淫魔転生・前編




「ねー春美ぃ、明後日はもう、入試本番の日なんだよね。……修、ちゃんと受かるかなぁ」



午後10時。

風呂上りでパジャマ姿のまま、居間で寝転がっている妹の遥香が、不意にそう切り出した。

三月上旬、世の中は受験シーズン真っ盛り。幼馴染の修ちゃんも、二日後には入試の本番を迎える。

彼の志望校は東第一高校、この近辺では一番の進学校。

私達を慕って、同じ学校を志望してくれているのだと、修ちゃんの様子を見る限り、そう思う。

とはいえ、お世辞にも成績がいいとは言えない彼のこと、中2の終わり頃からは、私はよく勉強のことで相談を受けてきた。

親身に教えているうちに、私の方から家庭教師役を申し出た。

元々弟のように可愛がっていた修ちゃんは、素直に私の教えを吸収してくれた。

自分の功績だとは思わない、元々素質はあったのだと思う。ただ、一切のやる気が勉強に向いていなかっただけ。

猛勉強の結果、夏休み前のテストの頃には、なんとか成績上位クラスの端くらいに成長していた。

夏休みを終えてからも、それこそ一日も休まずに、ずっと修ちゃんは私について来てくれた。

成績的には、もう問題は無い。そして精神的にも、以前よりずっと強くなってくれたと思う。

溜息を衝く遥香に、彼の師匠として、私は胸を張って答えた。



「安心なさい、遥香。修ちゃん、ちゃんと私の言うこと聞いてくれたもの。

 貴女だって見事に合格したんだもの、修君もきっと、問題なく合格してくれるわ」

「あ、姉の口から思いも寄らぬ暴言が! それではあたしが、まるで修よりおバカみたいではないっすかー!?」

「大丈夫よ、遥香はやれば出来る子だから」

「それはやってない人に言うセリフだよ! あたし、これでもちゃんと勉強やってますよ!?」

「そうね。修ちゃんよりも、私にべったりくっついてるけれど。ふふ、遥香も修君に刺激された?」



んな馬鹿なー!? と叫び、遥香は畳に突っ伏した。そのまま顔を抑え、ごろごろと転がって移動する。

多分、遥香の顔は真っ赤だろう。感情が表に出やすい性格だから、見ていて楽しい。

―――本当に、可愛い妹。年子で、一年近く年が離れているからか、余計にそう感じる。

三月生まれと四月生まれで、学年は1つ違うけれど、遥香は幼馴染の少年に、どうやら恋をしているらしい。

私と修ちゃんが二人っきりになるというシチュエーションに不安を抱いたのか、わざわざ隣の部屋で待機していたり……。

遥香も遥香なりに、受験のことは心配している。それももしかしたら、本人以上かも知れない。

その不安感が、言葉や挙動の端々から伝わってきていた。

私は立ち上がってキッチンに向かい、温めておいたミルクを遥香に手渡した。

昔からこの妹は、興奮したときでも不安なときでも、こうすると落ち着いて眠ってくれる。

起き上がって手渡されたマグカップに口を付け、ちびちびと飲み込む遥香。

子供の頃とあまり変わらないその姿に微笑ましさを憶えつつ、居間を後にして、私もお風呂へと向かった。







程なくしてお風呂から上がると、もう遥香は自分の部屋に戻ってしまっていた。

私も二階の自分の部屋に戻った。しかし、どうにも勉強する気にもなれなかった。

