三馬鹿とハエと締め切り
やあ、はじめまして?あたしはバアル・ゼブブ。
人界大図書館構成組織、『月を見る者』に所属する淫魔。
基本的な仕事は、雇い主たちの仕事を手伝ったり、実験に付き合ったりね。
召喚されてもう二、三ヶ月はたつけど、最近わかったことがあるわ。
それは・・・
薄暗い部屋の中、三人の三十代前半ほどのジャージ姿の男がテーブルを囲んでいる。
テーブルの上には紙束、計算機、定規、筆記用具、その他もろもろの用途のよく分からない器具が所狭しと置かれていた。
男達はその器具の隙間に紙を広げ、ペンを走らせていた。
そして部屋の隅、電話機のそばに置かれた椅子に腰掛け、頭蓋骨と二本の交差する骨がプリントされたTシャツを身に着けた若い女が、分厚い書物に目を走らせつつ、何事かを手元のノートに記している。
「・・・ところでだ」
テーブルに着く男の一人がペンを止め、顔を上げた。
「私には夢があった」
残る二人の男と女が、男のほうへ視線を向ける。
「美少女に生まれて女子校に通って後輩の美幼女に言いよられてキスされたかった」
「・・・腰眼が壊れた」
「腰眼、壊れていいですからせめて今やってる術式の論理解析が終わってからにして下さい」
「うん分かってる、無理だっていうのは分かっている。でも男にはかなえなければならない夢があるんだ。そう、それは例えば、中世のお姫さまに生まれて可愛い女の子だけをお付きのメイドにしてキャッキャウフフご飯がなければお菓子を食べればいいじゃないあは〜んといったものだ」
「・・・だめですねこれは。足泉、どうします?」
「おいバアル!お前、論理解析できたか?」
「いえ、術式のパート分割までしか・・・」
「なら俺が腰眼の論理解析引き継ぐから、お前は俺のパート分割やっといてくれ」
「じゃあ、僕が腰眼を片付けておきますね」
「でも本当に美少女に生まれて女子校に通って後輩の美幼女に言いよられてキスされてしまうと、美男子に生まれて男子校に通って後輩の美少年に言いよられてキスされたかったって言い出してしまうんだろうなーって」
「はいはい腰眼、ちょっとこっちに来ましょうね」
「ああでもそれはそれで楽しそうだし、その一方で、やんごとなきお姫さまに生まれてなんとなく社会的なプレッシャーをかけつつ後輩のノンケの美少女に迫ってみたい気もする」
「うんそうですね、疲れてるんですよ」
手を引かれ、襖の向こうに腰眼が消えていき、空いた席に女が腰掛けた。
「それじゃあ、こことここと、あとここのパート分割を頼む」
「六次くらいでいいでしょうか?」
「いや、五次くらいで済むと思う。とりあえず終わったら検算してくれ」
「しかし女同士のいじめは相当にキツいものと聞く。一見仲良く見えるから性質が悪い。だから私はそういう虐めのさなかにある美少女を颯爽と助ける美少女になるか、颯爽と助けてくれる美少女と恋がしたい」
「はいはい、じゃあゆっくり休んでくださいね」
「無論相手の美少女はそういった知識が全くなくて、ほんのちょっとからかってやるだけで顔真っ赤にして初々しい反応を返して欲しい。でも颯爽と助けてくれる美少女だったら、逆に私をリードしてくれるんならそれはそれで」
襖が閉められ、腰眼の言葉が不明瞭なものに変わる。
何かを言っているのは分かるが、なんと言っているのかは分からない。
「あーあ、こんなに切羽詰るんだったら、もっと前倒しで解析しときゃよかったなぁ・・・」
足泉が壁にかけられた日めくりカレンダーに目を向け、つぶやく。
「・・・ところで足泉様」
バアル・ゼブブが、手を休めることなく問いかける。
「これは一体、何をしているのでしょうか?」
「あーこれか、こいつは術式の解析と最適化だ」
「よその魔術団体の依頼で、もっと効率のいい魔術回路が作れないか検討してるんですよ」
髄柱がそう言いながら自分の席に着き、ペンを手にとった。
「ま、そのうちバアルにも手伝ってもらうようになるでしょうね」
「ああ、数少ないうちの収入源の一つだからな」
「あの、御二方にお尋ねしますが、『月を見る者』は研究団体ですよね?」
「ああ、そうだが?」
「でなけりゃなんだって言うんですか?」
至極当然、といった様子で二人がバアル・ゼブブの問いに答える。
「ですが、御三方はいつも、そういった術式の解析だとか、古文書の解読だとか、淫魔の逮捕だとか・・・」
「よその下請け仕事しかしてない、って?」
「・・・ええ・・・」
