ユダの揺籠


 

 ギィィィィィ……

 

 ノイエンドルフ城の地下にある一室、その扉がきしんだ音を立てて開いた。

 「マルガレーテ様、これでよろしいでしょうか?」

 「ええ、結構ですわ」

 女従者の運んできたものを見て、ノイエンドルフ家の女当主マルガレーテは目を細める。

 

 従者によって部屋に運び込まれたのは、大きい鳥篭のような檻に入れられた全裸の青年。

 彼の胸には革ベルトが巻かれ、同様に腕もベルトで拘束されている。

 怯えきった表情の青年はまだ年若く、おそらく十代の後半程度。

 外見だけを比べれば、マルガレーテと青年はほぼ同じ年に見える。

 

 「ふふ……そんなに震えて。怖いのですか?」

 美しい……というよりも可愛い顔に笑みを浮かべ、マルガレーテは青年の檻に歩み寄った。

 「マルガレーテ様、お手伝いを――」

 女従者の申し出を、主人が差し出した右掌が遮る。

 「いえ、結構です。『あれ』の設置も私の享楽。エミリア、貴女は下がってよろしいわ」

 「……はっ、失礼致します」

 女従者はうやうやしく頭を下げ、その部屋を後にした。

 地下室に残されたのは、マルガレーテと青年の二人のみ。

 

 「あ……、あ……」

 青年は顔色を蒼白にして恐怖におののいている。

 彼は、自分が妖魔の城に捕らえられてしまった事をしっかり理解していた。

 目の前の可憐な女性は、とてつもなく高貴な魔界貴族の当主である事も――

 そして、青年の原始的な本能ははっきりと悟っていた。

 この女性は、自分より――いや、人間より生物として上位の存在である事を。

 自分の命など、この女性の前ではマッチの火と変わらない。

 ほんの一吹きで消え去ってしまう、それっぽっちの存在なのだ。

 

 「ふふ……では、始めましょう」

 マルガレーテが軽く指を鳴らすと、青年を囲っている檻がたちまち砂と化して消滅した。

 天井から下がってきた鎖がジャラジャラと音を立て、彼の腕と胸を拘束している革ベルトに絡む。

 「や、やめろ……!」

 青年の抵抗虚しく、彼はそのまま天井に吊り下げられた――

 と言っても、床から足が1メートルほど離れている程度だが。

 「う、わぁぁぁ!」

 青年は叫びながら足をバタつかせ、天井からぶら下げられている彼の体がブラブラと揺れた。

 「お、下ろしてくれ……! 何でもするから、命だけは……!」

 「あら、そちらからその取引を持ちかけて下さるなんて」

 マルガレーテが口を左手で覆い、軽く笑った。

 「私も、そう提案しようとしたところでしたのよ。『私の言う通りにすれば、命は助けてあげる』と……」

 「え……!?」

 たちまち、青年の顔に必死の形相が浮かぶ。

 「い、言う通りにします! 何でも聞くから、どうか命だけは……!」

 「貴方には、今から拷問を受けてもらいます。その一時間の拷問に耐え切れば、貴方を解放してあげましょう」

 「ご、拷問……!?」

 青年の顔が、みるみる恐怖に曇っていった。

 「拷問といっても……人間が行うような、下卑た痛みが伴うようなものではありませんわ。むしろ――」

 そこで言葉を切り、マルガレーテはクスッと笑う。まるで悪戯をした少女のように。

 「いえいえ。誇り高きノイエンドルフ家の名にかけて、貴方に一切の肉体的苦痛を与えない事を約束しましょう。

  この拷問に屈した場合、貴方の向かう先は死のみですが……ふふ、どうします?」

 

 「や、やります……」

 青年は、唇を震わせながら決断した。

 肉体的苦痛を伴わない拷問と言うが、妖魔の言葉などどこまで信用できるか怪しいものだ。

 そもそも、本当にその拷問を耐え切れば解放してくれるかどうかすら分からない。

 それでも、やるしかない――最初から、青年の選択肢はたった一つだった。

 どんな拷問かは分からないが、彼には一時間耐えるほかに道はないのだ。

 

