蛇身女房 『山海民口伝』より
街から遠く離れたところに、小さな村があった。
そこに張という男が住んでいた。
彼は畑を耕し、この小さな村で一生を終えるという先祖代々の生涯に嫌気が差していた。
そこで張は街で一旗上げてやる、と息巻いて村を出た。
だが、彼は出発して一日もしないうちに、山中で怪我をしてしまったのだ。
山の中で動けぬまま、張は死の恐怖に囚われた。
しかし、彼の前に現れたのは盗賊でも獣などでもなく、一人の年頃の娘であった。
娘は張を彼女の住む小屋まで運んでやり、折れた脚を治すべく看病してやった。
張が村を出たのは初夏の頃のことだった。
彼が娘の小屋に泊めてもらっているうちに夏が過ぎ、秋が訪れ、冬の到来と共に小屋は雪に埋もれてしまった。
やがて春がやってきて雪が溶けた頃、ようやく張は直った脚で山を降りることが出来た。
だが彼が向かったのは街ではなく、彼の故郷である村のほうだった。
そして張の側には、娘の姿があった。
後に張は娘の小屋のあった辺りに行ってみたそうだが、ついに小屋を見つけることは無かった。
(『山海民口伝』より)
張が村に戻ってから、一年が過ぎた。
彼の姿は、村はずれの彼の畑にあった。父親から譲り受けた、先祖代々伝わる畑だ。
女房を連れて戻ってきてからというもの、張は真面目に働くようになっていた。
「ふう・・・」
額に浮かんだ汗をぬぐいながら、彼は息をついた。
日はだいぶ低くなり、もう少しでその縁が山にかかりそうなほどだった。
(今日はこのぐらいにしておいて、帰るとするか・・・)
そう胸中で思い浮かべながら、張は振るっていた鋤を肩に乗せ、あぜ道に上がった。
と、その時、張の視界に青い影が入った。
青い道服に、長く伸ばした青黒い髪。そして顔を覆う、横倒しの三日月と二つの黒丸から成る笑顔が描かれた白い面。
沈みつつある橙色の日光を背に、一人の道士が村から続く道を歩いていた。
道服の胸元を押し上げる二つの丘と、襟から覗く首筋の肌つやから察するに、道士は若い女のようだ。
その出で立ちに見入ってしまう張に気が付いたのか、道士の面が彼のほうに向けられた。
「・・・・・・そこな男よ」
道士はしばしの間張を凝視すると、仮面の奥から彼に向けて妙に明瞭な声を放った。
「お前・・・蛇に憑かれているな」
「へ?」
突然の道士の言葉に、張は気の抜けた声を上げた。
「・・・ふん、自覚がないようだな」
呆けている彼の姿を見下ろしながら、彼女は鼻を鳴らした。
「何ですか道士様、いきなり俺に・・・」
「いやな、つい最前そこの村を通り抜けさせてもらったのだが、異様な気配を放つ家があってな・・・」
彼女は腕を掲げもと来た道の向こう、張の住む村を指し示して見せた。
「近所の者に聞いたところ、お前の家だと分かった。ところで・・・最近妙なことは無いか?身内に不幸が続くだとか、いつも疲れているとか、子宝に恵まれぬとか」
「な・・・」
彼女の言葉に混ざった、身に覚えのある出来事に張は声を漏らした。
「なるほど、心当たりがあるようだな・・・」
道士が二三度頷くと、その面の笑みが深くなったように見えた。
「見たところ、蛇は貴様の身内、それも近しいものに化けている。両親か息子、あるいは兄弟、もしくは妻といったところか」
「・・・・・・」
「ある種の化生は落とすことが非常に困難だが、本人に憑いていることを悟られることを嫌う。これは憑いていることを本人に悟られると、その者に付き従っていることになるからだ」
無言の張に向けて、彼女は続けた。
「お前が蛇を落としたければ、蛇が化けている人物に向けてその正体を言い渡せばよい。ただ、それだけだ」
彼女は張に向けていた顔を前に向けると、再び道を歩み始めた。
彼は慌ててあぜ道に上がると、離れて行く彼女の背中に向けて声を掛けた。
「あ、あの・・・!」
「わしから言うことはこれまで。後はお前の心一つだ」
仮面の道士は振り返ることなく歩き続けた。
張は、小さくなっていく道士の背中を見送ることしか出来なかった。
その日の夜、頭に道士の言葉をこびりつかせたまま、張は妻と食卓を囲んでいた。
「はい、あなた」
「・・・・・・おう・・・」
にこにこと微笑む妻の手から、料理の載った皿を受け取りながら彼は道士の言葉を思い浮かべていた。
『最近妙なことは無いか?』『子宝に恵まれぬとか』
妻を迎えてから一年、いや彼女と深い中になってから一年半は経つが、張夫妻の間に子供はなかった。
両親や親戚は言葉にこそ出さないが、早く子を作れと暗に訴えている。
(もしかしたら、子が生まれない原因は蛇とやらにあるのかもな・・・)
だとしたら誰が蛇に?
