十年に一度の収穫 『山海民口伝』より
辺りは一面の白だった。
地面も木々も遠くの山々も、全てが雪の白に覆われていた。
ただ、木々の隙間から覗く空だけが青かった。
そんな一面の白の中をさくさく、さくさくと、音を立てながら一つの影が動いていた。
それは、人の姿であった。
青い道服と蓑に身を包み、二つの黒丸と横倒しの三日月からなる笑顔の面をつけた女道士が、雪の中を歩いていた。
ただ、彼女の背中は不自然に膨らんでいた。
「・・・・・・寒くないか?」
雪を踏みしめながら、道士が背中のふくらみに澄んだ声で問いかけた。
「はい、寒くないです」
「そうか、良かった」
しばしの間、雪を踏みしめる音だけが辺りを支配した。
「・・・・・・すまなかったな陽樹、本当ならさっきの村で宿泊する予定だったんだが・・・」
「いえ、先生が悪いわけないです。僕達を追い払ったあの連中が悪いんです」
「そうか・・・」
道士は仮面の奥で低く笑うと、言葉を続けた。
「そういえば、お前にはあの村の話をしていなかったな・・・」
その村は、山の奥深くにあった。
辺りを山に囲まれた小さな盆地に、いくらかの田畑と人家が集まっているだけの、小さな村だった。
山のふもとへ至る道は細く、険しい。
山には凶暴な獣が住み着き、冬になれば雪が道をふさいだ。
しかし村には獣は現れず、雪も僅かに積もる程度しか降らない。
一方冬以外の季節は温暖で、小さな畑からは毎年莫大な作物が実った。
近くに川は流れていたが、村の地面を掘ればどこからでも水が出るため、水に困ることも無かった。
水に、作物に、天気。
この村を囲む全てのものが、村に実りをもたらしていた。
だが、この村にも一つだけ問題があった。
十年に一度の、災厄の年だ。
村に存在する人家の一つに印がつけられ、その家にいる若く健康な男子を一人、生贄として捧げなければならないのだ。
生贄を捧げなければ、印をつけた家の者は皆殺しにされ、家屋は跡形も無く破壊されてしまう。
家長達は、己の家族を守るため、災厄の年が来るたびに息子を捧げる覚悟を決めていた。
そして今年もまた、災厄の年がやってきた。
少年は麻の着物を身に纏い、村の北に所在する岩屋の中にいた。
岩屋には松明が一本だけともっており、どこからか吹く風に炎は揺れていた。
まだ幼さを残した顔には恐怖が満ちており、着物の裾を握り締めた手はぶるぶると震えている。
彼の家に印がつけられたのは数日前のことだ。
少年には兄が二人いたが、二人とも家を守るために必要なため、末の彼が生贄に選ばれた。
しかし、生贄の恐怖に囚われる彼に希望の光が差した。
それは村を訪れた青服の女道士だった。
奇妙な面をつけた彼女は、村人達の訴えを聞くと、災厄の年を終わらせるためこの岩屋に単身入っていった。
道士の話を聞いた時、少年は生贄から逃れられるかもしれない、と言う希望に全力で縋った。
だが、道士は翌日岩屋から戻ると、村人達にこう言った。
『わしには奴を治めることは出来ない』
そうして村人達を絶望の底に叩き落すと、道士は村を後にしていった。
(逃げたい・・・)
がたがた身を震わせながら、少年はそう思った。
だが、岩屋の入り口は大人数人がかりでしか動かせないほど岩によってふさがれ、彼一人ではどうしようもない。
かちかちかちかち・・・・・・
松明の炎が揺れ、岩屋の壁に影が踊り、彼の歯がぶつかり合う音が響いている。
と、そのときだった。
岩屋の中を一陣の風が吹きぬけ、松明の炎が弱まった。
すぐさま火は元の大きさを取り戻すが、一瞬の減衰は岩屋に闇をもたらしていた。
そして、岩屋の明るさが元に戻った時、少年は本能的に悟った。災厄の年の主が来たことを。
「・・・・・・・・・」
何者かが、後ろにいる。
心臓が早鐘のように打ち、口の中が乾いて、掌が汗ばんでいく。
何者かの存在が、少年に大きな重圧をかけていた。
だが、恐怖の一方で好奇心があった。
十年に一度の災厄の年に現れる魔物の、その姿を一目見てみたかった。
