その後とこれから、あるいは大図書館にて




コンクリート打ちっぱなし、照明むき出しの殺風景な廊下を、幾人もの人が歩いている。

男は若い者から初老まで様々だったが、女は皆同じように若い。

そして女の中には角が生えた者、尾を生やしたもの、鱗がところどころに生えた者など、人間ではないものも混ざっていた。

その雑踏の中を、一人の男が歩いている。

年のころは三十代半ば。くたびれたスーツに袖を通し、手には厚く膨れた書類封筒が握られている。

彼は器用に人を避けながら歩を進め、開け放たれた扉をくぐって部屋の一つに入っていった。

扉の脇の表札には、『バビロン 日本支部事務室』と掲げてあった。

男は微塵の迷いすら滲ませず、幾列にも及ぶ机の列から的確に目的の机めがけて歩いていく。

その机には、彼と同じぐらいの年代の男が着いており、何事かを紙に記しているところだった。

「おい、大川」

「お?腰眼か」

腰眼の声に、机についていた男は手を止めると、椅子を回転させて彼のほうを向いた。

「この間の依頼ができた」

「ああ、ありがとう。やっぱりお前のところは早いな」

「いや、これでもぎりぎりだ。最近入ったやつがいなければ、確実に遅れているところだ」

「優秀な新入りでも入ったのか?」

「うむ、技術的な点はほとんど教えていないが、マネージャーとしては類稀な才能を発揮している」

「はあ、いいなお前のところは・・・うちなんてこないだ作戦で大失敗して、40人近く死んだ上、生き残りがやめちまったからな・・・」

「話は聞いた。大変だったらしいな」

「大変も何もそりゃ・・・いや、愚痴になるから止めとこう。それより・・・」

大川は机の引き出しを開き、伝票を一枚取り出すと、軽くペンを走らせた。

「はいよ、いつもご苦労さん」

「ありがとう、これで今月も生きていける」

「・・・そんなにきついのか?」

「かなりな」

その後二、三言葉を交わすと、腰眼は大川の側を去り、部屋から出て行った。

「さて、と」

大川は机に向き直ると、中断していた職務に戻っていった。





「う・・・ん」

軽く伸びをすると、背骨やら肩の関節が折れるような音を立てる。

時計に目を向けると、ちょうど昼時だった。

「飯にするか・・・」

誰にともなくつぶやき、大川は部屋を出た。

廊下を進み、エレベーターに乗って階を移動する。

エレベーターの扉が開くと、巨大な食堂が彼の前に現れた。

フロア丸ごと一つを食堂としているだけあって、並ぶテーブルや食事をする者の数は把握しきれない。

駅の自動改札にも似た機械に、大川は首に提げたIDカードをかざし、自分がこの人界大図書館研究施設日本支部の職員であることを示す。

開いたゲートをくぐってお盆を取ると、カウンターに並ぶ人の列に加わった。

この食堂では、『大図書館』に属する魔術団体の一員で、なおかつこの施設を一部でも借りている団体ものならば、誰でもいくらでも食事ができる。

仮に、施設を借りていなかったとしても、

「ああ、うめえよぉうめぇよ」

「食べ放題だなんて何ヶ月ぶりでしょう腰眼」

「よく噛んで食べろ、また運ばれるぞ」

向こうの方で食事をしている『月を見るもの』の面々のように、上のフロアの売店で入場券を買えば食事ができる。

特に見ていたわけではないが、大川と腰眼の視線が合い、軽く会釈を交わす。

彼の隣に座っているロングヘアの女が、おそらく新入りなのだろう。

そうこうしているうちに、彼の順番が来る。

流れを止めぬよう、足を進めながら厨房からカウンター越しに並べられていく皿から、好みの物を選びお盆に載せていく。

すると1分もせぬうちに、立派な定食が彼のお盆の上に揃った。

列を離れ、並ぶテーブルを見回す。

昼飯時のため、ほとんど席は埋まっており空席はまばらにしかない。

しかもそのほとんどが、大人数グループの間の空白の一席で、すこぶる座り辛い。

(さて・・・どこで食べよう・・・)

