ぬいぐるみ




男はずっとその光景を見ていた、釘付けと言っていい。

この小さな町のど真ん中にあるおもちゃの販売店に勤め1ヶ月が経った。

最近はこの仕事に慣れてきた、給料に不満は無いと言えば嘘になるがパート社員だから仕方ない。

それに再就職先が決まってない元同僚達も居る。

自分は子供も独立している。それに離婚して一人身だから身軽である。

だがかつての設計士からおもちゃ屋のパートになるとは想像も出来なかった。

だが今、頭を悩ませるているのはそんな身の上の話では無い。

ぬいぐるみが並んだ棚が男の心理に恐怖を与えている。



どうしてだか分からないが気味の悪い風景と思え、生理的に嫌悪すらしていた。

だが内心、命の無い物体を気味悪く感じるのは愚かな事だと思っていた。

それも子供達が羨望の眼差しで見るおもちゃに恐怖すら感じているいう馬鹿らしい事実。

愚かしい事だ、大の大人がぬいぐるみが並んだ棚を見て恐怖を感じる。

しかもおもちゃ屋の店員が売り物に恐怖を感じている。

店長のエドワードなら彼のこんな子供じみた考えを一蹴しただろう。



しかし棚に陳列されたぬいぐるみの目が自分を見ているように感じるのだ。

ボタンで作られた目、黒い糸で作られた目、ビーズで作られた目、それがこちらを見ている。

まるで何かこちらに憎悪を抱いているかのように。

そして彼は人形の声が聞こえるような気がした。

「私を買って!お願い!そうしないとお前を殺しちゃうよ!お前のその腐った頭をカチ割るよ!」

彼は苦笑を浮かべた、頭の中で作られた馬鹿に陽気な声とそれを作り出した自分の愚かさに。



その時、棚の近くに居た女の子がピンクの鳥の化け物のようなぬいぐるみを見ていた。

鳥の化け物は電気仕掛けで口ばしがパクパクと開き、まぶたが開いたり閉じたりしている。

まるで女の子に買ってくれと金切り声を上げているように見えた。

「私を買ってえええ!私を買ってええええええ!このちびのクソアマァァァァァ!買ってええええええ!」

彼は自分が狂気の淵に落ちたのでは無いかと思った。

小さな女の子がおもちゃを見ている光景をここまで歪曲できるなんて狂気の沙汰だ。



女の子はそのピンクの醜い鳥の化け物を手にとると大事そうに抱えた。

そして人形の真ん中、お腹の当たりを押した。

「こんにちは!私と遊ぼう!」

あのピンクの鳥のなれの果ては10歳にも達していないガキを騙すために音が出るようになっている。

会話できると見せ掛けるためプログラム通り十数の言葉を吐き出すのだ。

その時、一瞬、男の頭にある思いが浮かんだ。

先程の声が今まで自分の頭の中で響いてきた声と完全に同じだった。

だが、そんなはずが無い、だってぬいぐるみが自分の頭の中で喋るはずが無いのだ。

その時、ピンクの化け物の一方のまぶたが閉じた。

まるで自分にウィンクしてるようだ。



「あら、私の声が聞こえるの?」

頭の中になり響いた声は生々しい。

彼は口が渇くのを感じた、そして汗が全身から噴出すのを実感した。

これは現実では無い、現実であるはずがない、ふと視線を感じた。

ピンクの鳥を抱えていた女の子がこちらを注視している。

その顔には警戒感が浮かんでいた、その顔には嫌悪感すら感じられた。

ある記憶が浮かんだ、逃げた女房の顔。

嫌悪感と不信感の混じったあの顔を。

こんなに小さくても女は女だ、あの女と同じ顔をしていやがる。



「彼女はあなたを警戒しているは、いいえ嫌悪さえしている、あなたの事を何も知らないで!」

その声が頭で鳴り響いた、そして彼の全身にそれが浸透していく気がした。

そう、まったくだ!好き好んでこんな仕事をしてる訳が無い!