「・・・・・・!」
気が付くと、少年の身体はいつの間にか後ろを向きつつあった。
腰をねじり、首を捻り、足の位置を変え、後ろを振り返っていく。
視界に端に、徐々に異様な影が入り込んでいく。
そして、完全に彼の視界に魔物の姿が入った。
それは塊だった。
表面に黒い毛を生やした肌色の球状の塊が、幾本もの脚によって支えられていた。
最初、彼は自分が何を見ているのか理解できていなかった。
だが、彼がそれを何か理解した瞬間、
「・・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!」
彼は声をあげ、その場にへたり込んだ。
彼の目の前にいたのは、何人もの人間を強引に押し固めて作ったような、人団子だった。
表面には亀裂が幾つも刻まれている。
所々から覗く毛は、人団子の表面に張り付いた顔から伸びる髪の毛だった。
人団子を支える脚も、細い太いの違いこそあれ人の足だった。
「ぶふふ」
くぐもった笑い声のような音を漏らすと、人団子は足を踏み出した。
左右に揺れながら動くそれの姿に少年は恐れおののき、岩屋の壁に背を押し付け、距離をとろうとした。
だが、狭い岩屋の中、すぐに人団子は彼の眼前に迫った。
「ぶふふ」
人団子の表面に張り付いた顔のいくつかが、少年を頭の先から爪先まで見て、再び笑った。
すると、人団子の表面に刻まれた亀裂から、何本もの腕が伸びた。
腕は少年を掴むと、宙に彼の身体を持ち上げた。
「うわぁ!」
声を上げ、必死に逃れようとするが腕は放さなかった。
それどころか、彼の振り回す手足をかいくぐり、帯を緩め、麻の着物を脱がしていくのだ。
やがて、彼は一糸纏わぬ姿で、宙に持ち上げられていた。
「や、やだ・・・!」
異形への恐怖と、裸に対する羞恥。それらが混ざった感情が、彼の手足から力を奪っていった。
そして、人団子の腕に力がこもり、少年の手足が大の字になるよう広げられた。
「や、やぁ・・・」
恐怖と羞恥に縮こまった肉棒を隠そうともがくが、腕は彼の力では全く動かなかった。
とその時少年の眼下で、人団子の頂上部がもぞり、と蠢いた。
肉が盛り上がり、皺のように走る亀裂が、広がり始めたのだ。
広がった亀裂から最初に見えたのは、濡れた毛髪に覆われた頭頂部だった。
そしてじゅぷ、じゅぶぶ、と粘着質な音を立てながら、広がった亀裂から頭が現れる。
少年を見上げるのは、虚ろな目をした女の頭だった。
「ひっ・・・!」
女の視線に晒され、少年は恐怖の声を漏らした。
確かに、女の目鼻立ちは整ってはいたが、その虚ろな双眸が何とも不気味な印象をもたらしていた。
「・・・ぁ・・・」
不意に女が口を開き、小さな声を漏らした。
上下の唇に唾液の橋が渡され、口内の様子が少年に晒される。
口内にあったのは、二枚の舌だった。
一枚は下顎に収まり、もう一枚は上あごに張り付いている。
加えて、舌を囲むべき上下の歯は、一枚も見当たらなかった。
「・・・うわっ!?」
少年の手足を掴む腕に力が篭り、彼の身体が移動を始める。
女の頭に、近づいていくのだ。
「やだ・・・やめて・・・」
何をされるのか分からない恐怖に、彼は弱々しく声を漏らした。
だが、腕は彼の懇願に応じず、移動を続けるばかりだった。
縮こまった彼の分身が、女の口の中に納まっていく。
そして、女は口を閉ざした。
「ひうっ!?」
未熟な生殖器を包み込む柔らかで生温かい感触に、彼は上ずった声を漏らした。
上下から肉棒を挟みこむ舌が、もぞりもぞりと蠢動を始める。
「ひゃぁ・・・あぁ・・・!」
突然襲ってきた未知の感覚に、彼は声を上げて腰を引こうとした。
だが、腿から尻までを腕に押さえられているせいで、身をよじる程度のことしか出来ない。
その間にも、舌は肉棒に絡みつき、粘度の高い唾液を擦り付け、刺激を与え続けた。
少年の肉体が刺激に反応し、肉棒に血が流れ屹立していく。
「あっあっ・・・!?」
股間から這い登ってくる未知の感覚に、彼は身悶えした。
