 「それに大人になれば善悪に鈍感になるというなら、私は大人になんてなりたくありませんから」

 「ふふ、可愛い。思春期ねぇ……」

 くすり、と笑う橘美景さん。十歳近くも年下の少女に対して、まるで母親のような貫禄さえ漂わせていた。

 ともかく僕は、随分と沙雪ちゃんに気に入られたようだ。

 「いいわねぇ、仲が良さそうで。それじゃあ私も『美景ちゃん』と呼んでもらおうかしら――? ふふ……」

 「それは無理があるよぅ」

 くすくすと笑う橘美景さんに対し、みどりちゃんは肩をすくめる。

 「そうねぇ。歳を考えたら?」

 いきなり刺々しい発言を炸裂させたのは、こちらに無関心そうだった海月渚。

 彼女の発言に、場の一同は凍り付く。

 「あら、言ってくれるわね――小娘」

 口許には余裕の笑みを浮かべたまま、すっと目を細める橘美景さん。

 「ちょ、ちょっと、渚ちゃん……!」

 いきなり険悪なムードになる二人の間に、みどりちゃんが割って入る。

 「……お客さんが来てるってのに、あんまり恥ずかしいとこ見せないでくれない?」

 続けて、この部屋の主である緋室綾音が口を開いた。

 「……」

 その言葉を受け、睨み合っていた二人は互いに敵意の視線を外す。

 「了解……よ、リーダー」

 「まあ、綾音ちゃんがそう言うなら仕方ないわね」

 海月渚も橘美景さんも、どうやら矛を収めたようだ。

 どうもこの二人は、仲がそんなに良くないらしい。

 

 「まあまあ、ぱーっと飲もー!」

 すっとんきょうな声を上げ、みどりちゃんが場を取りなす。

 自分のコップにチューハイを注ぎ、そのまま飲み干そうとして――

 「……未成年者の飲酒は法律で禁じられています」

 そして、沙雪ちゃんに止められていた。

 「そんな固いこと言わずにさぁ。ちょっとだけならいいじゃない」

 「程度の問題ではありません。法で禁止されている以上、それを破ることは許されないのです」

 「うひゃー。沙雪ちゃん、がちがちー!」

 そう言いながらもみどりちゃんは飲酒を諦めたようで、オレンジジュースをガブ飲みする。

 僕、緋室綾音、海月渚、そして美景さんは問題なく飲める年齢――ではないはず、実は。

 僕は大学の一年生で、緋室綾音も同じはず。浪人していなかった場合、法的にはまだ飲酒は許されていない――

 沙雪ちゃんは、そこまで気が回っていないようだ。

 なんだかんだで年相応、どうも詰めが甘いらしい。

 

 「それでそのお店、龍ちゃんも行ったことある?」

 「女子高生が多いだろ、夕方は。やっぱ、一人で行くには抵抗があるなぁ」

 「楽しそうねぇ、学生生活。羨ましいわぁ……」

 「美景さんなら、十分に学生で通じるって!」

 そんなこんなで、飲み会もいよいよ盛り上がってくる。

 それにしても、ここにいる女性達は年齢もタイプもまるでバラバラ。

 美景さんと沙雪ちゃんでは、年齢が十以上も離れているはずだ。

 いったいこの五人は、どういう関係なのだろうか。

 「あの……五人とも、友達なの?」

 僕は、誰にともなく口にしていた。

 「……」

 次の瞬間、いかにも不自然な沈黙が場を支配する。

 「友達っていうか、仲間っていうか、その――」

 「……んん」

 そう言いかけたみどりちゃんの言葉を、海月渚は咳払いで遮った。

 「……仕事仲間よ。バイトの友達ってとこ」

 全員を代表して話をまとめたのは、この部屋の主である緋室綾音。

 そう言えば彼女は、さっきリーダーと呼ばれていたことを思い出す。

 「バイトって……何のバイト?」

 そう尋ねた時、僕は何とも言えない場の空気に気付いた。

 これは、口にしてはいけない類の質問なのではないか――

 

