ジン・ジェインの要求




この答えにマルをつけたいところだけど、ここは無人島。

早々都合よく、ジョースターさんたちが来るわけがない。そもそもジョースターさんからしていないのだから。

だから僕は1にマルを・・・

「ちょっと待ったぁッ!」

声と共に、突然すぐ側の砂を吹き飛ばしながら、人影が立ち上がった。

何かの制服のようなものに身を包み、ゴーグルをつけ砂まみれになった十代後半ほどの女の子だ。

「やっと復活したなッ、ジン・ジェイン!このオティルカ・クマイエルが貴様を捕獲してくれるッ!」

おかっぱに切りそろえられた金髪を払い、砂を落としながら名乗りを上げる女の子。

彼女はジェインの足元に駆け寄ると、そこ転がるランプを手にした。

「とうっ!」

掛け声と共にオティルカはバック転を一つかまし、僕の側に着地する。

そして左手にランプを抱え、右手でびしり、とジェインを指し示す。

「ジン・ジェイン!」

「えーと誰、お前?」

「人間をやめ、人道に反する悪党の貴様に名乗る名などないッ!」

「って、さっき名乗ってたよね君・・・」

何が起こっていたるのか理解しかねる僕とジェインを放置したまま、彼女は続けた。

「貴様の弱点がこのランプにあるということは分かっているッ!

尋常に大人しく、このランプの中に戻るがいいッ!」

「いやあの、オレその中に入れられていただけで、別弱点でもなんでもないんだけど」

「白々しい嘘をつくなッ!ペンチで舌を抜かれるぞッ!」

いまどきの子供は信じないような、地獄の責め苦の一つを上げるオティルカ。

ついでに言うとあれは、ペンチではなくやっとこだ。

「まあいいッ!貴様の弱点という証拠、とくと見せてやるッ!」

そういうと彼女は、左手に持っていたランプを右手に持ち替え、大きく右腕を引きながら、右半身を下げる。

「まぁぁぁぁぁあああああああ」

掛け声のような者と共に、オティルカの全身に力がこもり、みしみしと関節や筋肉が軋みを立てる。

「ぢぇすてぃっくぅぅぅううううううッ!」

叫び声と同時に、弾けるような動きでランプが放り投げられる。

さながら野球のど真ん中ストレートを投げるような動作で放たれたランプは、空気との摩擦で加熱発光するかのような錯覚と共に、ジェインのむき出しの腹に向かって飛んでいく。