大川が逡巡しながら、席を探していると、

「お、大川大隊長」

向こうのほうのテーブルに着く、テンガロンハットを被った女が声を上げた。

彼の率いる大隊に、わずかな期間だけ加わっていた淫魔の名前をどうにか大川は思い出した。

「あー確か・・・鉄君」

「正解、よく覚えてたな」

鉄がにやりと笑いながら、自身の向かいの空席を示す。

どうやら座れ、ということらしい。

「ん?伍堂君は?」

「あいつは『帝国』の射撃場借りて、銃の調整中」

皿の上に残るスパゲティを、適当にフォークで巻き取りつつ続ける。

「こないだの銀捕獲作戦で、狙撃銃に不具合があったらしい。それをきっかけに持っている銃の解体整備と調整を、ずうっとやってやがる」

口を開き、ソースの絡んだパスタを運び、噛んで飲み込む。

「全く、暇なやつさね」

そう続けると、彼女はひひひと笑った。

「ま、不具合を放置しているよりかはましだろう」

口の中で小さくいただきます、と言うと、大川は箸を手に取った。

「そういや大川大隊長、銀はどうなった?」

「ああ、あれならまだここの留置所に入れてある。近いうち『大図書館』の本部倉庫に送られるとか」

「館長と九谷副長の直接管轄下行きか。厳重な管理体制だな」

「いや、うちの今までの管理体制がザルだっただけだよ。おかげで幹部の何人かが首切られたって話だ」

食事をしながら、他愛のない雑談を交わす。

そのうち、鉄の皿が空になった。

「それじゃ、あたしはそろそろ失礼するわ」

「ところで伍堂君は、食事はいいのか?」

「ああ、上で何か買ってきてくれ、って頼まれてる」

お盆を持ち上げ、席を立ちながら彼女は続けた。

「あいつあたしが嫌いなもん買って来ると、とたんに不機嫌になるからな、注意しねえと・・・。

それじゃ大川大隊長、また」

「ああ、また」

大川に別れを告げると、彼女はテーブルを離れた。

そしてカウンターの一角に設けられた、食器の返却口にお盆を置く。

「あい、ごちそーさん」

誰に、というわけではないが挨拶をする。

そして出口専用ゲートをくぐると、上の階へ向かうエレベーターに乗り込んだ。

まだ食事中の職員が多いせいか、そこまで人はいない。

電子音と共に扉が開くと、彼女はエレベーターを降りた。

「さて、と・・・」

購買部へ向かい、適当にパンや飲み物を見繕う。

ついでに雑誌を一冊。

(どうせ調整は夕方までかかるだろうからな・・・)