 「ところでみどりちゃん、今日の撮影はどうだったの?」

 唐突に、美景さんは話題を変えていた。

 『撮影』という、なんとも非日常的で興味をそそる話題。

 僕の頭がもっと回っていれば、意図的に食いつきやすい話題を出して話を逸らしたことに気付いていただろう。

 「うん、すっごく楽しかったよ。綺麗な服いっぱい着せてもらっちゃった♪」

 「え……? 撮影って……?」

 「みどりちゃんは、アイドルの仕事をやっているのですよ」

 驚く僕に対し、沙雪ちゃんはすかさず補足してくれる。

 「ア、アイドル!? 凄いじゃないか!!」

 そう言われてみれば、確かにみどりちゃんは可愛すぎる。

 アイドルと言われても、全く違和感がないのだ。

 「ちょっと、やめてよー! アイドルって言うか、ファッション誌のモデルね。

  まだメディアへの露出は少ないし、雑誌にちょびっとだけ写真が出てるくらいだよ」

 みどりちゃんは両手をひらひらと振って、照れたような仕草を見せる。

 「いやいや、それでも凄いって!」

 「やだー! 恥ずかしいな、もぉ!」

 大いに照れながらも、まんざらでもなさそうな様子のみどりちゃん。

 今のうちに、サインでも貰っておこうか――僕は、そんなことを考えていた。

 「みどりちゃんって、どこに住んでるの?」

 「このアパートの三階だよ。沙雪ちゃんも美景さんも渚ちゃんも、みんなこのアパートの住人」

 「沙雪ちゃんも一人暮らし!? 物騒じゃないか……?」

 「大丈夫ですよ。隣は渚さんの部屋ですし」

 そんな風に、ささやかな飲み会はハメを外さない程度に盛り上がる。

 こうして夜も深まり、僕はいつしか意識がうやむやになっていったのだった――

 

 

 

 

 

 「う、うん……?」

 僕が目を覚ました時、すでに周囲は明るかった。

 夜明けなどではなく、きつい日光がさんさんと室内へ差し込んでいる。

 ここは緋室綾音の部屋――ではなく、その隣の僕の自室だった。

 「あれ……? どうなってるんだ……?」

 覚醒した僕が最初に思ったことは、『何かされていないか?』だった。

 一晩開けて冷静になった僕は、いかにも訳ありげな女性達の正体に思い至っていたのだ。

 ただし向こうは、僕がゾルゾムの関係者であるとは夢にも思わなかっただろうが。

 「あの五人、やっぱり――」

 正確に言えば、飲み会の最中に僕は気付いてしまった。

 しかしあの状況では、気付かなかった方がマシだったのかもしれない。

 結局のところ僕はパニックに陥り、酒をがぶ飲みした挙げ句に昏倒してしまったというわけだ。

 向こうに気付かれなかったのが、不幸中の幸い……というか、そもそも下っ端である僕の顔など知っているはずもないか。

 ともかく、とんでもない連中が大挙して同じアパートに現れたことは間違いないのである。

 「……どうしよう。上に報告しないと――」

 悲しいかな、僕は組織人。

 いかに彼女達に好印象を持ったからといって、黙っているわけにもいかないのだ。

 「……ん?」

 テーブルの上には、一枚の手紙。

 『早朝から急な仕事が入ったので、飲み会は終わりです。

  完全に酔い潰れてしまったようなので、勝手ながら部屋に送っておきました。

  迷惑をかけてしまったようで、ごめんなさい。       緋室綾音』

 「……」

 律儀というか、なんというか――

 リーダーである彼女は、他の四人とはどこか距離を置いているように思えた。

 いかにも活発そうな外見ながら、非常に物静かな様子だったのである。

 

 「やべ、急がないと――」

 とにかく僕は体を起こし、柱時計に視線をやった。

 すでに短針は九時を回っており、毎日毎朝行われるゾルゾム朝礼には間に合いそうもない。

 僕は疲れた体を引き摺りながら、二時間以上も遅刻しつつ支部へと向かったのだった。

 

 

 

 僕の属するゾルゾム山春日支部は、閉鎖した市営休養施設にある。

 ハコモノ行政の挙げ句に採算が取れなかった建物を、組織の支部として使用しているのだ。

 勝手に占拠しているのか、行政との裏取引があるのか僕は知らない。

 とにかく、なかなかに立派な建物が仕事場なのである――

 「ん? なんだ……?」

 支部の建物に一歩踏み込んだ瞬間、僕は異常に気が付いた。

 むせ返るような血の匂いが、むあっと押し寄せてきたのだ。

 そして、建物内は静かすぎる。

 もうとっくに朝礼も終わり、廊下には戦闘員がたむろしていてもおかしくないだろうに――

 「おかしいぞ、これ……!」

 僕は、慌てて事務室に踏み込んだ。

 その小さな部屋の中に転がる、戦闘員三人の無惨な死体。

 うち二人は鋭利な刃物で刻まれたようで、その屍はずばずばと寸断されている。

 残る一人は、まるで食い千切られたかのように下半身が消失していた。

 「う、ううっ……!」

 口を押さえながら僕は後方によろけ、そのまま壁を背にする。

 同時に僕は荷物から戦闘員用の覆面を引っ張り出し、頭に被っていた。

 そのまま真っ黒の戦闘員服に着替えようとするが、手が震えて上手く服が脱げない。

 敵の襲撃を受けたのは明らか。とにかく着替えないと――

 逃げるよりも先に、着替えることが僕の脳内で優先されていた。

 思いもかけない非常事態において、すっかり混乱しきっていたのだ。

 

