平和な世界を夢見て




――あるところに、心優しい神様が一人おりました。

ある時神様は、自分の体の一部を海に溶かし、この世界の元となる生命を産み出しました。

神様は、他の存在が仲良く暮らす様を見るのが大好きでした。

生きるための争いは心の中で耐えていて、それ以上の争いを嫌っていました。

この命達は自分の分身、必要以上に争うこともないだろうと、神様は考えていました。



しかし、時は流れ――神様の分身である筈の生命は、必要以上の争いを始めてしまいました。

神の分身であった人間のうち、知能を発達させたものはその欲を止める術を失い、暴走していったのです。

慌てて神はその存在を止めようとしました。しかし、逆に神が封じられる結果となってしまったのです。

封じられた時の中で、神はいつしか、平和な世界を夢見るようになりました。

争いのない、平和な世界を――



窓から見える紅葉は、日を増す毎に色に深みを増していく。

生い茂る木々が、その赤々しさを更に引き立て、同時に囲い込み、存在を隠そうとする。



……今、私――ユーナ――がされているように。



物心ついた時から、この国は戦争に明け暮れていた。この国だけではない。他の国も、つまり、この大陸に存在する国が全て、戦争にのめり込んでいたのだ。

私は疑問を持った。どうして仲良く出来ないのか。どうして、一緒に過ごしていく事が出来ないのか。

周りはそんな私を叱りつけて、壊れたテープを何度も回したように同じことを繰り返した。

あっちが悪い、こっちが悪い、私達は悪くないetc...。

それでも納得できなかった私は、町の中で大声でその事を聞いたのだった。

その時、誰かが私を抱きかかえた瞬間――。

――首筋に刺激が走ると、私は気を失ってしまった。



………そして気付けば、知らない間に裁判が終っていた。

私――ユーナは、死刑。

罪状は『国家反逆罪』。



正直、王や権力者にとっては便利だよ。国家反逆罪。使おうと思えば、君主の悪口を言った一般市民にも使える罪だから。



両腕に付けられた枷、両足に付けられた重り、そして、額に付けられた焼きゴテ。

これが、私の罪人としての証。



外にあのような風景が創られる理由は、罪人に時を告げるためだろうか。それとも、舞い散る葉が枯れ落ちる様を見せることで、己の運命を悟らせるためであろうか。

何れにしても、私が分かったこと。

もう――私は助からないだろう。

私が願う平和も、叶うことはないだろう。

全ての人が笑いあえる――いや、全ての存在が等しく生きられる――平和。それが私の夢。

夢は夢のまま、終ってしまうのだろうか………?



――それは、嫌なのに。



――私は、あまりにも無力だ。



部屋の隅で膝を抱えて蹲り、瞳を閉じていた私は、ついに気が付かなかった。

周りから、何かが迫ってきて、私の体を包み込もうとしている事に。

それだけじゃない。知らぬ間に床が沈んでいき、私の体もそれにつられて沈んでいる事に。

周りの変化に気付かないまま、私はいつしか眠りについていた………。

どこか、体に、心に暖かい感触を覚えながら――。





とくん――とくん――

鼓動が、聞こえる。

何処かから。何処かから。

コドウガ、キコエル――。





いくつもの風景。

見覚えのあるものは、私の記憶?

見覚えのないものは、教科書で眺めた覚えのある伝説?

