天職




薄暗い空間に、彼はいた。

皮膚にはいくつものフックが引っ掛けられ、フックから伸びる鎖が彼の体重を支えていた。

痛みはない。

体にはいくつもの器具が取り付けられ、その一つ一つが彼の体調を把握し、必要な養分を与えていた。

「よぉ」

どこかからか、女の声が届いた。

「あ、鉄さん、こんにちは」

別な女の声と同時に体に取り付けられた器具の一つが音を立てて動き始める。

柔らかい樹脂製の器具の内部が蠢き、刺激を彼に与えた。

与えられた刺激によって、彼は体液を大量に放出していた。

「先日はどうも」

「いや、こっちこそ無理頼んで悪かったな」

女達の会話が耳に入るが、もはや彼には何も考えることはできなかった。

そう、思い出すことさえも。













いつものように勝手口から店に入ると、拳が飛んできた。

もろに顔面に叩き込まれ、俺は店の裏の路地に倒れていた。

「おいカズ、てめぇまたやってくれたな」

鼻血に赤く染まったワイシャツの胸倉を掴み、店長が俺を持ち上げて、頬に拳を打ち込んだ。

(何だっけ?)

ぐらぐらと揺れる視界の中、俺はいくつかある心当たりを思い浮かべた。

その間にも拳は何度も打ち付けられ、そのたびに俺の思考が揺れる。

「全く、おしぼり屋に渡す金預けたのが間違いだった・・・」

ああ、それか。

半ば忘れていた出来事を、ようやく思い出す

確かあの金は、競輪で倍に増やそうとしたんだっけか?

結局は紙くずに化けちまったが。

「今日でてめぇはクビだ」

ようやく気が済んだのか、店長が手を離す。

顔の表面がひりひりと熱く、歯が折れて鉄くさい味が口中に広がっていた。

「んで、こいつが退職金代わりだ」

そう言って、店長は俺の脇腹につま先を叩き込んだ。

痛みに体が、くの字に曲がる。

「ありがたく・・・受け・・・とりな・・・!」

言葉を切りながら、つま先を、かかとを、俺のがら空きになっている脇腹や背中へぶつける。

衝撃に体が揺れ、とっさに蹴られた部分を庇うも、別なところに蹴りを入れられる。

痛い。

痛いけれど、俺の心配事はほかのところにあった。

(明日給料日なのに・・・)

さて、アパートの家賃はどうしようか?









その後、十分近く蹴られ続け、痛みが引いて立ち上がれるようになったのは数時間してからだった。

腹を蹴られたときに出た吐瀉物の酸味が、口の中の血と混ざり、さらに吐き気を催す味を形作っていた。

ゴミ箱にすがるようにしながら立ち上がり、手を建物の壁につきながら路地を進む。

足を動かすたびに腹部に痛みが走る。

でも、少なくとも内臓破裂や骨折はしていないだろう。

していたら、もっと痛いはずだからだ。

半殺しの目にあったときの事を思い出し、この程度で済ませてくれた店長に感謝する。

クビになったから、まだバれていないその他諸々もチャラになるだろう。

ありがとう、店長。

いつもの十倍以上の時間をかけて、ようやく俺はボロアパートにたどり着いた。

ぎしぎし鳴る木製の階段を這うようにして上り、どうにかして鍵を開けて、部屋に身を滑り込ませる。

しみのついた布団の上のカップメンの容器を、布団を取り囲むごみの群れへと押しやる。

容器がひっくり返り、残っていた汁がたたみに新たな染みを作った。

気にせず布団に横たわり、浅く、腹が痛まない程度に呼吸をする。

(さて、どうしたモンかな)

借金は山のようにあるし、すでに家賃は半年はたまっている。

大家の婆は、あと一月分でも払えないのなら追い出すと言っていた。

(このまま出て行ってやろうか・・・?)

