廃村の妖




 古い村には今でも妖怪がいるという。

 教授の一言をそのまま使おうと、こうして廃村にやってきた。

 電車とバス、さらにはタクシーで乗り継いでわざわざ来ただけあって、すごい寂れ方だ。

 人の気配なんてまるでしない。

 ニュースでも聞くゴミ捨てもこの村の近くで行われているのだが。

 村はトラックの通り道でもないため、鳥の声だけが聞こえる。




 誰もいない家が数多く残っていたので、勝手に中に入ってみた。

「うわ、すごい埃だ」

 どうせだからと日本家屋に入ったが、埃が層になって積もっていた。

「これじゃ眠れそうに無いな」

 そう思ったが、堂々と空き巣に入った気分で家捜しをしてみた。



「お、布団が残っている!」

 その他にも色々と見つけた。

 ちょっとしたRPGの主人公気分だ。

「明日になったら探してみよう」

 手早く寝る部屋だけ箒で掃除してから布団を敷いた。

 寝袋を持ってきたが、やっぱり布団で寝るのが一番だ。



「なんだかいい匂いもするし」

 甘い匂いというか。

 もしかしたら若い女性が使っていたのかもしれない。

「だったら使うしかないだろ!」

 なぜかガッツポーズをしてから、布団に包まった。

 



「ん……」

 なんだか寝苦しい。

 むずむずするというか、体が熱いというか。

 女性が使っていたものだと意識したせいかもしれないが、ものすごくアソコがギンギンになっている。

 彼女いない暦=年齢だからなー。



「う、く……」

 下着の中に手を入れる。

 普段と違う環境だからか、既に先走り汁が溢れている。

 予想以上に興奮していることに驚きながら手を動かす。

「うぁぁ……」

 だめだ。気持ちよすぎて直ぐにイッてしまいそうだ。

 いきなり出しては下着がぐしょぐしょになってしまう。

「とにかく布団から出ないと」

 這い出ようと体を動かす。



「……あれ?」

 おかしい。

 もがいてももがいても外に出られない。

「あれ、あれ?」

 布団を押し上げようとする。しかし布団に手がめり込むだけで剥がれない。

 この布団、こんなに分厚かったか?



 次に前に出ようとする。

 動いても動いても掛け布団から出られない。

「え、な、え……出られない!?」

 夢でも見ているのだろうか。

 足で蹴ってもどれだけ暴れても、布団の中から出られない。

 それどころが布団はドンドンと柔らかくフカフカなものへと変わっていく。



 ここにいたって漸く、異常事態に陥ったと認めた。

「ははは、まさか妖怪が本当にいたなんて。これ、なんて妖怪だ?」

 布団だから枕返しか?

