アラウネ・ブルーム
「――では、肉食の粘体搾精生物でお願いします」
生物部部長である月代美夜は、九条さつきにそう告げていた。
「えー!? 部長、横暴ー!」
「そうだよ、可哀想だよー!」
「ぶーぶー!」
口々に不平を言う三人の部員達――それもそのはずである。
彼女達の協議の結果、この男性が食べられるのはさすがに可哀想という結論になったはずだ。
にもかかわらず、美夜は独断で意向を覆したのである。
ベッドの上で横たわっている男――須藤啓という彼の名は、美夜にとってはほとんど意味をなさない。
男は度重なる搾精で気力を失ったのか、自身の死刑宣告にもほとんど反応を示さなかった。
もしかしたら、ほとんど聞こえていないのかもしれない。
ともかく美夜は、この男が粘体生物に補食される姿を心に描き、胸をときめかせていた。
期待で緩みそうになる表情を、いかにも冷酷そうな無表情で覆い隠して――
月代美夜は、非常に裕福な家庭で育った。
彼女の父は、美夜の望むものを何でも買い与えたのだ。
それでも美夜は決して自堕落な人間になることなく、好奇心に満ちた幼少時代を送ることになる――
そんな小学生の頃、美夜は家の近くの森で大きな蜘蛛の巣を見つけた。
子供特有の残酷さと好奇心で、アリを捕まえ蜘蛛の巣に引っ掛けてみる。
すると蜘蛛がたちまち獲物に接近し、アリの全身を糸でぐるぐる巻きにしてしまったのだ。
蜘蛛の糸に絡められてもがき続けるアリを見て、幼い美夜は疼きにも似た興奮を覚えたのである。
その体験以来、美夜は捕食生物の虜となった。
父に頼んでアロワナを買って貰い、メダカを生餌として食べさせた。
生きたまま丸呑みにされるメダカを見て興奮を覚える美夜――それは、すでに性的な快感であった。
次に彼女が父に買って貰ったのは、ウツボカズラという食虫植物。
ウツボカズラのツボに蝿を落とし、長時間掛けて捕食されていく様子を眺めながら――
美夜は、いつしか自慰にふけるようになっていたのである。
そして美夜は、この学園に入学すると即座に生物部を選んだ。
冷たい無表情の優等生――彼女が抱える性的倒錯を、友人も部員も誰も知らない。
そうしている間に時が経ち、優秀な美夜は生物部部長に任命された。
そんな彼女の主導の下、蛇にマウスを丸呑みさせるという実験も行った。
蛇がマウスの体に巻き付き、ゆっくりと呑み込んでいくのを見て――彼女は秘部に指をやっていたのだ。
いつしか彼女の性的倒錯はエスカレートし、とうとう人間が捕食される様子が見たくなっていた。
ただし、野獣が肉を引き裂き、食らいつくような下卑た捕食は駄目だ。
じっくりと溶かしたり、生きたまま胃に入れたり、じわじわとなぶったり、そういうものが見てみたい。
しかし――当然のことながら、そんな願望が結実されるはずもなかった。
倫理的にも許されることではないし、物理的にも不可能に近い。
大蛇が人間を食べるところなど、いかに画策したところで見られる可能性は皆無。
美夜の家は金持ちであるものの、いくら父に頼んだところでこればっかりは無理だろう。
だから、彼女で諦めていたのだ。
それが、まさかこんな機会が巡ってくるなんて――
月代美夜は、期待で胸が張り裂けんばかりの心境を無表情で繕っていた。
「……」
そんな美夜の倒錯した性的欲求を、淫魔である九条さつきは敏感に察知する。
強い性的倒錯と執着は、すなわちサキュバスとしての素質でもあるのだ。
「貴女……素晴らしいわ」
九条さつきは、ゆっくりと美夜の前に立つ。
「月代美夜さん……私達の仲間になりませんか?」
「仲間……? というと、どういう……?」
「私の――単なるアルラウネの僕としての淫魔化ではなく、独立したサキュバスとしての淫魔化。
つまり、闇の眷属の一人になるということを意味します」
突然の九条さつきの言葉に、美夜は動揺を隠せない。
「すみませんが会長、おっしゃる意味がよく――」
「淫魔化した後の能力や魔術は、貴女自身の欲求や嗜好、性格に左右されます。
貴女ならばおそらく、肉食搾精生物を生み出す力に長けるのではないでしょうか?」
「……!?」
今まで隠してきた性的倒錯を見透かされ、美夜は息を呑んだ。
