PANDORA Collapse




「新・・・新・・・時間だ、起きろ・・・」

イェーナの呼び声に、斉藤新の意識が浮かび上がってくる。

彼が目を開くと、見慣れた監視小屋の風景が目に入ってきた。

「あ・・・おはようございます、イェーナさん・・・」

「挨拶はいい。顔を洗って、勤務についてくれ」

イェーナの言うまま、彼は深く腰掛けていた椅子から立ち上がると、被っていた毛布を丸めてその上におき、監視小屋備え付けのトイレに向かった。











この二日間、監視小屋はイェーナと新の二人だけで稼動していた。

そもそもの始まりは、交代時間になってもローラがやって来ないことからだった。

彼がこの監視小屋に勤めるようになってから三年、ローラはおろかその双子の姉のラウラも遅刻や欠勤は一度もしていない。

いつまでたっても現れないローラを心配したイェーナは、新を彼女の部屋に送った。

しかし彼女の部屋は、綺麗に片付けられており、何も残っていなかった。

彼女が生活していた、痕跡さえも。

ラウラの部屋に行ってもそれは同様で、双子の姿はこの監視小屋のどこにもなかった。

そして、二人が消えてしまったことを報告すると、イェーナさんはしばらくの間黙考して、新に指示した。

『アタシとお前の部屋から、毛布を一枚ずつもってこい』

そしてそのときから、二人は交互に仮眠と休憩を取りながら、監視業務を続けている。











「ふぁ・・・」

細い通路を進みながら、新はあくびをした。

ここ数日続いた椅子での仮眠のせいか、体に疲労が溜まっている。

『高圧注意』と掲げられた金網の扉を視界の右端に捉えながら、彼はトイレに入り、洗面台の蛇口を捻った。

微妙に金属臭い水道水を手に掬い取り、顔に浴びせる。

数度顔を洗うと、僕は流し台の脇にかけられたタオルで顔をぬぐった。

彼にここ数日交換した覚えはないが、監視小屋の乾燥した空気のせいか、タオルは乾いている。

「・・・ふぅ・・・」

備え付けの鏡には、色濃い疲労を滲ませた男の姿が映っていた。

しかも、行方が分からなくなった二人の心配で、一週間は働きづめといった様相になっている。

「・・・・・・」

数秒の間鏡とにらめっこをし、新はトイレのドアを押し開いて監視小屋へ戻った。

「目が覚めたか」

通路の置くから姿を現した彼を見るなり、イェーナは言った。

彼女もまた、肉体と精神への疲労によって、ひどい風貌になっている。

「ええ、まあ」

「それじゃあ業務再開だ」

キーボードを軽く叩き、回転する立方体のスクリーンセーバーから、この監視小屋の下にある実験施設PANDORAの監視画面を表示させる。

そこに表示されたのは、等間隔に升目が入れられた巨大なワイヤフレームの立方体と、いくつかのウィンドウだ。

新が監視小屋に勤めだしたころPANDORAは大幅なバージョンアップを行い、今は26×26×26個の立方体が積み重なった構造をしている。

一つ一つの立方体は部屋になっており、中にいる人間は前後左右上下の六方向に移動ができる。

そして、ここでの彼らの仕事は、PANDORAとその中をさ迷う被験者の監視だった。

モニタ上のPANDORAのモデルを一瞥し、新は変化に気が付いた。

被験者達にはマイクロチップが埋め込まれており、それが放つ微小な電波を各部屋のセンサーがキャッチして、モデル上に光点として表示している。

その光点の数が、仮眠をとる前に比べ一つ多いのだ。

「あれ?被験者追加されました?」

「ああ、五時間前・・・お前が寝てすぐだったかな」

端末に向かったまま、イェーナは応える。

「ま、まだ資料が送られてこないから、どんな奴が入っているかわからないけどな・・・」

「・・・ラウラかローラだったら、どうします?」

新の問いに、キーボードを打つ彼女の指が止まった。

「・・・下らないことを考えている暇があったら、業務を再開しろ」

低く、平坦な声で彼女は続けた。

「それに、あいつらが追加されるとすれば、二人同時だろう・・・」

「・・・そうですよね」

話は終わりだ、とばかりにキーボードを打ち始めたイェーナさんから視線をそらしながら、彼は呟いた。

(とりあえず、現在生存している被験者達の行動データをログに取っておいて、死んだときに備えておこうか・・・)

いつもやっている業務の中から、比較的必要そうなものを思い浮かべながら、新はキーボードに手を添えた。

「・・・・・・」

「・・・・・・イェーナさん」

「何だ?」

「食事、摂りました?僕は仮眠とる前に食べましたけど」

「・・・いや・・・腹が減っていないんでな・・・」

「食べたほうがいいですよ、疲れているんですし」

「・・・そうだな、次の休憩のときにでも食べるとしよう」

「それがいいです・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

短い会話が終わり、キーを打つ音だけが監視小屋を支配する。

そして、不意に僕達の沈黙が破られた。



ビィィ!ビィィ!



