百鬼夜行:弐(焔)




魔剣を後方へと投げ捨てると、両手を掲げ、降参のポーズらしきものをとった。

「焼かれて死ぬなんて痛々しい死に方なんてゴメンだな。大人しく降参するので勘弁してください」

意外な展開にパチリと目を見開くレイア。

「てっきり足掻くかと思いましたが……意外ですね」

「もう逃げ場ないしな。どうせ死ぬなら、女を抱いて腹上死。男として当然の判断じゃ――て、うぉ!」

突然周囲の炎が膨れ上がり、ジークを飲み込んだ。

思わず身構えるが、驚いたことに熱さは全くなかった。

体温より若干高め、ぬるま湯のような温度である。

「これがお前の吸精方か?」

「ええ、気に入ってもらえましたか?」

フッ、と足元の感触が消える。

背中から倒れこむジークの体が、濃度を上げ、物質化した炎によって受け止められた。

まるでウォーターベッドのような柔らかさである。

単にベットとしての心地よさで評価するならば、おそらく最高級のものであろう。

炎で形成された手が、服を脱がしにかかった。

ガチャガチャという音が鳴る。

「……脱がし難いですね」

防弾、防刃、耐熱、耐電。全てを備えた、技術班特性の戦闘服だ。脱がせ難いのも当然だろう。

1分ほど手間取っていたレイアであったが、ようやく構造が掴めたらしく、次第に手際がよくなる。

ガチャン、と音を立て、ついに最後の固定具が外され、タクティカルベストが取り除かれた。



「では、始めましょうか」

炎の手が伸び、股間を一撫でする。

それだけでジークの性器は一瞬で隆起した。

「さすがは淫魔。いつ見ても惚れ惚れする手並みだな」

「あら、以前にもどなたかにされたことがおあり? よく生きて帰れましたわね」

淫魔に抱かれ、五体満足で帰れる人間は稀だ。普通ならそのまま食い尽くされるか、精神を破壊されてしまう。

「まぁいいです。私は生きて返すつもりはありませんので」

炎の手がペニスを握り、上下に扱き始める。

「クッ――!」

甘美な感触に、ジークの顔が歪む。

「ふふふ、素敵な表情ですね。でも、まだまだこれからです」

ピチャリ、と柔らかい何かが耳を撫でた。

今度は炎で出来た舌である。

ご丁寧に液化させた炎で、唾液まで再現している。

「その炎の中でなら、体の全部分を具現化できます。さて、貴方はいつまで持ちますかね?」

手の動きが加速する。

それに合わせ、舌が無数に具現化した。

耳、背中、胸、腕、指、脇腹、臍、亀頭、睾丸、恥骨、前立腺、太腿、足裏。

その全てを無数の舌が舐め上げる。

「く、ああ、ああぁぁぁぁ……」

我慢など出来るはずない。



どくん、どくどくどく……!