友人の紹介で就いたおもちゃ屋の店員、だが昔は違った。

電機メーカーの設計士、同期に比べれば高給取りだった。

だが営業不振を補うために起きた再編で職を失った。



その後、設計主任となり中間管理職として自分は会社に20年貢献してきた。

だがそれは無意味だった、何も結果を生み出さない独りよがりのように無意味だったのだ。

上司の申し訳の無い顔とその口調を思い出す事ができた。

「各部門を統合する事となった、つまり当セクションは閉鎖だ。」

男の心の奥底に溜めていた怒りがマグマのように表面へ出ようとしていた。。



女の子の顔の警戒感が恐怖に変わり泣き顔になった。

きっと自分の炎のような怒りが顔に出たのだろう、睨みつけるような形相で彼女を見ているはずだ。

それで彼女は泣き出したのだ、だがそれに罪悪感は感じなかった、むしろ更なる怒りを生んだ。

フラッシュバック、あの女の声が響く。

「あなたは家庭の事はいつも私に押し付けて!あなたは本当に無責任よ!」

女はいつも泣きやがる、泣けば男が罪悪感を感じる事を熟知しているのだ、絶対にそうだ。

ハハハハ!何が俺のせいだ!俺がギャンブルで借金を作ったか?作ったのはお前では無いか!

しかも俺がリストラされた日に言いやがって!

お前の借金で18歳になった息子は大学進学を諦めて就職する事になった!俺のせいじゃない!



それを責めるとあの馬鹿はこう言った!

「あなたが家庭を置き去りにした!私は寂しかったのよ!」

寂しかった?寂しかったら何をしてもいいのか!ええ!このクソアマ!

