夢魔リフレクティア
ある所に、絶対に無敵の淫魔がいた。
ある者曰く、それは童女。
ある者曰く、それは悪魔。
ある者曰く、それは天使。
そして、ある者曰く、それは―――自分自身。
/洞穴にて泣く者―リフレクティア
…そんな噂を聞いて、俺は此処にやって来た訳だが。
正直そんな話は眉唾物だと、俺はそのとき思っていた。
大体、目撃証言がそれぞれ異なる時点で怪しい。
つーか、要するに全部別物って事じゃねぇか、それ。
だから、俺の中ではそこにはきっと複数の淫魔がいるんだろうな、と結論付けられていた。
「…ま、楽勝な仕事だわな、これ」
軽く済ませて、さっさと肉と酒飲んで帰ろう。
んで、報酬でまた豪遊だ。
そう、それは今まで沢山の淫魔を狩ってきた俺にとっては、とても美味しい仕事だったのだ。
教会の依頼書に書かれていたのは、淫魔の討伐。しかも、報酬は並じゃなく半年は楽に暮らせるってくらいの量で。
俺は早い者勝ち、と見つけたその場で契約。
念の為に有りっ丈の武器を持って、意気揚々とその洞窟に向かったんだ。
最近は面白い仕事も減ってきてたから、少しは歯応えのある奴なんだろうな、と多少楽しみにしながら。
だが、実際現地付近で話を聞けば、何のことは無い。
複数の淫魔が洞窟を拠点に周辺の町を襲ってるっていう、唯それだけの話。
「…はぁ。ったく、期待した俺が馬鹿だったぜ…」
軽く愚痴を言いながら、俺はようやく辿り着いた、その洞窟に足を踏み入れた。
カンテラに火を付けて、中を照らすと…そこには、石造りの床と…どこか、西洋を思わせるような壁が。
成る程、どうやら本格的に此処に住み着いてるみたいだな。
さっさと駆除しねぇと数も増えて厄介になりそうだが…まあ、問題ねぇか。
何しろ今回持ってきた武器が武器だ。
…淫魔にのみ効果を発揮する、猛毒ガス。
コレさえあれば、どんなに数が多くても関係ない。
少し離れた場所からコイツをぶちまければ、全部終わる。
まあ、強力な奴には効かないんだが…今回はそんな奴もいねぇだろうし。
カツン、カツンと長く続く廊下を歩いていくと、3分程で廊下に終わりが見えてきた。
少し進むと、空間は広く開けて―――まるで、舞踏会場のような雰囲気の場所が、俺の眼前に姿を現して。
だがそこには淫魔の姿は影も形も無く…それどころか、生き物の気配すらなかった。
…おかしいな、どういう事だ?
もう此処で道は終わりだし、隠し通路も、ましてや分岐路も無かった。
それなのに、此処に淫魔がいないなんて―――
「…ん?」
そうして、キョロキョロと周囲を見渡していた俺に、一つのものが目に映った。
…それは、この会場において余りに不自然な、姿見。
全身を写せる感じの大きさだが…何でこんな物が此処に…?
そうして、覗き込んだのは―――明らかに、ミスだった。
考えるべきだったんだ、此処は淫魔の拠点だって。
それなのに俺は、不用意に姿見を覗き込んで―――
「うぉっ!?」
その瞬間、まばゆい光に包まれて、俺は意識を失った。
…あ、れ…俺は…何で、寝て…?
「…っ!!」
そうだ、俺は鏡を覗き込んで、そのまま意識を失って…!!
跳ねるように起き上がり、周囲を見渡す。
…が。そこは先ほどと全く同じ広間だった。
振り返れば、あの姿見も消えている。
…どういう事だ?
