「良いかい、タム、確かにこの小さな村に比べたら都会は魅力的。」

タムは去年の今ごろ、死んだ祖母のクエンの言葉を思い出した。

祖母がそう言ったのは都会に行くと両親に話をした日の夜の事だ。

いつも祖母はタムの味方だった、都会に行くと言い張った時も反対はしなかった。

あの時ばかりは賛成もしなかったが。

「でもね、それは遠くで見ている時だけ、近くで見れば恐ろしい物よ。」

タムはクエンの言う通りだったと苦々しく思った。

最初のうちは順調だった、露天商として以外と稼いだ。

自慢するわけじゃないが周りの同業者から一目置かれる存在だった。

さらに大通りを牛耳るチャン一族に認められ露天商のまとめ役になった。



ここまでは良かったんだぜ。

ミンと出会うまでは良かった、ミン、あの女の事を思うと複雑な思いに囚われる。

俺を奈落の底に突き落とした要因だ。

あいつは笑うと笑窪ができて純粋な少女のようだ。

だが、あのスタイルは少女では無い、まさに成熟した大人の女だ。

彼はそう思うと下世話な笑みを浮かべた。

しかしあの女は俺を捨てやがった、まったく、女は化け物だ。



今でも思い出す。

ある日、ミンが男を連れてきた。

あのニヤニヤした若造を思い出す。

愛着のブランドモノのスーツを台無しにする薄汚い鼠を連想させる顔。

奴が欧州産と言うだけでつけていた、どこが魅力的か理解できない香水の臭いも思い出す。

今、思えばスーツも香水もニセモノの海賊版だと思った。

なら、あのいけ好かないクソ野郎にはピッタリじゃねえか。

だがあの若造はチャン一族出身、さらにミンは俺の女だと抜かした!

そして野郎はミンと別れたくないと言った俺から仕事を奪った。



クソ!今でもそれを思い出すと腹が立つ。

そして俺は転落した、あの通りでもう商売は出来ねえ。

あの若造に雇われた用心棒どもにボコボコにされちまう。

そして俺は生まれ故郷の村へ戻った。

そう、オメオメと負け犬のように逃げ帰った、ジャングルに囲まれた酷く廃れた村へな。



そして今はジャングルの観光ガイドで飯を食っている。

外人は金を持っているから良いカモだ。

俺には見慣れたジャングルをわざわざ見にこの国の辺鄙なこの地域にまで来る。

ここら辺のジャングルは俺の裏庭みたいなもの。

そして副業もあるから止められない。



俺は目の前の日本人に目を向けた。

眼鏡を掛けて生真面目そうな青年だ。

何でも研究のためにこの国のジャングルを来たそうだ。

「アナタ、ガクシャ?」

俺は片言の日本語で話し掛けた。

「いえ、学生です。」

青年は日本語で返した。

ガクセイが何か知らんがガクシャの親戚みたいなもんだろう。



彼は花の図鑑を見せてきた。

そこには綺麗な花の写真があった、確かにここら辺で見られる花だ。

だがそれも幸運じゃなきゃ見られない珍しい花でもあった。

だが3ヶ月前にそれが咲き誇る花園を見つけた

今ではそれはタムにとって金の成る木だ。

いや金の成る花だと訂正した。

青年に花の場所を教えると言うと嬉しそうな笑みが顔一面広がった。

タムはそれを見て胸が痛んだ。

だが仕方ない飯を食うためだ、これは仕方ない事だ。



青年は花について話をしていた。

それに夢中だった、その夢中さがタムにとって救いだった。

花を見たいという彼の長年の夢を叶えてやるのだ。

その先にヤツが居る、だがそれは運命みたいなものだろう。

タムは横目で自分に付いてくる青年を見た。

成人していると言うが少年の面影がある。

きっとヤツは喜ぶだろう。

村の言い伝えによると子供の肉を好むらしいからな。

だがそれをヤツに面と向かって本当か聞いた事は無い。



タムは花園へ続く道の目印を見つけた。

それを青年に言うと彼の目に期待感が浮かんだ。

哀れな事に彼は自分の運命を知らない。

だがふとある考えがタムの頭に浮かんだ。

ヤツは花と一体だと言ってもいい、それの役に立つんだ。

彼にしたら本望じゃないか?