 いやいや、枕は返っていない。

 一度開き直ると変に冷静になれた。

 布団はフカフカで温かく、いい匂いが充満している。

 逆に言うとそれ以外は何も無い。

「妖怪って言っても、人を脅かすだけとか人畜無害が多いし」



 その言葉に反応してか、掛け布団が蠢きだした。

「な、なんだぁ!?」

 食べられるのかと身構える。

 布団は収縮している。そうすると内部は強く締められたり緩められたりするわけだが、これがまた気持ちいい。

「サービスか?」

 うにょんうにょんと動く布団はマッサージするように収縮を繰り返す。

 こう、全身をくまなく柔らかい抱擁で包まれている。

 人間の女性はもっとふにふにと弾力的に柔らかいのだろうが、完璧に全身くまなく包む布団はそれ以上の快楽を与えている気がする。



「今度はなんだ!?」

 布団の動きが変わった。

「わ、こら、まて!」

 どういう動きなのかはわからないが、ズボンがドンドンとズリ下げられていく。

 ズボンの次は下着まで。

「うわああああ!!」

 素肌でじかに太ももや玉袋の部分が布団に包まれた。



 服にしろなんにしろ、布は自慰に使うと後々面倒なのだ。

 だからパンツの中にも出来る限り出さないのが一番だ。

 その、下手な言い方をするとオナニーのタブーである布の質感は、タブーだからこそ新鮮な快感を生み出している。

 キメ細かい生地が微かに擦れながら、羽毛布団のような弾力で圧迫してくる。

 一番敏感な部分は掴んだままだったが根元の方は違った。

 布団乾燥機で温めた後のような柔らかく暖かな布団が生き物のように動くたびに、射精しそうになる。
 


 もし、手を外したならどうなるだろう。

 その思いを読み取ったように、急に布団の動きが弱まる。

 焦らすように緩やかな動き。

 玉袋をさわさわと。太ももをやんわりと。

「べつに、いいよな。第一、下着までずらしたのはこいつだし」

 言い訳も立ってしまった。

 こうなっては我慢する理由が何も無い。

 今後の展開が予想できず、恐る恐る手を外していく。



 待っていたとばかりに動きを再開した布団は、抱きしめるように全身を柔らかく包む。

 特に念入りにアソコをきつく、握るような圧力をかける。

「う、で、でるっ!!」

 ドクドクと布団の中に射精する。

 布団の中に出してしまったという背徳感が背筋をゾクゾクとさせて、射精の快楽を持続させる。



「うわ、まだ止まらないのか!?」

 これからが本番なのか。

 布団は勢い良く蠢きだした。

 ヘビかミミズか、とにかく生き物のような動きで収縮し始めた。

 ぐちゅぐちゅと出したばかりの精液がローションの代わりとなり、イッたばかりの亀頭を責める。

 ペニスは萎えるより早く堅さを取り戻し、次なる射精の準備を始める。

「う、うっ、ぁああ、また、いっ、く、ううっ!」

 布団に2度も、こんなに早くイカされることはプライドが許さない。

 しかし布団はあざ笑う様にばふりと布団の中の空気を吐き出す。



「なんだ、甘い……」

 とろんと頭がぼやける。

 いつまでもこの匂いをかいでいたくなるような、甘いにおい。

 それが天日干しをした布団独特の匂いと混ざって体をリラックスさせる。

「ああ、いっちゃう、だめだ、まただしちゃう」

 なけなしのプライドもあっさりと陥落し、2度目の射精を布団の中に吐き出した。




「いったい、なんなんだ」

 2回の射精で満足したのか、布団は元に戻った。

 不思議な事に、射精した実感があるのに布団は濡れていなかった。

「とにかく布団から離れないと」

 ついでに下も履きたい。そう思って下着を探すが……ない。

「まさか、お前が食べたのか?」

 布団を突付いてみるが変化なし。

「仕方ない。替えの下着でも履くか」



「……ってないし!」

 荷物を置いていた場所をドンと叩く。

「何がしたいんだ。妖怪ってのは」

 仕方なく、下半身丸出しで家の中を歩いていく。



「あれ、埃が無い」

 廊下を歩いて気付いたのは、埃が全く無い事だった。

 掃除をしたのは寝る部屋だけで、他は一切放置していたはずだ。

「夜の廊下って、何か出そうだな」

 嫌な予感はするがなぜか怖くない。

 薄気味悪いはずなのに。

「妖怪の効果か?」

 またエッチな事が出来るかもしれないと思っているのが原因だろう。

 ちょっとわくわくしてもいるのだ。



 きし、きし。

「今度はなんだ?」

 足を止めても廊下が軋む音は聞こえる。

 誰かが歩いている証拠だ。



 きし、きし。

「何が出てくる……さぁこい!」

「さぁこいと言われてもね」

 廊下の曲がり角から現れたのは白と赤の組み合わせの着物を着た少女だった。

 所謂巫女さんスタイルに似ているが、袖の部分が酷く長い。  

「あなたは?」

「私? 鈴彦姫っていうんだけど」

 鈴の髪留めを弾いて音を鳴らす。シャラシャラと幾つ物鈴の音が廊下に響く。

「鈴彦……姫?」

「そこ。駄目な部分で区切らないの」

 駄目出しをされた。



「漸く話が出来る人に会えた。なぁ、ここってなんなんだ」

「なにって、家」

「それはわかってるって」

