交接法




瀑布のごとく降りしきる雨の中、尭仕儀は廃寺の中にいた。

道士となって幾数年、各地を渡り歩いて修行を積み、道すがらこの集落を訪れた。

しかし盗賊の跋扈するこの物騒なご時世に、見ず知らずの旅人に宿を貸してくれる家があるとは思えなかった。

しばらく闇の中をさまよい、この廃寺にたどり着いた。

寺の中は荒れ果て、燭台や礼器といっためぼしい物はあらかた持ち出された後だった。

それでも雨と風から逃れることができるというだけで御の字である。

炉で燃え立つ炎で、彼は濡れた道服を乾かしていた。

ぎしり、と戸が音を立てる。



「もし・・・」



薄紅の衣に身を包んだ、若く美しい娘が顔を覗かせていた。



「旅の者でございます、どうか宿を・・・」

「どうぞ入りなさい。火に当たって、着物を乾かしなさい」



娘を迎え入れ、尭は火の側の席を譲った。



「道士様は、このお寺の方ではいらっしゃらないのですか?」

「ああ、君と同様に旅の者だ。どうやらここは無人の寺らしい。院主が跡継ぎに恵まれなかったか、流行り病で亡くなったらしいな・・・」



煎じた薬湯を勧め、火を挟んで二人は旅の話を交わした。

どこそこの料理はうまい、どこそこの山からの眺めは綺麗だ、どこそこの道は険しいから迂回したほうがよい・・・



「ふう・・・なんだか暑くなってきましたわ・・・」



不意に女はそう言いながら着物の胸元を広げ、手で扇ぐようにし始めた。



「さっきの薬湯のせいでしょうか・・・」



白く滑らかな肌が覗き、その表面に浮かんだ汗が炎を照り返す。

その肌に差す赤みは、炎の照り返しによるものだけであろうか。

尭は知らず知らずのうちに、生唾を飲み込んでいた。



「ところで道士様・・・」



女が先ほどとは打って変わって、妙に艶っぽい声を漏らした。



「道士様は修行のため、一切の欲を断ち切って修行なさっていらっしゃるのですね・・・?」

「あ、ああ・・・」

「ならばわたくしは道士にはなれませんわ・・・一人が長続きすると、人肌を恋しがって女が疼きますもの・・・」



言葉と共に女が軽く姿勢を崩し、火を迂回して尭の側ににじり寄ってきた。

彼女が側によるだけで、花園を思わせる何とも言えない心地よい香りが、彼の鼻をくすぐった。



「道士様・・・慰めて下さいませんか・・・?」



しなだれかかる彼女の着物の袂から、桃色の何かが僅かに覗く。

道服と着物を隔てて、女の柔らかい体が尭の中の男を揺り動かす。

このまま鷲掴みにして押し倒し、着物を剥ぎ取り、存分に女の体を蹂躙してやりたい。

暗い欲望が尭の体内で燃え上がる。

尭は震える手をゆっくりと持ち上げ、女の肩に置いた。



「すみません、修行中の身なのでそういうことは・・・」



欲望の炎を御し、女から身を離しつつ、尭はそう言った。



「・・・よくぞ耐えることができましたね、尭仕儀」



女の放っていた色香が不意に消え去り、その唇から穏やかな声が放たれた。



「道士にとって最大の敵は己の欲。それを御することができるあなたは、さぞ立派な仙人になれるでしょう」



先ほどまでの肉欲に取り付かれた淫婦の姿はそこにはなく、女はある種の神々しささえ纏っていた。



「あの、あなたは・・・」

「これは申し遅れました。わたくしはこの地を守る犬瓜華と申す者です」

