妖魔の城


 

 

            ※            ※            ※

 

 

 ――須藤啓とウェステンラはメリアヴィスタと交戦を開始し、深山優はアレクサンドラの搾精を受けていた頃。

 アレクサンドラの分身を片付けたエミリアは、何よりもまずマルガレーテの下へと戻っていた。

 主人の命令を誤り、アレクサンドラを覚醒させてしまった失態――

 それを始末できず、まんまと向こうの策に乗せられて分身に釣られた失態――

 「……以上です。申し訳ありませんでした、マルガレーテ様――」

 報告を終え、エミリアは静かに視線を落とす。

 これほどの失態、どう償えばいいのか。

 エミリアは、この場で切腹して果てたいほどの心情だった。

 

 「ふふっ……でかしたわね、エミリア」

 しかし、主人の言葉は――驚くべきことに、エミリアへの叱責ではなかった。

 むしろマルガレーテは、上機嫌だったのである。

 「沙亜羅といったかしら……あの娘も、素晴らしい淫魔に覚醒したわ。あなたのおかげよ、エミリア」

 「しかし、私は――」

 ――マルガレーテの意図を、全く理解していなかった。

 的外れのような事をしたあげく、自分とは関係ない形で覚醒したに等しい。

 「それに、結局は逃してしまい――」

 「あなたに一杯喰わせるなんて、とっても面白いじゃない……エミリアは、愉快ではないのかしら?」

 「……いえ、不愉快です」

 主人の上機嫌に水を差すことになろうが、自分を偽れない。

 ここまで重ねてしまった失態を償うには――この手で、侵入者全員を始末するしかないだろう。

 

 「……マルガレーテ様」

 そう、エミリアが切り出そうとした時だった。

 赤カーペットの敷かれた床に、30cmほどの水溜まりがじんわりと広がった。

 そこから、掌サイズの人間のようなものがにゅるりと起き上がる。

 メイド姿に赤髪のスライム型淫魔――マルガレーテの忠実な配下の一人、ジェラだった。

 自分の体の一部を、伝達役としてこの星見の間に送ってきたようだ。

 「緊急時につき、このような姿で失礼します。ご無礼をお許し下さい――」

 「構わないわ。それで、避難は進んでいるのかしら……?」

 マルガレーテは、従者の分身に声を掛ける。

 「御命令通り、二階から上のフロア担当の使用人達、および妖魔貴族様方の避難は進んでおります。

  しかし一階付近は、触手生物の浸食により封鎖状態。

  地下フロアとは全く連絡が取れず、すでに壊滅したものと思われます」

 現在、ジェラの本体が指揮を執り、城内の全メイドを避難させている。

 だが、地下と一階が壊滅したとなれば――犠牲となった使用人は、百人を下るまい。

 エミリアは涼しげな表情の裏で、怒りの炎を燃やしていた。

 犠牲になった者達は全て、エミリアの後輩達なのだ――

 「そう……分かったわ。ジェラ、仕事にお戻りなさい」

 「はい。失礼します……」

 報告を終えたジェラの分身は、床へと沈んでいく。

 