ペニスの先端から白濁した精液が吐き出される。

精液は長い放物線を描き、ジークの胸に落ちた後、舌の1つによって舐め取られた。

「これが稀人の精……聞きしに勝る美味しさですね。力が溢れてきます」

レイアの言葉に応えるように、周囲の炎が一層燃え上がり、ジークへの攻めが加速する。



耳朶をくすぐる感触に堪らず射精する。

肩甲骨から腰までを往復する舌の感触に堪らず射精する。

腹と脇腹を舐め上げるくすぐったさに堪らず射精する。

亀頭、竿、睾丸、肛門の同時攻めに堪らず射精する。

足全体を舌に這いずられる感触に堪らず射精する。



精が吐き出される度、炎の勢いが増し、攻めも苛烈になっていく。

「素晴らしい……質、量共に最高だわ。そろそろ直接味あわせていただこうかしら」

炎が割れる。

カーテンのように開いた炎壁の先にレイアは居た。

真紅のイブニングドレスが解けるように脱げ、美しい裸体が露わになる。

赤い炎と、白い肌のコントラスト。見る者全てを魅了する美しさである。

「ふふふ、光栄に思いなさい。私自らの手で搾り取られる人間は少ないですよ」

ルージュの引かれた唇が、ジークの唇に吸い付く。

滑らかな舌がジークの口内を犯し、唾液が流し込まれる。

淫魔の唾液は人間の理性を狂わす魔酒だ。

蜜のような甘さに、血液が下半身へ送り込まれ、ペニスがさらに硬く隆起する。

「私の唾液、気に入ってもらえたようですね。――では、こちらはどうですか?」

ジークの頭を跨ぐように体をずらす。

レイアの割れ目が、ジークの眼前へと突き出された。

甘酸っぱい香りが鼻腔一杯に広がり、思考を急速に曇らせていく。

無意識に伸ばした舌が、桜色の秘肉をなぞる。

舌を痺れさせる、魔性の蜜。その甘さに、もはやジークの理性は掻き消された。

「ふふ、私の愛液のお味はどうかしら? ――いえ、聞く必要もないみたいですね」

無心で秘部を舐め取り続ける姿を見れば、一目瞭然だ。

「所詮人間など、こんなものですね。淫魔の魅了の前には誰しもが無様に色に溺れる……」

嘲笑にも似た笑みが浮かぶ。

記憶の中から、かつての敵――否、食料たちを思い出す。



己を狩りに、勇ましく挑んで来た者。

逃げ出すことができず、恐怖しながら向かって来た者。

愛する者を逃がすため、その身を投げ出した者。



理由や過程は様々であったが、行き着く先は同じであった。

違いがあるとしたら、炎によって果てたか、彼女自らの手によって果てたかの違いだけだ。

抵抗するのは始めだけで、最後は皆一様に肉欲に溺れ、無様な骸となる。

この男はもう少し粘れるかと思ったが、どうやら見当違いだったようだ。

「では、貴方の精を味あわせていただきましょうか。そろそろ私も我慢できなくなってきましたから」

秘部を押し付けたまま体を反転させ、69の体位となる。

「ふふふ」

妖艶に微笑み、眼前にそそり立った肉棒に舌を這わす。

ビクリ、と電流でも流されたように、ジークの体が痙攣する。

「ン……フッ」

小さな口を広げ、亀頭を飲み込み、口内で舌を絡めながら扱く。

さらにフェラチオに併せ左手でサオを扱き、右手で玉を転がす。

「チュ……ン……」

丁寧かつ激しい口淫。

それに加え、味覚と嗅覚で理性を狂わす愛液。

数分と我慢できなかった。

「グッ――」

呻き声と共に、肉棒の先端から精が放たれる。

何度目かの射精となるにも係わらず、白濁した精液は未だ濃さを失っていなかった。

「ン……コク――」

口の中で転がし、ゆっくりと嚥下する。

初めて直接口にした稀人の精。

それは炎の舌によって食べた時よりも一段と濃厚で、痺れるような美味さであった。

体に活力がみなぎり、魔力が爆発的に増加する。

あらゆる意味において最高の食事である。

「素晴しい……本当に素晴しいわ、貴方」

射精しても硬さを失わない肉棒。

尿道に残っていた精液を吸出し、再度責め始める。

「チュ……ン…フッ……ンン……チュゥ――」

精を放たれるまで、大して時間は掛からなかった。

再び口の中に広がる濃厚な味わい。

病みつきになってしまいそうだ。

「うふふ、ふふ、あはははははは」

こんな素晴しい気分は初めてだ。

この男の所属する組織には、他にも稀人は居るのだろうか?

居るのであれば、ぜひとも食べてみたい――否、食べ尽してしまいたい。

「ふふふ」

押し付けていた秘部を離し、向き合うように体を反転させる。

2人の視線が交わる。

数分ぶりに見たジークの瞳。そこに理性の色は欠片もなく、ただ白痴のように虚空を見つめていた。

どうやら“終わり”が近いようだ。



あと、3回。



幾人もの人間を喰らった経験から、レイアはそう判断した。

ならばその最後は―― “もう1つの口”で味あわせてもらおう。

「さあ、次は下の口で味あわせていただこうかしら」

「………………」

ジークは無言。

もしかすると、すでに快楽で脳が焼切れているのかもしれない。

「ふふ、黙っているとなかなかいい男なのにね」

にこやかに微笑み、口の周りに付いた愛液を舐め取ってやる。

甘い味わい。

もしかすると稀人の女も、男と同様に美味しいのだろうか?

今まで女を食べる趣向はなかったのだが、これを機に一度試してみるのもいいかもしれない。

そんなことを考えながら、肉棒を手に持って固定し、先端に秘肉を添える。

「…………ン」

僅かに息を漏らしながら、ゆっくりと腰を下ろす。



クチュ――



湿った音を立て、肉棒がレイアの膣内へと飲み込まれる。

「あ、うああああぁぁぁ」

ジークの口から、ため息に似た声が漏れる。

肉棒を締めつける、熱く柔らかい肉の壁。

口でされた時よりも、なお激しく快楽の奔流。

並みの人間なら、一瞬で吸い尽くされてしまうだろう。

「素敵な声で鳴いてくれますわね。ふふ、もっと聞かせてください」

ゆっくりと腰が前後に動き始め、クチュクチュという淫猥な水音が響く。

「く、あぁ――」

岩のように熱い膣内。

意思があるかのように、無数のヒダが肉棒に絡みつき、精を吸い尽くそうと蠕動する。

一度目の絶頂はすぐに訪れた。



どくん、どくどくどくどくどく……!