いつの間にか三人の生物部員は、床に倒れてぐっすりと眠っている。
そして――聡明な彼女は、九条さつきの言う意味をすぐさま理解していた。
自分を、人間ならざる者に変えてくれるというのだ。
それも、捕食生物を生み出す能力が備わった存在として。
それはすなわち、人間をやめてしまうということ――
しかし美夜は、そんなことに欠片ほどの躊躇も抱かなかった。
この自分に、捕食搾精生物を生み出せる能力が身につくのだ。
それは、生涯の夢の実現に他ならないのである。
「ぜひお願いします、会長……!」
「ふふふ、では――」
九条さつきは、そのまま美夜の形の良い唇に自らの唇を寄せ――
そして、濃厚な接吻を交わしていた。
「ん、んん……?」
戸惑う美夜の口内に、九条さつきの柔らかな舌が淫らに絡む。
そして口を離した時、二人の唇から唾液の糸が引いた。
「終わりました。これで貴女も、私達の眷属」
「え、もう……?」
今のキスが、淫魔化の儀式なのだろうか。
しかし美夜は、自身の体に何も変化を感じない。
「もう、私は淫魔とやらなのですか……?」
「ええ、貴女は立派な淫魔。人型のサキュバスなので、肉体にほとんど変化はありませんが」
それでも、美夜の中には確実に淫魔としての力が根付いていた。
歪んだ性的嗜好は、生来の持ち合わせ。
そんな嗜好を実現させる力が、美夜に備わったのだ。
その欲望の強さにふさわしい、洗練された力が――
「では、搾精生物の組成をレッスンしてあげましょうか?」
「いえ――たぶん、必要ありません」
美夜は、九条さつきの提案を断っていた。
呼吸の仕方を知らない人間はいない。泳ぎ方を知らない魚はいない。
飛び方を知らない鳥はいるかもしれないが――それは、落伍した存在。
誰に教わるまでもなく、美夜はそのやり方を心得ていたのだ。
「汝が組成すなわち妖魔のものとなり、いざ生まれ変わらん。並びに従属の盟約を交わさんとす――」
そう呟きながら、美夜は倒れている女子高生に手をかざしていた。
その瞬間、女子高生の姿はみるみる変異し始める。
どろどろと液状化して全身が崩れ出し、ブレザーがぱさりと床に落ちる。
そして、少女の体は透き通るようなブルーの粘液と化してしまったのだ。
「……」
床の上で泉のように広がっていたブルーの粘体が、にゅるりと蠢く。
その表面がみるみる盛り上がり、再び少女の輪郭を形作ったのだ。
そして――そこには、粘液状になる前の少女の姿が再生していた。
もっともそれは外見だけで、質感も組成も粘液のままだが。
粘液状の体で獲物を包み込んで弱らせた後、ゆっくりと溶かして食べてしまう生物――
淫魔界では、この粘体搾精生物をジェリーと呼んでいた。
「……驚きましたね。下等搾精生物の組成から修練させていった私とはレベルが違うよう……」
感嘆しつつ、九条さつきは笑みを浮かべていた。
搾精生物の組成技術のみに限定すれば、月代美夜の手腕は九条さつきを遙かに上回っているようだ。
「やはり貴女は素敵な人ですね。淫魔としては赤子同然でありながら、素晴らしい素質。
その能力が極まれば、上級淫魔にも匹敵する肉体組成術を体得できるのでは……?」
「ありがとうございます、九条さつき様……」
月代美夜は決して九条さつきに従属する存在として淫魔化されたわけではなく、れっきとした独立淫魔。
そんな彼女の言葉は、九条さつきに対する深い感謝を表したものだった。
「おはようございます、マイマスター……」
そして生み出されたばかりのジェリーは、美夜の足下に控える。
「あなたの名前は?」
「人間であった頃は、北島奈緒と申しました」
主である美夜に対し、ジェリーははっきりとした声で告げた。
その口調に、胡乱な様子は欠片もない。
「北島奈緒……じゃあ、ナオでいいわね」
「マスターのお好きなようにお呼び下さい。私はそれに従います」
「もしかして、貴女は人間である時の記憶が残っているのかしら……?」
九条さつきはナオに問い掛ける――が、ナオは答えようとしない。
問い掛けを無視し、ただ静かに美夜の傍に控えているのだ。
「ナオ、この方は私の恩人。あなたの無礼は、私の無礼になると知りなさい」
「了解しました、マスター」
ナオは、すっと九条さつきに頭を下げる。