 「……マルガレーテ様、どうか私に御命令を。侵入者を全て滅ぼせと――」

 「ふふっ……」

 エミリアの熱をいなすように、マルガレーテは涼やかに笑った。

 「あなたはすでに、侵入者の男二人と交戦しているわよね。

  細身の軍人風と、飄々とした変な男……二人の手腕は、どうだったかしら?」

 「……両者とも、非常に厄介です」

 「それは……遊び相手として? それとも、『敵』として……?」

 「敵、です……マルガレーテ様。あの実力なら、人界でも指折りの強者であることは間違いないかと」

 特に、ウェステンラが連れてきた細身の男――彼の強さは、尋常ではなかった。

 その戦闘技能は、人間としては最強クラスにまで達しているだろう。

 ブリテン島から妖魔を絶滅させたという機甲神父、ゲオルグ・フランケンシュタイン。

 東洋最強の退魔師、須藤白夜――そういった、人界最強の呼び名高い猛者達にも匹敵する戦闘力である。

 技術はまだまだ荒削りだったが、鬼気迫るような殺意は人間離れしていた。

 それに、飄々とした変な男――こっちは闘志も殺意もほとんど感じられなかったが、どこか不気味な男だった。

 エミリアの経験上、ああいうタイプの人間は絶対に油断できない。

 「ともかくマルガレーテ様。この状況を看過してはおけません。どうか、私に――」

 「久々に本気ねぇ……エミリア。今のあなたに任せたら、妹も沙亜羅とかいう娘も潰してしまいそう……」

 「……」

 「ではせめて、ウェステンラ様の連れている男だけでも――」

 見た限り、あの男が最も危険だ。

 並外れた執念と怒りを持った人間は、時に思いも寄らない力を発揮する時がある。

 常識的に考えて、人間ごときがマルガレーテに傷を負わせられるはずもないが――

 時にその常識を乗り越えてくるのも、また人間なのだ。

 「どうか私に、あの男を滅ぼせとの御命令を――」

 「分かったわ、エミリア……あなたの気持ちも、無視はできないわね」

 珍しく、根負けしたかのようにマルガレーテは息を吐いた。

 「では、マルガレーテ・ノイエンドルフの名において命じるわ。あの男を、全力で滅ぼしなさい――」

 「……Yes, my Noble Lord」

 マルガレーテにかしづいたまま、エミリアは静かに呟いたのだった。

 

 

            ※            ※            ※

 

 

 「あはははは……♪ ダ〜リ〜ン♪」

 両腕を大きく広げ、満面の笑みを浮かべながら通路を爆走してくるメリアヴィスタ。

 いかにも馬鹿げた光景とは裏腹に、その圧倒的な速度は凄まじいの一言。

 メリアヴィスタが地面を踏みしめるたびに床が割れ、破片が加速の風圧で周囲へと飛び散る。

 立っているだけでも、その風圧に押し流されそうになるほどだ。

 「ぐっ……! なんて、メチャクチャな奴だ……!」

 「来るぞ、啓!」

 ウェステンラに言われるまでもなく、俺はアサルトライフルを構えていた。

 そして、高速接近してくるメリアヴィスタに狙いを定める――

 しかし発砲より前に、敵は俺の間近にまで迫っていた。

 「いきますよ〜♪ そ〜れ♪」

 不意にメリアヴィスタは右腕を高々と掲げ――そのまま、拳を無造作に床へと叩きつけていた。

 みしりと床面にひびが入り、砕けた欠片が宙を舞う。

 「ちぃっ……!」

 その衝撃と風圧にさらされ、身を竦ませる俺――その隙を突いて、メリアヴィスタは俺の眼前にまで接近する。

 「はい、つかま〜えた♪」

 そのままメリアヴィスタは両腕を広げ、俺をその胸に抱き込むようにしてきた。

 このまま抱きすくめられたら、それだけで戦闘不能だ――

 

 「……ッ!」

 とっさに俺はメリアヴィスタの胸元に蹴りを入れ、そのまま踏み台にしていた。

 その体を踏みつけながら高く跳び、ギリギリで抱擁から逃れていたのだ。

 「ダメですよ、逃げちゃ……ちゅっ♪」

 着地する俺に、投げキスを浴びせてくるメリアヴィスタ。

 「――消えろ!」

 それと同時に、ウェステンラは一喝した。

 おそらく、今の投げキスは淫術の類――それを、無効化してくれたのだろう。

 どうやらこいつも、のんびり見ているだけではないらしい。

 「……啓よ。奴の体から立ち昇る淫気や淫術を掻き消すだけで、我は精一杯だ……分かるな」

 「ああ……俺一人で戦えってことか」

 怪しげな術は、全てウェステンラが中和してくれる――となれば、後は俺の肉弾戦だ。

 しかしメリアヴィスタの怪物じみた身体能力を見るにつけ、それも分が悪い。

 さて、どうするか――

 

