魔を喰らいし者






 俺は、体に力を込めようとした。だが、いくら力を込めようとも、体は思うように動いてくれない。

(くそっ……動けっ、動けえええええっ!)

 可能な限りの精神力を動員し、体を動かそうとする。それでも、指先一つ満足に動かせない。

(こんなの……ありかよ! 不条理にも、程が……)

「まだ意識を保てるとは……よほど強靭な意志の持ち主のようですね」

 既にエミリアは俺の傍まで近づいていた。彼女はかがみこむと、ひょいと俺の体を持ち上げる。

「くっ……離……せ……」

「どうぞ、しばらくの間お休みになっていてください……」

「は、な……せ……」

 エミリアに運ばれながら、俺の意識は薄れていった……。







「…………はっ!」

 目を覚ますと、俺は辺りを見回して状況を確かめた。どうやらあの後また拷問部屋にでも連れてこられたらしい。俺の体はうつぶせの状態で、下にある大きなケースのようなものに、皮ベルトで両手両足を拘束されていた。そのケースにはあの拷問部屋で見た、搾夢肉床のような肌色の軟体が入っており、俺の股間に当たる場所には蓋がされている。

「お目覚めのようね。気分はいかがかしら?」

「……最悪だ」

「そう。それはよかったわ」

 どうやらまだ淫香とやらの影響は残っているらしく、少々気だるい感じがする。本来なら色々言い返しているところだが、今の俺にはそんな元気は無かった。

「……つーか、これは何だ?」

「これ? 何の事かしら?」

「決まってるだろ……この変なケースの事だ」

「ああ、これですか……ふふ」

 マルガレーテは愉悦を露にしていた。その一事を取っても、今から行われる事が俺にとってありがたくない事だろうと想像が付く。

「以前ここにはユダの揺籠という拷問具があったのですが……これは、それを改良したものです」

「ユダの揺籠ね……そういやアイアン・メイデンを考案したエリザベート・バートリーも、内部に棘がある籠型の拷問具を作らせてたらしいな。ひょっとして、あんた実はエリザベート・バートリーの生まれ変わりなんじゃないか?」

「ふふ……残念ながらそれは無いわね」

 マルガレーテは自信たっぷりにそう言い切った。

「……何でそう言い切れるんだ?」

「だって、そのエリザベートという人間が死んだのは1610年よりも後の話でしょう? 私はまだその頃、ちゃんと生きていたもの」

「なるほどね……って、あんた今いくつなんだ?」

「523歳よ。どう、驚いた?」

「523歳……うわっ、すげー年増なんだな」

 俺がそう言うと、マルガレーテのこめかみに青筋が浮かんだ。

「と、年増……あのね、こう見えても私は、魔族の中では若い方……」

「でも、俺から見れば立派な年増だよな」

 ……よし、だんだん調子が戻ってきた。このまま続けるぞ。

「あのね、人の話を……」

「しかも本人じゃないってことは、魔界の貴族のくせに、たかが人間のアイデアをパクったってわけか。うーわ、情けねえ貴族だな」

「ひ、人の話……」

「人の? お前サキュバスだろ。ちゃんと言えよ、サキュバスの話を聞きなさいって。それとも自分がサキュバスってことも忘れたのか? そうかそうか、五百年以上も生きればボケも始まるよな。悪い悪い」

 言葉尻を捉えてネチネチといたぶる。この手の話術は昔親父に仕込まれたからな。今じゃ俺の得意分野の一つだ。

「しかし、五百年以上も生きてその体型ってのは可哀想だよな。何というかこう……貧相っていうか。おっといけない、つい本音が出ちまった。ごめんな、お詫びに今度いい老人ホーム紹介してやるよ。だから機嫌直せって」

