Succubus狂想曲第二楽章




朝です。

「……!!!!!???」

ドタン!

寝ぼけた私はベッドから墜落することと相成りました。

何もしていないのにすでに腰が痛いです。

「……………」

登校初日からこれでは幸先悪過ぎますよ。

「お〜い、絹見、起きてるか?」

コンコンというノックの音に、兄さんの声が混じります。

「……起きていますが」

ムックリと上半身を起こして、返答します。

今何時ですか?って。

「今日開講式じゃないのか?時間大丈夫かよ」

兄さんの言葉はしかし、私の耳に届いていませんでした。

「あ゛ぁ゛〜〜〜〜!!」

「!?」

ドアの向こうで兄さんが驚いている気配を感じましたが、気にしている余裕などありはしません。

電波時計の数字は無情にも開講式20分前を示しています。

全力疾走でギリギリじゃないですか!

クローゼットを開放し、パジャマをパージして新品のセーラーに換装します。

着替えながらドアに突撃します。

バン!

「うぉっ!」

「退いてください!」

兄さんを突き飛ばすようにどかし、洗面台へ移動します。

背後から悲鳴と打撃音が聞こえてきましたが、気にする余裕はありません!







Succubus狂想曲

第二楽章 覚醒







そんな訳で今私は通学路を凄い勢いで走っています。

淫魔になってから身体能力が大幅に上がっているのですが、あまり外で出すべきではないので「普段」はかなり抑え気味です。

つまり、早くはあるけれど常識の範囲内の速度な訳です。

ギリギリよりはマシな時間に到着しそうですが、やはり切羽詰ってしまいますね。

……全開にしてしまいましょうか?

周囲に人の目があるので絶対に無理ですが。

さて、走っている間に私の通う「聖メアリアス学園」について説明いたします。

名前から察する通り私立……と言いたいのですが、世の中そう簡単にいきません。

えー、まずは母体となる「セント・メアリアス女院」について説明いたします。

キリスト・カトリック系小中高大一貫のお嬢様学園で、創立は大正に遡ることが出来る由緒正しい学校だそうです。

しかし、昨今の不況の波に煽られ経営不振に陥っていました。

もう一つが「信濃学園」。

これは男女共学の私立で、約40年の歴史があるそうで。

「セント・メアリアス女学院」と同じ小中高大一貫教育だそうで。

こちらも不況に煽られて経営不振。

そして最後に、「信濃第三高校」。

こちらは名前が示す通り市立で、その創立は明治まで遡る……のですが、特に特徴のある学校ではありません。

市立だから取り敢えず残っていた……そんな学校です。

ちなみに第一と第二は先の大戦で燃えてしまったそうです。

公立ですから経営不振は……と言いたいのですが、その資金源たる市自体がお金持ちとは言い難く、上記二校よりはマシながらかなり辛い状態で運営されていたそうです。

ここまで言えば聡明な皆さんは理解して頂けるのではないかと存じます。

三校合同経営!

全て一つにまとめて色々節約しようっつー滅茶苦茶な案です。

それが実現しちゃうから本当に「小説よりも奇なり」ですよ。

こうして私立二校、市立一校が全て合わさって「聖メアリアス学園」が今年誕生。

その高等部が今日から私の通う場所な訳です。

はい、当然私は「第三」の出身ですよ。

そんな訳で今日からお嬢様お坊ちゃま+αな学園生活が始まるのだと多少なりともワクワクしていたのですが……。

っと、そんな無駄なこと考えている間に目的地に到着いたしました。

「信濃学園」の敷地と校舎を使っているのでホント巨大です。

……当然「第三」と比べたらですが。

経営不振で使っていない教室も多かったので、十分残り二校の生徒も収容出来るそうで。

流石と言ったところでしょうか。

美的センスに触れるモノがある校舎ですが、今はゆっくり見ている暇も無く。

一直線に昇降口へと向かいます。

クラス表を、目を皿のようにして見ます。

2年だけで10組まであるのですが……。

ととと、5組に私の名前を発見しました。

まずは教室に集合でしたっけ。

……って、校舎にはもう人影がありませんよ!?