「犬瓜華・・・様・・・」



変わった名前だが、この辺りの地方神なのだろう。

尭は無意識のうちに、彼女に敬称をつけていた。



「この犬瓜華の試練に耐えた褒美として、あなたには何か差し上げなければならないのですが・・・」

「いえ、そんな褒美だなんて・・・」

「いいえ、試練に耐えたあなたには受ける権利があり、わたくしには義務があります。ですが・・・」



しばしの間をおいてから、彼女は続けた。



「ご覧の通り、この堂にはあなたに差し上げるようなものは何も残っていません」



残念そうに犬瓜華は頭を振った。



「そこであなたには、わたくしが知る仙術の一つを授けようと思います」

「ほ、本当ですか!?」



道士にとって、神仙の操る術はのどから手が出るほど欲しいものである。



「その術は、交接の法といいます」

「交接の、法ですか・・・」



聞きなれない名だ。



「これは二者の気を幾度も巡らせることにより、気を高めて身を神仙の域へと導く修行法です」

「気をめぐらすとは、どのようにして・・・」

「簡単に申しますと、男女の交わりによってです」



犬瓜華の言葉に、尭の思考は硬直した。



「ただ、男女の交わりとは言っても、肉欲に身を任せるような者では精気を一方的に奪われる術です。そのため、あなたが肉欲を御することができるかどうかを見定めるため、あなたを試したのです」

「それは、つまり・・・」

「ええ、あなたに術を授けましょう、尭仕儀」



犬瓜華は帯を解くと、着物を脱ぎ去った。

胸も尻もほどよい大きさであったが、全身にはほどよく肉がついて女性的な丸みを帯びさせている。

滑らかな肌は雪のように白く、その肉体と相まって磨き上げられた西方の大理石像を思わせた。



「さあ、見ているだけでは術を授けられませんよ」

「は、はい」



尭はぎこちなく応えると、道服の帯を解きその場に脱ぎ去った。



「あら、こちらはやる気のようですね」

怒張しきった尭の肉棒を目にし、犬瓜華は笑みを浮かべた。

「その、すみません・・・」

「いいえ、謝ることはありませんよ。ただ肉欲に身を任せぬよう・・・そうだ、わたくしが何もかもをして差し上げましょう」



犬瓜華の手が尭の肩に触れ、やんわりと押す。

力がこもっているわけでもないのに尭の身体から力が抜け、床の上に横たえられていた。



「ふふ、本当に立派・・・」



屹立する尭の逸物に目を向けながら、彼女は声を漏らした。

そして白魚のごとき指が伸ばされ、肉棒の表面に触れる。

僅かにひんやりとした指先が、二度三度と肉棒の表面を撫で擦った。



「うぅ、あぅ・・・」



幼子の頭を撫でるかのような動きにも拘らず、尭の肉棒は静まるどころかますます猛っていった。

鈴口がぷっくりと広がり、溢れ出した透明な粘液が肉棒を濡らしている。



「それでは尭殿、失礼します・・・」



犬瓜華が、言葉と共に仰向けに横たわる尭をまたぎ、腰を下ろした。

彼女の両足の付け根、股の間に口を開いた女陰が、踊る火の明かりに照らされて赤く彩られていた。

ゆっくりと腰を下ろすのに合わせ女陰は大きく開いていき、透明な粘液が果実を絞るかのように垂れて、尭の腹や肉棒を濡らしていく。

雫が垂れるたびに尭のうちに、犬瓜華を力ずくでモノにしたいという欲望が燃え上がっていく。



(ああ、早く早く・・・!)



