11月3日 女の子の台詞は女の子が言うから可愛いんだね




蛍光灯に照らされた、大きな机と応接セットの並ぶそこそこの広さの部屋。

その中央に一組の男女の姿があった。



「支部長・・・あたし、もうだめです・・・」

「何を言っている、これからが本番だぞ!」



男は下着姿で床の上にうつぶせに横たわり、OL然とした装いの女の足を背中に受けながら声を上げた。



「さあもっとだ!踏みにじれ!体重をかけろ!片足立ちになれ!蔑め!罵れ!侮辱するんだ!」

「うぅ・・・あたしには・・・もう・・・」

「どうした!それでもノイエンドルフ家の眷属の末裔か!ノイエンドルフの名が泣くぞ!」

「眷属の末裔って言っても、何代も前のご先祖様がノイエンドルフ家に仕えていた、ってだけです!あたしはあんまり関係ありません!」

「ならばお前自身の力だ!お前自身の力で新たなる時代の流れを作り出すんだ!これはその第一歩だと思え!さあ、私を罵倒しろ!未知の領域を意識しろ!極限を越えるんだ!」

「あの・・・何をなさっているんですか・・・?」



部屋に設けられた唯一のドアが開き、別な女が顔を覗かせる。



「ひ、ひろさかさーん!」



男の背中に足をかけていた女が、涙声で名前を呼びながら、広阪の下へ駆け寄っていった。



「支部長がね、書類に判子が欲しかったらそれなりのことをしてもらおうか、ってね・・・」

「はいはい、よしよし・・・」



淫魔のため自分より遥かに年上のはずだが、広阪はすすり泣く同僚の肩を軽く叩いてなだめた。



「支部長」

「何だ広阪、もう少しで新たな境地にたどり着けたのに」



床から身を起こしながら男、エリオット・スペンサー『帝国』日本支部長が声を上げる。



「ぜんぜんもう少しじゃありません、嫌がっている女の子に無理強いさせないで下さい」

「仕方ないな、分かった、ならば広阪、代わりに君が・・・」

「お断りします。ほら、あなたは自分の机に戻って、書類のサインは私がもらっておくから」

「えぐ・・・ありがとうございます、広阪さん・・・」



淫魔職員を送り出し、支部長室の扉を閉める。



「で、話は何だ、広阪?もしかして鞭がいるのか?」



床の上に脱ぎ捨てたワイシャツやスーツに袖を通しながら、スペンサーが言った。



「いいえ、『バビロン』からの荷物運搬の計画書があがってきたので、目を通しておいて下さい。

あと、こっちの収支報告書も判子押してください」

「わかった、判子は私の直腸に保管しているから、ちょっと君の指で・・・」

「冗談はいいですから、早く」

「ちぇー」



スペンサーは卓上のペンを手に取ると、所定の欄にさらさらと走らせた。

続けて、広阪が持ってきたほうの書類も軽く目を通し、同様にサインする。



「はい。じゃ、後は頼んだよ広阪」

「かしこまりました」

「ああ、あとねさっきの子に、後で来るように・・・」

「いい加減にしないと怒りますよ」

「はいはいのはーい」



目に見えない何かを全身から噴出させた広阪に、スペンサーは大人しく従った。

彼女は二部の書類を手に取ると、一礼してから支部長室を後にした。













「はあ、暇になったな・・・」



スペンサーが支部長室に取り残されて数分後、椅子の背もたれに体重を預けながら呟いた。



「・・・ん?ああ、そうだ忘れてた」



彼はあなたのほうを向きながらそう言うと、椅子の上で姿勢を正し、あなたに向き直った。



「やあ、待たせたね。今回は文化の日スペシャルということで、話を任されていたんだ。

別にこれは、美術部部長と部員の体と筆での芸術活動が間に合わなかったというわけではない。

単に、『文化とは何ぞ?』と寝ながら考えていたら、思いついてしまったんだ」



言葉を切り、指を組むと彼は続けた。



「では文化とはなんだろう?

手元の新明解国語辞典を引くと、『その人間集団の構成員に共通の価値観を反映した、物心両面にわたる活動の様式』とある。

しかし明治大正、昭和初期において文化とは『文明の物質的恩恵を最大限に活用しており、快適・至便な状態である』ことだった。

そのため今回の作品は、文明の物質的恩恵を最大限に利用した性生活を描こうという試みなわけだ。

では、ここで質問だ。文明的な性生活とはなんだろう?