 そして、実際のところマルガレーテの言葉に嘘は一切なかった。

 拷問に肉体的苦痛は伴わない。一時間を耐え抜けば、本当に青年を解放しても構わない。

 ただ、マルガレーテは彼がその拷問に耐え切れない事を確信していただけだ。

 

 「では――」

 マルガレーテが軽く指を鳴らすと、大理石の床が開いて台のようなものがせり上がってきた。

 ぶら下がっている青年の後方、約1メートルほどの位置。

 「これより、その台に貴方の足を固定します。体の力をお抜きなさい」

 「は、はい……」

 青年は言われるままに体の力を抜くと、マルガレーテは再度指を鳴らした。

 いかなる力によるものか、吊り下げられている彼の足が後方に引っ張られていく。

 まるで、背後から両足首を掴まれ持ち上げられるように――そして、台の上に両足が乗った。

 その台からしゅるりと革ベルトが伸び、彼の両つま先や足首を固定する。

 上半身は天井からぶら下げられ、台に固定された両つま先はその後方。

 彼の身体は、ちょうど斜め45度くらいの角度で前傾しているような状態になった。

 

 「では、そのまま腰を引きなさい。後方に逸らすのです」

 「はい……」

 マルガレーテの言葉に素直に従い、青年は腰を後方に反らす。

 『く』の字を、かなり前傾させたような体勢。

 これは、ずっと続けていれば腰が疲れてくるかもしれない――

 そんな事を考えていた青年に、マルガレーテはきっぱりと告げた。

 「一時間その姿勢を保つのが、貴方に対する拷問です」

 「……!?」

 思わず、青年は困惑する。

 腰を後方に引き続けているのは、確かに疲れるだろう。

 だが、たった一時間の話。

 命と引き換えの拷問がこの程度――?

 青年は逆に、妙な不安感を覚えた。

 

 「ふふふ……ただし、その姿勢が保てなくなってしまえば……」

 マルガレーテが軽く指を鳴らすと、部屋がズズズと振動を始めた。

 彼が吊るされている部分の真下から前方までの床が開き、巨大バスタブのようなものが姿を現したのだ。

 人間なら軽く十人は入れるであろうそのタブは、もはや小規模のプールといっても過言ではない。

 そしてその中は、やわやわと動く奇妙な肌色の軟体で満たされていた。

 眼前にそのような不気味なものを設置され、青年は不安げな表情を浮かべる。

 「こ、これは……?」

 「ふふ、これは搾精肉槽です。そしてこの中に満たされている搾精淫肉は、『淫魔の肉』とも呼ばれる極上品」

 マルガレーテは淫猥な笑みを浮かべると、不安で歪む青年の顔を見上げた。

 「この『淫魔の肉』におちんちんを浸してしまえば、全ての精液を搾り取られてしまうのですよ。

  天国を味わいながら、その命が尽きるまで――」

 「そ、そんな……」

 青年は、目の前に広がる『淫魔の肉』を凝視した。

 まるで彼を誘うように、やわやわと蠢く淫靡な肉壁。

 あの柔らかそうな内部に自らのペニスを沈めてしまえば、陶酔と絶頂の中で死を迎えることになるのだ。

 青年の表情が、みるみる恐怖に染まっていく。

 

 「あら、まだ大きくなりませんか」

 マルガレーテは、青年の股間に視線をやった。

 そこに位置する男の証は、彼の恐怖を体現するように縮み上がっている。

 「では、さらに詳しく説明して差し上げましょう。『淫魔の肉』とは、上級の女性淫魔から精製された肉床。

  ちゃんと高等な意思があり、この子は年若い少女の精神を持ってるんですよ。ふふ……」

 青年は、おぞましい肉床を見据えた。

 この軟体に、女の子の意思が……?

