霊町 『山海民口伝』より
彼は名を、陽樹といった。
彼は幼い頃から、よく妙なものを見ていた。
隣の家に盗人が入った日の前日、真っ黒な靄が入り込むのを見た。
彼の父が病に伏せているときも、寝台を包み込む薄黒い靄を見た。
そして靄が消えた翌日、彼の父は看病の甲斐なく病死した。
それらのものを見るたびに、彼は周りのものにそのことを伝えたが、誰も彼を相手にしなかった。
その日も彼は道端に座り、道を挟んだ向かいの屋敷を眺めていた。
「おい小僧」
不意に、彼に向けて野太い声が降り注いだ。
陽樹が顔を上げると、若い男が彼を見下ろしていた。
「何をじろじろ見ている」
「その・・・赤い煙が・・・」
ぼそぼそと答える陽樹に、男は顔を屋敷のほうに向けた。
だが、彼の目には赤い煙どころか靄一つ見えなかった。
「いい加減なことを言うな」
「・・・でも・・・」
「目障りだからどこかへ行け」
「・・・・・・うん」
何かを言いかけた陽樹は言葉を飲み込むと、ちらちらと背後を振り返りながら屋敷から離れていった。
「陽樹ぅーーっ」
通りの向こうから、母親の呼ぶ声が彼の耳に届いた。
見ると彼を探していたのか、みすぼらしい格好をした陽樹の母親が手を振っていた。
彼は母親の元へ駆けていった。
町の料理屋に、一組の客の姿があった。
一方は数人のお供を連れたふくよかな男で、この町でも指折りの商人だった。
「いやはや、道士様のおかげでいい材木が手に入ります」
「何、わしは仲裁をしただけだ。お前達が約定を守ればもう狐は現れない」
卓を挟んで向かいに座る青服の道士が、男にそう応えた。
高く澄んだ言葉の調子からすると機嫌は悪くないようだが、二つの黒丸と横倒しの三日月からなる笑顔の面からは表情は窺えない。
「それで・・・道士様は、本当にお料理は召し上がらないので?」
「よいよい、お前らの感謝の気持ちだけで十分だ」
店の者が運んできた料理を見ながら、男がかすかな困惑と共に尋ねると、道士は軽く手を振りながら応じた。
「それよりも、ここらで面白い話はないか?山奥の妖怪だとか、妙なものを見ただとか・・・」
「そうですなぁ・・・おい、何かあるか?」
「え?えぇと・・・」
道士の問いに、男は背後に控える男達に顔を向けた。
「あ、そういえばお屋敷の近所に妙な子供がいますね」
「妙な子供?」
道士が、お供の男の言葉を繰り返す。
「え、ええ・・・なんでも他人には見えないものが見えるとかで・・・例えば、そいつの親父が死ぬ前に黒い靄を見たとか・・・」
「あぁ、そういえばそのガキ、今日も妙なことを言ってましたよ」
別な男が、同僚の言葉を引き継いで続けた。
「何でもお屋敷の上に赤い煙があがっているのが見えたとか・・・」
「赤い煙とな・・・ふん・・・」
お供たちの言葉に、道士は顔をうつむかせて三日月状の口を手で覆った。
「店主殿」
「はい、何でしょう道士様」
「屋根の上に昇る赤い煙は火事の予兆だ。急いで戻ったほうがいい」
「そんな・・・」
馬鹿な、と商人が続ける直前、店の扉が荒々しく開かれた。
「だ、旦那様!お屋敷から火が出ました!」
「なにぃ!?」
店まで駆けてきた召使の報告に、商人は驚愕した。
商人一行と道士が屋敷にたどり着く頃には、火は消し止められていた。
幸いにして火は屋敷の一部を焼く程度で済んでいたが、予見されていた火事だったという事実に、商人の顔は驚愕に満たされていた。
「ふん・・・やはりな・・・おい、そこの」
「へ、へい・・・」
お供として連れていた男の一人に、道士が顔を向けた。
「お前が言っていた、赤い煙を見た子供とやらの家はどこだ?会って話がしたい」