彼女にしてみれば、爪の切りカスにも満たないような大きさのランプがジェインの腹に激突、と同時に彼女は身を折り膝を突いた。

「ごふぅっ!?」

内臓を吐き出しかねないような苦鳴が、ジェインの口から漏れ出す。

「やったッ!効いてるッ!」

「ええ!?今の弱点!?」

僕の突込みをよそに、オティルカは(いつの間につけていたのか)ランプに結び付けられた糸を手繰り、手元にランプを引き寄せた。

しかし、ランプは今の衝撃でひしゃげ、もはやただの金属クズ以外何物でもなかった。

「ああッ!やっぱり長年ジン・ジェインを封じていたせいか、強度が限界に達していたんだなッ!」

残念そうに言いながら、オティルカは元ランプを放り捨てた。

「いや捨てるのかよ」

「使えない道具ほど、役に立たないものはないからなッ、少年!」

「あ、なんか今初めて会話したよね、僕たち」

妙な感慨にふける僕。

「だったらプランBだッ!」

と、オティルカは懐に手を突っ込み、なにやら模様の掻かれた縦長の紙を数枚取り出した。

「こいつは打撃符ッ!札に描かれた術式に衝撃が封じ込めてあり、対象に貼り付けて起動することで、相手に打撃を与える魔術符だッ!」

完全部外者の僕と、おそらく使う対象になるであろうジェインを前に、丁寧に解説をしてくれた。

そして解説が終わると同時に、ジェインは砂を撒き上げながら走り出す

いまだ屈んだままのジェインに急速に接近し、両足に札を貼ると、跳躍と共に額にも札を貼り付けた。

「準備ッ!」

ジェインの鼻梁を蹴り、軽いスピンと共に空中で姿勢を整え、

「完了ッ!」

声と両腕を上げながら着地した。

「いや・・・まだ、何ともないんだけど・・・オレ・・・」

腹を押さえたままゆるゆると立ち上がり、やっとのことで言葉を搾り出すジェイン。

「当たり前だッ!まだ起動していないッ!」

オティルカが、右手を上着の懐に深く差し入れたまま、駆け出す。

「打撃符の起動条件とはッ!」

彼我の距離が一瞬で縮まり、懐に入れられていた彼女の右手が、高々と掲げられる。

「強い打撃を、その表面に受けることだッ!」

その手に納まっていたのは、金槌。

「ま・ぢぇすてぃぃぃぃっくッ!」

その金槌に己の体重とここまで走ってきた勢い、そして全力で振り下ろす力が加えられ、ジェインの右足の甲に貼られたお札に叩きつけられる。

「〜〜〜〜〜っ!!」

声にならない叫びをジェインが上げ、右足を庇うかのように持ち上げ、両手で抱える。

「まだまだぁッ!」

身を翻し、左足のお札にも金槌を振り下ろす。

両足を襲う激痛に耐えかねたのか、ジェインは声を上げながら倒れこんだ。

「そしてッ!」

砂の上で悶え、のたうつジェインの巨体に飛び乗り、オティルカが駆け出す。

「これがッ、これがッ」

足が顔に至り、額に張られたお札を見下ろす位置に、彼女がたどり着いた。

「とどめの一撃だぁぁぁッ!!」

叫び声と共に金槌が振り下ろされ、辺りを揺るがすような轟音と共に、ジェインの動きが止まった。

(ああ、これって・・・)

常識とか、理性とか、そういった大きな物が崩れていく音を聞きながら、僕はふと思いうかべた。

(お札、いらないよね・・・)











「えーと、ところで君は・・・何?」

白目をむき、大口を開けて失神するランプの魔神に、なにやらお札を貼ったり何たりと急がしそうに立ち回る女の子に、僕は問いかけた。

「うむ、秘密だ。魔術の実験に必要なランプの魔神の捕獲に来ていたわけではないからな」

ああ、今はっきり彼女の目的が分かった気がするよ。

一通り作業が終わったのか、オティルカは立ち上がると僕のほうを向いた。

「それはそうと少年、礼を言いたい。先ほどはありがとう」

「え?何かしたっけ、僕」

「うむ、ランプを擦って、ジン・ジェインを出してくれたではないか。三日三晩ランプの側で待ち構えていた甲斐があった」

「えー・・・自分で擦ろうとは、思わなかったの・・・?」

何となく、いってはならない質問のような気もしたが、僕は口に出して問いかけていた。

「うむ、うっかり触って閉じ込められると困るからな。触ろうとも思わなかった」

何のためらいもなく答える彼女。

ああ、こいつは真性のあれだ。

あれ。

「それでは少年、そろそろお別れだ」

オティルカは、ジェインの体を転がして海の上に浮かべると、その上に乗りながら言った。

「君へのお礼に、これをあげよう」

ポケットから何かを取り出すと、僕に向かって放り投げる。

キャッチした手の中にあったのは、変な形のホイッスルだった。

「それを一回吹けば変な格好の少年が、

二回吹けばひょうきんな格好の人妻が、

そして三回吹けばやたらでかくて金色で顔の怖い男が来てくれる、というテレビ番組の懸賞でもらったんだ」

視聴者プレゼントかよ。しかもかなり古い。

「何か困ったことがあれば、吹いてみるといい。それじゃあ!」

オティルカは軽く手を振ると、海水を掻いて沖へ沖へとジェインの体を進めていった。

僕は、ただ呆然とそれを見送るしかなかった。









彼女達の姿が水平線の向こうに消えてから、僕はようやく一緒に乗せてもらえばよかったと気づいた。

そして自宅代わりの洞穴へ戻り、二時間眠った。

目を覚まして笛を吹いてみるものの、何も起こらないことを確認すると、泣いた。




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