「おい、そこのお前、何してる」

「!」

背後から男性の声が聞こえてきました。

かなり低く、聞く人によっては「ドスの効いた」なんて表現しそうな声です。

振り返ってみると、ブレザーの男性が立っていました。

容姿は悪くありません。

が、目つきは鋭いし、その整い具合が逆に鋭さを倍増させています。

語気もちょっとぶっきらぼうですし。

180はありそうな背で、結構イイ身体していますし。

うん、恐いですね。

「もう全員体育館に集まってるぞ」

「はイ!すみません!」

ハッ!思わず気をつけしてしまいました。

初対面の人を外見だけで「恐い人」と決め付けてしまいましたよ……。

この一週間で結構慣れたと思ったのですがねぇ。

「……行くぞ」

と、男性は一言言うと、歩き始めてしまいました。

「は…はい」

慌てて付いて行きます。

「あの、なんで式も始まりそうな時にこんな所に……?」

話しかけても少しもこちらを見てくれないので段々語尾が弱くなってしまいます。

うう、気まずい。

「……うちのクラスで連絡無しで来てない奴がいるから探しにきたんだ」

「あ…私の為……でした…か。その……すみません……でした」

なんか墓穴なのですが……。

「気にすんな。俺が勝手に探しにきただけだ」

と言うことは、自主的にと言うことでしょうか。

なんだ、いい人じゃないですか。

……そう言えば……『うちのクラス』?

「貴方も5組なんですか?」

「……あぁ」

優しい人が同じクラスで私はなんだか嬉しくなってしまいました。

「私、東郷 絹見と言います。こんなことココで言うのは難なのですが、これからよろしくお願いします」

微笑みながら自己紹介をします。

すると、彼はそっぽを向きました。

遅刻野朗(女ですが)が何するものぞ……ってことでしょうか……。

と、よく見たら耳が若干赤くなっています。

そう言えば、今の私は『見た目だけなら』超絶美女でしたっけ。

なんだ、照れているだけですか。

「……百武 清家だ」

「百武君ですね。よろしくお願いします」

「……あぁ」

ぶっきらぼうながらちゃんと返事をしてくれる百武君に、私は好感を持ちました。



体育館に着くと、すでに整列は済んでいるようでした。

どうやら流石に全校生徒は多かったようで、椅子ではなく全員立ちっぱです。

私は百武君と一緒に5組の列の男女それぞれの最後尾に並びます。

それから一拍おいて、式が始まりました。

まあ、式自体はテンプレートだったと言えば大半の方は分かっていただけるでしょう。

立っている生徒に配慮したのか短めでしたが。

当然、我々生徒は小中と9年+高校一年時で計10年似通った式を散々やっているのですから目新しいものなんて一つもありはしません。

と思っていたのですが……。

三校それぞれの代表者が祝辞を述べるのは、普通は有り得ないことでしょう。

第三は元生徒会長、信濃学園は誰だか分かりませんが……まあ普通にグダグダ書かれている文字を読んだだけでしたが、セント(ryの代表は違いました。

まず、容姿からして全く違います。

メアリアス女学院の真っ白な制服に身を包んだ清楚な美女です。

セミロングの髪に、人形のように整った顔。

起伏は少ないけれど、その分細くてスレンダーな体。

ホンモノの「お嬢様」という感じですな。

「元セント・メアリアス女学院生徒代表の米内 美鈴です」と涼やかな声が響くと、元女学院生と思しき少女たちから万感のこもった溜め息がつかれました。

お話自体は陳腐なモノでしたが、そこに心を込められるかどうかというのはやはり才能なのでしょう。

しかし、女学院生の視線に熱がこもり過ぎではないでしょうか?

あれですか?「タイが曲がっていてよ」的なあれが実際にあるのでしょうか?

それはそれでロマンチックではありますが……。

私はそんなことばかり考え、本来真っ先に考えねばならぬことをすっかり忘れていたのでした。

三日くらい前の私に説教してやりたいですよ……。





流石に私でも、ここまで来れば分かりました。

兎に角視線が刺さる刺さる。

顔、胸、腰、髪、ありとあらゆる私の部位に男女の控えめなモノから不躾なモノまで多種多様な視線が注がれています。

ウウン、どうしたものでしょうか……。

自己紹介の時など私の声を聞いただけでうっとりと目を細める方々ががががが!