「あ、へい、今ご案内します・・・どうぞこちらへ・・・」
道士を案内すべく、男は足を踏み出した。
時をしばし遡るが、町から伸びる街道の一本に陽樹の姿があった。
彼はつくりの丈夫そうな旅装束に身を包み、荷物を左右に下げた驢馬の背に乗せられている。
そして驢馬を繋ぐ綱の一端は、薄汚れた道服に身を包んだ男が握っていた。
男は名を尭楼観といい、旅の道士だと名乗った。
尭が言うには、何でも陽樹は化生を見抜く力を持った特別な子らしく、その才能を伸ばすべく弟子に迎えたいらしい。
尭はその善人とは言いがたい顔に笑みを浮かべながら、陽樹の見ている前で母親に何かを握らせると、そのようなことを彼に言った。
そして、彼を旅装束に着替えさせると驢馬の背に乗せ、母親と簡単な別れを済ませて町を後にしたのだ。
「・・・・・・」
陽樹が背後を振り返ると、丘の向こうに町の城壁が消えつつあるところだった。
母や故郷との別れには、あまりに急だったせいか何の感慨も悲しみも無かった。
それよりむしろ、彼にはもっと大きなことが気になっていた。
「・・・・・・」
顔を前に向けると、驢馬の頭の向こうに尭の後姿があった。
だが、彼の背中に覆いかぶさるようにして、かすかに赤く、黒い靄が見えた。
赤黒い靄は今までに何度か見たことがある。
町の商家に盗みに入ったという男が捕まったとき、連れて行かれる彼の背に赤黒い靄がかぶさっていた。
赤黒い靄を背負った男を見かけた翌日、その男が妻と子供を殺したという話を聞いた。
漠然と彼は、この赤黒い靄が危ないものなのではないかと考えていた。
「・・・どうした?腹が減ったのか?」
不意に男が振り返り、陽樹に問いかけた。
「・・・なんでもない」
「ははは、そう我慢するな。そこの林に入ったら、おじさんが美味い飯を用意してやるからな」
尭が顔を前に向けると、その背中に纏わりつく靄の色が、一層濃くなった。
二人が林に入ってしばらく進むと、尭は驢馬を側の木に繋ぎ、陽樹を地面に下ろした。
「さて、待ってろよ小僧・・・今おじさんが美味い飯を用意するからな」
驢馬に下げた荷物の袋を下ろしながら、男は人相の悪い顔にぎこちない笑みを浮かべながらそういった。
彼は地面に下ろした袋を開くと、その中から香炉やら何やらを取り出し始めた。
と、その時、不意に陽樹の見ている前で、彼の背中の靄がもぞりと蠢いた。
「・・・?」
赤黒さが増し、もはや何かが尭の背中に覆いかぶさっているほどに見えるほどになった靄が、蠢きながら膨らんでいく。
背中だけでは支えきれなくなった靄が、あふれ出し尭の肩から腕、腰から脚へと流れていく。
やがて赤黒い靄は尭の全身を覆い尽くし、左手で掴む袋にまで及んでいた。
滴り落ちていく靄が袋に纏わりつき、形を成していく。
地面に広がった靄の形は、さながら仰向けに横たわる子供のようであった。
赤黒い靄の塊が、横たわる子供の腹の辺りから手を引き抜いた。
そこに握られていたのは、鋭い小刀であった。
「っ・・・!」
陽樹が悲鳴を上げそうになった瞬間、尭の身体を包む靄が掻き消えた。
後に残るのは地面に屈む尭と袋、そしてその手に握られた小刀だけであった。
「・・・・・・」
いつの間にか陽樹は、このままでは自分がこの男に殺されることを確信していた。
幸い尭はいまだ陽樹から視線を逸らし、袋をごそごそと探っている。
逃げるならいまだ。
「・・・・・・」
彼は息を潜めると、林の奥へゆっくりと足を踏み出していった。
「売った、とな」
「はい・・・」
赤い煙を見た、という子供の母親の言葉を道士は繰り返した。