 「あーあ、面倒なことになっちゃったなー」

 「まさか、いっさい書類が存在しないとは……予想外です」

 不意に隣の部屋から、場違いな女性の声が二種類聞こえてくる。

 どちらも、かなり若い――というか、少女。

 そして、両方とも聞き覚えのある声――

 

 「そ、そんな……」

 この事務室の隣は確か、大広間。

 結局僕は、着替えるのを諦めてしまった。

 頭に戦闘員の覆面を被り、体は普段着のままという間抜けな状態――そのまま、そっと事務室を出る。

 そして足音を殺しながら大広間の扉の前に立ち、中の様子をうかがった。

 幸いにも扉はほんの少しだけ開いていて、隙間から室内が覗けるようだ。

 僕は息を潜めながら、その隙間へと顔を近付けた――

 

 「どうするの、沙雪ちゃん? もう、みんなやっつけちゃったよね?」

 「ええ。間違いなくこの建物の全員を誅しました。生き残りはいないはずです」

 「うそー。これじゃ、ゾルゾム本部の場所が分からないじゃないー」

 そんな会話を交わしているのは、緑と白の少女。

 グリーンの制服を着たツインテールの可愛い少女と、ホワイトの制服を着た中学生ほどの清純そうな少女。

 間違いない、セリオン・グリーンとセリオン・ホワイト。

 そして彼女達の正体はやはり、華園みどりと白川沙雪――

 「そんな……」

 やはりあの五人が、セリオン☆ファイブだったのだ。

 セリオン・グリーンとセリオン・ホワイトが、先手を打ってこちらの支部に襲撃をかけてきたのである。

 残る三人は、どうやらこの建物内にはいないようだが――

 「くそ、みんな……!」

 二人の少女がのんきに話している広間、そこには同僚達の死体が転がっていた。

 その中には、上司であるウミウシ女の屍もある――敏腕で名が知れた彼女ですら、セリオン二人に勝てなかったのだ。

 おそらく、僕の属する中隊は全滅。生き残りはどうやら僕だけらしい。

 「落ち着け、落ち着けよ……僕」

 僕は体力にこそ自信があるものの、決して人間の域を超えたわけではない。

 とんでもない能力を持つセリオンなどに、どう足掻いても敵うはずがないのだ。

 ――とにかく、ここから逃げる。

 なんとか逃げて、ゾルゾム本部に情報を伝えなければ――

 同僚や上司の死を悼むのは、この死地を脱してからでいい。

 

 「どーしよー、沙雪ちゃぁん……リーダーに怒られるよぅ」

 「支部を壊滅させたものの、いっさい本部の情報が手に入らなかった――

  これは、任務失敗といっても過言ではありませんよね」

 セリオン・グリーンより一回り若いはずのセリオン・ホワイトは、やはり落ち着いている様子だ。

 昨日の飲み会での、沙雪ちゃんの態度そのものである。

 「……それとグリーン、任務中に本名で呼び合うのは御法度です」

 「どーしよー、ホワイトちゃぁん。なんか遅刻した下っ端とかが、ひょっこり現れないかなぁ?」

 「そんな都合のいい話はないでしょうね」

 ……それが、あったりするんだよな。

 とにかく、早急にこの場から離れないと。

 僕は脱出路を確保すべく、周囲に視線をやった。

 この廊下からすぐに下りることのできる中庭は、そのまま外にも繋がっている――

 

 「……?」

 あの中庭、妙に草花が生い茂っていないか?

 昨日も一昨日も中庭の前を通ったが、こんなんじゃなかった気がするが。

 ――と、そんなことを気にしている場合じゃない。

 とにかく逃げないと。

 「……ん?」

 非常口の方向に視線をやった僕は、何やら一瞬だけ妙なものを目にした。

 細い糸のような何かが、一瞬だけ光を反射したような――

 目をこらしてみても、何もないように見える。

 さっきのは、目の錯覚だったのだろうか。

 確かに、蜘蛛の糸のようなものが見えた気が――

 

 「とりあえず、もうここに用はありませんね。撤退するとしましょう」

 「そうだね、帰ろっか。怒られるの、やだなー」

 会話を切り上げ、セリオン二人はつかつかと広間の出入り口に向かって歩き出した。

 まずい、早くここから離れないと――

 

 

 中庭を通って逃げる

 非常口から逃げる

 罠があるに違いない、物陰でやり過ごす

 


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