それらはシャボン玉の中に映り、私の周りを取り囲むように登っては落ちていく。

まるで、呼吸をしているかのように。



―――こっちに、来て下さい。



綺麗な声が響いた。その一言一単語が私の体をそのまま動かしていくような――。

その声に動かされるように、無数のシャボン玉は引いていった。現れたのは、不思議な紋章が描かれている、不思議な物体で出来た床。

足を一歩踏み出す度に、不思議な弾力が体に返ってくる。

そう言えば、私は何故普通に歩ける?腕にも締め付けられるような感覚はない。

視線を移すと、そこには産まれたままの姿――傷一つないありのままの私がいた。

何故だろう。全く何も身に付けていないのにも関わらず、恥ずかしさはその欠片も姿を表さなかった。



―――こっちに、来て下さい。



声が響く方へと、私は導かれるように歩いていった………。



天井ではダイヤの形をした宝石が虹色に光る場所で、素材不明の透き通った階段を、私は登っていった。

一歩進む毎に、私の中に得体の知れない期待感が沸き上がってくる。

つ――と、頬を伝うものがあった。視界が心なしぼやけている。

不思議に思うものの、その感情すら期待感と涙へと変貌していき――感情全てが埋め尽された。

――気付けば、私は階段を駆け上がっていた。

そして最後の一段を登り終えた時――。



着いたのは、巨大な円状の広間。

その床は七色に変化していき、不思議な模様がまるで芸術作品のように調和するよう描かれている。

空には無数の星々。まるで宝石を散りばめたようにキラキラと下界を照らしていた。

思わず見とれてしまいそうな幻想的な光景の、その中央。



―――来てくれましたね。



そこにいたのは、一人の女性だった。蹲って、ただ祈りを捧げている――。

ウェーブのかかった瑠璃色の髪は、身に付けている――禁欲を司る修道服の――腰リボンにまで掛り、すぼまった袖から現れた腕は、それだけでも芸術品となりそうな程に完全なる形を持っていた。

と――。

女性が祈りを止め、立ち上がる。そのスカートは、女性が立ち上がってなお、地面にその身を擦りつけている程に長かった。

そして、その女性が振り向いた、時――。



――私の、可愛い娘。



私の周りの音が、一気に遠のいた。

目の前にいるのは――何だろう。初めて会う筈なのに、どこか懐かしく、しかも――。



どんな彫刻家でも、再現することが不可能な、まさに美のイデアを体現するかのような顔。流れるような眉毛に、透き通る緑色の瞳は、慈愛をそのまま表しているかのよう。瑞々しい唇から一度言葉が紡がれれば、それは風の調べとなり人々に安らぎを与える。

母性の象徴たる双球は、布地の下からでもその谷間がはっきりと分かるほど大きい。その谷間を強調するかのように、修道服には胸元に大きなスリットが開いていた。

手も、陶器で出来たように繊細であった。ただ――両手首に残る、何か縛られたような痕が、何とも痛々しい。

だが、その痕も、私の見る前で次々に塞がっていき――周りの肌と何も変わらなくなった――。

私は――この人を――いや――この存在を知っている?

………違う!知るんじゃない!いつも感じていたし、心の側に置いていたじゃない!



「めがみ………さ……ま……」



我が家に偶然存在していた、一冊の絵本。国に見付かったら没収されるであろうそれは、ある女神に関する物語であった。

平和を願ったがために、人々に封じられた――。

幼い頃の私は、その本を何度も隠れて読んでいた。そしていつしか、この世界を平和にしてみせると考えるようになったのだ。



「あ………あぁ………」

あまりに突然の、理想の、伝説の存在との出会いに、私の心も、頭も停止していた。そんな私に、女神様は微笑みながら、両手を広げ、こう仰った。



――私の胸に、甘えなさい。愛しき娘よ。



「あ………あぁっ………!」

ふらり、ふらりと、女神様に近付いていく私。足取りは頼りなくも、ふらり、ふらりと確実に私は女神様の元へと近付いていった。

やがて私は、女神の持つ宝満な二つの胸、その谷間へと顔を埋められる。香り立つのは、全てをとろかし、女神への愛情へと変える甘い香り。それが神々しいオーラと共に、私の中を埋め尽していく――。



「あぁっ………ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」

いつしか私は、感動と歓喜の感情のあまり、泣き出してしまった。

不思議だ。

ただ泣いているだけだというのに、心の中が洗われていく――。

全て、絶望や諦観、憎悪といった黒い感情が、私の中から次々と流れ落ちていく――。



そして空っぽになった心を、女神様が満たしていく――。まるで、吸い出した感情を、女神様が生まれ変わらせているように――。



――さぁ、私に全てを預けなさい。娘よ。平和の御子よ。



女神様が、私を抱く力を一瞬弱めると、修道服を脇に寄せ、乳を出して乳首を私の口の中に挿入した。

とくん、とくん、と女神様の鼓動が私に伝わってくる。

夢を見ているような気分の私は、まるで赤ん坊のように女神の乳にしゃぶりついた。

ぷぴゅ、と音がして、女神様が乳を発射する。女神様から出た乳は液体ではなくゼラチン状で、次々に、喉の奥を通過していっている。

おなかに、ゼラチンがたまっていく度に、わたしの心はじょじょに、ちいさくなって――。





――あれ?