後の掃除をあの婆に任せるって言うのもありだな。

ごみの山を涙目で片付ける婆の姿を思い浮かべ、俺は低く、痛くない程度に笑い声を上げた。

ぴんぽーん

玄関から軽やかな電子音が響いた。

チャイムの音だ。

(まさか・・・)

店長がほかの悪事に気が付いたのかという焦りと、チャイムがまだ使えたことに対する驚きに、俺は布団から身を起こした。

窓に近寄り、窓を開こうとするがびくともしない。

錆付いてやがる。

心中で大家の婆に毒づきながら、強引に窓枠を揺さぶるが動く気配は無い。

ぴんぽーん

また電子音が響く。

(待てよ・・・)

ふと、俺は窓枠を揺さぶる手を止めた。

振り向くと、ベニヤ板といってもいいような扉が、玄関に張り付いていた。

蹴り一つで穴が開きそうな扉だ。

(店がらみなら、とっくにドア破ってるだろ・・・)

ということは、少なくとも店がらみじゃなさそうだ。

俺は窓枠から手を離し、半ばすり足で玄関に向かった。

鍵をはずし、ドアを少し開く。

「あ、こんにちは。福間カズタカさんのお宅でしょうか?」

スーツ姿の、俺と同じぐらいの年の男が立っていた。

「・・・ああ」

「私、『四海協会』の山上と申します」

差し出された名刺には

『四海協会 人事関連部

山上 信也』

とあった。

「本日は、福間さんに仕事のご相談がございまして・・・」



部屋に山上を上げ、ごみを掻き分けて座らせる。

山上の話を要約すると、どうやら俺の借金をチャラにする代わりに、四海協会というところで働いてもらいたいらしい。

しかも三食と寝場所つきで、そこそこの給料だ。

「これ、本当っすか」

山上の差し出した契約書の、給料の部分を見ながら俺は言う。

「ええ、無論。証拠にはなりませんが、このようなものもお持ちしました」

山上がカバンを開き、一枚の紙切れを取り出した。

それには俺の名前と、大昔に借りた金の金額が記されていた。

「契約書にサインしていただければ、すぐにもお渡しいたします」

つまり、いきなり借金がチャラになるということだ。

「うー・・・」

腕を組みうなり声を上げる。

ここでサインすれば、借金はチャラになる上、仕事にもありつける。

即座にクビになったとしても、借金はないわけだから、少なくとも今よりずっといい状態にはなれる。

「よし・・・」

俺は腹を決めた。





「貴重品の類があれば、今持っていってください」

借用書を破り終えると同時に、山上は俺を外へと連れ出した。

アパートの前に白のライトバンが止まっており、俺は半ば詰め込まれるようにして乗せられた。

ライトバンが動き出し、窓の外の景色が次第に寂れたものへと変わっていく。

何時間かの後、日が暮れてしまってから、大きな建物の前で車が止まった。

建物の玄関をくぐり、薄暗く細い廊下を山上に導かれて進んでいく。

「ここです」

山上が一枚のドアの前で足を止めた。

軽く二回、ノックをする。

『どうぞ』

「失礼します」

山上がドアを開き、狭い部屋と、そこに置かれた机につく、白髪混じりの男の姿が目に入った。

「福間カズタカさんをお連れしました」

「ようこそ福間さん。遠いところをお疲れ様でした」

男は立ち上がり、俺に椅子に腰掛けるよう示す。

「私、この施設の責任者の長屋と申すものです」

「はぁ、どうも・・・」

「今回は、半ば借金をタテにするような形で、あなたに契約させてしまいましたが、どうかご容赦願います」

「いえいえ、そんな」

「では仕事の説明を・・・と、思いましたが、今日はすでに遅いので、詳しい説明は明日ということでよろしいでしょうか?」

「ええ、じゃあ」

「それでは、山上君。彼の部屋に案内して」

「はい」

長屋の部屋を後にし、廊下を進む。

引き戸形式のドアがいくつも並ぶ通路を進み、あるドアの前で止まった。

「こちらが、福間さんのお部屋です」

ドアを開くと、四畳半ほどのスペースが俺の目に入った。

部屋の奥にはベッドが一つと戸棚が一つ。

壁にはハンガーがいくつかかかった洋服かけが取り付けてある。

「部屋の右手にトイレと浴室があるので、お使い下さい。また電話が浴室と部屋に設けてありますので、気分が悪くなったりした場合はどうぞ」

そのほかこまごまとした注意をすると、山上は立ち去っていった。









『初日』

翌日、俺は病院の診察室のような部屋で、入院患者が着るような服を着て、山上から説明を受けていた。

何でも、新薬の被検体になってほしい、ということだ。

「言っておきますが、すでに動物実験は済ませ、何回かほかの方でも試験しているので、危険はありませんよ」

一瞬身構える俺を安心させるように、山上は言った。