「!」

「!」

監視小屋の片隅、新から見て右手の壁に設けられたエレベーターのランプが明滅し、スピーカーから音が出ている。

これは、エレベーターが監視小屋に接近していると言う合図。

二人は椅子から立ち上がり、身だしなみを整えながらエレベーターの前に並んだ。

上の人間が来たときは迎えなければいけない、という規則があるからだ。

スピーカーの音が止み、小さな電子音と共に扉が左右に開く。

しかし、エレベーターの筐体内部に人の姿はなく、小さなテーブルが一つ鎮座しているだけだった。

「・・・新規被験者の資料か・・・」

テーブルの上のファイルを見ながら、イェーナはほっとしたように漏らした。

「新、お前は業務に戻ってろ」

ファイルを手に取りながら、彼女が命じる。

「はい」

「さて・・・どんな奴が入ったか・・・な・・・・・・」

イェーナの言葉が不意に途切れる。

顔を向けてみると、彼女はファイルを広げたまま立ち尽くしていた。

その顔は驚愕と呆然の二色に塗りつぶされ、微かに震えているようにも見えた。

「イェーナ・・・さん・・・?」

「っ!」

新の呼びかけに、彼女の顔に表情が消え去る。

「なんでもない、業務を続けろ」

イェーナは不自然に強張った無表情のまま、ファイルを勢いよく閉じると、それを机の中央のファイルの山に放った。

積み上げられていたいくつかのファイルが、飛び込んできたファイルによって崩れた。

崩れたファイルの山、その一番上に載るはずだったファイルに新は手を伸ばした。

「触るなっ!」

彼の指がファイルに届く寸前、彼女は声を上げた。

「・・・どうしてですか?」

「・・・責任者命令だ、従え」

「納得の行く理由を、説明して下さい」

はぐらかすイェーナに、新は淡々と言った。

彼の言葉にイェーナは、苦い顔をしながらも応えた。

「理由は、中を見れば分かる。後悔せず、勝手な行動を慎むと約束するのなら、見るといい」

「・・・・・・」

しばしの間黙考し、新たはファイルに手をかけ、開いた。

「っ!」

ファイルに挟まれていたのは、とある少女のプロフィールだった。

身長、体重、血液型、各種抗体反応、アレルギーの有無。

どこで生まれ、どんな学校に通い、どんな仕事をしてきたか。

そんなことが記されている、新にとってはよく見慣れたプロフィールの用紙だった。

そして、その上部に記された、『ローラ・メイヤー』と言う名前さえも。

「ローラ・・・」

新は弾かれたようにファイルの表紙を閉じ、そこに並ぶ文字を確認した。

表紙に記されていたのは、『No.35537』の文字のみ。

これはPANDORA内にいる被験者番号35567号のプロフィールだ。

つまり、ローラはこの監視小屋より遥か下、実験施設PANDORAの中にいる。

「言っただろう、見るな、って・・・」

呆然とする新を前に、イェーナは椅子へゆっくりと腰を下ろした。

「どうして・・・」

「どうしてもこうしても、ローラが被験者に志願したんだろう。

アタシ達にできるのは、監視だけさ」

下の恐ろしさは、監視小屋で勤務していた彼女がよく知っているはず。

そんな彼女が、自分から被験者になるだろうか?

