乙女戦隊セリオン☆ファイブ


 

 中庭も非常口も、なにか嫌な予感がする――

 だからといって、入り口のところで突っ立っている訳にもいかない。

 周囲を見回した僕の目に入ったのは、廊下の隅にあるスチール製の掃除用具入れ。

 ちょうど、学校とかによくあるタイプのものだ。

 「……!」

 僕は足音を忍ばせながらも、急いで掃除用具入れの中に飛び込む。

 我ながら危なっかしいところに隠れたと思うが、他に姿が隠せそうな場所はないのだ。

 僕が掃除用具箱に飛び込むのと入れ替わる形で、セリオン・グリーンとセリオン・ホワイトが廊下に出てきた。

 

 「あ〜あ、怒られるのやだなぁ……」

 「信賞必罰は当然です。私達の明確なミスなのですから、叱責は甘んじて受けましょう」

 そんな会話を交わしながら、彼女達は広場の扉の前――よりにもよって掃除用具箱の近くに立ち止まった。

 「でも、私達よりブルーとブラックの方がやばそうじゃない? あの組み合わせはまずいでしょ」

 「あの方達は大人なのですから、公私混同はされませんよ……たぶん」

 「敵地で大げんかしてるんじゃない? 私達のミスより派手な失敗をやってくれたら、怒られずに済むかも……」

 「自身への叱責を回避するために仲間の失態を願うというのは、健全ではありません」

 「ホワイトちゃん、真面目すぎだって……」

 どうでもいいから、早く立ち去ってくれ――

 僕はそんなことを祈りながら、掃除用具の中で息を潜めていた。

 と――腕を動かした際、不注意で肘先にほうきが当たってしまう。

 「……ッ!」

 僕は慌てて手を伸ばし、倒れそうになったほうきの柄をキャッチする。

 なんとか、音を立てずに済んだ――そう思った次の瞬間、立てかけていた数本のモップがぐらりと傾いた。

 ほうきを掴む際に、肩が当たってしまったのだ。

 「ぁ……」

 僕が反応する間もなく、モップは次々と掃除用具入れの扉内側にぶち当たった。

 ガシャガシャガシャ……!!と、周囲に騒々しい音が鳴り響く。

 「沙雪ちゃん……!」

 「ええ……」

 セリオン・グリーンとセリオン・ホワイトは表情を引き締め、掃除用具入れの方に素早く向き直った。

 彼女達が中を確認するまでもなく、モップの直撃を受けた掃除用具入れの扉が開いてしまう。

 僕の姿は、あまりにも間抜けな形で彼女達の前で露出してしまった――

 

 次の瞬間、周囲に強風が吹きすさんだ。

 その突風の前に、廊下に並ぶ窓ガラスが次々と割れ、弾け飛ぶ。

 「わっ……!」

 「きゃっ……!!」

 唐突に屋内を支配した嵐に、僕と少女二人はひるんでしまった――

 そんな、わずか一秒にも満たない一瞬。その直後に風は収まってしまう。

 唐突に吹き荒れた突風は刹那に屋内を荒れ狂い、唐突にやんでしまったのだ。

 「……!?」

 そして嵐が過ぎ去った後、廊下の真ん中には今まで存在しなかった人物が立っていた。

 周囲には窓ガラスの破片が散乱し、それでいて息を呑むような静寂に包まれている。

 僕とセリオン二人の注視を受け、第四の人物が静かにたたずんでいたのだ。

 

 突風と共に、忽然と姿を現したマント姿の人物。

 まるで仮面のような、兜のようなマスクで頭部をすっぽりと覆っており、その素顔は伺い知れない。

 肩から胸にかけては、グリーンを基調にした防具で完璧に防護されていた。

 マスクも防具も、防御性能と威圧感を両立させたかのように禍々しい。

 その人物はまさに、周囲を圧倒する異質さと迫力を醸し出していた。

 