「お察しの通り、人間である時の記憶は問題なく残っております。習慣も嗜好も性格も、ほぼそのままに」
「なるほど、それは凄い――」
人間としての記憶や性格を完全に残したままでの淫魔化、それは美夜の卓越した技量を表している。
北島奈緒本来の人格にジェリーとしての特性と性質、そして美夜への忠誠心が備わったのがナオなのだ。
「では――ナオ、あの男の人を捕食しなさい」
美夜は高鳴る胸を抑えながら、冷静さを保った声で命令した。
今からあの男性がナオの液状の肉体に覆われ、包み溶かされてしまう――
そう考えただけで、体が興奮で震えてしまう。
「う、ぐぅ……」
もはやほとんどの力を失い、横たわりながら呻き声だけで反抗の意志を示す男。
万全ならば3秒でこの場の全員を潰せるほどの技量を持った彼だが、アルラウネの淫気で弱り切っているのだ。
ナオは、そんな男の元にゆっくりと近寄っていった。
女性の輪郭は保っているが、その姿は綺麗なブルーで透き通っている。
「では、マスターの命により――捕食させて頂きます」
そう言いながら、ナオは横たわっている男にのしかかっていく。
そのまま男の口に唇を寄せ、にゅる……と、濃厚なキスを浴びせかけた。
さらにナオは、男の上半身をゆっくりと抱きしめる。
「あ、ぐ……!」
ぎゅっとしがみつかれ、男は悶え始めた。
ナオが腕を回し、男性に接触している箇所――その部分がにゅるにゅると蠢き、愛撫してきたのだ。
男は、必死でナオの体をはね除けようと腕をジタバタさせる。
しかしナオは男の上半身にしがみつき、逃れる隙を与えない。
ぎゅっと男を組み敷いて、その口内を味わっているのだ。
「す、凄い……」
美夜は、粘体状の肉体が男性を押し包む様に興奮を隠せなくなった。
あのまま、男の体をねっとりと溶かしてしまう――そう考えただけで、秘部に指が伸びそうになる。
「う、ううう……」
快感を味わっている男性のペニスが、みるみるそそり立っていった。
上半身をぷにぷにの粘体にしがみつかれ、愛撫されるという刺激に耐えられなくなったのだ。
「ナオ、ペニスを包んであげて。優しく優しく刺激して、かわいがってあげなさい……」
「はい、了解しました――」
ナオは男のそそり立ったペニスに、自らの太股を押し当てる。
次の瞬間、にゅるん、とペニスはナオの粘液で形成された太股に包み込まれた。
「あぅぅぅぅ……!」
その余りの快感に、男は呻き声を上げる。
ナオの太股を形作る粘体は、くちょくちょとペニスを締め上げてくるのだ。
「うぁ……! う……!」
たちまち男の抵抗の気力が弱まっていく。
ナオの体内に呑み込まれたペニスから、凄まじい快楽が伝わっているのだろう。
彼は恍惚とした表情で、ナオに身を委ね始めていたのだ。
「ああ、凄い……オチンチンに、あんな……!」
美夜は、男のペニスを凝視していた。
ナオのクリアブルーの体内で、にゅるにゅると責め立てられている彼のペニス。
四方から揉み立てられ、その亀頭がくにゅくにゅと変形していた。
「お、おぁぁ……! あああぁぁ……!」
「もっと優しく、優しくいじめて……天国を味あわせてあげて……」
熱に浮かされたかのように、美夜は呟く。
にゅる、にゅる、くにゅ、くちゅ……
ナオの体内で、ひたすらに男のペニスが揉みしだかれ――
「ふぁ――」
不意に男は遠い目を浮かべ、ぶるっと体を震わせた。
ペニスがぴくぴくと痙攣し、その先端から白く濁った液がドクドクと溢れ出す。
ナオの粘体内に発射された精液が、ブルーと白のコントラストを形作っていた。
「あ……射精……?」
美夜は、目をぱちくりさせる。
「申し訳ありません、マスター。射精させてしまいました」
マスターの命令なく、ナオは男に射精に達するほどの刺激を与えてしまったのだ。
ナオは生まれたばかりの搾精生物であり、まだ刺激の加減を熟知していない――
男はナオの体内にペニスをうずめたまま、あまりの快感に表情を弛緩させていた。
「構わないわ、ナオ。それより、もっと嫐ってあげて……」
「了解しました、マスター」
にちゃにちゃにちゃにちゃ……
ナオの全身が液状化して崩れ出し、にゅるりと男の全身を覆う。
「う、う……やめ……」