新の脳内で、なぜの嵐が吹き荒れる。

「ま、ローラのことは諦めて、仕事に・・・」

「これは・・・何かの間違いです、イェーナさん・・・」

彼の口から言葉が漏れた。

「間違い・・・?あいつが志願したから、あいつは下にいるんだ」

「ローラが下に行くわけがないじゃないですか!」

声を荒げながら、彼は立ち上がった。

そして、机の一角、書類やペン立てなどが堆く詰まれた山をひっくり返す

山の下から、金属製のカバーが掛けられた黒電話が現れた。

何かあったときのための、上との非常電話だ。

カバーには南京錠が掛けられ、めったなことでは開けないようになっている。

彼は南京錠を掴むと、イェーナに向き直った。

「上に、話を聞きます」

「・・・どうせ、あたしが行ったことを繰り返されるだけだと思うけどね・・・」

やれやれと首を振ると、彼女は作業着の胸ポケットから鍵束を取り出した。

そのうちの一つを取り外し、新に放ってよこす。

「自分で外しな。アタシは知らん」

「・・・はい」

彼は受け取った鍵を、南京錠の鍵穴に差し込んだ。

半ば錆び付いた機構がどうにか動き、カバーのロックが開錠される。

彼は外れた南京錠を机の上に置くと、カバーを取り外した。

ダイアルも何も着いていない、ただ受話器だけが取り付けられた電話機が姿を現す。

「・・・・・・」

受話器を上げれば、何の操作をせずとも上と繋がる。

この電話の向こうに、上が存在する。

新は、その全貌をよく知らない上の存在に緊張を覚えながら、受話器に手を伸ばした。



じりりりりり



彼の指が触れる直前、電話が鳴った。

「!!」

操作どころか、触れてすらいない電話機が立てた音に、二人の心臓が跳ね上がる。

そして、数度の呼び出し音を経て、ようやく新は電話が掛かってきたことに気が付いた。

受話器を持ち上げ、耳に当てる。

「・・・はい」

『こちら集合型複合実験施設管理部です。PANDORA監視室責任者をお願いします』

受話器の向こう側から、無機質な女の声が流れ出す。

「あ、はい・・・イェーナさん」

「何だ?」

「イェーナさんに話があるそうです・・・」

「・・・」

彼女は席から立ち上がると、差し出された受話器を受け取った。

「代わりました、監視室責任者です・・・はい・・・はい・・・」

淡々と、受話器の向こうからの声に返答を返す彼女。

「はい・・・かしこまりました。では、ご指示の通りに・・・」

延々と続いたかに見えた通話が終わり、彼女は受話器を下ろした。

イェーナは目を閉ざし、深呼吸を一つすると口を開いた。

「新、出口に被験者がたどり着くらしい」

「え?」

端末に目を向けると、確かに出口とPANDORAを繋ぐ桟橋部屋に、被験者を示す光点があった。

「そうか、お前は初めてだったな」

監視小屋で働きだして三年間、新は出口に被験者がたどり着いたところを見たことがなかった。

「とりあえずあそこの器具をもってこい」

イェーナが指した先、通風孔の傍らには、布を掛けられた腰ほどの高さの装置が置いてあった。

新は彼女の指示に従い、そのキャスターつきの装置をイェーナの端末の側まで移動させた。

布をめくると、スーパーなどにおいてあるレジにも似た装置と、その上に置かれた小さな冊子が姿を現した。

ただしレジとは違い、キーの代わりに大きなボタンが二つ。そして小さなモニタと、マイクとスピーカーが取り付けられていた。

「さて・・・久しぶりだな」

イェーナは装置の背面から伸びる、色とりどりのケーブルを、自分の端末に繋ぎながら言った。

接続を終えると、彼女は冊子を新に向けて差し出した。

「新、声に出してよんでくれ」

「あ、はい・・・ええと、