 「……ウミウシ班の生存者か?」

 唐突に現れた闖入者は、掃除用具入れの中で呆ける僕に向かって告げた。

 その声はマスクのせいでくぐもって変質し、素の声はまるで分からない。

 「は、はい……」

 すっかり場の雰囲気に呑まれた僕は、そう頷くしかなかった。

 そしてセリオン二人も、引き締めた表情を緩めようとはしない。

 「……あんたも敵みたいね。それも凄く偉そう」

 「尋常ならざる者だと見ました。名前をお聞かせ願いたい」

 「――ゾルゾム四幹部の一人、風のフォルエイジア」

 ゾルゾム四幹部――それは、組織の行動方針や戦略を全て決定している存在。

 ゾルゾムの頂点には大首領がいるのだが、その存在は戦闘員や怪人クラスには伺い知れない。

 話によれば組織運営を全て四幹部に任せ、自身はほぼ関知していないようだ。

 だからといって決してお飾りの大首領なのではなく、その威光を知っている四幹部からの忠誠は絶大。

 そんな大首領の力は、神にすら匹敵するほどだとさえ言われている。

 そして、大首領に心酔する四幹部もとんでもないレベルの実力者。

 僕からすれば口を利いたりするなどとんでもない、まさに雲の上の連中。

 上司であるウミウシ女ですら、怪人昇格儀式の際の一度だけしか会ったことがないという話だ。

 ヒラの戦闘員である僕など、挨拶さえできないほどの存在――

 そんな連中の一人が、今ここに立っているのである。

 

 「四幹部、風のフォルエイジア……!?」

 セリオン・グリーンとセリオン・ホワイトは、目の色を変えた。

 「そんな、幹部級……? どうするの、沙雪ちゃん?」

 「巨悪を目の前にして、誅する以外の選択肢があるとでも……!?」

 その圧倒的迫力の前に少し及び腰のセリオン・グリーンと、果敢な態度を崩さないセリオン・ホワイト。

 「虚勢を張るな、青二才。相手の実力が読めないほど未熟でもないだろう?」

 軽く腕を組んだまま、フォルエイジアはそう呟く。

 「黙りなさい、邪悪なる者!!」

 セリオン・ホワイトは深く一歩を踏み出しながら、その右腕を大きく横に薙いだ。

 「なんだ、あれ――」

 周囲の空間に何本も、細い糸が見える。

 光を反射し、かろうじて視認できるほどの無数の糸――

 それがふわりと踊り、正面の目標へと迫る。

 「――もらった!」

 次の瞬間、フォルエイジアの姿が消えた。

 何の予備動作もなく、一筋の風となってふっと消失したのだ。

 「えっ……!?」

 目標を捕らえ損なった糸は、フォルエイジアの立っていた場所の後方――

 さっきまで僕が潜んでいた掃除用具入れにしゅるりと巻き付く。

 そして次の瞬間、掃除用具入れは五つにすっぱりと寸断されてしまった。

 まるで、鋭利な刃物で刻まれたように――

 「……!!」

 その余りに凄まじい破壊力に、僕は慄然とする。

 セリオン・ホワイトの操る糸は、一本一本がいかなる刃より鋭利な刃物。

 刀か何かで斬られたと思っていた戦闘員達は、この技でやられたのだ――

 