遥香にはあのように言ったし、大丈夫だろうとは思うけれど、それでも不安はある。

修ちゃんにも追い込みは自分でやるからと言われたので、連絡も控えるべき。

一先ずベッドに横になって、明かりを消す。眠ってしまおうとしたけれど、どうにも寝付けない。

何度か寝返りを打っているうちに、私はほとんど意識もしないで、右手をパジャマの中に滑り込ませて、オナニーを始めてしまっていた。



「んっ………」



同年代の子と比べ比較的大きい部類の自分の乳房を、ブラの上から掌で包み込み、やんわりと揉む。

すると、乳房全体から全身へと、ぴりぴりと甘美な電流が駆け抜け、身体がびくりと震えた。

しばらく弄り続けていると、胸の頂の果実が硬く尖りつつあるのに気がついた。

背中に手をやりホックを外し、開いた胸元からするりとブラジャーを抜き取る。

パジャマ一枚に隠された胸の突起を、私は軽く爪で弾いた。

整えた指先で乳輪をなぞるように這わせ、自分で自分を焦らし高めていく。

次第に高まっていく性感と、それに呼応して沸きあがってくる快楽の声を隠すために、私は枕に顔を埋めた。

上半身を中心として沸き起こる熱が、下腹部にも篭ってくるのが分かる。

更なる快感を求めて、私は右手の親指と人差し指で、硬くなった乳首をぎゅっ! と摘み、押し潰した。



「んんんっ!」



一際強い電流が、私の五感を貫いた。

堪らずこぼれる呻き声を枕で押し隠し、心地よい刺激に耽溺する。

たとえ強めに扱っても、身体は本能に忠実に快感を脳に送り込んでくる。

下腹部の熱が、いよいよ実体を伴ってこみ上げてきた。

右手を胸から下腹部へと下ろし、下着の上から秘部に触れる。

そこは既に湿り気を帯びて貼り付き、エッチな汁が下着越しに指に付着した。

そのまま指の腹や爪先を用いて、割れ目をなぞり、クリトリスをかりかりと引っかき―――。

刺激が加わるたびに、秘部からは愛液が湧き出してきて、吸収しきれなくなった端から太ももを伝って流れていく。

目を硬くつぶって唇をかみ締めながら、それでも手淫を続けてしまう。

窓から差し込む月明かりに僅かに照らし出された自室で、私は一心に自慰に耽る。

突然に自慰に耽りたくなるという衝動は、今までも時折沸き起こっていた。

年頃の女子高生として、程度が普通かどうかは分からない。

興味が無いわけではないけれど、私の学校内での位置づけは、

どうやら『真面目な秀才』というものらしいので、そういう会話の輪の中にも入っていけないのだ。

雑誌やテレビの情報なんてアテにはならないし、遥香に聞くなんて、それこそ問題外。

だから―――こうして私は、夜、一人で自分を慰めることになる。



自分ひとりの宴も、とうとう最後の盛り上がりを見せる。

膣がひくひくと収縮し出し、一層多くの愛液がこんこんと湧き出す。

もはや私は、下着を押し退け、指先を第一関節まで挿し入れて愛撫していた。

膣の入り口周辺部やクリトリスを爪で掠める度、例えようもない電光が網膜に迸る。

下腹部で渦巻く性欲が、いよいよ鎌首をもたげて蠢動し始める。

官能の導くままに、私は全てを流れに任せてしまっていた。



「イ、くぅ……。んむうぅぅぅぅぅッ!」