大悟の集中を乱すので、声はかけられない。

射撃場で暇を潰すには、これがちょうどいい。

購買部を後にすると、彼女はエレベーターには向かわず、反対の方向に足を向けた。

廊下を進むうちに、男性職員の姿が減っていき、代わりに女性、いや淫魔職員の姿が多くなってくる。

とある一室の、開け放たれたドアをくぐる。

ドアには『飲精室』というプレートが掲げてあった。

まず鉄の目に飛び込んだのは、壁沿いに設置された三つの大きな機械だ。

天井まで届くほどのドラム缶のような形状の機械で、側面にメーターがいくつかとボタン、そして蛇口が設けられていた。

機械の一つの前に立つと、側のホルダーから紙コップを一つ取り、蛇口の下にかざしてボタンを押す。

すると、かすかな振動音と共に、白濁した粘性の高い液体が、紙コップに注がれた。

辺りに生臭い香りが広がる。

機械は一定量の粘液をコップに注いだところで止まった。

少しだけ口に含み、舌の上で転がして香りと味を確認して嚥下する。

「ん・・・こんなもん、かな・・・」

大悟のそれに比べれば遥かに劣るが、それでもそこそこの品質であった。

機械から離れると、鉄は並べられたソファの一つに腰を下ろした。

「ん・・・?」

『飲精室』に新たな人影が入ってくる。

事務員めいた服装に短めの金髪の、眼鏡をかけた女だ。

「よぉ」

「あ、鉄さん、こんにちは」

女は機械を動作させて精液をコップに注ぐと、鉄の側に腰掛けた。

「先日はどうも」

「いや、こっちこそ無理頼んで悪かったな」

「いえ、楽しかったですよ?男の人の気に入りそうなものを探すのって」

『銅の歯車』で事務員をしている彼女と言葉を交わす。

「それで、最近どうですか?伍堂さんとか・・・」

「ん、特に何もなし。そっちは?」

「妹が最近こっちへ来る、って言ってたんですけど、連絡が取れないんですよ」

紙コップの中身を啜ってから、続ける。

「あの子、試験が苦手だからって自力で来たんじゃないかしら・・・

変な魔術師に捕まってないといいけど・・・」

「『便りがないのはよい便り』、大丈夫だろ。そのうちひょっこり顔出すさね」

ひひひ、と笑ってから鉄はコップの中の残りを飲み干すと、備え付けのゴミ箱めがけて紙コップを放った。

軽い音を立てて、ゴミ箱の中にコップが消えていく。

「よし、と・・・じゃあ、あたし行くね」

「ええ、それではまた」

『飲精室』を後にする鉄を見送ると、彼女は視線をコップの中に落とした。

そこにあるのは、白濁した半固形物混じりの粘性の高い液体。

味も香りも舌触りも、そこそこの品質の精液によく似ている。

むしろ精液としか考えられない。

鮮度からすると、機械の中で搾って出しているのだろうか?

「・・・」

しかし、量は一般的なドリンクの自動販売機より少ないとはいえ、コップの半分を満たすほどはある。

到底一人で短時間に出せる量ではない。

それに、彼女が顔を上げた視線の先にある機械は、大きいとはいっても、人が何人も入れるほどの大きさではない。

「何なんでしょうね・・・」

機械の中身に思いをめぐらしながらコップの残りをあおると、彼女は『飲精室』を後にした。







人が多く乗ったエレベーターで、数フロア下に下りる。

「お、降りまーす」

声を上げて隙間を作ってもらい、どうにか目的のフロアにたどり着く。

ほっと一息つくと、彼女は自分の事務室のある一室に向かった。

「さて、と・・・」

机につくと、午前中の仕事の残りに手をつける。

もうすぐ決算日なので、今月の金品の出納記録を整理しているのだ。

「お、帰ったか」

上司の男性職員が彼女の背後に近づき、伝票を一枚彼女の机に置く。

「こいつも記帳しといてくれ」

「あ、はい・・・えーと」

伝票には、物品と金銭の取引について記してあった。

どうやら『銅の歯車』の所有品を、よその組織に売ったらしい。

「あの、この取引勝手にやってよかったんですか?」

「ん?あー、いいよ。どうせうちの倉庫で塩漬けになってた古い魔術器具なんだし」

「はあ、なら・・・取引相手は『月を見る者』・・・物品名は・・・『用途不明箱型魔術器具』・・・と。ところで、蓑山さん」

「ん?何だね?」

「『飲精室』の機械の中身って、何か知ってますか?」

「・・・いや、しらんねぇ・・・」

首をかしげながら、何かを思い出そうとする。

「あの機械は、『大図書館』本部で製造とメンテナンスをやっているらしい、ってことと、昔は食堂にも置いてあったということのほかには何も・・・」

「食堂に置いてあった?それは初耳です」

「ああ、そうだろうね。なんせ一週間ほどで男性職員の『お願いだから勘弁してくれ』っていう苦情が集まったらしくてね、早急に移動になったらしい」

苦笑いをしながら、人のよさそうな風貌の上司は続ける。

「ま、機械の中身については、本部の誰かにいつか聞いてみるよ」

「ありがとうございます」

「それじゃ、頑張って。私はちょっと用事があるから、これで」

「はい、お気をつけて」

部下の見送りを受けながら、蓑山はエレベーターへ向かう。

今日は『大図書館』の本部に用事がある。

本部に勤めている彼の兄ならば、部下の質問に答えてくれるかもしれない。

エレベーターを操り、目的のフロアにたどり着く。

扉が開くと、だだっ広いフロアに垂直に立てられた金属製の大きなリングが、無数に並んでいる様子が見えた。

その内のひとつを目指しながら、蓑山は懐から厚手の紙を取り出した。

そしてリングに掲げられた数字と、紙に記された数字を照らし合わせる。

(よし・・・)