今もクラスの男女多数に囲まれ、凄まじい質問飽和攻撃をくらっています。

しかし、意外な方向から助け舟と同時にさらなる厄介事が現れました。

「おい、絹見」

「あ、竜司、ちょっと助け…わ!」

同じ部活で友人の加藤 竜司が、私の腕を強引に引っ張っていきます。

同時に元第三の生徒がゾロゾロと……。

ブーイングを上げる二校の生徒を、ショートカットの可愛らしい女子……南雲 菜月さん率いる第三の女子部隊が妨害しつつ押し戻して行きます。

なんという連携……!

そうこうしている内に、私と元第三の生徒は屋上へとやって来ました。

皆で私を囲み、竜司が代表するように一歩私に近寄ります。

「お前……誰だ?」

「……は?」

最初は、竜司が何を言っているか理解出来ませんでした。

「誰って……同じ学校だったじゃないですか」

私が呆れて言うと、竜司はカッと私を睨みつけました。

「まず第一に性別ちげーじゃねーか!」



………………………………………………………………………あ。



「忘れていました!」

「忘れてんじゃねー!」

私と竜司が間抜けを演じている間に、妖しい微笑みを浮かべた南雲さんが近寄ってきました。

「さっさと本当のこと言った方がいいわよぉ?でないと……」

ニヤリ、というのが物凄く似合う笑顔を、南雲さんは浮かべました。

「待って!待ってください!」

何で私は要らぬ誤解を与えてしまったのか……。

それ以前に何の根回しもしていなかったのか!

「実は私、性転換手術を行いまして……」

『…………』

嗚呼、沈黙が凄く痛い……。

「いや、そうだとしても絹見がこんなに可愛く美しくなるわきゃねー!」

「地味に酷いですよ!」

「だって東郷君地味だし」

「南雲さん!?」

その時、竜司が拳を振り上げて絶叫しました。

「ヤロードモ!俺たちの大事なクラスメイトを装う不逞な美女をどうする!?」

『おっぱいを!お尻を!揉みしだいて!クンカクンカします!』

「ひィィィィ!?」

男子の目がもう野獣の目です。

そして、南雲さんが高らかに時の声を上げました。

「淑女の皆さん!私たちの大事なクラスメイトを装う不逞な美女をどうする!?」

『服装を!髪型を!次々と変えて!永久保存します!』

「うわァァァ!?」

女子の目がもうマタギの目です。

というか、それがしたいが為の言いがかりですよね?