言っておくが男と女のレスリング・オン・ザ・ベッドは文明的とはいえない。動物もやっているからね。

文明とは自然や野生とは対極の存在だ。だから私が思うに、文明的な性生活とはオナニーのことを指すのではなかろうか。

それも、単に手を上下させるばかりのものや、秘所をガッシュガッシュとやる、サルでもできるようなものではない。

もっと崇高で困難で、ある程度の技術と鍛錬を要するものだ。

ところで、話は変わるんだが・・・」



スペンサーは両手を解くと、机の一番下の段の引き出しを開き

何かの器具を取り出した。

それは直径10センチ、全長50センチほどの円筒形のガラス製品で、先端は円錐状に加工されており、下部に取り付けられた台が支えている。

容器内には水か何かの透明な液体が満たしてあり、その中に色水の詰まった小さな風鈴がいくつか浮かんでいる。

風鈴には数字の刻印されたタグが取り付けられており、『25』と刻印された風鈴が真ん中に、それより数字の小さいものは容器の上に浮かび、大きいものは下に沈んでいた。



「これはガリレオ温度計というものだ」



スペンサーはガラス容器、ガリレオ温度計を机の上に置くと、話を再開した。



「ガラス容器の中には水だかアルコールだかが入れてあり、中の風鈴にも似たようなものが入れてある。

ただ、風鈴内部の液体は一つ一つ比重が調整されている。

そのため、ガラス容器内部の液体の密度が気温によって変化すれば、風鈴は浮いたり沈んだりするわけだ。

中を見てみると、『23』が上に浮かんでおり、『27』が沈んでいる。そして、『25』が真ん中だ。

よって、今の気温は大体24度くらいだといえる。

まあガリレオ温度計の話はこれぐらいにして、このガラス容器の先端を見てくれ」



そう言うと、彼はガラス容器の円錐状になった先端に手を触れてみせた。



「この形・・・わくわくしないか?」



優しく、指先でガラス表面を撫でながら続ける。



「直径10センチというのは結構な大きさだ。それなりの鍛錬を積んでいなければ、突っ込んだら確実に裂ける。熟達者でも、それなりの覚悟が必要だ。

しかしこのガリレオ温度計の先端部は、先細りで根元に近づくに連れて徐々に太くなっている。これならばスピードに注意すれば、10センチという太さを堪能できるだろう・・・。

では、これから実際に突っ込んでみせる。

・・・何?どこにだって?」



彼はそう言うと、あなたに向けてふふふ、と笑って見せた。



「おいおい、聞かなくても分かるだろう?