「何がいいたいの」

「いや……何が目的なんだ?」

「なにって、食事」

「なにぃいい!? 俺はまだ死にたくないぞ!」

 回れ右しようとするが、シャランと鈴の音が響くと体が動かなくなってしまった。

「勝手に勘違いしないでくれる。殺さないようにするよ。……一応」

「一応ってなんだよ!」

「いや。この家に住んでいるのは言ってみれば九十九神の一種だから。肉まで食べるのはいないの」

 九十九神。妖怪の中でも物に憑依する、あるいは古い物が変化した類をこう呼ぶのだ。

「じゃあさっきの布団は」

「夜舞?」

「なんだそりゃ」

「夜伽専用だったのよ、あの子」

「……分ったような」



 ……で、結局の所。

「人間の性が精に当たり、人間の様々な思念…精の集積された九十九神は、精を食べる事が食事になる。で、精は愛液やら精液やらに多量に含まれているってことか」

「精が性に当たるから、性により生み出される物に精が宿るのよ」

 劣等生に向けるまなざしが痛い。大学も3回留年したしな。

「久しぶりにやってきたお客さんだからね。皆張り切っているのよ」

「なるほど」

「ということで、頂戴ね♪」

 近づく度に髪飾りの鈴から音が響き、体がぞくぞくとする。

 こう、体の奥から快楽の芽を引き出すような妖しい響きだ。

「神楽鈴が変化したからね。呼ぶ、引き出すことは得意なの」

「そうなのか……うっ」

 音に刺激されてあっと言う間に勃起してしまった。

 今の今まで下半身裸だった事実を忘れていたが、1度意識するとむくむくと大きくなるペニスが止められない。

「うわぁ。久しぶりだから緊張するなー」

 顔を赤らめつつしゃがみこんで至近距離から観察する鈴彦姫。

 どこをどうみても人間の少女にしか見えないので、これはかなり恥ずかしい。



「まずは小手調べね」

「なにをする……なにぃ!?」

 指で鈴をシャラシャラと揺らし始めた。

 すると音の振動がバイブレーターのようにペニスを刺激する。

 音は耳に心地よく、さらにバイブの振動まで付いてくる。

 あまりの気持ちよさに背筋が反り返る。

「どう、気持ちいい?」

「く……負けるかぁ!」

「勝てるはず無いのに」

 あっさり勝利宣言をする鈴彦姫だが、恐らくソレは真実だろう。

 明らかに遊んでいる彼女に対して、こっちは着実に高められている。



「早くイッちゃわないと、後がつかえているんだからね」

「後って、まだいるのか!?」

「当然。ほら、ほらほらほら」

 鈴を鳴らすペースが早くなる。

「うわぁあああ!!」

 急激な振動と耳から脳を冒す心地よい音。

 意識が一瞬で真っ白になり、気付いた時には彼女の顔に向けて勢い良く精液を放っていた。

「ん、んむ。意外と出るねー」

 顔に掛かった精液をおいしそうに舐め取る鈴彦姫。心なしか、鈴に輝きが増している気がする。



「これだけ出してもらったなら、本気を出さないとね」

「本気……嘘だろ」

「嘘じゃないよ。ほら」

 袖に手を入れて取り出したのは、鈴が大量についた棒だった。

「クリスマス曲に使われるスレイベルか!?」

「なんで微妙にマニアックな楽器を知っているの」

「違うのか」

「これは神楽鈴なの」

 様は鈴が沢山ついた棒だ。振れば沢山の鈴が鳴らせる楽器……いや、神楽鈴というからにはただの楽器じゃないのだろう。

「そもそも楽器じゃなくて祭器。ある意味私の本体だから、効果はすごいよー」

 ふっふっふと妖しく笑う。

 うわ、まじでやばそう。



「ちょ、そんなことされたら…」

「いっちゃいなさーい」

 シャララン。

「うひぃいいい!!」

 髪につけていた鈴の何倍もの快楽に悲鳴を上げる。

 単に振動するとか心地いい以前に、魔力じみた力で快楽を引き出されている気がする。

「ほらほら、どんどんいくよー」

 シャララン。

「ひぁあああああ!!」

 シャララン。

「ぎぃいいいいい!!」

 既に2度目で射精してもおかしくないほどの快楽なのだが、快楽中枢が壊れたように全く射精ができない。

 ペニスが射精しようとびくびくしているのに、全く出てこない。



「これ以上やると根こそぎ吸い取りそう。ここまでにしておこうっと」

 ようやく鈴の音が止んだ。

 同時に鈴が音が余韻となって頭に響きだす。

「あ、あああ、ああああ」

 じわじわと体の機能が戻ってくる。

 ぶわ、と体から汗が滲んできた。

「頭を真っ白にされた後って、体が言う事を聞かないんだよね。けど意識が戻ってきたところで」

「え、な、なにを…や、やめてくれ」

「やーだ」

 髪留めの鈴を弾こうと指を丸めているのを見て背筋が凍った。

 コップに水を限界まで入れて、あふれそうであふれないぎりぎりを保っている。

 本来ならとっくに零れているところを異常な程の表面張力で支えているのが、今の状況だ。 

 そんなところに衝撃が加わったら、零れてしまう。



「や、やめてくれ、おねがいだ」

 壊れてしまう。そんな予感がして声が震える。

「天上国にいってらっしゃーい」

 チリン。

 指で軽く弾かれた鈴の音が、今まで溜めてきた快楽全てを復帰させた。

「あがあああああ!!」

 びゅるるるるるるるるる!!

