耳元の女




 ……怖い。



 独りになるのが怖い。

 何の音のない空間が怖い。



                       ※ ※ ※



 部屋には他に誰もいない。

 無機質な部屋――あるのは白い部屋、ベッド、窓、くすんだ緑色のカーテン……病室。



 俺は病院にいる。

 ある日を境に、ここに連れてこられた。



 簡単にいえば、逃げたからだ。

 家の近所の道を走って、通行人に助けを求めた。泣いて、叫んで、ただひたすらに助けを求めた。



 友人、家族、警官、病院、神社、仏閣、あらゆる場所に助けを求めた。だがみなは白い目で見、誰も助けてはくれなかった。



 俺は警官につかまり、病院に入れられた。

 一人にはしないでくれと言ったのに、個室に入れられた。



                       ※ ※ ※



『……やっと、二人っきりですわね』



 耳元で声が聞こえる。

 甘く、男の欲情を誘う女性の美声……



 声だけしか聞いていないのに、美しく、危険で、あらゆる男を惑わし、手玉に取るような妖艶で決して触れてはいけない……そんな美女の姿が思い浮かぶ。



 本能では生命の危機を感じながらも、女の魅力によって誘われ、吸いつけられてしまうような甘い声……



「だ、誰だよ……」



 だが、その声の主は、どこにもいない。



 ずっと前から俺にまとわりつく「耳元の女」。

 だがそれは姿はなく、声以外存在を証明を示す手がかりはない。

 だが――



「お、お前は誰だ……誰なんだよ!」



 それは、確実に、いる。



 何度問いかけただろう。

 そして、何度同じことを言っただろう。



 俺も漫画や小説、あるいは色々な創作物を読んできた。

 もし、自分の前に女性の魔物や悪魔が誘惑してきたらどんなにいいだろうとも思ったこともある。だが――



 実際に存在するそれが、俺に一番に与えたのは……「恐怖」だった。



『ふふふ……。そんなつまらないこと、いいじゃないですか……』



 さわ…



「ぅあ……!」



 俺の股間が上から優しくなぞられる。

 女の細指の感触は、ズボンの上からでも正確に、亀頭から竿をなぞり、掌全体を使ってゆっくりとなでまわす。



『……元気になってきましたね……ふふっ。力を抜いて、私の体に寄りかかって下さい……』



 さわさわと愛撫される旅に体から急激に抵抗する力が抜けていく……

 体が後ろに倒れようとした時、ふと体が何か……いや、誰かに受け止められた。そこは、何もないはずの空間なのに。



 ふにゅ……ふにゅ……



「ぅぁあ……」

 

 何もないはずの場所、俺の後頭部に当たる二つのふくらみ……

 それはまるでぬくもりのある絹でできた枕のように、俺の顔を包み込んでしまう……



『わたくしのおっぱい枕は気持ちいいですか……ふふっ』



「ぅ…あ……」



 危険な存在だということは本能が教えてくれる。不吉なものだということは、全身から逆立つ鳥肌が教えてくれる。



 だが、体を包み込む人肌のぬくもり、そして豊満な乳房の感触が、警戒心を、本能を、理性をも溶かし、ゆっくりと懐柔していく……



『今日もわたしの手で、出させてあげますね……服の上からゆっくりゆっくり、優しく、丁寧に……あなたのそれが満足するまで、ずーっと……気持ちいいですか?』



 女の優しい声は、俺の頭の中さえもゆっくりと溶かしていく……

 拒絶していた本能と理性をゆっくりと甘い、夢の世界へ導いていくかのように、すべてを受け入れさせようとしてくる……



『わたしの匂い……感じてくださいますか? 甘い、花の香り……あなたに合わせて、一番好みの匂いをつけてきたんですよ……ほら、感じてください……あなたの好きな匂いを……』



「ぅああ……」



 女の声に導かれるように、俺は自分の一番好きな花を連想した……

 甘いバラの香り、何もかも包み込んでくれるような、俺にとっては強い母性を感じさせる匂い……



 ああ……そうだ……

 この匂いだ……甘くて、心地よい香り……



 ああ、感じてしまう……

 匂いに包まれて、もっともっと股間がうずいていく……

 ああ…も、もう……で、でる……



 どくん……! どくんどくん……

 心地よい匂いと、もどかしい股間の感触に限界を感じて、一気にズボンが汚されていく……



『ふふっ……美味しそうな匂い……』

 背後のぬくもりが離れたかと思うと、



「ぅあ……!」

 ぴちゅ……ぺちゃぺちゃ……



 俺の股間に何かが吸いついてきた……! 見えない口でキスをし、舌で舐め精液をすすっていく……!



 ぺちゃ…ぴちゃぺちゃぺちゃ……ちゅう……



「あ、ああ……!」



 頭をさすような強烈な快感に、股間の竿もまたすぐに勃起し、あまりの快楽を受けて一気に――



 どくん……! どくんどくん……



「あ…ああ………」



 俺の体から力が抜けていく……

 それは以前までは決して感じた事のない感覚だった。



『ふふ……自分が吸い尽くされていく感覚って素敵でしょう? 前までは怖いって言ってましたけど、今はどうですか? 病みつきになったのではないですか? ふふ……』



「ぅああ……いいよぉ……」



 前々まで理性や本能の危険信号を感じていたそれは、今となってはぬくもりにとろかされ、冷静な判断すら失いはじめていた……







                        ※











『くすくす……ようやく堕ちていただけましたか。今回はなかなか骨があった方でしたから、わたくしも本気になってしまいました』



 女の声はうれしそうに笑って言う。



 もし男にまだ正常な意識があったなら気づいただろう。男が射精し、精を舐めとられた後に――うっすらと女性の影らしきものが浮かび上がり、自分を抱きかかえていたことに。



 それは美しい女性の姿をし、そして――背中には、二人を覆い隠すほどに大きなこうもりの翼が生えていた。



『ふふっ、お礼に……今日で何もかも吸い尽くして差し上げましょう。もう、何も考えられなくなるほどに……堕ちてしましょう……ふふふふふ』



                       THE END






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