『被験者が出口に到達した場合、本装置を端末に接続し、脱出に伴う作業をこの本冊子に基づいて行うこと。

なお、この作業は二人一組で行うこと』」

「続けて」

キーボードを打ち、端末を操作しながら彼女は先を促す。

「『まず、本装置の電源を入れる。

次に、監視端末の制御画面は詳細モードにし、監視位置を出口にあわせる』」

「・・・よし、と・・・」

端末を操作し、装置の脇に取り付けられたスイッチを入れる。

ブツッ、という音がスピーカーから生じ、ぼんやりとモニタに何かが映り始めた。

真っ白な、壁や天井の区別もつかない空間だ。

ただ、壁だと思われる位置に、モニタに向かい合うようにして正方形の扉が一つ設けられていた。

「『そして、被験者が出口に到達するまで待つ』」

扉の中央に取り付けられた取っ手がゆっくりと回り、扉が向こう側に引っ込み、スライドする。

ぽっかりと空いた真っ黒な穴から、何者かが這い出してきた。

「ローラ・・・!」

出口に姿を現したのは、ローラだった。

自身のものか誰かのものか、彼女の作業着は血液と粘液による染みができており、怪我をしているのか右手を庇うようにしていた。

ローラは立ち上がると、不安げに左右を見回しながら口を開いた。

『姉さま!イェーナさん!新さん!誰かぁ!』

装置のスピーカーから、多少くぐもっているが彼女の声が響いた。

瞬間、モニタの画像が暗転し、ローラが悲鳴をあげる。

「!」

数秒後、薄ぼんやりとした光が灰色の壁と、ローラの姿を照らし出した。

壁から伸びる鎖によって、彼女の両手両足は大の字に繋がれている。

『何!?何!?姉さま、助けてぇ!!』

「ローラ、今―」

「新、続きを」

声を上げようとした新を遮り、イェーナは先を促した。

「・・・『被験者が拘束された後は、マイクのスイッチを入れ次の問いに答えさせること』」

「そこまででいい、後はアタシがやる」

イェーナは新の手から冊子を取り上げると、マイクのスイッチを入れた。

「ローラ・メイヤー、だな?」

『え・・・?イェーナさん・・・?』

「ローラ・メイヤーだな?」

『イェーナさん!?ねえ、イェーナさんでしょ!?どこにいるんですか!?』

「答えろ、ローラ・メイヤーだな?」

『そうです!ローラ・メイヤーです!イェーナさん、助けて下さい!』

イェーナはスピーカーからの声に応えず、淡々と次の問いを放った。

「六つに割れた一つの月。

一つは氷に、一つは水に、一つは谷に、一つは海に、一つは森に。

さて、最後の一つは?」

『何言っているの、イェーナさん!?お願い、助けて・・・』

「答えよ、最後の一つは?」

『分からない・・・分からない・・・助けて・・・』

混乱と恐怖が頂点に達したのだろう、モニターの中のローラが顔を伏せ、くぐもった嗚咽がスピーカーから出る。

イェーナはしばしの間ローラの答えを待っていたが、彼女は答えなかった。

「・・・・・・」

黙したまま手を伸ばし、装置のボタンのうちの一つに手を伸ばし、押した。

ローラを中心とする周囲の壁が、ぼんやりと明るくなる。

『う・・・うぅ・・・え・・・?』

自身を照らす光に気が付いたのだろうか、彼女が顔を上げた。

壁の光はすでに画面いっぱいに広がっており、先ほどまで彼女がいた出口と変わらぬほど眩かった。

『ひっ!?・・・何・・・これ・・・!?』

光に照らし出された、ローラの作業着のズボンに不自然なふくらみができていた。

両足の付け根の間、男ならばペニスがある辺りの布地を、何かが押し上げていた。

『ずる・・・』

音を立てて、輝く壁から腕が何本も生える。

いずれもほっそりとしたしなやかな女の腕で、粘液にまみれており、水から上がったばかりのようだった。