「おーい、てめぇらもうやめろ」

少し低めの女性の声が響き、私に一斉に襲い掛かろうとした皆の動きがピタリと止まりました。

声の方を向けば、白衣でセミロングのナイスバデーな教師……元第三の1年3組担任、現2年5組担任の平賀 雪香先生。

ちなみに現国担当。

「こいつは確かに東郷だ。私が保証してやる」

「なぜそう断言出来るんすか!?」

「根拠を提示してください」

竜司と南雲さんが反論し、皆口々に同調します。

それに対し、先生は堂々と口を開きました。

「教師が生徒を信頼するのに理由なんているか?」

一瞬の沈黙の後、皆一斉にブワッと涙を浮かべました。

「先生!私たちが間違っていました!」

女子が皆、涙を流しながら言います。

「そうだ!俺たち3組は鋼の結束に繋がれた言わば同士!」

男子が皆、男泣きしながら言います。

「分かってくれたかお前ら」

先生が頷きながらしみじみと言います。

「実は面倒臭いだけですよね?先生」

私はジト目で言います。

「当たり前だ」

先生は実は正直者です。

「すまなかったな絹見、疑ったりして」

「ごめんなさい東郷君。許してね?」

「いや……もういいですよ……」

嗚呼、空が蒼いですねぇ。



「こちら私と同じ部活の加藤 竜司です」

「よっ」

竜司が笑いながら片手を上げます。

「で、3組女子機動部隊司令官の南雲 菜月さん」

「ども」

南雲さんはウインクしながら片手を上げました。

「こちら今朝私が助けて頂いた百武 清家君」

「よろしく」

無表情なままでぶっきらぼうですが、百武君はちゃんと挨拶しますね。

お互いに紹介し、高校生にありがちなくだらない、でも楽しい会話が出来ました。

「なぁ」

帰り間際に、私は百武君に呼び止められました。

「何でしょうか?」

「あー、俺のことも呼び捨てでいいぞ」

「え?」

百武君が、ちょっと赤い仏頂面でそう言ってきました。

「なんと言うか、百武君と呼ばれると違和感があってな……」

「あぁ、そう言う事ですか。分かりました、清家。これでいいですか?」

「おう。じゃ、また明日な、絹見」

「はい、清家」

なんだか、これからの学校生活上手くやっていける気がしました。





そんな目出度いお祝いの日なのに、私は今夜も夜の散歩に出ました。

私は、哀れな獲物を狩る快楽を忘れられなくなっていたのです……。

真っ黒な服を着て歩く私に、スーツを着た若い男性が優しげな笑みを浮かべて近付いてきました。

「ねぇ君、痩せられるクスリがあるんだけど。どう?」

なんとまぁ、こんな所で麻薬販売ですか。

「いいですよ。少し聞かせてください」

「じゃあこっちに来なヨ。もっとイイ事も教えてあげるからさ」

彼の下卑た下心を感じながら、私は口の端を歪めてしまいました。

「ええ、お願いしますね」

たっぷりと……。



数分も経てば、恍惚に震える私と原型を留めない複数人分の肉塊と血痕が路地裏に広がっていました。

私を強姦しようと参加した彼のお友達も残らず殺して差し上げましたからね。

「んっ……はぁ……」

フルフルと震える肩を抱きしめ、熱い吐息を吐き、湧き出る快感に耐えます。

この前は私からお金を盗ろうとした方。

その前は老人を強請ろうとしたヤクザの方。

理不尽な暴力を振りかざす支配者面のヒト。

そんな方々に理不尽な暴力を叩きつけ、殺戮する快楽……!

恐怖に震え、悲鳴を上げる彼らを引き裂く刹那の快楽……!

自分で言うのも難ですが……病んでいますねぇ。

「……?」

ふと、背後に視線を感じました。

私を糾弾するような、悲しんでいるようなそんな視線。

しかし、その視線はすぐに消えてしまいました。

「気のせい……ですか」

そう納得して、私はその場を離れました……。



翌日、私は確かな違和感を覚えました。

誰かに見られている……。

見張られているような気がして凄く気持ち悪いです。

「……と、言う訳なんですよ」

「………そうか」

「……?」

清家にそのことを相談してみたのですが、前日に比べて何か違和感があります。

何かを隠しているような、それを言いたがっているような……。

「なぁきぬ……」

「どうしたんだ?何かあったか?」

清家の言葉を遮って、竜司が近寄って来ました。

「え?清家、なにか言いました?」

「…………いや、いいんだ」

結局清家は何も言わず、私は竜司にこのことを話すのに夢中になってそのことをすぐ忘れてしまいました……。

その日の帰りでした。

「今日、ここに来てくれないか?」

清家が耳元でそう言い、紙切れを渡してきました。

「……?」

告白ですか?という冗談は、喉から出掛かったまま停止しました。

彼の声音と表情は、それだけ真剣でした。



そうして、彼が指定したのは夜の工場跡地でした。

廃墟と化した工場があるだけで、何も無い荒涼とした場所……。

その中でも、本当に空っぽの倉庫で彼は待っていました。

「……こんな所に呼び出して、穏やかな用事では無さそうですね」

「……………」

次の瞬間、彼は両手に大型のナイフを持って襲い掛かってきました。

「!?」

その速度は通常の人間のそれを凌駕していました。

それを楽々避けられる私も大概ですけど……。

でも、精神にそれほど余裕はありませんでした。

「なっ……なにするんですか!?」

「お前は人間の敵だった。それだけだ」

「!!」

そんな……まさか……。

「昨日、私を見ていたのは……」

清家はそれに答えず、ナイフを振るってきました。

人間相手なら一瞬で息の根を止められる速度です。

「待ってください!私は『悪いヒト』しか……!」

「……命は…命だ……!」

彼自身納得していない、というのが丸分かりの声音でした。

彼がナイフを振るい、私が避ける。

それが数分続いた頃……。

「何時まで茶番続ける気だ?餓鬼」

粗暴な男性の声が後ろから聞こえてきました。

「!」

そちらに視線をやると、ガラの悪そうな男女が十数人……何人か淫魔が混じっているのが分かりました。

「あんたらが来るにはまだ早いんじゃないか?」

清家が心底不機嫌、といった声音で言います。

「俺たちゃ獲物が盗られないか心配で、早めにきちまったんだよ。実際、退魔士サマはそこの淫魔を逃す気満々みたいですし。我々下賤な淫魔ハンターとしてそれは見逃せねえな……ってことですよ」