 「そんな、どこへ――?」

 セリオン・ホワイトが周囲を見回した瞬間、彼女の目前にふわりと風が収束した。

 その風の中に、フォルエイジアの姿が浮かぶ。

 「くっ……!」

 ぐっ、と右腕を引き戻すセリオン・ホワイト。

 同時に、周囲に張り巡らされた糸が眼前のフォルエイジアの四方から迫ってくる。

 「斬糸か、その歳で面白いものを使うな。しかも私の技と似ている――」

 フォルエイジアは、ぱちんと指を鳴らした。

 「――だが、児戯だ」

 それと同時に、ひゅるりとつむじ風が周囲を舞う。

 ほんのそれだけで、フォルエイジアに向けられた糸は全て切断されていたのだ。

 続けて彼女ががすっと掲げた右掌。そこに、一握りのつむじ風が現れた。

 それをフォルエイジアは、セリオン・ホワイトに向けて軽く放つ――

 「沙雪ちゃん!!」

 そう叫び、指を鳴らすセリオン・グリーン。次の瞬間、足元の床を突き破って巨大植物が這い出してきた。

 直径五メートルはある巨大な茎が、セリオン・ホワイトの盾となって立ちはだかる。

 そしてつむじ風は巨大植物に直撃し、その茎がミキサーに掛けられたかのように弾け飛んだ。

 掌サイズのつむじ風が、大木のごとき巨大茎を捻り潰す――それと引き替えに、つむじ風も消滅したようだ。

 「魔界樹召喚――そのような外法、どこで覚えた?」

 僅かに驚いた様子を見せたフォルエイジア、その足首にしゅるりとツタが絡んでいた。

 「……!?」

 「いただき! 溶かしちゃえ!!」

 次の瞬間、フォルエイジアの体は強靱なツタによって逆さ釣りにされる。

 同時にみしみしと床を裂き、巨大なウツボカズラが姿を現していた。

 獲物を捕らえて溶解してしまう袋に、そのままフォルエイジアの体を叩き込む――

 ほぼ無抵抗で、フォルエイジアはウツボカズラに呑み込まれてしまった。

 「――風で作った残像だ」

 「え……!?」

 次の瞬間、フォルエイジアはセリオン・グリーンの眼前に忽然と姿を現した。

 同時に巨大ウツボカズラは、内部からの強烈な旋風でズタズタに刻まれる。

 内部に満たされた消化液を撒き散らしながら、ウツボカズラは引き裂かれて床へと散らばった。

 「まだ未熟、四幹部に挑むには百年早い――」

 フォルエイジアがセリオン・グリーンに向けて右腕を振りかぶった次の瞬間、セリオン・ホワイトが糸を一閃させた。

 完全に隙を突いた一撃が、フォルエイジアの頭頂へと振り下ろされる。

 日本刀での斬り下ろしにも等しい強烈な一撃が、フォルエイジアの頭から股下までをすっぱりと断裂させた――

 「……それも残像」

 そんなフォルエイジアの姿が風と化して消失し、そして少し離れた場所に姿を現した。

 「だが、今のは良いタイミングだった。若輩なれど侮れん……といったところか」

 そう呟くフォルエイジアのマスクに、すっぱりと縦のラインが入る。

 今の攻撃は、完全にはかわしきれなかったのだ――

 

 両断されたマスクの下から現れたフォルエイジアの素顔――それは、僕にとって全く予想できないものだった。

 緑色の長髪を携えた、若く美しい女性。

 少女と大人の女性のちょうど中間といったところか、セリオン・グリーンとほぼ年齢が変わらないようにさえ見える。

 「お、女……!?」

 僕の声とセリオン・グリーン、セリオン・ホワイトの声が、図らずも一致した。

 「何を驚いている。ゾルゾム四幹部はみな女性――知らなかったのか?」

 その次の瞬間、またもやフォルエイジアの姿が風と化した。

 そして現れたのは、ただ立ちすくんで戦況を眺めていた僕の真横。

 「え……?」

 フォルエイジアは、僕の右腕上腕にその左掌を添えていた。

 「では、さらばだ。セリオン達」

 ふわり……と、僕とフォルエイジアの体が風に包まれる。

 そして、周囲の視界が風に閉ざされていった――

 

 

 