今になって後悔がやってきたのか、彼女は顔に手を当てるとさめざめと涙し始めた。
「それで・・・陽樹を買い取った道士は名をなんといった?」
「尭楼観さま、とおっしゃいました・・・」
「尭、楼観か・・・拙いな」
「ど、道士様・・・その道士をご存知で?」
道士についてきた商人が尋ねた。
「あぁ、子供を殺して肝を取る悪質な道士だ。話ならこの辺りでよく聞く」
彼女は道士に向き直りながら続けた。
「特に陽樹の様に道士の才能がある子供の肝は高く売れるという・・・。手遅れになる前に見つけたほうがいい。手を貸してくれるか?」
「はい、かしこまりました」
商人は道士の頼みに大きく頷いた。
陽樹は林の中を駆けていた。
尭の側を離れ、しばらく進んだところでいなくなったことに気が付かれてしまった。
だが、背の低い木々の間を潜り抜けているせいで、尭と彼の距離は次第に離れつつあった。
「はぁ、はぁ・・・!」
荒い息をつきながら、葉っぱを掻き分け足を進める。
不意に葉を掻き分ける手が空を切り、視界が開けた。
林の外に出てしまったのだ。
「おーい、どこだー!」
背後の木々の奥から、尭の声が飛んでくる。
立ち止まったり、林の中へ戻るわけには行かない。
陽樹は意を決すると、林の外へ足を踏み出した。
「おーい、待てぇー!」
しばらく走ると、陽樹の背後から声が届いた。
振り返らずとも、尭が林から出てきたのは分かる。捕まれば終わりだ。
「はぁはぁはぁ・・・!」
懸命に足を動かすうち、陽樹の前で道が二本に分かれた。
一本の先には大きな町のものと思われる城壁が、そしてもう一本の先は林に繋がっていた。
(どっちにしよう?)
城壁と林のいずれを選ぶか悩んだ瞬間、林へ続く道の真ん中に赤黒い靄が現れた。
尭が背負っていたのと同じぐらい色濃い靄だ。
「・・・っ!」
陽樹は、自分の勘に任せて城壁へ続く道を選んだ。
やがて、陽樹は城門の前にたどり着いた。
だがその足は城門に近づくにつれ重くなり、城門の目の前で完全に止まってしまった。
城門は開け放たれており、町の様子も見える。
だが城壁も城門もその奥の町も、全てが陽樹の目には霞みがかって見えたのだ。
「おぉーい!」
「・・・あっ・・・!」
町の異様さに、陽樹は尭の存在を一瞬忘れていた。
背後からの声に自分の状況を思い出すと、彼は町の中へと入っていった。
「おい待て小僧!」
振り返ると、門の外に尭が立っているのが、陽樹の目に入った。
「せっかくおじさんが美味しい飯を作ってやろうというのに、何で逃げるんだ!?」
「だって、お前はその刀で僕を殺すつもりなんだろ!」
陽樹の言葉に、尭の顔が一瞬驚きに満たされる。
だがすぐに彼は表情を消すと、身体の後ろに隠していた右手を差し出した。
そこに握られていたのは、光を鋭く反射する小刀だった。
「・・・よく分かったな小僧。その通り、俺はお前を殺すつもりだ。
お前のような子供の肝と心の臓には、強い霊力が篭っているからな」
男はそう言うと、小刀を逆手に握り城門をくぐり始めた。
「さぁ、大人しくしろよ・・・」
「うわぁぁ!」
陽樹は声を上げながら、霞の中に沈んだ町の中へ走っていった。
走る、走る、走る。
霞を掻き分けながら陽樹は走っていた。
町には家も露店も存在していたが、人の姿は一つも無かった。
「はぁはぁはぁ・・・あっ」
息を切らしながら走っていると、不意に霞の中に動く人影を見つけた。
「た、助けて下さい・・・!悪人に追われて・・・ひぃ!」
助けを求める陽樹の声は、短い悲鳴によってかき消された。
彼の声に振り返ったのは、ボロボロの女物の着物を纏った黒焦げの死体だったからだ。