ペニスが脈動し、大量の精を吐き出す。

「ン……ふふ、1回目。貴方が終わるまで、あと2回といったところね」

萎えることのないペニスを円の動きで攻めながら、クスクスと笑う。

口での吸精とは違い、直接体中に満ちていく活力。

性交による快楽を感じないレイアであるが、爽快感のあまり、思わず声が漏れてしまった。

たまらない快感。

早く、もう一度味わいたい。

レイアの腰の動きが加速する。

それに合わせ、グチュグチュと淫猥な水音がさらに大きくなる。

「ほら、気持ちいいでしょう? だから、早く食べさせて。貴方の熱くて濃い精を」

騎乗位の状態でジークに抱きつく。

豊満な胸を押し付け、首筋や乳首に舌を這わせ、快楽を与える。



どくん、どくどくどくどくどく……!



蛇口を捻ったように精が飛び出し、レイアの膣内を満たす。

「あは、気持ち……いい」

性交としてではなく、食事としての快感に身震いする。

これで2回目。

ジークの憔悴しきった顔を見るに、やはり後1回が限界であろう。

あと1回しか食べられないのは残念だが……自分は食べ残しをしない主義だ。

少々勿体ない気もするが、この場で吸い尽くしてしまおう。

「ふふふ、貴方は最高だったわよ。でも、次が最後――どうやって食べて欲しいですか?」

戯れで聞いてみるが、答えは期待していない。

もはや、脳が無事かも分からないのだから。

「…………ぃ」

だが、意外なことに反応があった。

ほとんど聞き取れない、掠れた声であったが。

「ん? 何ですか?」

耳を近づけて聞きなおす。

こんな状態になってまで答えを返したのだ、特別に彼の希望通り吸い尽くしてあげよう。

「……みたい」

またしても聞き取れない。

今度は口元まで耳を近づけて聞きなおす。

すると今度はハッキリと聞き取れた。



「血が――見たい」



その言葉の意味を理解するよりも早く、レイアの胸に鈍い衝撃が走った。







「失礼します……て、うわ! 何ですか、これ!?」

指揮車に戻ってくるなり、サナギは高峰に問いかけた。

どうやら椅子に積もった砂と、周囲に飛び散った血痕のことに驚いているようだ。

「隊員に化けていた淫魔を処理したのだ」

「隊員に化けてた! 一体誰に!?」

「クラマだ。どうやら砂の回収のときに入れ代わったらしい」

「そんな……」

高峰の言葉に愕然とするサナギ。

「そうだ、すぐに救助に――」

「入れ代わっていた淫魔から聞いた。おそらく手遅れだ」

「………………」

「それより報告しろ、修復は完了したのか?」

「……3分じゃこれが限界でした」

手に持った物を高峰のデスクに置く。

所々擦り切れたようにボロボロだが、大まかな形は分かる。

3、4cm程度の大きさのゴム製リングだ。

「一体何なんですか、これ?」

サナギが問う。

あまり一般的な道具ではないので、知らないのは当然といえば当然だろう。

「コックバンドだな」

高峰がいつもの淡々とした口調で答える。

「こっくばんど?」

名前を聞いても分からないらしい。まあ、無理もない。

「男性の性器を締め付け、常時勃起させるための性具だ」

ポカンと口を開き呆然とするサナギ、そしてすごい勢いでに赤面する。

「え、ええ、えええぇぇぇぇぇ! な、なななな、なんでそんな物が!?」

「落ち着け、おかげで敵の正体についての確証が持てた」

「て、敵の正体ですか?」

動悸を抑えようと胸を押さえながら尋ねる。

真っ赤な顔と相まって実に可愛らしい動作だが、残念ながらこの場に『萌え』の概念の分かる人間は居なかった。

サナギの問いに、高峰は確信を持って答える。

「ああ、一見奴らは多種多様な淫魔の群れに見えるが、実際は違う。

奴らは全員同種の淫魔――魂の篭った器物、付喪神だ」







「カッ……ハ」

咳きと共に、血が吐き出される。

レイアは驚愕を持ってそれを見ていた。



自分の左胸に突き刺さった、ローマ数字の『W』が刻印された銀の篭手を。



「ヒャ……ハ、ヒャハハ、ハハ――ヒャーーーーハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

耳障りな笑い声が、レイアの下から響く。

それは間違いなく、先ほどまで憔悴し、死に掛けていたはずの男――ジークの声であった。

「これだよ――これだよ、これだよこれだよ! 俺様が一番見たかったのはこれなんだよ」

腹に流れ落ちるレイアの血を見て狂喜するジーク。

そこには衰弱の色は欠片も見られない。

「な……ぜ?」

血を吐きながら問う。

一体どのようにして回復したのだ、と。

「ん〜? 分かんない? 分かんないなら教えてやろう。答えは簡単、それが俺様の能力だからだよ」

「あなたの……能力?」

バカな、彼の能力は身体能力の強化ではなかったのか?