ゆぅなは………ゆぅな?

ゆぅなはゆぅなで……あれ?

あぷ。

……なんだろこれ、やわらかくて、あったかくて、きもちい……。

……んく、んく、んく………ぷは。

わぁ………、おいし………。

えっと………、ママ?

やわらかくて、あったかいのは………。



――娘よ。私を受け入れなさい。



やっぱり!ママ!

やわらかくてあったかいのはママなんだ!

ああぁ………ママぁ………。

………あれれぇ?

ママのなかに、てがしずんでいっちゃったよぉ?

あ………でも、なんだろー。

きもちいい………。

ママといっしょになって――あは?だんだんママのなかにゆぅながはいっていくよぉ………。





――そして生まれ変わるのです。この世界に、平和を――。



さいごに、ママはなんていったのかな?

あはぁ?

みみもママのなかにはいっちゃってわからないやぁ……。

あはぁ……きもちいいよぉ……。

ママのなか、とってもきもちいい……。

ん?

んお?

あ………おへそになにかが……。

あはぁ………。

おへそから、ママがはいってくるよぅ………。

………。

えへへぇ………。

これでゆぅなは、ママといっしょなんだぁ………。



ユーナを女神の胸が頭から包み込んでいく中、女神のスカートからは、何か粘体のようなものが、徐々に姿を表し始めていた――この粘体こそが、実は女神の体であるのだ。

女神が自身の体を少し地面に広げると、地面が少しずつ脈動し始めた。連動するように、次第に脈動する地面達。やがて――地面だけでなくこの空間そのものが、女神達を包み込むように盛り上がり、渦巻いて、一つの球体を形成していった………。



とくん………とくん………。

空間の卵の中、女神は大きくなったお腹を撫でながら、奏でられる生命のビートに耳を寄せていた。

着ていた筈の修道服はいつの間にか消え失せ、女神は本来の姿に戻っていた。

基本的なパーツは、元のままではあった。だが――その一つ一つが、人肌ではないものへと変貌していた。



スライム。

髪の毛の一本一本から顔、腕、胸から腰に至るまで全てが粘体の塊であり、特に腰から下は二本足ではなく、修道服のスカート部分を型にしたスライムの集合体であった。

その全ては、黄金色に輝いている。

そう。女神の正体は、スライム娘だったのだ。



女神の体の中で、ユーナは徐々に変化していった。

繋がれた臍の緒が脈動する度、ユーナの体は小さく、幼くなっていき、ついには赤ん坊の状態にまで戻ってしまった。

その赤ん坊の姿が、徐々に女神の中で消えていく――指先から、腕から、体が少しずつ、見えなくなっていった。

胎盤から送り込まれた女神の体が、少しずつユーナの体を作り替えていったのである。



意識も赤子の頃にまで退行したユーナの中に、女神の心、考え方、女神の娘と言う意識、女神の慈愛、そして――女神の娘の使命。それらが少しずつ、少しずつユーナのかつての記憶にとって代わって入ってきた。

同時に、女神のお腹も徐々に大きくなっていく。ユーナが、成長しているのだ。

いつしか、空間そのものが脈動を始めた。まるで、ユーナの誕生を、ユーナの存在を祝うかのように。

そして、その時は来た――。





ユーナを捕えた収容所では、定時で見回りが行われる。大よそ、一時間に一回の頻度だが。

その日、見回りに来た若い看守は、昨日と比べて死刑囚の数が格段に減っている事に気が付いた。

「またあの愚帝は何かやらかしたのか………」

この国の王は大概が愚帝であった。民衆は力で押さえ付けるもの、そう書かれた教育書が存在するのではないか、と思わせるほどの軍事力による超強制的独裁体制。そして、見せしめのために定期的に行う、罪状でっち上げの公開殺戮。

