ミイラ娘


 

 「に、人間……」

 「その通り。よくぞ正解した、とは言うまい」

 

 こうして僕は、女王ネフェルシェプスの問いに容易く解答を示していた。

 単に、スフィンクスの逸話を模しただけのやり取りで女王の座興は終わった。

 この女王が、本当にさっきの謎々の答えを聞きたかったなどとは思えない。

 つまり、彼女にしてみれば本当の意味で単なる余興に過ぎなかったのだ。

 最初から、僕をどうこうする気など大してなかったのだろう。

 よく考えてみれば、女王が知的好奇心を満たしたいのなら、このような趣向にしなくとも普通に問えばよい。

 僕は単に、女王にからかわれたに過ぎなかったのである。

 

 「……では、女王ネフェルシプスの名において汝を正統な客人として迎えよう。

  一週間後に歓迎の宴を開くゆえ、それまで帝都ピレリウムへの滞在を許す。

  帝都一番街に屋敷を用意したゆえ、宴まではそこで過ごすがよい」

 「え……? 一週間後……?」

 そこまで間が空くのは、大いに困る。

 調査隊は、明後日には日本に帰ってしまうのだ。

 僕は調査中に失踪を遂げたことになっているだろう、一刻も早く戻らなければならない。

 正直なところ帝都ピレリウムとやらにも興味があるが、とにかく帰らなければ――

 「安心するがよい、ここと人間界は時間の流れが違うのだから」

 「そ、そうですか……って、まさか――」

 まさか、浦島太郎みたいなことにならないだろうな。

 日本に戻ったら三百年の時間が経過していたとか、絶対に御免願いたい。

 「心配は無用よ、乙姫のように悪趣味なことはせぬわ」

 「……えっ?」

 エジプトの女王であった彼女の口から、乙姫の名が出た事への驚き――

 それよりもむしろ、ネフェルシェプス女王が個人的に乙姫を知っているかのような口調が気になる。

 まさか乙姫が実在して、しかも女王と知り合などと馬鹿な話があるはずがないが――

 「確かにほとんど親交はないが……さりとて、口も利いたことのない仲というわけでもないぞ?」

 「えっ……?」

 女王が、僕の心を読んでいる事に関してはもはや驚きもない。

 それより、なんと乙姫は実在するようだ。

 「我も奴も、かつて女王七淫魔と呼ばれた存在。全てのサキュバスの中でも、別格の七人と称えられたものよ。

  そう言われてから三千年が経つが、今もその七人の座は変わってはいまい。

  いや――確か二百年ほど前、あのルーシー・ノイエンドルフが討たれたと聞いたか……」

 女王は僅かに視線を上げ、そしてまっすぐに僕を見据えた。

 「まあ、魔界の権力争いなど我に関わりのない話。無論、汝にもな」

 そう言いながら、女王はぱちんと指を鳴らす。

 すると僕の衣服がみるみる変化し、薄い布で織りなされた女性用の装束と化していた。

 それはあつらえたように僕の体格にフィットしているが、足元が少しスースーして頼りない。

 「それが、帝都における自由市民の服装。元々が細身だけあって、なかなか似合うではないか。

  先も言った通り、帝都には男がおらんのでな。住民どもには、汝の姿がごく普通の市民に見えるよう暗示を掛けておこう」

 「え……住民全員に?」

 確か女王は、全人口は一千万人と言っていたはずだ。

 「我は創世者ぞ? その程度、児戯にも等しいわ」

 さすが絶大な力を秘めた女王ネフェルシェプス、帝都一千万の人民に暗示を掛けるのも容易いようだ。

 とにかくこれで、僕は普通の市民として認識されるらしい。

 「汝は当然ながら帝都に不慣れであろう。一週間の間、フェミアを付けておく。

  己が奴隷と思って、好きに使うがいい」

 「……」

 女王の言葉を受け、おずおずとフェミアが進み出てきた。

 その清楚そうな表情に優しい笑みが浮かび、柔らかな眼差しが僕を捉える。

 「フェミアと申します。どうぞ、何でもお申し付け下さい」

 「あ、はい……」

 改めて自己紹介するフェミアの丁寧な態度に、僕は思わず恐縮した。

 一週間の間ということは、滞在する屋敷で僕を世話するのも彼女なのだろう。

 

 「では、帝都に向かうがよい。宴は一週間後だ。

  人間界から客人を迎えるのは八百年振り、豪勢な宴を期待するがよい……ではな」

 そう言って、女王はすっと腰を上げた。

 そのまま、彼女は複数の女官達を従えつつカーテンの裏へと退場していく。

 そして広間には、僕とフェミアのみが残されていた。

 「では、これを――」

 フェミアは、カードのようなものを僕に手渡す。

 真っ黒に塗られた変なカードに、金色で何やら短い内容の文字が記してある。

 それは当然ながらアルファベットでもなければ象形文字でもなく、むしろ線文字に近い。

 「それが帝都における身分証明書となります。便宜上、そこに記されている名――『シャウペス』という名前を用いて下さい。

  ほとんどの市民は、人間界の存在を知りませんので」

 「うん、分かった……僕はシャウペスだね」

 確かに、人間界での名前を使ったら無用な混乱を引き起こしかねない。

 郷には入れば郷に従え――とはこのことだろう。

 

 「では、帝都一番街へご案内します――」

 丁寧な態度に柔らかな笑みを浮かべ、フェミアは言った。

 彼女が先導し、僕はフェミアの後に続いて謁見の間を出る。

 こうして僕は、帝都ピレリウムに滞在することになったのだった。

 

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