「職務内容は簡単です。実験期間中はこの施設内で過ごしてもらい、毎朝夕に簡単な検査を受けてもらいます。

食事はこちらが用意したものを、時間通りに召し上がっていただきます。また、施設内は自由に歩き回って結構ですが、建物の外に出ることはできません」

「あの・・・テレビとかはないんすか?」

「残念ながら、テレビ新聞ラジオ等は禁止です。代わりに、ポータブルDVDプレイヤーとDVDを貸し出しいたします」

「そうすか・・・じゃあ、プレイヤーを貸して下さい」

テレビが見れないのは残念だが、映画が見られるのなら我慢はできる。

「それでは、お部屋に届けておきますので」

山上が何か合図をしたのか、部屋のドアが開いて女が入ってきた。

髪をアップにし、白衣を羽織った目つきが少しきつい女だ。

確実に二十代後半だろう。顔色は悪いが、格好から年頃まで俺の好みだ。

「本日からあなたの担当をいたします、カスール・リーゲンブルグと申します」

どうやら外人だったらしい。

「はあ、福間カズタカっす・・・」

「それでは後はリーゲンブルグ君の指示に従って下さい。では」

山上はそういい残して、部屋を後にした。

「じゃあ、新薬の投与をするわね」

カスールは急に砕けた口調になり、部屋の片隅の戸棚に歩み寄った。

「針が苦手とか、何かアレルギーは?」

どうやらこっちが素らしい。

「いや、ねえよ」

俺も素に戻って答えた。

「なら結構」

カスールが振り返ると、彼女の手には大きな注射器が握られていた。

中には、赤黒い血めいた液体が詰まっている。

「はい、腕出して」

俺が腕を差し出すと、カスールはアルコールをしみこませた脱脂綿で念入りに拭った。

「はーい、チクッとしますよ〜」

おどけた口調でそう言い、針を俺の腕に突き立てる。

「・・・・・・」

「ん?痛い?」

「当たり前だ」

どんどんシリンダーの中身が体内に注ぎ込まれる様子をにらみつけたまま、俺は答えた。

「珍しいね、普通の人は顔を背けたり、目つぶったりするのに」

「俺の見えないところで何かされるっていうのがいやなんだよ」

「へえ、そう・・・はい、おしまい」

注射器が引き抜かれ、傷口に小さな絆創膏が貼られる。

「絆創膏は風呂の時間まではがさないで」

「あいよ」

「もしはがしたときに、血がまだ出てくるようだったら誰かに連絡してね」

じゃあ今日はおしまい、とカスールは続け、俺は部屋に追い返された。

部屋に戻ると、ベッドの枕元にモニタつきの小さなDVDプレイヤーと、紙が数枚置いてあった。

紙にはどうやら貸し出しできるDVDと貸し出し方法が印刷されているらしいが、俺は見る気になれなかった。

疲れているのか、猛烈に眠い。

ベッドに倒れこむと、俺は目を閉じた。







「福間さーん、お昼ですよー」

ノックの音と声に目を開くと、短い髪の若い女が俺の顔を覗き込んでいた。

ナース服のような白衣を着て、手にはお盆を持っている。

「準備いたしますね」

彼女はそういうとお盆をいったんベッドの秋スペースに置き、手馴れた様子でベッドの脇に吊るしてあった板を取り出して、ベッドの金具に取り付けて簡易テーブルを作った。

「後で回収に来ますので、それまでに召し上がっておいて下さいね」

テーブルの上にお盆をおくと、彼女は部屋を出て行った。

「・・・」

お盆の上に目を向けると、見るからに冷めてまずそうな飯が乗っている。

だが、食べないわけにはいかない。

箸を取り適当に突付いていると、見た目とは裏腹に意外といける。

気が付けば、完食していた。

「はぁ・・・食った食った・・・」

腹がいっぱいになったせいか、また眠くなってきた。

俺はそのままごろんと横になると、目を閉じた。









『二日目』

「昨日はどうだった?熱とか体の痛みはなかったか?」

「いや、なかった・・・いや、駐車の後一日中眠かったかな」

「だったら問題ないね」

朝食を食い終えると、俺は昨日と同じ部屋に通され、カスールから診察を受けていた。

「はい、じゃあ口を開けて『あー』と言って」

「あー・・・」

ペンライトでのどの奥を照らし、何かを見るカスール。

「はいよし・・・問題なし・・・と」

手元の紙に何かを書き連ねると、診察は終わった。

部屋に戻ると、朝頼んで置いたDVDが届いていた。

さすがにAVはなかったが、それでも俺好みの分かりやすいアクション映画がいくらでもあった。

俺は簡易テーブルをベッドの上に出し、プレイヤーをおくとDVDを入れた。

さあ、今日は目いっぱい見るとしよう。













『三日目』

目を覚ますと、全身がだるかった。

昨日調子に乗って4本も映画を見たせいだろうか?