両親?親戚?それとも妻?
疑いが張の胸中で沸き起こり、彼の意識を塗りつぶしていく。
「あなた・・・どうかしました・・・?」
「・・・ん?あ、ああ、なんでもない。昼間に旅の道士様から妙なことを言われただけだからな」
考えている間に怖い顔になっていたのだろう。
不安げに声を掛けてきた妻に、張は笑顔で返した。
(そうだな、何もあせることは無い)
こちらは相手に蛇だと言い渡すだけでいいのだ。
ゆっくりゆっくり、しらみつぶしに探せばいいだけだ。
「道士様は、なんと?」
「蛇だかなんだかが俺についているそうだ」
「まあ怖い」
妻は口元に手をやりながら、そう言った。
「何、怖がることは無い。憑いているといっても悪さはほとんどしないらしいし、道士様によると簡単に落とせるそうだ」
妻を怖がらせないために冗談めかした口調で、道士の言葉に少し嘘を混ぜて張は言った。
「蛇が化けている人間に向けて、こう言えばいいんだ」
妻にむけ、冗談のつもりで彼は続けた。
「『お前が蛇だ』ってな」
「・・・・・・・・・」
彼の言葉に、妻の顔が強張っていた。
その眼に見る見るうちに涙が溜まっていき、彼女は顔を伏せると小さく肩を震わせはじめた。
「おい、どうした・・・?」
ただならぬ彼女の様子に、張は不安を覚えながら立ち上がり、その肩に手をやった。
「どうした、お前・・・」
「・・・・・・はい・・・」
彼の手の中で体を震わせながら、彼女は小さく応えた。
「あなたのおっしゃったとおり、私が、蛇、です・・・」
「え・・・・・・?」
「でも、誰かに私が化けたり憑いたりしているわけじゃなくて、私自身が蛇なんです・・・」
妻の言葉を、張は理解できていなかった。
「ただの蛇が、あなたと出会った山で生まれ育って、人に化ける力を得ただけの、化け物なんです・・・」
着物に落ちた涙の雫が、染みを作っていく。
「あなたを見つけたときも、丁度いい話し相手と餌が見つかったぐらいにしか考えていませんでした・・・。
でも、そんな化け物でもあなたと暮らしていくうちに・・・あなたのことが、好きになったんです・・・でも、でも・・・」
みしり、と彼女の体が音を立てた。
着物の裾から覗く脚が癒着して一本になり、ずるずると引き伸ばされていく。
細長く伸びた脚は表面に鱗を生やし、もはや蛇の尾といってもいいような形に成り果てていた。
「これが、私の本当の姿なんです・・・。人間の振りをして、あなたと過ごしていた化け物なんです・・・」
そう言いながら顔を上げた彼女の瞳は金色に染まっており、瞳孔は細く縦に裂けていた。
「どうです?怖いでしょう?恐ろしいでしょう?