「………人間は、恐怖によって大概は支配される、とでも思ってんのかねぇ………」

誰も聞いていないことを良いことに、好き勝手に王を侮辱する看守。聞き咎められれば明日は我が身、であるが。

「………さて、今日の処刑者は――」

看守がリストをパラパラと捲りながら、その対象を確かめる。

「――ユーナ・フルーレ………国家反逆罪、二日前………急だな。何やらかしたんだ?」



特に関心も持っていない口調で呟きながら、牢の前に行き着いた、その瞬間。



「!むごっ!」

いきなり天井から何かが落下してくるのと同時に、看守は口を塞がれた。倒れた衝撃で鳴る筈の音は、背中に当たる何かがクッションの役目を果たし、響き渡ることが無かった。

看守が、押し倒された相手がスライムだと理解する頃には、スライムは看守の全身を包み込んでしまっていた。

シュウシュウと音がして、身に付けたものが溶けていく。一分も経たないうちに、看守は産まれたままの姿を晒してしまっていた。全身をぬめぬめとした物体で覆われ、本能的な嫌悪感から悶える看守。

ヂャラン、とポケットに入れていた筈の鍵が落ちた。溶けることなくスライムの外に排出されたのだ。

「んっ!んんっ!」

生命の危機も感じた看守は必死でもがくも、確かな弾力と表面の粘膜をもって衝撃を受け流してくるスライムに、看守の体力は徐々に刷り減っていった。そしてスライムは、看守の体を更に覆っていく。皺の隙間にさえ、入り込むほどに。

(くそっ!こんな所にどうしてスライムがいんだよ!大陸から魔物は駆逐された筈だろ!?)

看守が、己の知識を掘り返した、その時――。





――け入れ――さい――





(な、何だ――)

看守の頭の中に声が響いた。断片的だが、脳に直接染み入るような声――。





――しを受―入れなさい――





その声は、徐々にはっきりとした輪郭を伴いながら看守の頭を廻り、その身を浸透させていく。





――私を受け入れなさい――





どこか柔らかく、落ち着きのある女性の声。明瞭に聞き取れた瞬間、看守の体を包み込むスライムの、内側の感触が変化した。締め付けるような感触が明らかに薄れたのだ。

(緩んだ――!?あ、頭に何かが――)

看守は同時に、頭に自分以外の存在が入り込んでいく感覚を味わっていた。それも、不快なものだけではなく、どこか安らぎを覚えるような感覚を伴いながら。

この状態でスライムから抜け出せれば、もしかしたらこの看守は人間として助かったのかもしれない。

だが――。



――私を受け入れなさい――



言葉が作り出す精神の流れに任せてはいけない、従ってはいけないと看守は感じながらも、その思考すらどこかぼんやりしたものへと変化していった。

思考がまとまらない。

考えようとすると、次の瞬間には崩れてしまう――。



――私を受け入れなさい――



思考に、霞がかかっていく。

一声毎に、その霞は濃くなっていく。



――私を受け入れなさい――

(嫌だっ!)



――私を受け入れなさい――

(嫌………だ……?)



――私を受け入れなさい――

(い………や……?)



――私を受け入れなさい――

(い……………)



――私を受け入れなさい――

(……………)



そしてついに、





看守は自我を手放した。





――私を受け入れなさい――

(……………は……………い)





は、い。

唇が、そう紡いだのと時を同じくして――



ぐにゅん、ぐにゅん、むにゅ。



「!ほぁぁぁっ!」

全身を包み込んだスライムが、看守の全身を揉み上げた!まるで、スライムが心臓になったように、どくっ、どくっと一定のリズムで脈動している!

