夢魔リフレクティア




「…っ、やあああああっ!!!」

「っ!?」



奴の瞳に向けて、躊躇い一つ無く俺は…指を、突き入れた。

パキン、という音と共に…中は空洞だったのか、簡単に指が入って―――

これまで常に余裕を保ってきた奴は、初めて怒りの表情を露にしやがった。



「…っ、あ、ぐ…っ、貴様ぁぁっ!!!」

「はぁ、はぁ…っ、僕を、侮るから…そうなるんです!」

「う、く…っ、あ…」



奴が目を抑えて蹲り…俺は、床に倒れこんで。

…やった、のか…?



「…あ、あ…っ」

「そ、うだ…今の内に、逃げなきゃ…!」

「…あは…ははは、あはははははは」



…俺が、奴に背を向けて姿見に逃げ出そうとした瞬間。

突然奴は、笑い声をあげはじめた。

気でも狂ったのかと思い、振り返ると―――奴は、もう平然とそこに立っていて。

唯、鏡の瞳だけは割れて、暗い闇が覗いていた。



「…馬鹿ね、貴方…本当に馬鹿だわ…」

「く…今のでも、駄目なの…?」

「駄目?ええ、駄目駄目よ。寧ろあの時点では最悪の手を打ったと言っても良いわ」



カツカツと、這いずる様に逃げる俺に奴は近づいてきて―――今度は、冷徹に俺を持ち上げてきた。

その目にあるのは明らかな憎悪と失望、そして―――飽きれ。



「…貴方のせいで、また100年此処で足止めよ。あと一人、貴方の精さえ奪えれば私は―――」

「あ…あ…っ、ひぎぃぃぃっ!?」



奴の瞳に、俺は本能的に恐怖した。

本気で、奴はキレている。

だから逃げようと、もがくと―――奴は、躊躇いも無く…俺の、息子を強く握って、きてぇ…っ!!?

気持ちよさなんて無い、強烈な痛みが、俺の脳髄を貫いた!?



「貴方はどうせ何をしたのかも理解してないのでしょうね。

…見なさい、貴方が入ってきた姿見を」

「あ、ぐぅぅ…っ、え…あ、ああああっ!!」



息子から走る激痛に悶えながら、奴に促されるがままに姿見を見ると―――鏡が、粉々に砕けていた。

コレじゃ…ま、まさか…もう…



「…お陰で私はまた1から精を集め直さなきゃいけなくなったわ。

後一歩で…私は、夢から現になる事ができたのに!!!」

「あぐ…っ、い、ぎぃぃぃぃぃっ!!!!」



奴の息子を握る手に、更に強い力が篭ると…俺は、激痛の余りに、のた打ち回る事しか…っ!!!

そん、な…もう、此処から…出れない、なんて…



「まあ…貴方は私を倒しに来たみたいだから、本望でしょうけどね…私の願いを、夢を打ち砕いた罪は重いわ。

―――一生をかけて、償いなさい」

「う、ぐ…っ、な、何を…」

「貴方には悪い事じゃないわ。貴方さえ努力すれば、この世界から出る事も可能なんだから。

…無論、唯で出る事が出来るわけじゃないけれどね」



奴は、俺にそういうと…俺の、息子を…クシャ、と…握り、潰し…っ!?



「あ…っ、うああああああああっ!?」

「痛みは無いでしょう?一々喚かないで…貴方には、私の手伝いが出来るようになってもらうんだから」



痛みはない、確かに無いが…それ以上の喪失感を、俺は味わっていた。

まるで自分の魂が欠けてしまったかのような違和感が…俺を、俺の心を…壊していく。



「あ、ああああっ、あああああああっ!!?」

「安心なさいな、性が無い状態で一生を過ごさせるような残酷な真似はしないわ。

ん…っ、ふぅ…ぁ…っ♪」



うろたえる俺の目に、更に追い討ちをかけるように信じられない事が、起きた。

…ずるり、と。奴の股間から生えてきた、それは…



「ぼ、僕の…僕の、返してくださいっ!!!」

「違うわ、今はもう私の物。そして…二度と、貴方の物になる事も…無いわ」

「ちょ、ちょっと、や…っ、やめ、やめてぇぇぇぇぇっ!?」



怖い。怖い、怖い、怖い…っ!!

奴が、俺の…息子が無くなって、ツルツルになった、股間に…俺の物だったソレを、擦り付けてきて…

嫌だ…っ、嫌だ、嫌だ、いやだぁぁぁっ!!!



「さあ…感謝なさい、エヴァンス…貴方に、生き延びる術をあげるわ…っ!!」

「や、やだ、やめて、やめてぇ…っ、ん、ぎぃぃぃぃぃっ!?」



メリメリメリ…と、音を立てながら…奴の、が…俺の、何も無い股間に、めり込んで、くるぅ…っ!?

な、なに、これぇ…っ、変…っ、変だよぉぉ…っ、僕、変になっちゃ…っ!?

僕…僕、あ、あれ…?何で…なんで、心の中まで…!?



「ん…っ、今、貴方は…変化…いえ、進化してるのよ…人なんかより、もっと高尚な存在にね…」

「あ、ぎぃ…っ、ん…ふぁ…っ、あぁぁ…っ?」



あ、れ…なんだか、痛みが…消えて…僕の身体…どう、しちゃったんだろう…?

何だか…段々、嫌じゃ…無くなって…



「ふ、ぁ…思わぬ掘り出し物だったかも、知れないわね…貴方なら…案外、100年もかからないかもしれないわ…」

「え…ん、ひゃ…っ、んぁぁぁぁ…っ♪」



…この人が、言ってる事が、良く分からないけど…僕は、何だか気持ちよくて…勝手に、口から甘い声が出ちゃって…♪

この人の、おちんちんが…僕の…あれ、どこに…入っちゃってるんだろう…?



「…っ、ぁ…ふふ、出来上がり…ね。どう、生まれ変わった気分は?」

「生まれ…変わった…?えっと…僕は…」

「貴方は今、私の使い魔として…夢魔として、生まれ変わったのよ。

ほら…見て御覧なさい、今の貴方の姿を…」



そういうと、目の前の女の人はどこからか鏡をだして、僕の姿を…映して…

そこには、黒いフリフリした可愛い服をきた、凄く可愛い女の子が映ってて…これが、僕…なの?



「そう…それが、今の貴方よ、エヴァンス…いえ、エンヴィー…。

そして、私は貴方の…そうね、母親みたいな物。判ったかしら、エンヴィー?」

「…うん、判ったよ、お母さん♪」



そっか、この女の人は僕のお母さんだったんだ。

そうだよね…何か、懐かしい感じがするもん…



「エンヴィー、お母さんの言うことを聞いてくれるかしら?」

「なぁに、お母さん?」

「お母さんね、沢山精を集めなくちゃいけないの。

だからエンヴィー。沢山の人の夢の中に入って、沢山の精を集めてきてくれないかしら?」

「うん、判った♪

でも、どうやって他の人の夢の中になんて入るの?」

「すぐに判るわ…だって貴方は、もう…夢魔、なんだから」







その日から、洞窟に淫魔は居なくなった。

討伐に向かった若者一人が、身を賭して淫魔を退治したのだ、と、教会は周辺の村に伝えて。

そして、彼は周辺では英雄として語られるようになり。



その日から、今度は夢から醒めない者が出始めたのである。





ある者曰く、それは少年。

ある者曰く、それは少女。

そして、ある者曰くそれは―――






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