リーダーらしき若い男がそう言うと、下卑た笑い声が団体から響きます。

「淫魔…ハンター?」

私の疑問を耳聡く聞き取った男は、ニヤニヤ笑いながら喋りだしました。

「そうだよ。お前みたいな糞アマぶち殺すとな、いろんな組織が金出してくれんの。それで俺たちおまんま食ってる訳」

彼らは刀や剣、ボーガンや槍、思い思いの武器を取り出し、私と清家を取り囲みました。

「っつ……!」

殺し合いになる。

焦燥とともに、私は確実に快感を感じていました。

今度は相手の命だけじゃなくて私の命も死にさらされる。

それが堪らなく魅力的に思えました。

しかし、それは最悪なカタチで阻止されることになりました。

「おっと、動くなよ?」

男は気取った動きでパチンと指を鳴らしました。

すると、一人の淫魔が簀巻きにされている人を引きずってきて……!?

「兄さん!?」

「ひゃははははははは!マジで兄貴な訳?」

私の悲鳴に、彼らは爆笑で返しました。

「おい!民間人に手を出すとはどういう了見だ……!」

清家は静かに、しかし確実に怒りを燃やしていました。

「だってコイツそこの女の家族だぜ?淫魔の家族が民間人な訳ねぇだろ。例え民間人だとしてもさぁ、そいつの兄貴じゃァ凶悪な淫魔になるかもしんねえじゃん。だったら今のうちに潰しとくべきっしょ」

また、下卑た笑い声……。

「……分かりました。私はどうしてもいいから兄さんは解放してください」

「へぇ、殊勝じゃん。じゃあ死ね」

ボーガンから何か放たれたのは理解しました……。

確かに避けられる速度でした。

掴んで止めることも十分出来たのですが……。



ドスッ!



「あ……」



胸に親指くらいの太さのある杭が深々と刺さりました。

視界が倒れ、トサリと軽い衝撃音が聞こえてきました。

これで兄さんが助かるなら……。

そう思った矢先でした。

「じゃあコイツ始末して帰るか」

「待てっ!」

男の言葉に清家が叫びました。

あぁ、やはり清家、貴方は優しい人ですね……。

「なんだ?さっき言っただろ?コイツは危険……」

「危険度B単体ならそこそこだが、危険度Dを一緒に始末すれば色が付く……だろ?」

「……なんだ、よく分かってらっしゃるではないですか退魔士サマは」

「その人を放せ。絹見が命を賭けたんだぞ」

「何言ってんの?俺たち正義の味方だから凶悪な淫魔との約束なんて守らないぜ?」

「このっ!」

若い男に走り寄る清家の後姿がぶれました。

淫魔がクスクス笑いながらメイスを振りぬいています。

清家の血が流れているのはアレが……?

あれ?

「じゃあコイツもだな。人を殺す凶悪な淫魔に味方する退魔士を処理。結構な額が追加されるぜ」

薄れていく意識に彼らの耳障りな笑い声が響いてきます。

じゃあ清家と兄さんはお金のために殺されちゃうのですか?

私は兎も角清家と兄さんも……?

なんて……なんて理不尽。



あは…



あはは…



あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!