壁から生えた腕たちは、ローラの作業着に手を掛けると、一息に引き裂いた。

『ひぃ・・・!』

薄汚れた衣服を剥ぎ取られ、ローラの褐色の裸身があらわになる。

やや小ぶりな乳房に、きゅっと締まったウエスト。

そして、彼女のしなやかな両足の付け根に備わった、ぴっちりとした皮を被ったままそそり立つペニス。

それは怯えきっているローラに逆らうかのように怒張し、ゆっくりと上下に揺れ動いていた。

「何・・・あれ・・・」

小さなモニター越しでもはっきりと分かるペニスの存在に、新は声を漏らした。

ローラの裸身を新は幾度となく見たことがあるが、彼女にペニスは備わっていなかったはずだ。

新の疑問を取り残したまま、ローラの両腰の脇から伸びた腕が、その掌でペニスを軽く撫でる。

『ひゃひぃ!』

掌が触れた感触に、ローラは声を上げて身をくねらせた。

その反応を楽しむかのように、掌は二度三度とペニスを擦る。

『ひぃ!ひゃぁ!』

一擦りごとに身悶えるローラは、普段の冷静な彼女のイメージとは程遠い。

身をよじり、声を上げるたびに彼女の頬に赤みが差し、スピーカーから荒くなっていく彼女の吐息が聞こえてくる。

『いやぁ・・・何か来る・・・何かくるぅ・・・!』

股間からそそり立つ器官が訴える未知の感覚に、ローラは声を上げた。

と、不意にペニスを撫でていた掌が離れる。

『あ、あぁ・・・はぁはぁ・・・』

ペニスへの刺激から解放され、ローラの全身から力が抜ける。

両手を繋ぐ鎖に体重を預け、弛緩した表情で荒い息をつく彼女。

ペニスの先端からあふれ出した先走りが、ペニスの表面を濡らし、壁の光を照り返して輝いていた。

『はぁ、はぁ、はぁ・・・』

十分にクールダウンしたと判断したのだろうか、壁から生えた掌が再びペニスに迫る。

今度は、腰の左右から生えた二本だ。

『や・・・やぁ・・・』

一本はペニスの根元を掴み、もう一本が先端に指を添える。

そして、固定されたペニスの先端、僅かに覗く亀頭に指を擦りつけた。

『ひぃ・・・!』

指がぐりぐりと亀頭を擦り、先走りを塗り広げ、皮の隙間に指先が強引に潜りこんでいく。

『ひぃぃ・・・きついぃぃ・・・!』

包皮に包まれた亀頭を刺激され、ローラの目に涙が浮かぶ。

やがてつっかえつっかえながらも、指先が包皮の下を移動し始めた。

『ぃい・・・!?ひぃ・・・!』

皮を強引に引き伸ばされ、敏感な亀頭を入念に刺激される。

もはやその刺激は、ローラにとっては痛みに匹敵するほどの強さだろう。

『やめてぇ・・・やめてぇ・・・!』

涙ながらに声を上げ、腰を振って逃れようとするが、壁から生える手がローラの体を押しとどめる。

悲鳴混じりの声を上げながら、彼女は亀頭への熾烈な刺激に晒されていた。

手による亀頭攻めは、永遠に続くかのように思われた。

しかし、いかなるものにも終わりはある。

包皮の下の指先は、亀頭を一周し終えると、ゆっくりと引き抜かれていった。

『あぁ・・・はぁ・・・』

指先により蹂躙され、伸びきったペニスの皮を見下ろしながら、ローラは荒いながらも安堵の息をついた。

だが、彼女の安堵を打ち砕くかのように、包皮に指先を挿入していた掌が、今度はペニスを掴んできたのだ。

『やぁ・・・もういやぁ・・・』

涙混じりの声で、ローラは訴える。

しかし壁から生える手は、その言葉には応じなかった。

包皮越しに亀頭を掴むようにしていた掌が、根元に向けて移動する。

指先による蹂躙により、十分に延びきった皮がカリ首を乗り越え、ピンク色の亀頭全体をあらわにする。

『ひゃぁぁ!』

空気が剥き出しの粘膜に触れ、その冷たさに声を漏らす。

直後、扱き上げられた掌が、皮でもって亀頭を包みなおす。

そして、再びペニスを上下に扱く。