「あぁ・・・来たぞ」「来たぞ・・・あいつらの子だ・・・」「あいつらの」「子」「が来た・・・」「ぞ・・・待っ」「ていた・・・!」
辺りの露店、家屋、路地の奥から、途切れ途切れの複数の声が一つの分をつむぎだし、幾つもの人影が吐き出された。
そのいずれもがボロボロの衣装を身に纏った、焼死体であった。
焼死体たちは陽樹を丸く取り囲んだ。
「うぁ・・・あぁ・・・僕、地獄に落ちたんだ・・・」
「ここが地獄なら、どれほどよかったことか・・・」
陽樹の泣き声に、目の前の女の焼死体が低く呟く。
「ここは霊城、滅んだ町の幽霊だ・・・」
「我らが用があるのは、貴様が連れてきた男だ・・・」
「お前が連れてきたのは、尭の男だな・・・?」
死体たちの言葉に、陽樹は大きく何度も頷いた。
「尭の一族に死を!」「尭姓の男を殺せ!」「奴に地獄を!」
死体が口々に叫びを上げた。
陽樹は目をつぶり耳をふさぎ、ただただ震えるばかりであった。
尭は霞に包まれた町の中をさまよっていた。
薄くぼやけた景色のせいで、彼には陽樹の居場所どころか自分がどこにいるかさえわからなかった。
それよりも誰もいない町の存在が、彼の心に恐怖の影を忍び寄らせつつあった。
「クソ・・・おーい!どこだー!!」
内心の恐怖を紛らわすように、彼は大声を上げた。
ふとその時、霞の中を何かが横切った。
「おい、そこの!」
尭は声を上げると、霞を掻き分け人影へ歩み寄っていった。
「あんた子供を見なかった・・・ひぃ!?」
彼の問いは甲高い悲鳴によって断ち切られた。
尭の声に振り返ったのは、左目に矢を突き立てた女だったからだ。
「尭だな」
女の口から声と共に、どす黒い液体が漏れ出した。
「人を弓で射るのは楽しかったか」
「う・・・うわぁぁ!」
女の問いに答えることなく、彼は身を翻して走り出した。
しかし数歩と進む間もなく、彼の足は止まった。
振り返ったその先に、幾つもの人影が並んでいたからだ。
「人を切るのは楽しかったか」
内臓を晒した男が問いかける。
「人を焼くのは楽しかったか」
黒焦げの男とも女ともつかない塊が、煙と共に言葉を漏らす。
「人を裂くのは楽しかったか」
地面に転がる幾つもの生首が、いっせいに言葉を放つ。
余りの光景に彼はへたり込み、声を漏らした。
「うわぁ・・・あぁ・・・」
首をめぐらすが、彼の周りにいるのは亡者ばかり。
逃げ道はどこにもなかった。
尭を中心とする亡者の輪が、次第に狭められていく。
「貴」「様らの行」「いを、身をも」「って味わ」「うといい」
亡者達の口から、途切れ途切れに無数の言葉が紡ぎだされると同時に、尭の足元に大きな穴が開いた。
「うわ・・・!」
穴の中へと、尭の身体が叫び声ごと消えていった。
まどろみの中で最初に感じたのは、股間の生温かさだった。
「う・・・うぅ・・・」
軽い側頭部の鈍痛に顔をしかめながら瞼を開くと、尭の前に異様な光景が広がっていた。
町中ではあるが立ち並ぶ家々は炎と煙を上げながら燃えており、空は夜なのか煙によるものか暗かった。
彼は、町中の家々の間にある空き地のようなところにいた。
彼の周りには十数人の女が転がっており、数人の男が女達と思い思いに交わっている。
そして彼もまた、女の一人を抱いていた。
しかし、女達の首の大きな刀傷や突き立った矢が、彼女らが既に死んでいることを伝えていた。
「はぁはぁ・・・」
彼の耳に、一際大きい息づかいが届いた。
その時尭は、ようやく自分が荒い息をつきながら腕の中の女の秘所にいきり立った逸物をこすり付けていることに気が付いた。
(何だこれは・・・!?)