 圧縮されすぎてゼリー状に繋がった精液が噴き出す。

「あああああああああ!!」

 まだ出る。秒単位でイキ続けて狂いそうなのに、鈴の余韻が狂う事さえ許さない。

「ああああああ、ああ、ぁぁぁぁ」

 こぽりと最後に零れ出た精液。それさえも逃さないように、鈴彦姫は神楽鈴で掬い取る。



「ご馳走様」
 
 精液に塗れているはずの少女は、最初に見たときと変わらない姿をしている。

「残らず食べたから残ってないだけだよ」

 疑問の視線に答えると、彼女は廊下を歩いていく。

「ああ、そうそう。外には絶対に出ないようにね」

「な、なん、で」

「外にいる人たちは肉まで食べるから」

 体力が尽きかけた体を動かしながら彼女の去っていったほうを見るが、既にその姿は無かった。





「……ん?」

 気がつくと体力はすっかりと元に戻っていた。

 どういう仕組みかわからないが、回復したらしい。

「さてと、カバンを探さないと……あ!」

 廊下を歩いていると何かがカバンを持って外に飛び出すのが見えた。

「外に……どうしよう。行こうか。けど、行ったら食べられるって」

 どうするか。行くか、行かないか……。



「大丈夫だろう。どうせ夢だ」

 夢だから体力も回復したんだ。

 なら幾らでも食べるなら食べろだ。

 たまたま置いてあった草履を履くと、そのまま外に出て行った。





 一寸先は闇かと思いきや、星の明かりで完全な闇になっていない。

 都会の夜より暗いが、暗闇に慣れた目なら躓く事も無い。

「廃村なんだよな」

 そうでなかったらストリーキングまっしぐらだ。

 もっとも、人に出会うよりよっぽど危ない連中がいるという話だ。

「早いところ探さないと」



 がさ。

「……!?」

 植え込みから音が聞こえたと思った時には、とてつもない力に押し倒されていた。

「な、ななななななな」

 最初はそれが何かわからなかった。

 あまりに自分の上にいるものが大きく、奇怪な形をしていたからだ。

 足は6本か8本。たぶん8本だろう。

 太い虫の脚が腕や肩を押さえている。

 こげ茶色か何かなのだろう。深い色合いは暗闇の中では判別しづらい。



 全体的に巨大な蜘蛛の姿だが、決定的に違う部分がある。

 ぎょろりとした目を持った化け物の頭だ。

 人を丸呑みしそうな鬼の頭。

 開いた口には牙が生え揃っている。 

「あ、あぁぁ……」

 折角の忠告を無視した罰だ。

 命乞いの言葉さえ出せずに意味のない音を発することしか出来ないでいた。




「あらあら。こんな夜更けに散歩かい?」

「……え?」

 不意に女性の声が聞こえた。

「どこを見ているんだい。話しかけている相手は目の前にいるじゃないか」

「目の前……まさか!」

「そのまさかさ。私は牛鬼だ」

「牛鬼……賽の河原に出るって言う?」

「それは牛頭鬼。あんな子守りと一緒にして欲しくないね」

 不機嫌そうな声に呼応するように、鬼の頭が牙を剥く。



「お、おれをどうするつもりだ」
 
「決まっているじゃないか。食べるんだよ」

 鬼の頭が獲物を前にして舌なめずりをする。

「肉を裂き、骨を砕き……ああ、久しぶりの人肉だぁ!」