カスールにそのことを話すと、

「ああ、そりゃ見すぎだねえ。とりあえず今日は映画は止めといたほうがいいよ」

と言った。

その言葉に従い、午前と午後は寝て過ごした。

夕飯を食った後、元気が出てきたので施設内を歩くことにする。

しかし行けども行けども、似たようなドアが並ぶ廊下ばかり。

おまけに他の被験者とやらにも会いやしない。

うろうろしていたら山上に見つかり、この辺りは細菌管理部門に近いからあまり近寄らないほうがいい、と注意された。

今日はもう寝よう。





夜中、目を覚ます。

何となく寝苦しかったし、目を覚ますと全身に汗をかいていた。

腰の辺りにだるさが残っていた。まるで女とやった後のようだ。

でも、部屋の中には女はおらず、下着も汚れていなかった。

気持ちが悪いからシャワーを浴び、また寝る。







『四日目』

今日の診断も特に異常なし。

機能の寝苦しさをカスールに訴えるが、

「そいつは新薬の副作用みたいなもんだよ。安心しな」

と返された。

変える間際、他の被験者が見えないことを聞いた。

そしたら、

「みんな最初のうちはお前さんみたいにあっちこっち見て回るけど、そのうち閉じこもって映画ばっかり見るようになるんだよ。

ま、あんまり気にすんな」

とのこと。

考えてみればそうだ。施設内を歩き回れると言っても、見るものは何もない。

これなら部屋で映画でも見ていたほうがましだ。

今日は節制して映画を二本、残りの時間は寝てすごした。





夜中、また目を覚ました。

昨日の寝苦しさと、腰の辺りのだるさが原因。

シャワーを浴びて寝ようと思ったが、妙に寝付けない。

ちょっと廊下の冷えた空気でも浴びようと思って外に出ると、隣の部屋のドアが少し開いていた。

そこを覗き込むと、いつも飯を運んでくるナース服姿の女がいた。

ベッドの側に屈み、ベッドに横たわる誰かの股に顔を寄せていた。

ズリネタにできそうな景色だったが、ベッドの上にいるのが見ているだけで気分が悪くなるようなデブだった。

胸糞悪いものを抱えたまま部屋に戻り、寝る。





『五日目』

飯を運ぶあの女に、

「頼めば、マス手伝ってくれたりしないか?」

と冗談で聞いてみた。

そしたら、

「やだなあ福間さん、毎晩してるじゃないですか」

と返された。

この女セクハラ慣れしてやがる。

あと、今日の診察も問題なし。

あえて挙げるなら、ちょっと体重が増えたぐらいか。

今日も映画を二本見てすごし、残りは寝た。





今夜も目が覚めた。

相変わらず、寝苦しさと腰のだるさが原因だ。

シャワーを浴びて、何気なく廊下に出ると、やはり隣の部屋のドアが少し空いていた。

覗いてみると、あの女がベッドの上のデブに跨っていた。

ナース服のような白衣の胸の部分が開き、大きい胸が女の動きにあわせて上下に揺れていた。

普段ならその場でマスをかくところだが、何せ下にいるデブがいけない。

ぶよぶよとたるみ、所々赤くなった皮膚に包まれた肉の塊だ。

あんなやつが歩いているところなんて想像できない。

俺は女のおっぱいにおやすみの言葉を送り、自分のベッドへ戻った。







『六日目』

覗きなんてしなければよかった。

あの女が運んできた飯を見ていると、昨日のことばかり思い浮かぶ。

それがあの女だけならまだいいが、デブのことも思い出してしまった。

朝飯を食っていると、あのデブの姿が目に付いて離れない。

それでもいつの間にか飯はなくなっていた。

今日の診察も正常。何となく、診察室までの道のりがつらくなったような気がする。

考えてみればここんとこ食っちゃ寝ばっかりだった。

隣のデブのようにならないためにも、とりあえず少しだけ運動しよう。

