生贄の末路




満月。
その日の満月も実に美しかった。
国王の数多い子供の中で一人、シュリムは一国の国王の子とは思えないような格好をしていた。
ぼろ布をまとい、手と足には鉄の足枷が装着され、それは首にも付けられていた。
その風貌はまるでどこかに売り飛ばされる奴隷のようにも見える。


「しかし薄気味悪いなぁ・・・」


シュリムの首枷に繋がれた鎖を引っ張る一人の兵士が周りを見渡す。


「噂には聞いてはいたが、まさかこんなにも薄気味悪いとは思わなかったぜ・・・」

「何せ未開拓地の城の裏山だからな。何があるか分かったもんじゃない・・・」

兵士の横を歩いていたもう一人の兵士が、松明を手に辺りを見渡した。

「化け物が出てもおかしくない雰囲気だな・・・」

「馬鹿なこと言うんじゃねえ。こんなところで言われたら、冗談が冗談に聞こえなくなるだろ・・・」


二人の兵士の会話をよそにシュリムはうつむいたまま、足枷のついた歩きにくさと、裸足の足の裏に時折響く砂利の痛さを、ただかみしめていた。



シュリムは自分が何故選ばれたのか分からなかった。国王である父親と王妃である母親は今まで何ら変わりなく接してくれていたはずなのに、ある日突然自分に対する態度がきつくなった。

だが、シュリムの脳裏には一人の人物が思い当たっていた。
父親が国王になるよりも前からいた黒魔術を専門として城に住み着いている年老いた老婆だ。

彼女の占いはよく当たっていた。敵国との戦争の時や経済情勢の判断時に父親はよく、老婆の占いを使っていた。そのたびに彼女の占いは父親の相談事を良い方向へと導いた。
そのため老婆は城の中ではよく当たると信頼されていたが、怪しげな黒魔術の研究や人柄から、父親以外の者は薄気味悪く思い、誰一人と近づかなかった。
多分父上はあの老婆から何かを吹き込まれたのだろう。と、シュリムは思った。


昔から王家の歴史として語り継がれ、そして幾人の国王の子が犠牲となった黒水晶の塔の呪い。
古くは何台も前にさかのぼる初代のこの国の王が交わした魔族との血印の約束。


"生け贄を代償に、魔族は人間界に干渉しない"。


シュリムはそのような内容が書かれた書物を、城の中にある書庫で発見し読んだことがあった。シュリムは当然それが非現実的な物であると認知していたため、昔の作家が描いた物語に過ぎないと思っていた。確かに物語上に出てくる"黒水晶の塔"なる建物はあるにはあるが、外見的に見てもどう見てもこじんまりとした塔にしか見えなかった。


「ついたな」


兵士の声にシュリムはずきずきする足の裏を気にしながらも顔を上げた。
そこには夜空に輝く満月までも隠してしまうほどの大きな塔が建っていた。
塔の周りだけは綺麗に砂地が続くもその周りは変わらず漆黒の闇が続く森が覆っていた。


「しかしまぁ・・・よくこんなところに、こんな幽閉用の塔なんて建てたもんだ・・・」

「幽閉用の塔? 俺が聞いた話じゃ多種多様の拷問道具を納めた拷問塔だって聞いたぜ」

「どっちにしろ同じようなもんだ。この塔から良い噂話なんて聞いたことねぇ・・・」

「ふーん・・・まぁ、しかし良かったぜ。あの婆様に悪魔払いのお守りを付与してもらってよ」

「こんなんで悪魔払いなんて効果があるのかわからんがね・・・」

「国王様のお墨付きだ。信じて損はねぇよ」


二人は互いに自分の左腕に記された呪文のような文字をまじまじと見つめていた。


「まぁなんせ黒水晶の塔なんて名前だ。悪魔が出るには似合いすぎの塔だ」

「あぁ、とにかくこんなところ早く離れようぜ。生きてる感じがまるでしねぇ場所だ、ここは・・・」


(黒水晶の・・・塔)


「というわけだシュリムの坊ちゃん。国王様の考えてることはよく分からんが、ここまでだ。後は自分で何とかしてくれ」

「・・・・・・分かっています」

「じゃあな。くれぐれも悪魔には気をつけるんだぞ〜」

二人の兵士は笑いながらまた元来た漆黒の森へと姿を消していった。







「どうやら来たようだね。イケニエが」

兵士二人が消えていった塔の前で、次に聞こえてきた声。
シュリムは驚いてその声のした方向を振り向いた。
暗闇に紛れて最初は分からなかったが、よく見ると闇に紛れるように黒いマントを被った一人の人物がそこに佇んでいた。


満月の中、塔の大きな扉の前で、人物が一人、黒いマントを被って。


「・・・・エレイザ様?」


シュリムの眼には見覚えがあった。目の前のマントを被った人物。独特の雰囲気。
それは場内で感じたある人物の雰囲気にそっくりだった。
黒魔術を専門とし、国王が信頼していた占いを得意とする老婆。
名はエレイザと言った。
ただ彼女が声から判断して、えらく歳をとった老婆であること以外、シュリムは何もしらなかった。
だが今聞いたその声の感じは、老婆特有の枯れた声などではなく、透き通った若い女の物であった。


だが、


「ほぅ・・・やはりこの風貌では分かるのか。だが、この声で私が黒魔術に長けた魔術師、エレイザであると判断できる、と・・・」

「あなた様の雰囲気は独特です。父上もそう仰っていました」

「あのシュリンゼン卿がなぁ・・・フフフ・・・」

エレイザは依然として被ったマントを脱がず、その影に見え隠れする口元は歪んでいた。

「さぁ一国の王の子よ。お前がどのような理由でここに連れてこられたのか、分かっているのだろう? ならばお前はもう前に進むしかない。もう後戻りは出来まい。さぁ」

エレイザの声と共に、彼女の後に閉じられていた大きな黒水晶の塔の入口が口を開く。

「・・・すべては国と国民のために・・・」

「・・・フフフ」




冷たい風が、シュリムの羽織ったぼろ布の隙間を通っていく。
冷たい空気が、シュリムの枷を常に冷やし続ける。
暗闇が徐々に、シュリムを飲み込んでいく。





大きな口は一人の少年と魔術師を飲み込んで、





閉じられた。






〜序章〜 終了





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