熱い迸りが、激しく指に降り注いだ。

びくん、びくんと数度身を震わせ、自慰の快感を享受する。

枕で声を隠し、開放感に身をゆだねる。

絶頂を迎え、私は完全に放心してしまっていた。





「気持ち良かった?」

「――――!?」



突如、自分以外誰もいないはずの部屋に『声』が響き渡った。驚きに、一瞬で放心状態から立ち直る。

ベッドから身を起こし、辺りを見回して―――部屋の隅で、視線が止まる。

そこに、『女』がいた。

ボンテージファッションに身を包み、妖艶な雰囲気を漂わせた女性が、部屋の隅にいつの間にか立っていた。

そしてその背後から覗く、大きな蝙蝠の翼と尻尾。

明らかに、普通の人間ではないとわかった。



「だ、誰ですか……いつから、そこにいたんですか………!?」

「貴女がオナニーを始めた時から、ずっといたわよ? 夢中で気がついて無かったみたいだったけれど。

 ……ふふ、美味しそうね。やはり貴女は素質があるみたい」



女性は私の質問に答えようとせず、意味の分からないことを言いながら、悠然とベッドに歩み寄る。

何かの香水だろうか、女性が近づくにつれ、甘く陶酔するような香りが鼻腔をくすぐる。

その女性はベッドに上り、嫣然と微笑むと、私を押し倒した。

魅入られたように、私はまるで動くことが出来なかった。

自慰の痕跡で、パジャマは肌蹴たまま。開いた胸元を、女性の指がついっと撫ぜた。

途端、私の身体がびくりと震えた。少し触られただけなのに、自分でするのよりもずっと気持ちがいい。

これが、他人にしてもらう気持ちよさなのだろうか。確かにこれなら、性行為を渇望する者は無くならない。

そのまま女性は、胸のあちこちに指を這わせた。指の腹で、爪で、撫で回し、引っ掻き回す。

その度ごとに、私の身体は跳ね回った。一度解放されたもやもやが、再び下腹部の奥で燃え上がる。

こんな異常な状況における危機感や動揺は、いつの間にか霧散してしまっていた。

私の胸を弄ぶ傍ら、女性は私の顔に顔を近づけ、そのまま深く口付けてきた。

粘つく唾液を伴い、蠢く軟体が私の抵抗をすり抜けて這入り込む。

私の舌を絡めとり、その舌は私の口中を貪った。



ちゅぷちゅぷ、じゅるるるるっ………



歯の一本一本から歯茎、頬の粘膜、上顎に下顎、舌の先端から根元に至るまで、満遍なく女性の舌が這う。

ちゅうちゅうと私の唾液が啜られ、代わりに女性の甘い唾液が送り込まれる。

何も考えられずに、私はそれをごくごくと飲み込んでいってしまう。

唾液が喉を通り、食道を流れ、胃へと溜まっていく。すると胃の奥からも、焼けるような熱がこみ上げる。

声を出そうにも、私の口は完全に塞がれていて、言葉にはまるでならない。

どれだけの時間が経ったかは分からないが、ちゅぽんと音を立てて、やっと唇が解放された。

その時にはもう、私に抵抗の意志は一切無く、快楽のあまり涙すら浮かべていた。



「あ、あああ……」

「いい顔。女の子の快楽に蕩けた表情、私大好きよ。

 そうそう、そろそろ名乗らせていただきましょう。……私はサキュバス。淫魔とも言うわ。

 今日ここへは、貴女を新しい世界へと連れて行ってあげるために来たのよ」



新しい、世界―――?