女の子の顔があの女の顔に完全に重なった。

怒りが沸騰した、そしてその怒りはさらに黒い殺意に変わった。



「お前が何を理解しているんだ!ええ!お前に何が分かるんだ!」

彼は叫んでいた、店内の全員が彼を見ている、だが彼には女の子しか見えない。

女の子は泣き出した、号泣だ、だがそれは彼の感情により一層の刺激を与えた。

彼は女の子に近づいた、女の子のスカートから黄色い液体が滴り落ちる。

「はあ!このアマ!おもらししやがった!薄汚い女だ!」

彼に満足感が広がった、だがこれだけで完全に満足できるはずが無い。

女の子が後ろによろけて尻餅を付く、直後に彼は女の子の首を締めると持ち上げた。

ピンクのぬいぐるみは女の子の手から転げ落ち、首を締められた女の子を見上げている。



「おい!ビル!何してんだ!」

彼の両脇に2人の男が掴みかかる、店長と警備員だ。

「放せ!これは俺とこいつの問題だ!放しやがれ!分からんのか!」

彼の絶叫が店内に響いた、首を締められた女の子の顔が青ざめる。

警備員が警棒で男の腕を打つ、だが男は締める手を緩めない。

女の子の目が白目になる、気絶したのだ。

「やめろ!この馬鹿!死んじまうじゃないか!」

店長が絶叫した、それが合図であったように警備員は警棒を男の脳天に振り下ろした。

鈍い音が店長には聞こえた、だが同情は感じなかった。



男の力が弱まり、手が女の子の首から離れた、女の子は糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。

様子を見ていた数名の客が女の子に駆け寄った。

男はよろめいている、警備員は男を床に叩きつける。

店長はその時、床に落ちているぬいぐるみを見つけた。

店長はそれを拾い上げると突然、音が鳴った、いやそれは言葉だった。

「こんにちは!私と遊ぼう!」

その時、女の子が目を見開いた、そして何も無かったように立ち上がり店長の所に近づいた。

彼女の首の痣が生々しい、それに目を取られ彼女の目にはまったく生気が無いのに気づかなかった。

「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

彼女は無表情なままぬいぐるみ、言葉を発するピンクの怪鳥を店長の手から奪った。

店長は呆然とした、彼女はそのぬいぐるみを抱きかかえている。

その時、救急隊員が到着した、そして女の子が救急隊員に連れて行かれるのを店長は見守った。

彼はふとぬいぐるみの事を思い出した。

だがそれを彼女の手から奪う事は止めにした、それが一番、良い気がしたからだ。







入院して2週間の女の子、キャシーは寝ていた、その寝顔は天使のようだ。

でも下の階にある小児科に入院する他の子供は彼女と話す事は無かった。

いや彼女の担当である看護士や医者も同様だ、ここに入院してから彼女は何も喋らない。

それはおもちゃ屋での一件のショックが原因というのが大方の見方だ。

キャシーの担当看護士のセーラはキャシーが早く喋れるようになる事を祈っていた。

セーラはキャシーの痣を見た、首に残る痣はここに来た時ほど目立たなくなっているが痛々しい。

おもちゃ屋の店員が子供を襲うなんて世も末ね、とセーラは思った。

しかもこんな人口4千名足らずの小さな町で起きるなんて。

最近は町の経済を支えてきた電機メーカーの工場が規模縮小したために少ない人口はさらに激減している。



セーラはキャシーに読み聞かせた本を閉じると小さな病室を見回した。

最近、この部屋で誰かに見られているという感覚に時々、囚われる、セーラは溜息を付いた。

「きっと、疲れてるのね。」

キャシーには個室が与えられた、当然、おもちゃ屋側は医療費を全額負担した。

今回の事件で受けたイメージダウンを少しでも減らそうと必死のようだ。

セーラはキャシーの隣に添い寝するピンクのぬいぐるみを見た。



彼女の姪も同じぬいぐるみを持っている。

大袈裟に陽気にした感じの声を何万回も聞いていた、同じような声に姪は飽きないのかしら?

彼女はそのぬいぐるみの全てが気に食わなかった。

無機質な声には偽善的な匂いがした、そして忙しく動く口ばしとまぶたは挙動不審者を連想させる。

しかしキャシーのぬいぐるみは電池切れのためか動いていない、だが、それがより一層、不気味だ。

まるで何か悪巧みを考えている凶悪犯のように。



セーラはそんな考えを頭から追い出した。

そんなもの、何の意味がある?

子供用のおもちゃを捕まえてあれこれ文句を言うなんて、馬鹿なPTAみたいじゃない。

不気味なおもちゃは子供を犯罪者にします!暴力的・性的表現は教育に悪影響です!

セーラはその考えに同調できなかった、この世界は悲しいかな退廃的で無慈悲だ。

それを子供に隠した所で意味があるのだろうか?

どうせいつかは知る事なのよ、それからは逃れられないわ。

そう私がうちに帰れば必ず暴力を振るう夫のマーティンのように・・・逃れられない。



「あら?そうかしら?」

セーラはハッとしてドアを見た、誰もいない。

気のせいかしら?夜勤明けだから疲れているのかも?

セーラの視界にピンクのぬいぐるみが目に入った、ぬいぐるみはこちらを見ている。

「・・・・、まさかね。」

セーラは笑おうとした、しかし意に反して泣いていた。

涙が頬を濡らし始めた。



彼女の頭には鮮明なイメージが浮かんでいた。

酒に酔ったマーティンの顔が、いつもの心優しい夫では無く獣とも言える凶暴な男の顔。

マーティンは毎日、仕事仲間と酒を飲んで帰ってくる。

酔ったマーティンは理性が無くなる、些細な事で直ぐに手を上げる。

この前など彼は気に食わない上司から小言を言われた腹いせに私を打った。

ひどいじゃない!私が何をしたと言うの?

「あなたは悪くないわ。」



そう私は悪くない!全然、悪くない!

セーラの目から涙が溢れ出ていた、その心は怯え切った幼女のようだった。

「あなたはこの逆境から抜け出さなきゃいけないわ!このままなら殺されしまうわ!」

・・・殺される、そう1年前、酔ったマーティンは私が帰るのが遅いからとバットを振り回した。

テレビを買い換える羽目になったあの事件をセーラは忘れていた記憶の奥から引っ張り出した。

あの日、夜勤だと言ったのに、あの人は私が浮気をしたと疑って・・・そうこのままじゃあ殺されるわ。

「なら、自分の身を守るべきよ!」

セーラはもう泣いていなかった、悲しみとみじめな気持ちはもう無かった。

心の中に占めるのは使命感だった、自分の身を守るという思いだけだった、マーティンから自分を守る。

マーティンは夫では無い、敵なのだ、自分に害を与える敵!