「ははは、そりゃそうだわな。なんてったって今年度は研究予算通ってないからな」
ペンを動かしつつ、足泉が笑う。
「毎年『大図書館』が研究結果を審査して、その出来に応じて予算が配分されるんですよ」
「でも去年の研究結果では、予算を獲得するには至らなかった」
「だから『大図書館』からまわされる下請け仕事をやって、食いつないでいるわけですよ」
「・・・なるほど・・・」
「まあ、仕事をもらってくる腰眼の心労も分かりますよ。でなけりゃあんな世迷いごとを言う人間の下で働く気になんてなりませんね」
「ああ、確かにな」
「『美少女に生まれて女子校に通って後輩の美幼女に言いよられてキスされたかった』だなんて。言い寄ってもらうなら後輩の美少年でしょう」
「・・・お前もか」
あきれた様子で、足泉がつぶやく。
「お前もってなんですか。腰眼と一緒にしないで下さい」
「いや、お前『美少女に生まれたかった』って言うところは否定しないのかよ」
「いいじゃないですか、美少女」
「よくない!!」
ペンを放り投げ、足泉が立ち上がる。
「後輩の美少年に言い寄ってもらうのは問題ない。むしろこっちから言い寄りたいぐらいだが、髄柱、貴様は貴様自身の男に誇りはないのか!?」
「足泉、あんたはそのままで美少年といちゃいちゃするつもりですか」
「そうだ、問題でもあるのか?」
「同性愛ほど非生産的なものはありません」
「『美少女に生まれたかった』という願望に比べればましだ」
「何だと!?」
椅子を蹴倒しながら、髄柱も立ち上がった。
「謝れ!今すぐそこに手をついて謝れ!僕と腰眼のささやかな願望を侮辱したことを謝れ!」
「ふん、俺が土下座したところで、三十路男が美少女に生まれ変わるわけでもなかろう」
「貴様ぁっ!」
「御二方」
バアル・ゼブブが静かに、しかしよく通る声を発した。
「この仕事、締め切りは明日なのでしょう?」
「はい」「はい」
「では壊れるよりも先に、何をなさるべきか分かっていますね?」
「はい」「はい」
足泉がペンを拾い、髄柱が椅子を立て直す。
そして席に着くと、二人ともまたペンを走らせ始めた。
「髄柱よ」
足泉が口を開く。
「さっきはすまなかった。考えてみればお前も美少年を愛でたいという点では、俺と同志なわけだからな」
「僕こそすみませんでした。確かに君とは、美少年愛という点においては同志ですからね」
「最高だよな美少年」
「最高ですよね美少年」
「だというのに腰眼は美少女同士の絡みを望んでいる」
「なんと非生産的なのでしょう」
「脳が腐りそうだ」
「意識が蝕まれそうです」
「それに比べて、俺たちは最高だ」
「ビバ、美少年!」
「最高!美少年!」
「扱けば悶えるその体!」
「弄れば喘ぐその吐息!」
「よってらっしゃい」
「みてらっしゃい」
「おちんちんランド」
「開園です!」
『わぁい!!』
書物をめくり、計算機を叩き、ペンを動かしながら、顔どころか視線さえ動かさずに言葉を交わす二人。
『おーちんちんちんちんちんちーん
ちーんちちーん ちん ちんちんちん』
日本で有名な某RPGシリーズのオープニングテーマ曲に合わせ、謎の歌?を合唱し始めた、その時。
「待てぇい!」
声と共に閉じていた襖が勢いよく開けられ、腰眼が姿を現す。
「おちんちんランド開園なのに、なぜ私を呼ばない」
「あーすみません腰眼、すっかり休んでいると思いまして」
「十分に休んだ、疲れも取れた」
電話台のそばに置かれた椅子をテーブルに引き寄せ、座る。
そしてちょうど向かいに座るバアル・ゼブブの手元から、紙片を取り上げて目を走らせた。
「さぁ作業再開だ、飛ばすぞ」
そう言うとペンを手に取り、バアル・ゼブブから取り上げた紙に猛然と何事かを書き連ね始めた。
「つい先ほども言ったが、私には夢がある。それは、美少女に生まれて女子校に通って後輩の美幼女に言いよられてキスされたかったというものだ。
お前達が言ってたとおり、こいつはただの同性愛に過ぎず非生産的だ。しかし美幼女におちんちんがついていた、つまりはふたなりの場合、どうなる?そうだ十分生産的だ」
蛍光灯に照らし出された部屋の中に、腰眼の言葉とペン先が紙の上を駆け巡る音だけが響く。
「無論小指程のサイズでも問題ないし、腕ほどはあろうかという巨根長根でも構わない。『先輩があんまりいやらしすぎるからこんなになっちゃいましたよ・・・責任とって、治めて下さいね?』と命令され、しゃぶったり乳房で挟んだり、乳房で挟んでもなおあまる長根を口で咥えるというのも最高だ。