恐怖が麻痺し、胸に穴が開いたような切なさが身体を支配していく。
何かにしがみつきたいと言う衝動、いや、正体不明の衝動が何かにしがみつきたいという欲求を生じさせる。
だが、手足が人団子の腕によって押さえられているせいで、彼は身体をくねらせることしか出来なかった。
「あぁ・・・あぁぁ・・・!」
もがき、喘ぐ彼に構うことなく、肉棒を挟んだ舌はその表面を波打たせ、刺激を与え続けた。
尿意にも似た感覚が、腰の奥で膨らんでいく。
「も、もうだめ・・・!」
短い苦鳴と共に、彼の意識が限界を迎えた。
「あぁっ!あぁぁぁぁぁぁっ!」
肉棒が激しく脈動し、小便とは異なる何かが断続的に尿道から迸っていく。
舌が肉棒から迸る粘液を受け止め、さらに搾り取ろうとするかのように蠢き続けた。
そして、少年にとって永遠とも思える時間が過ぎ、肉棒からの迸りが止まった。
「あぁ・・・あぁ・・・ぁ・・・・っ、はぁはぁはぁ・・・」
かすれた悲鳴が収まり、少年の全身から力が抜けた。
すると人団子から伸びる腕が、少年の腰を引き女の口から肉棒を引き抜いた。
「ひゃう・・・!」
ずるり、と彼の分身を女の唇が擦り、粘液の糸を引いて離れていく。
腕はそのまま少年の身体を下ろすと、女の顔と同じ高さで止めた。
「んぁ・・・」
女の顔が甘い吐息と共に口を開いて、口内を再び少年に晒した。
女の舌の上に、黄色がかった粥のような液体が溜まっていた。
ふわん、と生臭い香りが少年の鼻腔をくすぐる。
すると女は口を閉じ、味わうかのようにもぐもぐと粘液を口中で転がすと、音を立てて嚥下した。
一体自分の身に何が起こったのか、女が何をしたのか、少年には理解できていなかった。
だがそれでも、女の行為は少年を興奮させるには十分だった。
そして、彼はいつの間にか自分の中から恐怖が消え去っていることに気が付いた。
「・・・・・・ぁ・・・」
ふと少年が視線を下にずらすと、肉塊の正面に走る亀裂が左右に広がりつつある所だった。
広がった亀裂の奥から、ずるり、と音を立てながら新たな腕が生えた。
ただ、その腕は他の腕と異なり、先端には手も指もついておらず、ただ朝顔のつぼみのような肉の器官がついているだけだった。
腕は少年の顔の前まで伸びると、肉のつぼみを開いて見せた。
粘着質な音と共に、掌ほどの肉の花が少年の眼前に咲く。
「あ・・・」
眼前に現れた粘液に滑り、てらてらと光を照り返す赤い粘膜に、少年は息を呑んだ。
肉の花はたっぷり少年にその内側を見せ付けると、彼の股間に向けて下降を始めた。
「・・・・・・」
徐々に自分の股間に向かっていく腕に、少年の目は釘付けになっていた。
普段見慣れたただの口でさえ、あれほどの体験をさせてくれたのだ。
一目でその柔らかさや粘液のぬめり、滑らかな動きを思わせる肉の花がどれほどの感覚をもたらすのか、彼には想像も付かなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
ゆっくりと動いていく肉の花に、少年は呼吸を荒くしながらじれったさを覚えた。
やがて腕が、小さな少年の屹立を肉の花の中心に触れさせた。
「あっ・・・」
皮から覗く赤い亀頭に触れ、粘膜の柔らかさに声を漏らした瞬間、
肉の花が閉じた。
「っぁぁぁああああっ!?」
裏返った声を上げながら、少年は背筋を反り返らせた。
閉じた肉の花の中で、彼の肉棒が強烈な刺激に晒されているからだ。
赤く柔軟な粘膜が、少年の屹立を締め、擦り、揉み、吸ってくる。
複合して襲ってくる快感に、彼の意識は白く眩んでいく。
「あぁっ!はあぅっ!」
不意に、肉の花の奥から伸びてきた紐のようなものが、少年の肉棒を半ば包む包皮に入り込んできた。
今まで一度も触れたことの無い少年の粘膜が、柔侵入してきた紐の感触に、鋭い痛みを覚えた。
だが、興奮しきった彼の精神は、その痛みさえも快感と認識していた。
「ひぃ!あぁっ!!」