こんな・・・こんな化け物と一緒に暮らしてなんかいられないでしょう?」
金色の瞳に涙を浮かべながら、自嘲的な笑みを彼女は浮かべながら続けた。
「ですから、どうか命じて下さい・・・『出て行け』と・・・」
張は、しばしの沈黙を挟んで、ようやく口を開いた。
「・・・・・・・・・道士様は、蛇が憑いていると妙なことが起こる、と俺を脅していた。
身内に不幸があるとか、いつも疲れるようになるとか、子供が出来ないとか・・・」
張の言葉に耳を傾ける彼女の顔が、次第に歪んでいく。
「俺はそのときはお前の身を案じて、蛇を落とそうと決心していたんだ。
だが・・・お前が、蛇だったのか・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
彼の問い掛けに、彼女は無言で頷いた。
「・・・わかった、そうなら仕方が無い・・・よく、聞いてくれ」
張は息を吸うと、一息に言い放った。
「『いつまでも、俺と夫婦でいてくれ』」
「・・・・・・・・・え?」
彼の言葉に、妻は金色の目を大きく開き、呆けた表情になった。
張は彼女の手を取ると、その瞳を覗き込みながら続けた。
「お前が蛇だろうが人だろうが、お前はお前で、俺はお前が好きだ。
お前を追い出さないと不幸になるというのなら、俺は喜んで不幸になる。
だから・・・頼む、俺と夫婦でいてくれ」
「・・・・・・」
張の言葉に、彼女は呆けた表情のままはらはらと涙を流し始めた。
「あ、あなた・・・」
ようやく口を開くと、彼女は破顔しながら張の胸に顔を埋める。
「私、うぐっ、わたしぃ、うれしぐって・・・うぁぁぁぁぁ・・・」
胸元で喜びの涙を流す彼女を、張は優しく撫でてやった。
しばらく経つと部屋の中から彼女の鳴き声は消え、水音が響いていた。
「ん・・・ちゅぶ・・・んん・・・」
嗚咽が収まると彼女は張に口付けを求め、触れる程度だった接吻は互いの唇を貪りあうほどにまでの激しさを増していた。
「んん・・・んむ・・・ちゅ・・・」
どちらからとも泣く二人は舌を挿し出し、互いに絡み合わせ始めた。
張の肉厚な舌に、妻の細く長くしなやかな舌が絡み、唾液を塗りこんでいく。
張はいつもとは全く異なる妻の舌使いに、妻は普段押さえていた本当の自分の体に、興奮が高まっていった。
「ん・・・んちゅ・・・」
おのずと二人は自分の着物の帯に手を伸ばし、緩め、はだけていた。
露になった乳房を彼は優しく掴み、逞しい胸板に彼女は指を這わせていく。
「んむ・・・んん・・・!?」
不意に彼女の体がびくりと震え、張の手を押し止めた。
彼の愛撫は乳房から脇腹、背中へと移り、腰から続く彼女の蛇身へと至るところであった。
「・・・・・・」
張は優しく妻の手を撫でると、蛇身へと掌を這わせた。
小さな幾つもの鱗の感触が、彼の掌から感じられた。
「んぁ・・・!」
蛇身への夫の愛撫に、彼女は唇を重ねたまま喜びの声を漏らした。
鱗に覆われているため、蛇身の触覚は鈍い。
だが自身を蛇と知り、正体を晒していながらも愛撫をしてくれた夫の愛に、彼女は喜びを感じていた。
喜びが悦びに繋がり、彼女の身体に熱が篭っていく。
そして、高まる興奮に彼女の蛇身と人身の境目、普段はきつく閉じた鱗の隙間がゆるんでいた。
張の指先が、薄く開いた鱗の筋に触れた。
「んぅっ・・・!」
鱗の隙間の驚くほどの柔らかさと、不意に漏れた妻の声に、張の手が止まった。
「ん・・・ぷは・・・お願い、もっと触って下さい・・・」
唇を離し、潤んだ瞳で彼女が訴える。
促されるまま、張は筋をやさしく擦った。
「んぁ・・・ぁん・・・!」
指先が触れ、筋を擦るたびに彼女は甘い声を漏らす。