そしてセーラはキャシーの病室から出て行く前に散弾銃は家のどこにあるかを思い浮かべていた。





セーラが病室から出るとキャシーは目を開いた、隣に置いてあるピンクのぬいぐるみを抱き寄せた。

そして笑みを浮かべた、それは満足そうな笑みだった。

キャシーは病院が気に入っていた、彼女はいろいろなものが見える。

小児科部長のミック医師は5歳の実の娘に悪戯をしている。カルター看護士は彼が同性愛者なのを隠している。

隣の個人病室に居るどこかの会社の重役は自分の娘より年下の女と不倫している。

彼女の笑みが広がった、もしセーラがこの笑みを見れば少女の笑みとは信じないだろう。

それは狡猾な老人が浮かべる笑みと言えるからだ。

おもちゃ屋から出たい一身で起こした事件は素晴らしい副産物を生んだ。

キャシーの身体は居心地の良いスペースであり、快適な乗り物だ。







ケンジは夜の病院は大人になっても慣れそうに無いと思った。

さっきキャシーの病室からセーラが出て行くのを見た。

セーラは良い事があったのか鼻歌まじりだった、彼女は小児科患者全員から好かれる唯一の看護士だ。

厳しい面もあるけど優しい女性だからだ、それに彼女は美人だった。

ミック先生の言葉を思い出した、「男はね、子供だろうと美人には弱いもんさ。」

ケンジはまったくその通りだと思った。



ケンジは隠れていたトイレから出た、もう一度、廊下を見た。

セーラはエレベーターの方へ向かったようだ。

キャシーの病室のドアが開いた、ケンジは期待のこもった目で見た。

キャシーはいつものようにピンクのぬいぐるみを持っていた、そして美しい笑みを浮かべた。

「ケンジ、来てくれたのね。」

彼女の声を聞くのは久しぶりだ、彼女は滅多に口を開かない。

だからケンジは嬉しそうに頷いた。



「さあ、皆の所に行きましょう。」

ケンジはいつもキャシーと2人きりでいたいと思っていた。

同じ病室の2歳年上のリンやエリー姉妹も大好きだけど、でもキャシーほどではない。

キャシーには魔力のような魅力がある。

キャシーが微笑みを浮かべるだけケンジは身体が痺れるほどの快感に襲われる。



キャシーが使われていないはずの大部屋にたどり着いた。

中から押し殺したような声が漏れて来るのをキャシーとケンジは聞いていた。

「貴方達、忍耐を知らないのね。」

だがキャシーの口調は呆れている演技をしながらもおもしがっている口調だった。

ケンジがドアを開けるとそこはさながら異世界のようだった。

ケンジとキャシーは大部屋の中に入った。



20名以上の少年少女がそれぞれに交わりあっているのだ。

ケンジは途中入場した事でこの場の異様さを感じたがそれは一気に欲望に押し流された。

ケンジが釘付けになったのはリンの姿だった。

小児科入院患者でも年長者の部類に入りお姉さん風を吹かすリンが年下の女の子の生殖器を弄ぶ姿。

それは何だか罪悪感を感じさせるが甘美なものに見えた。

リンがよがらせている女の子、確かヘレナはケンジと同い年のはずだが一学年下に見えるほど小柄である。

その小さな身体に不釣合いな大きな眼鏡のために小児科のガキ大将ブランドにいじめられていた。

それを助けたのがリンなのである、あの子からすればリンはお姉さんのような存在なはずだ。



そのリンにされるがままのへレナは今まで感じた事のない不慣れな快感に戸惑いの表情を浮かべている。

そしてすがるようにリンの顔を見ている、リンは優しい笑みを浮かべている。

それは怪我した妹を安心させる姉のように見えた、だが、実際はリンはその手でヘレナを絶頂に導こうとしている。

ヘレナが突然、小ぎざみに震えた、絶頂に達したのだ。

「ヘレナ・・・気持ちよかった?」

放心状態のヘレナの髪をリンが優しく撫でながら尋ねた、ヘレナは恥ずかしそうに小さく頷いた。

まるで本当の姉妹のようだとケンジは思った。