「……ふふ……ふふふ……」

 おっと、これ以上からかうのはまずいな。そう考えた俺は一旦口を閉じた。

「貴方、いい度胸をしてるわね……」

「いやあ、面と向かってそう言われると照れるなぁ」

「誉めてない!」

 怒りを露に、マルガレーテが怒鳴る。

「そんなに怒るなよ、大して可愛くもない顔だけどもっと酷くなっちゃうじゃないか」

「……もういいわ。貴方の相手をしようとした私が馬鹿だった!」

「ん? 今更そんな事に気が付いたのか?」

「…………ッ!!」

 歯軋りしながら、怒りを堪えようとするマルガレーテ。やがてしばらくの後、怒りが収まったらしく、マルガレーテは拷問具の説明を再開した。

「……このケースに入っているのは、『淫魔の肉』とも呼ばれる極上の搾精淫肉」

「淫魔の肉……そういや前に言ってたな。確か、上級淫魔から精製したとか何とか……」

「あら、覚えていたのね。ふふ……そう、これがその『淫魔の肉』なのですよ。もしこの中に貴方のおちんちんを浸せば、『淫魔の肉』はたっぷりと可愛がってくれるでしょうね……やわやわと揉み込みながら絡みついたり、ねっとりと溶かすように嬲ったり……」

 解説をする間のマルガレーテは、随分生き生きとしているように見えた。だが、俺がわざわざそれに付き合ってやる義理は無い。

「悪いが、そいつは遠慮させてもらうぜ……」

 素早く翼に力を込め、手足を拘束するベルトを破壊しようとした。だが……それは叶わなかった。

(なっ……何で動かせない!?)

「ふふふ……翼が動かせなくて残念だったわねぇ……」

 見ると、マルガレーテが意地の悪い笑みを浮かべているではないか。

「……お前の、仕業か?」

「ええ。私のような高位の魔族が本気になれば、貴方の動きを押さえるのは造作も無い事」

 どうやら魔力か何かで翼の動きは押さえ込まれているらしい。それならば尻尾を……と思ったが、そちらも動かせなかった。

「ふふ……では、拷問を始めましょうか」

 そう言うと、マルガレーテはぱちりと指を鳴らした。するとケースの蓋が消え、そのままケースの中に股間が飲み込まれそうになる。

「くっ!」

 とっさに俺は腰を引き、淫魔の肉から逃れた。だが四肢を動かせない状態では、それ以上の事はできない。結果、俺は不自然な体勢を余儀なくされることとなった。

「ふふふ……いつまで耐えられるかしら?」

「なるほどな……力尽きて腰が落ちるのを待とうってわけか」

 腰が落ちれば、そのままケースの中に股間が飲み込まれる事になる。そうなれば俺に待っている運命は、アイアン・メイデンに閉じ込められた獲物と同じ。しかもあの時は四肢が自由だったが、今回はそうではない。脱出の望みは薄そうだった。

「その通り。でも……私も鬼ではないからチャンスをあげましょう」

「チャンス……だと?」

「ええ。その体勢を一時間保ちなさい。それができれば、貴方を解放してあげましょう」

 そう言うと、マルガレーテはにっこりと微笑んだ。

「……もし、嫌だと言ったら?」

「ふふ……貴方に選択権は無いのですよ?」

「要は強制ってわけか……」

 この女の事だ、どうせ裏があるに決まっている。だがしかし、今の俺にそれ以外の方法が無いのも確かだ。

「……いいだろう。受けてやるからさっさと始めろ」

「では、今から一時間……始めますわ」

 マルガレーテは懐中時計を取り出すと、何やらスイッチのようなものを押した。カチ、カチという音が部屋の中に響く。

 それと同時に、淫魔の肉は陰茎の先端に絡みつき、執拗に責め嬲り始めた。

「くっ……」

(なるほど、中途半端な快感で焦らして、我慢できなくさせる作戦か。だが、この程度……耐え切れないレベルじゃない)