辺りの光景、転がる男女達と自身の行動など、一切合財に対し疑問と恐怖が沸き起こる。
「はぁはぁ・・・」
荒い息をつきながら、彼は抱えていた女の身体を地面に横たえた。
そして胸の刀傷をぱっくりと広げてみせる彼女の秘所に、彼自身の先端をあてがった。
(早く、逃げねば・・・!)
しかし彼の肉体は逃げ出すどころか、腕一本指一本さえ動かせなかった。
「はぁはぁ・・・」
彼の意思に反し、肉体は女の腿を押さえると一息に秘所に肉棒を突き立てた。
弛緩した肉の筒が、彼の分身に絡みついた。
「ぐぅ・・・ふっ・・・!」
ぬめる肉襞の感触に、彼の肉体は一瞬短い声を漏らすと腰を前後に揺すり始めた。
ぐちゅ・・・
粘着質な水音と共に、尭は快感を感じた。
(くそ・・・何だこれは・・・!?)
必死に快感から意識を逸らし、身体を動かそうとするがうまくいかない。
それどころか、身体は勝手に快感を求めて腰を振り続けた。
相手が死体だということで、何の遠慮も無く勢いに任せて繰り返される抽送。
そして肉体は彼の意識にも従っていなかった。
(く・・・肉が・・・絡んで・・・!)
意識による制御が出来ない快感に、尭は次第に押し上げられていた。
「ふぅ・・・ふぅ・・・ぐ・・・!」
低いうめき声と共に腰を強く打ち付けると、尭の意識が弾けた。
一瞬の恍惚の後、己の尿道を粘度の高い液体が通っていくのが感じられた。
「・・・っはぁ、はぁ、はぁ・・・」
射精を終えると同時に、呼吸を止めていた肉体が荒く息をついた。
射精の余韻に浸っているのか、肉体から力が抜けた。
(い、今のうちに・・・!)
肉体を動かすべく、彼は陶酔感を振り払い全身に意識を向けた。
尭の集中に、肉体の指先がかすかに震えた。
しかし、それまでだった。
肉体は十分に落ち着いたのか、女の腰を掴むとぐるりと裏返した。
土ぼこりのついた背中があらわになり、肉棒に絡みついた膣がもぞりと蠢いた。
肉体は女の胎内を味わうように、そのまま腰を抱えぐちゅぐちゅと動かした。
(く・・・こいつ・・・ぐぅ・・・)
分身への刺激に血液が送られ、肉棒が硬さを取り戻す。
屹立が膣壁を抉り、柔らかな粘膜が彼自身を擦る。
膣の襞一枚一枚が、先ほどとは違う様子で彼自身に絡み付いてくる。
自分では制御できない、一方的な快感が再び彼を襲っていた。
(くぁ・・・かっ・・・!)
ぐちゅぐちゅ、と粘つく音が女の股から響く。
先ほど放った尭の精と、腐敗し始めた粘膜から染み出した女の体液と混ざり合った粘液が音を立てているのだ。
生きている波の女では味わえない、沼に沈んでいくような快感が行を押し上げていく。
じゅぶり、と腰を回すたびに彼の思考が削れていく。
ぐちゅり、と腰を突き上げるごとに彼の意識が霞んでいく。
燃える町と転がる女の死体。
そして肢体を起こしているという異常な状況が、次第に彼の理性を侵していった。
「ふぅ・・・ふぅ・・・ふぅ・・・!」
(ぐぁ・・・ま、また・・・)
彼が限界を感じると同時に肉体の律動が早まり、膣に深々と肉棒が突き立てられた。
瞬間、彼の精が女の膣内に再び迸った。
(うわぁ・・・あぁ・・・)
開放感を伴う射精の快感に、尭の意識は一瞬中を彷徨った。
そして疲労と恍惚にまみれて、彼は短い失神から還った。
(も、もう勘弁してくれ・・・)
誰にともなく、尭は懇願の声を上げた。
だが、彼の肉体の猛りは治まらず、女の肢体を抱えなおすと律動を再開した。
柔らかく、ぐちゃぐちゃに溶けた肉が肉棒に絡み、纏わりつき、快感をもたらす。
律動が快感を増幅し、興奮を昂ぶらせていく。
そして訪れる絶頂。
しばしの休止の後、体位を変えて腰を振り始める。