 「もう……逃げないでよ〜!」

 ぶん、と右腕で大雑把に空を薙ぎ払うメリアヴィスタ。

 その風圧と衝撃で、壁がみしみしと砕けていく。

 それに俺が圧倒されている隙に、俺を抱きすくめようとしてきた――

 「なるほど……」

 こいつのパターンは、もう読んだ。

 俺は姿勢を屈め、メリアヴィスタの股下をくぐり抜けるかのように抱擁を逃れる。

 先程よりも、ずっと余裕のある形で。

 「もう……また逃げた。これはアレですよね、ダーリン♪ 人間がよくやる、つかまえてごら〜んってやつ……♪」

 「……違う、勘違いするな」

 「いいえ、勘違いします♪」

 そして――向こうは、明らかに遊んでいるようだ。

 メリアヴィスタが本気で俺を殺す気になったなら、おそらく俺は30秒も持たないだろう。

 ならば――向こうが遊び気分のうちに、カタを付けてしまうしかない。

 「ほ〜ら。捕まえちゃうよ〜♪」

 再び、加速しながらこちらへ迫ってくるメリアヴィスタ。

 その右腕を、大雑把に前方へと振りかざしてきた。

 意図的な直線軌道で、わざと俺が避けられるように――

 

 「……なるほどな」

 ひとつ、分かったことがある。

 俺を自分のものにしたい――そんな、こいつの気持ちは本物だ。

 ならば――

 「……じゃあ、これならどうだ?」

 俺は、その攻撃を全く避けず――

 そればかりか、その拳が直撃する位置へと身を移したのだ。

 この一撃が当たれば、間違いなく俺の体はスクラップ――

 

 「ちょ、ちょっとダーリン! 死んじゃうじゃない!」

 メリアヴィスタは凄まじい加速で叩きつけられようとしていた拳を、強引に抑えていた。

 その勢いに引っ張られ、メリアヴィスタの体勢が大きく崩れる。

 「もらった……!」

 派手に身を崩したメリアヴィスタ目掛け、俺はアサルトライフルの弾丸を叩き込んだ。

 フルオートで数十発、一気にその体へとブチ込む。

 「あっ……! ちょっと、ダーリン……! い、いたい……!」

 それを食らったメリアヴィスタはよろよろとよろけ、大きく尻餅を着いてしまった。

 「……ちっ」

 弾丸を撃ち尽くし、マガジンを交換する俺――しかし、追撃は食らわせなかった。

 痛い――メリアヴィスタの反応は、たったそれだけ。

 ライフル弾の直撃を受けてさえ、デコピンを食らった程度のダメージしかないようだ。

 「ひ、ひどーい……これ、いじめですか……? 好きな子を、わざといじめるというアレですね……♪」

 パンパンと尻をはたきながら、メリアヴィスタは立ち上がってきた。

 やはり、全くダメージはない様子だ。

 その上、無駄なプラス思考がとても鬱陶しい。

 

 「どうする、啓……銃弾が通じないならば……」

 そう呟くウェステンラの顔には、汗が伝っていた。

 何もしていないように見えて、淫気の中和などで相当に集中力を使っているのだろう。

 「……」

 銃弾が通じないなら――それ以上の破壊力を食らわせればいい。

 それが、合理的思考というものだ。

 ライフル弾以上の破壊力――ひとつだけ、心当たりがある。

 