その言葉の意味を、霞みがかった頭で反芻する。

まるで意味が分からない。けれど、目の前のサキュバスの目が、声が、身体が、何かとてつもない期待感を引き起こす。

私をベッドに押し倒したまま、サキュバスは私を見下ろし、その赤い双眸で私の視線を絡めとる。

そして、言う。





「ここ最近、貴女の様子を観察させて貰ったけれど、貴女、頭は相当いいみたいね。特に、他人の心理を読む、と言う点で……。

 妹さん……遥香ちゃんと言ったわね。あの娘は貴女にべったり依存している。当人が意識していなくとも、それは事実。

 そんな妹が可愛いでしょう? 自分の期待通りに相手が行動してくれるのは、とても快感でしょう?」



「隣の男の子にしてもそう。全幅の信頼を寄せられるのは、とても心地よいことだもの。

 でもあの子は、遥香ちゃんほど貴女に依存はしていない。最後の詰めぐらいは、自分の手で行おうとしている。

 それが不満ではないの? 自分の手の中の小鳥が、勝手にどこかへ飛び去っていこうとするのを見ているだけなのは―――」



私はそんな人間ではないと否定したかった。けれど、何故か言葉が出てこない。

頭の中で、私は必死で反論の言葉を紡ごうとする。

このまま、この女性の言葉を聞いていてはいけない。この場所から、早く逃げ出さないといけない。

本能は必死でそう警報を鳴らすのに、身体は全くそれに応えてくれない。

状況を完全に悟る。今ここにあるのは、捕食者と被捕食者という絶対の関係―――。

恐怖とそれに勝る快楽への期待で震える私の様子を見、サキュバスは妖艶に笑う。



「そう。貴女は、誰かに依存され、相手を掌握していないと気が済まない人間。―――誰かを支配することに快感を覚える人間。

 ……それが、私が貴女を狙う理由よ。貴女は、淫魔としての適正が高い。淫魔になれば、貴女はきっと素晴らしい仲間になれる」



再度サキュバスは、私の唇を奪ってきた。

舌が這入り込む前に、何とか上になるサキュバスを突き飛ばそうと腕を伸ばす。

しかしサキュバスは、それを読んでいた様に私の手首を掴むと、そのまま豊満な自分の胸を掴ませた。

そのまま、ふにょふにょと弄らせる。信じられないくらいに柔らかく私の指が沈み込み、またその指を心地よく押し返す。

胸に触れているだけなのに、掌が蕩けそうなくらいにキモチイイ。

その感触に酔いしれ、夢中で自在に形を変える淫魔の胸を揉みしだいてしまう。

サキュバスは口の中をひとしきり犯し終えると、そのまま紅い舌を私の顔に這わせた。

顔中に舌が這い、唾液を塗りつけられる。不快なはずなのに、それさえも心地よく感じてしまう淫魔の魔力。

首筋にも淫魔は責めの手を伸ばした。頚動脈を舐められる感触に、吸血鬼にでも襲われているような錯覚を抱く。



「んああんっ!」



突如、秘部に電流が走った。何か硬いものが、私のアソコをつついている。

指ではない。彼女の指は、私の胸をこれでもかと言うほどに執拗にこね回している。

じゃあ、一体何が―――。

快楽に涙を浮かべた目を、何とか股間の方へと向ける。

視界の端にで踊る黒い物体。それは紛れも無く、サキュバスの尾てい骨の部分から伸びている尻尾だった。

先端が男性器(見たことは無いが)のようにぱっくりと割れ、蛇のようにのたうつ尻尾。

それを見た瞬間、私はこれから自分の身に降りかかる運命を察した。

いつの間にか下着が脱がされ、露わになった秘部に、尻尾が擦り付けられる。

割れ目の入り口からクリトリスまでをこすられ、私は堪らず甘い声を漏らす。

鎌首をもたげた尻尾の先端が、愛液の溢れる入り口に押し付けられる。

くちゅり、と先端の膨らみが僅かに挿入される。



「い、いやぁ……。は、初めてなのにぃ……」

「大丈夫よ、痛くはしない。人間の男よりもずっと上の快楽をあげるわ。

 先に言っておくけど、イッてしまったら最後、貴女は私達の仲間になるの。

 嫌なら堪えてみなさい。……人間に、しかも処女に堪えられるはずは無いけどね。

 ―――さあ、いくわよ……!」





にゅるん、と滑るように尻尾が膣内に滑り込んだ。

内壁を擦られ、焼け付く熱が沸き起こる。

ぶつりと何かが私の体内で破られた感触。尻尾が私の処女膜を一息に貫いたのだ。

それなのに、淫魔の言葉通り痛みはまるで感じない。予備知識では、それこそ絶叫するほど痛いと聞いているのに。

尻尾の先端が、こつこつとお腹の奥を叩く。

にゅるにゅるとうねる尻尾が、完全に私の膣を満たし、何度も何度も出し入れされる。

その度に、尻尾の傘が膣の内壁を抉る。神経を直接愛撫されているような快楽が迸った。

我慢なんて、出来なかった。



「あ、あ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」



はしたない声を上げて、私は既に絶頂してしまっていた。

膣が勝手に蠢いて、尻尾を締め付け精液を啜り上げるような動きをする。

よだれを垂らし、恍惚としながら絶頂に浸る私に、淫魔は更に快楽を叩き込む。

ぼこり、と尻尾の根元が膨らんだ。

そしてその膨らみは、徐々に先端部へと移動し、膣に挿入されているところまで達した。

膣内を押し拡げながら、どんどんと先端へ近づいてくる膨らみ。

それが、とうとう女性器の最奥、子宮の入り口で弾けた。



ぶしゅうううううっ! どぷ、どぷどぷぅっ!