尻たぶの裏側に幽かに入り込んだスライムが、外側のそれと同時に揉み込み、そのままアナルの中へと体を潜り込ませようとしている。

脇の下、肩、首筋、背中といった、人間が比較的感じやすい場所を重点的に揉み上げながら、看守の体にスライムを浸透させていく――。



「んぅむっ!」

突然感じた違和感に、看守は体をくの字に折り曲げた。

先程まで口を覆っていたスライムが、いよいよ口の中に侵入してきたのだ。

驚きのあまり口を閉じようとする看守。しかし――



――私を受け入れなさい――



声が聞こえると、途端に全身の力が抜け、あっさりと侵入を許してしまった。

口に入り込んだスライムは、看守の唾液や口内粘膜を吸収しながら、徐々にその範囲を拡大していった。その間、舌状に変化したスライムが看守のそれに絡み付き、やがて舌自身をその内側に取り込んでしまうと、体と同様に揉み込んでいった。

「むんぅんっ!」

快感のあまり逆向きにのけ反らせた体。その際に突き出された腹の中心部。胎生生物の証拠たる臍からも、スライムが一気に入り込んだ。皮膚を同化させながら、神経を繋ぎ合わせていく。

さらに、排泄孔たる尻からも、スライムは侵入してきた。菊門を粘液で濡らし、柔かくしたところで少しずつ、その身を体内に、震わせながら挿入していく――。



あらゆる方向から味わう圧倒的な快楽の本流は、抵抗する力を失った看守の精神に、凄まじい勢いで叩き付けられた!

結果――



「んんむむんむんむぅぅぅぅぅぅうぅぅうぅぅ〜っ!」



どばゅらゅっ!どくっ!どくっ!どくぅんっ!



与えられた快楽に相当する量の精液を、スライムに捧げる事になった。大量の精を放出した看守は、魂が抜かれたようにただ胸を上下する事しか出来なかった。



――私を受け入れなさい――



空っぽになった心に、あの言葉が入り込み、満たされていく。無垢な、全てを吸い込む瞳。知らず漏れる、純粋な笑み。

同時に、繋がった臍からは、スライムの体液が看守の中に送り込まれていく。同時に看守の血液は、看守から抜け出ていくのだ。

どくん、とくん、どくん、とくん。

臍とスライムを繋ぐ管は、看守の心臓と同じリズムで脈動している。一回脈動する毎に、看守の中には、心なしか暖かな感情が産まれてきていた。

ただ、包み込まれて、ぼんやり、ゆらゆらと存在していた世界。それは、産まれる前の、胎児の感覚。

徐々に看守の精神は、赤ん坊以前に逆行していった………。

同時に、看守の体にも変化が訪れる。

指先から、徐々に体の色が透き通っていき――スライムと同化していったのだ。

そして――。



「―――」



幸せそうな笑みが薄れ、消えたとき、看守の『救済』は終了した。





看守が完全に一体化したのを感じると、ユーナはスライムを凝縮させ、人間の頃の姿に変化した。勿論、服装もそのままに。

既にここに収容された罪人――その殆んどが実は無実の罪――を『救済』していたユーナの体は、解放すればこの地下牢を全てスライムで埋め尽すことも可能となっていた。また、女神の力を全力で用いれば、体に触れるだけで相手を神の僕と化す事ができるようにもなっていた。

だが、それを使うことはない。少なくとも今は。これからやらなければならない事のために、今は力を温存し、一人でも多くの人を『救済』する事――それが、彼女が女神から与えられた使命であった。