 『……おい。聞こえるか、ウェステンラ?』

 俺は、心の中でそう強く念じていた。

 『む……聞こえるが……』

 頭の中に伝わってきたのは、困惑したウェステンラの声。

 ――よし。

 この至近距離でも、念話とやらは有効らしい。

 『ウェステンラ、一つ手がある。一分間ほど、メリアヴィスタを引き付けてもらえないか?』

 やけに念入りに服の埃を落とすメリアヴィスタを見据えながら、俺は心の中で語りかけた。

 実際に、こんな相談を声に出して行うわけにはいかない。こっちの作戦がバレてしまうからだ。

 『――すまんが、無理だ。この紅狂姫を相手に、一分も時間稼ぎをするのは不可能だな』

 『無理って……お前、女王七淫魔とやらの妹だろうが。何とかならないのか?』

 『……魔縛の術を使えば、一分程度なら可能かもしれんが……我の魔力では、向こうが五秒動かずにいてくれなければ発動は無理だな』

 『五秒、足止めか……』

 ……その魔縛の術が発動しさえすれば、一分ほど時間稼ぎができるという。

 しかし、それには俺がメリアヴィスタを五秒足止めしなければいけない――やや複雑だが、そういうことだ。

 『分かった……それでいい』

 俺は、目の前のメリアヴィスタを見据えた。

 この敵は馬鹿だが、決して無能ではない。

 ウェステンラが怪しげな魔術を使おうとしているのがバレたら、大人しく立っているはずがないのだ。

 五秒――この怪物を引き付けておくには、正直厳しいタイム。

 「また追いかけっこかな、ダーリン? それとも、諦めて私のものになっちゃう……?」

 埃を払い、メリアヴィスタはこちらに視線をやった。

 会話で隙を作るか――いや、この女はああ見えて異常に鋭いと思われる。

 妙な気配を察知されたなら、この作戦は不発に終わるだろう。

 やはり、完全に虚をつくしかないか――

 

 あえて小手先に頼らず、正面から挑む

 『俺を自分のものにしようとしている』という向こうの心理を利用する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正面から挑んだところで、五秒の時間稼ぎさえ不可能だろう。

 ここは、向こうの心理を利用させてもらうか――

 

 『ウェステンラ……今から俺は、少し思い切ったことをやる。

  おそらく数秒ほど向こうの動きが止まるだろうから、その隙を見逃すな』

 『思い切ったこと……? ああ、分かった……』

 そう告げてから、俺はメリアヴィスタへと向き直った。

 回避に専念すれば、そう簡単に捕まったりはしないはず。

 「じゃあ、いっきますよ〜♪」

 両腕を広げ、こちらに駆け寄りながら抱き付いてくるメリアヴィスタ。

 「……ッ!」

 俺はその腕をすり抜け、そのままウェステンラの方に接近していた。

 そして彼女の眼前に立ち、その小さな肩をぐっと掴む。

 「お、おい……何を!?」

 「黙ってろ――!」

 俺はそのまま、目を白黒させるウェステンラを抱きすくめ――

 その小さな唇に、自分の唇を重ねていた。

 

 「ダ、ダァァァリィィィン……!?」

 大きな目をまん丸に広げ、呆然と立ち尽くすメリアヴィスタ。

 まるで石化したかのように硬直したようだ――これは、予想以上に凄まじい棒立ち状態。

 「よし、ウェステンラ! この隙に魔縛の術とやらを!」

 俺は唇を離し、メリアヴィスタの意表を突いたことを確信したが――

 「き、貴様は……と、唐突に、な、何を……」

 しかし――俺の腕の中で、ウェステンラは小さな肩をブルブルと震わせるのみ。

 ……しまった。こいつの意表まで突いてしまっている――

 「ぐっ……ウェステンラ……!」

 こいつの肩を揺さぶろうとして――俺は、不意に奇妙な感覚に襲われた。

 当然ながら、ウェステンラとて上位のサキュバス。

 そいつと唇を重ねてしまった俺は、軽い魅惑にかかってしまったのだ。

 「く、くそ……」

 呆然と立ち竦む二人と、ピンク色の気分によろける俺。

 全員が隙だらけという、何が何やら分からない事態に陥ってしまった。

 もう、こんなろくでもない戦いは嫌だ。

 

 「お、おい……! ウ、ウェステンラ……!」

 軽く魅了されたからか、こいつを抱き締めたい気分に襲われる――

 それを振り払い、その柔らかな頬をぺしりと叩いた。

 「我に返れ……! おい……!」

 「き、貴様は……我の、心の準備もなく――」

 頬を赤く染めながら、わなわなと震えるウェステンラ。

 「誤解するな、作戦だ! ともかく、早くしろ――!」

 「ダ、ダーリン……」

 その一方で、メリアヴィスタは泣き笑いのような表情で立ち尽くしたまま。

 こっちも、いつ我に返るかは分からない。

 俺は、もう一度ウェステンラの頬をはたいていた。

 「おい、早くしろ!」

 「む、むぅ……我の高貴な頬を、べしべし殴るな!」

 ようやく我に返り、ウェステンラはたたずむメリアヴィスタに両掌を向ける。

 そして、精神を集中した後――

 「地の精霊よ、我に力を貸せ――不動魔縛!」

 不意にメリアヴィスタの足下に魔法陣が発生し、バチバチと火花が飛んだ。

 光の檻のようなものが発生し、メリアヴィスタの四方を包んでしまったのだ。

 

 「え……こ、これは……?」

 術に嵌り、ようやく我に返った様子のメリアヴィスタ。

 彼女は、俺の方に涙目を向けた。

 「そうか、私を足止めするために……そのために、わざと他の女を利用して私の嫉妬心を煽ったんですね!