「やああああっ! あ、熱いぃぃぃ!?」



灼熱が私の理性を蹂躙した。

処女を失ったばかりの私の中で、サキュバスの体液が溢れ出す。

子宮口に叩きつけるように次々と迸る体液。

射精の疑似体験ということになるのだろうが、人間の男ではこんなに多くの精液を吐き出せるはずも無い。

下腹部が焼け落ちてしまいそうになる。それくらい、文字通り人知を超えた快楽。

もはや声を抑えることも、階下で眠る両親と隣室の妹のことを慮る余裕も無い。

ただの一匹の獣となって、私は人外の魔性に狂う。



「ひ、あああんッ! 死、んじゃ、うぅぅぅぅッ! おかしくなっちゃうぅぅぅ!」

「安心なさい、お嬢ちゃん。この部屋には結界を張ってあるから、声を出しても誰も気付きはしない。

 さあ、もっともっと狂いなさい……その先に、淫魔としての新しい生が待っているのだから………。」



絶頂が止まらない。

凄まじい快楽の頂点に上り詰める度、私の中で何かが壊れ、別のモノになっていく。

胸の奥にちくりと痛みが走る。それは恐らく、人間として、人外への変貌を許そうとしない最後の理性。

その最後の砦がひび割れていく。これが無くなったら、本当に、『私』は消えてしまう。

そして、最後の瞬間。

サキュバスは強く私を抱きしめ、深く口付けた。

同時、尻尾が更に強く淫液を噴出した。



「あ、うああああぁぁぁぁ―――――!」



身も心も淫魔の快楽に囚われて、私は人生で最高の絶頂に達した。

心が砕け、ドス黒い何かが私を満たしていく。

壊れていく私を淫魔は優越のこもった視線で見つめる。

視界が白く染まる。もはや思考さえもままならない。

大声量の絶叫を上げて、私の意識は一度、ぶつりと途切れた。





その夜。

『西崎春美』は、死んだ。







「これで、この娘も私達の仲間……」



くたりとベッドで気絶した少女を、淫魔は優しげに見つめる。

人間の女を襲うことを好むこのサキュバスにとって、春美は最高の獲物だった。

どこまでも優しく純真でありながら、どこまでも深い支配欲を心の奥底に持ち合わせる少女。

他者の欲望を敏感に察知する彼女達淫魔には、それを見抜くのはそう難しいことではない。

加えて、数日の間獲物を観察していた彼女は、春美の中の淫魔としての適正の高さを感じ取った。

彼女自身の淫魔としての格は中級クラス。

しかし、彼女の目の前に横たわる人間の少女は、自分より遥か高みへと至る可能性を秘めていた。

この少女が淫魔となれば、きっと面白いことになる。そう彼女は漠然と予感めいたことを感じていた。

快楽の追求を至上とする淫魔にとして、その思考は間違ったものでは無かった。

間違いがあったとしたら、ただ1つ。

少女の『適正』を、彼女は不相応に低く見積もってしまったことだろう。



「さあ、そろそろ目覚めなさい―――」



そう言って、淫魔は春美の頬を撫ぜた。

呻き声を上げて、少女は薄く目を開く。

目覚めた春美はどこか空ろな目をして俯いた。

その様子を、意識がはっきりしないものと見て、淫魔は新米淫魔に声を掛けた。



「どう、お嬢ちゃん。淫魔として『生まれ変わった』気分は―――」

「……気分」



女の問いを受け、春美は少し黙り込んだ。

俯いた顔に艶やかな黒髪がかかり、表情は察せられない。

僅かな逡巡を終えて、少女はその口を開いた。



「気分、ですか。……そうですね、最高です。本当に―――」



俯いたまま、抑揚の無い声で春美は呟いた。

その春美の妙な態度に、サキュバスも怪訝な表情を浮かべた。

そうしてサキュバスは、不注意にも春美の顔を下から覗きこもうとし、

―――そこで、その体勢のまま凍りついた。



「―――本当に、最高に最悪な気分ですよ。この、低級淫魔………!」



鋭い眼光を以って、春美は目の前の存在を冷たく睨みつけた。

魔性の者としての真紅の双眸。子供から大人への過渡期の肉体から放たれる、凄絶なる淫気。

大人しい少女の内面に眠っていた壮絶な怒気が、淫魔へと叩きつけられる。

その姿に、淫魔は完全に呑まれていた。

淫魔となった少女がその身の中に秘める凄まじいまでの魔力。

そばにいるだけで心を惑わし肉欲へと誘うような淫気の強さ。

そう、今この部屋に新たに生まれた淫魔は、ただの淫魔などでは無かった。

―――上級淫魔。それも高位の魔界貴族並みの、最上級のサキュバスとして、春美は生まれ変わったのだ。







「あ、あああ……!?」



サキュバスは完全に硬直し、動けないでいた。

彼女が一生涯かけてもそうそう出会うことの無いであろう最上級淫魔、その怒りの波動をもろに正面から受けてしまったのだ。

自分が如何に不注意であったかを、遅まきながらサキュバスは悟った。

この少女には、決して手を出すべきではなかったことを。

西崎春美には、人間のまま寿命を終えて貰わなければならなかったことを―――!