確認が取れると、彼はリングの側の机につくオペレーターに近づいた。

「御用は?」

「『本部』へ送ってもらいたい」

「『転送計画カード』と認識票をお願いします」

手にしていた厚手の紙を渡し、首から提げたIDカードをオペレーターの机の上に置かれた機械にかざす。

「・・・確認いたしました。ゲートを起動いたします」

オペレーターの指がキーボードの上を走り、リングの向こうの景色が渦を描くように歪んでいく。

「人界大図書館日本支部ー本部間ゲート接続完了。蓑山様、どうぞ」

促されるまま、蓑山はゲートにかけられたスロープを進み、水銀の表面のように揺らぐゲートに足を踏み入れていった。





『人界大図書館本部22番ゲート:被転送者の受領を確認、ゲート接続を終了する』

ディスプレイ上に表示された文章に対し、返答を返す。

『人界大図書館日本支部16番ゲート:了解』

「っと・・・」

キーボードにコマンドを打ち込み、ゲートを構築していた魔力を蓄積器へ戻し、非活性状態にする。

リング越しに見える向こう側の壁や他のリングが、元に戻っていく様を見届けると、彼女は一息ついた。

ゲート管理オペレーター。

ゲートの利用者があまりいないので割と暇だが、いざ動かすとなるとかなり神経を使う。

おかげで勤務時間は短いというのに、彼女は連日へとへとであった。

『人界大図書館本部11番ゲート:被転送者送信のため、ゲート接続を願う』

「おっと・・・」

短時間に送受信を受けるとは、珍しいこともあるものだ。

『人界大図書館日本支部16番ゲート:転送明細受信の後、受信を開始する』

『人界大図書館本部11番ゲート:了解』

続けて表示される、何が転送されるかのリストを確認する。

内容は、人一人。

『人界大図書館日本支部16番ゲート:転送明細確認。受信を開始する』

送信側にメッセージを送り、コマンドを入力してゲートを活性モードに移行させる。

蓄積器に蓄えられていた魔力が、回路を通じて非活性状態のゲートに注ぎ込まれる。

ただ座標位置だけを指定され、大きさを失っていたゲートが、注がれた魔力により通行に適した大きさへと拡大していく。

ゲートの安定装置であるリングの中に、光学的に歪みきった人界大図書館本部側の景色が映し出される。

そして、その歪みきった景色を突き破り、一人の男がこちら側へ現れた。

ダークグリーンのスーツに、肩にかかるほどの黒髪、怜悧な顔立ちをした、二十台半ばほどの男だ。

「九谷様・・・!」

オペレーターは、ゲートから現れた人界大図書館の副長の姿に、己の職務を忘れてただ驚いていた。

「あ、お気になさらず。受領確認とゲートの停止をお願いします」

「あ、はい・・・」

送信側の端末にメッセージを送り、ゲート非活性化のコマンドを打ち込む。

「ご苦労様です。帰りもよろしくお願いしますよ」

九谷はオペレーターにねぎらいの言葉をかけると、その場を後にした。

エレベーターへの道すがら、すれ違う職員達が九谷の姿を見るなりぎょっとした顔をする。

九谷がエレベーターホールにたどり着くと、ちょうど一台のエレベーターから人が降りてくるところだった。

九谷は降りるものがいなくなったのを確認し、無人の箱の中に乗り込む。

目的のフロアのボタンを押し、ドアが閉じかけたその瞬間、

「の、乗りまーす!」

カバンを下げた女性職員が、慌しく駆け寄ってくる。

「はい、どうぞどうぞ」

九谷は彼女を迎え入れると、他に乗るものがいないことを確認してから扉を閉じた。

「じ、事務フロアをお願いします・・・」

女が、荒い息をつきながら声を出す。

「事務フロアですね、広阪君」

「はい・・・え?」

自分の名を呼ばれたことに疑問を感じ、女、広阪は顔を上げた。

そこでようやく、彼女はエレベーターに同乗しているのが九谷だと分かった。