 「ここは……?」

 ほんの数秒ほどで風が消え、恐る恐る目を開ける僕。

 そこは、廊下――しかし、さっきまでいた支部の廊下とは明らかに違う。

 古城を思わせる、石造りの広い通路に僕とフォルエイジアは立っていたのだ。

 「七須加山地下、ゾルゾム本部。戦闘員でも一度は来たことがあるはずだ」

 僕の腕から手を離し、そう静かに告げるフォルエイジア。

 「え……? ほ、本部……!?」

 あの支部からゾルゾム本部までの距離は、電車で何分とかそういうレベルじゃない。

 それだけの距離を、僕を連れてほんの数秒で――

 「でも、なぜ本部に……?」

 僕はフォルエイジアにそう尋ねながらも、完全に腰が引けていた。

 単なる一戦闘員である僕から見た四幹部――完全に雲の上の人物である。

 あのバケモノのような戦い振りも、その格の違いを証明していたのだ。

 「敵に後ろを見せたことが、気に入らないと……?」

 「いえ! 決してそういうわけでは――」

 気に入らないとかどうとか、四幹部に対して僕が意見する――そんな意思も資格も実力も何もない。

 あのまま続けていても完全に圧勝だっただろうに、なぜ撤退したのだろうか――そんな純粋な疑問だ。

 「あの場にいたセリオンは二人。しかし、残る三人が援軍に駆けつけてくる可能性もある」

 フォルエイジアは、ほとんど表情を変えずに言った。

 今こうして眼前にすると、彼女は息を呑むほどの美人。

 少し大人びた高校生とも思われるほどのあどけなさと、胸をぐっと圧迫されていると錯覚するほどの迫力。

 そのアンバランスな二つの面が調和し、独特の雰囲気を醸し出していた。

 「あのセリオン・ホワイトとセリオン・グリーンが、セリオンの中で格別に弱いなどという情報はない。

  五人とも同程度の実力として、大した脅威ではないだろうが――それでも結束とは厄介なものだ」

 フォルエイジアは、すっと緑の髪を掻き上げる。

 「セリオン五人と同時に戦えば、この私ですら――かすり傷の一つぐらい負わされる恐れがある」

 「か、かすり傷……!? それだけ……!?」

 その程度が、何だというのだろうか。

 あんな連中五人と戦ってかすり傷で済ませると豪語するのも凄まじいが、それを嫌って撤退するのもあんまりだ。

 この美しい体に、傷一つ付くことすら耐えられない――そう思っているタイプの人種なのだろうか。

 僕の怪訝な視線をすかさず察知し、フォルエイジアは微かに眉を寄せる。

 「偉大なる大首領が望まれるならば、この身が滅びようと構わない。

  しかし大首領の許可無しに、我が体に一片たりとも傷を付けることは許されないのだ。

  この身、すでに大首領に捧げたのだからな――」

 「は、はぁ……」

 どうも我が身可愛さなどではなく、大首領に対する絶対的な忠誠によるものらしい。

 当の僕は四幹部の凄まじさは以前から組織内でも囁かれ、そして今日実際に目にしたわけだが――

 その上に立つ大首領となると、もはや噂ですらほとんど何も聞かない。

 一説には大首領というのは実在せず、ゾルゾムは四幹部が動かしているのではないかという話もあるほどだ。

 余りにも雲の上過ぎて存在するのかどうかも分からず、それで尊敬しろと言われても無理な話。

 「さて――ついて来い」

 そう言いながら、フォルエイジアはつかつかと廊下を歩き出した。

 僕も慌ててその後に続きながら、一つの疑問を口にする。

 「あの……何で、僕を助けてくれたんですか?」

 四幹部から見れば、戦闘員など石コロ同然。

 わざわざそんな僕を助けに、四幹部が出張ってくることなどありえないはず――

 「本音を言えば、ウミウシ班全員を助けたかったのだがな……間に合わなかった」

 前方に視線をやったまま、フォルエイジアはぽつりと言った。

 「ウミウシ女は、よく組織に尽くした怪人だった。さらなる活躍が期待されていたのだが――」

 「……そうですか」

 つまりは、僕を助けに来たわけではなかったらしい。

 ウミウシ女の率いる中隊そのものを助けに来て、生き残っていたのは僕だけだったというだけの話だ。

 「神宮龍一――カモ男に推薦されていた戦闘員、で間違いないな?」

 「え……そ、そうです!」

 彼女ほど上位の存在が、僕なんかの名前を知っている――そんな驚き。

 「あの修羅場で生き残る――戦闘員、いや、怪人候補として上出来だ。

  ウミウシ女が奏上してきた通り、お前には才能があるかもしれん」

 「あ、それは……」

 単に遅刻したからです、とは言えなかった。

 しかも遅刻の原因は、セリオン五人の酒盛りに巻き込まれたから――

 それは報告しておくべきなのだが、つい言いそびれてしまったのだ。

 そしてフォルエイジアに先導されるがままに、僕は廊下を進むのだった。

 

 「……」

 ふと、フォルエイジアは足を止めた。

 彼女の行き先を阻むように、一人の人物が廊下に立ち塞がっていたのだ。

 フォルエイジアが被っていたマスクによく似た、不気味な形状の兜。

 そして、ブルーを基調にした胸部防具といかにも偉そうなマント。

 それは、フォルエイジアがあの支部に姿を現した時と同じ姿である。

 この人物も、間違いなく四幹部の一人――

 「ふふ、あはははははははは……無様だったわよねぇ、フォルエイジア……あはははははッ!!」

 マスクのせいで変声した、なんとも不気味な笑い声が廊下に響く。

 「敵に一矢与えることすらせず、そのまま背中を見せる……なんて恥ずかしい、ふふふふふ」

 「……分かっていよう、水のアクアリーネ。我々四幹部は偉大なる大首領の許可なく、傷を負うことすら許されんのだ」

 そんなフォルエイジアの声には、少しばかりの憤りがこもっていた。

 「それだけではないでしょ、フォルエイジア……!

  ウミウシ女率いる中隊を助けられず、むざむざ壊滅させた――その大罪、その怠慢、あまりに著しい……あはっ、はははっ!」

 いったい、何がそこまで可笑しいのか――アクアリーネの妙なテンションに、僕は戸惑うばかり。

 「四幹部の名が泣くわよねぇ、フォルエイジア?