静かな怒りを滾らせて、春美はパジャマをすらりと脱いだ。

全裸になると、少女は目を閉じて集中し始める。

と、次の瞬間、背中と尾てい骨から、真っ黒い翼と尻尾が生えた。

翼は片翼だけでも人一人包み込めそうなほどに大きく、その尻尾もまた、この淫魔よりもずっと長く美しい。

完全に淫魔の肉体に変貌した自分の身体を、春美は冷静に見やる。

そうして不意にくすりと笑うと、穏やかな口調で口を開いた。



「これが、淫魔化……。確かに貴女の言うとおり、私には淫魔としての『適正』が高かったようですね。

 身体の隅々まで、はっきりと力が充実しています。これで貴女の『強力なお仲間を増やす』という目的は、ほぼ達せられたわけですね」



そう言って、微笑を動けないでいる淫魔へと向ける。

だが彼女にとっては、それは何の救いにも慰めにもならない。



「……いつまでも『貴女』じゃ味気ないですね。お名前を教えていただけますか?」

「っ……! レ、レミエと申します……!」

「ふふ、何をそんなに怯えているんです? さっきまで、私を散々に嬲ってくれたじゃないですか。

 ……そうですね。私はまだ新米ですし、性技にしてもまだまだでしょうね。

 ではレミエさん、可愛い『後輩』に、実技指導をお願い出来ますか?」



春美はレミエの背後に回ると、その自身よりずっと成長した肢体に軽く腕を回した。

最上級淫魔の肢体が背中に押し付けられ、その淫気に、それだけで百錬練磨のはずのレミエの身体が震えた。



「では、まずは胸から……。さ、ご指導願います」

「は、はい……。まず、下から掬い上げるように持ち上げて……優しく、こねるように揉んで……」

「こうですか?」

「……そうです、そのまま指の腹でおっぱいを撫でるように……。と、特に、乳輪の周辺を円を描くように……。」

「なるほど。そうして焦らすのも良いということですか」



春美はレミエの言うとおりに自分の手を動かした。

それほど技巧に優れているわけではないが、春美の持つ淫魔としての天性が快楽を後押しする。



「あ、相手の快感が高まってきたら……、指で、乳首を押し込んだり、抓ったり……。

 た、多少痛いくらいでも、私達の行為なら、その痛みも快感になりますから………ひいいぁっ!」

「強く、強く―――。ふふ、ならその悲鳴も、『キモチイイ』からという風に解釈してよいのですね。

 確かに、便利な性質です。レミエさん、とても参考になりますよ―――?」





ぎゅっ、ぎゅうっ、と、強弱をつけて春美はレミエの乳房を弄ぶ。

普段の自慰と先の愛撫、そして今までの講釈を駆使して、新米淫魔は成熟した肢体を責め立てる。

もはやレミエは、完全に春美の虜となっていた。

もちろん彼女にも、淫魔としてのプライドはあった。

しかしそれも、最上級の淫魔の手技に容易くほだされ、霧散してしまう。

すべすべの掌に乳房を弄り倒され、恍惚として身体を預けてしまったレミエ。

トドメとばかりに、春美は彼女の乳首を爪先で一際強く抓り上げた。



「――――――――――!!」



その叫びは、もはや声ですらなかった。

全身を貫く衝撃に、レミエの秘部は激しく潮を噴き出した。

白い喉を反り返らせて、淫魔は未だかつて無い強烈な絶頂に浸る。

しかし、春美は決して彼女を許してはいなかった。

絶頂の極みにいるレミエ、その乳首や小突起を、更に激しく抓り、押し潰す。

レミエは髪を振り乱し、何とか少女の腕から逃れようとする。

しかし春美の細腕は、巧みにその抵抗を受け流し、哀れな獲物を捕らえ放さない。



不意に春美は、その大きな黒翼を広げ、腕の中の淫魔を包み込んだ。

翼の内側は小突起でびっしりと占められ、妖しく蠕動していた。

その羽根に全身を覆われ、レミエの全身は甘く蕩けさせられる。

その感触は、男性器を女性器に挿入する際の快感を全身で体感させる魔性。

全身を優しく包み込む愛撫に、打って変わって穏やかな快感に晒されるレミエ。



「ねえレミエさん、貴女言いましたね? 私の本性は、他人を支配することに快感を覚える人間だと―――。

 それ、やっぱり違いますよ。私の一生を台無しにしてくれた貴女が、

 そうしてだらしなく私が与える快楽に溺れてるのを見ても、――――私、何も楽しくないし、嬉しくもないもの」