「え、九谷副長!?何で!?え?私の名前・・・え!?」

「ああ、落ち着いて下さい広阪君。ほら、深呼吸深呼吸」

言われるがままに、彼女は息を吸って吐いた。

「落ち着きましたか?」

「ええまあ・・・というより、なぜ九谷副長がこんなところに?」

「職員の勤務態度の抜き打ち査察です」

九谷の言葉に、広阪の心臓が跳ね上がる。

まずい、いま九谷が彼女の勤める『帝国』事務室ならまだしも、支部長室に入りでもしたら・・・

「冗談ですよ。『バビロン』の方々とちょっと打ち合わせがありますので」

「・・・ああ、そうですか」

広阪はほっと胸をなでおろした。

その時、エレベーターの上昇が止まり、電子音と共に扉が開いた。

「それでは広阪君、お仕事頑張って下さいね」

九谷はそう言うと、エレベーターを降りていった。

エレベーターを待つ職員が、ぎょっとした顔で彼を見送っていく。

「広阪・・・」

呼び声に顔を向けると、そこには彼女の同僚が立っていた。

「今の・・・九谷副長?何で?」

「いや、何でって言われても・・・同じエレベーターに乗っていただけだし・・・」

「うん、そうよね別に広阪が副長に気に入られて玉の輿だなんてそんなことないよねうわーん!」

同僚は早口でそう言うと、彼女に目もくれずいずこかへ駆け出していった。





事務フロアを進み、開け放たれた『帝国』事務室に入る。

並ぶ机の間を通り、彼女は自分の席に荷物を置いた。

「そうだ、報告しないと・・・」

気は進まないが、カバンを開いて書類束を取り出し、事務室の奥、支部長室へ向かう。

扉の前に立ち、ノックを数回。

「どうぞ」

「失礼します」

ノブを回して扉を開くと、机の前に並べられた応接用テーブルを挟むようにして、三十代半ばほどの男と二十代ほどの男が座っていた。

「おー、お帰り」

片手を上げながら二十代ほどの男、『帝国』日本支部支部長、エリオット・スペンサーが声を上げる。

「えー、本部出張の報告に参りましたが・・・」

「あ、こいつは気にしなくていい。知り合いだ」

「『月を見るもの』の足泉だ」

三十代ほどの男が名乗る。

「広阪です、よろしくお願いします・・・」

「広阪か、変態の相手は大変だろう」

「ヘイ、足泉!何だその表現は」

エリオットが声を上げながら立ち上がる。

「それじゃあ、まるで私が駄目な奴みたいじゃないか」

「駄目な奴って、変態は否定しないのか」

「当たり前だ、変態は素敵なことだぞ。なあ広阪?」

「いや、何で支部長ナチュラルに私に同意を求めるんですか」

「何言ってるんだ。ついこないだ、私のカメックスのハイドロポンプを二人で一緒に顔面で受けた後、カストロ議長プレイに流れるように移行した仲じゃないか」

「してません!」

「ああそうか、君のケツメイシからのバーストストリームを私が一方的に受けただけだったな。おかげで私の黄門様から使用済み燃料棒露出して、ちょこっとメルトダウン」

「だから、してません!」

「・・・あー分かった、もういいぞスペンサー」

やれやれ、といった様子で足泉が頭を振る。

「お前の隠語と変態も相変わらずだな」

「そりゃそうだ、隠語会話は深い洞察力と広い知識が要求される。まさに高尚かつ低俗な技能だよ。それと変態は私の特性だし」

「だから、『帝国』の幹部が軽々しく変態発言しないで下さい!」

「そう言っても広阪、仰向けに横たわった私の顔の上に腰掛けたのは、誰だったかな?」

「う、それは・・・その、命令されたからで・・・」

「皆様ご覧下さい。この薄布の向こうに隠されておりますのが、当寺の秘仏の観音様でございます。めったなことでは開いたりしません、特に私の前では。あと足泉、女のあそこがよい香りなんて嘘だぞ。魚みたいなにおいがする」

