妖魔の城
※ ※ ※
沙亜羅はアステーラとかいう淫魔に引き立てられ、ノイエンドルフ城の廊下を進んでいた。
後ろ手に手枷をはめられ、後方には剣を持った守衛のサキュバスが二人。
そしてこのアステーラは、ノイエンドルフ城でも結構な立場を持つサキュバスのようだ。
これから自分は、城主であるマルガレーテの元に連れて行かれるらしい。
「ふふ、こちらよ……大丈夫、乱暴なことはしないから」
黙りこくっている沙亜羅を怯えていると解釈したのか、アステーラはくるりとこちらを振り向いた。
その舌が伸び、ぬるり……と沙亜羅の頬を愛おしげに這う。
その動作は、まるで無警戒なものだった。
「貴女ほどの獲物、私の一存で処遇を決めるわけにもいかないから。
あ……怖がらなくてもいいわよ。処遇といっても、気持ちいいことばっかりだから。
オチンチン生やしてもらってイイことされたり、もしかしたら私達の仲間になるってことも――」
「……」
ベラベラと喋り続けるアステーラを尻目に、沙亜羅は手枷の強度を確認する。
余りにも緩い拘束、こんなものは束縛のうちに入らない。
それに、サキュバス連中の油断しきった態度――
「素敵ね、貴女……上級、もしくはそれ以上の淫魔になれる資質があるわ。
貴女ほどの獲物ならば、マルガレーテ様にもさぞかし喜んで頂けるはず。
私も、面白い趣向を考えついたし……うふふ」
手枷を壊し、このアステーラの舌を引きちぎるのに1秒。
二人の守衛から剣を奪い、すぐさま撫で斬るのにもう1秒。
そして、このアステーラの喉元に剣先を叩き込むのにさらに1秒。
3秒あれば、この場の全員を肉塊にできる――が、それは得策ではない。
こいつらは、せっかく敵の大ボスの元へと招待してくれるというのだ。
手っ取り早くそいつの元に向かい、マルガレーテとやらを片付けるのも悪くはない。
そんなことを、沙亜羅は考えていた。
無表情のまま、城の奥へと引き立てられていく沙亜羅。
その向かう先は、マルガレーテの待つ当主の間。
それにしても、優は大丈夫だろうか――
沙亜羅は、はぐれてしまったパートナーのことを考えていた。
※ ※ ※
「許しません……よくも、メイちゃんを……」
マイは怒りの矛先を理不尽にも僕に向け、そして背後から背中を抱きすくめてきた。
その小さな体から、温かい体温がじんわりと伝わってくる。
「ちょっと待て! あいつは、僕達の仲間じゃない……」
「言い逃れですか? そんなの通じません……!」
マイは、僕の言葉に全く耳を貸そうとしない様子だ。
振り払おうと僕は体を揺すったが、それでもマイは僕の背中にぴっとりとしがみついたまま。
こんなに細い腕ながら、流石は妖魔のはしくれ。僕よりも腕力があるようだ。
まずい、このままでは――
「サキュバスにとって、己の意志と無関係に与えられる快楽は屈辱そのもの。
あの変な妖魔は、メイちゃんを食べる前に何をしたか――その屈辱、思い知って貰いますね」
「や、やめろ……!」
なんとか抗おうにも、悲しいかな力では歯が立たない。
そして、少しでも男の急所を愛撫されてしまったら最後だ。
もはや、反撃する気すら起きない状態にされてしまうのは確実。
そうなる前に、何とか逃れなければ――
「でも……あなたを犯し尽くす前に、聞いておくことがあります。
この城に侵入した、仲間の数――私達が聞いた話だと四人だけなのですが、それ以外にもいるのですか?」
城を守る側にとって、侵入者の数の正確な把握は何よりも重要だ。
想定している数よりも多く侵入していたら、そいつらを放置しかねないという事態に繋がる。
向こうは四人と正確に把握しているみたいだが、ネメシアの存在がそれを乱したらしい。
マイは、あの怪物を僕達の仲間だと思っているのだから――
「……さあ、5人だったか6人だったか忘れたな」
そうならば、わざわざ正確な情報を与えるなど愚の骨頂。
何人侵入したのか分からない状態で、右往左往するがいい――
僕はとぼけながら、マイを振り払おうと身をよじる。
両腕は自由に動くものの、やはり少女の細腕を引きはがせそうにない。
「そうですか。喋ってくれる気はなさそうですね」
一方、マイのあどけない顔には酷薄な色が浮かんでいた。
「ところで……このノイエンドルフ城の主であるマルガレーテ様のご趣味は何だか知っていますか?」
そんなの、知るわけがない。
僕達がこの城に来たのは、ここでH-ウィルスの取引がなされているから。
マルガレーテの名前など、城に乗り込む寸前に初めて知ったくらいだ。
「……それは、拷問です。男性に肉体的快楽を与え、じっくりと責め嫐るのがお好きなんですよ。
ここは私も、拷問で無理やり口を割らせてあげましょうか?」
「な――!」
本格的にまずい事態だ。
その拷問とは間違いなく苦痛を伴うものではなく、サキュバスならではの快楽拷問。
それが始まってしまえば、もう絶対に逃げられない――
マイは左手で僕の背にしがみついたまま、右手の人差し指をぴんと立てた。
「魔女の槌、不朽の鎖、汝なおもて縛を為さん――」
そして少女は、何やら呪文のようなものを唱え始める。
「くそっ、離せ……!!」
――落ち着け。
僕の両腕が自由である以上、取り得る手はいくらでもあるはず。
腕力で歯が立たないならば、ここは――