そう決意して腕立てと腹筋をしてみる。

疲れた。昼飯がおいしく、昼寝が楽しい。

まあ、ここでの仕事が終われば自然と体重は減るだろう。







今夜も目を覚ました。

でも、いつものだるさと寝苦しさが原因ではない。

股の間、ペニスに妙な感覚があった。

目を開いてみると、飯を運んでくる女が、俺のペニスを頬張っていた。

どうしようかと思ったが、気持ちいいので放っておくことにする。

そのうち女も俺の目覚めに気が付いたのか、視線を俺に向けて目だけで笑った。

そしてペニスに絡めていた舌を蠢かせ、強い刺激をペニスに送り込んだ。

「うっ・・・」

小さく声を漏らし、精液を女の口の中に放った。

女は一滴も漏らすことなく受け止め、飲み込んだ。

「ふふ、目が覚めてしまいましたね、福間さん・・・」

女は怪しい笑みを浮かべながら言うと、ベッドの上に膝立ちになり、スカートの裾をまくって見せた。

彼女は下着を着けておらず、赤く濡れたおまんこが口を開いてひくついていた。

「まさか、毎晩俺とやっていたのか?」

「いいえ、福間さんが寝ている間は、お口でしかしませんでしたよ。反応のない人とはセックスしても面白くありませんから・・・」

こいつ、なかなかのスキモノらしい。

「それじゃあ、どうぞ、あたしの中へ・・・」

女が右手でペニスを掴み、ゆっくりと腰を下ろしてくる。

本当は女を責めるほうが好きなんだが、ここで注文をつけてへそを曲げられるのも困る。

ま、たまにはいいだろう。

女の入り口に亀頭が触れ、一息に飲み込まれる。

「おお・・・!?」

「あれ・・・?声出すほどよかったんですか・・・?」

そうだ。彼女の中は、俺が今まで寝てきた女とは段違いによかった。

まるで、うなぎを何匹も入れた袋の中に突っ込んでいるかのように、女の中は蠢き、ぬるぬるとしていた。

「お・・・うお・・・」

まだじっとしているのに、うっかり気を抜くと出してしまいそうだ。

「ふふ・・・動きますね・・・」

「ま、待て・・・おぅっ・・・!」

俺の制止も聞かず、女が腰を持ち上げ、下ろした。

一回の出し入れで、精液が漏れそうになる。中に入れてすぐ出すなんて、恥以外なにものでもない。

いつの間にか俺は歯を食いしばり、射精を堪えていた。

「そんなに我慢しなくて結構ですよ・・・福間さん・・・」

俺の様子を見て女が、苦笑混じりに言う。

「それに、我慢できないと思いますよ・・・?ほら・・・!」

何をしたのか、女の中の肉が一際大きく蠢いた。

たったそれだけだったが、俺を射精させるには十分な刺激だった。

「うお・・・おおっ・・・!」

声を上げ、全身を震わせながら精液を女の中に放つ。

いつまでも続くかのような錯覚を覚える射精。まるで童貞を捨てたときのようだった。

しかし、いつまでも射精が続くわけではない。射精の勢いが収まり、止まる。

射精を終え、幾分柔らかくなったペニスを女は強く締め付け、尿道に残る精液を吸い出しながら、おまんこからペニスを抜いた。

「今晩はここまで、また明日・・・」

女はそう言うと、部屋から出て行った。

汗をかいていたが、俺はシャワーを浴びることなくそのまま眠った。









『七日目』

朝起きた。

飯を持ってきた女に、それとなく話を振ってみるが、見事にかわされた。

昼と夜は別の顔、というやつらしい。

とりあえず飯を食い、診察室へ向かうことにする。

しかし、その途中で息切れがし、動けなくなった。

たまたま廊下を歩いていた職員が見つけ、俺を部屋まで運びカスールを呼んだ。

「体力が低下してるね、うん」

カスールは一通り診察した後、軽くそう言った。

「とりあえず食事のメニューを変えて、基本安静になるけど、いいか?」