「ひ、ひぃぃ!!」

 逃げようともがくが、蜘蛛の脚に押さえ込まれて全く動けない。

「そう怖がらなくてもいいじゃないか。じきに食べてくださいって、自分から言うようになるよ」

「なん、だと?」

 自分から?

「そんなこと、あるわけ無いだろう!」

「よく言った。じゃあ、おまえが言うまではずっと食べないでおいてやるよ。そうだね……時間まで我慢できたら、解放してもいい」

「時間? 何時までなんだ!」

「それは時間になってからのお楽しみだよ」

 嘲りの笑いが聞こえる。

「さぁ、始めようじゃないか」



 何をされるかと身構える。

「まずは小手調べから行こうか」

 脚の一本を動かすのが見える。

「なにをするつもりだ」

「人間は確か、性交以外にも快楽を与える事が好きなんだっけ」

 こちらの質問など全く相手にしないまま蜘蛛の脚は股間に到着した。

「私の足先は獲物を余分に傷つけないように、人間で言う第一間接か爪に当たる部分が柔らかいんだよ」

 確かに。本来の虫のように尖っていないため、かなり強い力で押し付けられても痛みが少ない。

 ミカンの皮を剥いた中身の弾力を倍にしたらこんな風になるんじゃないか。



「その足先で揉んでやると、人間はいい声を出すんだ」

「や、やめろ!」

 本能的に危機を感じるが相手の嗜虐心を刺激しただけに終わった。

「ほら」

 むに。

「うぅ」

「ほらほら」

 むにむに。

「ううぅぅぅ」

 人間の体では不可能な柔らかさに、あっと言う間にペニスはそそり立つ。



「こんな小手調べでもう立ったのかい。浅ましいねぇ、人間は」

「ぜったいに、耐えて見せるぞ!」

「そういう活きのいいのを堕とすのが何よりの喜びなのさ。そら、まだこれからだよ」

 むにむにむにむにむに。

「むぐぅぅぅ!!」

 脚の数は気付けば2本に増えていた。

「人間の手より遥かに良いだろう。……ああ、返事も出来ないくらいイイのかい」

「くぅうぁあああ!!」

 何とか耐えようとするが、あれだけ出した後なのにもう射精の準備が出来上がっていた。



「耐えるねぇ。だが、しかぁし」

 足の動きが止まった。そろそろと脚が離れていく。

「ここからが序の口なんだよ」

 見せ付けるように足先がくぱぁと開いた。

「獲物を捕獲する糸は後ろから出すけど、足先からは別の粘液を出すんだよ」

「なんだと」

「私の牙には毒が無いんでね。獲物を食べ易くする毒は足先から出るんだよ」

 糸を引く粘度の高い液体がとろりと太ももに落ちていく。



 蜘蛛の食事に付いて思い出したことがある。

 巣に掛かった獲物に噛み付き毒液を注入して、体の内部を溶かすのだ。

 ぐちゃぐちゃに溶けたジュース状のものを吸い取って食べる。

「この場合は、そうだね。差し詰め媚薬か。この媚薬たっぷりの穴にじゅぽじゅぽされたら、どうなるだろうねぇ」

 開いたり閉じたりを繰り返す足先。

 あの柔らかさで締め付けられる上に媚薬入りだなんて、そんな……。

「叫びすぎで声が壊れるか、気持ちよさ過ぎて頭が壊れるか。どちらが先かなぁ」

「やめろ……おねがいだ、やめてくれ」

「いい声で鳴きな」



 ずりゅううううううう!!