逆に私のほうにおちんちんがついていて、後輩の美幼女に『こんな醜いモノを下品に膨らませて・・・先輩はとんだ淫乱ですね』と言われながら、亀頭を中心にねっとりと舌をおちんちんに這わせられるというのも大歓迎だ。
つまるところ・・・私もおちんちんが、大好きだ」
一瞬の間を挟み、足泉、髄柱の二人が口を開く。
『おちんちんランド!!開園です!!』
そして腰眼の加わった三人で、叫んだ。
『ぅわぁぁああああああいっ!!』
三人の作業の手も、口も止まらない。
「さぁさぁよってらっしゃい見てらっしゃい!性器のテーマパーク、おちんちんランドの開園だよ!入場料は子供五百円大人千円、美少年とふたなりはタダだよ!」
「メインゲートをくぐった皆様を出迎えるのは、当ランドのマスコット、オッキー・チンチンだ。エントランスストリートをまっすぐ進めばおちんちんランドの創始者、ルドルフ・キンタマーニとオッキー・チンチンの銅像が!当ランドのシンボル、チンデレラ城を背景に記念撮影をどうぞ!」
「そしてエントランスストリートは、園内をぐるっと回るメインストリートにつながっている。メインストリートを右手に進めば、最初にあるのは『トゥモローちんちん』!未知と驚異の快感が待っている、未来と宇宙の世界!それに続くは『スペルマタウン』!ギャグとエロがあふれるオッキーと愉快な仲間達が住む町!」
「更に進めば『ファンタスティックオナニー』へ!二次元にしかない夢と希望の世界へようこそ!そして『クリ=亀頭カントリー』では、ポークビッツ河のほとりに広がるショタちんちんたちの郷で、かわいらしいおちんちんが皆様を歓迎します!」
「その先にあるのは『ウェスタンちんちん』!ショタとふたなりの早撃ち対決など見所がいっぱいだ!『エレクチオンランド』では熱帯植物が生い茂る、マニアックとロマンの世界が広がっている!」
「そしてメインストリートを一周すれば日は落ちている。帰る前には『スレイヴバザール』で『お土産』を買って帰ろう!
それでは!本日のご来園、まことにありがとうございました!」
『おちんちんランドは、いつでも皆様のご来園をお待ちしております!おちんちんランド、わぁい!』
三人が口をそろえて叫ぶと、同時にペンを置いた。
『出来たー!!』
口をそろえて声を上げ、ペンを走らせていた紙を掲げる。
そこには、ちょうど三つに分割されたどこかの遊園地の詳細な地図と、各アトラクションの詳細な仕様が書き連ねてあった。
「ほうら、出来たぜバアル!」
「これは明日朝一で『大図書館』までいって、九谷さんに見せないといけませんね!」
「そうだ、忙しくなるぞ。何せ私達だけでテ−マパークを作るんだからな!」
子供のようにはしゃぎつつ、溜まった仕事を完全に無視していた三人を目にして、バアル・ゼブブの中で決定的な何かが切れた。
「・・・御三方・・・」
バアルゼブブが低くつぶやき、彼女の手の中でペキリとペンが折れる。
そして―
「まじめに、仕事しろぉっ!!」
バアル・ゼブブの意識内に構築された魔術回路に魔力が注ぎ込まれ、結果三人の身体目がけ、正確に熱と衝撃が叩き込まれることとなった。
「まったく、ギャグ世界でなければ即死だったな」
全身を煤けさせた腰眼が、紙上に数式を展開しつつ言う。
「しかも締め切りが実は明後日じゃなくて明日だったら、魔術師的な意味でも即死でしたよ」
誤って二日分めくられた日めくりカレンダーを見つつ、ところどころ焦げた髄柱が続ける。
「んでもってバアルが機材ごと吹っ飛ばしていたら、家計的な意味でも即死だったな」
もはや焼け残りといってもいいような状態のジャージに身を包んだ足泉が、新たな紙を取り出す。
「ま、もう少しで三死乙、といったところ・・・ゴメンナサイ」
締めようとした腰眼を、バアルがじろりと見やると、彼は口を閉ざした。
「ん?もう朝か・・・」
カーテンを透かして日の光が室内に差し込み、雀の鳴き声がどこからか届く。
「このペースなら、今日の夕方には間に合うな」
数式を書き連ねつつ腰眼が言った。
「・・・終わったら飲みにいこうか」
「だな」「ですね」
バアル・ゼブブの監視の下、馬鹿で、変態の三人の魔術師達は、当面の目標を掲げ、作業に戻った。
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