甘く甘く陶酔し、しまりが無くなっていくその顔を見やり、春美は酷薄に告げる。



「……そうですね。もう貴女から教えてもらうのも、飽きてしまいました。

 まあ、それでも何とかなるでしょう。誰かを『愛して』あげていれば、自然と身に付くでしょうしね。

 ―――だから、貴女はもう要りません。このまま私の翼の中で、貴女を魔力ごと吸収してあげます」

「ぃ、ゃぁぁぁぁ……。た、助けて……」

「聞こえませんよ。私だって、散々嫌がりました。―――レミエ、貴女はそれで止めたのかしら」



とうとうレミエの首から上までもが、春美の翼の中に飲み込まれた。

翼の中からは、くぐもった悲鳴とも嬌声ともとれない女の声が響く。

その声も、次第に小さくか細くなっていく。

にゅぐにゅぐと蠢く翼の中で、レミエは体組織を魔力レベルで分解されているのだ。

それこそ、搾精生物の捕食と同等か、それ以上の快楽の中で咀嚼されて―――。



「ぁ、ぁぁぁぁぁ……………」



にゅぐ、にゅぐにゅぐ……

にゅちゅ、にゅちゅぅ……

……………





春美が翼を開いたとき、既にレミエの姿はどこにも無かった。

彼女の魂は、この若き淫魔に全て喰われ、吸収されてしまったのだ。

レミエの知識とその性技をその身に修めた春美は、ぼんやりと物思いに耽っていた。

淫魔になってしまったのは、もう仕方が無い。しかし、ならばこの力をどう使うのか?

別に、淫魔の中での力関係といったことには興味が無い。

それに、レミエの知識の中から『淫魔殺し』を専門とする者達の情報も得た。無理なことはしないほうが良い。

性癖については、なんだかんだと言われたが、今のところその対象は二人のみ。

妹の遥香と、弟分の修。

その二人のことを思うと、胸の奥にわずかな痛みが走った。

淫魔化したとはいえ、人間時の性格も嗜好もほとんどそのままを受け継ぎ、性欲だけが向上した程度。

二人の今後のためを思えば、自分が退き、姿を消してしまうのが一番良いのだろう。

しかし、そう割り切れるほど、春美は欲が無くも、単純でも無かった。

淫魔として、己の欲望に生きる存在として、少女が選ぶ道はただ1つ。

―――二人ともが、自分のモノになればよい。今の自分なら、容易くそれが出来る―――。





そうして、春美は決意を新たにした。

つい、と視線を自室のドアへと向ける。



「遥香」



妹の名を呼ぶ。返事は無い。

しかし、春美は扉の向こう側に妹がいることを感じ取っていた。



「遥香ったら。………怒らないから、こっちにいらっしゃい」



きい、と音を立てて扉が開く。

察したとおり、遥香はそこに立っていた。



「は、春美ぃ……」



淫気にあてられたのか、既に荒く息をつき、顔は紅潮している。

自分の身体を抱きしめながら、潤んだ瞳を姉へと向ける遥香。

発情を必死で押さえ込んでいる妹に、春美は問いかけた。



「いけない子ね。いつから覗いていたのかしら」

「……春美の背中から、羽根とか尻尾とかが生えて、あの女の人、食べちゃったところから………」

「そう。―――遥香、わかる? 私、人間じゃなくなっちゃった。

 ……こんな私でも、遥香は私を姉と呼んでくれる―――?」



ふわ……と春美の肢体から、一層の淫気が立ち上る。

それは空気に溶けた猛毒となって、人間の理性を奪い、悦楽をもたらす媚薬となる。



「春美……おねえちゃん………」

「……ありがとう、遥香。そうね、ご褒美として、とっても気持ちよくしてあげる。さあ、こっちにおいで――――」



無意識のうちに、遥香は自身の秘部に指を這わせていた。

うわ言のように姉の名を呼びながら、少女の身体は淫魔へとふらふらと引き寄せられる。

ベッドに上ってきた妹の身体を、姉は優しく抱きしめた。

全身から立ち上る淫気が、ますます妹の肉体も精神も絡めとっていく。

春美の手が遥香の衣服をするりと脱がしていく。

露わになった肢体に、淫魔の手が絡みつき、這い回り――――。







そうしてその夜。西崎遥香は、淫魔の虜となった。




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