 

 マルガレーテは、その魔力で『淫魔の肉』の思念を読み取る。

 「ふふ……この子、今も貴方の精液を欲しがっていますね。

  貴方のおちんちんをそこに浸せば、やわやわと揉み込まれながら絡み付いてもらえますよ。

  ねっとりと溶かすように嫐られ、貴方は何度も何度も精液を放ってしまうでしょうね」

 「あ、ああ……」

 青年は、『淫魔の肉』から目を逸らすことができない。

 その表面は、甘く囁くマルガレーテの言葉に呼応するようににゅるにゅると流動している。

 あの中は、どんなに気持ちいいのだろうか……

 あれでペニスを包み込まれたら、一体どうなってしまうのか……

 死に至るほどの快楽、青年はそれを微かに期待してしまった。

 

 「ふふふ、準備はよろしいようですね……」

 彼のペニスが徐々に隆起を始め、マルガレーテは目を細めた。

 「……!」

 青年は表情を歪める。

 しかしいったん勃起したものを、自らの意思でそう簡単に鎮めることなどできない。

 「では、腰を引いたままでいて下さい」

 マルガレーテが指を鳴らすと、搾精肉槽がじょじょにせり上がっていった。

 青年の膝の高さから、腰の高さまで――

 今にも彼のペニスを呑み込もうとする距離まで、搾精肉槽は近付いてきた。

 「ひ、ひぃぃ……」

 青年は、精一杯に腰を引いてその搾精肉槽から逃れようとする。

 その瞬間、ペニスの先端――鈴口が『淫魔の肉』に触れた。

 「あ、あぁぁぁぁぁ……」

 その途端に先端部をチロチロとくすぐられ、青年は腰が崩れそうになる。

 「あら失礼。でもそのまま腰を沈めたら、終わりでしてよ」

 フフ……と悪戯っぽく笑い、マルガレーテは告げた。

 「あ、くッ……!」

 青年は腰に力を入れ、すかさず体勢を持ち直す。

 目いっぱいに腰を引いても、ペニスの先端が微かに搾精肉槽に触れるような位置だ。

 そして、『淫魔の肉』は青年の鈴口部をくすぐってくる――

 

 「――では、快楽の拷問を始めましょう」

 マルガレーテは懐中時計を取り出した。

 「今はちょうど11時。0時まで耐え切れば、約束通り貴方を解放して差し上げます」

 

 こうして、マルガレーテによる快楽の拷問がスタートした。

 しかし青年の全身には、すでに汗が滲んでいる。

 彼は早くも、限界を感じ始めていたのだ。

 

 にゅる……、ぬらぬら……、ちろちろ……

 『淫魔の肉』は、青年の先端に絡み付いて執拗に責め嫐ってくる。

 「は……あ、あぅぅぅぅ……」

 敏感な部分を甘く刺激され、青年は微かに喘いだ。

 「あらあら、そんなお声を上げられて。腰の力を抜くだけで、楽になれますよ?」

 「いやだ……死にたくない……」

 青年は、歯を食いしばって呻く。

 快楽に負けて腰を突き出してしまえば、ペニス全体が『淫魔の肉』に浸ってしまうのだ。

 

 そうなれば、快楽の中で命まで奪われてしまうのだという。

 「優しく亀頭に絡まれて、ねっとりと包み込まれて、甘い蠢きとともに何度も射精させられる――

  普通に生きていれば、絶対に味わえない快感。己の命と引き替えにしてでも、男の方なら味わってみたいのではなくて?

  ひたすら精を搾り取られるという男性の悦び、体験してみてはどうかしら?」

 「あ、うう……」

 マルガレーテの囁きが、じんわりと青年の脳に浸食していく。

 彼の中で、この肉槽にペニスを突き入れたいという気持ちが沸き上がってきたのだ。

 それは、甘い誘惑となって心の中に広がっていく――

 ほんの少しだけ腰の力を抜けば、天国のような快感が味わえるのだ――命と引き替えに。

 

 腰の力を抜く

 耐える

 

 

 


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