紐のようなものは、包皮に包まれたカリ首までたどり着くと、その先端から液体を吐き出し始めた。
そして、彼の包皮と亀頭の間に溜まった恥垢をこそげ落とし、その先端に開いた小さな穴から啜り上げていく。
「あぁ!あぁぁぁぁぁっ!!」
少年の腰がカクガクと震え、悲鳴めいた嬌声と共に精を再び放った。
心臓の脈動にあわせて彼の分身が脈打ち、断続的に勢いよく精が迸っていく。
「うぁぁあああああっ!あっがぁぁぁぁぁ!!」
放たれる精液を漏らすまいとするかのように、彼の肉棒の根元をきゅっと締め上げた。
加わった新たな刺激に、彼の腰が跳ね射精の勢いが増す。
「うぁあああっ!あぁぁああっ!」
涙と涎、鼻水や汗に顔を濡らしながら悶え叫ぶ少年の顔を、人団子の上部から生えた女の頭が見ていた。
相変わらずうつろな目であったが、少年を見つめるその瞳には心なしか愉悦が浮かんでいるようだった。
「あがぁっ!っがぁぁぁっ!!」
肉棒の根元から先までを、粘膜の蠕動が擦っていく。
肉棒の根元から先までを、粘膜がねじれて締め上げる。
肉棒の根元から先までを、粘膜の襞が揉み立てる。
肉棒の根元から先までを、肉の花のが嫐っている。
少年の絶頂を維持し、精を啜るため人団子は容赦ない責めを加えていた。
「あぁぁぁぁぁっ!ぐがぁぁぁぁぁ!」
少年の嬌声はもはや獣の咆哮のようで、肉棒から迸る精も小便のような勢いと量だった。
仮に今、人団子から解放されたとしても、彼は二度と正気に返らないだろう。
そう思わせる痴態だった。
「ぐぁぁぁぁあああっ!!がぁぁぁぁああああっ!!」
松明に照らされた岩屋の中に、獣の如き咆哮が響いていた。
「とまぁ、二十年前わしは災厄の年に現れる魔物を治めることが出来なかったわけだ」
「・・・・・・」
師匠の言葉を、陽樹は無言で聞いていた。
「もう二十年もたてば流石に忘れているかと思ったが・・・まさかまだ覚えている上に無期限の出入り禁止を喰らっていたとはな」
「あの・・・先生・・・」
無言だった陽樹が、道士の話がひと段落ついたところで口を開いた。
「何だ?」
「先生が治め切れなかった魔物って、どれほど強いものなんですか?」
陽樹が知る限り、道士は狐狸の化生はおろか、幾星霜を重ねた樹木の化け物さえも退けたことがあるのだ。
そんな師でも治められない魔物とは、一体何者だったのだろう。
好奇心とすこし恐怖が、陽樹にその問いを放たせていた。
「何、ほんの一捻りで倒せる程度の相手だった。
ただ、あの村の住人が数百年前に魔物を作り出し、十年おきに生贄を捧げるよう契約しておったのだ」
「へ?何でまた・・・」
「不自然だと思わんか?こんな山奥だと言うのに、冬は雪があまり積もらず、異様なまでに豊かだ」
雪を踏みしめながら、道士は続けた。
「魔物と村人達の契約はこうだ。
『十年に一度生贄を捧げるから、村に豊穣をもたらせ』
魔物は村に十分な水と日の光を与え、雪と獣を寄せ付けないよう世話をしていただけだ」
まるで、農夫が作物の世話をする様子を説明するかのように、道士は言った。
それを悟ったのか、陽樹は彼女のあとに続けた。
「そして、十年に一度『収穫』する、というわけなんですか」
「そうだ」
背負った弟子の推察に、道士は頷いて応える。
「わしが奴を倒すのは簡単だったが、そうすれば途端にあの村は本来の状態に戻る。
井戸はことごとく枯れ、獣が闊歩し、雪が家屋や畑を押しつぶす」
そうなれば、十年に一度の生贄どころではない人死にが出るだろう。
だから、道士は魔物を治められなかったのだ。
「でも・・・その旨を村の人に伝えれば・・・」
「伝えた。が、誰も聞かんかった」
「・・・誰か、思い出すんでしょうか・・・?」
「さあな。きっと奴らはいつまで経っても、己の境遇を嘆き続けるのだろうな」
それを最後に口を閉ざすと、道士は雪山を黙々と進んでいった。
峠を越えるまで、もうすぐだった。
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