にじみ出した液体が彼の指先を濡らしていくうちに、張はそこが彼女の女陰だと悟っていた。
片手で乳房を揉みしだき、鱗の筋に指先を浅く埋め軽くかき回しながら、首筋に軽く舌を這わせた。
「ひぃ・・・!!」
人に化けていたときと全く同じ声で、彼女は身を震わせながら絶頂に達した。
しばしの間背筋を反らし、身を仰け反らせながらがくがくと全身を痙攣させると、彼女の全身から力が抜けた。
「人の時と、あまり変わらないな・・・」
荒く息をつく彼女の耳元で、張は囁いた。
「はぁ、はぁ・・・どうでしょう・・・?今度は・・・私の番・・・ですね・・・」
彼女の言葉にあわせ蛇身の先端、細く伸びた尻尾が動いた。
尻尾は屹立した張の男根に巻きつくと、軽く上下に扱き始めたのだ。
「うぉ・・・!?」
つるりと滑らかでありながら、細かな鱗の凹凸が並ぶ尻尾の感触に、張は声を上げた。
「うふ・・・どうです・・・?」
快感に身を硬くする夫を見ながら、彼女は笑みを浮かべ、長く伸びた舌先で彼の乳首をくすぐった。
「おうっ・・・!」
肉棒に巻きついた蛇身の尾は、その内部をもぞもぞと蠢かせながら上下に動いていた。
小さな鱗の一枚一枚が、張の漏らした先走りにより滑りをよくし、彼の怒張を撫で回していく。
夫婦で互いに、相手の性器を手で刺激しあったことは幾度かあったが、尻尾のもたらす感触は手のそれを遥かに凌駕していた。
柔らかさこそ掌に劣っている尾の表面は、着実に彼を追い詰めつつあった。
「うぐ・・・く・・・ぐ・・・!」
「私の尻尾で、こんなに感じて・・・嬉しいです・・・」
尾で肉棒を扱きながら、彼女は身を寄せ乳房を押し付けながら囁いた。
「夜は長いんです・・・我慢せずに、まずは一回・・・」
瞬間、尻尾が強く怒張を締め上げた。
細かな鱗の一枚一枚が逸物に押し当てられ、手のひらでは得られぬ感覚を生み出す。
その感覚が脳髄に届いた瞬間、彼は達していた。
巻きつく尾の中で肉棒が脈打ち、断続的に精が放たれていった。
「あ、出ましたね・・・ふふ・・・温かくて、たくさん・・・」
尾を解きながら、彼女は流れ出した精を見て呟いた。
蛇の尾による絶頂という異常な体験により、彼の放った精の量はいつもより多く、彼女の尾を濡らしていた。
「今度は・・・こっちに下さい・・・」
張の身体を優しく押し倒しながら、妻は彼の身体に身を重ねた。
薄く開いた鱗の筋が、精を放ちつつもいまだ硬さを保つ怒張の上に載せられた。
鱗の筋は物欲しげに大きく口を広げ、押し当てられた肉棒にその内側の肉を絡みつかせる。
「ぐ・・・うぅ・・・!」
桃色の肉が液体を滴らせながら絡みつく感触に、張は声を漏らした。
「挿入します・・・!」
彼女が低く呟くと、腰を動かし女陰の中に夫の怒張を沈めた。
興奮に緩み、濡れ、解れた柔らかい肉が、彼の分身を包んでいく。
深く、深く張の逸物が妻の肉体にもぐりこんでいき、こつりと子宮口に亀頭が触れた。
「んぁ・・・ふか、い・・・」
己の胎に深く入り込んだ夫の感触に、彼女は甘い声を漏らした。
「動き、ます・・・」
はぁはぁ、と浅く呼吸を重ねながら、彼女は腰を軽く揺すり始めた。
両脚が蛇身と化し激しい動きは出来ないものの、彼女の膣肉は人のときより優しく、激しく絡み付いていた。
ぐちゅぐちゅ、と淫猥な音が二人の股から聞こえ、張の脳髄に強い快感が届いた。
「あぁ・・・あなた・・・んん・・・!」
「うぉ・・・ぐ・・・!」
妻の呼びかけに応えようとするも、気を抜けば再び達してしまそうな刺激により、張はろくな返答が出来なかった。
「あぁ・・・本当の、私の、姿なのに・・・あなたが、こんな、近くに・・・!」