永劫とも思えるような僅かな時間を経て、ようやく女陰が彼の亀頭に触れた。



「お、おお・・・」



柔らかな、唇を思わせる肉の触感に、尭は声を上げていた。

しかしまだ亀頭が半ばほど飲まれたのみ。犬瓜華は笑みを湛えながら、膝をかがめていく。

彼女の中は柔らかでありながら、肉棒を二度と離すまいとでも言うかのように締め付けてくる。

その締め付けにも拘らず腰を下ろすことにより、内壁の襞が肉棒表面を擦りたてた。



「おぉ・・・」



ふと気を抜くだけで、精を放ってしまいそうになるのを、尭はこぶしを握り締めて必死に堪えた。

やがて犬瓜華の腰が下がりきり、尭の肉棒が彼女の中へ飲み込まれてしまった。



「尭殿、そう力んでいては術を伝えられません・・・」



優しげな声で、犬瓜華が語りかける。

彼女の言葉に合わせ、体内の襞が蠢く。



「し、しかし・・・ぐっ・・・」

「男としての矜持などというものは、捨て去りなさい」



慈母のごとき笑みを浮かべながら、彼女は言った。



「わたくしも手伝いましょう・・・」



そう続けると、彼女は短く口内で何事かを呟いた。

瞬間、ばさぁ、という布がはためくような音が響き、犬瓜華の肩から二本の巨大な何かが顔を覗かせた。

薄いこげ茶の紡錘形で、先端部が墨を含ませた筆のように黒くなっている。

まるで、狐の尾のようだ。



「それでは・・・」



犬瓜華の言葉に、狐の尾が尭の胸の上へ下ろされた。

彼の胸板を、上質な毛皮を思わせる柔らかな毛皮が刺激する。

一本一本の毛が、皮膚をくすぐり、尭から力を奪っていく。



「うぉ・・・お・・・!」



くすぐったさに彼の気が抜けたところを、陰茎を包む肉襞が蠢動した。

肉の筒越しに、数十本の指で揉み立てられているかのような感覚に、尭は一瞬にして絶頂に追いやられた。

目の前で星が瞬き、猛りきった肉棒から興奮とともに精が迸る。

神仙と交わっているためか、興奮が長かったせいか、迸りはしばしの間続いた。













「はぁはぁはぁ・・・犬瓜華殿・・・あなたは、一体・・・」



尭の身をくすぐり、今も彼女の背後で揺れている二本の尻尾を見ながら、彼は息も絶え絶えに問うた。



「そう気になさるほどのことではございません。ただ、わたくしが土地神になる前の姿に少し戻った。ただそれだけのことでございます」



尭と繋がったままの姿勢で、尻尾を揺らしながら犬瓜華はこたえた。



「それより尭殿、ただいまあなたの放った気が、わたくしの胎内で練られております」



ゆっくりと上体を倒し、顔を近づけてくる。



「その気と私の気をあなたの胎内へ戻し、あなたが練り上げてわたくしへ送る・・・これを繰り返せば、あなたとわたくしの気はどこまでも高まっていきます」

「・・・それでは・・・気を戻す方法・・・とは・・・」

「わたくしの乳でございます」



犬瓜華が言葉と共に背を伸ばし、尭の顔へ己の乳房を寄せた。

尭の視界を、白磁のごとき肌に包まれた乳房と、その頂点を彩る薄紅色の乳首が覆う。



「さあ、どうぞ・・・」



彼女の言葉のまま、尭は乳房に顔を寄せて、片方の乳首を口に含んだ。

軽く吸うと、乳首からにじみ出した汁が彼の口内に放たれた。

ほのかな甘みと、かすかな粘り気を持ったそれは、尭の喉を潤すどころか、飲めば飲むほど乾かせていった。

いつの間にか尭は右手で乳房を掴み、左手を犬瓜華の背に回して抱え込むようにしながら、乳を吸っていた。



「ふふ、そんなに懸命に・・・」



赤子をあやすかのように、犬瓜華は尭の頭を撫でた。

どれほどそうしていただろうか、尭の体に変化が起き始めた。

彼女の胎内に納まる尭の肉棒に、再び血が満ち始めたのだ。

半萎えのまま襞に包まれていた肉棒は、硬さと大きさにより襞を押し広げ、先ほどよりも一回りは大きくなっていた。

乳の味と、腕の中の犬瓜華の柔らかな体に、尭の興奮が意識を蝕んでいく。



「これで、わたくしの胎内で練っていた気をあなたにお返ししました・・・さあ、今度はあなたの番」



犬瓜華の言葉が耳に届く。

しかし、尭の意識は興奮によって獣程度の思考もできなくなっていた。

それでも彼は犬瓜華が何を言い、どのようにすべきかを悟っていた。

犬瓜華の肩を掴み、力にまかせて押し倒す。



「きゃ」



背中を叩きつけられたからか、尭の豹変のせいか、彼女は声を上げた。

しかし尭は彼女に構うことなく、乳をすすり上げながら腰を叩きつけた。

締りのよい肉襞が、尭の肉棒に絡みつき、快感を生じさせる。



「ぐぅううう・・・」



唇の間から、獣のような唸り声を漏らしながら、尭は猛然と腰を振った。