ドクンッ!と、私の体内で何かが蠢きました。

熱くて、大きくて、どろどろした黒いナニカ。

最初のあの時よりもずっと大きくてずっと濃い……。

血が流れ出ている筈の体が何故か、どんどん熱くなっていきます。

「ぁ……あぁ……」

唇から喘ぎが漏れると同時にビクンッ!と体が跳ねて、飛び起きてしまいました。

同時に、私の周囲に力場が形成されていきます。

それは淡い光を伴って、私を包んでいきます。

それは、私を覆う繭でした。

「まだ生きてやがる!」

「しぶといぞ!売女が!」

場に満ちる殺気も、体の内側から湧き出るナニカも、胸に刺さる杭さえもが気持ちよく感じてしまいます。

「ぁ…ふぁ…あぁ……!」

腰を下ろし、胸を反らしたまま、私は体内で荒れ狂う「ナニカ」を感じることしか出来なくなっていました。

それは確実に、私の体を変化させていきます。

でも、それに恐怖や不安は全く伴いません。

これを受け入れたら、私は多分「本当の私」になるのです。

だから……。

「死ねぇ!」



グバァッ!



怒声と共に放たれた巨大な魔力の奔流が、私の体を穿ちました。

しかし、その魔力すら私の周囲に発生している力場が中和し、霧散させてしまいました。

それを合図に、ここにあるありったけの魔術と物理的衝撃が私に襲い掛かりました。

でも、私は理解していました。

その程度ではもう、私をどうにかすることなんて出来ないことを。

「はぁぁ……!ぁ……うぁぁぁんッ!!」

そして、それを全く意に介せず、私の変化は続いていました。

背中が膨れ上がる感覚が大きくなり、思わず自身を抱きしめてしまいます。

「あ……、もう……。あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

そしたら一気にそれは弾けて、私は嬌声を上げてしまいました。

体が宙に浮くと同時にブチブチと肉や筋肉の裂ける音が響きます。

その原因は、私の背中に過剰な大きさの黒い翼が生まれたことでした。

これで、元あったのと合わせて2対4枚の翼が私の背中にあることになります。

元あったのでさえ、人の体の半分以上を包めそうな大きさなのに、今度現れたのは、一枚で大柄な人を楽々包み込んでしまえる大きさです。

それと同時に胸の穴も消え、穴の開いた制服はフリルをあしらった漆黒のドレスに変わっていました。

「はぁぁ……」

ゾクゾクと背筋を走る快楽を耐える為に私は、しばらく体を抱きしめたままでした。

周囲にいるハンター達は、そんな私を呆然と……いえ、恍惚と見上げています。

ほんの少し漏れた淫気が、彼らの精神を確実に犯していきます。

それでも、なんとか立ち直れた人がいました。

「な……なにしてやがる!殺せ!」

ハンターの一人が本能的な恐怖に駆られ、絶叫しながら私に切りかかってきました。

でも、その動きは私にとってまるでゆっくりでした。

のろまと言っていいでしょう。

「えい」



バジャッ!



軽い掛け声と共に平手で叩くと、彼の頭は一瞬で無数の肉片となって飛び散りました。

首の無い胴体はしばらくキリキリと回転した後にバタリと倒れて、心臓の脈動に合わせて千切れた首から血液を垂れ流しにするだけとなります。

誰もが呆然とそれを見ています。

「おい!こっちには人質がいるんだぞ!!」

それを見て、兄さんに短剣を突きつけ再び私を脅そうとする淫魔の女性。

なんて無粋な……。

そういう方には罰が必要ですね。

「ぴぎゃっ!?」

走り寄って顔面を軽く殴り飛ばすだけで、彼女の顔は血の華と化しました。

彼女だったモノが地面に崩れ落ちるのを待って、彼らにこれから私たちのすることを……すべきことを教えてさしあげましょう。

「さぁ、始めましょう。殺し合いを」

ニッコリと微笑んで、彼らを見渡します。

「うわぁぁぁぁぁ!がっ………!?」

それに触発され、一人の男性が剣を振り上げて来ました。

絶叫を上げて突っ込んでくるその男性の胸には手刀を突き刺してあげます。

簡単に彼の胴体を貫いた右手を振り上げると、泣き顔を浮かべていた彼の顔ごと体が裂けてしまいました。

その間に背後から仕掛けようとした三人の男女には翼の鎌をプレゼントして差し上げます。

一人一枚の割合で鎌を振るうと、皆さん無数の肉片に変わってしまいました。



ドチャドチャ!バシャッ!