包皮をむき、包みなおす。

先走りによりその上下運動は滑らかで、あまった包皮がデリケートな亀頭粘膜への刺激を和らげつつも、快感をローラに与える。

『あぁ!いゃぁ!!』

単調なストロークながらも、ペニスへの刺激は彼女を確実に追い詰めていく。

これがただの性器への責めならば、彼女も痴態は晒さなかっただろう。

だが、彼女には備わっていなかったペニスが刺激されている。

そして、ペニスが生み出す快感が頂点に達した。

『あ、あ、あぁぁぁぁぁっ!!』

全身を硬直させ、ペニスを震わせながら初めての射精に彼女は至った。

黄色く色づいたゼリー状の濃密な精液が、弧を描きながら飛ぶ。

『あぁぁぁぁぁっ!』

初めての射精が生み出す快感に、ローラは白目をむきながら絶叫を上げていた。

だが、壁から生える腕は彼女の絶頂にも拘らず、単調にペニスを扱き続けていた。

それどころか、彼女の体を押さえつける腕の二本が乳房へ伸び、乳首を摘む。

太ももを押さえる手の一本が、人差し指と中指を揃え陰部へつきこむ。

与えられ続ける快感に、ローラは絶頂に押し上げられたまま精液を放ち続ける。

硬直していた全身が痙攣を起こし、かっくんかっくん腰を振りだした。

迸る精液の色も、薄い黄色から白に変わっていたが、勢いは止まらない。

『あがぁぁぁぁぁっ!!』

開かれて口から出る声も、もはや野獣の叫びにしか聞こえなかった。

乳首を摘む指に力がこもり、ねじり上げる。

陰部に挿入された二本の指が、勢いよく彼女の膣内をかき回す。

『あぁぁぁぁぁ!がぁぁぁぁぁ!!』

声を上げながら、白濁液を撒き散らす彼女の体に異変が起こった。

彼女の手足が、胴が、縮み始めたのだ。

『あぎぃぃぃぃっ!!』

声と精液を放ちながら、見る見るうちに彼女の体が小さくなっていく。

まるで、自身の体を削って射精しているようだった。

やがて体の大きさは少女から幼女へ、幼女から赤子へと代わっていく。

だというのに、そのペニスの大きさは変わらず、雄雄しく天井に向かって精液を放ち続けていた。

『ぁぁぁぁ・・・ぁぁぁ・・・!』

もはや人の姿すらしていない生物が、微かな声を上げながらペニスから粘液を噴く。

やがてその声も消え、ペニスの根元へ。

そして、床の上に残されたペニスは、先端から精液を吐き出しながら、溶けていってしまった。









「被験者35537号、死亡確認」

イェーナは装置の電源を切ると、淡々と言った。

端末に向き直り、キーボードに手を走らせ、ローラの行動記録をプリントするコマンドを打ち込む。

「イェーナさん・・・」

新が、真っ暗になったモニタを見ながら、ポツリと呟いた。

「何だ?」

「何で・・・助けてあげなかったんですか・・・?」

「・・・・・・規則、だからだ・・・」

「一緒に働いてきた、仲間なんですよ・・・?それを・・・」

「・・・・・・」

イェーナは口を閉ざしたまま、端末から装置のケーブルを引き抜き、束ねていた。

「どうして・・・」

「・・・諦めろ、新。アタシたちも、このクソ実験施設の規則のおかげで生かされているんだ・・・」

束ねたケーブルを収め、装置にカバーを掛けなおしながら、彼女は続けた。

「・・・諦めろ・・・」

「・・・・・・」

新は沈黙で、彼女の言葉に応えた。

「さて、アタシは資料を保管棚に入れてくる。お前は端末について、他の連中の監視をしていてくれ」

机の上のファイルを手に取り、彼女はプリンターのほうへと歩いていった。

「・・・・・・」

新は、机の上の散らばったファイルに目を向けた。

先ほどイェーナがファイルを放ったせいで、山は乱雑に崩れている。

端末につき、監視作業に戻る気もない。

(とりあえず、片付けておくか)