さて、机の上ではやりにくいから、床に置かせてもらおう」



ガリレオ温度計と、引き出しから取り出したビニールシートを手に立ち上がると、机をぐるりと迂回した。

そして絨毯の上にビニールシートを広げ、温度計を置いてぐらつかないかどうかを確認する。



「それでは、いってみるか。まあ、君達は見ていてくれ」



彼は笑顔で、自分のベルトに手をかけバックルを



























































「む?」



アパートの一室、テーブルを囲んで紙に何かを書いていた三人の男のうちの一人が、手を止めて声を漏らした。



「どうした、腰眼?」

「いや、今何か危険が回避されたような気がして・・・」

「気のせいですよ、腰眼。もしかしたら疲れが溜まっているのかもしれませんよ?」



二人がそれぞれ、腰眼に向けて声をかける。



「やっぱり仕事がないときぐらい休もうぜ。仕事があるときにぶっ倒れたんじゃ、しゃれにならねえ」

「いや、そうは言うが足泉・・・今度こそはこいつの解読をして、どっかに結果を売らんと三人とも餓死するぞ」



腰眼は、テーブルの上の細かい装飾が施された金属製の立方体を手に取った。



「ああ、そうでしたよね腰眼。どっかのバカがそんな物を買ってきたりするから・・・」

「ああ、どっかのバカが買ってきやがるから・・・」



二人の男が同時に言い、しばしの沈黙が挟まれる。



「「買ってきたの、腰眼じゃねーか!」ですか!」



椅子を倒しながら、二人が立ち上がって声を上げた。

と、そのとき、電話のベルが鳴った。



「はい、こちら田辺発条店です」



一度目のベルがなり終えると同時に、電話の側に座っていたサングラスの女が受話器を取る。



「はい・・・はい・・・はい、かしこまりました。腰眼様」



女は受話器の口をふさぐと、顔を腰眼に向けた。



「『帝国』日本支部の、エリオット・スペンサー様からお電話です」

「私にか」



腰眼は電話台の側に歩み寄ると、彼女から受話器を受け取る。



「あー、もしもし」

『おい腰眼!ひどいじゃないか!』



受話器の向こうから大きな声が響き、腰眼は思わず受話器を耳から遠ざけた。



「あぁ?何の話だ」

『せっかく文明の利器、ガリレオ温度計を挿入するところだったのに、勝手に持って行きやがって!どうしてくれる!』

「ああー、と・・・」

『見てる人がいるから、と思ってビデオ回さないでおいたから、名シーンを私以外誰も見てないじゃないか!』

「ああ、分かったスペンサー、お前疲れてるんだ。いいか、今日は電話を切ってゆっくり休むんだ」

『電話を切ってみろ、仕事を二度と回さんぞ!』

「・・・」



テーブルの二人に目を向けると、全力で首を振り、目が『切るな』と訴えていた。

電話台側の椅子に腰掛ける女に視線を落とすと、その表情とあ売れ出る気配が『話を聞くだけだろう、切るなよ』と語っていた。



「・・・分かった、何があったか言ってみろ」

『おう、さすがは『月を見るもの』団長!話が分かるね!』

「いいから早く」

『まあせかすなって、まあそもそもは『文化の日』をネタに何か話をする予定だったんだが、原稿考えているうちに頭が痛くなってね、私独自のオナニー論でお茶を濁そうとしたわけだ』