「違うな〜、全ッ然違う。俺様の能力は『不死』。死なないことが能力なんだよ」

篭手が引き抜かれる。

レイアの胸から大量の血が溢れ出した。

「バカ……な。では、今……までの動きは一体……?」

「リミッターを外した人間の底力というやつだ。無論、代償も大きいけどな」

身体が自壊しないためのリミッターをわざと外すのである。当然、体への負荷は計り知れない。



走るたびに筋肉が断裂し、骨が砕ける。

剣を振るうたびに関節が外れ、骨が折れる。

そして加速した血流が血管や内臓を破裂させ、脳を破壊する。



常人なら発狂してしまうほどの激痛の中、彼は自壊と再生を繰り返しながら戦っているのだ。

しかし、ではなぜ……。

「なぜ……私に犯された……の?」

彼の能力を使えば、炎に焼かれながらレイアを殺すなど容易かっただろう。

なぜ、そうしなかったのだ?

「いやなに、たまにこうやって犯され、モチベーションを高めるために思い出すんだよ。

“ああ、彼女もこんな風に快楽に狂わされ、消えていったんだ”、てなッ!」

ズドンと、今度は右胸に手刀が打ち込まれる。

指先が胸骨と臓器を打ち砕き、レイアの体を貫通した。

「カハ――ッ」

レイアの口から血が吐き出される。

通常ならすでに死んでいるであろう致命傷。

しかし皮肉にも先ほどジークより得た精が、辛うじてレイアの命を繋いでいた。

「ああ、しまった。ついつい両方の肺を潰しちまった。

これじゃ喋れない――悲鳴が聞けないじゃないか!」

勝手なことを嘆きながら腕を引き抜き、もう一方の腕でレイアを殴りつける。

強烈な一撃にレイアの体が吹き飛び、壁へ叩きつけられた。

すでに体を支える力はない。

だが、何とか残った力を振り絞り、首を動かしてジークに目を向けた。



立ち上がったジークの体に、無数の糸のようなものが絡みつく。

次の瞬間には、さっきまで着ていたタクティカルベストが装着されていた。

おそらくこれも、彼の能力の一端なのであろう。

「本来なら寸刻みにして嬲り殺すところなんだが……悲鳴が聞けないんじゃつまらんからな。

すぐに楽にしてやる」

床に刺さっていた剣を引き抜き、レイアの前で振り上げる。

――彼の過去に何があったのかは分からない。

だが分かったことが1つある。

彼の言う“彼女”こそが、彼の狂気の源泉なのだ――



剣が振り下ろされ、首が断ち切られる。

命が燃え尽きるまでの数秒間、レイアは後悔した。

自分の行為が、この男の狂気をさらに燃え上がらせてしまったことを――







「うげ、ヤベェな」

警察署の屋上にて、ジークは唸った。

術式を描くための特殊な木炭、それが先ほどの戦いで見事に砕けていたのだ。

これでは術式が描けないし、砕けてから時間が経ってしまったため、ジークの能力では復元できない。

「さーて、どうしたもんかな」

本陣に戻って代わりを貰ってくるのは時間が掛かりすぎるし、何より面倒だ。

何か良い手はないか。

そう考えながら、ジークは無造作に魔剣を抜き、背後へと一閃した。

ギン、という高い音と鈍い衝撃。

魔剣が振られた先、いつの間にか来たのか、そこには1人の少女がいた。



腰まである鮮やかな黒髪。

紅く輝く魔眼。

セーラー服に似た衣装とは不釣合いな、真紅の柄の日本刀。

クオーターの吸血鬼にしてCランク指定者、“クキ”である。



「相変わらずね。出会い頭に斬りつけるのはいい加減止めて欲しいんだけど」

日本刀――『紅姫(べにひめ)』でダーインスレイヴを払いのける。

「悪ぃな、吸血鬼の気配を感じると、つい我慢できなくなっちまうんだ。これからも気を付けてちょーだい」

悪びれた様子のないジークに、クキはさも呆れたように肩をすくめ、手に持った物を投げ渡した。

「司令からよ」

一見、黒いクレヨンのような物体、それは術式を描くための木炭であった。

どうやらこの展開を予想していたようだ。

「あと、騒ぎに気付いて逃げ出した淫魔が3匹ほどいたから、始末しておいたわ。

いくら“ククリ”から貰った結界符があるとはいえ、もっとスマートに片付けてよね」

「りょーかい。で、話しはそれで終わり? 終わりだったらさっさと消えてくんない?