自身の粘液で濡れた鍵を拾い上げ、怪しまれないように牢獄に戻ろうとしたユーナだが、ふと、ある一点を見た瞬間に足を止めた。

先程の看守が持っていた、本日の処刑リスト。持ち上げ眺めていたそれには、自分の名前と処刑時刻が書かれていた。

牢獄には時間の観念が無い。だが、看守がこれを持って歩くと言うことは、'時が来た'証拠である。

'時が来た'。その事を考えるだけでユーナはある感情で胸が満たされた。

――女神たる母の願いが、平和への祈りが、今地上に具現されるという嬉しさと、その願いに貢献できることへの嬉しさで――。





「咎人ユーナ・フルーレよ、最後に言い残す事は無いか?」

厳粛な声を持つ執行者。それに対し返った言葉は、特に珍しくもないものだった。

「――ございません」

執行者は、このうら若き女性が、既に絶望の淵に心を置いているものと見て、処刑の執行を急がせた。

忽ちのうちに、断頭台がセットされ、ユーナの体が拘束されていく。

「これより、咎人ユーナ・フルーレの斬首刑を行う」



国民は、恐怖など麻痺してしまったかのように、断頭台に捕われたユーナを眺める。きっと内心は恐怖しているのだろう。明日は我が身、と。

その一方でほっとしてもいることだろう。これが自分でなくてよかった、と。その考えは、恐怖で飽和した心に、一時の安らぎを与えるものでしかないのに。



――かわいそう――



王は産まれながらにして王として育てられた。民衆は己のために働き、己の意のままに動くもの、それが先祖代々の教えであり、この王の考えの根底にあるものでもあった。

そのため、自らの考えに反するものを赦すことが出来なかった。己に逆らう存在、と言うものを受け入れられなかったのだ。



――かわいそう――



女神は、慈しみと哀れみの感情で、彼等を見ていた。

互いに立場に縛られ、感情を思うように出来ず、他だ迷走するだけの子羊。時と言う大河が希望の岩壁を削り取り、絶望という内部のみを露出させた心を、女神はただただ、悲しく思っていた。



――かわいそう――



女神は、慈しみと哀れみの感情で、人間と言う存在を見ていた。

尽きる事のない争いの中、全てを諦めてしまった存在として。あるいは、己の分を見失い、悪しき願いに身を任せてしまった存在として。



――かわいそう――



女神の心は、女神の娘たるユーナの心にも徐々に浸透していき、そして――。



――みんな………かわいそう――



――女神の意思と、完全なる融合を果たした。





「だから………優しく包んであげましょう――」





ふくよかな唇で紡いだ、あまりにも幽かな声は、落下する刃の音にかき消され、そして――。





死刑は執行された――筈だった。

いや、確かに執行された。

だが――





執行者は、目の前の状態が、全く理解できなかった。

この状況は何だ?

処刑場に、何が起こった?

咎人ユーナの首を切り落とした瞬間、ユーナの全身がいきなり膨れ上がり、パァンと言う乾いた音と同時に、明らかにユーナの体の体積を超えた量のスライムが溢れ出してきたのだ。あまりの勢いに見物人は逃げる間もなく、あっと言う間にスライムの中に飲み込まれてしまった。

「うわぁぁぁぁぁっ!」

「いやぁぁぁぁぁっ!」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!」

まだ恐怖のあまり叫び声を挙げているものは、精神的に正常だ。叫び声を挙げていない方は――明らかにおかしかった。



「あはぁぁぁぁ………」

「あぁぁぁぁ………」

「―――――」



男性が、女性が。年寄りが、子供が、若者が、中年が。奴隷が、市民が、執務官、貴族が。ありとあらゆる立場、年齢、身分の存在が、濁流のごとく押し寄せるスライムに全身を飲み込まれ、服を全て溶かされ――笑っていた。

まるで、全てから解き放たれたかのように。

まるで、縛るものなど何もなかったかのように――あまりにも純粋無垢な笑みを浮かべていた。



執行者は、この者達の精神が崩壊したのだ、と結論付けたが、それでも心のどこかでは納得できずにいた。

だが――それよりも今は――。



「………万事休す、か」



ユーナの体の異変、それに気付いてとっさにとった行動。それはギロチン台の天井に飛び乗ることだった。手に持つ槍を気の床に刺し、棒高跳びの要領で飛び乗ったのだ。そのため、執行者はスライムに捕まることなく、処刑場周辺を見渡せたのだ。――それが幸運か不幸かは、本人の受け取り方次第だが。



「――ぃへい、衛兵はおらぬのか!我を!我を助けよ!おい衛兵!この役立たずどもがぁ――」

聞き覚えのある、耳が痛くなるヒスリ声。この国の王も、スライムの海の中で溺れかかっていた。身に付けていた、無駄にけばけばしい服や装飾品は全てスライムに溶かされ、肥え太ったおぞましい姿を民衆に晒していた。誰も見る者など存在しなかったが。