花園に着いた、確かに綺麗な花だ。

だがその綺麗な花には毒がある、そうミンのように。

いやヤツに比べたらミンはまだ可愛いもんさ、ミンは俺を食いやしない。

青年は本当に幸せそうだ、彼は花を二束ほど採取していた。

俺は川の方へ行く事にした。

ヤツの楽しみを邪魔したら悪いからな、そう思い立ち去った。







青年はようやくガイドが居なくなっている事に気づいた。

「あれ、まったく気づかなかった。」

青年は周りをきょろきょろと見渡しガイドを探し始めた。

ふと青年は何かの気配を感じた。

『こんばんは。』

青年が振り返ると女性が立っていた。



透け通るほど白い肌、女神のような慈悲深い笑みを浮かべている。

髪を後ろに束ねている、言うなればポニーテールだ。

そして白いワンピースを着ている。

「こんばんは、日本語が上手ですね?」

彼女は日本人では無いと青年は直感した、だが現地人でも無い気がした。

『そうこの言葉は日本語と言うの。』



妙な事を女性が言うので青年は戸惑った。

そしてある事に気づいた。

声が聞こえるのに彼女の口は動いていない。

青年が周りを見渡すが青年と彼女以外に誰も居ない。

『私の声はあなたの頭に直接的に届いているのよ。』

青年は信じられず口が半開きになった。

青年は自分がおかしくなったのだろうかと自問した。



『いいえ、あなたは正常よ。』

「こ、心を読んだのか?」

怖くなった青年は逃げようとした、しかし体が動かない。

まるで足と地面が一体化したみたいだ。

そして彼女は片手で僕の顔を擦った。

『怖がる事は無いわ。』



「怖がる事は無い・・・そうだ大丈夫だ。」

頭の奥は何かおかしいと叫んでいたが青年は安心しきった。

『良い子ね。』

彼女の笑みがより一層、優しげになった。

青年はぼんやりと女性を見つめていた。

彼は幼子に戻った気分になった。



『さあ楽しみましょう。』

彼女は青年の服を脱がし始めた。

上半身を脱がし終えると彼女はしゃがみ込んだ。

そしてズボンとパンツを一気に下ろした。

既に青年の一物は大きくなっていた。

彼女は青年の顔を見上げていた。

そして笑みを浮かべていた、今までの慈悲深い笑みではない。

何だか卑猥な笑みに青年に思えた。



彼女が立ち上がると変化は突然、やって来た。

「ひい・・・」

青年の身体に快感が走り、一気に絶頂を迎えたのだ。

彼女はただペニスを見ている。

それだけなのに全身に快感が走り射精している。

しかも立ってられないほどの快感に腰砕けになった。

何が起きているのか青年には理解できないまま倒れこんだ。



そして快感はずっと続いた。

「な、なに、どうなってるの・・・」

今までに味わった事の無い快感に身を震わせた。

そして連続して射精した。

「いや、ああ・・・」

殺人的な快楽に身体は痙攣のような反応しまた射精する。

その繰り返しに青年はただ悲鳴のような喘ぎ声を吐くだけだった。

女性はそんな青年を立ちながら見ている、あの卑猥な笑みを浮かべたまま。

青年が倒れこんでいるので女性は見下している格好だ。



美しい女性が笑みを浮かべ射精しながら悶える青年を見下す。

そんな構図を思い浮かべ青年を興奮させた。

『あらあら、やらしい子ね。』

青年はびっくりした、やはり彼女は心の中を読んでいる。

まさか、この快感も・・・

『そう私は人間の内面に干渉できるの。』



青年は驚愕したが快感に押し流された。

何せ今まで以上に大きな快感の波が来たのだ。

「あひぃ!」

青年は大きく体をビクつかせた、女性の嘲笑が頭の中で響いた。

『私はアナタに手を触れていないのに・・・本当にやらしい子。』

「そ、そんな、お前が勝手に、あああああああ。」

再び快感が襲ってきた。

青年は転げ回った、快感の強さに身体がおかしくなりそうだ。

『だってあなたがやらしいからこんなに身体が反応してるのよ。』



「う、嘘だ!」

青年は顔を真っ赤にして反論した。

『そうかしら?』

彼女は意味ありげな顔になった。

すると人影が見えた、ガイドさんだろうか?

「た、助けて!」

だがガイドでは無かった、見た事のある二人の女性だった。



「ミヤギ・・・イケダ・・・」

大学で同じゼミの女性が現れたのだ。

日本人形のような黒髪が目立つ女性は同学年のミヤギ。

茶髪のボブカットの女性は後輩であるイケダ。

なぜここに?どうして?