胸板に乳房を押し当て、顔を寄せると彼女は細長い舌で彼の顔をなめまわした。
濡れた細い紐のような感触が、彼の顔面を這い回る。
「もっと・・・もっと、あなたを感じさせて・・・!」
言葉と共に、蛇身が彼の下半身を床から持ち上げ、絡み付いていく。
肉棒が包まれたときと同じ、小さな鱗一枚一枚が彼の両脚に押し当てられていった。
「んぐ・・・!んぅ・・・!」
ほのかな温もりを湛えた彼女の蛇の尾が、優しく彼の下半身を包んでいる。
彼の腕の中に彼女がいる。
本当の自分をさらけ出した彼女がいる。
張は不意に沸き起こった胸の切なさに身を任せ、彼女の背中を力強く抱きしめた。
「あぁ!中で、びくびくって!びくびくってぇ!」
高まってきた射精感により、彼女の胎内で肉棒が脈打つ。
彼女は一層蛇身を彼の両足に絡みつかせると、力強く締め付けた。
それにあわせて、膣内の肉もまた彼の分身を締め上げていく。
体と逸物への強い刺激に、彼は一息に押し上げられた。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
大きな脈動と共に、おびただしい量の精が彼女の胎内に放たれていった。
村を横切る大きな道を、一つの人影が歩いていた。
青い道服に身を包み、長く青黒い髪を夜風になびかせる道士の姿が、天に輝く太陽に照らし出されていた。
二つの黒丸と横倒しの三日月からなる笑顔が描かれた仮面は、彼女の前方へ、いずことも無く向けられている。
そして、歩んでいる道士の下に、一つの人影が近づきつつあった。
「ど、道士様・・・」
「ん?お前は・・・あぁ、久しぶりだな」
寄って来た人影に向け、道士は顔を向けながら声を投げかけた。
道士の面の先にいるのは、張の妻であった。
「その後は・・・いいようだな」
彼女の手の中にあるお包みに二つの黒丸を向けて、道士はそう続けた。
「はい!道士様のおかげで、親子ともども幸せに暮らしています!」
「何、感謝には及ばん。感謝するならわしではなく、お前を受け入れた夫にするのだな」
彼女の笑顔での礼の言葉に、道士は軽い調子で応じた。
張の妻が道士に会ったのは、あの日の昼間のことだった。
村を通り抜けようとしていた道士が彼女を目に留めるや否や近寄り、彼女に囁いたのだ。
『お前は蛇だな』
彼女はうろたえ、問いかけた。なぜ分かったのかと。
すると道士は、ふん、と鼻を鳴らして答えた。
『何、輝きが人とは違うからな。見るものが見れば一目で分かる』
そして続けた。
『そうやって、周りの者を欺き続ける気か』
人の姿のまま、張と添い遂げようと意志を固めていた彼女にとって、道士の言葉は大きな衝撃を与えた。
道士は周囲を欺きながらすごすもよし、真実を明かして追い出されるのもよし、と彼女にどちらかを押し付けるようなことはしなかった。
彼女は煩悶し、思考し、ようやく答えを出した。
そして、真実を明かすきっかけとして、道士に協力を求めたのだ。
道士は白磁のごとき指を伸ばし、お包みの中で眠る赤子の頬を軽く撫でた。
「ふん・・・父と母の良いところを受け継いでおるな・・・」
「ありがとうございます・・・」
「夫も子も大切にし、互いに労わりあって、末永くすごすがいい」
道士はそう言うと腕を下ろし、道を歩き始めた。
「それではさらばだ。星辰の巡りが合えば、またその時に」
振り返ることなく続けると、道士は彼女から見る見るうちに離れていった。
張の妻は、道士の小さくなっていく背中をしばらく見つめると、深く一礼した。
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