  さすがダーリン、悲しくもハーレクインな罠です!」

 「……」

 かなりプラス思考な解釈だが、大筋で違いはない。

 とにかく、今の内に――

 「とりあえず、これで一分は持つが――どうするつもりだ、啓!?」

 「お前は、そのまま足止めを――」

 「こんな結界で、私を一分も止められると思ってるんですか……?」

 ぐっ……と、メリアヴィスタは右腕を上げた。

 ばちばちと、光の檻の中で激しい火花が発生する。

 「ぐぅ……これでも、まだ動けるとは……」

 ウェステンラは両掌に力を込め、さらに束縛の魔力を強めたようだ。

 メリアヴィスタの腕の動きが、幾分かスローになる。

 「……どうしたんですか、ウェステンラ様。そのお力を振り絞った魔縛が、こんな足止め程度なんて……

  マルガレーテ様の妹たるあなたの力なら、私を消滅させることもできるはずなのに……」

 そう言って、メリアヴィスタは目を細めた。

 「はは〜ん……分かった。そのお体、本来の『器』じゃないんだ……」

 「何をするか知らんが、早くしろ! 啓! そう長くは持たんぞ!!」

 メリアヴィスタの言葉を無視し、ウェステンラは叫ぶ。

 「わ、分かった……! 術が破られたら、お前もこっちに来い!」

 そう言いながら、俺は背を向けて駆け出していた。

 通路を駆け抜け、向かった先は第二収集室。

 零戦や汽車など、人間の技術物が集められた広間――

 俺が視線をやったのは、展示物の一つである8.8 cm FlaK36――ドイツ軍の高射砲だ。

 砲重量は約10kg、初速は800km/s以上。そして、有効射高1万メートル――

 こんなものの直撃を受けたなら、あの化け物とて無傷で済むはずがない。

 いったいこのコレクションを用いて、マルガレーテは何をしていたのか。

 暇な時にでも撃って楽しんでいたのか――興味は尽きないが、そんな場合ではない。

 

 「砲架の固定は大丈夫そうだな。照準は……」

 本来なら十名近くもの砲員が必要な作業だが、今は簡略的に終わらせるしかなかった。

 俺は高射砲に駆け寄ると、砲俯仰ハンドルを確認する。

 水平射程での発射――射角はマイナス3度で、いじる必要はない。

 続けて俺は、表示されている計器のダイヤルを確認しながら砲旋回ハンドルを回した。

 狙いは、あの通路からこの収集室に入ってくるところのポイント。

 俺を追ってきたメリアヴィスタが、顔を出したところに直撃させる――そんな位置だ。

 「砲弾は――っと……」

 真横にあった砲弾ケースには、きっちりと対戦車用徹甲弾が収めてあった。

 その重量は約10kg。装填作業は、さすがに厳しい。

 信管調定機は、時間がないので使わず――なんとか、装填も終了。

 「よし、準備完了か……」

 俺は砲手席に座り、目標が来るのを静かに待った。

 この一撃を外してしまえば、再装填する時間の余裕などない――つまり、一発勝負だ。

 そもそも、試射も行っていない冷たい砲身で命中するのか。

 こればかりは、ほとんどバクチ。今はもう、天に祈るしかない――

 