初めのうちは、叫び喚き散らしていた王。そこには威厳の欠片も存在しない。元よりこの王にあったかは疑問だが。だが、スライムに覆われているうちに、徐々にその様子が変化してきた。

「あぁ………はぁ…………はひ………」

叫び疲れた――と言うよりは、どこか溜息じみた声が、王から漏れだした。既に首から下はスライムに浸っており、もがくように動いていた筈の腕は、いつの間にかスライムを掻き集めるような動きと化している。

「はぁっ!あ……あは………は……はっ!」

時折びくんっ!と大きく体を弓なりに反らせ、あるいは蹲るような格好をとる王。恐怖と怒気を孕んだ表情の面影は最早無く、あるのは只のアヘ顔のみ。ふと見ると、先走り液らしき痕が逸物の先端に見てとれた。スライムという快感に、心は溺れてしまったらしい。

「ぁぁ…………!ぉあぉぅ!ぉあああああああああああああああっ!」

心が沈めば、体も沈む。快楽の檻に囚われた王は、いきなり一際大きな叫び声を挙げると、己のペニスから大量のスペルマを吐き出し――。

「あぉぉぉぉぉぅぅぅぅ………………………」

そのまま、スライムの中へと沈んでいき――見えなくなった。

その姿を、執行者は冷めた感情で見つめていた………。



「さて………」

改めて執行者は辺りを見渡した。

恐怖に満ちた叫び声はとうに消え、静寂と穏和、時として矯声が最早スライムプールと化した処刑場に、BGMのように響きわたっていた。

気が付けば、スライムに捕まっている人の数が明らかに減少していた。恐らく沈んだか――食われたか。

「…………」

処刑台は、よりによって処刑場の中央に置かれている。このまま、スライムに捕まらず外へ出る術は――無い。



ごぽりっ。

突然、執行者の足元部分から、スライムが音を立てて盛り上がってきた。注意深く見つめる執行者。それは執行者の目線の位置までに盛り上がると、そのまま人間を型どり始めた。

「――」

腕が出来、胸が出来、顔が出来たとき、執行者はやや驚き――それは直ぐに、何かを悟ったような表情へと変化した。



スライムは、処刑前のユーナの姿そっくりに一部を変化させた。だが、纏う雰囲気はユーナのそれではなく、見るだけでひれ伏すような、ある種の神々しさに充ち満ちていた。慈愛と愛情を飽和するほどに詰め込んだその瞳も、不純物の欠片もないほどに澄みわたっていた。

執行者は、彼女の瞳を見つめた瞬間、悟ったのだ。

己の、行く末を。



「ふ………」

遥か昔の記憶。

今では禁止書物である童話。

執行者は、幼い頃にそれを目にしていた。それを今になって思いだし――目の前のそれが、女神の化身であることを理解した。



――そうか、世界を、平和に――



執行者は、唇を重ねるようにユーナ:女神へと倒れ込んだ。女神はそれを優しく受け止めたまま――自らの内側へと彼を受け入れた。そのまま彼の口へとスライムを注ぎ込み始める………。



シュウシュウと音を立て、崩れていく彼の衣服。物の数分で、彼の表皮は全てスライムに覆われてしまった。

(おぉう………)

彼を取り囲むスライムは、人間の性感帯とも言える場所を刺激しだした。人体にあるツボ、それを全て把握しているかのように、ピンポイントでスライムを針状に変化させ、ツボの位置に刺し込んでいく。

体の中に異物が入り込む感覚はあったが、それ以上に、執行者はどこか奇妙な感覚を味わっていた。

ツボに刺さったスライムは、そのまま執行者の体へと溶け込み、細胞と同化していく。一秒毎に、人体より低いスライムの温度が、彼の体を巡るのだ。

(おぁ………気持ち良い……)

まるで体全体が冷ややかな心臓になっていくような感覚に、彼は体を震わせた。股間の逸物が、ぴくん、ぴくんと直立し始める。袋の中では、急ピッチで精液の製造が進んでいることだろう。



(……………んお?)