俺様が吸血鬼嫌いなの知ってるだろ? そろそろ我慢の限界なんだよな」

魔剣を握る手に必要以上に力が篭っている。

どうやら本当に限界のようだ、また斬りかかられる前に退散するのが得策だろう。

「……わかったわ。さようなら」

不機嫌に言うと、クキの体が白い粒子へと変わり始めた。

霧化――ヴァンパイアの血を引くクキの能力の1つである。

再びジーク1人となった後、ジークは木炭を床に這わせ、素早く術式を描いた。

幾何学的な紋様と文字の並ぶ魔方陣。

それは広範囲を包む結界の最後の基点であった。



村を囲む形で、計18個の術式の設置。

この時を持って、この村に巣くった淫魔を殲滅する準備が整った。

後は結界の起点に霊力を注ぎ淫魔たちを村に閉じ込め、総力を持ってそれを殲滅するのみ。

ヴァンピールの誰もがそう思っていた。



この時までは――







灯篭の明かりが照らす、薄暗く部屋。

村を襲った淫魔達が“本殿”と呼ぶ場所に、3人の淫魔が集まっていた。

「警察署にてレイアが討たれました。どうやら人間達の結界の準備が整ったようです」

その内の1人が手に持った水晶球に目を落としながら呟く。

「人間にしてはそれなりに早いわね。ヴァンピールだったかしら? ただの凡夫の集まりではないようね」

もう1人の淫魔が悠然とした口調で応える。

その言葉の端々には、人間に対する本能的な優越感と侮蔑が見て取れた。

「それにしても、愚鈍な人間相手にここまで回りくどいことをする意味は本当にあるんですか?」

最後の1人へ問いかける。

本殿の奥。最も上座に位置する場所にその淫魔は居た。



数房の金髪が交じった黒髪。

金色の魔眼。

長襦袢のような露出度の高い和服を着た、凹凸のある体。

艶然とした微笑。

そして――その周囲を覆う、金色の瘴気。

彼女こそ事件の首謀者であり、村を襲った全ての淫魔の創造主であった。



「ええ、もちろんありますとも。私の望みを叶えるために不可欠なことですから」

「……では最後に1つ、この件が成功した暁には、本当に貴女の陣営を抜けてもいいのですか?」

「ふふ、随分と疑り深いのね。もしかして貴女の中に入れた蟲のこと、まだ根に持っているのかしら?」

「それは……納得しました。無粋な蟲ですが役には立ちます。この件に関しても、そして私の望みに対しても。

それよりも、答えを聞かせてください」

その問いに、上座の淫魔は再度微笑を浮かべ――しっかりと頷いた。

「ええ、約束しましょう。この件が片付いた後、一切貴女を拘束しません」

「……わかりました。では私も術式の準備に取り掛かります」

ザワ、という音が鳴ったかと思うと、淫魔の体が形を崩し、ボロボロとこぼれ落ち始めた。

続いて響く、無数の羽音と床を這いずる音。

淫魔が本殿を出て行ったのだ。

「では、私も出ます」

先ほど水晶球を持っていた淫魔も水晶球を置き、自らの武器を手に取っていた。

か細い手に握られた得物。それは淫魔達が忌み嫌う近代兵器――銃であった。

M4カービン。

軍隊でも使用されているこのライフルこそが、彼女の最も得意とする武器なのだ。

弾倉に弾を込め、2人目の淫魔も本殿を出て行く。



そして残された上座の淫魔は考える。

――果たしてあの2人は生き残れるだろうか?

2人の己が望み叶えようとする執念の凄まじさは知っている。

だが、相手も異端の集まり。

力の形が様々であれば、望みの形も様々。彼女らの望みさえ飲み込む、野望を持った者もいるであろう。

2人は確かに強い。だが相手の力量も計り知れない。

下手をすると主力の手駒を失いかねない状況。しかし、淫魔の口元に浮かんだ微笑は微塵も揺らぐことはなかった。

なぜなら――



「頑張ってらっしゃい。貴女達が精を貪り喰らった後に討たれる。

それが私にとって最も望ましい結末なのだから」



続く






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