湿った塊と液体とがコンクリートの床に落下して、血の池を構成していきます。

「は……んっ……、気持ち…いいですよ」

翼に付着している誰とも知らぬ血液を舐めとると、ゆっくりと快感が体に染み渡っていきました。



もっと殺したい。



もっと壊したい。



私は私の意志で、彼らに襲い掛かりました。

体を引き裂き、頭を破壊し、翼で切り刻み、刺し貫いて、包んでひねり潰して、蹴って真っ二つにして……。

彼らの必死の攻撃も、私には何の障害にもなりませんでした。

もう、彼らは獲物でしかありません。

どんなに逃げたって、どんなに悲鳴を上げたって、絶対に逃がしません。

だって、恐怖に染まって絶望に叫ぶ彼らを嫐るのは、とても気持ちいいから……。

「も…もうあんたらには手は出さねぇ!頼む!助けてくれ!」

中年の男性が土下座しながらそう叫びました。

でも……。

「や、です」



グチュッ!



魔術を行使して握りつぶしてあげました。

彼らの対魔力防御は私にとって薄紙程の効果もありませんね。

「ひ……ぁ……」

「た…助け……」

あとはもう腰を抜かしたハンターや淫魔が数人しかいませんね。

「少し……お腹が空きましたね」

「ひィっ!?」

あの若い男性に視線を向けると、彼は裏返った悲鳴を上げました。

「そんなに私が恐いですか?」

ゆっくりと、彼に歩み寄っていきます。

「くっ…来るなっ!近付くなっ!」

裏返った声のまま、剣を私に向ける男性。

もう、全く恐くないです。

「このぉぉぉ!」

必死に振り回される剣を、指で摘むように止めます。

「危ないじゃないですか。怪我したらどうするのです?」

クッ、指にと力を入れると、剣は乾いた音を立てて折れてしまいました。

「い……あ……やめ……っ」

ガタガタと震え、涙を浮かべる彼を、優しく抱きしめて、翼で包み込みます。

「大丈夫ですよ。痛くしませんから」

防弾/防刃チョッキとその下の服を翼で溶かして、彼の肌に直に手を這わせます。

「あひっ……ィィッ!」



ビュジャァァァァァァァァ!



