Another-Days of The Lust Demon's Castle
(ぶうぅ……何か、腹立って来たですぅ)
マイはため息混じりにそう思った。
この苛立ちは、メイをあの人間さんに取られてしまったからなのか、
それとも人間さんを独り占めしているメイに対するものなのか、
もしかしたら両方なのかもしれない。
(いーですぅ……マイちゃんが別の人間さん捕まえたらメイちゃん以上にどぴゅどぴゅさせちゃうですっ! メイちゃんより――)
ふと胸元を見て、自前の洗濯板を見てしまい――
(ほ、他のところでは負けないですっ! 絶対っ!! 他のところならっ!!!)
マイが、そんなことを思っていた時だった。
「――わ〜い、遊ぼうよ〜!」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえ、咄嗟に隠れて様子を見る。
いつの間にか、他の侵入者が目撃されていたという場所まで来ていたようだ。
壁際に隠れてみると、すぐ五メートル先に別の人間と、マイの良く知る女の子が対峙していた。
女の子の方はひぃなちゃん。
マイより幼いけれど、とても仲の良い淫魔の女の子だ。
黄色い帽子と赤いランドセルをいつも付けており――男の人をランドセルでぺろりと一飲みにしてしまう。
普通の男なら、彼女の無邪気な笑顔に油断してすぐに獲物になってしまう。
これで、この侵入者さんも終わりですぅ……
虜にできる男がまたいなくなると、マイがガッカリとしていた時――
ひぃなの細い首筋を、ナイフの刃がひゅっと一閃した。
首筋に深い裂傷が入り、そこから血がぶしゅっと溢れ出す。
「え……?」
遠くからでも、マイにはあまりに衝撃的な光景だった。
ひぃなの首から噴き出した鮮血――
「――そんな外見で、俺が油断するとでも思ったか?」
冷たい……
あまりに冷たい男の言葉が響き渡る。
「化け物が……」
男はそのままひぃなの体を足元に引き倒し、大きな銃口を突き付け――
――ダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!!!!!!!!
何のためらいもなく、引き金を引いた。
もの凄い速度で発射された弾丸が、ひぃなの体を引き裂き、穿ち、破壊していく。
「あ…ああ……っ」
マイはあまりに容赦のない光景に、恐怖すら覚えた。
淫魔とは言え、メイやマイは人間について好意的なイメージの方が強い。
男の人はちょっとおバカで、少し誘惑しただけでころっと引っ掛かる。
けれどメイちゃんを助けてくれた時の様に、いざとなると強くて、優しくて、格好良い……
特にメイちゃんを助けた人と出会ってから、そのイメージが強くなっていた。
それゆえか何の躊躇いも慈悲もなく、ひぃなを射殺した目の前の男があまりに異質で――まるでメイちゃんを食べようとした魔物のような薄気味悪さがあった。
「……ったく、こいつも雑魚か」
銃弾を撃ち尽くしたのだろう、男は足元のひぃなの遺体を見つめ、空になったマガジンを取り替えていた。そして――
「!」
不意に周りを見回した男と目が合ってしまった。
あまりに暗く――冷たい、憤怒の炎を宿した男の目と。
「……雑魚を一匹片付けた。瞬殺だ、問題ない。あと奥にもう一体いる」
誰か、別の何かと話すように、男は呟く。
もう少し余裕があれば、マイも気付いたかもしれない。
淫魔が使う会話法の一つが、彼にも使われていたことに。
あるいは、マイ自身の魔力を使えば、目の前にいる男と戦い様があることに。
だが今のマイは本当の、ただの人間の女の子のように、目の前に存在する異質な<怪物>を前にして、恐怖を感じていた……
「……恨みも何もなく、こんなことが出来るとでも思ってるのか?」
余りにも暗く濁った憎悪の込められた言葉に、マイの心は押し潰されるような恐怖を感じた。
一刻も早く、この場から逃げなくては――
マイはすぐに踵を返して、全力で走り出した。
何とか心を落ち着けて、空間転移の魔法を唱えようとしながら。
その時。
――カチッ。
背後から銃口が狙いを定める音がして、顔だけで振り返る。
男はただひたすらに冷たい声で――
「淫魔は全て、皆殺しにしてやる。全てな――」
ダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!!!!!!!!!
※ ※ ※
メイの吸精行為からしばらくして、不意に部屋がノックされた。
何事かと思ったが、あまりにメイの吸精が激しすぎて、体が動かない。僕がベッドの上で大の字になっていると、メイが扉に向かった。
何か話しているのが聞こえるが――ろくに集中できず、理解は出来ない。
――ガチャーンッ!!
不意に、陶器か何かが叩き割られた様な音が聞こえた。
びっくりしてそちらを見るが――部屋の陰に隠れて、何が起こっているのか分からない。
しばらくして、メイが扉から戻ってきた。
「何か、あったのか?」
「えっ……? あ、ウウン。何でもないっ何でもないっ!! 近くにあった花瓶倒しちゃって、うっかりさんだなぁ、ボクはっあははっ♪」
メイはにこやかに笑って見せるが、どうもおかしい。
何か、隠しているような……
「えへへっ♪ ちょ、ちょっと出かけてくるね。行かなきゃいけないところが出来たから……」
「えっ……あ、ああ」
笑ってはいるが、何か有無を言わさぬ迫力を感じて、僕は何も言えなかった。しばらくして、いつものメイド服に着替えなおしたメイはにっこりと笑った。
「――じゃ、行ってきまーす」
「あ、ああ。行ってらっしゃい」
僕はそうして、彼女を送り出した。
だがなぜか、僕から扉へ顔を映していった瞬間の横顔に――
僕は底冷えするような、恐怖を感じた……
――To be continued
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