  あなたのせいでウミウシ隊は無駄死に、その仇すら討てずおめおめ帰ってくるなんて――ふふふふっ」

 「――黙れ、アクアリーネ!!」

 明らかな侮辱と挑発を前に、フォルエイジアは怒りを爆発させていた。

 彼女は右掌につむじ風を巻き起こし、それを正面のアクアリーネに向かって放ったのだ。

 「うふふふっ……四幹部は大首領の許可なく、傷を負うことは許されないんじゃなかったのかしら?」

 そう言い放ちながら、まるで避けようともしないアクアリーネ――その胸部に、つむじ風が着弾した。

 「あ、うぁぁぁ……!」

 その直後の光景に、思わず絶句する僕。

 凄まじい破壊力が凝縮したつむじ風の直撃を受けたアクアリーネ、その肉体が一瞬で四散する。

 瞬時に巻き起こった刃の渦に巻き込まれ、切り裂かれ、引きちぎられる肢体。

 兜と防具が床に転がり、生身の肉体は割れた風船のように弾け飛んだのだった。

 「な、何てことを……」

 突然に目にした四幹部の同士討ちに、僕は慄然とする。

 「傷を負うことは許されない……だと? 冗談を言うな、アクアリーネ。この程度で、お前が傷一つ負うタマか」

 そう、フォルエイジアは吐き捨てる。

 同時に、周囲にまんべんなく飛び散った肉片に奇妙な変化が起こった。

 至る所に散乱した無数の肉の塊が、まるでゲル状の粘体へと変化していったのだ。

 四散したそれらはまるでそれぞれに意思があるように地を這い、ゆっくりと結合していく。

 そして無数の粘体は、一つの大きなスライム状の物体へと変化していた。

 「野蛮ねぇ、フォルエイジア……」

 そのゲル状の粘体はゆっくりと起き上がり、徐々に人間女性の輪郭を形作っていく。

 「な、なんなんだ、あれ……」

 みるみるうちに粘体は美しい女性の形状を成していた。

 クリアブルーに透けていることを除けば、大人びた美女そのものの姿である。

 しかもその涼しげな顔には、どこかで見覚えがあった。

 「私にあたっても仕方がないわよ、フォルエイジア。今回の一件、何かしらの責任を問われることは間違いない」

 そう言いながらアクアリーネは、床に転がっていた防具やマントを着用していく。

 クリアブルーだった表面の色も、肌色に戻り――そして全身が引き裂かれたはずのアクアリーネは、元の姿に戻っていた。

 まるで魔法のような技の前に、僕は口を開けて立ちすくむのみ。

 一方のフォルエイジアは、微かに嘆息して眉を寄せた。

 「……当然、なんらかの罰があるのは覚悟している。

  それよりアクアリーネ、貴様の妹こそどうなのだ? あんな組織に参加しているなど、それこそ責任が問われるぞ」

 妹――? あんな組織――?

 そう言われた次の瞬間、僕はアクアリーネの素顔に対する既知感の正体を悟っていた。

 彼女は、海月渚――セリオン・ブルーに酷似しているのだ。わずかに大人びていることを除けば、まさに瓜二つ。

 つまりセリオン☆ファイブの一員である海月渚とゾルゾム四幹部の水のアクアリーネは、血を分けた姉妹――?

 「ふふ……家庭の事情は関係ないでしょう。あの娘ももう十九、姉の監督責任が問われる歳でもないわ」

 そう言って、艶やかに笑うアクアリーネ。

 「さて、今日も臨時幹部会議よ。そのボウヤの施術が終わったら、ただちに会議室へ集まること」

 くるりと背を向け、何事もなかったかのようにアクアリーネは告げる。

 たったそれだけの言葉を伝えるのに、あれだけ挑発しなければ気が済まないらしい。

 「……了解した。それだけか?」

 「ええ、それだけよ」

 用件を告げ終えると、とぷん、とアクアリーネの体は足元の床に沈んでしまった。

 コンクリートの床面を、まるで水面のように――いったい、いかなる技なのだろうか。

 「今の人も、四幹部……」

 「……奴は、好かん」

 フォルエイジアはそれだけを言って、再びつかつかと廊下を進み始めた。

 揉め事の余韻に動揺しながらも、僕はその後に付き従う。

 女が数人いればたちまち不和が起きるというが、それは正義の組織でも悪の組織でも例外ではなかったらしい。

 セリオン・ブルーとセリオン・ブラックの仲が悪いように、風のフォルエイジアと水のアクアリーネの相性も最悪のようだ。

 とにかく僕は四幹部の一人であるフォルエイジアに連れられ、本部の廊下を進む――

 「……さて、ここで施術を受けて貰う」

 こうして僕が連れてこられたのは、教会のような荘厳な部屋だった。

 

 

 To be continued...

 


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