「うぁあああああ!!」

 生暖かくて、柔らかいヒダヒダがプルプルンって包み込んできて。

 こんなのが序の口なのか!?

「あああああああ!!」

 我慢なんて頭に浮かぶより先にどくどくと中に精液を放っていた。

「もうイッたのかい。情けないねぇ」

 牛鬼の声なんて届かない。

 ひたすらに声を上げながら射精し続けて、ぷつりと意識が途切れた。





 もう死んだのか。

 このふわふわとしたのが天国なら、ずっとここにいたいな。

「ならずっとこうしていてもいいんだよ」

「え……な、なんだ!?」

 聞き覚えのある声に目を開いた。

「やぁ、おはよう。と言ってもまだ夜だけどね」

「おまえは……」

「改めまして。牛鬼だよ」

 上に乗られていては見えなかったが、牛鬼は2mほどの巨体で。

 その背に当たる部分から美しい女性の上半身が生えていた。



「私の姿も見ないまま死なれるとねぇ。おまえにとっても不幸だろう。だから気絶させてから巣につれてきたんだよ」

「巣……」

 温かい理由に付いて漸く気付いた。

 首から下は寝袋の様に白い繭に包まれていて、周辺には巨大な蜘蛛の巣があちこちに張られている。

「ここからが漸く本番だ。……といっても、天国のような心地で食べられるなら本望だろう」

「くっ、負けるか!」

 声に強さが出てこない。

 いつの間にか上の服も全てなくなり裸になっている。

 その体を包む繭状の糸が抵抗力を削いでいる。



 蜘蛛は獲物を保存するために糸で包んでおく。

 今はちょうどそんな状態だろう。

 もはや恐怖感はなく、抵抗する力も弱まっている。

「今度はどんな風に苛めてあげようか」

「……」

「そんなに期待されると困ってしまうね」

「期待なんて、していない」

「そうかい。じゃあ期待に沿う事にしよう」

 やはりこちらの言い分など聞くつもりはないらしい。

 一方的な態度に腹が立つ。

 よし、この怒りを持続すれば少しは耐えやすくなるはず。


「ふふ、いい顔だね。何時までもつかな」

 牛鬼が指を弾いて音を鳴らす。

「なにをするつもりだ」

「すぐにわかるさ」

 何が起こっても耐えられるように身構える。

 変化はすぐに起こった。



「う、動いている……繭が」

「妖怪の繭がただ束縛するだけと思ったかい。それだけでも精液を搾るくらいは出来るよ」

「くぁぁぁぁ」

 柔らかく包んでいただけの繭は内部を溶かし、ローションを浸した巨大なオナホールの様に変化した。

 くにゅくにゅと変形しながら全身を揉んでいく。

「その中で出された精液は糸を伝って巣の構築に使われる。せいぜい沢山出して私の巣を丈夫にしておくれ」

「だれ、が、そんなことを、する、か」

「まだ抵抗の意思があるのか。さっきの精液を吸った時に思ったけど、予想以上に上物だねぇ」

 絶対に負けてたまるか!



「次はこうしよう」

 また指が鳴らされる。

 今度は何が起こる?

「あつ、あつい……」

 内部が急激に熱を持ち始めた。

 本当に何かに飲み込まれたような錯覚がする。

 軟体動物の様な動きに、一瞬でも気を抜けば出してしまいそうになる。

 1度出してしまえば二度と戻ってこれなくなる。

 その恐怖心だけを拠り所にして堪え続ける。



「気持ちいいだろう。熱くて、熱くて、どろどろに溶けてしまいそうだろう。血の巡りも良くなるからね。気を抜くとあっと言う間だよ?」

「ふくっ、はぁっ、はっ」

 何時まで続くのだろう。

 いっそ、我慢する事を止めてしまえば楽になる。

「出したいのかい」

「だ、だれ、が」

「じゃあずっとそのままだよ」

 ぐちょぐちょ、ぐにょぐにょ。

「ぐぁぁぁ、くぅぅぅ」

 堪えないと。そうしないと生き残れない。

 ああ、でも、我慢する事を止めたら……



「そうだね。あと3時間頑張れば大丈夫だよ」

 なんだって。3時間?