「あぁっ、そうっ、ですっ」



彼の腰の動きに合わせて、犬瓜華が途切れ途切れに声を上げる。



「あなたのっ、気をっ、練りっ、あげてっ」



一言彼女が声を発するたびに、襞が蠢き、出入りする肉棒に絡みつく。

犬瓜華の両の乳房からは、吸わずとも乳があふれ出ている。

尭はそれを舐め、啜り上げながら、腰を動かしていた。

乳が、声が、蠢く肉襞が、尭を追い詰めていく。

やがて、限界が彼に訪れた。



「うぐぁあっ!」



断末魔めいたうめき声を上げ、煮えたぎった精が犬瓜華の胎内に再び注ぎ込まれた。

だが、勢いよく精を放っているというのに彼の腰は止まらなかった。



「あぁっ、そうですっ、気を、もっと、注ぐのです・・・!」



犬瓜華が声をあげ、その胎内が更なる精を欲するかのように波打つ。

柔らかな毛に覆われた彼女の尾が、尭の内股をくすぐる。



「ぐうぅ・・・!」



尭は断続的に精を放ちつつも、波打ち蠢く肉壷に自身の分身を幾度となく打ち込んだ。



「あぁ・・・もっと・・・」



彼の体の下で、神仙の女が喘いでいる。

女の胎内を、彼の精が満たしていく。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」



尭は、もはや一匹の獣となって腰を振り、精を放ち続けていた。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」



やがて彼の視界が白く染まっていき、腰の動きが鈍くなっていく。



「はぁ、はぁ・・・はぁ・・・・・・」



唐突に、尭の全身から力が抜け、犬瓜華の上に崩れ落ちた。

彼女は僅かに顔をしかめると、女陰から尭の逸物を抜き、その体を脇に転がした。



「もう、限界ですか、尭殿・・・」

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」



身を起こし、犬瓜華が尭に問いかけるが、彼はただ荒く呼吸するだけだった。

彼の股間に目を向けると、萎えて縮んだ肉棒の先端から少々白いものの混じった液体が、僅かに漏れ出ている。



「・・・ご苦労様でした、尭殿」



横たわる尭ににじり寄りよりつつ、言葉を続ける。



「それでは」



犬瓜華が、妙に尖った爪の生えた手で、彼の腹を優しく撫でた。

瀑布のごとき雨音が、廃寺の外から響いていた。















「はあ、まただ・・・」



翌日の朝、からりと晴れ上がった青空の下、廃寺の前の濡れた地面の上に一体の死体があった。

服装からすると旅の道士なのだろう。

彼は手足を伸ばし、顔をゆがめて、中身が空っぽになった胴体を晒していた。



「また道士様じゃ・・・」

「まったく、恐ろしいことだ・・・」



死体を囲んだ住人達が、言葉を交わし、ため息をつく。



「やっぱり、院主さまの祟りだろう・・・」

「いっそのことこんな寺、取り壊してしまったほうが良いのかもな・・・」

「俺は反対だ。そんなことして祟りがこっちに向いてこられては・・・」



「その話、詳しく聞かせてもらえぬか?」



背後からの高い声に、住人達は振り返った。

そこに立っていたのは、道服に身を包んだ髪の長い女だった。

女は住人達の隙間から、廃寺の前に転がる男の死体を見つめていた。

袖から覗く手や首筋の肌、道服の胸を押し上げる二つの球体からすると、女は若いのだろう。

しかしその顔は、陶器を思わせるつるりとした材質の面に覆われており、二つの黒丸と横倒しの三日月からなる模様からは、表情は窺えない。

土気色に変わり、早くも臭いを放ち始めた死体を、女は面越しとはいえ平然と見つめていた。

さすがは道士、といったところだろうか。



「院主様の祟り、といったか?」

「は、はい」



軽く顔を向けられただけだというのに、住人達はその面の二つの黒丸から放たれる視線に、射すくめられたような気がした。



「あ、あなたさまは・・・?」

「見ての通り、わしは旅の道士だ」

「ならば、お祓いをしていただけますか?」



住人の一人が、勢い込んで言う。



「話の次第によってはな」



住人達はしばしの間視線を交わしていたが、やがて意を決したようにその中の一人、お払いをしてくれといった者が、代表して話をはじめた。



「あれは、三年ほど前の晩でございました。この寺の女院主様が、旅の道士に成りすました盗賊に乱暴され、殺されたのです。まだ若く、美しい院主様でした・・・。それ以来、あの寺に泊まった者は必ず、このようにはらわたをすべて奪われて死んでいるのです」