イケダが汚いものを見る目で青年を見ていた。

「ちょっと!先輩、裸ですよ。」

イケダはいつもの生意気な口調だ。

青年は恥ずかしくて居た堪れなくなった。

「いや、この、それは。」

青年は言い訳しようとした、しかしミヤギが悲鳴を上げた。

「タナカ君!見られているのに勃起してる!」

「なあに!先輩、そういう性癖なの、うっそー!」



青年はパニック状態に陥った。

「見ないでくれ!見ないで!」

だが恥ずかしいという思いと裏腹に彼は興奮していた。

それが快感でもあった。

「先輩、もしかして私達に見られてうれしいんですか?」

イケダは生意気そうな笑みを浮かべている。

ミヤギは手で目を覆っていたが指の隙間からしっかりと見ていた。

「タナカ君、そんな変態だと思わなかったわ。」



恥ずかしくて顔から火が出そうなのにペニスは反応していた。

『ほらな、お前は本当にやらしい子なんだよ。』

すると三人は彼を嘲笑し始めた。

指で彼を指し示しずっと嘲笑していた。

「や、やめてくれ、頼む、やめてくれ!」

泣きながら青年は身を震わした。



青年が泣き叫ぶ様を女性は見ていた。

イケダとミヤギは青年の記憶から作り出した虚像である。

当然、この場には居ない。

青年が気に掛けていた女性の虚像で青年を追い込んだのだ。

そして青年の震える様を充分、楽しんだ。

次は肉だ、メインを頂こう。



彼女は元の姿に戻った。

全長2mはある二足歩行の生物だった。

皺でくしゃくしゃな灰色の肌に薄茶色の毛がまばらに生えている。

この生物の特徴は巨大な口と触手である。

特に口、何せワニの口に足が生えたような外見なのだ。

そして口の左右に手の変わりである十数本の触手が蠢いている。

目は小さく、小動物を思わせる目だが、獲物を捕らえている。

触手は悲鳴を上げ逃げようとする青年を掴むと同時に巨大な口が開かれた。

鋭く細やかな小さい歯が並んでいる、肉を切り裂くには上出来な歯だ。

触手は青年の首に絡まる、そして鈍い音が鳴る。

青年は動かなくなり彼の首は変な角度に垂れ下がった。

獲物にはジッとしてもらいたい、味わって食べた方が満腹感が得られるだろう?







タムは戻ってきた。

予想通り、全てが終えた後だった。

「良かった、美女の姿の方で。」

タムはニヤリと笑った。

『そうだと思ってこの姿にしたのよ。』

タムは残された青年の荷物と服を見た。

タムはそれに近づくと片手で十字をきった、そして笑みを浮かべた。

「俺はこう見えても信心深いんでね。」



タムは自分でも言い訳のような気がした。

服と荷物から財布と金に成りそうなものを盗った。

「これは俺が貰っておくぜ。」

タムはヤツにそう言った。

青年をヤツに導いた報酬なのだ。

ヤツはタムのする事を無関心そうに見ていた。

だがヤツは突然、口を開いた、そして冷淡に言い放った。



『お前は罪悪感に囚われないのか?』

ヤツの突然の質問にタムは驚いた。

それに怒りが全身に広がった、なぜそんな事を聞きやがる?

ヤツは俺が許しでも請うように泣き叫ぶのを期待しているのか?

さっきの青年など俺がヤツに渡した連中の虚像でも見せる気だろうか?

「裏切り者ってのはどこにでもいる、だから何だったって言うんだ?ええ?」

タムは強がった、罪悪感が無い?そんな訳は無いだろう。

『そうか。』

ヤツはそう答えて花園から遠ざかる、タムはそれを見ていた。

タムはヤツが心を読んでいるだろうと思った。

なら罪悪感と共にこの生業を止められない強欲な面も感じているだろう。



それを感じてヤツはどう思うのだろう。

人間は愚かだと思うのだろうか?

タムが裏切らないと安心するのだろうか?

だがどうでもいい、俺は金を得る、ヤツは獲物を得る。

それで一体、誰が損をするって言うんだい?

少なくとも俺とヤツはそれで満足さ。

俺達は強欲な仲間って事だ、その分厚い欲だけが共通点の。

彼は笑い出した、しばらくの間、ただ笑っていた。



突然、再び祖母の言葉を思い出した、今度はその姿も目に浮かぶ。

自分が生まれる前から重労働に従事してきたために曲がった腰を叩きながら語る。

「可愛い孫、愛しいタムよ、良くお聞き、ジャングルでは虎が一番、危険な生き物よ。」

クエンお婆ちゃんは真剣な面持ちで言う。

「でもね、時には人間が虎と同じ危険な存在になりえるのよ。」

そうだねクエンお婆ちゃん。



「人を騙して這い上がる、そんな人こそが虎より危険なのよ、タムもお気をつけなさい。」

タムは可笑しかった、お婆ちゃん、人は虎じゃない、人の中に虎が居るんだ。

だって、そうだろうお婆ちゃん?

欲望と言う化け物が人を操るんだ、ヤツは、あの美女に化けたアイツはそれを体現した存在に違いない。

彼は心の底からそうに違いないと確信していた。


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