「…ようこそ、私の、私だけの、そして今は私と貴方の世界へ―――」
「…なっ!?」
突然背後から響いた声に、思わず振り返る。
…そこにいたのは―――ちょっと待て、おい。
「…ようこそ、エヴァンス…」
「プリ…し、ら…?」
…嘘だろ。
何で、どうして、プリシラがこんな所に―――いや、違う。コイツがプリシラである筈が無い。だって此処は淫魔の居城。
ならば、目の前に居るのは―――
「―――テメェか、件の淫魔は」
「あら、素っ気無いのね。
折角貴方が一番欲しい者に姿を変えてあげたのに」
クスクス、と。目の前のプリシラの姿をした者は、妖艶に微笑んでみせた。
…間違いねぇ、この感じ…間違いなく淫魔だ。
迷う事無く俺は猛毒ガスを噴射しようとして―――その手が、空を切った。
「あらあら、探し物はコレかしら?」
「…チ、周到だなオイ」
ひらひらと、目の前の淫魔は楽しそうに毒ガスをぶらさげてやがった。
…そのまま、吸い込んじまえば良いんだが…
「ふふ…まあ、こんな無粋な物はいらないわよね、エヴァンス?」
「黙れ、テメェ…その声で俺の名前を…っ!?」
…瞬間、俺は目を疑った。
俺の目の前で…毒ガスが入っていた容器が、まるで紙みたいにクシャクシャってなって…消えて、しまった。
何がおきたのかが、理解できない。
潰したんじゃない、だってそれなら毒ガスが噴出して奴を襲ってるはずだ。
だが、現実には毒ガスなんて初めから無かったかのように、綺麗に掻き消えて…
…いや、落ち着け。
まだ大丈夫だ…コイツを殺す手段はある。
この距離なら…外さねぇっ!!!
手首を捻った瞬間、袖口から小型の拳銃が飛び出し掌に収まる。
そして、躊躇い無く俺は銃口を奴に向けて―――撃った。装弾した弾丸2発、眉間にぶち込んだ。
…その筈、だった。
だが現実には弾は奴を擦り抜けて、後ろの壁に命中している。
有り得ない。
超スピード?否、一瞬のブレも無かった。
幻覚?それこそ有り得ない、俺がどれだけ耐性をつけたと思ってる?
なら、どうして―――
「ふふ、好きだった子の姿を躊躇い無く撃てるなんて。
素敵よ、エヴァンス…でも…それも、意味は無いわ」
「…何なんだ、テメェは」
「私はリフレクティア。
淫魔ではなく、夢魔と言う存在よ。
現には無い、夢の世界の住民。それが、私」
「…笑わせてくれるな。
現に無い癖に『存在してる』なんてよ」
…本当に、悪い夢だ。
有り得ない話だろ、現実に夢魔が出てくるなんて…いや、待てよ…
まさか、俺はまだ気絶したままなのか?
なら、コイツが俺の夢の中に存在して、今俺の前に居るって事で―――
「残念だけど、考えてる事は外れよ。
私は飽くまで『現実に』此処に立っているの。
それは貴方が一番良く分かってる筈よ?」
「…何でだ、何で夢魔が現実に出てきてやがる。
お前らは夢の中の存在、空想その物だろうが…っ!!」
「私は特別なのよ。
いいえ、これから私みたいなのがどんどん増えるわ。
…さあ、もう詰まらない話は良いでしょう、エヴァンス…?」
目の前の淫魔が服を脱ぐ。
…ヤバイ。やば過ぎる、こんなの…!!
夢魔に物理的な干渉は効かない。だってそれは夢の中の物なのだから。
しかもこれから増えるだと?
早く、早くこの事を教会に―――
「…いや、違う」
「どうしたの、エヴァンス?」
「理解したのさ。
お前はやっぱり現実にはいねぇんだろ、リフレクティア」
「何を言ってるの?
さっきのを見てたでしょう、私は―――」
「なら、何で廊下がきた時と反対側にある?」
そう、やっと理解した。此処は現実じゃない。
此処は奴の世界なんだ…それも、鏡の中の。
そして、あの鏡が出入り口なら、きっとこの部屋のどこかにもあの姿見が―――あった!