じっとしていればいいなんて夢のようだ。俺は二つ返事で了承した。

その日の昼から、飯に少しだけ油や肉が多く使われるようになった。

ああ、ごろごろしているだけでいいなんて、夢のようだ。







今夜起こったことは、完璧に記録しておく。いや、ここ数日起こったこともまとめておこう。

俺は今夜も目を覚ました。

おとといまでのだるさでもなく、あの女のフェラによるものでもない。

ごく自然に、目が覚めた。

多分まだあの女は他の部屋のやつの相手をしているのだろう。

そのうち、昨日簡単にイかされたことを思い出した。

また今夜もあっさりイかされるのかと思うと癪だ。

なので、今のうちに隣の部屋のデブを見てテンションを下げ、少しでも堪えてやろうと考えた。

ベッドから降り、ドアを開けて隣の部屋を見る。

時間が悪かったせいか、今夜はドアは閉まっていた。

代わりに反対側の隣のドアが開いて、光が漏れていた。

重い体を引きずり、ドアの隙間から部屋を覗く。

薄暗い部屋の中にはあの女とカスールが立っていた。

二人の前にあるのは、ベッドに戸棚、そして点滴台と、僅かな光を放つ何かの機械。

ベッドの上には大小さまざまな突起のついた肉塊があった。

肉屋の陳列ケースに入れてあるような色調で、大きさは相撲取りが丸まったほどだろうか。

点滴台と機械から伸びたチューブは、ベッドの上に転がされた肉の塊に繋がれている。

機械から伸びるチューブの先には筒が取り付けてあり、肉塊に生えた小さな突起の一つを覆っている。

そしてその突起の先端から噴出する白い粘液が筒に受け止められ、チューブを通じて機械へ流れていっていた。

まるで、牛の搾乳機のようだった。

「フェーズ3に移行してから24時間・・・健康状態は良好、生産能力も品質も合格だな・・・」

「明日にでも出荷できる状態ですね」

カスールと女が機械の表示を見ながら言葉を交わす。

「ん、暗いな・・・」

手元の紙に何か書こうとしたのだろうか、カスールが声を上げた。

「電気つけますね」

女がそう言い、ベッドの枕もとのスイッチをひねった。

天井の蛍光灯が煌々と点った。

「ひっ・・・!」

光に照らし出された二人の姿に、俺は声を上げてしまった。

二人とも足の間から、先端が三角形の黒い尻尾をたらし、背中からは黒いこうもりのような羽根を生やしていた。

カスールのそれは両方とも力なくぶら下がっているだけだが、二人の姿は十分、『悪魔』といえるものだった。

「あら、その声は・・・福間さん・・・?」

女がつぶやき、二人がゆっくりとこちらを振り向く。

「今は就寝時間ですよ?」

「夜更かししていたら、明日の検査に響くだろう」

そう言いながら二人が足を踏み出す。

俺はドアから飛びのくように離れると、出口を求めて廊下を走り始めた。

室内灯に照らされてようやく分かった。ベッドの上の肉塊は、俺と同じ入院着に袖を通していた。

あれは、人間だった。

このままでは俺もああなるに違いない。その前に逃げなければ。

以上に苦しくなる心臓と呼吸に檄を飛ばしながら、懸命に足を踏み出す。

一歩一歩が重く、辛い。できることならこの場で寝転がり、休んでしまいたいぐらいだ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

階段を一段ずつくだり、記憶に残る通路を進む。

もう少し進めば、玄関にたどり着くはず・・・!

いくつめかの通路の角を曲がると、ガラス戸の玄関が見えた。

あれだ。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」

荒い呼吸を繰り返しながら、ガラス戸に近づくと、取っ手に手をかけた。

開かない。

(くそ・・・鍵は・・・!?)