それだけで彼は盛大に射精を始めてしまいました。

ドレスのスカートに、大量の白濁液が付着していきます。

「手で触っているだけですよ?しかも背中だけなのに……。そんなに気持ちいいですか?」

「ひぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!おごぉぉぉぉぁぁぁぁ!」

すりすりと手で撫で上げるだけで、彼の絶叫と射精は止まる様子がありません。

私の狂気と淫気に呑まれ、周囲のハンターも淫魔も関係なく悶絶し、喘ぎ、絶頂しています。

このまま放出させてしまうのも勿体無いですし、周囲の方は翼で吸収して差し上げることにしました。

包み込んで、内側の襞で撫で上げて、分泌される淫液を塗りたくって……。

快楽と恐怖の絶叫と、液体の咀嚼音だけがその場の生の証でした。

それも、数分足らずで静寂が取って代わりましたが。

足元に転がるミイラ以外に原型の残る死体はありません。

その中を歩いて、縛られた兄さんに近付きます。

「もう大丈夫ですよ、兄さん。こんなつまらないことは忘れて、明日もお仕事頑張ってくださいね」

失神してしまっている兄さんの額に触れ、傷と痣を消して今夜の記憶を消す。

そうすれば後は兄さんの寝室に転送するだけ。

こうして、血液と精液と愛液の匂いに満ちたここにある生命は、私と清家だけとなりました。

ぐったりと倒れ伏してこちらを見るしかない清家に、魔力を与えて回復させます。

彼は慌てて立ち上がり、拳を構えました。

「やめておいた方がいいですよ。清家では絶対に私に敵いませんから」

「っつ……なぜ俺を殺さない?」

私を睨みつけながら、彼は低い声で聞いてきました。

「兄さんを助けようとしてくれましたし、なにより新しい学校で一番に出来た友達ですから」

「ふざけるな!」

「!?」

私の答えに彼は怒声を返しました。

「真面目に答えたのですが……」

眉が八の字になってしまいますよ。

しばらくの沈黙の後、彼は私を睨み付けたまま口を開きました。

「……どうする気だ?」

「どうする……とは?」

「これからどうする気かってことだ。本気で人間と敵対する気か?」

どうやら彼は何か勘違いしているようですね。

「清家、別に私はこれからどうこうする気はありませんよ。明日は平日ですし」

彼の表情が驚愕と呆れに染まっていきます。

「俺に見られてんだぞ。本気でこれまでと同じ生活が出来ると思ってんのか?」

「……そんなに口封じされたいのですか?」

「!?」

一瞬で彼の目前へと移動して、彼の唇に指を押し当ててウインクをします。

「それとも、いたいけな少女を脅迫してしたいことでも?」

「きょう……はく……?」

何を言っているか分からない、と言う表情です。

フフ、可愛いですね。

「そう、脅迫です。自らの生命の危機を自らの力で回避しただけの私に、清家は何か意見がある訳ですよね?」

ゆっくり、噛み締めるように言って聞かせます。

「お……お前は……人を殺して……」

やっと捻り出した反論は、震えた声でした。

「私が無差別大量殺人鬼とでも?殺した方達は麻薬売りにヤクザ、人を強姦しようとするチンピラに挙句は強盗殺人犯。人に害を成せばこそ、利になるような人間ではありませんでしたよ。貴方達がヒトに仇なす魔物を処分するのといったい何が違うと言うのですか?」

「それ……は……」

「彼らがヒトに害を成すのを阻止して、私も楽しい。否定される部分がありますか?まさか、今更自己救済の禁止を言い出すなんてダブルスタンダード……しませんよね?」

「……」

冷や汗と脂汗を浮かべて小刻みに震える彼に、微笑みを崩さずに聞きます。

「まだ、何か?」

「……………………いや」

詭弁だ、の一言が言えず、彼は敗北しました。

「でも、正直傷つきましたよ。折角友人になれたと思ったら命を狙われるなんて」

「そそ…それは……っ!」

悪戯っぽく言って小首を傾げると、途端に彼は真っ赤になってしどろもどろになりました。

「だから、仲直りするためにお願いが一つ。いいですか?」

「え?仲なお……え?」

困惑している彼に畳み掛けます。

「私にチカラの使い方を教えてください」

「……?」

これも真剣な考えなのですが、と前置きして彼に説明します。

「私はまだ自分の力に振り回され気味です。だから、ちゃんと自分のチカラを制御して極力周囲に迷惑をかけたくないのですよ」

「…………」

再び清家は驚愕と呆れの表情を浮かべます。

「……何ですか?その表情は」

自然と声が低くなってしまいます。

ヒトが真剣な悩み相談をしていると言うのに!

「いや、本当にお前を襲ってこれ程の被害を出したのがアホらしくなってきた」

あいつ等が勝手にやったこととはいえ、と小さく呟いています。

聞こえてますよ〜。

「そう言うことです。だから、これからよろしくお願いしますね」

「あぁ、分かった」

二人顔を合わせて微笑んで、握手を交わしました。



「じゃあ早速」

「!?」

そのまま清家の腕を引っ張って、放り投げます。

空間制御でラブホみたいな異空間を創出して、そのピンクのベッドに彼を弾着させました。

「ちょ…ちょっと待て!?何する気だ!?」

ベッドの上で起き上がろうとする彼の上に圧し掛かって、鼻先がくっ付きそうな程顔を近づけます。

ドレスに付いていた血液やら脳漿やら精液やらはもう綺麗になっていますからくっ付いても大丈夫ですね。

「私が本気を出して攻めたらどうなるかやってみましょう」

「待て!」

「……なんですか?」

大いに慌てた様子で、下でもがく清家。

「いや、多分お前は中の上かもっと上か…兎も角その位の淫魔だ。そのレベルが本気で人間を攻めたら……」

「狂っちゃいます?」

私の言葉に彼はコクコク頷きました。

確かに、淫気だけで淫魔すら大変なことになっていましたしね。

でも……。

「大丈夫ですよ。狂ったらすぐ治してあげますし、体力もすぐ回復してあげますから」

「そういう問題じゃなひィっ!?」

「くっ付いてるだけで早速びゅくびゅく始めましたね……」

射精しながら痙攣する彼の服を引き裂いて……。

「いただきま〜す」

「のわーーーーー!!」



こうして、異空間に一人の若いハンターの快楽の絶叫が一晩中響いたそうな。

チャンチャン♪




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