右手で受話器を持ち、左手でこめかみをぐりぐりと指圧する。



「・・・で?」

『それでだ、話をしているうちにこないだ『オナニーシリーズ・ルネッサンスと芸術』用に買っておいたガリレオ時計のことを思い出してな』

「いや待て、お前文化と芸術とガリレオを汚すな。というか、して見せたのか」

『して見せようとしたところで、お前達が持っていったんだ!』

「いやだから、持っていったって・・・」

『まあいい。とにかくそのときの感想を事細かに言うから、そこで聞いておいてもらいたい』

「ああ、はいはい・・・」

『こっちでも録音しておくから、聞きたくなったらCDにでも焼いて貸してやるぞ』

「分かったから早くしろ!」

『ああ、それでは・・・』



受話器の向こうで、かちゃんという音がした。



『25度というのは意外と冷たい。先っちょが触った瞬間、びっくりして『あひゃい!?』って叫んでしまった』

「・・・」



猛烈に切りたい。猛烈に電話を切って何もなかったことにしたい。

しかし、腰眼は耐えることにした。



『ふたなり娘が弄られているところに、不意に突っ込んでやればあんな声が出るんじゃないかな』

「・・・・・・ああ分かった、続けろ」



何が分かったのか分からないが、先を促す。



『んで、今度は少しずつ膝を屈めて、腰を下ろしていったんだ。

いやね、冷たいガラスがだんだん中に入っていくっていうのは、なかなか斬新な感覚だった。

それに直径10センチというのは、フィスト熟達者、つまりはアナリストの私でも少しきつかったね。

ああ、でも何もいやだったというわけじゃないよ。なんというか、ルネッサンスだ』

「・・・・・・・・・ああそうかルネッサンスか」



もはや腰眼は何も聞いていなかった。適当に相槌を打って、一秒でも早く話を終わらせてやりたかった。



『それでだ、奥まで突っ込んだところで、ようやく持っていかれたことに気づいてね、電話かけるために机まで移動したんだが・・・。

うん、歩こうとするとどうしてもね、丸められているとはいえ先端が奥のほうをカリカリと引っかいてね、『んほぉっ』って声上げちゃった。

あんまりルネッサンスなんで、机の周りぐるぐる回りながら、連続で声上げたよ、ほんと。

そしたら事務員の女の子がびっくりして様子見に来てね、私の姿見てから、もう一度びっくりしてた。

こっちも出しはしなかったけどびっくりしたよ。多分出てたら、びっくりするほど飛んでただろうね』

「ああそうだねびっくりだね」

『まあこんな感じで、なぜルネッサンスは衰退してしまったのかと言う疑問が・・・あ!腰眼!ちょっと聞いてくれ!』

「・・・どうした・・・?」



急な語調の変化に、停滞していた思考が一部分動き出す。



『私の体温のせいか、『27』の風鈴が浮かんできた!』

「いやごめん本当にお前が何言っているのか理解できない」



腰眼の必死の訴えに対し、受話器の向こうからは快活な笑い声が返ってきた。



『いいっていいって、今は理解できなくてもそのうち理解できるようになるって』

「いや理解したくないから私から願い下げだから」

『まあ、とにかく温度計が私の体温を表示するまで、私のセルフ・バーニン・ハッピィ・タイム理論について講義しながら実況するから、椅子にでも座るんだ』

「いやよくそんなこと思いつくな。お前の頭はあれか、地獄と直結しているのか」



腰眼の言葉を無視し、スペンサーは受話器の向こうで本か何かをめくるような音を立てた。



『えーとだ・・・あ、これがいい。満州の蒸気機関車のアジア号って知ってるよな?私は実物を見たことがあるんだが、あれはでかかった。黒くて、大きくて、惚れ惚れするようだったな。

何よりも私を惹きつけて止まなかったのは、あの巨大な蒸気機関だ。

巨大なピストンが、キツキツのシリンダーの中を前後にごりごりと動くんだ。

そして時折、天に向かってそそり立ったあそこから白い蒸気がぶしゅー、ぶしゅーって噴き出すんだよ!

誠に文化的で文明的、男とはああありたいね・・・って、何だ?』



受話器の向こう側から、ドアが開くような音が届いた。

続けて、おそらくは女性の声がした。何かを言っているのは分かるが、何と言っているかは分からない。



『何の用だ広阪、私は今電話中だぞ。しかもお楽しみタイム中だ。ガリレオとルネッサンスと文化に敬意を払って、すぐに・・・おほぅっ!?』



がん、という鈍い音と共に、裏返ったスペンサーの声と何かが倒れ伏す音が届いた。



『お・・・そんな、いきなり奥に・・・ひゃひぃっ!んほぉっ!ふぎぃっ!!』



鈍い音と悲鳴が、交互に受話器から放たれる。



『ごほぉっ!すごいひぃ!なかがぁ!ごりごりぃ、ごりごりぃってぇ!』

『・・・・・・』



ぶつぶつと女の声が何かを言い、一際大きく打撃音が響き、がちゃんと何かが割れた。



『ひっぎぃぃぃぃいいいいっ!?』



長い、長い悲鳴が途切れ、沈黙が支配する。



『あの、もしもし?』



不意に先ほど加わった女の声が、受話器から放たれた。



『わたくし、『帝国』日本支部で事務員をしております、広阪という者ですが・・・』

「あ、ああ、こちらは『月を見るもの』の腰眼だ」

『先ほどまで、支部長がご迷惑をおかけいたしました。誠におわび申し上げます。

支部長にも謝らせるべきなのでしょうが、現在支部長は気を失っておりまして・・・。

ほんの何度か蹴っただけなのに・・・』



脳裏に、うつぶせに横たわって尻からガラスの破片と血液を垂れ流すスペンサーの姿が浮かび上がるが、腰眼は一瞬で打ち消した。



「ああ、いやいいんだ。うん、そのままで。目が覚めたらお大事にと言っておいてくれ」

『はい、かしこまりました。それでは腰眼様、今後ともよろしくお願いします。では、失礼致します』

「ああ、それでは」



受話器を下ろすと、腰眼はテーブルへよろよろと向かっていった。

そして、力なく椅子に腰を下ろすと、死魚のように濁った瞳で虚空を見つめた。



「・・・ふぅ・・・・・・」



ゆっくりと、ゆっくりとため息を一つつくと、彼は言った。



「勇気が、欲しかったな・・・脅しにも負けない、勇気が・・・なあ、髄柱、足泉、バアル」

「はい」

「ああ」

「ええ」



『月を見るもの』の全員の意見が、この瞬間だけは確実に一致していた。





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