鍵を外そうにも、ガラス戸にはとってのほかには何もついていない。ガラスのほかには・・・

「!?」

ガラス戸の向こうに、誰かがいる。

俺はとっさにガラス戸から離れ、向こう側にいる人物に目を向けた。

そこにいたのは、さっきの肉塊や隣の部屋のヤツほどではないが、かなり太ったデブ。

デブが汗にまみれた顔に困惑とあせりの表情を浮かべながら、俺のほうを見ていた。

「・・・・・・俺だ・・・・・・」

ガラス戸に映ったデブが、俺と全く同じ動きをする。

いつの間に、俺はこんなに太っていたのだろう?道理で走りづらいはずだ。

「福間さん、廊下を走っちゃだめですよ・・・」

ガラスに映った通路の曲がり角から、ナース服の女と、白衣を羽織ったカスールが姿を現す。

カスールは羽と尻尾を力なく垂らし、ナース服の女は羽を広げ、尻尾を猫のようにゆっくり左右に振っていた。

「まさかお前さんが覗いているとは思わなかったよ。就寝時間中は部屋に鍵をかけるよう、長屋に進言しておくか」

「やだなあカスールさん、それじゃああたしが深夜訪問できないじゃないですか」

雑談を交わしながら、二人がゆっくりと近づいてくる。

ドアに向き直り、取っ手を掴んで揺らし、ガラスを蹴ってみる。

ドアはびくともせず、俺と二人の距離が縮まってくる。

「カスールさん、福間さんもこの際フェーズ移行させません?」

「私の見立てじゃ、彼はまだフェーズ2の中期なんだが・・・」

「でも部屋に閉じ込めて、フェーズ2の周期まで待つってのも面倒ですし」

「そうだな・・・やってみるか」

二人の手が伸び、俺の腕を掴んだ。

俺には、振り払えるだけの力は残っていなかった。







その後俺は部屋に運び込まれ、ベッドの上に転がされた。

そして俺の首筋に、カスールが何かを注射した。

それだけで全身から力が抜け、身動きが取れなくなる。

「安心しろ、ただの鎮静剤だ」

「それじゃああたし、器具を取ってきますね」

そう言って女が部屋を出て行く。

ほどなくして、女がワゴンに点滴台と機械、そしてチューブを載せて戻ってきた。

「じゃあ君は点滴を頼む、私はこっちを準備しよう」

「はい、かしこまりました」

女が点滴台を手に俺の側により、カスールが機械に向かって何かを始めた。

「は〜い、チクっとしますよ〜」

消毒の後、チューブの先の針が俺の腕に刺さった。

針を通じて、薬剤が俺の体内に流れ込んでくる。

「こちら準備できました」

「こっちはまだだ。彼の準備をしてやってくれ」

「はーい」

女は返事を返すと、俺の入院着をはだけさせ、パンツを脱がした。

「うふふ、緊張しちゃって」

女は縮こまったペニスに指を伸ばすと、何のためらいもなくそれを咥えた。

温かな口の中と、ぬるりとした唾液と、舌の蠢きによりペニスに血が集まっていく。

「ん・・・ん・・・ぷは」

女が大きくなったペニスを口から出す。

「準備できました」

「こっちも・・・できた」

カスールが機械の操作を中断し、チューブと筒を取り出す。

筒は握りこぶしを二つ縦に重ねたほどの大きさで、柔らかい材質でできているのかカスールの指が食い込んでいた。

「潤滑剤注入・・・っと」

カスールの操作に機械が明滅し、筒の入り口がぬめりを帯びて光を照り返す。

「それでは福間さん、取り付けますよ〜」

カスールから筒を受け取り、女が嬉しそうに言う。

彼女は片手で俺のペニスを支えると、筒の断面の穴に挿入した。

指一本程度の大きさの穴が広がり、俺のペニスを咥え込む。

柔らかな素材でできた筒が俺のペニスを優しく、それでいてしっかりと締め付ける。

「どうです、気持ちいいですか?」

カスールが機械を操作するそばで、女が言った。

「本来ならサキュバスが人間のオスを虐めてやるために使うものですけど、カスールさんが改造してるんですよ」

「フェイズ3移行モードで・・・実行、と」

機械の画面が明滅し、筒の締め付けが変化した。

根元の締め付けが強くなり、亀頭へ向かって移動する。

カリ首まで達した締め付けは、一瞬止まると今度は根元へ下りていった。

まるで、筒越しにゆっくりと手コキされているような感じだ。

単調な動きだが、筒内壁の柔らかさとぬめり、そして体温によって温まったせいで、快感が次第に膨れていく。

締め付けの上下運動が、次第に俺を追い詰めてくる。

「・・・・・・」

俺は声を出そうとしたが、口どころか舌さえも動かない。

与えられる快感に、次第に呼吸が荒くなってくるばかりだ。

もうだめだ・・・!