そう考え、彼はファイルの山に手を伸ばした。

一冊ずつ手に取り、向きを揃える。

そして最後の一冊に手を伸ばしたとき、彼の手が止まった。

彼が最後に取ろうとしていたファイルの表紙には、No.35538の数字が並んでいた。

被験者のナンバーは、PANDORAに入れられた順につけられている。

つまり、このファイルのプロフィールの持ち主は、ローラより後に入れられたことになるはずだ。

新は、キャビネットにいるはずのイェーナに向けて声を放った。

「・・・イェーナさん」

「何だ?」

「僕が寝ている間、被験者が一人死んでいませんか?」

「・・・・・・」

「だから、一人しか増えていないように見えたんですね・・・」

キャビネットから返った沈黙に、新は言葉を重ねる。

彼は止めていた手を伸ばすと、ファイルの表紙をめくった。

そこに並んでいたのは、予想通りラウラの名前だった。

「・・・・・・」

ラウラのファイルを閉じ、その上に他の被験者のファイルを置くと、彼はキャビネットに足を向けた。

キャビネットの前で立っているイェーナに並び、その場で屈むと、一番下の引き出しに手を掛けた。

力を込め、錆び付いた引き出しを開く。

そこに収まっていたのは、文庫本ほどの大きさの、四つの小型端末だった。

ただし、引き出しには蓋をするように透明なカバーが掛けられ、カバーには『非常用』の赤文字が並んでいた。

新は躊躇することなくカバーを外し、無造作に小型端末を取り出すと、立ち上がった。

「おい新、何するつもりだ」

背を向けて歩き出そうとした彼の肩に手を掛け、イェーナは声を上げた。

「・・・助けに行きます」

「助けにって、ラウラをか?」

「はい」

「やめろ、規則違反だ」

「規則も何も、ローラはもう死んでいるんですよ!?」

イェーナの手を払い、振り向きながら彼は声を荒げた。

「遅かれ早かれ、ラウラも死ぬでしょう。そして僕達も、二人みたいに突然下に送られて、死ぬんです。

どうせ死ぬぐらいなら・・・助けに行ってもいいじゃないですか!」

「・・・・・・」

自分より小柄なはずの新が、イェーナには大きく見えた。

「一応、失敗しても僕の独断でやったと言うことにしておきます。

イェーナさんも、目を放した隙に逃げられたと言って下さい。

迷惑は掛けません」

安心させるように新は続けると、エレベーターに向かって歩いていった。

ボタンを押し、筐体の扉が開く。

「新、待て!」

筐体の中に入った彼の背中に向けて、イェーナは思わず声を上げた。

彼女の呼び声に、新は振り返った。

「行かないで、くれ・・・」

「・・・すみません、イェーナさん・・・多分、戻れません」

彼はそう言うと、エレベーターの操作盤に手を伸ばした。

二人の視線を、筐体の扉が遮る。

「新ぁ!」

二度目のイェーナの声に新は応えなかった。

ただ、エレベーターの動く音だけが響いていた。









エレベーターの操作盤には、『開』と『閉』、そして『上』『下』の四つのボタンしかなかった。

新は『下』のボタンを押すと、筐体の振動と全身を支配する浮遊感に身を任せながら、壁にもたれかかった。

「ふぅ・・・」

ため息をつき、策を考える。

PANDORAの内部では、彼の手にある小型端末を使えばラウラの位置やトラップの有無は容易に分かるだろう。

しかし問題は、ラウラを見つけた後だ。

彼女を見つけたとしても、ここからどうやって出ればよいのか。

「そういえば・・・」

以前ローラが言っていた。PANDORAには出口が三つあると。

一つは普通の出口。

これはローラがその身を持って、危険だということを示してくれた。

二つ目は監視者による救出。

監視小屋にはイェーナがいるが、彼女の安全のためにも協力は得られない。

そして三つ目は、PANDORAの外箱に設けられたダクトを通じての脱出。

しかしダクトにはカバーが掛けられ、人が通り抜けられるような隙間はない。

だが、ローラの話によればPANDORA内部には妙な物が放置してあるらしい。

それは一本の槍だそうだ。

新は三年間の勤務で見たことは一度もなく、ローラ自身も槍を見たのは新が入るより前のことだったらしい。

仮に、その槍をうまく使えば、ダクトに掛けられたカバーを破壊するぐらいのことはできるのではなかろうか?

そうすれば、脱出も可能である。

「いける・・・」

そう漏らした瞬間、エレベーターの振動が止まり扉が開いた。

扉の向こう、壁の真ん中に四角い扉が設けられている。

三年前、いやになるほどくぐった扉だ。

取っ手を掴み、回すと扉が浮かび上がってスライドし、狭い通路が姿を現した。

「よし・・・!」

彼は、僅かに見える光明に期待を抱きながら、PANDORAの中へと這い入っていった。







「・・・・・・」

業務を放り出し、エレベーターの前でイェーナはうろうろと歩き回っていた。

もしかしたら気が変わって戻ってくるかもしれない。

もしかしたらPANDORAに入れず、戻ってくるかもしれない。

万に一つのもしかしたら、に賭けて、彼女はエレベーターの前で歩き回っていた。



ビィィ! ビィィ!



「!」

聞きなれた、エレベーターがやってきたときのブザーがスピーカから響いた。

「よし・・・!」

彼女は期待に顔を輝かせながら、エレベーターの前に立った。

そして、彼女の目の前で扉が左右に開いた。

彼女は笑みを湛えながら、筐体の中の人影に声をかけた。

「ああ、気が変わったんだな、あら・・・た・・・」

中にいた人物の姿に、彼女の言葉が小さくなっていく。

「ほう、なかなか変わった出迎えをしてくれるのだな、監視室責任者?」

筐体の中にいたのは、髪に灰色のものが混じった老齢の男と、二人の若い女だった。

三人とも上等そうなスーツに袖を通し、男はステッキを突いていた。

「さて、自己紹介をしておこう。私はジョナス・D・バルカナゴ。PANDORAの責任者だ。

この二人は、部下の吉川君に木田君だ」

ステッキを突き、左足を引きずりながら、男―バルカナゴが筐体から踏み出る。

「規則違反者が出たというので、来させてもらったよ。この私が、直々にな」

バルカナゴはイェーナを見上げながら、にぃ、と口の端を歪めてみせた。



<続く>






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