(もう・・・嫌だ・・・)
肉粘液が彼の分身を擦るごとに、懇願の念が浮かび上がる。
だが、肉体は彼の意識に従うことなく、黙々と憑かれた様に快感を貪っていた。
(あぁ・・・もう・・・うぅ・・・)
思考の中に意味を成さない喘ぎが混ざり、意識だけが身悶えを始める。
(うぁ・・・あぁ・・・うぅ・・・)
やがて言葉が消えるが、それでも肉体は腰を振り続けていた。
尭の思考が、霞の中へ沈んでいった。
林の中、尭の驢馬と荷物を見つけた一行は林を抜け、陽樹と尭の姿を探していた。
「探せ探せ!近くにいるはずだ!」
商人が声を上げ、お供の男達に加え召使達に辺りを探させた。
少し前に林で尭の驢馬と荷物を見つけた時、商人の脳裏に浮かんだのは既に肝を抜かれた陽樹の姿であった。
「道士様、既に子供は殺されているのでは・・・」
地面に屈み、尭の道具を検分する青服の道士に商人は不安を滲ませた声をかけた。
「いや、殺したのならばもう荷物をまとめてどこかに行っているだろうし、そもそも血の臭いがしない」
「は、はぁ・・・」
「足跡や辺りの様子から鑑みるに、二人は林を抜けた可能性もある」
かすかに残るクツの跡や、折れた草や木の枝を示しながら彼女は商人たちを引き連れ、林を抜けた。
そして古い道を辿るうち、一行は小高い丘のようなところに着いた。
「・・・っ!いました!子供がいました!」
手分けして辺りを探していたところ、下男の一人が大きな声を上げた。
果たしてそこには、身を小さく丸めて震える陽樹の姿があった。
「陽樹、陽樹!」
道士が彼の側に屈み、肩を抱いて声をかけた。
「・・・・・・あっ・・・」
「安心しろ、お前を尭から助けに来た。もう大丈夫だ」
面で顔を覆う道士に怯えの色を見せる少年に、彼女は安心させるべく優しく囁いた。
しかし、陽樹の目から恐怖の色は落ちなかった。
「さ、さっきまでこの辺りは誰もいない町で・・・僕が迷ったらお化けが出てきて・・・」
「町?」
「それで、お化けたちが『尭を殺すって』怖い声で・・・」
「そうか、怖かったな・・・もう大丈夫だ」
道士は陽樹を抱き寄せると、優しくその背中を撫でてやった。
「そういえば道士様、この辺りは尭姓の者が入ると狂い死にするという話があるそうで・・・」
「ほう・・・尭姓に、幻の町・・・」
彼女は陽樹を抱えたまま立ち上がると、辺りの地面を軽く一瞥した。
「・・・ふん、そういうことか」
「は?」
「いやなに、昔話を思い出しただけだ」
商人の漏らした疑問の声に、道士は二つの黒丸と横倒しの三日月からなる笑顔を向けた。
「なんでも昔、大きな盗賊の一族があって、行く先々の村や町で略奪の限りを尽くしていたらしい。
しかし時の君主がその一族を討伐し、生き残ったものは尭の姓を与えたそうだ」
道士の言葉に、一同は黙して耳を傾けていた。
「おそらく、この辺りには盗賊たちによって滅ぼされた町があり、その亡霊が尭を襲ったのであろうな・・・」
地面に転がる石に側頭部を打ちつけ、絶命している尭楼観を下男の一人が見つけるのは、すぐのことであった。
その後、陽樹は母親の元に返された。
だが、一家の貧しさは変わらず、生活は苦しかった。
そこで、陽樹の引き取り手として青服の道士が名を上げた。
尭のときとは異なり、今度は商人の保証と陽樹自身の希望があった。
数年に一度町を訪れることを道士は母親に約束し、二人は多くの人に見送られながら町を離れていった。
その後、青服の道士とその弟子が各地で目撃されることとなるが、それはまた別の話である。
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