「もうすぐ・・・かな」

カスールがポツリとつぶやくと同時に、俺は射精していた。

内壁の締め付けを押しのけてペニスが膨れ上がり、精液が筒の奥にほとばしる。

機械の画面が明滅して、低い音が響き筒の中身が吸引される。

精液と潤滑剤の混ざりものと、尿道に残る精液がチューブを伝って機械へ吸い込まれていった。

「まずは一回目ですね」

「ああ、そのまま空になるまで出してもらうぞ」

筒の奥から新たな潤滑液が注ぎ込まれ、ペニスと筒の内壁の間を埋める。

そして筒の内壁はペニスの根元を締め上げると、その表面を蠢かせた。

ペニスの表面の一点が圧迫され、開放される。

その圧迫と開放が、ペニスの表面ほとんどを覆うように、ランダムなタイミングで行われた。

何十本もの指が、ペニスを突付いているかのような動きだ。

先ほどの丹念な動きから一転し、ペニスを弄ぶかのような内壁の動きに、俺の呼吸がまた荒くなっていく。

乱雑にも見える圧迫と開放が、次第に俺を限界へ追い詰めていく。

「・・・!」

あっという間に限界に達し、俺は再び射精していた。

「あ、もう出ましたね」

「ほう、どうやらこの男は『奉仕』されるより『責め』られるのが好きらしいな・・・」

俺の精液が機械に吸い上げられる様を見ながら、二人が口々に感想を言う。

しかし俺は二人の言葉に言い返すことはできなかった。

仮に薬が効いていなかったとしても、機会の吸い上げによる内壁の微振動で、俺は悶絶していたからだ。

「さて、三番動作だ」

カスールの言葉と同時に、潤滑液の注入が終わり、内壁が動き始める。

ペニスの表面が圧迫され、その圧迫点が移動し、すっと離れる。

それが、さっきの突付きと同じように、ペニスのほぼ全面で行われていた。

まるでペニスを何本の指で揉み立てられているかのような感触だ。

先ほどの単調な扱きや乱雑な突付きに比べ、丹念に丁寧にペニスを刺激してくる。

俺の弱いところを探るかのような動きに、俺の性感は押し上げられていき、呼吸が荒くなる。

「・・・・・・!」

「こっちでも喜んでいるみたいですねえ」

「ふん、虐められるのが好きかと思えば、丁寧な奉仕でも感じる・・・ま、気持ちよければ何でもいいといったところだな・・・」

俺の荒くなる呼吸に、二人が声を漏らす。

筒の内壁の動きは、俺の反応を検知しているのか、次第に感じないところは責めないようになってきていた。

おかげで内壁の動きの一つ一つが、的確に俺にむず痒い快感を与え、追い詰めてくる。

また、限界だ・・・!

「・・・・・・っ!」

全身が小さく痙攣し、三度目の射精が始まる。

しかし内壁の動きは止まらない。

射精によって小刻みに収縮を繰り返すペニスの表面を、粘液と精液にまみれた柔らかい素材が揉み立てる。

追加される刺激によって更なる絶頂に追いやられ、三度目だというのに十分大量の精液が搾り取られていった。

「うわ〜、またたくさん出ましたね」

「やはり追加の動作が有効なようだな・・・」

女達の声をBGMに、機械が低い音を立てて精液を吸い上げていく。

そして、吸い上げを終えたところで機械の動作が止まった。

「福間さん、これで一時休憩です」

「五分経ったら機械の動作が再開し、三回射精すればまた一時休憩だ」

「後は機械が自動的に、福間さんのフェーズ3への移行を行いますので、どうぞ安心して任せて下さいね」

「それでは、私達は仕事に戻るとするか」

「そうですね、カスールさん」

二人が俺に背を向け、ドアに向けて足を進める。

ドアが開き、二人は廊下に出ると俺のほうを向いてこう言った。

「それでは福間さん、おやすみなさい」

「おやすみ」

ドアが閉められ、鍵のかかる音がした。





あのあと、5,6回の休憩を挟んだところで、カスールの打った鎮静剤の効き目が切れた。

しかし俺には逃げ出すどころか、部屋から出て行くだけの体力もない。

射精を繰り返し、点滴される薬剤が体内に侵入するに従い、俺の体が変化していく。

俺にできるのは、こうやって後から来るであろう連中のため、記録を残すことだけだ。

もう紙に字を連ねるのも億劫になってきた。書くのを止めたい。

でも、これだけは書いておかなければならない。

これを見つけたとき、これを読んでいるお前に余裕があるのなら、とっととここから逃げ出せ。

これが俺の、最後の願いだ。







「ふん・・・」

長屋は、ベッドのマットレスの下から出てきたDVD目録の裏紙から目を離すと、キャスター付きの金属製ケースへ目を向けた。

その中には赤黒く肥大し、幾つもの突起を生やした肉の塊が収まっていた。

上質な精液を生産し、刺激によって射精することに特化した生物となってしまった『彼』だ。

ケースの蓋から伸びる点滴のチューブが、その表面に刺さり、退化した消化器に変わって養分を供給している。

「長屋さん、運搬準備できました」

スタッフの一人が声を上げる。

「では後は頼みますよ。くれぐれも事故には気をつけて」

「はい、かしこまりました」

長屋は、これから彼がどうなってしまうのか知らない。

食品工場で部品となるか、ドリンク製造機の部品となるのか、少なくとも人間の世界に別れを告げることには変わりはないだろう。

長屋の目の前で、金属製の蓋が音を立てて閉じられた。





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