 淫魔化したことにより快感にある程度の耐性ができたのか、それほどきつくは無かった。この程度なら、一時間どころかその倍だって耐えられる。

 そう思いながら、俺は姿勢を保ち続けた。そして、十分が経過した頃……。

「……さて、そろそろ十分ですわね」

 そう言うと、マルガレーテは俺の傍に近づき、無造作に腰の上に座り込んだ。上からの圧力で一瞬腰が崩れそうになるが、力を込めて何とか持ちこたえる。

「て、てめえ……」

「あら、どうかしましたか? 私は上に乗ったりしないと約束した覚えはないのですけど?」

 意地の悪い笑みを浮かべるマルガレーテ。

「よ、予想はしてたが……つくづく、オリジナリティに欠けるんだな……」

「何とでもおっしゃいなさい。所詮は負け犬の遠吠えというもの」

「……貧乳チビチビ陰険ババア」

「…………」

 俺の言葉に対し、マルガレーテは無言で重圧を強めた。

「ぐぐっ……こっ、この老人性痴呆症女! 妖怪変態ババア! 性悪豆ツブ貴族!」

「……つくづく懲りない男ね、貴方は」

 そう言うと、マルガレーテはぱちりと指を鳴らした。それに応えるように、部屋の扉を開けてエミリアが姿を現す。

「……何か御用でしょうか?」

「ええ。エミリア……私の膝の上に乗りなさい」

「なっ……!」

「……わかりました」

 そう言うと、エミリアはマルガレーテの膝に腰掛けた。結果、下にいる俺には二人分の重圧がかかる事になる。

「ぐっ……があっ!」

 耐えていられたのは一瞬だけ。あえなく俺の腰は崩れ、陰茎全体が淫魔の肉に飲み込まれる。それと同時に上にいた二人が腰を上げるが、もはや意味はない。

「うっ……くああっ!?」

「ふふ……残念ね」

 淫魔の肉に弄ばれる俺を見下ろしながら、マルガレーテは笑う。とっさに腰を引いて魔性の快楽から逃れようとするが、マルガレーテの手で腰を押さえられてしまいそれも叶わなかった。

「はっ、離……くっ、あああっ!」

「うふふ……駄目よ。貴方はそこでたっぷり悶えてなさい」

「ふ、ふざけ……うああっ!?」

 陰茎を嬲られ続けているため、俺はロクに抗議もできない。せめてこの拘束が無ければ、一矢報いることくらいは出来たかもしれないのに。

「うっ……うあああっ! も、もう……」

「ふふ……いいわ、出しなさい」

「くっ……ああああああ――――ッ!?」

 俺は腰を震わせ、大量の精液を淫魔の肉の中へと放っていた。だが射精中であっても、淫魔の肉は俺に対する責めの手を緩めようとはしない。

「くあああっ!? ま、まだ……はあああっ!」

「ふふ……あはははははっ! 惨めなものね! 先程までの威勢はどうしたのかしら? 何と無様で哀れな事! あはははははははっ!」

 俺が快感に悶えるその姿がそんなに面白いのか、マルガレーテは笑い続けていた。もっとも今の俺にはそんな事を気にする余裕などなかったのだが。

「ふふふっ……そうだ、いいことを思いつきましたわ。それっ!」

 愉快極まりないといった表情で、マルガレーテは再度指を鳴らした。すると俺の体がケースの中に飲み込まれ始めたではないか。

「なっ、何だこれは……うわああああっ!?」

 思わず恐怖を感じ、声をあげる。だが、それも一瞬の間だった。

「くっ……ふああああっ!? やっ、やめろおおおおっ!」

 俺の体は首から上だけをケースの外に出した状態になっていた。全身を揉みくちゃにされ、意思に関わらず快感の声が喉から漏れる。

「たっ、助け……ああああああっ!?」

「ふふふ……だぁめ♪」

「そ、そんな……はああああああっ!?」

 拒絶の言葉を受け、俺の脳裏に絶望という単語が浮かぶ。

「……ふふ、そこで死ぬまで無様な姿を晒しなさい。死んだら、その首を部屋に飾ってあげる」

「ふっ、あああああっ!? いっ、いやだああああっ!」

 残酷な宣告。もはや、俺に運命を変える術は無かった。

「うああああっ!? だっ、誰かあああああっ!?」

「ふっ、ふふふ……あはははははははっ!」

 マルガレーテの哄笑は、いつまでも屋敷の中に響き続けた……。                                                (BAD END)





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