「そ……そんなぁ」

 無理だ。絶対に我慢しきれない。

 途方も無い数字に、気力が途切れた。

「ぁぁあ、ああああああ!!」

 必死に抑えてきた快楽が鉄砲水の様に押し寄せてきた。

 こんなの、壊れてしまう!

「ようやく堕ちたね。ここからはノンストップだよ」

 びゅるるるるるる!

「ああー、あー!!」

「ふふふ。そんな甘い声を上げて。まるで娘のようだよ」
  


 ああ、ここはどこだ。あれからどうなったんだ。

「もうろくに意識も残っていないようだね」

 死んでしまったのか?

「死んでないよ。ほら」

 ぐっちょ、ぐっちょ。

「あぁぁぁ」

 ビク、ビクビクン。

「射精さえ出来なくなったみたいだね。そりゃ、これだけ搾り取ればね」

「もっと、もっと……」

「無理だよ。精液を出す力さえなくなったんだ。あとはずっと生殺しだよ」

「そんなぁ……うあぁぁぁ」

 ぐちょり、ビクビクン。

 くにゅくにゅう、ビクン。



「イカせてくれ、たのむ」

「最後の手段が残っているけど。覚えているかな」

「さいごの……」

 ぐにゅぅぅ。

「うあぁぁぁ」

 なんだった。最後の手段だなんて、知らないぞ。

「お願いをしないとね。どうぞ私を食べてくださいって。そうすれば、今まで以上の快楽が味わえるよ」

 ああ、そうだったのか。

 そんなに簡単な事だったのか。



「どうか、わたしを…たべて、ください」

「よく言えました」

 にこりと牛鬼は笑い、近づいてくる。

 鬼の頭の巨大な口が開かれ、繭を丸呑みにした。

「ぁぁぁ」

「怯えなくていいよ。すぐにこの世でもっとも強い快楽を味わえるから」



 ぐちゃり。

「ああああ」

 ぐちっぐち。

「うぁぁあああ」

 肉が噛み潰される。

 咀嚼される。

 なのに全く痛みはなく、むしろ最上級のマッサージだ。

 ドクドク、ドク。

「おや、まだ残っていたんだね。最後まで出すなんて、精気の強い坊やだったね」

 ゴキ、ゴキゴキ、メキリ。

「あああ、ああ、あああ」





「ふぅ。腹八分目か。もっと沢山こない物かね」

 腹を摩り牛鬼が漏らすと、鈴の音が響いた。

「食べちゃったの?」

「そうだよ」

「あーあ。だから言ったのに。大体、肉まで食べたらそれっきりじゃない」

「済まないねぇ。今度はきちんと糸で縛るだけで食べるのはなしにするよ」

「それ、何回目?」

「さぁてね。忘れちまったよ」

 二人の妖怪は楽しそうに笑い声を上げた。








「ここか? アイツが訪れたって言う場所」

「らしいわね。教授の話だと」

「うわー。いかにも田舎ね」

 数日後。ゼミの1人が消息を絶ったため、警察と共に彼と同じゼミ生たちが村を訪れた。

「いかにも出そうー」

「ははは。確かにこの村は良く出ると言う話だが、実際には妖怪ではなくて通り魔や犯罪者だろう」

「そうそう。妖怪なんているわけないっしょ」



 30人ほどが遠足気分で村を訪れた。

 村の住民は彼らを歓迎するだろう。

「おやおやぁ。今度は沢山きたね」



 この日の夜に彼らがどうなったか。

 知りたいなら、村に訪れるといい。

 あなたは彼らのどうなったか、身を以って知ることになるだろう。




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