ここで再び奇妙な感覚。皮膚の感覚が少しずつ敏感になっていく一方で、精神と肉体が切り放されていく、つまり体は過敏に反応するが、心はぼんやりとしたままと言う状態へと、執行者は移行していった。

(なんだ………?考えが、ま、と、ま、ら、な―――)

催眠状態とも言える状況下で、執行者の理性、思考などは精神の深くに沈み込んでいった。今の彼は、単語一つ思い浮かべることすらままならないだろう。そして――。



――私を受け入れなさい――



精神の空白を埋め込むかのように、響く声。その一文字一文字が執行者の頭を埋め尽くし、体を作り替えていく――神の僕として。

(――)

執行者は、空になった頭でその言葉を受け入れた。受け入れられない筈が無かった。



――素直な子ね――



声が、微笑んだ――気がした。



刹那。



ぐにゅっぐにゅっぐにゅぐにゅにゅくにゅくっ!



「もぁぁむぉぉぉぉ………!」

執行者を包むスライムが、突然激しく動きだした!それだけではない。執行者と同化融合したスライムも、内側から激しく突き上げて来たのだ!

心臓が、スライムと同じリズムで脈を刻む。頭が、残り少ない意識が、揺さぶられていく。

ズンッ!

「んぉぉむんっっ………!」

脈動に合わせるように、スライムが彼の菊門をこじ開け、直腸へと侵入していく。そのまま体内を洗い清めるかのように逆行していく!

口から侵入したスライムも、気道を確保させつつ体の内側へと入っていき――両者は巡り会い、一体化した!

「んほぉぉぉぉん………!」

体の中が蹂躪される感覚――それに体は狂喜し、彼の逸物はみるみるうちにはち切れんばかりに膨れ上がった。体が若干変化しているのか、綿棒ほどに膨れ上がったそれに、まとわりつくスライムは様々な動きを取り始めた。

棹の周りをギュルギュルと回転しながら擦り上げ、先端へと刺激を与えていく――。

玉袋を柔らかく優しく揉みながら、その皮膚の中へと浸透し、玉そのものにも刺激を与えていく――。

カリの部分のスライムが輪状に濃度を増し、エラを擦るように前後に扱き上げる――!



一つ一つの動きが、スライム特有の弾力の影響で更に効力を増すようになり、一気に高みに押し上げられる!

その上に、尻の辺りではスライムが幽かに震え、それが体全体を揺らす巨大なヴァイブレーションを産み出すのだ。

心を明け渡していなくても、とても耐えられるものではない刺激。それを、明け渡したものが受けると――!





「んむぉぉぉぉぉぉっ!!!!」





びゅるるるぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!



先を細めたホースの如く大量に飛び出る精液と共に、執行者は自分の中から何かが明け渡されていくのを感じ――意識が途絶えた。





――ん………ここは――



――……光が、あの光は――



――……ふ、そういう事――



――………では――







――今から参ります、女神様――







血の歴史に彩られた処刑場は、今や輝くスライムプールと化していた。



あはぁぁぁぁ……

おおぅぅぅ………

女神様ぁぁぁ……



聞こえてくる安らかな声に耳を済ませながら、ユーナは静かに目を瞑った。

いずれ、女神の光に導かれ、人々がここに辿り着くだろう。そしてその時――この場所は平和になる。

争いも、苦しみも、老いすらもなくなる、しあわせなせかいに………。



「ままぁ………」



ままのはなしでは、ほかのくににもわたしのような'へいわのみこ'がいるみたい。このばしょのすべてのひとを『きゅうさい』したら、このこたちにあいにいくのが、わたしのしめいだってままはいってた。

ほかのこにみんなあえたら、ままはしあわせになれるみたい。

はやく、ほかのこにあいたいな……。







次第に逆行していく精神の中、ユーナはまだ見ぬ他の'平和の御子'に会える事を楽しみに、暫しの眠りについた――。









――やがてユーナは巡り会う。

自らと同じ宿命を負った'平和の御子'と。そしてその時――













――世界に平和が訪れる。









fin.







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