ケンジの目が違う所に移った、この中で最も激しく交わっている2人の姿へ。

いつも喧嘩ばかりするブランドとリサだ。

ブランドは小児科の問題児であり、ガキ大将、リサはそんなブランドの喧嘩仲間のような女の子だ。

喧嘩はいつもの事で、褐色の肌で小さなアフロヘアのリサにブランドはちょっかいを出す。

そして、キャシーが作ったこの「触れ合い時間」でいつも2人きりだ。

キャシーはこの事に関してケンジにこう言った。

「ブランドとリサはある意味、相思相愛、前からお互いを意識していたわ。」

ケンジはブランドがリサを嫌っていると思っていたから驚きだった。

だが今こうしてブランドとリサの姿を見るとキャシーの言っている事が本当か分からなくなった。



ブランドに馬乗りになったリサが激しく腰を動かしていた。

昇天を必死に耐えるブランドの顔が苦痛に歪んでいるように見える、リサはそれを見下ろして絶叫している。

「どうよ!ブランド!あんたが小ばかにしてる女に組み敷かれて悔しくないの!」

ブランドは唸り声を上げるだけ、リサの顔は輝いて見える。

ケンジは「水を得た魚」という言葉を思い出した、リサはブランドを責める時が一番楽しそうだ。

するとブランドはどうにか声を出した、それも弱々しい声。

いつもリサにちょっかいを掛けるあのブランドとは思えないほどに弱々しい声。

「もう許してくれ!もう出ないよ!もう出ないよ!だから、あぁぁぁ・・・」



リサはそれでも腰の動きを止めない、ケンジにはブランドが拷問を受けているようだった。

映画で見る拷問は痛みを与えるがリサの拷問は快感を与え続けるのだ。

あれについてキャシーは優しい笑みを浮かべてこう言った。

「愛の形は色々なのよ、それにブランドも喜んでいる。」

ケンジには信じられないと思った、だってブランドは涙目になりがなら許しを求めている。

でもそんなブランドを嘲笑しているリサは美しく見えた。

それでもケンジには2人の関係が理解できなかった。



ブランドとリサの近くにエリー姉妹の姿を見つけた。

そしてエリー姉妹に挟まれている哀れなアダムも発見した。

アダムは全裸―まあここに居る大半の子がそうなのだが。―で両手と両足を紐で縛られ膝を付いている。

エリー姉妹は両脇からひとさし指でアダムのペニスを弄りまわしている。

あの姉妹はああやって捕まえた男の子を弄るのが大好きなのだ。



一度、ケンジもエリー姉妹の洗礼を受けた、その時の姉妹の声が脳裏に浮かぶ。

「お姉ちゃん、ここがピクピクしているよ。」

「気持ちいいのよ、本当、男の子って悪態ばかり言うけど、ここは素直なのよ。」

「お姉ちゃん、何だか可愛いね。」

そして2人してクスクス笑う、さらに一緒に声を合わせる。

「可愛いわね。」

ケンジはその会話を思い出すだけで恥ずかしくなる。

また一方的に姉妹に弄られて悔しくなる、それを姉妹は見透かすのだ。



そしてそれで嘲笑うのだ。

「男の癖に泣き叫んでみっともないね。」

「本当にみっともないね。」

「お姉ちゃん、それでもきっと気持ちいいのよ。」

「なんて駄目な子なのかしら、恥ずかしいわね、本当に恥ずかしいわね。」

そこで2人してクスクス笑うのだ。



哀れなアダムは泣いている、だがエリー姉妹は相手が泣こうと構わないのだ。

「男の子のくせに泣いて、本当にみっともない子。」

「お姉ちゃんが小ばかにしているのにここは反応しているわよ。」

「あら、本当、なんてみっともない。」

また2人してクスクスして笑う。

ケンジは哀れなアダムを嘲笑しているエリー姉妹はまるで悪魔に見える。

普段は双子の天使のようだと大人からの寵愛を受けるエリー姉妹とは思えないギャップだ。



急に切なくなったケンジはキャシーを見た。

するとキャシーは困った生徒を見る教師のような顔つきを作った。

「なに?我慢できなくなっちゃった?」