体中をくまなくナオに包み込まれ、抗おうとする男。
しかし股間を重点的に刺激され、再び抵抗の意を失ってしまった。
「すごい……オチンチン、あんなに弄ばれてる……」
男のペニスはナオの粘体に絡み付かれ、じゅるじゅるに刺激されている。
その刺激は凄まじく、再び男は絶頂していた。
「あ、う……」
それでもナオの執拗な刺激は続き、男の全身から徐々に力が失われていく。
「何度も精液を吸い尽くして、無抵抗になった獲物を包み溶かす――それがジェリーの生態」
そんな男とナオの姿を眺め、九条さつきは目を細めていた。
「はい……なんていやらしい生物……」
美夜はナオに絡まれる男を見ながら、自身の股間に指をやる。
そこは、すでに下着を濡らすほどに湿っていた。
「ナオ……食べていいわ。捕食してあげて」
「はい、了解しました」
マスターの許可――次の瞬間、ナオの絡み付きが粘っこくなった。
男の全身をくにゅくにゅと揉み解し、にゅるにゅると内部を蠕動させる。
ナオ――ジェリーは、いよいよ本格的に獲物を弱らせ始めたのだ。
そんな責めを受けた男の表情は消え、ただドクドクと射精するのみ。
「あ、あ、あ……!!」
男はただ精液を垂れ流しながら、悶える存在と成り下がる。
まるでアメーバーのように全身を取り付かれながら、精を吸い上げられるのだ。
「す、すごい……! もっと嫐ってあげて、もっと……!」
美夜は自分の秘部に指をやり、夢中で自慰にふける。
じゅるじゅると粘体に絡まれていく男は、まるで蛇に巻き付かれたマウスのよう。
あのままゆっくりと弱らされ、そして包み溶かされるのだ――
「ああ、すごい……食べられてる……」
美夜の指の動きが速くなり、そして男の捕食も進んでいく。
ナオの全身はじゅるじゅるの粘体と化して男を包み、ねっとりと溶かしていく。
ゆっくりゆっくりと快感を与え、嫐り、弄ぶように――
「あ、あ……! ああああああぁぁぁ!!」
そして美夜は、とうとう絶頂していた。
へなへなと腰が砕け、ぺたんと床にへたばってしまう美夜。
その股間から液体が溢れ出し、床を塗らしてしまう。
「ふぁ……ぁ……」
美夜は、かつてないほど強烈な絶頂を体験したのだった。
「……終わりました」
完全に捕食を終え、再び美夜の眼前に控えるナオ。
その体のサイズは男一人を吸収してなお、まるで変化が見られない。
美夜は絶頂感から醒め、ふらふらと立ち上がっていた。
絶頂が過ぎ去ると同時に、彼女の前には現実感が去来する。
「しかし、私はこれからどうすれば――」
美夜は、九条さつきに尋ねていた。
もはや、人としては生きられない身であることは明白である。
これからの生活はどうすればいいのか、就職は? 将来は?
そんな現実的な問題が、リアルなまでに美夜の前に控えていたのだ。
「貴女は、もはや淫魔。その魔力で人間達を魅了すれば、いかなる富も手に入るはず」
九条さつきは、くすりと笑った。
「もっとも……貴女は、財産や名誉には興味がないのでしょう?
従属者を増やし、夜を徘徊し、目に付いた者を食らわせる――そういう生き方が好みではなくて?」
「ええ……素晴らしいです」
ナオのような捕食搾精生物を何人も従え、目に付いた男性を襲わせる――
想像しただけでも、股間が濡れてしまう。
美夜は自身に備わった能力と、それを与えてくれた九条さつきに心から感謝していた。
「では……貴女もこれから淫魔風に、ツキシロミヤと名乗りなさい」
九条さつきは、半ば強引に改称を勧める。
美夜を淫魔化させた、本来なら主となるべき存在――そんな九条さつきが与える最後の命令だった。
「ツキシロミヤ――なんと素敵な響き」
美夜――いや、淫魔ツキシロミヤは目を細めていた。
淫魔の間でも有名な存在、捕食執行者ツキシロミヤ。
数百をも超える捕食搾精生物を創り従え、人間を捕らえては従属者の餌にしてしまう存在。
淫魔の間でも恐るべき者として名前が挙がるツキシロミヤ、彼女が元人間だったことを知る者は少ない。
そんな彼女は、今夜も獲物を求めて彷徨っているのだ。
その背後に、何百もの捕食者を従えながら――
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