 しばらくして、通路を駆けて接近してくる足音が聞こえてきた。

 これは――メリアヴィスタではなく、ウェステンラか。

 「はぁ、はぁ……」

 すぐに、通路の方からウェステンラが姿を見せた。

 彼女は少しフロア内を見回した後、砲手席に座る俺に目を留める。

 「なんとか、一分は持たせたぞ……! これでしくじれば、怒るからな……!」

 そうまくしながら、ウェステンラは展示室の隅へと身を隠した。

 「……ああ、任せろ」

 ウェステンラがここに来たということは、足止めされていたメリアヴィスタも間もなく現れるだろう。

 ここまで来れば、もう肝を据えるしかない――

 

 それから間もなく――とうとう、悠々とした足取りでメリアヴィスタが姿を現した。

 「ダーリン……どこかな〜? 今度は、かくれんぼですか……♪」

 きょろきょろと、周囲を見回すメリアヴィスタ。

 その視線が、予想外に早く砲手席の俺を捉え――そして、その目が猫のように見開かれる。

 まずい、もう危険を察知した――

 

 「くっ……!」

 このまま撃って、命中するのか……?

 しかし、やるしかない――!

 「ちぃっ……! よけるなよ!」

 「……よけなかったら、デートしてくれますか!?」

 唐突に、訳の分からないことを口走るメリアヴィスタ。

 「ああ……! デートでも何でもしてやるさ……よけなかったらな!」

 そう叫びながら――俺は覚悟を決め、砲弾を発射していた。

 「本当ですよね、ダーリン! 今の言葉、信じましたからぁ! 約束ですからぁ〜!」

 なんとメリアヴィスタは、射線に立ったまま避けようともしない。

 そればかりか、腰に両手をやって胸を張るような姿勢で――

 

 「……ふぎゃあっ!」

 踏まれた猫のような悲鳴と共に、凄まじい爆音が響き渡った。

 壁がバラバラと崩れ、大量の血煙がぶわっと弾ける。

 衝撃と風圧が、砲手席の俺をも薙ぎ倒す勢いで吹き抜けていく。

 強烈な火薬の匂いと、目に染みるような衝撃。

 「ぐっ……流石に、室内で使うようなモノじゃないな……」

 ようやく、周囲の状況が把握できるほどになり……

 そして俺が目にしたのは、大量の血痕と壁の大穴だった。

 

 「や、やったのか……!?」

 血痕の量は凄まじく、血の海というにふさわしい。

 人間だったら、とうに死んでいる出血量だろう。

 また壁に空いた大穴は、なんと城の外にまで続いていた。

 どうもこのフロアは城の外壁近くにあり、そこに風穴を開けてしまったようだ。

 「……いったい、どうなったんだ……?」

 命中したのは、間違いない。

 砲弾はメリアヴィスタの体に直撃し、そのまま壁を突き破って城外に放り出したのか……?

 だとしたら、ここはほぼ最上階近くに位置するフロア。

 ビル百階くらいに相当する高度から、投げ出されたことになる。

 いや――この大量の血痕を見るに付け、肉片一つ残さずに爆散したというのも考えられるか。

 「……どう思う、ウェステンラ?」

 「むぅ……こんなにあっけなく倒せるとは思えんが、これ以上もなくまともに直撃したからな。

  さすがに死んだか……?」

 いつの間にか横に立っていたウェステンラでさえ、目をぱちくりさせるしかないらしい。

 「……避ける気だったら、簡単に避けられただろうに」

 「ああ……馬鹿だな」

 本当に、なんて馬鹿馬鹿しい戦いだ。

 おまけに、向こうの生死は不明などという結末も収まりが悪い。

 

 「……とりあえず、この場から離れるぞ」

 これ以上のんびりしていて、生きていたメリアヴィスタと再遭遇というのも勘弁だ。

 確かそこのエレベーターを上がれば、当主の間という話だ。

 「ああ……いよいよだな」

 ウェステンラは、つかつかとエレベーターに歩み寄る。

 そしてボタンを押した後、くるりとこちらを振り向いた。

 「ところで、啓……メリアヴィスタが生きていたら、さっきの約束はどうするつもりだ?」

 「約束……? なんのことだ……?」

 「いや、いい……」

 エレベーターが到着し、扉が開く。

 俺とウェステンラは、緊張した面持ちでその中に乗り込んだ。

 いよいよ、マルガレーテの待つ当主の間へと辿り着くのだ――

 

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