「ほう」



女は住人の言葉に耳を傾けつつも、男の死体をじっと見つめていた。



「いっそのことこんな不気味な寺は崩してしまったほうがいいと思うのですが、たたりのことを考えるとどうも恐ろしくて・・・」

「手を出せぬわけか」

「はい」



彼女の問いに答える住人の面上へ、女は視線を向けた。そしてしばしの間何かを思案し、ふと声を発した。



「ところでその院主様は犬か猫か・・・何か生き物を飼ってはいなかったか?」

「?いいえ、狸か狐かに餌をやって、可愛がってはいましたが・・・」

「なるほど、そうか・・・分かった」



合点がいったように数度頷くと、女は懐から札のような物を取り出し、側にいた住人に手渡した。



「こいつを入り口に貼り付け、次の満月の夜が明けたら取り壊すがいい」



女はそういうと踵を返し、すたすたと歩き出した。



「あ、あの道士様・・・」



住人の声にも耳を貸さず、女は青黒い髪を揺らしながら歩み去っていく。

女の放つ、人とは思えぬようないような雰囲気に、住人達はそれ以上声をかけることはできなかった。











「もし、道士様」



集落から出たところで、彼女は背後から呼び止められた。

足を止めて振り向くと、そこには二十ほどの娘がいた。

人懐っこい小動物を思わせる、愛らしい容貌の娘だ。



「何の用か?」

「先ほどお堂の側で、あなた様と村の人のお話をうかがっておりました」

「そなたは?」

「瓜珊華と申します。猟師の瓜八郎の娘でございます」

「わしに何の用か?」



矢継ぎ早に問いを放ちながら、女は娘にその二つの黒丸からなる目を、凝視するかのように向けていた。



「先ほどの、村の人にお与えになったお札は、何の魔よけでございますか?」

「何というほどのものでもない。まあ、人外の妖魔全般向けのものと思えばよい」

「人外と申しますと・・・畜生などの化生にも?」

「無論だ、特に狐には良く効く」



娘の表情に固いものが宿り、女の面の三日月の端が微かに上がったようにも見える。



「で、でも・・・旅人が死んでいくのは、院主様の祟りのせいでは?」

「ふん、あの旅人が死んだのは、院主の祟りなどではない」

「そ、それでは?」

「あの者には、夥しく精を放った後があった」

「なぜ分かります?」

「なに、単に臭いがしただけだ。調べれば間違いはあるまい。

ところで、仙人の術の中には、交接の法という物があるらしいな。これを体得すれば、肌を重ね交わった相手の技をすべて、己の物とすることも可能だという・・・」

「な、なぜそのような話を私に・・・」

「殺された院主は、交接の法の修行をされていたと聞いた」

「・・・・・・」

「そなたは、その院主から交接の法を教わっていたのではないのか?」

「なぜ、私が・・・」



娘の表情は狼狽に漲り、著しく強張っていた。



「わしは交接の法について話を聞きに来たのだが、亡くなっていたとは残念だ・・・。院主の無念を晴らしたいという気持ちも分からなくもない。ただ・・・」



娘はその全身を、向けられた黒丸に凝視されたかに感じた。

何の工夫もない、黒丸二つと横倒しの三日月からなる表情が、険しいものに見える。



「これ以上の殺生を繰り返すのならば、それ相応の覚悟をしなければならない」



娘の表情が紙のように凍りつき、女の全身から放たれる重圧が全身を貫く。



「修行により方術妖術を身につけた化生は、その恩恵により幾星霜も生きるという。だが自然の理に反し、生を永らえることは魔へと至る道と聞いた」



女が髪に手をかけ、かきあげていく。



「そなたに魔として、人の敵として永劫を生き、人に追われ続け、人を追い続ける覚悟は、あるか?」



かきあげられた髪の下に隠れていた、首筋から頬まで継ぎ目のない、陶器を思わせる滑らかな肌があらわになった。









日差しの降り注ぐ、いまだ濡れた畦道を女が歩いている。

その姿は次第に小さくなり、いっそすがすがしいほど鮮やかに畦道の彼方へ消えて言った。

その背中を、一匹の人懐っこい目をした狐が、いつまでも見送っていた。






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