あそこを通れば脱出できる。そして、あの姿見を破壊さえすれば―――
「…させないわよ、エヴァンス?」
「…はっ、テメェの言うことなんざ…っ、え?」
奴に背を向けて走り出そうとして。
…俺はそこで、漸く異常に気が付いた。
俺は、奴に背を向けたのに、何で奴が目の前に居るんだ?
「理解したなら判るでしょう、エヴァンス…此処は『私』その物なのよ?」
「そんな私から、どうやって逃げるつもりなのかしら?」
「それにね、エヴァンス」
一旦逃げようと向きを変えても、そこには奴が居る。
…ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ!!!
「「「…此処では、寧ろ貴方の存在が『夢』なのよ?」」」
三人の奴が、プリシラの顔でにっこりと微笑んで―――そして、俺はあっという間に、組み伏せられてしまった。
…っ、何て力してやがるこいつ等…っ!
夢魔って言っても化け物って事に変わりは無いって事かよ、くそっ!!
「…さあ、エヴァンス…愛し合いましょう?」
「…クソ…っ、テメェの餌になるくらいなら…!」
こんな所で終わるなんて、嫌だけどな…
でも、お前の餌になる方が余程嫌なんだよ…!
そうして、俺は自分の舌を噛み切ろうとして―――
「…だめよ、エヴァンス」
「…え」
…奴の一言で、俺の体はあっさりとそれをやめてしまった。
おかしい、何でだ…っ、もう一回、もう一回…駄目だ、舌が噛めない!?
「ふふ、エヴァンスったら潔いのね…そういう人、好きよ?」
「五月蝿い黙れ!てめぇ、俺に何をしやがった!!」
「私は唯願っただけよ。
言ったでしょう、此処は私の世界で貴方が『夢』なんだって。
夢は、願いで簡単に変わってしまうのよ…?」
「…っ、クソ、離せっ、離しやがれぇっ!!!」
「ん…貴方の性格や在り方は好きだけれど、その粗野な物言いは良くないわね。
…そうね、エヴァンス…赤ちゃん言葉で、話しなさい?」
「ふじゃけんにゃぁっ、だりぇがしょんにゃ…っ!?」
な、何だコレ!?
急にマトモに喋れなく…
「勿論声も、可愛らしい声で。
ほら、私の名前を呼びなさい、エヴァンス」
「ぷ…ぷり、しらぁ…」
「はい、よく出来たわね。
それじゃあ、次は―――」
…っ、何なんだよコレ!?
ヤバイ、これ以上何かされるのはマジでヤバイ!!!
早く、早く逃げないと―――
「そうね、逃げられたら困るから…脚力は赤ちゃんと同様に。肉体年齢も、可愛らしい頃に戻しましょうか」
「え…っ、あ、あぁ…っ!!」
奴の言葉と同時に、体がグングン縮んでいく。
腕は短く、手は小さく、足は細く、胴は筋肉が消えて。
「…あら、可愛い…10歳くらい、かしら♪」
「ふ、ふじゃけるにゃぁっ、しゃっしゃともとにもどしぇっ!!!」
「あらあら、赤ちゃん言葉になっても口が悪いのね。
…んー…どう願おうかしら…少年っぽく…ううん、それでも口の悪さには関係ないし…」
完全に体は子供になって…しかも、着てる服まで子供服に変わって…っ、コイツ、俺の記憶を覗いてやがるのか!?
クソ、早く何とかしねぇと…このままじゃ、コイツのおもちゃに…!!
「…ああ、簡単じゃない。上品な言葉遣いをしなさい、エヴァンス」
「え…っ、な、何をしたの!?」
…クソっ、今のままでも十分に玩具か。
クソ、クソ、クソッ!!
早くコイツから逃げなきゃいけねぇのに足に力が入らねぇ…考えろ、考えろ!