ケンジは耳が真っ赤になるのを感じながら頷いた。

キャシーの顔に笑みが浮かんだ、それはまるで幼い弟をあやす姉のようだ。

キャシーはケンジの頬を優しく撫でる。

「じゃあ、私達も触れ合いましょう。」

2人はお互いに服を脱がしにかかる。



ケンジは横目でキャシーのピンクのぬいぐるみを見つけた。

ドアの前に置かれたそれは身動きせずその場にじっとしている。

そこで病室に広がる淫靡な光景を高みの見物をしているようだった。

だがケンジはすぐにピンクのぬいぐるみは忘れた。

キャシーと触れ合う事が彼が待ち焦がれていた楽しみなのだから。







昼の休憩時間にカルターは遊戯室のドアの前に立ちガラスばりの壁から中の様子を眺めていた。

子供達が遊戯室で遊んでいる姿を見るとカルターも楽しくなる。

特に残忍なあの事件の後では尚更だ。

カルターは隣の保安官助手を見た、お忙しい保安官に代わってここに来たのだ。



彼は食堂で交わしたドクターミックとの会話を思い出した。

「まさか、セーラがご主人の顔を散弾銃で吹っ飛ばすとはな。」

そう言うドクターの顔はあの興味津々な、好奇心が隠れ切れていない表情が浮かんでいた。

皆、知りたいのだセーラの事を、確かに看護士仲間で一番親しかったのは俺だ。

だが友人を辱めるような事はしたくない.

散弾銃で伴侶の顔を大幅に整形したという事実があっても。



それでも保安官助手の聴取には応じなくてはいけない。

「ええ、確かにセーラはマーティンの飲酒に頭を悩ませていましたよ。」

保安官助手はこまめにメモをしている。

犯人が既に逮捕された事件に関わらず彼は真剣に見えた。

きっと新しい保安官の助手の一人である彼は経験の浅い熱血漢なのだろう。

カルターは子供達を眺めた。



リンとエレナは仲良く人形でおままごとをしている。

2人はまるで本当の姉妹のようだ。いや姉妹以上のものがある。

リンがエレナを見る目は母性が感じられる、エレナがリンを見る目は信頼で満ちている。

カルターは姉妹より何だか恋人同士のようだと感じた。



本物の姉妹であるエリー姉妹は部屋の隅の方に居た。

2人で仲良くひそひそ話をしている。

まったく同じように口元を隠してクスクス笑う姉妹は何やら相談しているようだ。

カルターには何の相談か想像できなかった。

次の「触れ合いの時間」で餌食になる男の子を相談していると知ったらカルターは目を丸くする事だろう。



「ちょっと!何よ!」

カルターは怒声を聞きその方を見たが安心した。

いつものようにリサがブランドに噛み付いている、ブランドはリサにまたちょっかいを出したのだ。

だが掴み合いの喧嘩になる事は無くちょっとした言い合いになるだけだ。

喧嘩するくせにいつも2人で一緒に居るのを知るカルターは微笑ましい気持ちになる。

喧嘩するほど仲が良いという諺の正しい例だなと思った。



カルターは突如、視線を感じた。

背筋が寒くなるような視線。

彼はそれを恐る恐る見た。

そこに散弾銃を構えるセーラの姿を想像した。

だがそこにはキャシーとケンジが窓から外の景色を見ている。

誰もカルターを見ていない。

まだ視線を感じる、よく見るとキャシーの足元にピンクのぬいぐるみが置いてありこちらを見ている。

彼はそのぬいぐるみが不気味に感じた。

理由は分からない。

「カルターさん。」

保安官助手がこちらを心配そうに見ているようだが視線はピンクのぬいぐるみから離れない。

「すいません、子供達を見てまして。」

保安官助手がカルターが何を見ているのか覗き込む気配を感じた。

その時、声が聞こえた気がした、陽気な声だが人工的な声。

「こんにちは!私と遊ぼう!」

カルターはその声に強い悪意を感じ身震いした。




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