「そうなのか」

「特に生理中は、淫魔でもかなりきつ・・・」

「あがぁああああああああっ!!」

恥ずかしさと情けなさと、あと怒りだとかがごちゃ混ぜになった感情が爆発する。

「なーに言ってんですか支部長!私は臭くありません!毎日よく洗ってます!」

「いや、私臭いとか言ってないし。しかも君だけの話じゃない。これは『帝国』日本支部を含めた、数多くの女性の協力のもと得られた統計的結果なのだ」

学会で研究結果を発表するような顔で、長谷川は言った。

「数多く、って私だけじゃないんですか!?」

「当たり前だ。私は博愛主義者だからな」

「いや私ずっと、『ここで私が防波堤にならなければ他の職員が犠牲に・・・』って思って耐えてきたのに・・・」

「うん、他の連中もそんなこと言っていたな」

「あっがぁああああっ!!返せ!私の羞恥心とかを返せ!」

「あー、スペンサーそろそろ俺帰るな」

「おう、じゃあ何か仕事があったら連絡するから」

「頼む」

「しねぇええええ!支部長、しねぇええええ!!」

「おお、なんてすごい締め付けなんだ、広阪!もっとだ、もっと!」

悪鬼のごとき形相でエリオットの首を絞めにかかる広阪と、笑顔でどんどん顔色が青くなっていくエリオットを残し、足泉は支部長室をあとにした。





上に向かうエレベーターに同乗させてもらい、食堂やら購買部のあるフロアより更に上、外部用受付機関の施設がある最上階フロアまで上る。

空調の聞いた通路を進み、ソファの並ぶ窓口前の待合スペースに向かう。

待ち合わせ場所として定めておいたそこには、すでに三十代半ばほどの男と、髑髏にクロスした骨のプリントされたTシャツとジーンズ姿の若い女が座っていた。

「待たせたなバアル、髄柱」

「いや、そんなに待ってないよ?」

「ええ、こちらもつい先ほど登録を済ませたところです」

「そうか、ちょっと失礼・・・」

足泉がバアル・ゼブブの首元に指を伸ばす。

一見すると何も見えないが、彼の指の間には細い糸の感触が確かにあった。

彼女の首に巻きつく不可視の糸こそ、『大図書館』が彼女に支給した認識票である。

「確かにあるな。いいか、間違っても千切ったりするなよ、バアル。信号が『大図書館』に届いて、魔術師が派遣されるからな」

「・・・それ、担当の方と髄柱様からいやというほど聞かされました・・・」

「まあそれだけ重要だってことだ。多分腰眼も言うと思うぞ」

「ところで、仕事とかどうだった?いいの入った?」

髄柱が足泉に問いかける。

「ああ、変態と交渉して、仕事を優先的に回してもらえるようになった」

「変態?」

バアル・ゼブブが、足泉の放った単語に眉をひそめる。

「バアルも会えば分かるよ。あの人は僕たちが足元に及ばないほどの変態だよ。でもなんであの人逮捕されないんだろう」

「変態という名の紳士だからだな」

「ああ、変態の皮を被った性人君子だからか」

「はぁ、そうですか・・・」

釈然としないものを抱えたような表情で、一応の納得をするバアル・ゼブブ。

と、エレベーターホールへ向かう通路の向こうから、手に袋を提げた腰眼がやってきた。

「すまん、待たせたか?」

「いいえ」「全然」「そこまで」

三人が三者三様の返答を返す。

「バアルは、登録は終わったんだな?間違っても認識票を千切るんじゃないぞ」

「・・・な?言っただろ」

「・・・ええ」

「ん?どうした?」

「いいえ、こっちの話です。ところで腰眼、首尾は?」

「『銅の歯車』の蓑山からこれを買った」

袋を探り、中の物を取り出す。

それは、握りこぶしより大きいぐらいの、金色の立方体であった。

表面には幾何学的な模様が、見事な細工で彫りこまれている。

「用途不明の魔術器具らしいから、我々で解析して結果をどこかに売りつけることにしよう」

「じゃあ、暇なときにゆっくり解析しましょうか」

「そうだな」

「あの・・・腰眼様・・・」

バアル・ゼブブが、口を開いた。

「先ほど、それを『買った』とおっしゃいましたよね?」

「・・・・・・・・・・う、うむ・・・・・・」

「いくらで、ご購入されたのですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・です・・・」

「聞こえません」

「ええと、その・・・・・・」

腰眼が、ある金額をぼそぼそと口にした。

「・・・・・・・・・・・・よくもまあ、そんな金額を・・・」

「・・・・・・・・・・・・ゴメンナサイ」

「いえ、怒っているわけじゃないんです。ただ、次の仕事が入るまで、御三方の食事が三食素リゾットになるんだろうなあって」

「いやだー!素リゾットという名の水増しおかゆは俺もういやだー!」

「腰眼、早く返品してきてください!素リゾットはもういやです!」

「いや無理だ、蓑山に返品不可って言われたからな・・・」

「何でお前は生活費のことを忘れるんだー!」

「そうですよ、前も報酬が山のように入ったのに、あのボロアパート買い取るのにほとんど使って!」

「あれはお前らもノリノリで支払いに付き合ったじゃないか!」

ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー

三十路男三人が、今にも掴みかからんばかりの勢いで口論を繰り広げる。

(・・・はぁ)

バアル・ゼブブは、心中でため息をつきながらソファに腰を下ろした。

口論が終わるのは、いつになることやら。




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