絶対に活路はある筈―――
「ああっ、良いわ…やっぱり少年の精気は最高よね、コレだわ、コレしかないわ…♪」
「…っ、変態…ですね…」
「ふふ、言ってなさい、エヴァンス…さあ、そろそろ頂いちゃいおうかしら、ね?」
そう言いながら、奴が俺の体に手を伸ばして…クソ、万事窮すか…
「ん、でも普通にしてもらえるなんて思ってないわよね…?
さあ、エヴァンス…先ずは、自分の手で…自分の精を、搾り取るのよ…♪」
「な…っ、そんな事するわけないじゃ…っ、ん、ぁぁ…っ!?」
く、クソォ…っ、手が…勝手に、動いて…い、嫌だ…っ、こんな奴の思い通りになるなんて…っ!
で、でも…駄目だ…抵抗、できねぇ…っ、あ…っ、う、ぁぁ…っ!!!
「んぁ…っ、やめて、ください…こんな、ことぉ…っ!」
「ああっ、良いわ!
それよそれ、それなのよ、私が大好きなのは…屈強な男(ヒト)が脆弱になって悶える…これ以上の快楽は無いわよね♪」
「そんな、のぉ…っ、おかしい、です…っ、んああぁぁっ!!」
や、ヤバイ…クソォっ、何でこんなに敏感なんだよこの身体…っ!!
このままじゃ…で、出ちまう…奴の、思い通りにぃ…っ、いやだ、嫌だぁぁぁっ!!!
そんな、俺の願いも空しく…俺は…ぶぴゅぅぅぅっ、と、無様に…射精、してしまった…
「うふふ、沢山出たわね、エヴァンス…ちゅ…ふふ、美味しいわ…」
「…っ、だ、黙ってください…っ!!」
「じゃあ、今度は私がしてあげるわ…♪
エヴァンスも、ほら…汚れた服じゃなんだから、可愛い服を着せてあげる♪」
奴はそういって、指をパチンと鳴らして…その瞬間、俺の服はあっという間に変化していった。
短パンはヒラヒラと長くなって、黒く染まって…って、おいまさかコレ…っ!!
「じょ、冗談じゃないですっ!!やめて、やめて下さい…!!!」
「ふふふ、ダメよ、エヴァンス。
貴方はもう、私の「夢」。一生醒めない、深い眠りに溶けなさい…」
冗談じゃないっ、そんな事があってたまるかっ!
服を脱げば…っ、何だコレ、継ぎ目もボタンも、何も…っ!!?
上着も、どんどん黒く、ヒラヒラしていって…細くなっちまった腕を、すっぽりと包み込んで…
く、クソ…っ、こんな…こんな、格好…!!
「ふふ…良く似合ってるわよ、エヴァンス『ちゃん』♪」
「…っ、黙ってください…素が出てますよ、淫魔さん…」
「…あら、本当ね。私もまだまだだわ、可愛い子を目の前にして変身が乱れるなんて」
さっきまでプリシラの姿だった淫魔は、既にヒトの姿をしては居なかった。
黒い蝙蝠の翼、赤い瞳、そして妖艶なその身体…完全な、淫魔…否、夢魔か。
特に特徴的なのは、その右目…ガラス、というべきか。全てを写す、美しい鏡。
…待てよ、ひょっとしたら…あの目…あの目、アイツの「要」なんじゃねぇか?
入る時に見たのも「鏡」、そして此処は「鏡」合わせで奴の瞳も「鏡」。
やってみる価値はある…もし駄目でも、このまま唯やられるのは俺の性分じゃねぇんだよな。
「…っ、う…」
「あら、どうしたのかしらエヴァンスちゃん?
ふふ、私に抱きつきたいの?思ったより簡単に堕ちちゃったのね…」
しめた、俺がこの姿だからって油断してやがる!
奴が俺を抱き上げて―――抵抗したくなるのを必死で抑え込んで、奴が俺にキスをしようとすると…奴の、鏡の瞳が俺を見据えて。
瞳に映る、子供の姿の自分を見ながら、俺は―――
1.躊躇い無く、奴の瞳に指を突き入れた。
2.思わず、その瞳に魅入ってしまった。
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